カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009.07.05

キャパシティ

この場合は、ホールの座席数などのことではなく、人の能力に関する事である。

自惚れが強いと思われそうだが、私は仕事が遅い方ではない。
脳神経外科医をやっていて、仕事が遅くては話にならない。意識がない人が運ばれて来たら、即座にいろいろな情報(患者さんの年齢、現在のヴァイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸数など)、意識障害に至る情報、既往歴や現在服用している薬などの情報、その他の関連する情報)を把握しながら、患者の現状の原因となりうる病態を考えられるだけ考えながら、もっとも可能性の高いもの、もっとも生命の危険の高い病態、もっとも緊急性の高いものから選択しながら(一人の患者さんにおけるトリアージともいえる)、パラメディカルに指示をしながら、どんどん検査を進め、診断に迫りつつ、、、という生活を(2年程前まで)24年続けて来た。
脳外科の手術中には、頭に思い描いたイメージ通りに進む事ばかりではなく、時には思わぬ事態に遭遇することもある。そういう時に、固まってしまっては解決にならない。闇雲に突き進んでも事態を悪化させるだけのこともある。経験がものを言う世界ではあるが、あるゆる可能性を考えながら、その中からすぐに対応出来る、最も安全性の高い事を選択して、「立ち止まらず」進んで行くことによって、事態を好転させ、解決して行く。

そういった「職業病」的なものが身体にしみ込んでいるので、脳外科医というのは、のんびり、ゆっくり、まったりが苦手な「人種」かもしれない。
それでも、同じ人間なので、一度にできる事には限界があり、一度に抱えられる仕事量にはキャパシティがあると思う。

ブログの更新が滞っていたのには、もちろんそれなりの理由がある。
最近、お陰さまで、開業1年4ヶ月にして少しは市民に認知されたクリニックになって来たようで、患者さんの数が増えている。新患が1日に10名を超えたり、MRI検査数が1日に12名を超えたり、脳ドックが1日3名(3名を予約の上限としている)となって、昼食の時間に20分休める程度で1日休みなく働いている日もある。もちろん、患者さんの数は「水物」で先週の水曜日の午前中などは新患が「0」で暇だった。でも、そういう「暇」な時は、たまっている「診断書」「介護保険主治医意見書」などの書類書きに追われるのであるが。
「脳ドック」は受診が終わった後に、画像を整理して、ファイル(パソコン上の)を作り、一人一人にレポートを書き、受診コースによっては検査結果をすべて高品位でプリントアウトし、DICOMとjpeg画像でCD-Rに保存し、ファイル(現物の)を作成する。一人あたり受診後の処理に2時間程度はかかるものである。

その上、「脳神経外科速報」という医学専門誌に自分の大学辞職から開業にかかわる顛末の事を書かせて頂いている。すでに6月号、7月号と2話を掲載し、8月号の記事の締め切りが7/3(金)となっていた。8月号の分は5月頃から書き始めながら、1話、2話を受けて少々内容の変更が必要になったので、少し筆が止まっていた。結局6,000字を越え、原稿用紙で16枚相応となった原稿が完成したのは、締め切り日7/3の早朝、朝5時過ぎだった。原稿には写真や図もつけるのだが、いろいろ考えて8枚用意した。

こういう事をしながらも、フルートの演奏(主に練習だが)は自分自身を癒す時間であるし、「ジョンダーノ・ホール」の響きは溜まったストレスを洗い流してくれる感じがするので大切な時間。診療が終わって、ちょっとお休みし、脳ドックのレポートを書き、「依頼原稿」を書き、休憩にホールで練習をする。始める時間が既に午後8時を過ぎたりしているせいもあるが、興が乗ると夜9時過ぎまでやっているので、帰宅、夕飯は午後9時過ぎとなり、遅い時は午後10時近くになることもある。

楽しみでやっているフルートだが、秋(10/25)の酒フィル定期演奏会に向けて、難曲であるメインの交響曲「ドボ7」に挑んでいる。協奏曲は久保陽子さんをお迎えしてのブラームス。序曲もオットー・ニコライの「ウィンザーの陽気な女房たち」に決まり練習している。乗り番はまだ最終決定ではないが、交響曲のトップを吹かせてもらえそうなので更に練習に熱が入る。
その上、11月に、日頃お世話になっているJS先生率いる合唱団『コーロ・プリモ』の創立60周年記念演奏会があり、酒フィルが伴奏で出演することになり、先々週、先週、今週と土曜日は3週続けて「合唱伴奏用オケ練習」。これが曲数が多く、しかも難しい。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」、「ナブッコ」、「イル・トロヴァトーレ」から『鍛冶屋の合唱』、「タンホイザー」、、、すべて超有名な、しかし伴奏は難しい。特に『鍛冶屋の合唱』のピッコロは第3レジスターの最高音のラやシが、しかも32音符の音階で出てくる。まだ十分練習もしていないが、まったく吹けないに等しい状態で全体練習に臨んでいる次第(団内指揮者、タビの親父さん、すみません!)。
その上、さらに、酒フィルCb奏者のM氏が指導顧問を務める酒田C高校音楽部の定期演奏会が7/20(月・祝)にあるので、その賛助出演の練習がある。メインはシューベルトの「未完成」でこれは今年の春の酒フィル「ファミリーコンサート」でも演奏したのでなんとかなりそう。
協奏曲は、山響Cb奏者の柳澤さんで、クーセヴィツキーの「コントラバス協奏曲」。有名だがなかなか生で聴ける曲ではない、とても面白い曲。こちらはトップを吹かせて頂く予定なのであるが、これも冒頭に第3レジスター高音のラ・ラ♯・シ、第4レジスターのド・ド♯という音を出すだけでも難しい部分が8部音符で並んでいる。さらにフルートは数曲賛助する予定なのであるが、高校生の演奏会に「賛助」出演して足を引っ張るわけにはいかないので練習も真剣にやっている。
さらに、その上に、8月のお盆の時期、8/15(土)、16(日)に酒田市交流広場で今年も「街かど音楽祭」があるのだが、酒フィルとしてアンサンブルで出演することになっていて、私はJSバッハの超有名なブランデンブルグ協奏曲第4番を吹くことになり、こちらも練習を始めている。

つまり、先週、今週あたりで人前で演奏する曲として練習しているのだけで、12、3曲に上るという状況になっている。
昨日、土曜日にしては患者さんも多く診療終了が午後1時半、片付けて昼食に行ったのが、午後2時過ぎ、その足で、酒田C高校の練習に参加し午後4時半まで練習。この時点でも頭痛が酷く、私にしては珍しく鎮痛剤を服用して練習に参加。
その後、メールで提出した「脳神経外科速報」の原稿が早くもpdfで校正稿となって送られて来たので、それを校正。そこで、写真を別のものに変えたい気持ちが起きて、新しく2枚の写真を投稿用に作成。そうこうしている内に午後6時を過ぎたので自宅に戻って軽く夕食を摂り、午後7時からの酒フィル練習に参加。9時までみっちり練習。
その後、自宅に戻らず、クリニックに戻って、石原裕次郎の『富士山頂』を観ながら、脳ドックのレポート作成に取り組み、ある程度の目処がついたのが深夜0時過ぎであった。

実は、今日も午前中から酒田C高校の合同練習が計画されていたのだが、もう一人のフルートも練習に出られないという連絡を受けていたので自分は行かなくては、、、と思っていたが、朝起きた時から身体が少しだるく、まだ頭痛がするのでサボらせて頂いた。>Mさん、すみません。

無理をして練習に出ても良かったのだが、実は今日は新潟まで車で行く。
山響が「りゅーとぴあ」でブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」を演奏するのである。2年と半年ぶりの山響の「ロマンティック」。
今年の1月にはブルックナーの「5番」を聴き、この7/25には山響庄内定期酒田公演でブルックナーの「3番」も聴ける。同じ年に、同じ交響楽団で、同じ指揮者によって、違うホールでブルックナーの交響曲を3、4、5番と3曲も聴けるチャンスなどまずはないと思い、本日の新潟行き、忙しく疲れている中にも頑張って決行する。

ぎりぎり、自分のキャパシティ内の行動、ということで。。。(笑)

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2009.07.01

7月になりました!

7月1日(水)。
このブログを始めて迎える5回目の7月、私の誕生月です。
2008,2007,2006,2005年と振り返ってみると、この5年間の環境の変化がわかります。

酒田市内のN病院に勤務していた2005年。
大学病院で講師〜准教授として勤務した2006年。
酒田に移り開業準備を始めていた2007年。
酒田で3月に開業して7月から脳ドックを始めた2008年。
そして今年2009年もちょうど半分が終わってこれから後半です。

クリニックの「ジョンダーノ・ホール」を使ってのサロン・コンサートは今年既に2回できました。8月にはプライベートながらも「小演奏会と脳に関する講演」という本来私が望んでいた形のものが出来ます。
Photo_2(写真は、昨年9月、鶴岡のお寺「金浄寺」さんでやらせて頂いた『脳からみた心の癒し方』という講演の風景)
脳や脳卒中、脳と心、生活習慣病と脳卒中といった脳に関する勉強会を、無料で公開して行う形で「ジョンダーノ・ホール」を活用したいと言うのが、開院前からの私の考えなのですが、なにせ全部(企画立案実行)一人でやらなければなりませんから、なかなか緒に就けずにいる訳です。
でも年内に必ず実現したいと思っています。

もう一つ実現したいのは、「山形弦楽四重奏団」の庄内定期(?)。
山響の団員3名(Vn, Va & Vc)と6/11のブログ記事にも書いたVnのK嬢の4人で構成されている「山Q」こと、山形弦楽四重奏団。そのHPは「こちら」です。
200911114ハイドン、モーツァルト、ベートーベンなどの定番の弦楽四重奏曲の他、庄内出身の作曲家佐藤敏直氏の弦楽四重奏曲、そして幸松肇氏に委嘱した「弦楽四重奏のための最上川舟唄」(今年1月に『世界初演』)など、弦楽演奏好きにはたまらない意欲的な演奏を「継続」しています。(写真は「山Q」のHPのトップの写真を拝借)

山形交響楽団が山形にあったからこそ「山Q」が出来たと言えます。結成以来9年の間にメンバーの交代などもありましたが、年4回の定期演奏会の他にも山形県内にとどまらずその活動の範囲を少しずつ広げて行っている団体です。「弦楽四重奏なんてマニアック」という人もいます。確かにピアノソロとかバイオリンソロやフルートソロなどはそれほどクラシック通ではなくても馴染みがあるでしょう。オーケストラとなると、実際の演奏会を聴きに行く機会は少ないとしても、テレビなどでも見たりすることがあります。
弦楽四重奏団となると、余程好きな人でもない限りは、「私はどこそこの○○四重奏団が好きです」なんて言葉はなかなか出て来ないでしょう。でも、バイオリン2本、ビオラ、チェロ各一本というのは、ある意味で「音楽の基本」の形だと思います。教会の聖歌隊や合唱でも4声(ソプラノ、アルト、テノール、バス)に分かれます。オーケストラも「弦5部」といって、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスになっていて、チェロとコントラバスはユニゾンで同じ音(実音は1オクターブ差がある)を弾いて厚みを出したりしています(もちろんCbだけ全く別の動きをする事もたくさんありますが)。
フルートの世界でも、フルートだけのアンサンブルで曲が多いのはフルート四重奏です。場合によってはアルト・フルートやバス・フルートを加えて演奏する曲もあります。

こう考えてみると、弦楽四重奏は演奏の基本的な形であり、決してマニアックな世界ではないのです。小型の場合は40人から大編成だと80人にも及ぶオーケストラを揃えるのに比べれば、4つの楽器と4人の奏者がいれば成り立つ音楽なのですから、むしろ敷居が低いとも言えます。ただ、この編成の音楽に興味を持って「かぶりついて」来る音楽愛好家となるとそれほど多いとは言えないでしょう。

音楽、特に声楽、合唱の盛んな庄内地域で、弦楽をやっている人はもちろん興味のある人は数に限りがあります。私の所属する市民オケの酒フィルの他は高校の音楽部、鶴岡中心の市民の弦楽愛好家(酒フィル団員も重複して、中には指導的な立場にいる方もいるようです)などでしょうか。
Sakataそれだけに、「庄内で弦楽四重奏を聴く機会」を増やしたいと思っているのです。(写真は、一昨年の秋、酒田市美術館での山Qのミニコンサートの様子を伝える、「コミュニティしんぶん」の記事から)
最初のうちは「ジョンダーノ・ホール」を演奏会場にしていて、そのうち60~70人定員のジョンダーノ・ホールでは入りきれない程の観客が集まるようになって、希望ホールの小ホールとか庄内町の響ホール(小ホール、ゆくゆくは大ホール)などで「山Q」の演奏会が定期的に開かれるようになるといいなぁ〜、、、と遠い目で数年後の事を考えています。


夢想するだけは誰でも出来ますが(いや、本当は、夢想すらしなければ何も始まらないでしょうけど)、今年も後半にはいった今、実現に向けて具体的な企画立案をしなければ実行まで行かないだろうという事を改めて考えた7月1日でした。

さて、今週末、7/5(日)は新潟の「りゅーとぴあ」で山響の「ブルックナー4番」。
2年ぶりの山響のブルックナー4番(山形テルサの定期)。
「5番」は今年の1月に山形テルサで聴きました。「3番」は7/25に山響庄内定期酒田公演があります。
「りゅーとぴあ」での山響は私にとってお初。楽しみです!

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2009.06.15

「フルートを楽しもう」から「酒田を楽しもう」へ

6/14(日)は、朝9時半からジョンダーノ・ホールで上坂学氏による個人レッスン。
私を含め5名の受講生があり、終わったのは午後2時少し前になっていました。その間、ちょっと水を飲むのとトイレ以外、休憩を取らないのですから、やはり音楽家は体力が勝負です!前日の1日がかりのイベントに続けて、半日のレッスンを終え、充実感のうちに今年の「フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.2」を終えました。

羽田行きの庄内空港最終便18:00まで4時間あります。
まずは昼飯です。
私の写真はないのですが(上坂先生のブログには写真が載るでしょう)、あの椎名誠氏が絶賛し3杯おかわりした?と言われている、「川柳」に行きました。

上坂先生はさすが少々お疲れの様子。ラーメン一杯でお腹いっぱいとのこと。去年は、写真好きの先生を「土門拳記念館」にお連れしました。今年は土門拳生誕100年記念をやっていますが、今年はまずは市内中心部の有名な観光巡りから。
山居倉庫をチラッと見学、本間家旧本邸と鐙屋、「おくりびと」ロケ地の『NKエージェント』などはあまりつよい興味がなかったようなので、車から見るだけで通り過ぎました。

酒田訪問で欠かせないのは「蕎麦と岩ガキ」とのことで、昨日はお蕎麦、今日はラーメンを食べたので、次はやはり岩ガキ。
Photo遊佐町の道の駅「フラット」に向かう途中、酒田北港に並ぶ風力発電の風車をちょっと見て行こうと寄り道したら、突然上坂先生が、「なんだ!あれは?!」と元気な声を発しました。
私も今まで見ていたはずですが、初めて認識しました。おそらく港湾の海底を掘削して平らにし、タンカーなどの船が入れるようにするための巨大な機械です。

工場、鉄塔、ダムといった、表面上は無機質で、巨大な建築物が「大好物」の先生。ブログ「つれづれに」...には、猫の写真と食べ物の写真とともに、そういった巨大建造物の写真が時々載ります。
一緒に行ったクライス山形支部長のHC氏とともに、自慢のデジ一を出して撮影タ〜〜イム!

その後、先生は一人で防波堤の突端まで行って、海や防波堤を熱写。さらに風車の足下まで行って、巨大な風車を激写です。これらの写真は、上記ブログに近々載るのだと思います。


Photo_2道の駅「ふらっと」はなかなかの賑わい。直ぐ近くの吹浦漁港で今朝上がった岩ガキは、小が一個500円、大が650円で売られていて、自分で好みのものをざるにとって、お金をはらったら、剝いてくれるおばちゃんのところに持って行くのです。
慣れた手つきで手際よく、ササッと剝いてくれました。

Photo_3とっても大きな岩ガキが4つ。
広島や松島の牡蛎も有名ですが、あれは養殖の牡蛎で小振りです。おそらく岩ガキの大1個でそれらの3〜4個分の重量があります。
この4つの岩ガキのうち、貝類のダメな家内、川柳のわんたんメンでお腹いっぱいのHC氏を除くと、上坂先生と私の二人。

Photo_5ラーメンでお腹いっぱいと言っていたのに、「牡蛎は別腹」とばかりに一人で3個、ぺろりと平らげた「てんしさま」。私は1個で十分。身厚で全く臭みがなく、歯応えがシャキシャキして、つるりんと食べられる、絶品の岩ガキです!

その後は、近くの「十六羅漢」を公園よりやや遠目に見学。岩場まで降りて行く時間的余裕がなかったのです。残念!
その時点で16:50過ぎ。急いで庄内空港に行かなければなりません。
国道7号を酒田に向かい、酒田北港のところで山形自動車道「酒田みなと」インターへ。そこからは高速道であっという間に庄内空港です。結局17:25頃、空港に到着。
上坂先生は、余裕で保安検査場を17:40頃抜けて空の人となりました。

お疲れさまでした!
クライス山形支部長のHC氏は、距離にして約200km離れた米沢から来て下さいました。同じ山形県内とは言え、県の南東の角に近い、最上川最上流の米沢と、県の北西の角で最上川が日本海に注ぐ酒田とではまるで別の県のように、距離も遠ければ言葉も文化も違います。
Photo_6米沢と言えば上杉。そして今は『天地人』で盛り上がっています。
HC氏は、かねたんグッズや直江兼続関係の魅力的小物を多数お土産に持って来て下さいました。
個人レッスンを受けた人の中には、かねたんのピンバッジやストラップをゲットした方も。
そして、写真は「直江兼続」の『愛』の文字が燦然と輝く「油取り紙」です。フルートのパッドに付く湿気を取るペーパーは、日本の油取り紙が最高なのです!
そして右は、「かねたんのいちにち」という可愛い絵本です。クリニックの待合室に置かせて頂きました!ありがとうございます。

Photo_7おっと!忘れるところだった。
上坂先生からのお土産。自宅のある国立(音楽の都だよね〜)の有名なクッキーらしい。♪が付いていて可愛い。
そうそう、チェンバロ製作者林さん(「ハヤシチェンバロ製作所」参照)からは、なぜか「最上の夢」という最上町のお酒を頂きました(仙台の人なのに、、、笑)。ありがとうございました!

上坂先生、HCさん、そして笛吹の皆さん!また来年も酒田でお会いしましょう!!!

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2009.06.07

金土日

ばたばたしていて、「40万アクセス」以降、ブログ記事を更新できず。

Photo毎週金曜日発行の地元情報誌「コミュニティしんぶん」6/5日号に、当院のサロン・コンサート第5回の上坂学氏の件を取り上げて頂きました。(白抜きは他の宣伝など)
昨年は、小生の写真入りで載ったりしたのですが(平成20年の夏至という記事参照)、今回はスペースの関係で簡単な取材のみ。でも有り難いです。
酒田市出身のムラマツフルート修理室長伊藤氏が参加する事が記事になった大きな要因でしょう。
なにせ、伊藤氏はあのジェームス・ゴールウェイはじめ、世界の、そして日本の名だたるフルート吹きが東京では彼に楽器を調整してもらうという位、確かな技術で信頼されている「職人」です。私の友人であるチェコフィルのロマン・ノヴォトニー氏も日本に来たら、真っ先に彼のところに楽器を持って行って調整してもらっています。伊藤さんに調整してもらうと、まるで別の楽器になったのかと思うくらい、音が楽に出るようになったりするのです。それほど、楽器の診断修理調整の仕事は大切です。

今度のサロン・コンサートでは、それを「無料」で行うのですから、フルートを吹く方は是非楽器を持ってご参加下さい。こんな機会は滅多にありません!


Photo_3こちらは、金曜の夜、庄内町響ホールでのあるイベントで頂いたお弁当。
ご飯はギターの形をかたどられています。
そう、これは、昨年行われた、「第2回国際ギターフェスティバル in 庄内」の懇親会でもでたもの。
6/5(金)、響ホール「小ホール」で、ギター好き憧れの、日本が世界に誇る福田進一氏のコンサートがありました。
これはなんと「無料」のコンサート。
さる、3月3日に惜しまれながらお亡くなりになった、庄内のギターフェスの生みの親で実行委員長であったHS氏を偲び(ブログ記事「2つの訃報」参照)、追悼するコンサート。自ら「親友」と仰っていた福田さんが、HS氏を偲ぶために企画されたコンサート。
福田さんは、世界を駆け回るギタリスト&指導者で、超超多忙にも関わらずHS氏の告別式にも参列され、追悼のギター演奏もされました(私は、仕事の都合で、お通夜にだけ参列させて頂き、告別式には出られなかった)。そして、今回、ちょっと落ち着いたところで、まだHS氏への追悼の念、感謝の気持ちが足らないと思われたのでしょう、「無料」のコンサートを開いて下さいました。
その後、関係者でささやかなパーティ、というかHS氏を偲ぶ会が催され、私まで参加させて頂いたと言う事です。

Photo_4昨日、土曜はまずお昼を「田毎」に行って美味しいお蕎麦を頂きました。
今度の土曜日に来られる、「蕎麦好き」の上坂先生を歓待するためのリサーチを兼ねます(笑)。
そして、午後にアポイント、夜は市民オケの練習、その後、サッカーワールドカップ出場を決めた試合、F1のトルコグランプリ予選を観て寝ました。

今日、日曜はこれから山形市に向かいます。
また、大学での「スタッフ会議」に出るように、との教授のご指示によりはるばる(?)往復240km、時間にして往復3時間半の道のりを、大学での会議のために出かけます。
折角だから、酒田ではなかなか食べられない「牛タン」でもと思うのですが、山形駅前の「とだて」は日曜休みなんですよね〜。
さて、そろそろ出かける準備をしなくては。

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2009.06.04

ジョンダーノ・ホール前「バレーヌ・ガーデン」

Photo♪薔薇が咲いた♪
バラが咲いた〜♪
真っ赤と、ピンクと、紅色と、黄色のば〜ら〜が〜♪(名前、わかりません、、、恥)

拙クリニックの、「バレーヌ・ガーデン」の片隅に昨年植えた薔薇が育って来て、大輪の花を咲かせています。村山市の「東沢バラ公園」でも「バラ祭り」が始まるそうなので、今、ちょうどそういう季節なのですね。
冬から、短い春を経て、急に温かくなって(日中30℃超えました!)、庭もちょっと荒れています。もうすぐ業者さんも入れて、昨年植えた一年草と雑草を整理して、新しい植物を植えたりする予定。その直前の、恥ずかしいけれど汚い庭に、美しい花が咲いたので折角だから写真を載せます。

Photo_2こっちは(多分)芍薬です。
「立てば芍薬 座れば牡丹、、、」
花は綺麗なのに、そのまわりが美しくないので、雑草整理と植栽をやらねば。

627ちなみに、昨年6月にようやく「バレーヌ・ガーデン」が庭らしくなったばかりの写真は←これです。
バラは左奥、芍薬と紫陽花を右奥に植ました。

ちなみに、リハ室兼音楽ホールの「ジョンダーノ」は庄内弁の「じょうずだね〜」由来ですが、庭の名称「バレーヌ・ガーデン」は、「演奏が下手なのがバレナイ」とか「庭を整備してないのがバレない」という意味ではありません。
このブログのタイトルのbalaine=バレーヌです。
MRI室の壁で泳ぐザトウ鯨や、受付の後ろの壁で泳ぐセミ鯨などの「ひげ鯨」のラテン語、フランス語の総称です。

おまけ。
多分、kanonのブログに載るはずの写真を1枚。
Photo_3先日、kanonが早朝に出かけた日曜日。市民オケの練習に出かける前に、「小さい白さん」に餌をやろうとしたら、磨りガラス越しに「おねだり」した時のものです。
この後の写真は、うちの庭がクリニックの庭と同じく荒れ放題、雑草伸び放題が写っているので私は出しません。

「あ〜、雑草が伸びて来たからそろそろ刈らなきゃ〜」
芝刈り機、準備〜!!!っと思っていたら、雨がザーザー降り、晴れた土日には東京出張や一日練習が入り(言い訳ばっかり)、気がついたら
「げ〜〜っ!もう芝刈り機じゃ刈れないよ〜〜〜」というアリサマでした。

やっぱ、この恥ずかしい状態がバレないような「バレーヌ・ガーデン」としておきますか。


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2009.05.30

残念なこと

大学の同級生が亡くなりました。
AS君は、字は違うけれど私と同じファーストネームで、昭和53年の大学入学時からその優秀さは同級生の中でも群を抜き注目されるような人でした。当時は「教駒」と呼ばれた、現筑波大学教育学部附属高校の出身。東大などにたくさんの合格者を出す、超一流の進学校卒。

我々の学年は、共通一次(今のセンター試験の様なもの)の前の最後の世代で、山形大学医学部は当時「二期校」と呼ばれていました。彼は確か東大理3に残念ながら落ちて、いわゆる「都落ち」で山形に来たのです。我々の学年は、皆、どこかの「一期校」受験に失敗して山形大学医学部に「流れて来た」感じの人ばかりでした。
まだ教養部(当時は6年間の一貫教育ではなく、2年間は教養部、4年間は医学部とはっきり分かれていました)の1年の夏に、山形市の当時のあまりの田舎ぶりに愛想を尽かして、折角医学部に入ったのに辞めて行った同級生もいました。翌年、東京周辺の私立大学医学部に合格しそちらに移ってしまったようです。
私も仙台の予備校ではそれなりに優秀な成績で(高校時代はテニスと遊びばかりで勉強していなかったつけですが)、仙台の大学の医学部には当然合格すると周囲からは思われていたのですが、本番に弱いのか、実力がなかったのか、多分その両方でしょうが、浪人して必死に勉強したのに結局受験に「失敗」して、当時の気持ちとしては「仕方なく」山形大学医学部に入学しました。

当時の山形市は、笹谷トンネルもなく、もちろん山形自動車道もなく、仙台からは車では関山峠を超えて天童から入って来るしかなく、電車は仙山線でした。仙台ー山形市間は片道2時間以上かかったと思います。大学でもテニス部に入って、練習が終わって友達と山形市一の繁華街であるはずの七日街に繰り出すと、ほとんどの店がシャッターを下ろして閉まっていたのに愕然とした事を思い出します。
東京から「都落ち」して来た都会のお坊ちゃん達には、仙台から来た私よりも、更に強烈に「田舎」を感じた事でしょう。

しかし、逆に変な誘惑や危険な世界に近づく事もなく、当時、遊びと言えば、仲間の家に集まって麻雀をするか、ちょうど流行り始めた「インベーダーゲーム」などをしに「喫茶店」に行くくらいでした。
AS君は、私とは違う「軟式庭球部」でしたが、いつも隣りのコートで頑張って練習していました。
真面目な性格ながらひょうきんなところもあって、皆に愛され信頼されていました。
その優秀さと人柄から学年でもリーダー格の一人で、国家試験対策委員をやったり、勉強でもテニスでも同級生や後輩を引っ張って行く頑張り屋さんでした。

昭和59年に目出度く医学部を卒業し、国家試験に合格。
私は地元山形大学医学部の脳外科に入局しましたが、結構多くの同級生が自分の地元に戻りました。
我々、最後の「二期校」世代は山形県外出身者がほとんどで、鮮烈に覚えているのは教養部の何かの授業で先生が「この中で、関東出身の者、手を上げろ」と言ったら、同級生の8割が手を上げました。その先生は驚嘆したように「へぇ〜、それじゃあ、東京出身の者は?」と言ったら、6割が手を上げました。それくらい、当時の医学部は他県の出身者ばかりであり、高校別の入学者数で言えば、私の母校の仙台一高が6人と最も多く、その次が神奈川県の湘南高校の4人という具合で、山形県一の進学校である山形東高校からは現役〜浪人合わせて確か3人しか入っていませんでした。庄内地方の進学校である、酒田東高校や鶴岡南高校からは一人もいなかった状態でした。

そのように他県出身ばかりの医学部でしたが、5〜6割くらいが山形に残りました。
AS君は、より高い理想を追求すべく、慶応大学の内科の中で血液・感染症・リウマチ関係の研究室に入り、内科医として、そして研究者としての輝かしい道を歩き始めました。たしか、故夏目雅子さんの主治医グループの一人でもあったはずです。

慶応大学の内科医と山形大学の脳外科医ではそれほどの接点はなく、年賀状くらいが交流という状態になってはいましたが、今どこで何をしているかぐらいはお互いに知っている状態でした。
平成4年〜6年、私が米国ペンシルバニア州ピッツバーグ市のピッツバーグ大学に留学していた丁度同じ時期、彼はジョージア州オーガスタにある研究所に留学して頑張っていました。平成5年のマスターズの前に彼の所在を知った私は連絡を取り、マスターズの水曜日(練習日&パ−3コンテスト)に合わせて彼を尋ね、アパートに泊めてもらいました。彼は当時はまだ独身で、研究に燃えていました。久しぶりの再会を祝し、卒業以来のお互いの近況や積もる話をしました。

その後、帰国したAS君は慶応大学で更に内科医と膠原病関連の研究に邁進し着実に研究者としての階段を上って行きました。平成18年からは、同門の慶応大学出身者が教授を務める東海大学医学部の内科学血液・リウマチ学教室の准教授として活躍していました。

優秀で人柄も良く研究者として前途洋々、結婚が遅かったのでまだお子さんも小さいAS君。
残念無念だと思います。
私が管理運営している同級生のメーリングリストに昨日訃報が届き、何人もの同級生が弔意を表するメールを寄せています。その多くが、「彼みたいに優秀な人が倒れ自分はのうのうと生きている」、「研究に一生懸命打ち込んでいた彼が早死にして、ぼんやりぐうたらな自分が生きている」ことの無情さを憂い、彼の無念に想いを馳せています。

冷静に考えてみれば、自分も病死してもおかしくない年になっている訳です。彼の死はあまりにも早すぎ残念でなりませんが、これまでに多くの業績を残しご家族を愛して生きて来たAS君を大きく讃えたいと思います。残されたご家族の悲しみを思うと胸が詰まります。
ご冥福をお祈りしご家族の皆様に哀悼の意を表します。

AS君、残念だ!
いろいろとありがとう。。。



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2009.05.26

土日の出張〜楽しかった日曜(その1)

Photo_3品川のホテルの部屋から。昨日(5/23)食べなかった渋谷の宮内庁御用達「青山御膳」の高級なお弁当と品川駅と東京タワー。(笑)

朝の目覚めは爽やか。最近、日曜の朝は普段より早く目が覚めます。月〜土と仕事のある毎日の中で、唯一、「遊び」に費やす事の出来る休日。勿体なくて朝寝が出来ません。(^^;;;
と言いながらも折角のホテル泊なので、のんびり部屋で過ごし「題名の無い音楽会」を見てからビュッフェ・スタイルの朝食へ。さっきお弁当を二人で食べたので、小食にしておきます。

庄内に帰るのは20:15羽田発なので、19時過ぎまで10時間程遊べる訳です。
チェックアウトしてまずは上野へ。
国立西洋美術館の「ルーブル美術展」を目指します。
雨が降っているのに、凄い人の数。上野駅の改札を出ると目の前に東京文化会館。小学校6年生のbalaine君はここの大ホールでピアノ独奏をしたことがあります。K音楽教室主催の子供音楽コンクール「ピアノ部門」の全国大会に出場したのでした。以前にも書きましたが、その時の録音はSPレコードになって手元にあります(恥ずかしい演奏で聴けませんけど)。

傘を差しながら人にぶつからないように歩いて美術館へ。
予想よりは並んでいる人が少ないように思ったのですが、「50分待ち」という表示が!
でも、思ったよりは順調に進んで40分くらいで館内へ。でも館内もまだ行列があって、結局50分弱で展示室へ向かえました。
今回は、「ルーブル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」が6/14まで開かれています。有名な絵がたくさん来ているだけではなく、その「17世紀」というのにも惹かれます。今日(5/24)の午後にも「17世紀」に会う予定だからです。
Pict3(絵の写真はすべて、国立西洋美術館のHPから)「リュートを持つ道化師」。
「どうしてこんな楽しそうな顔が描けるんだろうね」といいながら観ているご婦人がいました。本当にそう思います。

Pict5Pict8Pict12このような有名な絵画を一同に観る事ができるのですから、雨の中50分待つくらいはなんでもありません。ただ、館内も当然大勢の人でなかなか近づいてつぶさに観る事は難しく、人並みを押しのけてみるのも気が引ける上、疲れるのでおよそ離れてみていました。つよく惹かれた絵だけは近づいてみましたが。
左から「レースを編む女」、「王女マルガリータの肖像」、「大工ヨセフ」。
「大工ヨゼフ」の絵では、蝋燭の火を風から守ろうとしている少年イエスの小さな手に灯りが透けて血が通っている生きている人間であることが強調されているようです。光と影、明るさと闇がイエスのこれからの生涯を暗示しているようです。
素晴らしい絵達に心が穏やかになりました。

「ルーブル美術館展」を見終わって12:30少し前。外はまだ小雨状態。
今回の予定の中で最も楽しみにしているのは、13:30開場、14:00開演の小石川トッパンホールでの「前田りり子リサイタル」。これが「午後にも会う17世紀」。
まだ1時間あるので寄る余裕はあるだろうと考え、上野と小石川の中間の神田薮蕎麦を目指します。

上野の次、秋葉原で降りて徒歩ですぐのはず。実は蕎麦好きにもかかわらず、かの有名な神田薮蕎麦はお初。私の従兄弟のブログにはよく登場するので気にはなっていたのです。(従兄弟のブログの記事は「こちら」です)
Photo_4神田の薮蕎麦。HPは「かんだやぶそば」を参照。
店構え、佇まいが老舗の風格。
ちょっと腰が引ける感じになります。日曜だからなのか、雨だからなのか、いつもこの程度なのか、12:45頃でしたが、並んでもおらず直ぐ席に着けました。
Seirousoba左が私の注文した「せいろう」(二枚)、下が家内の注文した季節の「じゅんさい蕎麦」。
明治13年創業で「百余年変わることのない味と技」と誇らしげにHPにも書かれています。
山形で蕎麦の味を覚えた田舎者にはちょっと違和感のあるお蕎麦であった事は白状しなければなりません。「これが江戸風ってやつかい?」「蕎麦そのものの味が違うようだが」と思いました。
Photo_5HPによると、「創業者七兵衛が夏場のヒネの時期にそばもやしの青汁を打ち込んで清涼感と新蕎麦の青みを出そうと工夫した」と書かれています。確かに青みがかっているのですが、山形の内陸(大石田や尾花沢周辺)で新蕎麦の季節に4たて(摘みたて、挽きたて、打ちたて、茹でたて)の本物の新蕎麦を食べた事のある者にとってはちょっと違和感があるのです。山形で食べる新そばは、一番粉の場合、やや緑色がかった淡い灰色でキラキラ光ります。二番粉では黒いつぶつぶが見えます。
ダッタン蕎麦になるともっと茶色くて少しモソモソします。
山形にも「更級」を出すお店が何軒かありますが、「これはソーメン?」と思うくらい真っ白に近いですね。蕎麦粉100%でつなぎを使わず細い蕎麦を打つ名人の店もありますが、やはり淡い緑がかった灰色です。
「薮蕎麦」の蕎麦は、つなぎと添加物で喉越しよく新蕎麦「風」を演出しようと言うお蕎麦なのでしょう。これが「薮」風なのでしょう。「神田」の「薮」に行った、という名所旧跡を訪ねるような物見遊山的な話としては受け入れられますが、真の蕎麦好きが好んで「薮」に行くのかどうかは、、、
食べ物の好みは個人の「趣味」「好き嫌い」の問題ですからね。
インターネットでちょっと調べると、世に蕎麦好きは多しといえ、こんなに情報が氾濫しているとは。しかし、山形の、特に村山〜大石田辺り、蕎麦街道の蕎麦を喰わずして蕎麦を語っている人のなんと多いことか。名前だけは超一流の「信州蕎麦」とか、知名度の高い「盛岡わんこ蕎麦」とか、山形のおいしい蕎麦を食べてから語ってくれ、という感じのところもありますから。

蕎麦文化不毛地帯であった「米所」庄内で、最近はいい蕎麦屋が酒田市内や周辺にも何軒かあります。
4立てとまで行かなくても、3立てくらいのいい蕎麦を味わえます。そういうお蕎麦は、汁なんか付けなくても旨い。水だけで啜れます。ちょいとお塩なんか付けた日にゃあなた、「蕎麦ってこんなに旨いのかえ?」と歌舞伎町に、もとい歌舞伎調に喋ってしまいそうです。

「薮蕎麦」で感心したのは、ほとんどが年配の店員のてきぱきした江戸っ子な雰囲気と、お会計のところに座っている店主とおかみさんとおぼしき人たちの立ち居振る舞い。全て客の注文は席の番号とともに注文内容の書かれた紙がそこに届けられ、おかみさんが美しい声で、「3番〜さん〜〜〜、せいろう〜2枚〜〜〜」と、まるでグレゴリオ聖歌でも聴いていると勘違いするような節回しを付けて厨房に注文を言いつけているのです。本当に美しい、澄んだ歌声で、家内と私は蕎麦を啜るよりもその声にうっとりして目を見合わせてしまいました。
100年を超える伝統と培われた素敵な雰囲気のお店で、有り難くせいろう2枚、量が少ないのでペロッと頂きましたが1,400円。この値段出せば、山形では名人の旨い蕎麦の大盛りが喰えますね。
薮蕎麦の周りには見上げるような高層ビルが建っていたりして、昔の雰囲気を残す「ふぐ料理屋」や「割烹」なども残りながら、だんだんと都会の無機質な雰囲気に飲み込まれつつあるような悲しさも感じました。

神田薮蕎麦を後にして、つづいて向かったのはJR水道橋駅。そこからてくてく歩く事約15分(思ったより遠かった!)、「トッパンホール」が今回のメイン。
ここで開催された「前田りり子リサイタル」の事は、蕎麦の話でつい熱くなり長くなったので翌日に続く。

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2009.05.25

土日の出張〜土曜日の記録

5/23(土)は、今月2回目の東京出張。
午後1時まで診療時間であるが、12時半過ぎの時点で新患も予約の再来患者も途切れたので診療を終了して庄内空港へ。午後1時過ぎに到着したがなんと駐車場が満車で本当にどこにも停める場所が無い。
家内に一足先に空港ビル内3階の「平田牧場庄内空港店」へ行って昼食の注文をしておいてもらう。

Photo13:05着の羽田からの便から降りてきた人が車を出し始めようやく駐車できました。すでに午後1時15分すぎ。乗るのは午後1時45分発。ちょっとあせります。
今日はこれ!と決めておいた「カツ玉丼」。
テレビ番組「東京Vシュラン」で絶品のかつ丼として紹介されていたこともあり期待していました。「平田牧場」は、本店のある酒田市みずほ町の直ぐ近くにある「みずほガーデンパレス」1階に「とんや」があり、昔から時々行っています。三元豚も桃園豚も「特厚ロースカツ」は特に旨い!
しかし、この「かつ玉丼」はちょっと期待を裏切られた感じ。ご飯の上にロースカツが乗り、その上にふわふわトロトロという呼び文句の卵がのっかり、だし汁がかけられたものです。なんとなく全体的にあっさりしていて主張が乏しく、「若い女性に好まれるかつ丼なのかな〜」という印象。けっして美味しくない訳ではありませんがこれに1,300円払うなら普通の豚カツの定食を食べた方がいい。どうしてこれがテレビで「丼物」の第1位になったのか、理解に苦しむ感じ。

羽田についてまず品川へ。ここで医学系の研究会が行われたのです。
宿泊は久しぶりの品川プリンス。学会場は品川プリンスのアネックスタワー。
「新型インフル」騒ぎでもっとマスクしている人が多いかと思いましたがそれほどでもなかったですね。ざっと見渡しても100人に一人しているかどうか。学会場の入り口でも手指消毒液が置かれ、無料のマスクが配られていました。私も一枚もらいましたがしないでポケットへ。
18:00を過ぎ、2番目の講演が終わって質疑応答の段階で私は会場を後にしました。

品川区民会館「きゅりあん」で品川区民管弦楽団による「春のコンサート」がありそちらに向かいました。18:30開演のぎりぎり3分前くらいに到着。先に出かけていた家内はネット上で知り合いになったアマチュアフルート奏者Tさんと座席に座っておりました。この品川区民管弦楽団のフルート奏者Zさんも家内のネット上でのお友達。私はネット上の「架空の世界」から「現実の世界」でその方たちにお会いするのも楽しみでした。
会場では、フルート・クライスのメンバーH氏に3年振り(G.ショッカーの四谷でのリサイタル)くらいにお会いしたりして驚き。でも、ここは東京ですからね。いろいろなところでいろいろな人に会う可能性はあります。

終演後、バックステージを訪ねてご対面。
Photo_2写真取りましたがご本人たちの許可を得ていないので掲載しません。
その後、私は家内とHN「とにゃまま」さんの3人で品川へ。そこで飲めや歌えやの大宴会ではなく、イタリアンでワインなどぞ飲みながらささやかに懇親。午後11時にはホテルに戻りました。

5/24(日)はいろいろと予定があり、楽しい東京出張となりました。
上野で「ルーブル」、 小石川で「前田りり子リサイタル」、その合間に神田と銀座を楽しみました。
続きは明日。

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2009.05.17

酒田まつりウィーク始まる

今年、「創始400年」を迎える、「酒田まつり」。
本祭りの5/20(水)は、拙クリニックも午後休診にして、街中にお出かけします。
昨年は雨にたたられましたが、それでも「山車行列」を観に行き、頭屋(とうや)の知人から『酒田大獅子』の有り難いお札を頂きました。

祭りの詳細は、専用HPがあるのでそちらをご覧頂きましょう。
「酒田まつり創始400年本年祭」のHPは←こちらです。
昨年の祭りの様子は、H20/5/19の記事、「酒田まつり前夜祭」と5/20の記事、「酒田まつり『本祭り』」をご参照下さい。

この祭りの凄いところは、慶長14年、西暦1609年からどんな事があっても一度も取り止めにならず毎年継続して行ってきた点です。第2次世界大戦の最中も、記憶に新しい昭和51年の酒田大火の翌年も中止になっていません。そして400年が経過し、401回目の祭りになるのだと思います。
History_2(写真は、上記HPから。湊の船からも見えたという巨大な山鉾の昔の写真)
日本全国の、由緒ある、歴史ある様々な祭り(京都の祇園祭や、博多のどんたくなど)で、もっと長い間続いているお祭りはありますが、途中1回も中止していないのは「酒田まつり」位なのではないでしょうか(他にあったらすみません)。

元は「山王祭」は酒田湊の商人のお祭りで、頭屋(または神宿と書いて「とや」とも)となった商人は、祭りにかかる莫大な費用を負担する代わりにこの時だけは羽織袴に裃をつけ刀を差して奉行所に入る事が出来たという事で、侍身分の扱いとなり大変に名誉な事であったそうです。ただ、あまりに莫大な出費故「頭屋を三回もすると家が潰れる」とさえ言われたそうです。

Photo今年は、特に「創始400年本年祭」ということで、酒田市も力をいれており、5/15(金)〜5/21(木)を「酒田まつりウィーク」と定め、街中には幟が立ち、提灯が並び、雰囲気を盛り上げています。
(写真は5/14夕方の市役所駐車場)
Photo_25/15には、上神宿と下神宿の神宿開きや、市役所での安全祈願祭、餅まきなどがあったとのこと(仕事で行けませんでした)。5/16(土)は午後の診療を終えて、街中にちょっと行ってきました。
(写真は、市役所駐車場で作成中の大山鉾)

Photo_3本日5/17(日)も祭りムードを盛り上げるために街中ではいろいろなイベントが行われているようです。
(写真は市役所入り口の花で作ったの看板)

Photo_4昨日の街中には、そろそろ出店が並び始め、フリーマーケットや猿回しなどが行われていました。
ちょうど「お猿の光君」の芸をやっていたのでそれを見て、ちゃんと「おひねり」も渡して参りました。おむすび屋さんやスムージーの美味しいフルーツ屋さんに立寄り、夫婦でぶらぶらしてきました。「木村屋」の「昨日限定」のクリームパンは行った時には「売り切れ御免」となっておりました。
また昨日は、酒田出身の(医師会長の同級生で幼なじみらしい)作家「北重人」氏(大藪春彦賞受賞、直木賞候補)を招いて基調講演会とパネルディスカッションがあったそうです。後から時間がわかったのですが、「無料」だったので行けば良かった。しかし、その時間帯は、夜に行われる立川談志独演会のためにすでに市役所駐車場は入場が制限されており入れませんでした。

明日、5/18(月)は、映画「おくりびと」の滝田洋二郎監督を迎えて、トークショーと「おくりびと」上映会が市民会館希望ホールで行われる予定。トークショーの開演が午後6時ですし、映画は劇場で1回、希望ホールで1回観て、さらにDVDも購入しているので、いくら監督が来られても、、、という気持ちになってしまいます。
まあ、1,000円で監督のトークショーと映画も観られるので、まだの方にはお得な感じだと思います。

新型インフルエンザで、神戸の「神戸祭り」(5/15〜5/17)は実質取り止めになったとのこと。
国内での人ー人感染が確認されては、甘いことは言っておられませんが、人の交流、動きの激しい現代とは言え、横浜や神戸の新型インフルエンザが庄内に上陸するのはもう少し(潜伏期も入れて)かかるでしょう。インフルエンザはその名前の由来からも、感染し蔓延することは防げない病気だと思います。一人一人が、うがい、手洗い、なるべく人混みを避ける、などの予防策が必要です。
でも「酒田まつり」は中止にする訳には行かないでしょう。
あと、3日。
山形県や庄内地方に疑いの濃厚な患者さんが現れない事を祈るのみです。


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2009.05.14

人間的な生活

月曜日の式典記念チャリティコンサートの軽い興奮を残したまま、火曜の朝から通常の診療体制。
昔だったら結構無理が利いたはずが何だか疲れている。

たとえば、市中病院勤務の時代なら、月曜の朝から普通に働き、夜20時頃一旦帰宅するも、22時頃急患で呼ばれ、入院させて安定させ家族に説明して帰宅すると深夜の1時過ぎで、それからベッドに入るも朝の4時頃病棟患者さんの急変で叩き起こされ、駆けつけて処置をするも残念ながら死亡され早朝5時半頃病院から死亡退院のお見送り。少しでも休もうと、また病院近くの官舎に戻って2時間程仮眠して、8時半にはICUから回診を始め、病棟を急いで回って昨晩入院させた急患の脳血管撮影を行い、脳動脈瘤を発見して、午後から緊急手術。手術場が混んでいるため午後4時まで入室できないので、その間に昼食を摂り、たまっている診断書や介護保険主治医意見書などを書き、もう一度ICUの患者の状態を確認して新しい指示を出し、午後4時から手術場に入り、麻酔がかかるのが午後5時近く、執刀開始が5時半頃になり、それから破裂脳動脈瘤の根治手術を9時半頃までかかって行い、終わってほっとする間もなく、患者をICUに移送してそこで状態を安定させ、患者家族に説明を終えると午後11時を回っていて、それからパンかなにかを口にして(昼食以来、11時間振りくらいの水分と食事)、まだたまっている書類を整理して深夜0時頃帰宅。
翌日は、学会出張で東京へ。。。

などという生活は、それほど稀な事ではなかった。
大学医学部勤務の時には、多忙な中で学会発表の準備を夜を徹して(つまり徹夜ですね)行い、朝6時半頃完成、朝の検討会に出て、その後、学会発表の医局内での練習会(教授以下、医局員の前で発表と同じ事を行う)をして、教授のダメだしなどに従い、修正点をチェックしてから、まずは日中に業務(外来や病棟)を行い、手術のある日は手術に入り、それらの仕事が落ち着いてから、学会発表の修正点を直し、ようやく自宅に帰って、翌日は大阪に学会出張。。。

こんな生活もしていた。疲れはしても、ちょっとした時間を見つけてはどこでも眠れる特技を身につけ、ぐっすり寝て休息を取るとか、東京出張の新幹線の中でとにかく寝て疲れを取るとか、そういう感じだった。
人間、楽な状態には直ぐ慣れてしまうもので、開業医となってからは、夜中の呼び出し、緊急手術、死亡退院の見送りなどは無く、極めて人間的生活を送れていると思う。
「救急医療の崩壊」とか「病院勤務医師の減少」などのニュースを見ると、正直心が痛むところもあるのだが、勤務医を辞めて開業するに至った理由の(小さいけれど)一つには、これ以上激務を続ける事への懸念があった事は事実である。苦しむ患者さんのために一生懸命働くのは医師としての使命感であり、「自分の仕事」をきちんと果たした結果、患者さんや家族から感謝されるのは医者冥利であった。しかし、どんなに頑張っても給与は増えるどころか減らされ、時間外手当は事務の方で勝手に削り(記載した時間、働いていない事にしていた節がある、県などの予算が決まっているため苦肉の策であったから、医師の誰もが公的には文句は言わなかった)、一日17時間働くとか緊急呼び出しや長時間手術などの時間外勤務を含めると週に70時間とか、時間外勤務だけで多い月には150時間を超え、時に200時間近くなるなど、全くもって「労働基準法」など無視の世界で長年働いてきた。さらにモンスターペイシェントおよびその家族も増えてきて、頑張っているのに評価され無いどころかけなされたり、それが患者だけではなく病院上層部からも医師側を非難するような声があがったりするまでになって、とても耐え難い状態があったことは事実である。

今は、働く時間をほぼ自分でコントロールできる。
今週の月曜日のように、学会出張(+チャリティコンサート出演)のため「休診」にして自分の働く時間を自分で制御できる立場になっている(その代わり、休診=無収入であるが)。かなり精神的にこちらも参るような精神状態の患者さんの相手をじっくりしたり、たくさんお話しする必要のある患者さんが続くと、診療患者数は多くなくてもぐったり疲れるが、そういう診療を目指して開業したのである。世の中にはまだ、「無診察診療」に近い事をやっている医師もまだいるようである。患者さんに聞くと、A医院を受診しても医師と話をする時間はほとんどないとか、B医院では「変わりがなければいつものお薬を」という感じで、不眠症やうつ状態を治療しているのに医師と患者が顔を合わせる時間のない診療を行っているところもあるようである。いくら流行っていて患者さんがたくさん来るからと言って、そんなことでいいのか!と言いたくはなるが、おそらくそういう医師からはそれでいいと思う患者さん以外は少しずつ離れて行くだろう。拙クリニックではまだ患者数が多くないので受診した全員の患者さんとお話をしている。再診時に話を聞くのに時間がかかりそうな患者さんは、なるべく午後のすいている時間帯に予約をいれるようにしているが、最近は午前中少し混み合ってきて、予約枠の患者さんでも30分以上、下手すると1時間近くお待たせしてしまう事があり大変気になっている。
開業する際に、準予約制にして、患者さんを30分以上待たせない、という事を一つの目標としたのだが、早くもそれが守られない状況になっている。何か工夫して改善しないと行けない。
予約の無い新患の場合、1時間以上お待たせする事態も時々出てきてしまっている。それでも日本海総合病院を受診して3〜4時間待たされる、その上、当日のMRIはできず、予約して再度検査に来るという状況よりはずっとましであるが、初めて受診したその日に、受付して1時間から遅くて2時間以内には診察も検査(MRI含む)も終わり、診断をつけてきちんと説明し必要に応じて投薬治療を指導するまでを実現したいと思っていた当初の考えから少し外れてきているようで反省しなければならない。

なんだか、疲れと勤務体制の事を書いていたら、今の診療状況の反省になってしまった。

Cd「人間的な生活」を送る上で、時間的な余裕はもちろん大事だが、忙しい中に、疲れている時に、やはり音楽は体と心を癒してくれる。家内のチェンバロにかかれたラテン語(今まで何度もここで紹介しました)のように
『音楽は よろこびの 友  悲しみの 薬』
ということである。
月曜に共演した須藤千晴さんのCD。
彼女は美人なのが逆に欠点かもしれない。美しいが故に誤解されるかもしれないと言う事。
表面上、「クール・ビューティ」なのであるが、彼女の演奏をじっくり聴いてみると、可憐な女の子の音楽ではない。むしろ骨太な、構成のしっかりした、音楽が聴こえる。基本的な技術を磨き上げてその上に華美な事をできるだけ避け、楽譜を研究し尽くしている。
このディスクは、ショパンは余り好きではない、という人にもお勧めする。何も知らずにこのディスクを聴いた人は、日本人の、若い、美しい、女性が弾いているとはまず思わないと思う。ドイツ人の、音楽大学の教授か、准教授クラスの、目立たないけれど確固たる音楽を作る人の演奏を想像するのではないかと思う。

私はショパンは好きで、「プレリュード」はルビンシュタインやアルへリッチやポリーニなどの素晴らしいピアニストのレコードやCDを持っており、昔は随分聴き込んだものだった。今回、須藤千晴さんのショパンとスクリャービンの演奏を聴いて、私は何か「こころが落ち着く」ような感触を得た。この演奏は、お世辞抜きに好きである。


もう一つ。
人間的な生活と言えば、美味しい食べ物はかかせない。
Photo連休前に行ったはずだから、ちょっと前になるが、最上川を超えた「川南」の錦町にあるインドカレーのお店「シタ」。
以前にもレポートしたが、インド出身のご夫婦とバングラデシュ(?)の従業員がやっている。御主人は酒田に来る前、東京のインド料理の店で働いていたので、本格的な事この上なし。日本語はまだ怪しい。
Photo_2ディナーのカップル用セットは、タンドリーチキンとチキンのカバブが一人に一つずつついて、カレーは何種類下の中から2つ選べる。辛さも好みでお願い出来る。「中辛で」と言ったら、「カライノ、ダイジョブ?」と御主人に言われた。
特大のナンは焼きたてなので手でちぎるのもアツアツ。サフランライスもナンもいくらでもお代わりできるし、残ったらお持ち帰りできる。本格的なのに庶民的な価格なので家族連れやカップルでいつも混んでいる。
こういう美味しいものを食べる時が、一番人間的な生活の幸せを感じるのかもしれない。
単なる、食いしん坊か。。。。(^^;;;

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2009.05.12

式典チャリティコンサートは成功!

Photo「みなとみらい」の早朝。
観覧車の時計は5:43です。5:20に目覚ましを設定し、なんとか起きました。
桜木町から横浜駅へ、そこで京急に乗り換え羽田へ。余裕で45分程前に着きました。結果的には、もう15~20分遅く起きても間に合った訳です。
7:15羽田発、8:15庄内空港着の1便で帰ってきて、朝9時前から通常通り診療をしましたので、今、ちょっと眠いです。

さて、携帯で文章だけアップした昨日書きかけの続きです。
写真を携帯からブログにアップする方法がうまく出来ず諦めました。
午前に一つ、午後一に一つ、あわせて2つのセッションの英ー日同時通訳を担当しました。夕方まで5つのセッションを担当された先生もいるのに、私は楽をしました。しかも、通訳内容は自己評価は結構ボロボロ。あまり高速なトークに付いて行けず、途中「フリーズ」を何回か起こしました。

Photo_32つだけの担当にしてもらったのは、午後2時からは「チャリティコンサート」の練習があったからです。
 会場は「パシフィコ横浜」の大ホール。
 一見響きが良さそうに見えますが、音楽ホールとしては今二くらいでした。まず、開場後の「お迎えの音楽」として、モーツァルトの『フィガロの結婚』から第3幕フィナーレ。実はこれ、当日の練習までお迎えの演奏で自分が1番フルートを吹く事を失念していました。楽譜が配布されて1番と2番を練習し、4月の集合練習の時にも練習していましたが、自分が1番を吹く事が頭にありませんでした。序曲では1番を吹くので、フィガロもそのまま1番。1番を吹く事を当日認識したという自体。幸い、譜面づらは難しくないのでGPでも問題なく吹けました。
 メインのベートーベンの『皇帝』の前に、モーツァルトの『魔笛』序曲。こちらはフルート1番を吹くのですが、途中フルートのソロの部分があるので結構緊張。何とかまとめました。

午後4時半頃まで練習し、本番の午後5時55分前までは休憩と着替え。
指揮の早川先生は会場の熱さ(主にライティングのせい)でかなり汗をかいておられました。ピアノの須藤千晴さんは、リハの時は普段着的なラフで動きやすい格好でした。

まず、予定通り午後6時少し前から「お迎えの音楽」。
続いて、国際脳腫瘍学会の開会式典です。会長の松谷先生のご挨拶の後、米国、欧州、アジアの各脳腫瘍学会の代表、そして最後の世界脳腫瘍学会の会長の挨拶がありました。
続いて午後6時25分頃からようやく『魔笛』序曲。途中ちょいと乱れたところはありましたが、本番の集中力の高め方を知っている脳外科医によるオケなので何とかなりました。

そして、いよいよ『皇帝』です。
須藤千晴さんのピアノは残念ながら、会場の響きが比較的吸収する感じなので、ピアノの反射板のコチラ側にいるオケにはあまり聴こえません。それでも、きらきらとした美しい音色、柔らかなタッチ、粒の揃った音階はよく分かります。

第2楽章は2番フルートはtacetなので、余裕でピアノ演奏を楽しみ、1番フルートのソロを多少ドキドキしながら聴いていました。(この記事に対し「オケに参加する資格なし」という厳しいご意見を頂いてしまったようです。ご不快に感じられた方には申し訳ありません。一緒に演奏をした仲間にも失礼致しました。ここに謝罪致します。写真は削除しました)
華々しくフィナーレ!
Bravoの声もかかります。
「脳外科医のオケにしては、、、」という割り引いて考える感想や身びいきもあるでしょうが、お褒めの言葉がおおかったそうです。ピアノは素晴らしかった!

Photo_5終演直後、この演奏会の入場料は脳腫瘍に苦しむ患者さんを助ける会などへ寄附されました。
バックステージで早川先生と須藤千晴さん。美しいですな〜。
私もツーショットお願いしましたが、公開は致しませんです。(^^;;;;

その後、速攻で着替えて、「みなとみらい」のQueens Squareのあるお店で、飲み放題、食べ放題のバイキング形式での打ち上げ。皆、喉が渇いていてビールをがぶがぶ。お腹が空いていて炭水化物をガツガツ。更に白ワイン、赤ワインと飲み放題。
須藤さんと関係者の方々がやや遅れていらっしゃり、そこで昨年発売されたCDのサイン会付き販売。
「失敗した自覚のある人は一枚購入するように!」というのは冗談として、団員の半分近くの方が購入したのではないでしょうか?!会長もやや遅れて参加され、みな盛り上がりました。
明日の仕事のため、名古屋や関西方面の方は21時台の新幹線で帰るべく途中で退席されましたが、泊まりのメンバーは盛り上がって飲み放題。ついにお店のほうで、ビールなし、ワインなし、ウィスキーだけという状態になり打ち上げ終了!
飲み足りない先生方は、ホテルにチェックイン後、まだ飲みに出かけられたようですが、翌日(=今朝)の早い私は23時前には休みました。

ベートーベンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』は生まれて初めての演奏。
たくさんの名演がありますが、個人的にはルドルフ・ゼルキンのディスクが好きです。華麗と言うよりはていねいで淡々とした演奏の中に、熱い思いが感じられるのです。
演奏する立場としては須藤千晴さんの演奏を冷静に聴く事が出来ませんでしたが、間違いなく素晴らしいピアニストです。これからますます成長される事でしょう。音楽家として、人間として、さらに素敵な女性として、大活躍をお祈りしています。
またどこかで共演できれば嬉しいですね。

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2009.05.11

「みなとみらい」で仕事

昨日午後から空路横浜の実家に来ました。実家にる寄るのは丸2年振り。
あの中央ヨーロッパ旅行に出掛ける前日以来。

今回は、5/11から始まる国際脳腫瘍学会で英語ー日本語の同時通訳のお手伝いと夜の開会式での演奏が目的。
午前中、一つ通訳の担当を終え、用意されたお弁当を頂いて、午後一のセッションを通訳したら、午後は開会式でのオケの練習となる。

久し振りの同時通訳は、普段のルーチンワークで錆び付いた脳みそには強烈な刺激を与えてくれたが、スピーカーがボストンから来た米国人で、その機関銃のような喋りにやられてしまった。日本語で喋られても付いていけるかどうかという速さに戸惑いながらも、戸惑ったままという訳にもいかず、必死でスライドをみながら何とか通訳の真似事をした。

(つづく)

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2009.05.07

GWの3日間〜その2

5/4は、山菜料理、浮世絵の展覧会、上山の「おくりびと」ロケ地、日帰り入浴の温泉と楽しみました。
5/5(火・こどもの日)は、1年振りのホームコース、「東蔵王ゴルフクラブ」へ一人で行きました。フリーで来たメンバーだけを組み合わせて回る事ができるのです。

首都圏に戻る人たちの渋滞が凄いらしいとテレビで言っていますが、酒田からはそれほどでもないだろうと朝6時半に酒田を出発。宮城県川崎町の「東蔵王ゴルフクラブ」へ。車で30分少しで行ける山形市から、2時間かかる酒田に転居したこともあり、メンバーなのに丸2年の間でようやく2回目のホームコースプレー。

Photo(写真はゴルフ場のHPから)
美しい雑木林。八重桜が咲き誇り、緑のグリーン、淡い新緑の林、奥に広がる常緑樹の濃い緑、ずっと向こうに見える蔵王などの山々の残雪を頂いた淡い紺と白のコントラスト。その中に、濃いピンクの花を競う八重桜やその他の美しい花々。ちょっと大げさですが、あの「オーガスタ・ナショナル」にも及ぶとまでは言えないけれど、けっこういい勝負できそうな美しさを愛でてきました。
8:20に到着して、フリーのメンバーと4名で8:51スタート、昼食を挟んで18ホールで終えて帰るつもりが、一緒に回った方々(東京、福島など皆県外の方ばかり)が皆シングルの方で上手なので私も引っ張られ、後半が終わった時がまだ午後2時だったので、もう9ホールということになり、山里、みやま、いずみの27ホールを全て回ることになりました。
Photo(こちらもネットから、マスター室前)
昔なら考えられないくらい人が少なく、前後にプレーしている組がほとんど見えません。スイスイとハーフ2時間強で周り、27ホール全部終わっても午後4時15分で陽もまだ高く、東蔵王ゴルフクラブが誇る天然の温泉に入って疲れた体をほぐし、ゴルフ場を後にしました。
さすが高速道路は混雑していますが、仙台から山形、酒田方面はゆとりがあり、逆方向の上り車線は月山道路などは渋滞していました。午後6時40頃に自宅に到着。往復で3時間半、プレー6時間半、昼食に50分くらい(プレー前と後の入浴などで1時間ちょっと)で、ちょうど12時間遊んで来た事になります。電動カートを使いながらも結構歩きました。週1回くらいやればもっと運動不足も解消できるのでしょうが。。。


そして、昨日の5/6(水・祝)。GW最終日。
5/6がなぜ休日なのかと言うと、日曜に重なった5/3「憲法記念日」の振替休日らしい。
5/4は以前は4/29だった「みどりの日」なので、5/3,4,5は必ず「3連休」になるようになっている(昔は、5/4だけポコッと平日が入ったりしてましたね)。


旧余目町の島田地区の「しま田」が4月から蕎麦屋を再開したと聞いたので行ってみたところ、残念ながら蕎麦が無くなったのか、幟は立っているのに「終わり」と言われたとお客さんが帰って行くところ。三川町に菜の花畑を観に行こうと考えていたので、三川町の庄内合同庁舎の裏にある茂一蕎麦に行く事に変更。
Photo_2Photo_3ここはお蕎麦も美味しいけれど、麦切りが旨い!何十年前からあるのでしょうか。少なくとも昭和61年に荘内病院に勤務して鶴岡に住んでいた頃にも来た覚えがあります。三川合同庁舎の人たちの御用達のお蕎麦屋さんですね。

それから向かったのは、開業前に非常勤でお世話になっていた三川病院の直ぐ近く。「いろり火の里 なの花温泉 田田(でんでん)」の目の前に広がる菜の花畑。
Photo_4一面に広がる黄色い菜の花。子供でなくても思わずうきうきします。
「ライ麦畑でつかまえて」よろしく、菜の花の中にはいって記念写真を撮ったり撮られたり。お子さんは菜の花よりも背丈が小さく黄色い花達の中に埋もれて見えます。
気がついたら黄色い花粉が服に付着してしまいました。(^^;;;

ということで、5/6はのんびりと過ごし、これで平成21年のGWも終わってしまいました。
このような連休は、今年は9月にもありますね。
9/19(土)、20(日)、21(月、敬老の日)、22(火、国民の休日)、23(水、秋分の日)と、土曜がお休みの方は5連休。24(木)、25(金)と休みをとれば、土曜がお休みの職業の人は、9/19〜9/27までの「9連休」が作れます。土曜も仕事でカレンダー通りの私の場合はそうもいきませんけれど。。。

今日からまた通常通り仕事です。頑張りましょう!

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2009.05.06

GWの3日間〜その1

すでに記事にしているように、5/2(土)は普通にお仕事+酒田中央高校音楽部のコンサート。
そして5/3(日)はスタッフの結婚式。

Photo_4残り3日のGWをどう過ごすか、と考えて、5/4(月・祝)は山形へ。
山形美術館で開催されている「四大浮世絵師展」を観に行きました。
ただ山形に行くのももったいない(?)ので、最近行っていなかったところへ。

西川町の山菜料理で有名な「出羽屋」さんへ行ってみました。
朝の時点で予約は無理(個室の予約は一杯)ということで、行ってみて並んでみて、、、ということに。
山形自動車道ー月山新道はさすがに混んではいましたが、渋滞とはならず。山形から庄内に向かう下り車線の方が圧倒的に交通量は多かったようです。
月山第1トンネル、第2トンネルと非常に長いトンネルがあるのですが、試みに自分がトンネルに入って抜け出るまでの間に対向車線の車の数(バイクも含む)を数えてみたら、第2トンネルでちょうど70台、第1トンネルでは101台の車両とすれ違いました!
普段ならせいぜい10〜20台と言うところですからやはりGWというのはスゴいんだな〜、もしかして「おくりびと」ロケ地巡りにでも行ってるのかな〜?と「仙台」「宮城」という車のナンバーを見ながら考えていました。

12:15頃、出羽屋に到着。
すでに店の前に行列。駐車場も一杯。
名前を書いて待つ事に。一時間は待つだろうと覚悟して、新聞を読みながらゆっくり待っていました。
部屋料を取らない「そば処」の方だとまだまだでしたが、午後1時近くになって「個室」の方がチラホラ空いてきたらしく、部屋でもいいとお願いしたところ、まもなく個室が空いたと言う事で案内されたのは2階の「松風」。
茶室風の趣のあるとてもステキな個室でした。
Photo「山菜定食」のうち、天ぷらが付くのは4,200円の料理からですが、個室ではそれが税込みで4,620円とお高くなります。これは、まだ天ぷらとお鍋とご飯が来る前の状態。「待て!」が出来なかったので。
Photo_2天ぷらとお鍋が並んで、早速頂きました。家内はてんぷらの付かない3,420円コースを「麦きり」に(そば、麦きり、ご飯から選択)、私は4,620円のコースで「タケノコご飯」に(本当はウコギご飯が食べたかったのですが、季節を過ぎてしまったそうです)。

山菜はいまではちょっとした高級料理ですが、もとはといえば、西川町では出羽三山に入って修行する修験者や僧侶が入山前に山菜で精進落としをしながら栄養を付けたという言い伝えがあります。それが地元に残ってこういう立派なお店になったようです。
何種類もの山菜がいろいろな形で食用に供され、そのどれもが美味しく素晴らしい食事でした。
しかも、多分低カロリー、高食物繊維、抗酸化作用物質が豊富な健康の面から考えてもかなり理想的な食事。お鍋に鶏肉が少し入っていた以外は動物性タンパク質はまったくなし。
山菜だけで14,5品あり、お腹一杯になりました。
そこから山形市を目指します。

Photo_3山形美術館には午後2時半前に到着。1時間もあれば見て回れるだろうと思っていましたが、結構な人出で、展示はずらっと並ぶ行列に付いて歩くような感じ。
Photo_5今までは浮世絵は、ボストン美術館などで本物を見た事があります。天童には天童広重美術館がありそこでも少し見ました。しかし、この中右コレクション程の作品数は初めて。厳選された172点が展示されていますが、中でも写楽作品が20点、一堂に会するのは珍しいとの事。
写楽の作品は寛政年間の歌舞伎役者や相撲取り、そして吉原の女たちが描かれていて皆素晴らしい。個人的には、四世松本幸四郎や二世坂東三津五郎など、今も歌舞伎役者として活躍している人たちの直系の祖先の役者の姿を観て、確かにどこかに同じDNAを持った顔つき、体つきを感じて感心しました。
北斎漫画には、現代の日本のまんが文化のルーツを見る思いがしましたし、「冨嶽三十六景」はさすがのもの。歌麿の美人画の中でも、乳にむしゃぶりつく金太郎の姿は印象が強かった。そして広重の特に「東海道五拾三次之内」は、そこに登場する人物の生き生きとした、今にも本当に動き出しそうな描写にあらためて驚きました。
人が多かっただけではなく、ついついじっくり眺めてしまったので2時間近くかかり、ついでにこの美術館が誇る、ルノワール、ピカソ、シャガールと言った素晴らしい常設展示の作品も目に。私はモネとミレーが好きですね。あの光の感じが素晴らしい。離れてみると、まるでその景色の中にいるような気分になります。

美術館を後にしたのが午後4時半で、ちょっとあせりました。
Photo_6上山の映画「おくりびと」で「大悟の実家」として使われた旧美容室の内部公開は午後5時までだとネットで書いてあったからです。閉まっていたら、外から眺めるだけでもいいね、、、と行って着いた時刻は午後4時55分ちょっと過ぎ。結構な観光客がまだいたので入れてもらえました。
Photo_7といっても、酒田のNKエージェント(旧割烹小幡)に比べると、その展示や見るべきものは10分の一以下かな〜と思います。狭い建物で1階だけを展示用に解放し、ロケの写真などが飾ってあるのですが、上山のその「大悟の実家」のシーンは2、3枚で後は、酒田、鶴岡のロケ写真。

Photo_8それでもNKエージェントと同じく「清掃協力金」として一人100円取られるので、コスト・パフォーマンスとしては酒田の方が格段に上だと感じました。まあしかし、上山にしか置いていない、このパンフレットを100円で頂いたと考えれば不満はありません。
パンフレットの作りが酒田のものにそっくりだな、と思ったら表紙に「協力 酒田ロケーションボックス」と書いてありました。表紙の絵は、大悟の家となった旧美容室を映画の美術スタッフが描いたもの。ロケのほとんどは庄内なのに、大悟の実家だけ上山というのは、とにかく徹底的にロケハンをして、滝田監督のこだわりに応えてスタッフやボランティアがようやく見つけ出したこの建物だったとの事。
酒田のようなNPO法人ではないものの、上山市役所が主となって「映画『おくりびと』応援組織 上山コンチェルト」という名称でボランティア的に活動されているようです。

せっかく上山温泉街に来たので日帰り入浴でもと思ったのですが、時間も夕方5時半ちかくだったので、蔵王温泉に向かう途中の蔵王上野の「天神の湯」へ。
天神の湯でゆったりして酒田に帰ろう、、、と思いきや、GWのためか、ここも人が多く、風呂場はまるで芋の子を洗うが如くという感じで、7席しか無い洗い場では並んで待つような状況。
それでも、蔵王温泉のような強酸性のパンチのあるお湯ではなく、やわらかく透明な「石膏芒硝泉」。入っているだけでお肌がぴちぴちと引き締まる感じがあり、さらにお湯を弾くような弾力が得られるような温泉。飲んでもいいらしい。
混んではいましたがまったりくつろいで、ゆっくり酒田に戻りました。

Photo_9酒田到着は夜9時近かったのでお気に入りの「北京飯店」へ。
ここの料理は中国人のコックさんが作っているし、店を切り盛りするTさんが中国から帰化した人で、いつもにこにこ元気に働いている姿を見るとこちらも元気になるのです。今日(5/4)の夕飯は、「レバニラ炒め定食」でした。

5/5は、久しぶりにゴルフに行く予定。
5/6はのんびり過ごす計画、で続きます。


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2009.05.02

黄金週間始まる?初日は「アンサンブル・コンサート」

「?」を付けたのは、すでに始まっている人は始まっているであろうから。
中には、4/25(土)から連休に入った人もいるらしい。27(月)、28(火)、30(木)、5/1(金)の4日を有給休暇とか特別休暇で休みにしてしまえば、4/25〜5/6までなんと12連休。
ついでに5/7(木)と5/8(金)も休めば、5/10(日)まで「16連休」が出来上がると言う訳。
これは土日休みの週休2日制の人にだけ通用する話。

拙クリニックは、土曜は午後1時まで。今回のGWもカレンダー通りの休みなので、最大で5/3〜5/6の4連休ということになります。「休み」=「患者なし」=「無収入」なのですから、個人医院を開設して漸く2年目に入ったばかりの新米開業医としては休んではいられません。

と言う訳で、今日、5/2(土)も午後1時ちょっと過ぎまで患者さんの診察。
世の中は、朝から高速道路が大渋滞とか。東名の下り路線では60kmを超す渋滞との情報も。いくらETC割引で1000円でどこまでも行けるとしたって、時速15km平均で4時間かけて渋滞を抜けて、そのあと、どこまで行く気になるのだろう。地球温暖化防止と言っているのに、こんなに渋滞の車がガソリンを燃やしていては(しかもいい天気なのでみなエアコンかけているだろうから)燃費も悪く、CO2もたくさん出ているはず。

やはり家や周辺でのんびりしているに限る。
しかし、今日は、酒田市立酒田中央高校の音楽部の「アンサンンブル・コンサート」なので、のんびり遊んでもいられない。
私も出演したことのある、地元のFM局、「ハーバーラジオ」が昨日既に取材もし、本日も取材に来る?らしい。(音楽部の指導者で酒フィルCb奏者のM氏のブログ、「Nimrod.音楽部通信」を参照下さい。

若者たちは午後1時前に集合。私と家内は診療終了後、ちょっと外出して昼食。今日はお天気が良く熱いくらいなので、ラーメンはちょっと。。。お蕎麦は先日食べたばかり。。。
ということで、駅前東急インの1階に出来て間もない「イタリアンレストラン アンジェロ」に行ってきました。

Photo今日はゴールデンウィーク期間のAランチコース。
前菜に生サーモンとオレンジ。カルパッチョと言うよりどちらかというとサラダ風。

Photo_2つづいて、ワラビの冷たいスープ。
ビシソワーズのようなややざらざらした食感に口の中をかすかに刺激するワラビのほろ苦さが加わった冷たいスープ。これは旨い!

Photo_3コースのパスタは「豚肉とタケノコのラグーソース」のスパゲッティ。
豚のひき肉がゴロゴロ入ったボロネーズ風のソースに、細切りにしたタケノコがたくさん入っています。タケノコのシャキシャキした歯触りがちょっとモタッとしがちなソースにアクセントをつけていて、なかなかに美味しい。注文してから時間をおかずに次々と出てきたので、「パスタは茹で置きか?!」といぶかったのですが、歯応えはアル・ダンテで茹でたてのちゃんとしたパスタでした。
しゃきしゃき野菜のプチ・サラダが付いてきました。

Photo_4ドルチェは、イチゴとティラミス。
ティラミスには抹茶粉末のようなものがかかっていました。あまり甘くなくて私好み。
付け合わせのような小さなイチゴは、中も白いし、あまり熟れていない、固めの甘みの少ないもの。家内にはこのイチゴは全然甘くないと不評でしたが、私には「あると思います」。そもそも今のイチゴは、大きくて甘くて高級なものが好まれますが、元はと言えば野に生えていたベリーの一種。酸味の強い野いちごのようなものも私は好きです。
これにエスプレッソがついて1,500円ちょっと。普段のパスタランチは1155円ですからちょっとお高いですが、その分「前菜」がついています。

ここは、アラカルトもたくさんあって、ディナーのコースもあります。まだピッツァにはトライしていません。コースの締めのエスプレッソを飲んでいたら、3階の「ル・ポトフー」のソムリエ・マネージャーがソムリエの格好で店に入ってきました。
「アンジェロ」はイタリアンですが、フレンチの「ル・ポトフー」の系列店なのだそうです。
な〜んだ。。。

ということで、お腹と心を満たして、午後4時からの中央高校生の「アンサンブル・コンサート」に備えます。

ーーーーー
さて、午後4時から1時間ちょっとの「アンサンブル・コンサート」、無事終了しました。
Photo_7中央高の生徒さんのご父兄だけではなく、拙クリニックの患者さんや、酒フィル関係者など大勢の方に来て頂き、およそ40名の観客。
「ジョンダーノ・ホール」には、椅子が60しかなく、演奏に使うため観客用の椅子が少なくなったため、待合室や診察室などから6つくらい椅子を持って来なければ足らない位で、満席となりました。
写真は家内がチェンバロで合奏に参加しているところです。滝廉太郎作曲「花」とヴィヴァルディの「四季より「冬」」でチェンバロ参加です。
Photo_6中央高音楽部員は、入ったばかりの1年生を除く2、3年生の精鋭23名で、16~20人のアンサンブルを響かせてくれました。
 新3年生は、初めてヴァイオリンを持ってまだちょうど2年。コンミスの子は、中学時代はブラスバンド部でパーカッションだったとのことで、2年でこんなに上手に弾けるようになるなんて、やはり若い能力はスゴいと思います。
 「上手い」演奏を聴きたいならば、ベルフィルとかウィーンフィルとかコンセルトヘボウとか、そういうプロオケのCDでも聞けばいいのです。N響アワーだってあります。しかし、音楽の演奏にはただ「上手い」ということではなく、「思い」とか「熱さ」という別のエネルギーが必要です。彼女たち(and a boy)の演奏は、ただお行儀良く合わせるだけではなく、演奏に対する「思い」が現れるようになっていたと思います。

B私たち夫婦も、「家主」の特権で演奏会に参加させてもらいました。
音楽部の学生が主役なので、曲は控えめに短く。J.S.バッハの「フルートとオブリガートチェンバロのためのソナタ」BWV1030から第2楽章のみです。
今日のため、昨日「ジョンダーノ・ホール」で練習したのを録音し、音ブログにアップしています。
演奏はこちら→「252. BWV1030 2楽章」です。

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2009.04.30

4月も終わり

早くも平成21年の3分の一が終わってしまいます。
430_2本日、4/30の鳥海山。ちょっと春霞というか、ぼんやりしています。左側の峰の下の方に「種まき爺さん」、あんまり綺麗に出ていませんが、見えています。
明日から5月ですね。いよいよGWですが、今年は5/2,5/3と予定があるので、旅行などの計画は全くたてていません。
といっても、去年だって、旅行に行かず、第1回サロン・コンサートの準備と、響ホールでのプライベートな木管楽器合宿演奏に参加したりしていました。確か、1回ぐらいはゴルフに行ったはず。

一昨年のGWは、4/30付けで大学病院の准教授職を辞して、酒田に移住する準備を始めたところでした。
このGW期間中に、映画『おくりびと』の希望ホールでのロケがあったのです。5/3に大ホールで飯森さんの指揮で山響と「酒田第九を歌う会」によるベートーベンの「第九」演奏会のシーンが撮影され、5/4に3階の小ホールで、「解散、、、します!」のシーンがエキストラによって撮影されたのです。
このエキストラに酒フィル団員が16名参加したのですが、私も当時の事務局長から声をかけられました。しかしいろいろあって断りました。5/20に山形市から酒田市に引っ越しする事になっていたのですが、その前に5/6から5/16まで、なんと10泊11日の一世一代の大旅行をしました。ウィーン、ザルツブルグ、ブダペスト、プラハの旅で、プラハでは「プラハの春音楽祭」に招待されるという栄誉にも浴しました。
5/5に横浜の実家に寄って成田に前泊し5/6の朝、成田発でウィーンに飛ぶ事になっていたので、5/4に酒田まで往復し(当時はまだ山形に家がありました)、あの「解散、、、します!」のエキストラ出演に参加する事も時間的には不可能ではなかったのですが、折角の旅行の前に体調を整えるべく自重しようと判断したのです。

あれから、もう2年、、、まだ2年とも感じます。

430本日配布された明日付けのコミュニティしんぶん「5/1号」のインフォメーションに、5/2の「ジョンダーノ・ホール」での酒田市立酒田中央高校音楽部のコンサートの事が載っていました。
 拙クリニックのリハビリ室でのサロン・コンサートがこれまで4回、サロン・コンサートと銘打ってはいないけれど発表会のような演奏会がこれで2つ目になります。
 6/13,14には「第5回サロン・コンサート」も決定しています。

 5/3(日)には、拙クリニックのスタッフの結婚式があります。美人で気だての良い当院自慢のナースですが、売れてしまいます。(;;)
でも、結婚しても仕事は続けてくれるのでホッとしています。院長として招待され、祝辞をお願いされているのですが、「祝辞もいいけれど祝奏するよ!」と約束したので、家内のピアノ伴奏でフルートの演奏をする予定。曲目は内緒(うちのスタッフもこのブログを読んでいるので、当日のお楽しみということで、、、)です。

 そうすると、大型連休(人によっては16連休になるらしい)も、あと5/4,5,6の3日間を残すだけになってしまいます。さて、なにして過ごそうかな。
山形市美術館の四大浮世絵師展も行きたいし、ゴルフも1日くらいしたいし、クリニックのガーデニングもしたいし、、、あっという間に3日ぐらい過ぎてしまいそうですね。

今日は、木曜なので午後1時まででしたが、GW直前のせいか、比較的患者さんが多く、朝9時前から午後1時まで途切れる事なく新患・再来といらっしゃいました。
この4月から、市の介護保険認定審査会委員を委嘱されており、今日の夜はその会議があります。それまでは、先日のゴルフ以外の全くの運動不足を解消すべくスポーツ倶楽部へ。久しぶりにバイクを40分漕いだら、400gr体重が絞れました。

お昼にはこのような低カロリーで栄養素の豊富(?)な食事。
Photo上の写真は家内の注文。「出羽かおりの寒晒し蕎麦といつもの二八の食べ比べ」。
下のは私の注文。「出羽かおりの寒晒し蕎麦といつもの外二の食べ比べ」。
Photo_2出羽かおりは100%山形県産の蕎麦。昨年の秋に収穫した新蕎麦を保存しておいて、厳寒の清流で寒水に晒し、さらに天気の良い日に冷たい風の中で晒して乾燥するという手間のかかったもの。
通常の、「二八の蕎麦」のせいろが680円なのに対し、出羽かおりの寒晒しは800円となっていました。この両方を800円で食べ比べられるという蕎麦好きにはたまらないセットです。
3種類を食べ比べてみた(素人的)感想は、「二八」が一番喉越しが良く食べやすい。蕎麦の香りも爽やかでスルスルと食べられる。「外二」は太めでゴツゴツと歯応えがあり、その分喉越しは良くないけれど、啜って噛んで味わう野趣味あふれる蕎麦。
そして、出羽かおりの寒晒しは、蕎麦の香りは強くないけれど甘みがあり腰もしっかりしていて、喉越しは「二八」と「外二」の中間くらい。見た目も、「二八蕎麦」が微妙に緑色がかった綺麗な灰色なのに対し、「出羽かおり」は玄蕎麦らしくややピンクというか赤みがかかって見えます(写真でわかるでしょうか?)。蕎麦の香りと喉越しを楽しむなら「二八」、田舎風の野趣味を味わいたければ「外二」、蕎麦の甘みを感じたい人には「寒晒し」という感じでしょうか。

Photo_3一緒に注文した、「春の山菜の天ぷら」の写真を撮るのを忘れていたので、2週間程前に一人で行った時に頂いた、「山菜の天ぷら」と「二八のせいろ」。
たらのめ、こしあぶら、こごみ、ぜんまい、、、あと分かりません。
でも、まだ熱い揚げたての山菜の天ぷら、塩をちょっと付けて食べると陶然とします。軽い苦みと土の匂い、山の香り、そして口中に残る微妙な甘み。素晴らしい美味しさです。
山形に暮らす恩恵を受けていますね。
山菜には抗酸化作用の強いポリフェノール類が豊富に含まれており、高血圧や動脈硬化にもいいのです。出羽三山の修行僧は、肉魚をまったく食べない代わりに、豊富な山菜やきのこを食して栄養を補ったと言われており、庄内だけでなく山形県はじめ東北一円に昔から山菜を食べる風習があります。裏の山や川に行けば、その辺に生えているのですから、昔から工夫していろいろな食べ方をしてきたのでしょう。春の山菜で体が洗われたような気がしました。

さあ、明日から5月。カレンダー通りの休みなので、明日も明後日も仕事です。頑張ります!

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2009.04.27

難行苦行?

昨日は地区医師会のゴルフ同好会だった。
私も結構ゴルフを頑張ってやっていた時代があった。
昭和60年頃から平成3年、米国留学の前までは、某ゴルフ場の月例大会に出て優勝してしまったり、出向先の病院でゴルフ好きのドクター(東京の私立大医学部から派遣されている形成外科医など)に早朝5時過ぎから誘われて、河川敷のパブリックゴルフ場をセルフで9ホール回ってから仕事に出たりして、月に2、3回(と言っても12月から3月まではまったくゴルフができないのだが)やっていた頃は、JGAのハンディキャップもどんどん上がって行った。

米国留学から戻り、大学での仕事が忙しくなり、いろいろな理由でゴルフへの情熱がやや冷めたこともあって、年に2、3回のラウンドになった。音楽、市民オケ活動に熱心に取り組むようになってからは、年に1回ゴルフをするかどうかにまでなってしまった。
開業医としてのストレスと運動不足を解消することも考えて、医師会の重鎮が名を連ねる「ゴルフ同好会」の末席に加えて頂く事にしたのだが、今年度の第1回が昨日、庄内町の「庄内ゴルフ倶楽部」で行われた。

拙クリニックの目の前にあった「鳥海ゴルフ練習場」がなくなってしまったこともあり、以前よりもさらに練習場に行く事もなくなり、今回の例会にあわせて先週の木曜と土曜に合計2時間程、ちょこっと練習しただけ。結果は最初から見えていたが。。。

一昨日、土曜からお天気は荒れ、冷たい雨と時折の強い風。ゴルフ向きではない酷い天気。
皆さん、きっちり防雨対策をされているが、私はジャンパーに防水スプレーをかけただけ。午前中はまったく雨が上がらず、傘を差しっぱなしのプレーとなった。
「同好会」のプライベートHCが7と言う「名人」のN先生と同じパーティになったこともあり、緊張感を保ってプレーしたのが良かったのか、前半のout9ホールを10オーバーの46で回れた。特に、まったく不安定なティショット、ちゃんと当たるかどうかわからないフェアウェイウッドやロングアイアンでぼろぼろになりそうなところを、PWやSWでのアプローチがたまたまうまく行って、ワンパットで納めたりしたため、2ホールをパーであがったりした。

昨年、1回だけプレーした時のスコアが109とぼろぼろであったため、今回「同好会」初参加のプライベートHCは「27」にしてもらっていた。「99」でちょうどネットがパー72になると言う計算で、とにかく今年は100を切る事を目標にしようという考えである。その昔、18ホールを77と78、2回も70台で回った事がありHCが「13」まで行ったものとしては情けない数字だが、これが自分の実力だと思っていた。
ところが前半で10オーバーということは、同じペースで後半も回ると20オーバーとなりトータル7アンダーのNET65になってしまう。これでは「インチキHC」と非難されるかもしれない。。。

しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
後半、時に晴れ間も射すようにお天気も回復し、傘を差す必要もなくなった。ところがプレーは次第に回復するお天気とは真逆でどんどん酷くなってしまった。
まず出だしの10番ホールで2つ連続OBを叩き、10番から13番の連続4ホールで、OB4つ、池ポチャ1つとペナルティだけで+10という状態。なんとか1ホールだけパーを取ったものの、ドライバーで230ヤード飛ばしたかと思えば、次のホールではチョロで50ヤード転がしただけに終わったり、左に引っ掛けてOBしたかと思えば、次のホールでは右にまっすぐ飛んでOBしたり。。。
後半の9ホールで結局7つのOBを叩き、終わってみればイン9ホールで23オーバーの59!!!
トータルで105という惨憺たるスコアで、結局昨年9月の酒田カントリーでの109と大差ない結果に終わった。

折角雨も上がったのに、美しいコースや周囲の景色を眺める余裕もなく、なんだかただ「難行苦行」に挑むために朝早く出かけて行ったようなことになってしまった。それでも、あんまり悔しいと思わないのだからこれでは上達するはずがない。昔は、100を切れない、90を切れない、85を切れない、と悔しい結果をエネルギーに代えて、練習場に週に1、2回は通ったものだったが、今年4月も終わろうと言うのに、練習場に2回で合計3箱の球を打っただけではいいショットが打てるはずがない。

医師会の重鎮お歴々に顔を覚えてもらい、少し仲良くお話をして頂けるチャンスと割り切って考えるしかなさそうである。
次回の同好会例会は、すでに東京出張で欠席、次次回は「第5回サロン・コンサート」で欠席が決まっており、これでは1ラウンド100を切れるのはいつになる事やら。。。

でも、爽やかな気候の時に、緑の森、林の中を歩くゴルフは気持ちの良いものである。カートに乗らずに歩けば、1ラウンドで7000mくらいは歩く事になるはずで普段の運動不足も解消され、体重も少しは絞れるだろう。楽しみながら「難行苦行」に挑戦したいものである。

ーーーーー
今日のオマケ。

Photoすでに8日前のことになってしまった「第4回サロン・コンサート」。
高速バスで仙台へ戻る山元氏を見送り、クリニックの片付けをして、ほっとした家内と夕食は「北京飯店」へ。五目焼そば、家内は写真の青椒肉絲飯。
Photo_3ここの「北京ダック」は美味しくリーズナブルなお値段。店を切り盛りする奥さんが中国出身で日本に帰化しており、厨房にはすべて中国人の(日本語の話せない)スタッフ。
本格的な中国料理が味わえる。この日もたくさんのお客さんが来ていた。味は当然満足。

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2009.04.25

来週のジョンダーノ・ホール・コンサート予定ほか

いろいろと忙しく、ブログを2日休んでしまった。
4/22は我々夫婦の◯回目の記念日であったが、診療は通常通り18時過ぎまでで、スタッフが帰ってひっそりとするのは18時半過ぎ。こんなひにバタバタはしたくないし、明日(その日から見れば4/23)に予定があったので、ゆっくり「家食」となった。

422dinner422cake以前、知人から頂いていたシャンパンなぞ開けたりして、でも二人で1本飲める訳はなく、、、

次の日の外食があるので、やや控えめなお祝いとなった。家内の焼いたブラウニーも登場。

翌4/23は鶴岡の「トランスパラン」へ。
「欅」の個室が予約で穫れなかったので、どこか良いとこをと考えていて、今まで一度も行った事のない、評価の高いこのお店へ。
酒田のタクシー運転手は、店の場所が分からず、途中2回お店に電話をかけてようやく見つけ出す様な、住宅街の分かりにくい場所にあるお店。

お店の外観は素敵で期待が高まったのだが、入って最初に家内と顔を見合わせてしまった。
有線なのだろうか、お店の中に流れる音楽がフランス料理にはとても似つかわしくない、一聴「シルクロード?」「中南米?」というような雰囲気の音楽。しかもテーブルの真上にスピーカーがあるので、容赦なく雰囲気違いの音楽が頭上から降り注いでくる。
TpawabiTpankohしばらく我慢していたが、気分が悪くなるので、お店の方(奥さん?)にお願いして音楽を変えて頂いた。多分、気にならない人はまったく気にならないのだろう。(写真左は前菜の活アワビその他、写真右は地物のアンコウ)

Tpanago私や家内のように音楽をいろいろやっていると、どうしても音楽を「聴いて」しまう。英語で言うところの、"hear"ではなく"listen"である。特に絶対音感を持つ家内などは、変な音楽が流れると頭が痛くなるらしい。(写真は穴子とごぼう)

Tpsteak山形新幹線の車内アナウンス時に流れるメロディの最後の方が転ぶ様な、変な音階になっているのも大変気になるらしく、私は家内に指摘されて改めて心して聴いてみたら「あ〜、なるほど、この部分ね」という程度のもの。普通の人は気にも留めないのだろう。(写真は山形牛のステーキとフォアグラと何だかのクロケット)

Tpdolce折角の結婚記念日を祝う、素敵な食卓を、そんなことで台無しにされたくはないので、音楽を換えるようにお願いした訳である。
変な音楽がかかるくらいなら、何も音楽がないほうがいいくらい。(写真はコース料理の締めのドルチェ)

Tpcakeその後、かかったのはチェロの演奏による「ニュー・シネマ・パラダイス」などの優しい音楽と、なぜかシャンソン。フランス料理屋さんなので、シャンソンのほうがまだ雰囲気に合っているし場を壊さないと思われる。
(特別にケーキを焼いて頂いて感激)

シェフも奥さんもとても気さくな感じで、お料理は美味しく、頂いたシャンパンもメドックの赤ワインも素晴らしく、食事は大変楽しめた。
庄内の他の名レストランに共通した、地産地消で、地物の魚、野菜が使われ、一工夫も二工夫もこらされた手のかかったお料理を堪能した。


「環境音楽」といえば、ちなみに、拙クリニックは、Macをインターネットに接続しているので、iTunesの「ラジオ」を選択し、Blues, Classical, Country, Jazz, Reggae, Soulなどのジャンル別に28もあるチャンネルの中から、Classicalを選択。この"Classical"の中に、さらに60を越える放送局があり、一日中ギター音楽を流している局もあれば、ピアノだけ流している局もある中で、"All Baroque Musick"というのを選んでいる。
よって拙医院の中では、微弱な音量で常にバロック音楽が流れていて、これはあまり場違いなものではないと思っている(まあ、クリニックでレゲエ、ロックなども時と場合によっては「あり」かも知れませんけど、普通は「なし」ですよね)。

さて、そういう訳で2日が過ぎ、昨日は昨年3月開院以来、1年1ヶ月ちょっとにして最大の患者来院数(といっても、同級生の整形外科開業医に比べて5分の1以下、知人の内科開業医の半分以下の患者数ですが)で、頭も体も疲れ、夕方アポイントもあり後は何もできず。

ーーーーー

Photo本日は、午後1時までの診療の後、午後2時半から「ジョンダーノ・ホール」でコンサートのリハーサル。酒田市立酒田中央高校の音楽部精鋭部隊が指導者のM氏と共に来て、来週の「アンサンブル・コンサート」の練習と打ち合わせをする予定。写真はそのチラシ。
今まで、このホールで弦の演奏をしたのは、昨年11月に酒フィルのチェロ軍団の発表会とコンミスが指導するバイオリン教室のお子様達の演奏をしたくらい。
その他は、開院時に酒フィルの名ビオラ奏者H氏が楽器を持って来てホールの響きを確認した他、山響の酒田市内の小学校での音楽教室の際に、山QメンバーであるチェロのM氏とヴァイオリンのK嬢が来られて、ホールの響きを確かめるように演奏をしてくださった事があった。
その経験から考えると、「ジョンダーノ・ホール」は弦の響きに最も適したホールのように感じている。特に弦楽四重奏くらいの構成、音量がぴったりなのではないかと思う。

今回の高校生の弦楽合奏は16名という風に伺っているので、音量の面でちょっと大きいかもしれないなと心配な面もあるが、普段響きの決して良くないところで練習している彼ら(彼女達)が、残響の豊富な小さなホールでどのような音色を聴かせてくれるのか、とても楽しみである。

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2009.04.15

ストレス回避

日々の生活や仕事の中で、どんな人でもある程度はストレスを感じて、それを我慢しながら生活している事でしょう。診療所開業医としては、「お客様は神様です」ではないけれど、医師として患者と対等な立場で親身になって、真剣に診察、検査、治療にあたる上において、結構いろいろなストレスを感じています。
ストレスを感じるのは、ある意味で、当たり前のことでしょう。患者さんはそれぞれの立場で、「自分中心」で来院します。特に昨今のように「患者さんの権利意識」が高まってくると困らせられる事も少なくなく、そういう患者さんに対応するとかなり疲弊します。

頭痛はもちろん、しびれやめまいを訴えて来られる患者さんの中にも、神経学的に診察してもMRIを撮っても明らかな異常は認めず、要するに疲れ、ストレス、心配、不安が主という方も多くいらっしゃいます。いろいろな職種、社会的立場、家庭環境の方がいますので一概には言えませんが、多くの方はストレスを感じている事をきちんと自覚していない、または感じていないふり(無視することでかわしている?)をしている場合もありますが、ストレスを発散したりする術をきちんと持ち合わせていない場合があるようです。

緊張型頭痛の患者さんには、適度な運動(体操、ストレッチ、軽運動)を勧め、何か趣味を持っているならそれに没頭するなど「ストレス源」を忘れたり回避する事をするなどをお話しています。偏頭痛の患者さんは、性格的なもの、もともとの気質、素因というものが大きいようですが、ストレスを溜め込まない事も大切である事を説明します。

「ストレス回避」の方法、自分は、、、というと、やはり音楽です。
ほとんど毎日、診療終了後、インターネットをしながら少し休んで、その後1時間から興が乗れば2時間近くフルートの練習をしてから自宅に帰ります。そうしている時には、疲れも感じませんし、夜9時を回っても空腹も感じません。人間という生き物は不思議なものです。

そして、美味しいものを食べる事、これも私のストレス回避の方策の一つです。
楽しい事、おいしい食事により、喜びを感じる、幸福感を得ることは脳内の快感ホルモン分泌を促し、傷ついた精神を修復し回復させてくれるのだと思います。人間も動物の一種である以上、傷ついた心も体も決して薬で良くなるだけではなく、自らの力で治す、自己治癒力というものがあるはずです。それを有効に働かせるのは、「喜び」であり「幸せ」であると思っています。
そういう意味でも美味しいものを食べることは大切な事だと思うのです。

というわけで、、、(結局、「言い訳」かい?!)(^^;;;

Photo最近、酒田駅前東急インの1階に出来たイタリアンの店『アンジェロ』(だったと思う)で家内が注文した「桜マス」。
酒田は今まさに桜の開花時期。これからが本格的な花見です。
Photo_2同じ店で私が注文した、「あさりのパスタ」。とても凝ったお皿なのだが、食べにくい事この上なし。フォークもスプーンのお皿に置こうとする、その形状に沿ってするすると動いて行く。アサリから出た旨味たっぷりの茹で汁とオリーブオイルのミセル状になったスープも飲みにくい。味は合格点。
平日の午後でも、一杯だったのは酒田市内には珍しく、気軽にパスタ、ピザが食べられるからか。
「ル・ポトフー」との関係は知らないけれど、その1階にオープンしたのはよほどの自信の現われか。今後のメニュー、接客、客足を暖かく、批判的に見守りたい。

Photo_3先日、友人とランチに行った、「ル・ポトフー」のお魚料理。
こちらは揺るぎのない、安心感のある味。雛祭りに合わせたメニューもありましたがそれは頂きませんでした。

Photo_4過日、秋田の義母が届けてくれた、知る人ぞ知る、秋田市内のスィートポテト。
こういう、地元民のみ知る、旨いものは、日本中、いたるところにありますね。v(^^)

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2009.04.14

東京行き(おまけ)

土曜の夜と日曜の午前中のオケの練習、集中して頑張りました。
4/12(日)の12時に練習終了後は公的予定はなし。

そこで横浜、世田谷、千葉に住む親兄弟などを集めて久しぶりに会食を計画。2年3ヶ月前に「久しぶりの一家集合」という記事に書いて以来。あの時は横浜中華街で会食。
今回は、夜羽田から庄内に帰る事、大久保での練習直後に駆けつけやすく、皆で一緒になど滅多に行かないところという条件で、銀座は資生堂パーラーの本店レストランにしました。

Photo日曜の銀座は歩行者天国なので、のんびり歩きたいところですが、まずは昼食。
練習終了後片付けをしてあいさつもそこそこに大久保を出て新橋駅へ。そこから「資生堂パーラー」までは徒歩5分少々。

玄関を入るとすぐにエレベーターがあり、そこで予約の名前を言わなかったのでまずは3階のレストランに案内されました。受付で名前を言うと、「5階にご案内致します」と恭しくエレベーターに載せられ、5階で降りると「◯◯様、ご案内でございます」と席へ。すでに私以外全員集合しておりました。

Photo_2(個人を特定しにくい様に写真は小さくしました)
10名で予約。「日曜のお昼時、ご予約を頂戴しておりまして、お食事に2時間以上かかる事をあらかじめご了承下さい」と言われていましたので、午後12時半の予約。私が到着したのは12:50頃。


Photo_3すでに注文しておいた「シーザーサラダ」がテーブル脇にワゴンを寄せて、そこで作られます。
最初に、ニンニク、アンチョビ、レモン、などなど10種類程のサラダドレッシングの材料を見せられ、
「苦手なものはございませんか?」とお伺いをたてられます。幸い誰も苦手がなく全ての材料を、写真のような大きな木製の鉢で混ぜ合わせ、オリーブオイルにビネガーを高いところから落としながらドレッシングを手早く作ります。

Photo_4サラダ菜、レタスなどはワゴンの上でザクザクとちぎり割るようにされて、サラダの完成。6人前のサラダですが、10人に均等に分けてこの量ですから丁度良かった!

Photo_5ビールを飲む者、スープを頼む者、メインに舌平目のムニエルなんか頼む者、ハンバーグ、魚介のソテー、オムライスを頼んだ者あり。写真はムニエル。

Photo_6私は「これ!」と決めておいた「ハヤシライス」。
ずっと前にも一度一人で食べたことがありましたが、いかにも銀座の洋食、しかも洗練された感じが気に入りました。それなりのお値段がしてしまいますが。
お肉もたっぷり入っていて結構食べ応えもあります。

Photo_710人中4人は「ハヤシ」、1人が「カレーライス」を注文。この「薬味」が付いてきます。
らっきょう、福神漬け、大根の酢漬け(?たくわんとは違う、アチャールって言うの?)、缶詰のみかんが銀製のタワーに盛りつけて運ばれてきます。初めて見た時、心の中で密かに「(わ〜っ)」と感動しました。他のテーブルで食事をされているお客さんも皆どことなくお上品で「銀座」の雰囲気を漂わせているので、あまり田舎者丸出しに出来なかったのです。
このタワーが今回は3つ運ばれてきました。

「缶詰のみかん」はその昔高級品だった名残なのでしょう。銀座の資生堂パーラーでハヤシを頼んでこそ、付け合わせに「缶詰のみかん」が付いてきたのでしょうね。この入れ物に入ってきてこそ「ありがたや〜」という感じです。
Photo_8女性陣は食後にマンゴーとヨーグルトのクレムドブリュレやプリンを注文。私はエスプレッソ。
お皿、カップ、そしてテーブルクロスにも「資生堂」のあのマークが入っています。
10人でののんびりした食事(お支払いもそれ相当で、、、)だったので、午後3時を過ぎてお店を出ました。

その後、「銀ブラ」。
私は「山野楽器」で、まずは5階の管楽器コーナーに行き、何か変わったものないか笛を眺め、楽譜売り場でスコアなど買い求め、そこで家族と別れて後は家内と2人でちょっとだけブラブラ。
羽田は20:15発、庄内21:15着の最終便だったので、ゆっくり羽田に行き、のんびり帰りました。

久しぶりの東京。
人混み、混雑の嫌いな私ですが、今回はだいぶリフレッシュできました。通勤の混雑した電車などには乗りたくないけれど、JRや地下鉄を乗り継いで移動する中での人間ウォッチングや、普段の運動不足を解消する乗り換え(地下鉄の乗り換えだけで足がくたくたになります)や、銀ブラ。東京の人は歩きます。田舎の人間は、公共交通機関がないのですぐに車で移動しますから、眼と鼻の先でも車で出かけたりします。庄内空港の駐車場は何日停めても無料ですし、空港から自宅まで20分ちょっと。
お金と時間さえあれば(誰でもそうですよね)、庄内に住んでたまに都会に遊びに行くのがよろしいようです。

歩き疲れ、普段使わない足の筋肉(太ももの付け根近くの脇の筋肉とかフクラハギとか)が張っています。普段からもっと歩かないと、、、運動不足を思い知った東京行きでした。

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2009.04.13

東京行き(オケ練習)

本当に久しぶりに「東京」に行ってきました。
実家の横浜(と言っても、戸塚なので都会ではありません)にすら2007年5月のヨーロッパ旅行前に1日寄ったっきりで、しばらく帰っていない。開業してから「東京」に行くのは初めて。

今回の目的は2つ。
メインは、脳外オケ「Musica Neurochirurgiana」の練習。
オマケは、銀座に一家集合。

まずはメインの話から。
昨年12/10のブログ記事「脳外オケ」にも書いた、「日本脳神経外科学会」の学会メンバーとその家族などで構成するオーケストラ。
Photo今年5/11から横浜のパシフィコ横浜を会場に開催される「第3回国際脳腫瘍学会」を記念したチャリティ・コンサート(収益金は(財)がんの子供を守る会などに寄附されます)を脳外オケでやる事になりその練習のために全国から脳外科医が集まりました。

今回の目玉は、ベートーベン作曲ピアノ協奏曲第5番『皇帝』です。
ピアノを弾いて下さるのは、芸大卒後ドイツに学び、既に「Preludes」というアルバムタイトルでCDデビューもされている(CDの情報はこちら)、若くて、美しくて、才能のある素晴らしいピアニスト須藤千晴さん。今回は彼女のブログを紹介しておきましょう。
「chiharu日記」です。
「天は二物を与えたもう」の典型のような方ですね。美しくて才能がある。

P実際に、練習とは言えそのピアノを生で聴かせて頂き感激しました。一緒に演奏したオケ仲間と「いいもの聴かせてもらいましたね!」と思わず親爺的感想が口をつきました。
肖像権を侵害すると行けないので写真では須藤さんのお顔はよく分かりません。どうぞブログをご覧下さい。化粧品のモデルかと思うような美しい方です。しかし、『皇帝』は、繊細なpppから大音量のfffまでダイナミクスの幅の広く、超絶技巧も擁するヴィルトォオーソな楽曲。綺麗なだけでは太刀打ちできません。須藤さんはその細い体からは想像の難しいくらいの強烈なタッチでシュタインウェイを鳴らしていました。

Photo_2今回の練習会場は、東京交響楽団の事務所があり、ミューザ川崎を本拠地としてからも東響が練習会場として使ってもいる大久保駅直ぐ近くの「クラシック・スペース100」。以前も何回かここで練習した事があります。
指導指揮は、脳外オケ常任の早川正昭先生。何度かこのブログで触れたように、N響ハープ奏者早川りさ子さんのお父上。東大オケの指揮をなさっていた関係で、脳外オケの指導もして下さっています。

まあ、はっきり言って、いろんなレベルの寄せ集め(一応弾けるという程度の人から、プロになってもよかったのでは?という人まで)なので、指導も大変です。まずは、我慢し耐えることが第一のような印象があります。

Photo_3今回、4/11(土)の夕方5時半から夜の9時までと、4/12(日)の朝9時から12時までの計6時間半、休憩をいれて実質6時間弱の練習時間しかない中で、早川先生のお陰で効率的に練習が進みました。
Photo_4まずは、5/11の開会式に続く「チャリティ・コンサート」のオープニングを飾るモーツァルトの「魔笛」序曲。私はこの曲でトップを吹かせて頂きます。途中、フルートのソロ(クラやファゴットとのユニゾン)など目立つ部分もあり、決してミスは許されない緊張する曲です。
メインの『皇帝』は2番を吹かせてもらいますので、やや余裕でこのブログに載せたような写真を撮っていました。
最後の2枚は、5/14から大阪で開催される「脳神経外科コングレス」の懇親会で演奏される曲の中から、レハール作曲の喜歌劇『メリー・ウィドウ』から抜粋の曲の練習風景です。歌を歌うのは、元宝塚で現在はミュージカル女優として活躍中の秋園美緒さん。美しくて、爽やかで、気さくな人(大阪の人って感じや)でした。1日目の練習終了後の懇親会で近くの席で一緒に飲む機会に恵まれましたが、話し声もまるで歌っているように美しい方でした。
私は残念ながら、同じ週に横浜と大阪と2カ所も出張する訳に行かず(先日も書いたように、出張=休診=無収入)、コングレスの方には出演しませんので、第3者的に観ておりました。

初日の練習では「どうなることか、、、」と心配した『皇帝』ですが、懇親会の酒が良かったのか、おそらく美しい須藤千晴さんの登場に、団員のモチベーションが20倍くらい上がったためでしょうが、2日目のピアノとの初合わせ練習では、なかなかの状態でした。もちろん細かい所はたくさん問題がありますが、お金をとってお客さんに聴いて頂くレベルには達しそうな予感。
後は、当日、5/11(月)の午後(コンサートは夜)の3時間半くらいしか練習時間はないのです。個人個人が徹底的にサラって来るしかありませんが、ほとんどが現役の脳外科医。大学教授、病院長、病院脳外科の部長クラスも少なくなく、私のような診療所開業医はほとんどいません。
むしろ「魔笛」序曲の方が心配。
モーツァルトはアラが出やすいですから、しっかり練習を積んでおかなければなりません。

1日目は、午後9時までみっちり練習した後、9時半過ぎから11時半頃まで、音楽談義に花を咲かせながら飲みました。私は脳外オケの活動に参加させて頂くのは、一昨年東京の総会で早川りさ子さんのハープで「白鳥湖」をやったとき以来、1年半振り。「どう?開業、うまく行ってる?」などと心配して下さる先輩医師と楽しくお酒を酌み交わしました。
そして2日目は、写真のように、須藤さんのピアノが聴けただけでも「儲けもん!」という感じで練習を終え、今回の東京行き「おまけ」に向かいました。
(明日につづく)

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2009.04.10

春、そしてMasters

急に暖かくなり、日中は20℃に迫っています。外を歩く人が半袖で歩いていました。

410春霞に浮かび上がる本日の鳥海山です。すでに積雪が減って山肌が見えてきた部分もありますね。
春です!
(昨日ようやく夏タイヤにしました)

そしてアメリカのジョージア州オーガスタでは、ゴルフの祭典「マスターズ」が始まりました。昨年の同じ時期にもマスターズの事を書きました。今年は、石川遼君が出場することもあり注目度がアップしていますね。
いい事です。
ゴルフもバブル期のブームが衰退し、ゴルフ場も倒産したり、老舗のゴルフ場でも客集めに四苦八苦しているこのご時世。彼の登場に期待する大人がたくさんいるのも仕方ないでしょう。

Photo米国留学中の1993年、オーガスタに住む大学時代の同級生(現在は東海大学の准教授のS君)を頼ってマスターズを観に行った事があります。誰かが言っていましたが、オーガスタ・ナショナルは、テレビで観るのと現場に行ったのでは全然違うのです。
その美しさは変わりませんが、コースの起伏、高低差がテレビでは望遠レンズなどの影響であまり分からなくなっています。たとえば1番ホールなどは、ティグランドから第1打が飛んで行くフェアウェーの間に、もの凄く深い凹みがあってそこをギャラリーは余裕に歩いて行けます。誰かが打っていてもまずぶつかる心配のない位の高低差がティグランドの目の前に広がっていますが、テレビではそんなところは映りません。
固くて早いグリーンが強調されますが、フェアウェーの美しさ、その芝の柔らかさ、まるでふかふかの絨毯の上を歩いているようです。ちょっとラフに入ると、その芝の深さ、固さ、フェアウェーとラフの差が本当に激しく厳しい。きちんとフェアウェーにボールを置いていくプレーヤーには女神が微笑み、ちょっとでもラフに外していると恐ろしい牙を剥く悪魔に変わるようなホールです。それだけに風がある時にどのようなプレーをするかが鍵を握ります。経験がものを言って来るのです。

石川選手には期待していますが、たとえ予選落ちになったとしても、来年、再来年に繋がるプレーをして欲しい。そして世界から注目され合いされる選手になって欲しいと思います。

ーーーーー
さて、昨日紹介したコミュニティしんぶん4/10号のインフォメーションに続き、先週4/3号の記事を紹介しましょう。
Photo_2こんなに大きく取り上げて頂いて感謝です。友人の山元氏にこの新聞を取っといてあげたいと思います。
彼がフルートを吹いているのを、倉敷市の水島地区の第五福田小学校で見たのが私とフルートの初めての出会い。そして彼のまねをして小学5年時にフルートを独学で始めたのでした。
芸大を卒業し、ジュリアードやエコール・ノルマルでも学び、工藤重典さん、故アラン・マリオン氏、ペーター=ルーカス・グラーフ氏、ジュリアス・ベイカー氏、レイモン・ギヨー氏、ミシェル・デボスト氏など、名だたるトッププレイヤーに師事し、毎年韓国にコンクール審査員や夏季フルートクラスで教えに行っている名手と同級生というのは光栄な事です。
そして初めて二重奏をする今回。
今、少々あせりながら毎日練習しています。

さて、明日は、久しぶりに東京行きです。
これも楽しみ!

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2009.04.07

新年度になって〜つづき〜

そういえば昨日書くのを忘れていたのですが、「N響アワー」が変わりましたね。
駄洒落で有名な(?)作曲家の池辺晋一郎氏から、作曲家西村朗氏に変わりました。西村氏は日本が世界に誇る作曲家のお一人ですが、実はこの4月から山形交響楽団の「コンポーザー・イン・レジデンス(CIR)」に就任されました。

これまでは、千住明氏が山響「CIR 」として委嘱作品を作曲されていますが、今年から西村氏になってまた新たな風が吹き込まれるでしょう。西村氏はいずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督もされており、山響音楽監督の飯森さんがそこの常任指揮者でもある関係から、おそらく飯森さんに請われて山響の「CIR」に就任されたのだと思います。

先日、4/5(日)が西村氏がN響アワーの司会を務める第1回でした。
「チャイコフスキーから始めよう」という副題で、チャイコの交響曲5番の演奏が紹介され、チャイコフスキーのメロディ・メイカーとしての面が強調されていました。
オケでチャイコフスキー作曲の交響曲や協奏曲やバレエ音楽を演奏する機会に恵まれていますが、本当に美しい、切ない、激しい、いろんな感情の交錯するメロディが豊富です。聴いて感動する曲ばかりですが、演奏していても感動します。
チャイコフスキーと対比して、ブラームスの「構成力」の話もされていました。ブラームスの音楽にも美しいメロディはたくさんありますが、確かに「構成力」というか、よく考え抜かれて工夫を凝らした部分がたくさん見られます。チャイコフスキーがブラームスの交響曲を評して「美しくない!」と切り捨てたのは有名な話ですが、ブラームスにはブラームスの美しさがあると思います。
オケの一員としては、ブラームスの交響曲は2番と4番を演奏し、今年はバイオリン協奏曲(ソリストに久保陽子氏を迎えます)を演奏する予定。楽しみです。

さて今週末は久しぶりの東京です。
5月の学会でのチャリティコンサートのために、脳外オケが東京に集まって(新大久保近くの東京交響楽団の練習所)練習があるのです。モーツァルトとベートーベンです。
開業して1年ちょっと、とにかく毎日地道に仕事をするしかないので、この1年以上、全国学会にはほとんど参加できませんでした(学会は平日が多いのです、大学の医師は公的に休みを取って参加しますが、開業医は休めば収入が「0」になるのですから容易ではありません)。東京に行くのはいつ以来なのだろう、、、と考えても思い出せません。もしかするとおよそ1年11ヶ月振りかも。
家内は、今年限りで現在の建物が無くなってしまう歌舞伎座に歌舞伎を観に行くようですが、私は一緒に行く余裕はありません。その代わり、日曜には横浜や世田谷の家族一同で銀座に繰り出そうと計画中。
一度だけ行ったことのある、あの「資生堂パーラー」銀座本店に行ってみようというものです。
PhotoPhoto_3いまや美味しいものはどこにもあります。庄内は、イタリアン、フレンチ、寿司、カレー、その他美味しいものがたくさんある土地ですが、「洋食」となると「ここ!」という店はないかも。
写真は先日行った鶴岡の「ファイヤーボール」のパスタ。左は「スズキと生トマト」、右は「鶏肉のトマトクリームソース」。うまうまでした〜。

土曜日は練習に参加する前に、久しぶりのオーバーホールに出してある18Kフルートを上野に受け取りに行きます。東京は桜はまだ残っているでしょうか。。。
そして、「資生堂パーラー」、、、楽しみ。。。

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2009.04.06

新年度になって

新年度になっても、クリニックの仕事に変わりはありません。今朝も普通に仕事が始まっています。
季節は急に春爛漫と言う感じで暖かくなり、近所の梅の花、桃の花とも満開です。桜はまだですね。おそらく今週末あたり開花のニュースが飛び込んでくるでしょう。来週にはお花見も計画中。

昨日、某国のミサイルが秋田の上空を通過しようが、予定通り大学での会議あり。出席してきました。
学会の準備などに関しては、まだ2年半先の事なのでこれから皆で知恵を絞り対策を立て準備をしようということです。
久しぶりの大学医局で後輩医師としばらく近況報告やいろんな雑談を楽しみました。彼ら、大学病院勤務医は本当に頑張っています。おそらく一般の社会通念からは理解できない位頑張っています。
昨日は日曜なのですが、会議もあるため、皆朝から夕方まで働いていました。若手医師も病棟や学会準備などで働いていました。おもえば2年くらい前までは私もこういう生活をしていたのです。
平日は毎朝7時過ぎに家を出て、7時半から朝の検討会。
検討会終了後、手術日はすぐに手術場へ、外来日は9時過ぎから外来へ。
手術は長ければ、朝手術場に入って出て来るのが夜中の23時とか24時なることもあります。私がやっていた、内視鏡下の下垂体腫瘍手術は短ければ1時間台、長くても4時間以内に終わるので、早い時はお昼前、かかっても午後2時には手術場から出てお昼ゴハンを食堂で食べる事が出来ました。
若手医師は、長時間の困難な手術に第1、第2助手などで入った場合は、下手すると夜中までまったく食事も水も取らない場合もあります。手術する医師が疲れて集中力が無くなっては患者さんに迷惑をかけると行けないので、途中で他のチームの脳外科医が交代して、食事をとったり少し休憩したりすることもありますが、基本的には「主治医」は自分の患者さんの手術には一日中、そして終了後も病棟での指示出しや術後管理に奔走し、帰宅は午前様と言う事もあります。特に、困難な症例が紹介されて集中する大学病院ではそういう事は珍しいことではなく、教授でさえ帰宅が午前様になる事もしばしばです。

そういう毎日を過ごしながら、土曜も日曜も出てきて仕事をします。
大学病院の医師は、通常の医師としての診療の他に、学者としての研究(基礎的な実験から臨床的なものまで、外科医は手術器械の開発や改良、治療成績の向上なども研究対象)、教官としての学生への講義や指導、さらに先輩医師は後輩医師の指導があり、後輩医師は懸命に学びながら一日でも早く先輩医師に追いつき追い越せと努力をしています。
一般病院の医師が努力をしていない訳ではもちろんありませんが、仕事全体量に占める学者としての研究や後輩への指導の割合は低く(殆どない人も多い)、学生への講義などはまずありません。そのかわり、限られた人数で通常外来、手術の他に、宿直、当直、救急対応、緊急検査、緊急手術などを一手に引き受けて頑張っています。
それに比べれば診療所医師の仕事は正直言って楽です。これは否定しようがありません。
ただし、国も自治体もサポートしてくれませんから、診療所を作るのに自分の責任で多額の借金を背負い、物品を購入し人を雇い、毎日地道に仕事をしながら何年もかけて借金を返して行くのです。私の場合も、MRIのリースこそ5年ですが、借金の中でももっとも時間をかけて返すのは20年です。普通だったら、定年退職して退職金をもらい、年金をもらって悠々自適に暮らす歳になっても、まだ借金返済に追われて行くのです。ですから自分が倒れたらオシマイです。緊急検査や緊急手術や宿直などがない代わり、己の体を資本として身を削りながら働いて行くというのが実感です。

ですから健康には気を使います。
しかし、一番大事なのは精神的な健康です。
それには、私の場合、音楽が重要な位置を占めます。さらに、時々美味しいものを食べて心も体も満足させるというのは大事な事です。

Photo昨日は久しぶりの山形市でしたので、会議が終わってから花楯(馬見が崎川にかかる二口橋の近く)にある「竜馬」に行きました。ここは、昔は山形大学の小白川キャンパス近くにあり山大生御用達のような「行きつけ」のお店でした。今でこそ、時代の変遷で値上がりしましたが、美味しくてボリュームもある「レバニラ炒め定食(ご飯、香の物、中華スープ付き)」で800円です。
Photo_2こちらは、家内も山大生だった頃から好きだった「三色味噌炒め定食」。豚肉、ピーマン、茄子、そして厚揚げがピリ辛の味噌ダレでジャッジャーと勢い良く炒められた絶品メニューです。
Photo_3こちらは、決してパラパラではなく、でもべたべたもしていない、絶妙なしっとり感のある大好きなチャーハンです。自家製のチャーシューがゴロゴロ入っています。
ここのマスターは記憶力が良くて、昔通った山大生をしっかり覚えています。酒田に暮らすようになって1年に1、2回しか行っていないのに、すぐ「○○君(私の名字)は開業して1年くらい経ったのかぃ?」と声をかけてくれます。
今年、医学部卒後丸25年になったので同級生で集まろうと計画中。しばらく山形に来ていない者も来る事でしょう。皆、「竜馬」は懐かしがるはずだから、「竜馬ツアー」でもやろうかな。同総会をやることを話したら、「貸し切りにしてやるよ!」と元気な声。皆で検討させて頂きます!

久しぶりの「竜馬」でお腹いっぱいになって、心も満たされて酒田への帰路につきました。美味しいものを食べると明日への活力が湧いてきます。また今日から気持ちも新たに頑張ろうと思います。

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2009.04.05

4月最初の週末

酒田はようやく「春一番」のような風が吹き、陽光が眩しい日曜です。
昨日は市民オケ酒田フィルの秋の定期(10/25)に向けての3回目の練習でした。
ブラームスのバイオリン協奏曲とドボルザークの交響曲第7番です。
細かい所はまだ考える時期ではないのですが、3回目になるとある程度1回は全曲を通しているので、部分的にアーティキュレーションなど気になるところは団内指揮者TS氏から指示が出ます。

昨年の同時期はH20年3月16日のオペラ『ラ・ボエーム』全幕原語演奏(字幕付き)に精力を注ぎ(「大成功でした!」をご覧下さい)、土日2日間練習も多かったため、さすがに公演直後は多くの団員が疲れていたようです。
H19年の春のファミリーコンサートが終わってから、オペラまで、50数回に渡る練習を積み重ねました。その間、街かどコンサートや定期演奏会、市民音楽祭などもありながらの練習でした。
おそらく「オペラ疲れ」だったとおもいますが、昨年の今頃は秋の定期(11/16、石井理恵さんとチャイコのPコン、シベ2をやった)に向けての練習を開始したばかりでしたが団員の集まりが悪く、バイオリンは第1、第2合わせて5人とか、オーボエ、ファゴットが0でフルートとクラが各1人という集まりで練習した日もあったように記憶しています。だいたい4月というのは、転勤や職場内の移動、新学期などで皆忙しく慌ただしくなりがちですし、農業を営む団員は野菜の種まきや稲作の準備が開始になる多忙な時期。お天気の良い日には日の出(今の季節は5時過ぎ)早々に仕事を始めることもあるので、一日働いた時などはオケの練習どころではないようです。
昨日は、練習開始の午後7時に木管前列はフルートの小生だけという淋しいものでした。しかし、なぜか木管後列はクラ4人、ファゴット3人と最近入団した新人団員も加わり大変賑やか。ホルンも3人揃っています。トランペットが欠席はドボ7としては悲しいものでしたが、一方の弦はなかなか盛況。バイオリンに2名、ビオラに2名の新入団員が加わって(コントラバスは欠席ながら)弦だけで20名を超える出席率。
弦パートは基本的にtuttiなので、人が多いと音の厚みとか豊かさが違います。同じ旋律でも表情が変わります。管パートは基本的にsoloなので、人が多ければいいと言うものではなく、個人練習が大事になります。
オーケストラ=管弦楽団といっても、このように弦楽器と管楽器ではその役割やオケの中での立場というのが違うので、普段の練習に対する考え方も少し温度差があるように思います。弦の場合は、練習の最初の段階からプルトの位置はほぼ決定的で、コンマスや首席奏者にあたる各部のトップの人たちが相談し合って、弓付け(ボーイング=弓を上から下に動かすのか、下から上に動かすのかを決める)をします。この弓の動かし方でアーティキュレーションも変わりますし、弾きやすさも変わります。もちろん各パートが揃った動きをしているという視覚的なことも大切です。
それに対し、管パートは2管編制の場合、たとえばフルートには第1奏者と第2奏者があって、楽譜が違います。それぞれがソロ的な役割であり、3度、5度の和音を形成したり、ユニゾンと言って1オクターブ高さの違う同じ音を同時に吹くなどという部分もあったりします。まったく第1フルートだけのソロの部分もあったり、1と2で微妙にずれて入ってそれで面白い効果を出したりする部分もあります。ですから、4月のような練習の諸段階においては、パートによっては1番と2番をまだ決めずにどちらも吹けるように準備練習したりもします。2管編制の場合、2人いつも揃わなければ本当の練習にならない訳ですが、様々職種の人が集まる市民オケの場合、上記のような様々な理由で人が揃わないことが結構あります(都会の市民オケではないかもしれません、熾烈なトップ奏者争いがあって、基本的に練習に出ない人は出演できない、トップ奏者は練習を欠席しない、本番近くでもちゃんと吹けなければ降ろされて出演できないこともある、というような厳しい世界があるそうです、、、噂ですが)。
のんびり?していて、いい意味で家庭的な酒田フィルの場合、熾烈なトップ争いなどはほとんど聞きませんね。昨年トップを吹いたから今年はセカンドで、、、昨年メインの交響曲に乗らなかったから今年はメインに出演、、、というような感じで決めたりしています。それほど実力差がない(飛び抜けて実力のある人がいない?)ということも一因でしょう。ただ、コンマスや他のパートからは、「いつになったらトップが決まるのですか?」と軽く非難されることも事実です。
実際、オケとしてまとまって練習し、本番を目指して行く上において、たとえば大事な旋律のあるオーボエのトップを誰が吹くのか、フルートのトップは誰がやるのか、夏になっても決まっていないこともあり、普段の練習に対する熱意がやや低下しているような部分は否めないようです。

フルートパートとしてのいい訳は、本番にいい演奏をするのが目的で練習しているのであって、練習のための練習ではないのだから、本番2ヶ月前にトップが決まってもまったく問題ないと思います。前期のように、直前にトップを降ろされて人が変わることだってある世界なのですから。
まあ、今はブラームスとドボルサークの世界を楽しみながら、自分の演奏技術の向上のために練習をしているという感じでしょうか。

ーーーーー
今日は、久しぶりに山形市へ行く予定。
大学で会議があり出席するように求められているのです。
2011年、再来年のことですが、うちの教授が会長になって日本脳神経外科学会総会を横浜で開催します。私と同じく、本籍地神奈川県の(湘南高校出身)の教授が横浜で学会をするのは当然の事です。脳外科と言う狭い分野の世界でも、「総会」ともなれば4~5,000人、場合によってはそれ以上の出席者のある大きな学会で3日間開催します。
2001年に山形市で脳外科のコングレスを開催した時は、3日間で2000人を超える参加者でしたが、山形市内に宿泊できるホテルや旅館のキャパシティが1000人強しかなく、蔵王温泉、かみのやま温泉、天童温泉など学会会場まで30分ほどかかる距離に宿泊を余儀なくされた参加者も多かった上、まったく宿が取れなかったので仙台のホテルに泊まり、バスや電車で1時間かけて山形市の学会場までやってきたという気の毒な参加者もいらしたのです。その2〜3倍の参加者がある総会では、東北一の大都市で教授の出身大学東北大のお膝元仙台でさえも、宿泊のキャパシティはぎりぎりで余裕がありません。どうせ地元から離れた場所で主催せざるを得ないならば、宿泊キャパに余裕があり、会場も、会場周辺のアミューズも豊富な横浜のみなとみらい地区ということになった訳です。
これだけ大きな学会を主催するためには、医局員全員一致団結して知恵と力を結集しないと立ち向かえないと言う訳で、開催の2年半も前なのですが小生まで狩り出されることになったのでしょう。
月山越えは今日の天気なら大丈夫でしょうが、夜間に戻って来ることを考えて、まだ冬タイヤのままにしていました。この「仕事」が終わったら夏タイヤに戻そうと思っています。

会議が終わったら、今日は久しぶりに「竜馬」かな〜。。。(笑)

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2009.03.31

鳥海山は今日も美しい。。。

3月31日です。
明日から4月ですね。
今日は日中お天気でした。
331院長室から見える今日の鳥海山です。
いつものように美しい。
天気はよかったのですが、空気は結構冷たかったようです。

明日の天気予報を見ていたら、明日、山形県内はどこも気温が低く、午前中は「雪」との予報でした。4月なのに雪です。

4月の雪で思い出すのは、昭和47年の4月1日のことです。
この日、私は父の仕事の関係で、香川県高松から仙台に転居してきました。当時の交通の便では、高松からフェリーで岡山へ、岡山から特急で大阪へ(開業したばかりの山陽新幹線だったかも。個人的にちょっと悲しい事件の記憶があります)、大阪で1泊し、翌日大阪から東京へ新幹線で、上野で特急に乗り継いで仙台へという2日かかりの大変な旅でした。
当時、まだ東北新幹線も通っていない、木造の旧仙台駅に着いたのはすでに陽も暮れた頃だったと記憶しています。仙台駅から外に出た私は目を疑いました。

雪が舞っていたのです。

倉敷と高松に暮らした計4年間の間で、雪がちらついた日は何日かあったように記憶していますが、積もったことなど一日もありませんでした。温暖な気候の瀬戸内海地方から「寒くて暗い」イメージの東北に転校してきた訳ですが、仙台に着いたその日に、しかも4月に雪が降っているなんて予想もしていなかったのです。中学生の私は大きなショックを受けたことを覚えています。
「こんなとこに住むのか〜、、、」

それから、仙台、山形と東北に暮らすこと37年近くになります。雪が降るからこそ美しい鳥海山を毎日見る事が出来ます。

Photo一昨日、マリーン5清水屋でも見かけ、希望ホールでの「おくりびと」特別上映会でも販売していたワイン。ラベルは、一番上の写真と同じような鳥海山の写真です。
しかし!「月山ワイン」なのに「鳥海山」とはこれいかに?!
清水屋オリジナルなのだそうですが、酒田のデパートが作ったから許されるものの、なんで月山の写真ではないの?と批判を浴びないでしょうか。
映画「おくりびと」には、鳥海山だけではなく月山も何度か画面に大きく出てきましたよね。

Photo_2さらに「おくりびと」のお酒も新しいラベルのものが出るそうです。今は「NKエージェント」社屋となった旧割烹小幡をラベルにしていますが、今度は旧櫛引町の桜の写真。予告編でも出てくるあの桜です。
庄内地方の桜は、開花予測日まであと2週間を切りました。

都会の人は、雪を美しいと評します。確かに雪は真っ白で美しいのですが、その中に暮らすのは楽ではありません。寒いし、歩くのは大変ですし、大雪が降れば除雪は大変です。地吹雪になれば、車で運転することすら危険です。
そういう厳しい冬があるからこそ、より春を愛で喜ぶ気持ちが東北に暮らす者には強く湧き起こります。4年間に2、3日雪がちらつく程度の温暖な地方で暮らしていた頃にはまったく理解できない喜びです。
そして、鳥海山の美しさを今日も感謝の心で眺めています。

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2009.03.30

三寒四温?

とは冬から初春に使う言葉でしょうか。
九州では桜も開花し、花見も盛り。京都辺りではようやく開花し、お花見はこれからという状況のようですね。
山形県で最も早く桜が開花するのは、日本海に近く県内でも気温が高い酒田なのですが、今年の開花予想は4月11日と(今のところ)言われています。先週の冷え込み、降雪がどのように影響を与えるのかよく分かりませんが、昨日の午後からは穏やかな天候。
今朝はとても寒かったのですが日中はポカポカ陽気になってきています。見頃は、サロンコンサートの4/19頃ではないでしょうか。。。

さて、昨日の希望ホールでの「おくりびと」特別上映会の話の続き。
Photo_2「おくりびと」ロケ地マップ(酒田版)ですが、右は先日購入したお酒「おくりびと」の箱の中にはいっていた物。左は松山文化伝承館に置いてあったものです。中身も少しだけ違うのですが、表紙に「日本アカデミー」と「米国アカデミー」のことが大きく印刷されていて、発行が「酒田市」になっています。NPO法人酒田ロケーションボックスが作っていたチラシを市が率先して印刷し始めたと言うことでしょうか。

映画を観に行く前に小腹を満たそうと、マリーン5清水屋の1階角に少し前にできたラーメン屋(新庄ラーメンを喰わせるらしい)に行こうと思ったら、夜は18:00~2:30a.m.という営業時間のため、まだやっていませんでした。残念!
清水屋で「諸国旨いもの市」とか言うのをやっていると言うことでイベント会場を覗いてみると、九州から北海道までいろいろな特産品、流行の旨い物の店が並んでいました。

Photo_3ラーメン腹(脳?)になっていたので、一角にある「喜多方ラーメン」にふらふらと吸い寄せられました。喜多方の中心部にある「ラーメン館」から出店していたようです。
喜多方には、昭和60~61年の冬、5ヶ月間、一人医長として某病院に出向していたので、その間はほぼ毎日のように喜多方ラーメンを食べていました。今でもとても懐かしいのです。
酒田のラーメンとはやはり全く違います。魚系の出汁はほとんど使われておらず、野菜と豚骨、鶏ガラが主体だと思います。期待していなかったのですがとても美味しかった!
当時の喜多方で夜飲みに行くとよく寄っていたI食堂のおばさんはどうも病気で亡くなったらしい、と出店していた喜多方の人から聞き、残念に思いました。まあ、23年程前のことですからね〜。

宇都宮の餃子と横浜中華街の点心を少し味見させてもらい、名古屋の手羽先揚げと、川越の鯛焼きと、広島の広島焼きを買って帰宅後の食事としました。

ーーーーー
先週からF1が始まりました!
今年はホンダが撤退し、チームは身売り。エンジンをメルセデスにしたチーム「ブラウンGP」。昨年まではバリチェロとバトンという優秀なドライバーを擁しながら、なかなか好成績は残せなかったホンダチームでしたが、ブラウンに変わった途端、なんとなんと1、2(ワンツー)フィニッシュで優勝です。驚き!

F1は、いまやエコ、地球温暖化、世界規模の経済不況のどれにも逆行するスポーツと言えます。先行きの不安はありますが、やはり観ていて興奮します。世界規模で1万人ともいうリストラを断行するトヨタはF1から撤退しませんでしたが、来年はどうなるかわかりません。ホンダもトヨタもいなくなってしまったら、日本グランプリも消滅してしまうかもしれません。
今年の日本GPは、ホンダが撤退したにもかかわらずホンダの本拠地鈴鹿サーキットです。トヨタの本拠地富士スピードウェイでは今年は開催されません。

今後モータースポーツはどうなって行くのでしょう?
一方で、エコとかハイブリッドとか言いながら、他方でガソリンを撒き散らし時速380kmを越える超高速の世界を追求する。エネルギーが無限で、地球環境が落ち着いているのならいいのですが。まだまだ寒い日もあるとは言っても地球温暖化で10年、20年前に比べると明らかな桜の開花時期が早くなって来ている現状。いずれ10年も経たないうちにF1やインディやル・マンなどのモータースポーツは消え去るしかない運命なのではないでしょうか。。。

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2009.03.29

「おくりびと」、三たび

「希望ホール in 希望ホール」に行ってきました。
映画「おくりびと」の希望ホールでの特別上映会が3/28,29の2日間行われました。

Photo(映写は1階席の最後尾に2台の大型映写機が設置されていました。途中でこの映写機の調子が悪くなり、画面が乱れたため一旦停止して再始動したり、しばらくカタカタカタカタと回転する音が結構大きく響いていましたね。「金、返せ!」と文句言う人はいなかったのでしょうか、、、)

映画に先立ち、滝田監督と主演の本木さんからのビデオレターが流されました。(撮影されたのは日本アカデミーの直後の様で、まだアメリカアカデミー受賞の前のようでした)
映画「おくりびと」の制作にあたり、庄内の人々、庄内の風土、庄内の食べ物に応援され助けられた事に対する感謝の言葉がありました。

映画は封切りの日、9/13に映画館で観て、先日DVDも届き、3回目になります。次にどういうシーンが来るかおよそ覚えているし、台詞も結構頭に残っていました。
助演男優賞を受賞した山崎努演じるNKエージェント社長の佐々木が「うまいんだな、、、困った事に」という台詞は、ふぐの白子を炙った物を食べたときだけではなく、クリスマスに皆でフライドチキンにかぶりついた時にも言っていましたね。
映画館ではなく、希望ホールでの上映である上、地元の人ばかり、中にはエキストラで出演した人もチラホラ。いくつかのシーンや台詞には会場から笑いやどよめきなども聞かれ、とても「反応」のある上映会でした。

やはり、冒頭の「第九」演奏会は、ここ希望ホールで撮影されただけに、希望ホールで観る感慨というのは特別なものがありました。酒田フィルの定期演奏会などでたびたびステージの上に上がる事ができる恩恵に浴していることもあり、希望ホールのステージがアカデミー賞を獲得し、今後世界で上映される映画として世界の人の目に触れることを考えると、なんだか我が事のように嬉しく思うのでした。
鳥海山の美しい姿は映画を通して何回も出てきました。白鳥も、庄内地方に生きている物の一つとしてポイント,ポイントで映像に生命の美しさを強調するものとして登場します。
冷静になってみて観ると、ストーリーの展開に映画というよりはテレビドラマ的な、なんと言ったらいいのでしょうか、やや「計算」しつくされた感のある部分も否めませんでしたが、感動的なシーンにはやはり目頭が熱くなってしまいました。会場内でもすすり泣く声が聞こえてきました。

会場の整理には、酒田ロケーションボックスの人たちがあたっていて、副理事長で「鈴政」(映画の中でもモックン演じる大悟が「港座」を探して歩くシーンで堂々と画面に出てくるお寿司屋さん)の若大将「ひでさん」も観客誘導や、終演後に帰る客のお見送りなど活躍されていました。
映画のエンドロールは、9/13に劇場で観た時と少し違うようでした。山形交響楽団のすぐ後に、「酒田第九を歌う会」の皆さん、と酒田フィルハーモニー管弦楽団というのがすぐに出てきましたが、前観たときは、酒フィルのクレジットはもう少し後ろの方だったと思ったのですが。

(写真、および記事の追加は後に続きます)


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2009.03.21

「みーちゃん、はーちゃん」

映画『おくりびと』の快挙以降、酒田および酒田周辺のロケ地は盛り上がっています。
今年「創始400年」を迎える「酒田(山王)まつり」を盛り上げるためにもいろいろ考えているようです。「NKエージェント」の社屋になった旧割烹小幡は、夜間のライトアップが始まりました。今年の酒田祭りの最終日の夜(5/21)まで続けられるそうです。

今日は、風は冷たいけれどお天気が良く鳥海山がよく見えるので、午後、「あの」ロケ地を目指してみました。
Photo遊佐町の月光川にかかる「旧朝日橋」近くの土手です。
なんと椅子が置いてありました。(笑)
映画でモックンが座ってチェロを弾いたのは、木製の低い丸椅子のようでしたが、観光客用なのでしょうか、誰が椅子を置いたのか。酒田ロケーションボックスの人たちでしょうか?

Photo_2この旧朝日橋のかかるところにある「月光川河川公園」にはすでに何台かの車が停まっており、映画ロケ地を見に来た人が結構いました。皆さん、カメラを構えて椅子に座り記念写真を撮っています。
Photo_4遊佐高校を月光川に向かって通り過ぎ、保育園のあるところの直ぐ先に新朝日橋がありますが、「ロケ地案内」の看板が出ています。旧朝日橋は直ぐ隣にありますが、このようなロケ情報の看板もありました。

Photo_3Photo_7大悟(もっくん)が橋の上から鮭の遡上を観ていたのもこの旧朝日橋下を流れる月光川。この写真は、隣に走っている「新朝日橋」から撮影。

Photo_5Photo_6ぐるっと回って来ると、旧朝日橋には「月光川」の文字が。
そして、旧朝日橋の上から土手と鳥海を観たところです。

この土手の反対側の河原は、大悟と美香が「石文」の話をしたところ。
Photo_8「いしぶみ」を探しているのでしょうか?男女のカップル(アベックなんて言葉を使ったら家内に笑われてしまいました)がたたずんでいました。
結構絵になりますね。

今度、チェロ持って行こうかな?(笑)
でも、本当に「絵」になる場所です。
大好きな鳥海山がまた美しい。本当に絵になる山です。
Photo_9Photo_10今日の院長室からの鳥海山。右の写真が、院長室の机の位置から丁度見える鳥海山。
設計図面を引く時も、机に向かった状態でいつもこの美しい山を眺める事ができるように設計してもらい、大きなガラスの窓を部屋の北側北東よりにつけたのでした。
私は美しいこの山を眺めてどれだけ心癒されてきたことか。
以前、酒田の人に「鳥海山、美しいですよね〜」と言ったら、「あ〜、、、毎日みてんもののぉ」と言われたことがありましたが、私には何年経ってもその美しさに対する感動の気持ちは変わりません。

映画『おくりびと』は、確かに本木さんの構想、小山さんの脚本、滝田さんのメガホン、そして全てのキャストとスタッフの総力で素晴らしい作品に仕上がった訳ですが、私はこの「鳥海山」の存在が本当に大きなものだったと思います。
今日のロケ地巡りはそういう意味では私にとっては単なる「ミーハー」な気持ちではなかったのです。

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2009.03.19

明日は春分の日

急に暖かくなりました。
先週だったか、朝、車に乗り込むと車外気温「0.5℃」などと表示されて雪も舞いフロントガラスも凍り付いた日もあったのに、今朝8時過ぎの車外気温は「14.5℃」と表示されました。
午後はコートなどいらない陽気。
3週間振りにスポーツジムに行って体をいじめて来ました(鈍り過ぎ〜)。

Photo拙クリニックの南側正面にあった、鳥海ゴルフ練習場。昨年暮れで営業を停止し廃業してしまいました。まずはクラブハウスの解体から。これは解体を始めて1ヶ月経たない2/1の写真。

Photo_22階建ての打席もあったクラブハウスはいち早く壊されましたが、高い高いネットを張った支柱はしばらく残っていました。
庄内の冬の天候が作業を遅らせたのだと思います。これは2/19の写真。

26天候の落ち着いた時を見計らって、高い高いクレーン車を使って支柱の一番てっぺんまで人があがり、支柱同士を繋いでいるワイヤーなどを外します。日によって強風、雪が作業を阻みます。
これは2/26の写真。

0309雪がほとんどふらなくなり、強い風も吹かなくなって作業が進みます。1日に1、2本ようやく外している感じでした。
こちらは大分支柱が外された3/9。

1高い支柱はついに残り1本になった3/13。短いのがまだ6本ほど残っています。
外した支柱はいくつかのパートに分けて大型トラックに積み込みどこかに運んで行きます。

Photo_3ついに全部の支柱が外されました。
3/18の写真です。
何も無くなると、視界が開けて、ゴルフ練習場のあった曙町を通り越してその南側の日の出町やこあら町の住宅や公園が見えます。

さらに、ずーっとまっすぐのほぼ真南には、日本海総合病院が見えます(写真の真ん中やや左にぼんやり病院が見えます)。
そして、先日、これまた拙クリニックの真正面にあった「ラーメンハウスまこちゃん」が閉店してしまいました。この未曾有の不況の中、生き残れなかったみたいです。目の前にありながら一度しか食べに行きませんでしたし出前も取りませんでしたから仕方ないのかも知れません。

うちの近くにあった、お気に入りだったカレー屋さんが昨年わずか数ヶ月の営業で撤退し、こうしてゴルフ練習場、ラーメン屋さん、とちょっと古い地図なら名前の乗っているお店などが消えています。
この広い敷地には介護福祉施設、老人保健施設2つが建設され、まだ明らかにされていませんが何らかの複合ショッピング施設が建設されると聞いています。


世の中は、確実に暖かくなり、明日は「春分の日」。
東北の地でも梅の開花がチラホラと観られますが、九州などではこの陽気で桜が開花したとのニュースもありました。
WBCでは、なんとかJapanは踏ん張ってキューバを撃退してくれましたね!次はまた韓国ですが、勝つと準決勝はアメリカになります。韓国に負けた場合、準決勝の相手はベネズエラです。負けに行く試合などはしないでしょうが、「優勝」「世界一」を計算した場合、どうするといいのでしょうね。
次の韓国に負けて、準決勝でベネズエラに勝ち、決勝はアメリカと韓国の勝者と戦う方がやりやすいような気もします。
いずれにせよ、頑張れ日本!

明日は、旧平田町のタウンセンターで、先日の酒フィルファミリーコンサートで「ピーターと狼」のナレーションをして下さった、酒田出身で全国で活躍中の活動弁士佐々木亜希子さんが、小津安二郎監督の『東京の合唱』という昭和6年作の無声映画の活弁をされます。
入場無料です。聞きに行く予定です。楽しみです。

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2009.03.17

DVD『おくりびと』きた〜!

1月中にAmazonに予約注文していた映画『おくりびと』のDVD。
Photoメイキングなど、映画館では見られない映像も入ってるという事で3/18の発売を心待ちにしていました。昨日、3/16(月)にAmazonからのメールで「ご注文いただいた商品を本日発送致しました」というメールが届きました。
「え?1日早く届くんじゃない?」と思っていたら、今日届きました。

「きた〜〜〜〜〜〜!!!」

です。(笑)
Photo_3早速開けて観てみました。
購入された方、包装のビニール、捨てないで下さい。
「祝!米国アカデミー受賞、日本アカデミー賞受賞」は、DVD完成の後になったので、中身には印刷されていないのです。ぎりぎりこのビニールの包装にシールを貼る事で間に合わせたようです。

Photo_5上の写真が箱の表側。
左の写真は、箱の裏側とDVDの入った中身です。とても立派な箱に入っていて、長く大事に保存させて頂くという気持ちにさせられます。

Photo_6いよいよ開けてみました!(笑)
左側の1枚の紙には、表に1〜27のチャプターが書かれています。
「10. 君の天職だ」「15. 穢らわしい!」「24. オヤジの訃報」などと、そのシーン一つ一つが思い出されるチャプター名が付けられています。

中身は、購入してご覧下さい。
私が一番楽しみにしていたのは「秘蔵映像」。
特典映像は映画館では見られません。その中の一つ「おくりびとの、おくりびと」はいわゆるメイキング映像満載です。
メインロケ地となった、ここ酒田で封切り前に完成試写会が「希望ホール」で行われました。私は残念ながら抽選に洩れて観に行けなかったのですが、当日は本木さんがステージの上で、生チェロ演奏をされました。そのシーンもこの特典映像には入っています。わずか1年足らずの特訓でよくぞここまでチェロを弾かれる!と感動すら覚えます。

その他、雪のシーンを4月にどうやって撮ったかとか、自宅の中のシーンは東京で撮影したとか、メイキングならではの興味ある話が続々あります。
16名もエキストラで参加した酒田フィル団員。希望ホール「小ホール」で1日がかりで行われた「解散、、、します!」ではほんの一瞬だけ、7,8名が確認できました。その他の人はメイキングで出てくるかなーと思ったのですが、残念ながらそのシーンはありませんでした。

その代わり(?)、希望ホールでの「第九」の演奏会シーンは本編よりも多く、リハーサル中のシーンもあります。「らびおがゆく」の山響ビオラ奏者倉田さん(ブログ記事「一番近くにいた人の証言」をご覧下さい)は、リハでは焦げ茶色のジャケットを着て、少しリラックスして練習しているのがモックンの横でばっちり映っています。
本編では「第九」の第4楽章だけちょっと映っただけですが、メイキングではもっと他の部分の演奏シーン、飯森さんの指揮姿ももっと多く映っています。

Photo_7先日、庄内映画村主催(?)で米国アカデミー受賞の祝賀会が開かれた時、参加者に配られた映画の中の「いしぶみ」を模して作ったクッキー。祝賀会に参列した酒田フィルの事務局長の奥さん(librarianさんのことです)から分けてもらいました。

Photo_8先日乗った酒田市内のタクシーには、ご覧のようなシールが貼られていました。「おくりびと」の「むかえびと」たらんとする酒田市民の姿勢がうまく伝わるといいな、と思いました。

DVD、当然ですが中身もいいです。
特典映像には、映画の最後に本木さんが一人で粛々と納棺の儀式を行ったあのシーンがノーカットで納められています。素晴らしい映像美です。

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2009.03.13

まだ『おくりびと』、そして「むかえびと」

日本初の米国アカデミー賞外国語映画賞の余波はとどまるところを知らず、というよりこれから本格化しそうです。映画『おくりびと』のロケ地を観たいと言うツアーも組まれており、4月以降観光客は更に増えそうです。
4月上旬までは「庄内ひな街道」でも賑わっていますが、おそらく4/12頃から4/18頃に桜も咲き、ロケ地ツアーは更に賑わいそうです。

酒田では「むかえびと」としての講習会も開かれたとの事。
酒田に観光で来られる方を心からもてなそう、庄内、酒田の良さをもっと知って頂きたい、「おくりびと」で注目されるだけではなく、ロケ地ツアーにとどまらず観光客をもてなそうという街を挙げての取り組みが始まったようです。中心街のデパートでも店員さんは「むかえびと」というバッジを胸につけているのだそうです。

Photo山形新聞では今週の朝刊に毎日「おくりびとの舞台」という県内ロケ地の紹介特集を組んでいます。
大悟と美香の暮らす山形の家(母が遺した酒田の店という設定)は実は上山にあるのですが、それ以外の多くのロケ地が私の住む地域の周辺、すぐその辺にあります。

Nkこれはお正月に撮った「NKエージェント」の外観。旧割烹「小幡」の建物です。
先日、NPO法人酒田ロケーションボックスの呼びかけで、ここの清掃が行われたそうです。そのNPO法人の副理事長も務める若大将が鮨を握る銘店「鈴政」。昨日は、家族が遊びにきたので久しぶりにカウンターで「ひでさん」の握る美味しい鮨を頂きました。

Photo_2Photo_3全部を載せるのは抵抗もあるので一部だけ。
まずは「カマトロの炙り」。さっと炙って脂を閉じ込めています。とても香りがいい。
右は「ノドグロの炙り」。絶品です。そのまま生でもいいのですが、炙って脂を押さえたところが奥ゆかしい感じです。
Photo_4Photo_5左は「本マグロのトロ」。口の中で溶けて行くのが感じられます。お勧めのお酒「鈴政」と良く合います。
右は「地物のアン肝」。アンコウって庄内沖でも獲れるのだそうです。この時期になると、肝以外は捨てられる事が多いのだそうです。勿体ない!庄内では「アンコウ」よりも「寒ダラ」の方が喜ばれるとのこと。

粋でキップのいい「ひでさん」の握るお鮨に文字通り「舌鼓」を打って『鈴政』を後にして向かった先は、そこからほんの目と鼻の先にある(角を曲がって直ぐのとこ)「旧港座」。
Photo_6映画の中では納棺の「ハウツービデオ」製作現場として、モックンが紙おむつ姿で白粉を塗られて笑いを誘ったあのシーンが撮影されました。昔は小型の映画館。今は使われなくなってしばらくなりますが、再建を考えているとの事。このあたりは、相馬楼と「鈴政」の中間の裏手で、大悟が石畳の街並を歩くシーンも撮影されました。
写真を通っていたら通りかかった酒屋さんが「皆で写真、撮ってあげましょうか?」と気軽に声をかけてくれました。「むかえびと」の意識がひろまりつつあるようです。「ジモピー」なので丁重にお断り致しましたが。

「NKエージェント」「旧港座」「石畳の街並」は皆、徒歩圏内。
車で行く程の距離でもないところに、演奏会と解散シーンを撮影した酒田市民会館「希望ホール」。そのすぐ近くにご遺体を引き取りに向かう車の中から映った「山居倉庫」があります。
市民会館から歩いて2〜3分のところには街角でばったり会った旧友(銭湯「鶴の湯」のおばさんの長男で公務員という設定)に「もっど、まどもな仕事さつげ!」と叱責された中町商店街もあります。
その「鶴の湯」と大悟がバスに乗って「なんか臭い?!」と女子高生にからかわれた(?)のは鶴岡市内です。

鳥海山をバックに堤防でチェロを弾いたのは遊佐町の月光川。石文の話をしたのもこの河川敷。
この先どうするか迷っている大悟に対し、「運命だな」といい加減(?)な説得をする社長が車で通りかかるのも月光川の旧朝日橋。遡上する鮭を眺めたのもこの橋でしょうか(新朝日橋?)。
最初の納棺儀式(ニューハーフ?)をやったのは三川町の「アトク先生の館」(先日、訪問撮影済み)。
ちょっと納棺に遅れただけで揶揄叱責され、最後は「あいづ、今までで一番きれいでした〜」と奥さんを亡くした旦那さんに感謝されたのは鶴岡(旧東田川郡朝日村)の大網でのロケ。

などなどたくさんのロケが庄内一円で行われたのです。
地元の人間は、単に受賞を喜ぶばかりではなく、そこに「暮らす」者として訪れるお客さんの「むかえびと」という意識が求められるようです。

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2009.03.11

寒い!

「啓蟄」を過ぎました。
「春分」まであと10日を切っています。
日本は「春分の日」を「国民の祝日」と定めているため、今年は3/20(3/21の事もある)が休日になるのですが、諸外国では「春分の日」は必ずしも祝祭日ではないようです。

春分の日を境に、昼の時間が夜の時間よりもどんどん長くなって行き、季節は夏に向かって行く訳ですが、春はまだまだと言う感じ。
昨日などは気温が上がり、3月下旬から4月上旬の気候との報道もあったのだが、今日は最高気温が5℃。朝から雪が舞っていた。

こうして変わりやすい気候を経ながらいつの間にか春になって行く。
今年は特に桜の季節が待ち遠しい。昨年より気持ちを落ち着けて桜を愛でたいと思っている(昨年は、開院して1ヶ月少しのところで、まだ回りを見渡す余裕も少なかったように思う)。特に映画『おくりびと』の桜や、月光川と鳥海など写真の対象となるものがたくさんあるここ庄内で、様々な形で春を喜ぶ季節が待ち遠しい。

でも今日は寒い!

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2009.03.09

序数

突然毛色の変わった話題で失礼します。

最近何カ所かでみかけた日本人の英語力不足について。
とても単純で基本的な事なんだけど、中学時代の教育が悪いのか、大人になって忘れてしまうのか私的にはとても気になる「ミス」。

数字の1はoneですが、「第1」とか「第1番」という「序数」になるとfirstといいます。同じように2がtwoなら「第2」はsecond、3はthreeで「第3」はthirdとなります。
こんな事言われなくても知ってるよ、と思いますよね。中学1年で習う事でしょう。

ところが、これを数字を使った書き方にすると間違える人が多いのです。
つまり「第1」は「1st」、「第2」は「2nd」、「第3」は「3rd」と書き表すのが普通です。ここまでは間違わない人も多いのですが、これが大きな数になると間違える大人が増えます。

第81回米国アカデミー賞は、「The 81st ,,,,」と書くべきなんですが、これが「The 81th,,,」と書いてあるのを見かけました。結構公共の目に触れるところに展示してあるんです。
おそらく書いた人は間違いに気付いていないし、展示している人も分からないのでそのままなのでしょう。「老婆心ながら、、、」と注意しようかと思ったのですが、なんとなくそのままにして来てしまったので気になっています。

先日、家内も出演させてもらったある発表会。
歴史と伝統のある教室なので23回目の発表会でした。会場に大きな看板がかかっていたのですが、そこには「23th,,,」と書かれていました。「第23回」ならば「The 23rd」と記載するのが正しいと思います。
4から9の数については、序数は通常"4th"とか"7th"でいいのですが、1〜3については注意しないと行けません。
さらに、「第11」と「第12」はeleventhとtwelfthなので、「11st」や「12nd」ではなく、「11th」と「12th」が正しいのです。

日本人の感覚として、数字の後に"-th"をつければ序数になるように考えてしまうのですが、要するに「発音」に従っているということを忘れては行けません。英語で発音してみれば上記の間違いにも気付いたはずです。
「第81回米国アカデミー賞」は、英語で発音すると"the eighty-first annual academy award"となるのでそれを文字にすれば「81st ,,,」となるのです。

お勉強の事を「読み書き算盤」と昔から言っている日本では、文字を読み書く事が知識の吸収であり、言葉を「聞く」「喋る」ことはあまり重視されて来なかった傾向があります。いえ、学問としては「否定」されて来た部分すらあると思います。
国際的に通用する英語力のテストの一つであるTOEIC(=Test of English for International Communication)ではより実践的な英語力の評価がなされるように思われています。現実に、国際社会での競争力を高める必要のある会社などでは、社員にTOEIC受験を義務づけたり、海外事業部門の部長クラスでは850点以上取らないとなれないなどの基準に使っているところもあるようです。

しかし、TOEICは単に英語の力を測定する一つの尺度に過ぎないと私は思います。これで高得点を取る人は点数の低い人よりは英語の力を持っているとは言えますが、本来目指している「国際的なコミュニケーション力」を表しているとは言いがたいと思います。現に8年程前に初めて受験した私は910点を取りましたが、流暢にべらべら何でも思い通りに喋れるかと言うと、全然だめです。おそらく英語圏の人ならば小学校高学年から中学生低学年位の人となら対等に喋れるかも知れませんが、ビジネスの世界になると全くダメだと思います。というのは、TOIECはlisteningに重点が置かれすぎているため、一応理解ができて高スコアを取る小手先のテクニックがあればいい点を取る事は難しくないのです。
ちゃんと話したり、書いたりする能力はほとんど試されません。マークシートのペーパー試験ですので、英語の音声で出される問題の聞き取り能力さえあれば結構いい点が取れるのです。
「TOEIC925で英会話力ゼロ」という講演をされた先生もいらっしゃるそうです。

どうしても紙、読み書き偏重の学習、教育を、「聞き取り話し会話する」真のコミュニケーション能力に方向転換していかなければ、日本は国際社会の中ではいつまでも二流に甘んじることになると危惧しています。
日本人が国際社会でスピーチする場面をテレビで目にしますが、「おお!この人は凄いな!さすが!」と感じ入る人はほとんど見かけません。先日のアカデミー賞受賞式でも「流暢な英語を喋っていた」と新聞には好評価を得ていたようですが、あれくらいでは小学生クラスだと思います。
新しい米国大統領に世界で一番にホワイトハウスに招かれたと仰っていた日本の偉い方の英語など、もっと酷い。あの程度の常套句を喋る程度だったらもっときちんと練習していてもう少しスラスラとお話して頂きたいものです。英語力のせいで「力がない」と誤解される事は非常に残念なことなのです。
発音なんか少々変でも通じればいいのです。インド人の英語なんて発音は本当に酷いアクセント(訛り)ですが、ぺらぺら喋りスラスラ通じています。
やはり小学校から英語の教育は必要なのでしょうか。でも「どのように」教育するか、が大切です。

英語よりも先に日本語、国語の教育が大事だと主張する方もいます。しかし、そんなの主張する以前の問題で「当たり前」の事だと思います。日本語力というよりも、言語を用いた論理的思考能力を身につける、そしてそれを日本語および英語で表現できる、思った事を音声言語に出来る、と言う事が大切なのです。日本の中学、高校における国語、英語教師の役割は重いと思います。

ーーーーー
本日の拙クリニック前の「旧ゴルフ場」。
0309だいぶ高い柱がなくなって来ました。まだまだかかりそうですが、いつの間にか道路2つ隔てた向こうの家や公園がよく見えるようになって来ました。
もう「ゴルフ場の高いネットを目標に探して来て下さい」と言えなくなってしまいましたね。(^^;;;

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2009.03.08

庄内食のフェスタと藤島〜羽黒周辺

本日は拙クリニックのMRIが1年目の点検(1年間で3回目)で、磁場の調整などに時間を要すると言う事で、休日を利用して朝から夕方まで(10:00~17:00)技術者が来ていろいろしておりました。
その間、ず〜〜っといなくてはならない訳ではないので、昼食時を利用してちょっと出かけて来ました。

Photo旧藤島町の体育館では、「庄内食のフェスタ」が開かれていました。庄内を代表するシェフ3名の調理実演と「お裾分け」があるというので覗きに行ってみました。駐車場に入りきれない車を整理している段階で「お裾分け」は諦めましたが、広い体育館内には人がいっぱい。(そういえばこの写真にも写っているのですが、新県知事吉村氏がいらしていました。テレビで見るよりチャーミングな方でした)。

調理の実演をしているのは、「アル・ケッチャーノ」の奥田シェフ、レストラン「欅」の太田シェフ、フードコーディネーター(という肩書き、前は鶴岡の東京第一ホテルの総料理長、その後高松のレストランのオーナーだった)古庄氏、と「食の都庄内」親善大使の3人。
これから作る料理、その素材の特徴の解説、ポイントなどの解説があり、ステージ上から下のテーブルに並べられた後、小皿に小分けされて「お裾分け」という段取りのようでした。やはり人気・知名度・観客の拍手ともナンバー1は奥田シェフ。彼が用意したのは、「雪菜と生ハム」。実はこれ、昨年のクリスマスディナーで「アル・ケッチャーノ」で頂いたものでした。すでにたくさんの人が椅子に座っている状況でとてもお裾分けは頂けなさそうなので、「藤島に行くならここにいきたい」というところを頭の中で決めてあったので早々に諦めました。

折角なので体育館の中をぐるりと2周して様子を見てみました。いろいろな食材、海の幸、山の幸、里の幸などが展示され、試食できるコーナーもありました。漁協のほうで出していたソイのつみれ汁が小さいお椀ですが一杯100円と書いてあったので並んでみたところ、なんと私の前の人で鍋が底をついてしまいました。おばさんが、つみれも豆腐も入っていない「お汁」だけくれました。「具が入ってないんだからお金は取れないよ」ということで、ただでつみれから出汁の十分に出た旨い白味噌仕立てのお汁を頂きました。

Photo_2「お裾分け」が無理そうだったらそうそうに諦めて行こうと思っていたのはここ、藤島駅前通りにある「原田食堂」です。
H19年の12月の記事「庄内音楽フォーラム」の記事の下の方をご覧下さい。実はそれ以来なので1年3ヶ月ぶりでした。それなのに、店内の様子はほとんど変わっていません。小さなカウンターの手前に置いてあるガスストーブも、棚の中の布袋様や達磨様も何一つ変わっていません。この姿のままラーメンの味も変わっていませんでした。
Photo_3Photo_4左は「中華そば」、右は噂の(笑)「チャーシューメン」です。チャーシューで丼が覆い隠されていて、チャーシューの端からスープがお盆に伝わり落ちています。これは早くお迎えに行かねば、、、とばかりにまずチャーシューを2枚程ぺろりと食べて、ようやくラーメンに対峙する感じです。
 我々は12時少し前にお店に行ったのですが、まず感じた事は「あ!暖簾が出てる。やっててよかった!」ということです。お客さんが2名程いましたが、我々が食べている間に続々と入って来て狭いお店はほぼ満席になりました。親爺さん一人で切り盛りしているので、注文はカウンターの中に入って行って大きな声で(少しお耳が遠いようなので)直接言う必要があります。
会計の前に、食べ終わった丼はお盆ごとカウンターに持って行ってあげるのがこの店のルールです。フロア担当がおらず親爺一人でやっているのでお客さんは皆そうしています。お水ももちろんセルフです。
メニューは「中華そば」「焼き肉ラーメン」「チャーシューメン」の他はビールと酒だけです。昔は丼ものもやっていたようで、外にかかる暖簾には「丼物」と書かれていますがメニューからは消えています。1年3ヶ月振りでもまったく同じ味で旨かったです。あ!変わったのは、値段が全部100円ずつ高くなっていました。中華そばは600円だったのに700円です。チャーシューメンはこのボリュームで800円が900円になったのは文句も言えませんが、「中華一杯700円」は田舎にしては高いかな〜。
でもまあ少し延び目の軟らかめの麺もここでは許せてしまいます。もしも固めが良ければ注文の時に頼んでみたらどうでしょうか。でも親爺さんが聴いてくれるかどうかは保証できません。(笑)

Photo_5Photo_6やさしいラーメンの味で幸せな気持ちになって(しかもポカポカ暖かくて、車の窓を少し開けて走らせる位)、藤島町の外れにある、知る人ぞ知る(知らない人は全然知らない?私も昨日行きつけの美容室で教えてもらった)ケーキ屋さん「いづみや」に行ってみました。ここは元は和菓子も(今も?)出していたのでしょうが、現在は「チーズケーキ」が有名との事。
定番の「ケーゼクーヘン」の他に「チーズスフレ」「レアチーズ」「二重奏チーズケーキ」「ゴルゴンゾーラのチーズケーキ」などなど何種類ものチーズケーキがあります。今日はこの中から「ゴルゴンゾーラ」と「二重奏」を頂いてみました。美味しいです!
「鄙には稀な」という言葉がピッタリの洋菓子店ですね。今後贔屓にしたいと思います。(頂いた「いづみや特製手書きカレンダー」もステキだ!)


Photo_7酒田から見れば、庄内のかなり南より(鶴岡から見ればそうでもないが)に来たのでついでに「庄内映画村資料館」(写真)のある松ヶ岡開墾場跡に行ってみました。
本来は「蝉しぐれ」と「SUKIYAKI WESTERN GIANGO」の展示が中心なのですが、今はやはり「おくりびと」です。いろいろ興味深い展示がありましたが、中でもタイムテーブルというか映画作成スタッフに配布される日程表のようなものが興味深かったです。ある日などは、広末涼子さんは朝一の飛行機で庄内入りしてあるシーンを撮ったら昼過ぎの飛行機で東京へ日帰りの予定が組んであり、夫役の本木さんは別のところで撮影で、夜は納棺の練習という予定など時間入りで細かく書いてありました。
Photo_11絵コンテも、撮影風景を記録する美術スタッフのスケッチなども、まだ米国アカデミーどころか日本アカデミーなども何も考えていない撮影時のものなので、かえって感慨深いものです。
まだここまで見に来るお客さんもいないようで、日曜の昼過ぎなのに客足は少なかったように思いました。(写真は同じ松ヶ岡にある別の資料館とその2階の雛飾り&超大量の全国の土人形などの展示)


Photo_8酒田への帰り道、三川町の「アトク先生の館」に初めて行ってみました。
「アトク先生」とは、三川町の名家阿部家の出身で、鶴岡中学を経て京大、東大院、ミュンヘン大などで学び、後に山形大学や鶴岡高専で教鞭を取った阿部徳三郎氏を慕う生徒達からつけられた愛称で、その立派なお屋敷は三川町の管理になっています。
実はこのお屋敷、映画『おくりびと』の撮影現場です。
一番最初の納棺シーン。山崎努演じる社長に「やってみるか?」と聞かれて、モックン演じる大悟が「はい」と答え、ご遺体を整え始めたところ、女性だと思っていたご遺体が実は、、、というあのシーンが撮影された家です。
映画「おくりびと」のポスターもこの家のお座敷で撮影されたものが使われています。
Photo_10その「アトク先生」の家も「鶴岡雛街道」の赤い幟が立っていて、いろんな面白い人形が飾られていました。
映画「おくりびと」のロケ地ツアーとして、酒田は今賑わっていますが、ここ「アトク先生」の家は、我々が行った時がたまたまそうだったのかまだ訪れる人も多くはないようです(鶴岡の銭湯「亀の湯」は観光客で賑わっていると聞きましたが)。

そういうわけで、休日の短時間に近場でいろいろ楽しんできました。
酒田、鶴岡周辺の「おくりびと」ロケ地ツアー、プライベート編というのをそのうち作ってみたいと思っています。
絶対外せないのは、大悟がチェロを弾いた月光川。
「NKエージェント」の元割烹小幡。今回行った「アトク先生の館」も「マスト」でしょう。鶴岡の「鶴の湯」も外せませんね。酒田の旧映画館「港座」もロケ地として重要です。広末涼子演じる妻美香が「実家に帰る」と言って寂しく電車を待つ余目駅。山崎努演じる社長が車から降りて「運命だな!」と言った橋も探して写真を撮って来たいと思います。

庄内は、4月上旬までの「ひな街道」、そして「おくりびと」ロケ地巡りでもうすぐ春を迎えます。

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2009.03.04

2つの訃報

悲しいお知らせなのであまり詳しくは書きません。
平成17年の8月と平成20年8月、庄内町の響ホールで開催された2回の「庄内国際ギターフェスティバル」。当ブログでも紹介しました。
「ファイナル・ガラ・コンサート」2005.8.29の記事と、「ギタフェスその1」2008.8.28の記事参照。
もう終わったので新しい情報はありませんがまだ残っているのでHPも紹介します。こちらです。
「庄内国際ギターフェスティバルin響」

この2回のギターフェスティバルの開催に最も尽力された大会実行委員長S氏。
山形の庄内地方に、通常では考えられない様なタレントを一同に集めたギタフェス。日本、アジア、そして世界のギタリスト羨望の演奏家を集めるために音楽監督の福田進一氏の力が大きかった事は当然としてその福田さんを動かしたのはS氏だったのだから、やはり2回のギタフェスの最大の功労者であろう。第1回の後、身体を壊され闘病生活を送りながら第2回の開催に尽力され、大成功に導いた。その闘病の軌跡を少々存じ上げているだけにその後の健康状態を心配していたが、昨日お亡くなりになったと知人より連絡があった。
大変残念で悲しい事である。
ご冥福をお祈りします。安らかにお休みになりますように。。。


本日の朝刊で見た訃報。
100歳を超えた画伯森田茂氏が3/2に亡くなられたとのこと。享年101歳であられた。
私は面識のないかたですが、酒田市美術館には森田画伯の有名な「黒川能」を始めとする迫力の画が何点か常設展示されている。「地鎮祭と美術館と湯田川温泉と藤沢周平」では、山形弦楽四重奏団が酒田市美術館の館内でコンサートをしたことに触れているが、ちょうど森田画伯の絵の前で素敵な演奏を聴かせて頂きました。元々著名な画家ではあったけれど、酒田にその絵が何点も展示されているとは知らず、このミュージアムコンサートで初めて本物を観たのであった。単純に「100才の今も絵を描いてるなんて凄いなぁ!」と思ったのが一昨年の10月のことであった。
ご冥福をお祈り致します。

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2009.03.03

1周年の感謝の日

3月3日は女の子のお祭りとも形容される「桃の節句」。
以前にも書いたように、古来「上巳の祓」と言われる体の穢れや病気を祓い清める儀式を中国暦の3月3日に行って来た事に由来するもので、都(京都)の人々が紙人形に体の穢れを移して川に流し健康を祈願する儀式と宮中での人形遊びが融合したものです。旧暦の3月3日が丁度桃の花の咲く季節でもあり、「桃の節句」と呼ばれるようになったのですが、元はと言えば野山に出て薬草を摘み紙人形に体の穢れ(病)を移して健康を祈願する「上巳」の日。

昨年、平成20年の3月3日(月)に拙クリニックを開院しちょうど1年が過ぎました。
Photo_2(お祝いのケーキを頂きました、ル・ポットフーの特注、「鯨のケーキ」です、大笑)
この間、大過なく、私もスタッフも大病もせず無事に過ごすことが出来た事をまず感謝したいと思います。細かい問題はいろいろあり必ずしも順風満帆とは言えませんが、大学でのキャリアを捨てて(自分ではあまり「捨てた」などという感覚はないのですが、一般的に見れば准教授の立場を辞職して一診療所開設個人事業主となれば、そういう表現を使うのかな、、、)、手術をする腕を犠牲にして(これも「犠牲にした」という程大げさには思っていないのですが、国内でもある程度のレベルに達した(一応技術認定制度委員でした)限られた内視鏡下の経鼻下垂体手術の技術を持つ脳外科医の一人だった訳なのでこういう表現を使ってみました、、、)、手術も入院も無い無床診療所を開設したのは、第一には酒田の市民オケ活動を中心に自分の音楽活動を続けるためでした。

Photo_3(スタッフとともにお祝いのケーキに入刀!です)


それが、大学病院のある山形市でもなく、高校を出た仙台でも、実家のある横浜でも、生まれ故郷の福岡でもなく、酒田だった事にはいろいろな意味と想いがあるのですが、すべてを語ることはできません。自分がどんな形でも(当直のバイトとか外来診療応援バイトも含め)医師として働いた事のある土地をすべて上げると、山形県内だけでも1)山形市、2)天童市、3)上山市、4)南陽市、5)米沢市、6)鶴岡市、7)新庄市、8)長井市、9)川西町、10)小国町、11)酒田市と数多い。県外となると、福島県の喜多方市、福島市、新潟県の新発田市などでも仕事をしました。

全く働いた事のない土地で開業する事もできない訳ではないのですが、やはり知り合いがいるとか、応援してくれたりサポートしてくれる知人があるとか、仕事をした仲間がいるとか、開業して必ずしも成功するとは限らない「ビジネス」として真剣に取り組む事においてはそういう条件も当然考えました。
市民オケも、県内には山形フィル、米沢フィルに酒田フィルと伝統のあるアマオケが3つありますが、これも人が奏でる集団であるが故に、音楽が出来ればどこでもいいという訳にはいかなったのです。

Photo_4(ケーキの断面は?)
大学で医師として研究者として仕事をしながら、自らの趣味の時間を楽しむというのは無理でした。時間的にも精神的にも余裕がありません。
特に時間です。
一応土日も休日、祝日もある職場ですが、現実には土日も祝日も年末年始も患者がいれば病院に行き、研究や学会などの仕事があれば朝早くから夜中まで仕事をしていました。家でフルートやピアノに触れる時間は、どんなに頑張ってみても週に2、3時間がいいところでしょうか。というよりも毎日はとても出来ない環境なので、結局継続出来ないから「やらない」状態になってしまうのです。

Photo_5(鯨の断面は?)
平成19年の酒田でのJAO全国大会主催、昨年3月の希望ホールでのオペラ『ラ・ボエーム』全幕原語公演のオケピットでの演奏、その他、「一期一会」のこの機会を逃したら一生巡り会えない、知らないままで終わってしまう世界が目の前にあったのです。とても「偶然」という感じではなく、そこに着々と準備された「必然」のようなイベントがあったことが「意を決した」大きな理由だったのだと思います。

そして酒田市にある南洲神社。南洲翁が好んで書いた「敬天愛人」。庄内と九州、薩摩との関係。
Photo(お祝いのお花を頂きました)
今となっては、本当にいろいろな必然に導かれて酒田で開業し1年が過ぎたと言う感じです。
「一周年」は目出度い事ではありますが、この土地で私が元気である限り15年、20年と続けて行く覚悟の仕事ですから、月並みではありますが満1年ではあるけれど一つの通過点であり、いつもと変わらぬ診療の行われる一日でもあります。

Photo_6(お祝いのお酒も頂きました、出羽桜『一路』は世界の品評会で優勝した日本酒、山形が誇る出羽桜酒造の逸品です)
まずは天に、そして皆様に感謝して一周年を迎えられた事を喜びたいと思います。
「ありがとうございます。」
そして5年前に始めた時からこのブログの信条としている言葉の通りです。
「Tomorrow is another day !」


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2009.02.24

あと4日です!

映画『おくりびと』の快挙に浮かれてばかりいたのではありません。
お仕事はもちろんやっています。
それと同時に、3月1日(日)の酒フィル「アカデミー賞記念」(←これは私が勝手に付けたもの)「ファミリーコンサート」の準備をしています。
先日の土日は最後の追い込みの2日間練習。

今回は、目玉が多いだけに曲目も多い。
スッペ作曲「軽騎兵」、プロコフィエフ作曲「ピーターと狼」、ボロディン作曲「交響曲第3番『未完成』」、指揮者コーナーのベートーベン作曲「交響曲第7番」から第1楽章抜粋、シューベルト作曲「交響曲第7番『未完成』」、アンコール(秘密)の計6曲。
曲毎に編成が違い、打楽器もティンパニだけとか、小太鼓、大太鼓、カスタネット、シンバルまで必要だったり、トロンボーンやチューバが必要だったりといろいろあるので曲毎に入れ替わったり休みになる団員もいる。
私は6曲すべてに出番があり、ピッコロもあるし、懸案の「小鳥」もあるしで結構しんどいがやりがいもある。

20090214093357あと4日となった時点で、くだんの「小鳥」ちゃんの出来はどうかというと、、、
う〜ん、先日の自己評価85点からあまり改善がみられず、せいぜい88点というところか。
20090214093422本番は練習とは違い、観客のいるホールなので緊張感などから練習の成果が100%出せる事は少なく7割程度の不完全燃焼になることもある。すると現時点では88 x 0.7 = 61.6%の出来ということになる。
ぎりぎり「赤点」を免れるかという状態ではないか!
アマチュアと言えど、入場料を取ってお客さんに聞いて頂くコンサートでこんなことでは情けない。これから残りたった4日でこれを90%近い出来に持って行くのは不可能に近い。不可能を可能にするのは、あとは「気合い」というか、集中力というか、いわゆる精神力かな〜。。。
(写真は、「タビの親父」ブログから拝借。コンサートで使う「被り物」。。。)

当日は必ずやお客さんに楽しんで頂ける、特に小さいお子さんや普段クラシックにさほど興味の無い方にも楽しんで頂ける様な演奏会にすべく追い込みの練習を頑張りたいと思います。

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2009.02.23

またまたやりました!「おくりびと」米国アカデミー!

いや〜、関係者の皆様、オメデトウございます!
Photo本当に穫ってしまいましたね。「61冠」目は、米国アカデミーです。
「外国語映画賞」という部門が出来てからは「日本初」の栄誉です。
数年前に最優秀は獲れなかったけれど「優秀賞」にノミネートされた日本作品は「たそがれ清兵衛」以来。この「たそがれ、、、」はご存知、藤沢周平作品、海坂藩という「庄内藩」をモデルにした架空の話だが、要するに庄内が舞台という訳。
庄内を舞台にした作品が続けて米国アカデミーにノミネートされた事にもなりますね。

「賞はこれで打ち止めで、、、」など控えめな発言だった成田での出発前の本木さんでしたが、ジャケットの胸には「日の丸」のピンバッジが光っていました。「日本代表」との想いだったのでしょう。
日本アカデミーで10部門を獲得した映画「おくりびと」ですが、もしも「優秀エキストラ参加賞」があればこれも「最優秀賞」を獲得したのではないかと密かに思っています。

エキストラと言えるかどうか定義が定かではありませんが、山形交響楽団と同音楽監督に飯森範親氏、そして「酒田第九を歌う会」のメンバーに合唱指導の関矢順さん、そして山響ファンクラブメンバーと地元の人たち。
冒頭の「第九」コンサートのシーン、まばらな観客はすべてエキストラ。

そして、短いシーンながら大事な「オケを、、、解散、、、します!」のシーン。
ここには我が酒田フィルの団員が8名程参加しています。
折角「第九」をやりながら、観客席は半分も埋まらない様なオケ(そんなプロオケ、日本のどこにあるの?少なくとも「第九」でガラガラっていうことはないはずだけど、、、)。経営難のため、オーナーが苦渋の決断、「オケを解散します!」というシーン。
酒田市民会館の「小ホール」で1日かけて撮影されました。前日、「大ホール」で飯森さんの指揮で山響が演奏し、「酒田第九を歌う会」が合唱して冒頭の演奏会のシーンを1日かけて撮影した訳ですが、たった30秒もないような「解散します!」のシーンのために、山響の団員を2日も拘束出来ないので、楽器を持って自然な動きが出来る(はず)の酒田フィルにエキストラの依頼がありました。
前にも書きましたが、当時の事務局長から山形市に居た私にも連絡があり、「エキストラ出演、どうですか?」と打診されたのですが私は予定があったので断りました。出演した団員によると、1日かかりで、コンサートが終わって控え室に戻って来て楽器を片付けようとしている時に、オーナーが現れて「解散、、、します!」と頭を下げ、団員は皆事情を知っているのでクールに片付けてササっといなくなるシーンです。酒田フィル団員でも燕尾服はさすがに持っていないので、男性は山響の団員から燕尾服をお借りして、女性陣はいつもの演奏会の格好をして、バイオリンやビオラやチェロなどを持って控え室に戻り楽器を片付けて退去する、それだけなのですが、一人一人、歩く方向、スピード、振り向くタイミング、撤去退去する方向とそのタイミングなど事細かく指示されて、何度もやり直して撮り直したそうなのです。わずか30秒のシーンが半日では終わらなかったと聞きました。

あの場面は映画の中では短いけれど結構大事なシーンだと思うのです。
上に書いたように、ほとんどのオケの団員は自分のオケの先がない事を知っている、またはうすうす感じ ていて、オケが潰れたら次どうしようとかおよそ決まっている状況。
にもかかわらず、主人公の大悟はのんびりしているというか、そういう事情に疎くて、やっとプロオケの正団員の座を掴んで1000万円以上するチェロを買ったばかり。これからこのオケで頑張ろう!と思っている。オケが無くなるとは当日まで知らず、オーナーの「通告」を皆がクールにさっさと片付ける傍らで呆然として取り残される。そういう雰囲気を天井からのカメラで、クモの子を散らすように「ササッと」いなくなる団員と残る大悟というシーンで現しています。
そんなちょっとのんびり屋の、機を見るに敏でない性格だから、酒田に戻って職を探した際に「旅の手伝い」と書いてあるだけで旅行代理店と思い込み、「旅立ちのお手伝い」とか「納棺師」などと言われても、「はあ〜」という感じで断りもせず務める事になる、、、そんな大悟の性格を表現している結構重要なシーンだと思うのです。

ですから「優秀エキストラ参加賞」があれば、これも『おくりびと』が獲得したものと身びいきに思います。(笑)
関係者の皆さん、そして参加した酒田フィル団員、おめでとう!


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2009.02.21

やりました!10部門獲得!

Photo_2ご存知のように、2/20、日本アカデミー賞の発表と表彰式が行われ、酒田を主なロケ地として撮影された映画『おくりびと』がノミネートされた13部門のうち、10部門で「最優秀賞」を獲得しました。
やりましたね!

Photo_4最優秀作品賞、最優秀監督賞(滝田洋二郎監督)、最優秀脚本賞(小山薫堂氏)、最優秀主演男優賞(本木雅弘)、最優秀助演男優賞(山崎努)、最優秀助演女優賞(余貴美子)、最優秀撮影賞、最優秀照明賞、最優秀録音賞、最優秀編集賞の10部門を獲得し、メディアニュースによるとこれまでの海外での受賞(モントリオール国際映画祭など)を含めると、「60冠」を獲得したということです。
伝統ある日本アカデミー賞の優秀賞19部門のうち、当然はいらない「優秀アニメ賞」とか「外国作品賞」とか「特別賞」を除いて13部門で優秀賞にノミネートされていたのですが、そのうち10部門で「最優秀賞」を獲得。
「第32回日本アカデミー賞」公式サイト受賞作品・受賞者名一覧を参照ください。
(写真は、最優秀主演男優賞の本木雅弘の義理の母で表彰式の司会を務めた昨年の主演女優賞樹木希林が「うちには『おくりびと』がいますので、安心して送られます」というコメントに会場の笑いを誘ったところ)

Photo_3逆に最優秀賞を獲得出来なかったのは「最優秀主演女優賞」(映画『ぐるりの事』の木村多江)、「最優秀美術賞」(映画『パコと魔法の絵本』の桑島十和子、「最優秀音楽賞」(映画『崖の上のポニョ』の久石譲)の3つで、ある意味仕方のないことだと思う。特に「優秀音楽賞」では『おくりびと』の音楽担当久石譲氏のライバルになったのは『崖の上のポニョ』の音楽担当久石譲氏で(笑)、これもまた仕方のないことだと思う。まあ、みんなが「最優秀賞」を獲得する中で一人蚊帳の外だった広末涼子がちょっとかわいそうな気もしたがこれも仕方ないでしょう。(写真は、最優秀作品賞獲得後、4才男児の母親とは思えないスタイルの広末がインタビューを受けているところ)

Photo関係者の皆様、おめでとうございます!
大悟が最後のコンサートでチェロを演奏する「希望ホール」のシーン、オケの解散の「希望ホール」のシーン、大悟が「鈴政」や「相馬楼」近くの日吉町辺りを歩くシーン、職を求めて訪ねる元割烹「小幡」のNKエージェントのシーン、NKエージェントの中のシーン、月光川の橋のたもとのシーン、川の土手でチェロを弾くシーン、死体を収容に車で向かうシーン、納棺の儀を行いに行くシーン、地吹雪のシーン、銭湯のシーン、、、
酒田市、遊佐町、三川町、鶴岡市などの庄内でのロケのシーンの数々が目に浮かびます。

酒田市中心部も、今回の10部門での最優秀賞受賞で活気づく事でしょう。
目出度い目出たい。

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2009.02.20

MRI室のクジラ達

また1年前の話題で恐縮です。
1年前の本日、H20年2月20日に下の写真のように、拙クリニックのMRI室の壁にクジラの写真が設置されました。
Mriただ私がクジラが好きだから、という理由でクリニックのマークもクジラのイメージを自作しました(プロに依頼したクリニックのマーク3、4種類がどうしても気に入らなかったので結局自分で作った)。

なぜクジラが好きなのかはこのブログで大分前に書きましたので割愛します。私のブログの名前にもなっているHNの「balaine」は、ラテン語でひげ鯨という意味ですが、私に髭が生えている訳ではなく、ザトウ鯨やセミ鯨のようなヒゲクジラ亜目のことなのです。

MRIの設置と機種を選定している際に、病院や医院によってはMRI室の壁一面を「和」のテイストにしたら海のような絵を描いたりして、少しでも患者さんの緊張を和らげようと言う工夫をしている施設がある事を知りました。ただ白一色かクリーム色のよくある無機質な放射線検査室の「冷たい」イメージを避け隊と思い、自分の好きな鯨の絵か写真を飾りたいなと思いました。

インターネットでいろいろ検索して、素晴らしい海中写真家が日本にもたくさんいる事を知りました。鯨の絵もいろいろ検討しました。
秋田出身の水中写真家中村征夫氏(氏のブログ・ぷかぷかブログ)の写真は素晴らしい。「写真家中村征夫公式ページ」もご覧下さい。とても素晴らしい大きなザトウ鯨の写真があったのですが、氏にコンタクトを取ったところ、モノクロの写真しかないとのこと。MRI室の壁にモノクロの写真は、いかに素晴らしいものでもちょっとイメージが暗いかなと心配しました。

世界中のイルカや鯨の写真サイトを見て回り、最終的に決めたのはこの方。
加藤文雄さんのサイト「Blue Dorphin」でした。
この中から、この一枚!と気に入ったのがザトウクジラの写真。これがうちのMRI室に飾られる事になったのです。加藤さんに連絡を取り、有償で超高解像度のイメージファイルを送ってもらい、それを地元の印刷会社に渡して、MRI対応の非磁性体金属(アルミが主)のパネルに印刷してもらいました。その大きさ230cm x 130 cmとMRI室の壁の半分位を占める大きなものになりました。
加藤さんのブログでも紹介して頂きました。「ザトウクジラの写真を見られる病院」という昨年3月4日の加藤さんの記事をご覧下さい。

当院のMRI室の扉を開けると目の前にデーンと威圧的なMRI装置とその付属のベッド部分が鎮座しているのですが、ちょっと壁の方を見るとこのザトウ鯨さんが優雅に泳いでいる姿を見る事が出来ます。心を落ち着けてベッドに横たわり天井を見ると、今度はカモメ達が青空を舞っている絵が描かれています。
患者さんたちの中には(緊張のあまり)残念ながらこの鯨さんもカモメ達も目に入らず、「検査、どうでした?クジラの写真大きかったでしょう?」とお聞きしても「え?!」という反応をされる方も少なくありません。でもこのクジラさんが出迎えてくれるMRI室と言う事を認識して下さっている方もいらっしゃり嬉しくなります。
興味のある方はどうぞ拙クリニックのザトウ鯨Megaptera novaeangliaeに会いにきて下さい。

ーーー
ちょっと間があきましたが、昨年の第2回国際庄内ギターフェスティバルで公式(?)レストランを務めた庄内町のレストラン『まごころ』(ちなみに第1回はアル・ケッチャーノ)に久しぶりに行って来ました。

PhotoPhoto_2Photo_3間が開いたのでメニューうろ覚えですが、「お通し」の前菜(庄内ではなく山形の豚の生ハム)、「だだみ」のソテー、白身魚のポワレです。

Photo_4Photo_5グラニテでお口直しして、山形牛のステーキ。柔らかくて美味しかった。お口直しは冷たいシャーベットでしたがなんだったか忘れてしまいました。ステーキの付け合わせのお芋もマッシュルームも地元の物でとても美味しかった!

Photo_6Photo_7最後はコーヒーに、イチゴ&アイスクリームと3種類の小さなドルチェ。左からチョコレートと、、、あとなんだったっけ。忘れてしまいました。ご免なさい。
でも美味しかった事だけは間違いない!

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2009.02.19

「雨水」過ぎて

個人事業主となってみて、病院勤務医の時よりも季節の変わり目、節気などに敏感になった様が気がしている。以前は、冬至夏至春分秋分それにせいぜい立春(+その前日の節分)位しか意識していなかった。
3月3日の「桃の節句」に開院してそれから春夏秋冬季節は巡り、立春を過ぎて今年は2/18が雨水。
「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」
という言葉が由来の様で、春一番が吹き、うぐいすの鳴き声が聴こえ始める土地もあるとされ、また古来農耕の準備を始める目安とされて来た。「雨水」に雛人形を出して飾ると良縁に恵まれると言う言い伝えもあるらしい。

昨年は閏年だった。実は昨年の3月1日が土曜日で開院直前の「内覧会」をやったのだが、前日が2月29日で準備にバタバタしながら「今年は2月が1日多くて助かった〜」と痛感した事をよく覚えている。今年はいつも通り28日なので、2月はあと10日しかない。
本当に「2月は逃げる」である。

ということで、酒フィルのファミリーコンサートの3月1日(日)まであと10日となったのでもう一度告知する。
Dic212b_2このコンサートの目玉は4つ程あります。
1つはプロコフィエフの『ピーターと狼』。
このナレーションを酒田市出身の活動弁士佐々木亜希子さんがして下さる。
そういえば、先日拙クリニックを受診した方が佐々木さんをよく知っていると言う事でチケットを2枚買って下さった。有り難い!

2つ目の目玉は、「2つの『未完成』」。
シューベルトの「未完成交響曲」は、黒沢映画にも用いられたし日本人にも馴染みが深く良く知られている。一方、ボロディンの「未完成」は交響曲第3番で、歌劇「イーゴリ公」や交響詩「中央アジアの草原にて」など有名な曲がある割には知られておらず、プロでも「弾いた事ない」という方もいる位。
この2つの未完成をカップリングで演奏するコンサートはそうそうないと自負している。

3つ目の目玉は、「指揮者体験コーナー」。
題して「振ってみましょう!あなたも「千秋」になれる?!」。曲もドラマ「のだめカンタービレ」のオープニングテーマで使用された、「べと7」=ベートーベン作曲交響曲第7番の一部を、入場時に応募された観客の中から抽選で3名程選んでステージに上がって指揮台の上でオケを指揮して頂くという趣向である。

4つ目の目玉は、「ヴァイオリン体験コーナー」。
これも入場時に希望された方から抽選で挑戦者を選び(楽器に限りがあるので)、中間の休憩時間にホワイエで酒フィルの弦楽器奏者が手ほどきをするというものである。まったく初めての方でも、小学生以下のお子さんでもOKである。

Photo_4そうそう、このファミリーコンサートは、秋の定期演奏会と違って、未就学児童の入場は可能で小学生以下の入場料は無料である(万一、席が一杯の場合は、未就学時は親が抱っこしていただくことをお願いしています)。
写真は明日発行(本日配布)の今週号の「コミュニティしんぶん」5面の「文化」のページから。

ーーー
プロでも難しいという、「ピーターと狼」の「小鳥」のフルート。
「(あんなの)難しくてできないよ」とか「(プロでも)そう簡単に吹けるものじゃあない」と言われて、小生の反骨心というか「天の邪鬼」な心に密かに火がついた。

ハープ奏者早川りさ子さんのお父君である早川正昭先生から以前聞いた話では、「プロの奏者は、不得手なフレーズや苦手意識のある部分を何回練習すれば納得するか?」という問いに、いろいろな返答があり中には「600回!」という強(ツワ)の者もいたと言う話だが、大体平均すると「300回は練習する」ということだったという。

昨年の定期演奏会が終わって、3/1の本番までおよそ100日。毎日は練習できない日もあるとしても一日に5回以上練習すれば(5回と言ってもその内容が大切な訳だが)300回はくり返し練習できるだろう、ゆっくりから始めて、上達しなくても慌てず、ごまかしの演奏をなるべくしないようにして、練習ではゆっくりいろいろなフレーズやリズムで繰り返して身体に叩き込むようにして行けば、ヘボ笛吹でもなんとかなるんじゃないかと思ってやって来た。フレーズによっては、1日で20回以上繰り返し練習して来た。部分的には500回以上、ある部分だけ取り上げれば1000回は練習したのではないかと思っている。
昨日の練習で、自己評価「85点」である。
なんとか羽ばたいて木の枝までは行けるようになったけど狼をからかうように上手く飛び回れるかというとちょっと心もとない。もちろん満点を目指して練習しているのだが、あと10日で残り15点分を獲得するのは至難であると思い始めて来た。いや、100点満点なんてプロだってそうそう出来る訳じゃあないんだから、95点くらいでいいじゃないか!位の気楽な気持ちで挑戦したいと思っている。

このほぼ毎日の練習の中で気付いた事がある。
気まぐれにJSバッハのフルートソナタや、ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」や、プロコフィエフのフルートソナタなどをちょろちょろと気分転換に吹いてみると、高音が楽に出るようになり、低音が太く鳴るようになった気がしている(あくまで本人の勝手な判断だが)。
「小鳥」の難しい超高速パッセージや、超高音(第3レジスターのHや第4レジスターのC)を練習しているうちに、ソノリテやタッファネル&ゴーベールなどのエチュードをやったのと同じような効果が現れているような気がしている。これは嬉しいことである。

あと10日。ますます気合いを入れて練習したいと思っている。

ーーーーー
PhotoPhoto_2拙クリニック真向かいのゴルフ練習場は昨年暮れで営業を停止しお店を畳んだ。
それから真冬の天候の中の解体作業は遅々として進まない感じであったが、昨日あたりからついにゴルフ場のあの高い、たか〜い網を張っていた電信柱の10倍くらいありそうなコンクリート製の柱の解体が始まったようである。
左の写真は今朝一番の様子。右の写真はお昼過ぎの様子。
よく見ると、左手前から4本目の上半分が取り外され5本面の上端にとりかかっている。長さ40mはあろうかというクレーン車の先からぶら下げられた箱のような物に人が入って作業をしているようである。あんな高いところで、こんな寒い冬に、下が降雪の不安定な土壌で(もちろんクレーン車の足下には鉄板が敷かれて固定されて入るが)作業ができるものである。命知らずだ!
庄内特有の地吹雪の時にはまったく作業が出来ないのは当然としても、日本海に面したこの土地であんな高いところでは突然突風に煽られたりしないのだろうか?
数えてみると、そんな危険な作業を全部で30数本もやらなければこの高い支柱は取り外せないのである。そう簡単に倒せたり外せるようなものなら、ゴルフ練習場の網を支えられる訳がないのは自明だが、なんとも大変な作業だな〜と毎日見ていて心配している(怪我人が出ないのか、、、)。

ここが更地になったあとは、老人保健施設かデイサービスセンターや有料老人ホームなどが2件建設され、さらに何らかの小売業の店舗も建設予定であると噂で聞いた。ゴルフ練習場が1つあるよりは、拙クリニックには追い風の様な気がしているが。。。どうなんだろう。。。
あと2週間で開院1周年である。


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2009.02.15

昨日はヴァレンタインディ

最近はいろいろ行事があり、ブログの記事投稿が後手後手となり、前日や数日前の事をアップする傾向になってしまっています。

今日も朝から市内某所で漢方処方の勉強会に出席し、午後は遊佐でオペラ『小鶴』公演を楽しんできましたが、まずは昨日の事から書きましょう。
2/14は「聖ヴァレンテインの日」ということで、日本では女性が意中の男性にチョコレートを贈るというチョコレートメイカーの策略に乗った一大イベントみたいになっています。でも貰って悪い気はしません。

クリニックのスタッフ(全員女性)から、たった一人の男手である院長の私に暖かい義理チョコを頂きました!昔は「義理」でももうちょっとたくさん貰っていたのですが、私の健康を気遣って頂いているようで、量は少なめでいいものを頂きました。

Photo夜は2週後に迫った酒田フィルのファミリーコンサートの練習なので、夕食は軽めで18:40過ぎに出かけ帰宅後は写真のデザートのみにしました。チョコは一応家内の手作りで、化粧砂糖がかかっているので真っ白ですがしっとりと甘みの抑えられた美味しいチョコでございました。後はヨーグルトアイスとコーヒー。
チョコレート色のネクタイまで頂戴致しました!


Photo_2Photo_4実は昼食は、自宅からも近い『シェディオーク』に行って来ました。今年初めて。やや久しぶりでした。
ここのお料理は遊佐町の契約農家の「有機野菜」のみを使っていて、写真のカレーにもドリアにもお肉類はいっさい入っていません。身体に優しい料理として女性に大人気のお店です。私はカレーの中から「カブ」を発見するのが好きです。カレーのルーの中にはいっていると、一見ジャガイモとカブの見分けがつかないのですが、食べればもちろん全然違います。そしてお芋もおいしいけれど、カブの適度な歯応えとその甘みがとてもいいのです。
Photo_5Photo_6このお店が女性に人気なのはドルチェが美味しい事もあります。
左はいつものプリン。シロップは甘すぎず、でも甘い(何のこっちゃ)。誰も見ていなかったらお皿までなめたいくらいです。(笑)
右は期間限定(確か昨日まで?)のチョコレートケーキ。スフレ様のチョコケーキの上にチョコレートがコーティングされていましたが、なによりも一番下の層のチョコレート味のスポンジがたっぷりと吸っているシロップと言うかスープが特徴的。「生姜味」のシロップなのです。
「むせることがあるので食べる時に注意して下さいね!」とシェフから優しいアドバイス。注意深く少量ずつ食べました。う〜ん、生姜のピリッとくる辛みと爽やかさがチョコケーキの甘さを惹き立てつつ、ダラッとした甘さに堕落させないアクセントを持っています。「生姜味シロップ」については、これ以上は言葉で表現は困難。食べてもらうのが一番ですが期間限定というのが惜しいですね。
また何かのドルチェで形を変えて同じようなシロップが出てくるかもしれません。

ーーーーー
記事の材料が乏しいとついグルメレポートになってしまいますが、この季節はいろいろイベントがあり大変です。外食が多くなりがちですが、その分自宅では粗食にしておりますよ。ハイ。

ということで、オペラ公演の記事は明日書きましょう!

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2009.02.13

昨日はお誕生日でした

昨日、2/12は家内の誕生日でした。
ちょうど1年前の2/12は拙クリニックのオープニングスタッフのうち、開院前からの準備に関わった3名が働き始めた日でもあり、ちょうど勤続1年を迎えた日でもありました。
何才におなりあそばしたのかは内緒です。

Photo現在のスタッフ5名からお祝いの花を頂いていました。旦那さんは花の一つも上げないのにね。。。(^^;;;;

その代わりと言ってはなんですが、喰いしんぼの私としては家内の誕生日祝いにかこつけて市内のレストランを予約していました。
昨年の11月に市内にオープンしたばかりの新しいお店「ニコ」。
料理の世界は実力の世界ですが、あのレストラン『欅』の総料理長にして「庄内食の親善大使」や「庄内DECクラブ会長」を務める太田政宏シェフの息子さんがオーナー。人気店のようで、予約なしでお昼に行った時には「すみません、予約で満席でして、、、」と断られた事があり、今回初めて伺いました。
Photo_2Photo_3初めに予算と飲み物の好み、料理の内容、家内の誕生日である事と好き嫌い(私に好き嫌いはまったくありません!)を伝えておいたので、何も注文しなくてもスムーズにハーフボトルのイタリア産スパークリングワイン(チンザノ)がグラスに注がれ、1品目は左の写真の「魴鮄(ほうぼう)のカルパッチョ、菜の花添え」から。2品目は右の写真「鴨のロースト オレンジソース」(緑は、白みそ和えなんかで食べる「わけぎ」だと思う)。
魴鮄は歯応えがあり菜の花とともに「春」を味わう感じ。
鴨は私の好物ですしソースも甘すぎず絶妙です。

Photo_4Photo_53品目は、左の写真「タラバガニの茶碗蒸し風」、スープの代わりに、と言って供されました。確かにグラスにはいった「茶碗蒸し」。かにの出汁が出ていて旨い。
4品目は右の写真「真鯛のポワレ、ホタテとエリンギと山芋のソテーを添えて」。上の葉っぱは、?何かな〜。バターソースが美味しくてパンをちぎってお皿を洗うように食べてしまいました。

Photo_7Photo_85品目はメインのステーキ。脂身のしつこくない「山形牛」です(米沢牛は美味しいのですが脂身が多すぎて私のように脂身の少なめな山形牛を好む人も多いです)。焼き加減は聞かれませんでしたが絶妙なミディアムで、お肉はナイフを切るように使わなくてもちょっと当てるだけで食べやすいサイズにわかれる感じ。
右はドルチェ。
お誕生日を祝って、ろうそくを1本付けて下さいました。
このドルチェが変わっていて美味しかった!
抹茶アイスクリームの下にあるのは、胡麻豆腐で全く甘くない、しっかりとした固さで口当たりの良い上品な味。ドルチェではなく一品料理として成り立つ物でした。その回りにはこれまた甘くない黒豆の煮たものが添えてあります。飴細工で甘いものが添えてあり、それで好みに甘さが取れるようになっていると思ったら、中身はアーモンドでした!アイスと豆腐と黒豆とアーモンド。
なかなかいい味。和風であり洋風な感じの工夫と食べる側に驚きを用意したような心憎い演出。

満足のディナーでした。

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2009.02.09

日曜、「ひな街道」探訪開始

立春を過ぎ、庄内地方では「ひな街道」の季節となります。
大方は2月末から3月初めより始まり、4月上旬までいろいろなところで由緒あるお雛様達が飾られます。
庄内地方で最も早く雛飾りが展示されたという情報を得て、今日は鶴岡のアートフォーラムに行ってみる事にしました。致道博物館のすぐ近く、慶応大学鶴岡キャンパスの隣りです。

まずは腹ごしらえ、ということで。
Photo_7Photo_82回目の「ファイヤーボール」です。1回目ほどの感動はないものの、味は抜群。量も多くお値打ちです。
私は左側の「イカとケッパーのペペンロンチーに」、家内は右側の「チキンと茄子のトマトソース」。シンプルですが家庭ですぐに真似出来ないようなソースです。イタリアンの基本でしょう。

Photo_9実はこのお店、ピザが旨いのだという話。パスタを一つずつ食べて、更にピザ1枚は多いので、少し食べてあとはテイクアウトにしました。今日のピザは、チキンとモッツァレーラ。ドウ(dough)はいたってシンプルで、小麦粉の香りがしっかりします。厚めに見えますが基本はクリスピータイプだと思います。

Photo_10「ファイヤーボール」から鶴岡アートフォーラムまでは車で5分もかかりません。今日は地元の絵画展もやっていました。
そこに展示されていた「個人蔵」とだけ書かれたひな飾り。内裏雛は本当に内裏の奥に入っています。いろんな種類の雛飾りが雛壇にたくさん載っている感じでした。
致道博物館や荘内神社などの鶴岡の有名な場所での展示はまだでした。

Photo_11そこで、庄内空港の3階ギャラリーに行ってみました。1階にカウンターがあり、2階が乗り降りの搭乗口ですので、観光客がどれだけこの3階ギャラリーに回るかぎもんもありますが、写真の様な展示があります。主に鵜土川原(うどがわら)人形の展示と、酒田&鶴岡のひな街道の案内です。

Photo_13酒田の雛街道は写真のように展示される主な場所、ひな弁当などを供するところを案内しています。
酒田以外では遊佐や旧松山、旧平田、旧八幡地区の展示も紹介されています。

Photo_15空港ビルの天井から吊り下げられている大きな垂れ幕。
今年「創始400年」を迎える酒田祭りの宣伝です。戦争中も中止されず400年続いている貴重な祭りです。垂れ幕とともに、空港にはモンテディオ山形(サッカーチーム)のJ1昇格を祝うメッセージも飾られています。

酒田地区の「ひな街道」のひな飾りの先陣を切るのは「あいおい工藤美術館」で2月13日から。
庄内ひな街道の案内は、「こちら」「こちら」をご覧ください。

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2009.02.07

めじょけねこと

いきなり「庄内弁」で失礼!
「めじょけね」とは「かわいそう」というような意味です。

もう日付が変わって昨晩になりますが、映画『隠し剣 鬼の爪』やってましたね。
松 たか子の「きえ」が可愛かった。

山田洋次監督作品の藤沢周平物三部作『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』『武士の一分』の真ん中に位置する名作です。
その中でしょっちゅう出て来た言葉が「めじょけね」「めじょけねこと〜」でした。
「きえ」が嫁いだ商家で鬼のような姑のいじめに遭い苦労している事を聞くと
「あいや、めじょけねことぉ〜」となります。

富裕層では無い下級武士や奉公人、下男、下女、貧しい農民などが主な中心登場人物ですから、どうしても「めじょけね」話が多い訳です。貧しくも美しい人々の心を丁寧な画像で描いていたと思います。
2004年の作品、そうですか、公開されて4年以上になるのですね。
悪役の家老を演じた緒形拳さんが、頬もまだふっくらしていて『風のガーデン」出演時とは別人でした。
主演の永瀬正敏が卑劣な家老を倒そうと、師匠戸田寛斎から授けられた「秘技鬼の爪」を今や乾坤一擲との思いで自宅で確認するように練習するシーンが好きです。

さあ、明日(もう今日ですが)は、3/1の酒田フィルのファミリーコンサートの目玉の一つ、プロコフィエフ作曲「ピーターと狼』の練習。ナレーションの佐々木亜希子さんとの「初」合わせです。
酒田市出身の活動弁士、佐々木亜希子さんのHPは「こちら」です。私は初めてお会いすることになります。
Dic212b「小鳥」も、まだ怪しいところはたくさんあるものの、それなりに羽ばたいて小枝の上まで飛べるようになったところです。途中で落ちないように、もうちょっと羽ばたく練習を続けないといけません。(^^;;;

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2009.02.05

花ざかり、、、

「節分」が過ぎ、昨日は「立春」。
暦の上では春とは言えまだまだ真冬の寒さ厳しい日が続きます。
朝方はかなり冷え込みます。そんな中でも、日中は日当りが良いところでは結構ポカポカしてきて、午後早くの診療中などは「暖房下げて」とか「暖房切って」とスタッフに頼むことが多くなったような気がしています。

二十四節気の「立春」は、旧暦(太陰暦)ではほぼ元日です。
「春」の定義は、立春から立夏の前日までというのが二十四節気の考え方。「立夏」とは5月6日頃なので、ゴールデンウィークが終わると「夏」という感覚も現代の感覚と少しずれています。
なぜこのようなずれがあるのかと言うと、明治以降「太陽暦」で生活している現代人にとっての季節は、西欧と同じspring、すなわちおよそ「春分から夏至まで」(3/21頃から6/21頃まで)という感覚になっているのに、伝統的に残っている季節の言葉は二十四節気に由来しているからでしょう。

ただ、この中国式陰陽暦は、冬至を起点として、冬至(1年で一番日が短い)と夏至(1年で一番日が長い)の間の春分と秋分(昼夜がほぼ同じ)の4区画で考え、その区画の中央に「立春」「立夏」「立秋」「立冬」を区切りとして置いたというもので、なかなか理にかなったものと言えます。
「立春からが春」という感覚には違和感を感じても、「春を待ち」「春を感じる喜び」は味わうべきものだと思います。

タイトルの句は、立春に合わせて拙クリニックの玄関の豆撒きと鬼の面を片付け、『雛飾り』を置いたからです。
Photo先日、マリーン5清水屋で偶然見つけて気に入った雛飾り。どことなく誰かさんに似ています。(笑)
後ろの「黄金の屏風」に書かれた和歌は

「花ざかり 春のやまべを みわたせば
         そらさへにほふ 心ちこそすれ」

千載和歌集の中の、藤原師通(ふじわらのもろみち、通常後二条関白)の詠んだ句。
「花ざかり、、、」とくれば、やはり梅ではなく桜なのだろう。すると京都にしても季節は新暦の4月頃初旬か。
 春遅い東北には、やや季節感のずれは否めないけれど、節分が終わったら「お雛様」。そして庄内地方でも古今雛をはじめとする雛飾りが飾られる「庄内ひな街道」は2月の末から4月の頭(旧暦の「桃の節句」)まで行われます。
「庄内ひな街道」は←こちらを参照。

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2009.02.03

『節分』

今日は新暦の2月3日。
「節分」です。

節分と言えば、「鬼は〜 そと〜  福は〜 うち〜」。
Photoこれは、先日、「寒ダラ祭り」の日に、酒田市中心部の「街なかキャンパス」で見た「塞道の幕絵展」で展示されていた、「豆撒き」〜大江山の鬼・酒呑(しゅてん)童子を源頼光が酒に酔わせて退治する「大江山鬼退治」の幕絵です。
「二月正月」というように、節分の翌日が「立春」で旧暦ではおよそ正月にあたる訳です。

拙クリニックのブログにも載せたのですが、うちでも「豆まき」をやりました。
福を内に呼び込む願いを込めて、スタッフとともに豆を撒きました。

Photo_2Photo_3左の写真では「赤鬼」ではなく「白鬼」ですが、よく見ると右の写真のような可愛らしい顔をした鬼さんです。
山形が全国に誇る大企業「でん六」で豆撒きの豆を買うと付いてくる、毎年デザインの変わる「鬼の面」。これまでは故赤塚不二夫さんがデザインされていました。
(毎年の歴代の鬼の面のギャラリーは、「でん六」さんのHPで見れます。こちらです)

これによると、今年の「鬼の面」は「ラブ鬼」という名前だそうです。
兜の前立は『愛』の一文字。そう、米沢の上杉神社稽照殿に現在も保管されている、直江兼続の兜を真似て作ったものです。
だから「ラブ」か。。。(苦笑)

米沢は2/14から「雪灯篭祭り」。
公式HPは、こちら
ここには「雪灯篭の作り方」なども載っていますが、その通りにやろうと思っても大変な作業です。
先日の大雪の名残で、クリニックの玄関前に1個雪灯篭を作りかけたのですが、固まらないうちに気温と雨で崩れて溶けて無くなってしまいました。

NHK大河ドラマ『天地人』は、高視聴率の『篤姫』の後では「ハードルが高い」と思いますが、NHK山形放送曲や地元米沢ではかなり力をいれているようです。「愛」の前立の鬼の面「ラブ鬼」は今夜米沢では多くの人が被った事でしょう。v(^^)

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2009.02.02

2月になりましたね。

昨日は日曜日。
前日23:30頃、雪の高速道を通って山形から帰って来た、そのダメージが残っていたのか、ひさしぶりに「ねてようび」でした、ベッドから抜け出したのは午前10時頃でした。

なんでこんなにゆっくりしていたかと言うと、午前中は特に何も予定がなかったからというのが大きいのですが、昼に『鈴政』でお食事を頂く予約をしていたのです。ご存知、酒田に旨い店あり、寿司割烹の『鈴政』は超人気店。土日なんかに予約しないで行っても「すみません!ごめんなさい!」と断られることもあります。
今回は、冬の昼食時だけの予約メニューである「海鮮チラシとドンガラ汁」のセットを頂きにあがりました。

先週予約した所、お昼時の予約が結構入っているので「11:30に入って欲しい」と言われていたのです。それならば朝ご飯は抜きだな〜と思っていた上に、昨晩の遅いご帰還で朝は寝て過ごしたと言う訳。

PhotoPhoto_2案内されたのは2階の小部屋。以前マッチが刑事物のドラマで酒田でロケをした時、この部屋でも撮影が行われました。
店の若大将は威勢の良いハンサムな方ですが、酒田の文化を盛り上げる活動も盛んにされている元気のよい、いかにも「鮨屋の若大将!」。NPO法人酒田ロケーションボックスでも中心的な活動をされ、あの映画『おくりびと』もボランティアで支えています。『「おくりびと」酒田版ロケ地マップ』なるものを作り、映画館だけではなく街中でも配布しています。酒田ロケーションボックスblogは←こちら。

そんな粋のいい職人から作り出される寿司が不味い訳がないでしょう!
写真のように豪華なチラシに、ひと味違うドンガラ汁。食べているだけで幸せになります。家内と二人、自然に笑顔になってしまいます。
料理で人を幸せにできるのはやはり素晴らしいなぁ。音楽家が素晴らしい演奏を届けるのと違いは無いと思います。

Photo_3ランチのセットだけでお腹は一杯になるのですが、久しぶりに『鈴政』に来て握りを食わずに帰るんじゃぁ片手落ちでぃ!ってことで、お勧めの白身と中トロを握ってもらいました。白身はヒラメ、透き通るような白い身とピンク色の美しい中トロのコントラストがまるで絵のようでした。余りの美しさに安物デジカメは焦点を合わせることが出来なかったようです。(^^;;;


昨日は山形の大沼デパートに行ったのだから、今日は酒田の清水屋に行かなくっちゃ、とマリーン5清水屋さんに行って来ました。結構、小物などお気に入りのものが見つかり大量のお買い物。
また中町、市中心部の商業に貢献できました。。。

一方、拙クリニックの向かいでは、、、
Photo_4何十年この地で営業して来たのでしょう、「鳥海ゴルフ練習場」(いわゆる「打ちっぱなし」)が昨年末に閉店し、先週末からクラブハウスの解体作業が始まりました。
この不況の中、ゴルフ人口も減少し、練習場も減収でしょう。バブルの頃、ゴルフ練習場は老若男女が集い、時間帯によっては順番待ちで1時間以上待つこともあったのに。

うちのクリニックの真向かいにあり、練習場の網をかける高い高い柱(推定40mくらいかな?)は、高い建物の少ない住宅街のこの付近では大変目立つものでした。酒田市内周辺のどこからでもこの練習場は見えるので、拙クリニックの場所を知らない人に「ゴルフ練習場の網を見つけたらその方向に来て下さい。その北側に道路向かいにあります。」などと説明していました。
Yahoo!や楽天。@niftyなどのインターネットの地図上にもこの練習場は載っていますから、それを探して来てもらえば良かった訳です。

噂では、ゴルフ練習場を解体し、更地にした後に介護老人保健施設かその関係の施設が出来ると言う話です。拙クリニックにとってはデメリットではないようですが、目印になるゴルフ練習場、あまり練習に行かなかったし、寂しく残念な気持ちです。。。

ということで昨日から2月。
気を取りなおして行きましょう。28日しかないから、あっという間に3月になってしまいますよ。

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2009.01.30

1年前は、、、

明日で1月も終わり。
こないだ初詣をしてお雑煮を頂いたばかりと思っていたら、明後日から2月です。

このように時が過ぎるのは本当に速いと思います。
1年前、平成20年の1月末は何をしていたのかと思い、拙ブログ(プライベートブログと院長ブログ)を振り返ってみた所、稲森和夫著『人生の王道』と岡田芳郎著『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』を読んだ事や、開業準備に移るため精神科病院と診療所の2カ所を辞める事などを書いていました。
そして、真冬に拙クリニックに0.4テスラ常伝導全身用オープン型MRIが搬入された頃でした。

120132911135516223917昨年の1/25の時点ではまだ建物は完成しておらず、最終仕上げが急ピッチで進められていました。まだ外壁が完成していないため、足場もブルーシートも外されていません。


120139193357016310403120139371392616309935そんな中、可動するベッド部分などを除いたメインの磁石部分だけで14トンもあるMRI装置が、巨大なクレーン車につり上げられ、約2時間程かけてゆっくりゆっくりMRI室内に運び込まれました。

あれから1年経ったのか〜、、、と感慨ひとしおです。

そして、、、、、
120165547528416225970ちょうど昨年の1月30日の拙クリニックの写真です。足場とブルーシートが外され、クリニックの全景が現れました。
建物の引渡しはまだです。
家具もコンピュータも運び込まれていません。
もちろんMRI室の横幅2m超のクジラの写真パネルもまだ設置されていません。

あれから1年か〜、、、
本当にあっと言うまでした。。。

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2009.01.28

『おくりびと』ふたたび

0128(久しぶりに晴れ渡った空に映える冠雪の鳥海、いや〜今朝は寒かった、車凍ってました、ドア開ける時、「ベリッ」って車のドアの音じゃない変な音がしました)

酒田を主な舞台にした話題の映画『おくりびと』のDVD発売が3月18日に決まったようです。
AmazonのDVD売り上げで、まだ発売前なのにベストセラーのトップ10に入っていてビックリ。

第32回モントリオール世界映画祭でグランプリを獲ったのを皮切りに、日本アカデミー賞では19項目ある優秀賞のうち、当然入らない「外国作品賞」とか「優秀アニメ」とか「特別賞」を除いてほとんど全ての部門にノミネートされ、なんと13部門に『おくりびと』の名が入っています。

また第81回(なんと歴史のある!)米国アカデミー賞では外国語映画賞部門の候補5作品の一つとしてノミネートされました。
映画「おくりびと」の公式HP(こちら)にもブログ形式でニュースが載っています。その中で関係者の喜びの声の中の、名優山崎努の言葉がさすがに味わい深いです。

〜山崎努さん〜
『おくりびと』のこと
アメリカアカデミーとは驚いた。
『おくりびと』は、二年前に撮った作品です。
だから、以前一緒に旅をして仲良くなった友人のようなものです。彼がモントリオールで羽振りを利かせていることは知っていましたが、図に乗ってハリウッドまで行っちまったのか。
風の便りに友人の活躍を聞く気分。
「お前、旅費はどうしたんだ。着ていくものはあったのか」と心配しています。。。
〜〜〜〜〜

私のお気に入りの蕎麦屋の一つ、日吉町の「田毎」に、主演の本木さん、監督の滝田さん、そして山崎努さんが、連れ立たないで別々にいらしたそうです。山崎さんは特にお気に召したようで、酒田を去る日にもまた来店されたと店主の話。

「山形といえば蕎麦」と、庄内と内陸の違いを知らずに勘違いされたのでしょうが、酒田にも美味い蕎麦屋があって良かった。お魚は当然食されたでしょうが、6〜7月が旬の「岩ガキ」はダメだったでしょうね。酒田ロケは5月でしたから。

Nk(日和山の近く、日枝神社の向かいにある「NKエージェント」事務所として使われた旧料亭の建物です)
上記公式HPのトップでは宣伝用のダイジェストが観られます。

「第九」演奏で活躍した、飯森さんと山響。
合唱で参加した「酒田第九を歌う会」(地元の合唱団の合同)、まばらな観客役で出演した地元民や山響ファンクラブのメンバー、、、
そして「解散、、、します!」のシーンで出演した、我が酒フィルの仲間達。
平成19年の5月のゴールデンウィークのことでした。

公式HPの「予告編」をみると、全部で10種類もの予告編が観られます。その中でも「予告編」というのが一番長く一番酒田や仲間や知り合いが出て来ます。
またあの素晴らしい映画の感動が蘇って来ました。

米国アカデミー賞と日本のアカデミー賞のダブル受賞になるといいですね!
『おくりびと』ふたたび、です。

(そういえば、カウンターがもうすぐ35万。。。明日にもヒットしそうですね。350,000を踏んだ方、どうぞご連絡下さい)

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2009.01.26

ついに除雪車投入!

昨日に引き続き、今朝はクリニックの職員全員(といっても男手一人に女手が6人)で頑張って可能な範囲の除雪をしました。
患者さん用駐車スペースを、何とか6台分ほど確保。
整形外科のように混雑しない医院だからこれでも何とかなります。悪天候のため予約を明日以降に変更する患者さんもいて、午前中の来院が10名でしたので何とか対応できました。

午後から雪も小降りになり、その後止みました。
Photo朝から頼んであった除雪車がようやく午後3時過ぎになって到着。
あっという間に地面が見えて来ます。
重機で雪をどけても、溶ける訳ではないのでどこかに捨てなければなりません。
雪を捨てる料金は別なので、駐車場の数台分のスペースを潰してそこに雪を集めてもらう作戦です。

Photo_2Photo_3どんどん駐車スペースが出来ます。
駐車スペースが出来た場所にスタッフの車を移動して、クリニック西側の10台分以上あるスペースの除雪にとりかかります。

Photo_4昨日二人で1時間半、今朝7人で40分程かかってようやく5、6台のスペースを作ったのに、重機一台で小一時間でこんな感じです。
Photo_5昨日の午後の積雪状況と比較して見ましょう。
重機の運転手さんは、昨日と本日で除雪作業を30時間もしているそうです。除雪は大雪の時しか声がかからないので人手も減っているとのこと。
道路の除雪隊とそれ以外ではまた専門が違うのだそうで、今回のような大雪では次々に依頼が来ていて大変なのだそうです。

除雪作業を見ていましたが、見事なハンドルさばきで素早くバックしたり、斜めに移動しながら除雪したり、ショベルを微妙に操作して雪を掻いたりしていました。
驚いたのは、ショベルを地面ギリギリに下げてバックしながらショベルの腹の部分(というのか?)で表道路から入り口の雪を引っ張って来てそれを今度は前進しながらショベルの中に納めて、雪を集めたスペースに寄せていました。自由自在に操れる、凄い技を見せてもらいました!

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2009.01.25

大雪です!!!

今日は山形県知事選投票日だというのに、昨日から断続的に雪が降り、朝の時点で30cm程の積雪でした。
今日は日曜日ですが午前10時から酒田フィルの練習。
9:30過ぎに出かけようと思ったら考えが甘かった!まず車の回り、そして車に積もった雪をどけて、道路に出られる様にするまで10分はかかりました。さらに街中も雪だらけで、除雪車も走っていますが皆ノロノロ運転。
普通なら10分程で着く練習場も今日は15分以上かかりました。

先日の総会&ニューイヤーの日から酒フィルのインスペクターをまかされる事になってしまいました。練習計画、練習時間の管理なども「インペク」(=インスペクター)である私の仕事。そのインペクが遅刻するのはみっともない。
Photo
練習開始時刻丁度ぐらいに到着した酒田C高校は、当然積雪で車を停めるのもままならず、先に着いたオケの団員が総出で雪かきをして駐車スペースを作っている所でした。車が停められなければ練習も始められません。ということで、練習開始は10:20頃になってしまいました。

午前中は「ピーターと狼」だけ。
先日、足達先生に教わった替え指を駆使しながら、まだまだですが何とか形になって来ました。漸く卵の殻が取れて、雛から羽の生え始めた所と言う感じでしょうか。まだ枝の上に身軽に飛び上がれません。このままでは狼に食べられてしまいます。
本番まであと5週あるので、何とか綺麗に羽のはえ揃った元気な小鳥になりたいものです。

午後は、シューベルトの未完成にスッペの軽騎兵にラデッキー行進曲にベト7の1楽章の「さわり」の練習。楽団指揮者も天候のこともあり、早めに練習を切り上げ、15:30前に終わりました。

私はそれから投票に行き、その足でクリニックへ。

Photo_2Photo_4予想していたとは言え、すごい雪です。
除雪車で除雪が行われた表道路(県道)からはクリニックの駐車場に入れません(雪の山に阻まれます)。
裏の道路脇に何とか停めて歩いてみると、やはり30cm以上の積雪。
Photo_3Photo_5雪道用の長靴は膝下まであるのですが、雪が入って来そうです。
クリニックの裏口に到達するだけでも「八甲田山死の行軍」のようです。
なんとかたどりついて、クリニックに置いてある除雪活動用のスキーウェアに着替え、除雪用のスノーダンプやスコップなどを出して除雪開始です。

これだけすごいとどこから手をつけたら良いのかわかりません。
とりあえず、明日の朝、スタッフが来た時に車が駐車場内にあがれる様に、道路から入り口を除雪し、駐車スペースが頑張って作ります。結構な労働。家内も駆けつけ二人で除雪しますが、なかなかはかどりません。ようやく3,4台は停められるスペースを作ったところで今日の作業は止めにしました。
Photo_6まだまだ断続的に降っており、折角除雪してもまた積もりそうです。クリニックの玄関の方は全く手が着いていません。というかそこまで辿り着けない程の雪です。
スキーウェアの中は汗びっしょりです。筋肉痛です。特に前腕と太ももが張っています。
陽も暮れました。
天候次第ですが、明日は「業者」に頼んで有料で重機を使って除雪するしかないでしょう。

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2009.01.24

酒田寒ダラ祭りと塞道の幕絵展

この時期の庄内地方の食と言えば「寒ダラ」の『どんがら汁』。
週末は庄内地方で週代わりにどこかここかで「寒ダラ祭り」が開催されています。

1/24、25は酒田市の寒ダラ祭り。
昨年は「海鮮丼や とびしま」のあるさかた海鮮市場に行ったので、今年は市中心部の「中通り商店街」へ行って来ました。
今日明日の開催ではありますが、寒ダラ汁は「売り切れ御免」。診療を終えて「ちゃっちゃと」お出かけしましたが、酒田市役所は県知事選の事前投票者優先で入れてもらえず、清水屋の駐車場へ。
中通り商店街についた時には13:40位になっておりちょっと心配。

Photoえ!もう売り切れ?!
人気のある店はすでに店じまいに入っています。

Photo_2よかった!!!
まだやっているところがありました。「寒ダラ祭り」にピッタリの天気。雪が横から降って来ます。
寒い中並んで待つももどかしくゲット!

Photo_3余りに寒いのですぐにがっついてしまい、1/3位食べた所で「しまった!写真撮ってなかった!」と慌てて写真。
肝、白子に岩のりも入って500円。
美味しい!

Photo_4清水屋デパートの横では、時間で「酒田北前太鼓」の勇壮な演技が始まりました!
寒さを吹き飛ばす、若い男女の元気なバチさばきにしばらく見とれます。
でもさぶい!


Photo_5「酒田まち中キャンパス」で明日まで開催している「塞道の幕絵展」を観に行きました。
「塞道の幕絵」とは酒田市の小正月の行事で、昔は街の方々に幕絵を飾って市民はこれを眺めるのを楽しみにしていたそうです。
上の幕絵は巨大なもので、江戸時代天保年間に描かれたもの。
題材は、「三方領地替え」が沙汰止みになって酒井家が庄内にとどまることになった「御座り」を酒田市民が祝っている図です。酒田は庄内藩酒井家の枝城「亀ケ崎城」があり、「御座り」の強力な後押しをした本間家のお膝元。この絵の中にも本間家が描かれており、現在もその場所には「本間家旧本邸」があります。
本日、どんがら汁を味わった中町商店街など、昔の酒田の通りが多少デフォルメされながら美しく描かれています。
歴史上の事件や物語を染め抜いた布幕「塞道絵幕」は板塀などに飾られたもので酒田の小正月を知る上で貴重な資料です
Photo_6Photo_7Photo_8



現在の飯森山(土門拳記念館や南洲神社のあるところ)から日本海そして鳥海山まで描かれています。
この絵の説明写真も同時に展示されていて感動すら覚えます。

Photo_9昔はこういった「塞道の幕絵」が小正月に町内会ごとに飾られたそうです。この写真は、あいおい工藤美術館のある現在の相生町で、「赤穂浪士四十七士討入りの図」が飾られたのを食い入る様に観ている町の子供達を捉えています。
娯楽の少ない昔では子供にも興味を惹くものだったのでしょう。
とても貴重な写真だと思います。

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2009.01.23

明後日は県知事選

ということで、テレビでは1/25の県知事選への投票を呼びかけるキャンペーンのTVCFを流している。
以前ブログ記事にもした『秘密のけんみんショー』で、おかしな風習のある県として脚光を浴びた山形県。その出身者として番組に登場したタレントのうち、寒河江市出身の佐藤唯さんと鶴岡市出身のウド鈴木氏の2名。

「やんだず〜、山形のことだず〜」
「にっこり(25日)投票、みんな行くべ!」
などと山形弁丸出しで県民に投票を呼びかけている。

このCFが流れた最初の頃から私は気になっていた。
いいのかな?これで。。。

どういうことかというと、寒河江市出身の佐藤唯が「ズーズー弁」を使うのは問題ない。それに対して庄内は鶴岡出身のウド鈴木は、これまでの人生で「ズーズー弁」は使った事がないはずである。
映画「武士の一分」などにも使われたような、「〜でがんす」というような上品な言葉を使う庄内人は少なくなって来ている様に思うが、「〜だのぉ」「〜でねがのぉ」「〜なだすのぉ」という風に、語尾に「のぉ」を付けるのが庄内弁。
同じ山形でも、内陸の「ズーズー弁」とはかなり違うのである。

上記県知事選投票促進TVCFでも、ウド鈴木は結局標準語のような言葉をしゃべっている。「のぉ」とも「ずー」とも言っていない。最後に二人で投票に行こう!と呼びかける時は佐藤唯と一緒に「みんな行くべ!」と小さいな声で言っている様に聴こえる。
これに対して庄内の人たちから反感を買わないのかな?と思ったというのが、「いいのかな?これで、、、」という私の懸念であった。
そうしたら、先日の新聞記事で、鶴岡市役所には「にっこり投票、みんな行こう!」という垂れ幕が下がっている事や、ウド鈴木の出身地の鶴岡の人から「行くべ!」というのは内陸の言葉であり庄内では使わない!とお怒りの抗議の電話があったという話が載っていた。

他県の人から見れば、まあ通じればいいんじゃない?と思うかもしれない。
しかし、前から何度もブログ記事にして来ている様に、現山形県は元々「酒井家庄内藩」「戸沢家新庄藩」「最上改易後、様々な大名が流されて来た村山山形藩」「上杉家米沢藩」の大きくわけても4つの異なる伝統と文化の地域に分かれる土地なのである。
すべて言葉が違う。
特に、「内陸」と呼ばれる新庄最上地区と村山山形地区と置賜米沢地区は、微妙に違うが似通っていて「ズーズー弁」であるが、「庄内地方」と言われる酒田、鶴岡地区は決してズーズーなど言わない。
米沢の人の様に「うこぎ」を生け垣にして食べたりしない。アケビの実を捨てて中に肉詰めにして油で炒めて食べるのも内陸中心の食文化である(庄内人も食べる人もいるらしい)。

要するに文化、言葉が違うのだから、もうちょっと配慮しても良かったかもしれない。
ギャラやスケジュールの問題もあるだろうが、米沢出身のあき竹城さんを起用すれば、「ず〜」ももうちょっとインパクトがあったか。。。

庄内の人なら、こう言うのだろうか。
「にっごり、とうひょう、みな、いごぉのぉ!」v(^^)

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2009.01.15

さぼっちゃいました。。。

木曜はクリニックが「半ドン」なので、市内のスポーツジムに行って普段の運動不足を少しでも解消すべく、筋トレとエアロバイクで汗を流したるんだ身体に喝!を入れています。
なるべく毎週行きたい、いや出来れば週に2回ぐらいは行きたいのですが、どうしても予定が入ってしまう時もあります。

今日は、今年初めてのクリニックの勉強会と引き続いて新年第1回の職員会議を行い、いろいろな問題点を議論したり改善策を話し合ったりしました。職員間の不協和音を調整する、そもそも不協和音が生じないように手を打つのも経営者、院長の役目ですので、前もって全員にアンケートを取っておき、会議の席上での個人攻撃や他スタッフの批判などはなるべく生じないように、また個人的な問題は個別に対応するので今日は具体策を講じる事の出来る建設的な話し合いというつもりで臨みました。

それなりに気を使ったのでしょうか。会議が終わったのが午後2時45分くらいで、ちょっと一休みしてそれからいつものようにスポーツジムに出かけるには十分な時間ではありました。自宅に帰ってちょっと休んで着替えて出かけても4時前にはジムに入れますので、いつもより軽めに1時間ぐらい運動するとしても十分な余裕はありました。
でも、行く気をなくしてしまいました。
精神的に疲れたと言うこともあります。

更に外の天気が悪すぎて、出かける気が失せたのも事実。01150115bいつも鳥海山を撮っている、院長室北側から外を眺めたところですが、山なんてまったく見えませんし、ビュービューという音ともに雪煙が舞い上がります。いかにも寒そうです。
(左は午後3時頃、右はほんの1時間後。どんどん天候が悪化しています)

0115_20115b_2こちらは院長室南側の窓から外を眺めた所。左は午後3時頃、右は4時頃です。
軽い地吹雪状態になって来ました。道行く車はヘッドライトを点けています。道路が暗くて見えないのではなく、自分を周囲に見つけてもらうための点灯なのです。

一昨日(1/13)と昨日(1/14)は、まず雪かきから朝の仕事が始まりました。
いくら除雪してもまた降るので、最低、駐車スペースの「線」と「車止め」が見えるように「スノーダンプ」と北国ならでは除雪用強化プラスチック製のスコップで、クリニックのスタッフとともに除雪しました。
道路から駐車場に入ってくる、歩道を横切る部分も、車が滑らないように、また入る場所が分かるようにと除雪し、クリニック前の歩道を人が歩きやすいように除雪しました。
まだ、お金をはらって業者に頼んで除雪してもらう程の積雪ではないので自分で除雪したのですが、2日間で腕と腰と足の筋肉が結構張っています。
この、除雪による筋肉痛も、天気の悪さに加えて出かける気を、特にジムで身体を鍛える気力を削ぎました。

ということで、今日は運動はさぼっちゃいました。。。
こういう日は、ゆっくりHDDに録画してある「N響アワー」とか年末年始の番組の録画を観たり、読みかけの本を読んだりして過ごそうと思います。

たまには、さぼる事も大切だと思います。


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2009.01.09

今年の初鳥海

新年明けてこの1週間程、雪かまたはどんより曇りのお天気で、鳥海山の頂上までは全く見えませんでした。
今朝、ようやく、朝陽を浴びて白銀に輝く鳥海山が綺麗に見えたので、今年初の鳥海山の写真です。

0109院長室北側の窓から観たいつもの鳥海山。
午前8時10分過ぎ。


0109_2同じく、午前8時50分頃。
あまり変わりないか。。。
年明けの週でこの後患者さんが結構来たのでゆっくり鳥海山を眺める余裕がありませんでした。

以上。

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2009.01.08

小寒すぎて暖かい

二十四節気の小寒(1月5日)はさすがに寒かったと思いましたが、一年で一番寒い季節に入ったはずが今日などは日中の気温が10℃近くまで上がりました.

昨日1月7日の朝には「七草粥」を頂き、日本の季節の有り難さを噛み締めています。
本日、木曜日は新年最初の半ドンの診療日で、弛まないように体重を絞りにスポーツクラブへ。でもやはり年末年始の御馳走にお酒、そして運動不足のため体重は生涯最高体重に近くなっておりました(トホホ、、、)。40分バイクを漕いで(それくらいでややバテ気味)筋トレを6種類して、350gr体重が落ちましたが。。。

4時半頃クリニックに戻る時間、まだ空は明るく車のライトを付ける必要がない事に気がつきました。そういえば、冬至を半月程過ぎている訳で、冬至から春分の期間の1/6が過ぎているのですね。そんなことから、小寒を過ぎ、時候の挨拶的には「お正月」は終わり(本来の「松の内」は小正月の1月15日までらしいですが)なので、クリニック正面のシンボルツリーの電飾も今日から消しました。
クリスマスを祝うと言うよりは、年末年始を寿ぐという気持ちでしたので、もう少し点けていてもいいかな?とも思ったのですが、エコ、省エネの時代にあまり「電飾」というのもそぐわない感じですからね。


年末年始にクリニックの「地デジ」対応テレビ&HDDで撮りためておいた番組をようやく少しずつ観ています。昨年大晦日のベルフィルのジルベスターは「アメリカ」がテーマでした。今回は、ホルンのバボちゃんもフルートのパユ氏も降り番だったようですね。
「土佐の絵金」や「南座歌舞伎」や「小澤征爾のオペラの世界」などバラエティに富む、内容の深い番組が多くて楽しんでいます。
満を持して腰を落ち着けて楽しんでいるのが、ウィーンフィルのニューイヤーです。
「ああ、ウィーンの楽友協会、、、あそこに行ったんだな〜、、、」と1年8ヶ月前の旅行を懐かしんでいます。

今年のニューイヤーの指揮は、ダニエル・バレンボイム。私にとっては、アシュケナージと同様に「ピアニスト」としての活躍の方がしっくり来る感じですが、優雅な指揮をしています。

ちらっと噂に聞いた、ハイドンの「告別」。
2009年は、ハイドンの没後200年、メンデルスゾーンの生誕200年記念で、どちらをやるか考えてハイドンにした、とバレンボイムがインタビューで答えていました。
終楽章だけを演奏したのですが、演奏者が一人また一人と退席して行きます。
管は最初からオーボエ、ファゴット、ホルンだけですが、ソロを奏でては退席。バレンボイムも名演で、「え?!行っちゃうの?」というような表情。棒を振らずに立ち去る楽団員を追いかけようとしたり、最後にコンマスと第2バイオリン首席だけが残ったら、第2バイオリン奏者の横に座って演奏者の頭をなでたりして、そして最後は「誰もいなくなった」で、ひとり無音のステージに向かって指揮棒を振る、という演技でした。聴衆やヤンヤの喝采。途中から拍手が出てしまったので、バレンボイムはまだ演奏途中だと拍手を制するシーンも見られました。
新年の挨拶では、世界の幸せと共に、イスラエル国籍を持つバレンボイムとして特に「中東において正義がなされますように」という言葉が印象的でした。「戦争の中止」とか「平和」と言う言葉ではなく、「正義がなされる」という意味の強い言葉と感じました。

最後は私も大好きな「美しく青きドナウ」。聴衆のフロアで踊った子供達のバレエが可愛いらしく美しかった。まだ小学生ぐらいだと思うのですが、男の子は紳士で女の子なんか既に淑女の雰囲気。
酒フィルではなかなか難しい(美しいワルツを演奏するのは)曲ですが、いつかこの曲のピッコロを吹いてみたいものです。
そして、お決まりの「ラデッキー行進曲」。楽しいニューイヤーでした。

酒田フィルのニューイヤーは、明々後日、1/11(日)。
管組とフルート四重奏の練習しなくちゃ。v(^^)

そうそう、演奏会の告知を2つ。
1/12(月・祝)、山響ホリデーコンサート in 真室川
「おもしろいぞ、オーケストラ」〜楽しい語りと解説で〜
指揮 : 佐藤寿一、司会・語り : 平野礼子(劇団山形)
曲目 : ヨハン・シュトラウスⅡ/喜歌劇「こうもり」序曲
    プロコフィエフ/音楽物語「ピーターとおおかみ」
    ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調作品67「運命」

そして、ちょっと先ですが、第1回目の告示。
3月1日(日)、庄内町響ホールで「酒田フィルハーモニー管弦楽団ファミリーコンサート」があります。
こちらでもプロコフィエフの「ピーターとおおかみ」をやります。
ボロディンとシューベルトの「2つの未完成」も演奏します。
そして、「ベトしち」(=ベートーベン作曲交響曲第7番)の『あなたも指揮者に挑戦!振ってみましょう!』という当日いらした聴衆から希望者を募って指揮者体験コーナーをやる予定です。
そうそう、「ラデッキー」もやるかもしれませんよ!v(^^)

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2009.01.06

5年目を迎えます

この拙いブログを始めたのは、平成17年1月6日。
ちょうど4年前の今日です。こちら「はじめました!」で最初の記事がご覧になれます。

昨日の時点でアクセスカウンターは34万を超えていました。
ココログがブログのアクセス解析サービスを始めたのは2006年5月のことなので、私のブログ開始よりも4ヶ月以上後のことです。よって、このブログに付いている「アクセス総数」を示すカウンターもブログ開始時からのものではなく不正確です。

0605_2解析サービスを始めたばかりの2006年5月の時点で、一日平均アクセス数は429(左の解析数参照)でした。解析サービスのなかった4ヶ月半=140日程の間の一日平均アクセスを300としても、4200アクセスがカウンターに表示される数に入っていないことになるのです。


Photoその後、アクセス人数、アクセス数は変動しながらもほぼ堅調を維持し、3年8ヶ月での平均は一日355アクセスを頂いております。
ブログ記事をアップしない日でも300以上のアクセスを頂いていて有り難い限りです。
レギュラーに記事を覗いて下さる方も少なくないのですが、私のブログの特徴の一つに、脳神経外科関連の記事、特に「くも膜下出血」とか「小脳出血」や「慢性硬膜下血腫」という病名で検索された方や、「診断書」「勤務医」「医療制度」といった医療問題関連で検索された方も多いようです。

確かに最初のうちは、勤務でもありましたし、病院勤務の脳外科医の仕事や医療問題などについても触れていました。ブログの公共性を理解していたつもりなので、極力言葉を選んで、危険な話題はスルーした事もあります。それでもかなり医療行政や現代における保険診療制度の問題点、専門医に対する評価の低さなどを嘆いたり、国や自治体の施策を批判めいて書いたこともありました。

立場が変わると、思うようにかけなくなる事も多く(特に大学病院で講師や准教授をしていた頃)、診療所開設者となってからは、保険診療制度の事もあまり触れていないようです。
主に、趣味であり生き甲斐の一つであるフルートや市民オケ活動などの話が多くなっていますし、グルメ話題もあります。

本心を言えば、医療行政、保険診療制度、病院勤務医の本音、開業医の本音などなど書きたい事は山ほどあるのですが、書いてしまえば「ブログ炎上」(?)ともなりかねないので、口を噤んでいるというのが実状です。

日本において「医師」という職業は、医学部で6年間学んで卒業し国家試験に合格した者に相当する言葉です。どんな勉強をしたか、どのくらいの成績で合格したか、その後、どのような研修を受け研鑽を積み勉強に継続し努力を続けているか、ということはこの「医師」という文字の中には含まれていません。
それは、「○○学会認定専門医」という文言で多少は判断出来ることになります。ただこの「専門医」も国(厚労省)が認めている制度ではない(国家資格ではなく、それぞれの学会の中での自助努力的な称号)ので、専門とする内容によって、学会によってばらつきがあると思います。

しかし、現在の制度では、病院や診療所において「○○科」を標榜する上において、国家試験を通った医師である必要はあっても、学会認定の専門医である必要は法的にはありません。法的にない理由は、政府や厚労省が直接関与していないと言う事もありますが、「○○専門医」だからといって、診療報酬を高くしたり給与を高くするようにはなっていないからです。すなわち、医療行政における予算や保険診療のおける診療報酬点数にまったく組み込まれていないのが現在の専門医制度です。
医師は、自らの自負と医師である上にある専門を極める一つの道標として専門医資格を取得しますが、決して専門医資格がなければダメな医者と言う訳でもないですし、なによりも診療報酬に直接関わって来ないのです。(手術点数などには専門医資格や前年の手術件数などが少々加味されてがいますが、最初に出来た制度があまりにもいい加減な基準だったので医師側の猛反対にあって今は「骨抜き」と言っても差し支えないものになっています)。

こういう、医療制度、専門医制度については、病院勤務医から診療所開設者になっても何の恩恵も得なければ不利益も被っていない訳で、その辺りの事については、これからも時を見て、言葉を選んで、内容を吟味して記事にするかもしれません(あまり期待は持てません、、、)。

ということで、拙ブログ、解説して5年目になりました!
これからもよろしくお願い致します。m(_)m

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2009.01.04

正月三が日

平成21年になって4日が終わろうとしています。
確かに、「一月は去ぬ(いぬ)」といいますが早いですね。

元日に三社参り+一寺詣でをして、夜はゆっくり。
2日は、当然フルートの吹き初めです。1/11(日)の酒フィルニューイヤーで演奏するバッハの「管組2番」の練習です。その後、軽い昼食を済ませて湯野浜温泉へ。
今年のお正月は、おせち料理は軽めに済ませ、お雑煮と餡持ちを有り難く頂きました。「おせち」を軽めにしたのは(とは言っても昆布もごまめも黒豆も栗キントンも頂きましたが)、1/2,3を温泉旅館で過ごす計画にしていたからです。

Photo天皇皇后両陛下もお泊まりになった事がある、湯野浜温泉の「亀や」さん。
ほとんどの部屋から眼前に日本海が見えます。ここは夏は海水浴場なのですが、冬真っ盛りの日本海。灰色の鈍く重たい海に見えます。風が強く、時折雪や霰が舞います。結構な高さの波がテトラポットにぶつかりくだけています。

Photo_2日没は日に日に遅くなりつつありますが、1/2は16:48となっていました。しかし、この天気では夕陽の姿は拝めません。お天気のいい日には絶好の夕陽鑑賞ポイントなのですが、冬のこの時期では仕方ありません。
あっという間に、冬の夜の海の恐い雰囲気を漂わせます。

その後、いいお風呂に美味しい食事を頂きマッサージも受けてゆったり。翌朝1/3も朝寝坊して、お風呂に入り、ゆっくり朝食。朝食会場では「餅つき」をやっていて、目出たい気分を盛り上げて頂きました。突立ての餅を使った「お雑煮」や「餡餅」も美味しく頂きました。
湯野浜温泉らしく、お雑煮には岩のりがたっぷり入っていてとても美味でした。

一旦家に帰って、荷物を片付け、ジョンダーノ・ホールで今年2回目のフルート練習をして、午後は秋田に向かいました。家内の実家に一晩お世話になり、また御馳走を頂きました。ここでは家内も私もまるで「お客様」みたいにまたゆっくりさせて頂きました。

そして本日お昼過ぎに秋田を出発。
家内の実家の近くにある「ブルーナイル」というエチオピア料理を食べさせるお店(エチオピア出身の方がやっている)に行きたかったのですが正月休み。昨年の「土崎港祭り」の際に行ったのとは違う「チャンポン」のお店に行きました。
Photo_3お店は賑わっていてお客さんで一杯。
メニューは「ちゃんぽん」と「皿うどん」と「焼きめし」のみ。なぜ、秋田に「ちゃんぽん」をメインにしているお店が知っている限りでも2店もあるのか不思議です。今日行ったお店の「ちゃんぽん」は、具材はまさに「ちゃんぽん」で味はとても美味しいのですが、スープはあまり白くなく(長崎チャンポンは豚骨などから取った白っぽいスープだと思うのですが)、においがあまり長崎チャンポンらしくはないように感じました。昨年行ったお店「I亭」の方が、見た目、麺の太さなども長崎チャンポン風で、本日行った「M屋」では麺を中華鍋で炒めているので一部焦げ目が付いていて「スープ入り五目焼きそば」風でした。
いえ、味はとても美味しいのです。九州出身の私にとっては「長崎名物」の「ちゃんぽん」とは、似ているけれど違うもの、という印象でした。

そして酒田に戻り、1/11のニューイヤーの備えて、第1回目の合同練習。
チェンバロ、バイオリン2、ビオラ、チェロ、コントラバス各1にフルートの7名で演奏するバッハの「管弦楽組曲第2番」からポロネーズ、メヌエット、バディネリの3曲。フルート吹きにとっては、これだけの楽器を揃えて演奏できると言う機会は、プロでもなかなかあるものではありません。気合いが入ります。(オシッ!)
今日は、実家帰省中のため、残念ながら第1バイオリンが欠席でしたが、次は土曜日に第2回練習。そして日曜日は本番です!!!ちょっと練習期間が短すぎますが、それが酒フィルニューイヤーの特色(?)でもあります。
本番が楽しみです。(私は、上記「管組」の他に、先日医師会の会合で演奏したモーツァルトのフルート四重奏の2つに出演します)

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2009.01.01

新年明けましてお目出度う御座います!

北日本は荒天のお正月になりましたが、お昼から午後早くにかけて、雪もやみ晴れ間もでました。
厳しい天気の中にも晴れ間のみられる年になって欲しいものです。
皆様はどのような新年を迎えられましたか?本年もどうぞよろしくお願い致します。

今年も「三社参り」に行って参りました。
まずは御成町の「八雲神社」へお参り。一昨年の10月に拙クリニックの地鎮祭をお願いしたのこちらの神官でした。

Photo_6つづいて日和山近くの「日枝神社」へ。立派な鳥居と山門をくぐって正面からお参り。昨年も書きましたが、この鳥居にかかっている「日枝神社」の文字は西郷隆盛の書と言われています。
(写真は日枝神社入り口の目の前にある、映画『おくりびと』で山崎努演じる納棺士の会社事務所として使われた、旧割烹小幡。「NKエージェント」という表札がかかっています)

そして、昨年と同じく飯森山の「南洲神社」へ。
Photo昨年はNHK大河ドラマ『篤姫』でまた西郷隆盛公の役割が見直されました。その西郷ドンを祀る神社は、本家本元の鹿児島はもちろん、宮崎県の都城(元は薩摩)、遠島された沖永良部島、そして酒田市の4カ所にあるのです。
お正月でも南洲神社にわざわざお参りする人は近所の人が多いらしく(社殿前に置いてあった芳名帳の元旦の記帳から)、とても静かな神社でした。小振りな社殿の横には『徳の交わり』という題のついた西郷南洲と荘内藩士菅実秀の座像があります。
神社の隣りに建つ「荘内南洲会事務所」は開いてい