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2011.01.08

十全堂社最後の新年会

Jyuzentitle酒田地区医師会のHPの中に「十全堂社」に関する記述があります。
実は表からリンクされていないページですが、もっと詳細な内容はこちら→「十全堂の歴史」で見ることが出来ます。

昨日1月7日にその新年会が行われ出席したのですが、実は「十全堂社」は今年でなくなるので最後の新年会だったのです。

どうして「最後」なのかといいますと。。。

天保4年、西暦1833年に創立された酒田の医会所「十全堂」は、古代中国「周王朝」の行政組織を記録した「周礼(しゅらい)」にある6つの官職の内の一つ「天官」の官名「医師」のところに「医師の仕事ぶりを評価する際に、十全であったか、失敗が一つあったか、二つあったかを監察し、その俸禄を制定」されたと書かれていたことからとったものです。「十全」というのは、医師の職は一の失敗も許されぬ厳しさを示す語であり、それを医会所の名称とする事により自らを律しようとした当時の酒田地区の医師およびその関係者の強い心意気を感じます。
酒田「十全堂」は、酒田地区の医師ばかりでなく歯科医師や医療関係者を統括した組織としてその後昭和初期に法人化され、現在の社団法人十全堂社となりました。

一方、酒田とその周辺で活動する医師だけによる組織「酒田飽海地区医師会」は明治時代に別に組織され、酒田地区には「十全堂社」と「医師会」という、医師の所属する組織が2つ共存することになったのです。どちらも参加は自由意志ですので、酒田地区で医業を行っていても両方ともに参加しない事も可能なのですが、主に開業医は自然な流れとして両方に加入することになっていて、balaineも平成20年の開業と共に両方に加入しています。

独立した組織であった地区医師会が戦前に官制の山形県医師会の酒田飽海支部として組織改編され、全国的な組織として日本医師会の中の地区活動と位置づけられるものになりました。一方、十全堂社は講習会、図書や学術雑誌の回読、予防接種、施療、衛生活動、看護婦養成等の事業が行われ、その活動は終戦前後の混乱の中でも途絶えることなく続けられたのです。
 戦後、社会保障制度や医療保険制度が整備され、十全堂社の主な事業は酒田地区医師会のものとなり、わずかに看護専門学校の経営となっていました。これも時代の流れ、経営的な問題で、平成22年に酒田市に看護学校を委譲し、十全堂としての主な事業はほとんど存在しないものとなり、実態は酒田地区医師会そのものと何ら変わりないものとなってしまいました。

昨年暮れに十全堂社員総会が開催され、十全堂の存続について話し合われました。その結果、現在「法人」の設立、存続に関わる条件が厳しくなって来ているため、今のままでは法人として存続する事が困難(主に経済的理由)であり、残念ながらる178年に及ぶその歴史に幕を下ろさざるを得ないであろうという結論に至りました。
ただ、この「十全堂」という名称はなんとか残したいとして、酒田地区医師会の中に「十全堂」という名称を組み込んで残すという事が検討されています。


かくいう理由により、残念ながら「十全堂社」としての新年会は今年で最後ということになってしまったのです。しかしながら、酒田で医を業とした医師の熱意とそれに共感した町の篤志家に支えられて、180年にわたり、幾度かの天災、火災や国家行政の大きな変革にもかかわらず、地域の医療に貢献してきたこの歴史と創設当時の医師達の心意気は引き継いで行きたいものだと、十全堂社社長(=酒田地区医師会長)の話を聞きながら思いを深くしました。

さて、明日(1/9)は、酒田市休日診療所の日中当番。
この冬、インフルエンザもそろそろ部分的流行を見せ始めています。
あまり忙しくないといいけど、、、は本音です。早く寝なくちゃ。

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コメント

漢検の不祥事に端を発した公益法人改革が国技・大相撲を揺るがし、さらに各地で様々な影響をもたらしているようですね。十全堂社とは、立派な名称で、当時の方々の心意気を感じます。
そういえば、酒田の本間様のように、各地に「様」という尊称つきで呼ばれる有力者がいたわけですが、いずれも豪商・豪農であるだけでなく、公益に大きな貢献をなした家であったことが共通点かと思います。その意味では、バブル時代のIT長者が「様」を付けて呼ばれることはないであろうと思われます。興味深い歴史の教訓ですね。

投稿: narkejp | 2011.01.09 11:41

narkejp様、医師会の「お務め」を果たして参りました。
酒田にある東北公益大学は、本間家を始めとする『公益』の志を世に広めんと設立された経緯があると聞き及びます。確かに本間家の本間さんは今でも「様」付けする人がいるようです。ホ○エ○ンたちが「様」付けされる様な事は、絶頂期の銀座かどこかではあったかもしれませんが、後の世にまで伝えられるのはアニメの名前の様な半分小馬鹿にされた俗称の方でしょうね。そういう意味では、「世間様」はしっかり人を見ている訳ですね。
しかし「官憲」でなく「漢字検定」の「漢検」ですか。言われてみて、ああそんな事件もあったなあ、という感じすらしました。

投稿: balaine | 2011.01.09 17:30

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