« このところのことども | トップページ | あと10日 »

2012.06.19

44年振りの広島

6/15,16に広島で開催された日本脳ドック学会総会に出席し演題を発表するため、44年振りに広島に行って来ました(小学生時代、倉敷に住んでいた時以来)。
学会の内容等はさておき、久しぶりの広島と初めての宮島について。

6/14(木)は13時までの診療、14:15庄内空港発ANAで羽田へ。京急で品川へ。予定の「のぞみ」まで十分の時間有り。16:16品川発、順調に20:05広島着。

PhotoPhoto_2ホテルにチェックイン後直ぐ向かったのは八丁堀の「みっちゃん総本店」。21時で終わりと言われたのですがぎりぎりで入って即効で注文。「そば」と「うどん」を一つずつ注文。
薄い生地にたっぷりのキャベツと麺。美味しかった!

Photo_3学会初日は自分自身の発表もあり、19時からの会員懇親会にもちょっと出席。20時過ぎに新天地の「お好み村」へ。
ここはビルの2〜4階に合計24軒のお好み焼きが軒を並べています。2階の「八昌」に行きたかったのですが「売り切れ御免」で閉店していました。どこというアテもなかったのでなんとなく3階の「将ちゃん」へ。写真の様にたっぷりのネギかけの「将ちゃん焼き」をソバとうどんで。

Photo_4学会2日目は、最後の午後2時半頃まで出席してその後宮島へ。宮島のことを続いて書きますが、広島に戻ってまたまたお好み焼きへ。3日連続です。広島駅前の「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」へ。
行ったお店は噂を聞いた[電光石火」。ほとんどのお店は「お好み村」より若い店員で活気があり、フレンドリーでした。ビックリする様なまん丸のこんもり盛り上がったお好み焼き。卵2個入りのオムレツの様な感じで美味しかった!

さて、お好み焼きの話しはこれで終わり(笑)。

学会2日目が終わって新幹線に飛び乗れば、羽田発庄内行きの最終便に間に合うタイミングだったのですが、日曜6/17に横浜に寄ってゆっくり両親の顔を見る用事があったことと、折角なので広島観光をするためもう一泊(計3泊)。

ホテルから徒歩圏内の原爆ドーム直ぐ近くになる元安川の船着き場から発着する「アクアネット広島」「世界遺産航路」で15:35出発。原爆ドーム、平和記念公園を見ながら川を下り外洋(瀬戸内海)に出て宮島へ。50分弱1900円の船旅。

Photo_516:20頃、宮島に着いてまずは厳島神社へ。その参道の途中に何カ所か名物の牡蠣を食べさせる店がありました。
庄内の岩牡蠣の様な大きな新鮮なものではありませんが、中は半生状態の焼き牡蠣。2つで400円。しかも焼いていたおばちゃんが何故か(おそらく雨でお客さんが少ないのでもうあまり売れないと思ったのか)1個オマケしてくれました。

Photo_6「神の使い」として保護されている野生の鹿がそこここを歩いていました。この3匹は親子のようにみえました。あるお店の玄関に雨宿り?看板鹿でしょうか?

Photo_7大河ドラマ「平清盛」でいつもよりも注目を浴びている世界遺産の厳島神社。
この日は朝からずっと雨で、それなりの外国人観光客をみるものの、日本人の観光客も多くはなく、写真の様に本殿と本殿前の舞台の写真が余裕で撮れました。

Photo_8先の大風の影響で修理が必要だった大鳥居も幸い修復作業が終わり、美しい姿を見せていましたが、ちょうど干潮時にあたってしまったので、こんな感じ。
厳島神社の本殿と鳥居はやはり満潮時の海の上に浮いている感じを楽しみたかったですね。


Photo_9降りしきる雨の中、参道のお店も早店じまいを始める中、17:25出発のJR西日本フェリーで宮島口へ渡り戻ることに。
宮島口まではわずか10分170円の旅。
そして向かったのはフェリー発着所から徒歩すぐのJR宮島口駅のすぐ目の前にある穴子飯の有名店「うえの」。冷酒グイ呑みで白焼きを頂き、写真の「あなごめし」を堪能。美味しかった〜!

食事後、30分ぐらいかかって山陽本線で広島駅に戻り、上に書いた「駅前ひろば」の「電光石火」でまたお好み焼きを食べたのでした。
6/17(日)の庄内着最終便で酒田に戻って来るまで、一体何をしに行ったの?という位のグルメ?三昧でしたが、ちゃんとまる2日の学会スケジュールはほとんどきっちり参加し、帰路には横浜の病院に入院治療中の親を見舞って帰って来ました。

Photoということで、小学校時代、原爆ドームと原爆記念館を見学して以来、44年振りの広島は、宮島以外は[お好み焼き」を食べに行った様な感じでした。でも平和記念公園のあの有名な碑「安らかにお眠りください あやまちは繰り返しませんから」にも表敬訪問致しました。

Photo_2最後に広島で気になったもの。
毒舌キャラで売っている有吉氏は、化粧筆、書道の筆で有名な熊野筆の広島県熊野の出身。
この内容は確かに言えてる!という感じ。広島ってあまりフレンドリーな雰囲気ではない街、人のような印象があります。タクシー運転手、お好み焼き屋さんでも年配の人は以外につっけんどん?でも若い世代はフレンドリーでした。

今度は満潮で天気のよい時に宮島に行ってみたいなぁ。


|

« このところのことども | トップページ | あと10日 »

コメント

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
12歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2012.06.21 17:17

nogaさん、こんなくだらないブログにコメントありがとうございます。ここは原発問題を論議する場ではありませんが、一言。
原発は再稼働しなくても安全ではありません。「核燃料」「使用済み核燃料」は日本国内に大量にあるのです。これを「処理」「再処理」しても核物質は消えてなくなる訳ではありません。原発を造った時点ですでに日本は「核保有国」であり「危険な国」なのです。
稼働中の原発の危険性が高いことは当然ですが、停止していれば安全ではないのですよね。

投稿: balaine | 2012.06.21 19:56

ご無沙汰しています。

短い時間でお好み焼、焼き牡蠣、“うえの“のあなご、厳島参拝とはさすがです。
広島市内で中学高校を過ごし、現在も両親が在住の私から見てもパーフェクトです。

ところで、最近はブログよりFACEBOOKの利用者が劇的に増加しているようで、私自身はアカウントを作ったままほったらかしていますが、Balaineさんはもちろん、バボちゃんやチェコフィルのアカウントまであり、驚きです。

岩牡蠣の写真のおかげでまた庄内に行きたくなりました。
26日は微妙ですが、その前後で機会があれば寿司屋でご一献でも。

投稿: 潤 | 2012.07.04 00:31

潤さん、Facebookアカウントお持ちなんですか。私は大変重宝しています。バボちゃんもすでに友人登録済みです。FBには即時性、情報共有の速達性はありますが、記録として後から振り返る時にはブログの方がいいですね。
寿司で一献、いいですねぇ。是非ご連絡ください!

投稿: balaine | 2012.07.04 08:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74618/55006630

この記事へのトラックバック一覧です: 44年振りの広島:

« このところのことども | トップページ | あと10日 »