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2011.08.23

JAO福岡大会〜その1:出発から博多到着まで

平成23年8月18日(木)、庄内地方は前日から荒れ模様で、激しい雨に時折雷という状態。日中になっても改善せず。
13時まで診療して、14時台の酒田駅発特急「いなほ」で新潟経由上越新幹線で東京を目指し、実家の横浜は戸塚に一泊する予定でしたが、遊佐から来院する患者さんから「羽越腺が動いていなかった」という情報を得て、kanonにすぐ問い合わせてもらいました。

Photoすると、羽越腺は夜まで運休決定。新潟に行く方法は車だけ(3時間半かかります)。
次善の策として、陸羽西線で新庄へと考えたところ、こちらも運休で復旧の見通しは立たない。
次の策として、kanonの車で新庄まで送ってもらい(1時間かかる)山形新幹線に乗る、と考えたところ、なんと国道47号線が戸沢村内での土砂崩れで不通になったためこれもだめ。

残る方法は、山形市まで車で行き山形駅から山形新幹線に乗る(1時間半〜2時間かかる)。
8/18中に横浜に着けばいい、最悪8/19の朝までに東京に着けば良い、いや、明日の飛行機で庄内ー羽田ー福岡に変更しても良い、、、いろいろ考えながら「まずは行動!」。

コンビニでおにぎりを買ってそれを頬張りながら、とにかく山形市を目指すことにしましたが、案の定大雨のため「酒田ー庄内空港」間が不通、「庄内空港ー鶴岡ー庄内あさひ」間も大雨で速度規制から不通へと変わり、「庄内あさひ」インターを目指す。
小一時間かかってインターから山形自動車道へ、月山道路は交通量は多いものの流れは順調で、山形中央インターを降りたのは15:30。自宅を出てちょうど2時間。

Photo_3そこから山形駅を目指し、西口に着いたのは15:48分頃。
なんとか15:57山形駅発(15:27新庄発の一本前の便)の新幹線に間に合いました!
山形から酒田に移住して4年3ヶ月、東京や横浜に出るのはほとんど空路。山形新幹線に乗るのは5年振りくらいかもしれません。

Photo_7私が13時ぎりぎりまで診療をしていた間に、kanonが酒田駅で「酒田ー長崎」間を「山形ー長崎」間に変更し、「いなほ」と「Maxとき」をキャンセルして、山形新幹線の指定を取っていてくれたので余裕で乗れました。
東京までの3時間弱の間は急な移動変更の疲れを休めつつ、「ペトルーシュカ」のスコアを確認しながらiPhoneに入っているピエール・ブーレーズ指揮クリーブランド管弦楽団の名演を2回程繰り返し聞いていたら、もう東京です。

Photo_4疲れたので東京駅から戸塚までの東海道線はわずか40分ですがグリーン車に。重い荷物を2つ持って帰宅ラッシュの電車内で押されたり引っ張られたりしながら立って乗るのは嫌だったので、750円のグリーン券を高いとは全く思わず。

世田谷に住む妹が高校生の長女と次男を連れてきたので、両親を含めて6名で食事をして久しぶりに顔を見ただけで、その晩は戸塚の実家に泊まり。

Photo_2翌朝は朝6時前に起床。実家近くの横浜市営地下鉄「踊場」駅から6:34の電車で新横浜へ。7:15頃到着して、余裕で7:29新横浜発の「のぞみ9号」に乗れました。
あとは4時間44分で一路博多へ。

Photo_5岡山駅より西は、山陽新幹線の未体験ゾーン。しかしトンネルが多く景色は何も楽しめず。広島駅を通過後はさらにトンネルばかりで、iPhoneはほとんど圏外。

Photo_6期待していた関門海峡も「ちょっと長いトンネル」という感じで終わり、九州上陸。小倉から博多までは小倉で脳外科コングレスがあった時に、羽田から福岡空港に飛び、博多駅から小倉に行ったことがあったので初めてではなかった訳ですが。

8/19までいろいろダイヤは乱れたようで、木曜に豪雨の中を移動したからこそ、予定通り金曜の昼に博多に到着したという結果。大変な幕開けで「前途多難」という感じでしたが、これは日曜の演奏まで続くことになるとは、その時はまだ思いもよらないbalaineなのでした〜。


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