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2011.03.17

寒い中の暖かい話

巨大地震による大震災発生から丸6日が経過しました。

0317被災された方々は不便で不自由な避難所暮らしを余儀なくされていますが、まるで追い討ちをかけるがの如く昨日から東北地方はまた真冬に逆戻りで寒さが厳しいです。
湿り気の多い重い雪です。昨晩から結構降って10cmぐらい積もりました。

0317_2一昨日の朝撮影して昨日のブログに載せた玄関前のチューリップも、また雪に覆われて見えなくなってしまいました。
例年、3月は不安定で、春を通り越した様な陽気があるかと思えば、冬の名残の雪が降ったりします。車のスタッドレスタイヤは4月になるまでノーマルタイヤに換えない事が普通ですので驚きはしませんが、この大震災の時に、、、と恨んでも仕方のない「天」を恨む気持ちになります。

そんな時こそ、私の座右の銘でもある
   『敬天愛人』
です。

そして世界中からいろいろな人々に寄る心配と励ましのメッセージが届いています。
「YouTube " Pray for Japan"」

「ベルフィル1stVnヘーシュ氏とサー・サイモン・ラトルからのメッセージ」

今朝の山形新聞朝刊に紹介されていたシンガポールの英字紙「ストレーツ・タイムズ」の記事。
「静かなる威厳」と題した論説で、今回の大震災に見舞われて困難な状況に置かれている人々の言動を見て、危機的状況下でも礼儀と忍耐を忘れない日本人を称賛しています。
2005年に米国南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」の際に強盗が多発した事に言及した上で「めったに遭遇することがない英雄的行為」と、日本人の行動を褒め讃えているそうです。

以前このブログでも言及しましたが、現代の日本人には儒教的思想が薄れ、道徳観念が低下していることを憂えざる得ない事実は確かにあります。しかし、元は中国で生まれた儒教思想がおそらく世界中でわずかに残る国である日本と韓国にある、「仁義礼智忠信孝悌」の考え方は今回の様な大震災の時にこそ表面に出てくるのだと思います。
諸外国からは、奇跡とか信じられない光景と見られる、被災者、避難された方々の秩序ある行動、他者を思いやる心は、我々日本人には決して奇跡でもなんでもなく、我が身に降り掛かれば「当然」と思い行うことではないかと考えます。

原発事故の事を非難し市民の恐怖心を煽り駆り立てる様な言動をする人も一部に見られます。
しかし、我々は、自らの命を顧みずに原発事故の現場に志願して赴き、「俺がなんとかしよう!」「私が日本を守ろう!」と今も現場で必死に働く関係者、作業員の事をまず思いやるべきではないでしょうか。
彼らの安全と健康、そして作業の成功を祈りましょう!

非難や批判はそれからでも遅くないのではないでしょうか。


最後に、立教新座高校の校長が卒業式が中止となった卒業生に贈るメッセージの一部を紹介します。
震災の事に触れた後半部分の抜粋です。

『卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

立教新座中学・高等学校
校長 渡辺憲司 』

全文をお読みになりたい方は、是非「こちら」をご覧ください。

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コメント

立教新座高校の校長先生のメッセージ、 読んでちょっと
涙してしまいました。  (最近は多少感情失禁気味ですが)

こういう先生のもとで教育を受けられた生徒諸君は幸運だったとおもいますし、平和ななかでの、月並みな卒業式に比べてはるかに記憶にのこる贈る言葉になったのではないでしょうか。

投稿: Teddy | 2011.03.18 12:32

Teddyさん、大災害、それによる被災、避難生活は決して喜べるものではありませんが、こういう経験をした人たちは、強くなれると思います。
人の心、愛の力を再認識し、再び元気に前を向く日は近いと思います。
みんな、頑張れ!

投稿: balaine | 2011.03.18 13:58

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