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2010.04.08

学会参加ほか覚え書き

新年度が始まり1週間が過ぎました。
入学式も終わって学校も始まったようですね。
Photoそれにあわせて、お向かいの「ツルハドラッグ酒田曙店」も本日オープンです。おめでとうございます!
開店セールのチラシが入っていて、主婦であり母であったりもする拙クリニックのスタッフ達は気もそぞろ(?)とまでは言わないものの、ちょっとソワソワという感じだったでしょうか。
私は当然朝から仕事で10:00の開店に合わせて並んでいる人の状況など分からないので、家内が院長室から開店前に並んでいる人を携帯のカメラで撮ったものです。

数日は「オープニングセール」をやっているようです。
広い駐車場も一杯で、交通整理の係のお兄さん達が走り回っていました。お向かいさんと拙クリニックの間の県道352号線、通称生石街道は結構交通量も多く、スピードを出して走る車も少なくないので拙クリニックに出入りする患者さんの車やお向かいさんに出入りする車と道路を直進する車の間で交通事故が起きないか、ちょっと心配です。
まあ、うちは「脳神経外科」で全身のレントゲンもMRIも撮れますから大丈夫ですけど(何が大丈夫?)。

〜〜〜

さて、新年度を迎えて、徐々に学会シーズンとなります。
開院以来、全国学会は日本脳神経外科学会総会にしか出ていなかったので、今年度は頑張っていろいろ参加する予定です。


まずは来週。
4/15(木)〜4/17(土)の3日間、盛岡市で『STROKE 2010』と題して、第35回日本脳卒中学会奏会と第39回日本脳卒中の外科学会、第26回スパズム・シンポジウムの3学会が同時開催されます。
それぞれ順に会長及び主管大学は、小川彰先生(岩手医大学長)&岩手医科大学脳神経外科、嘉山孝正先生(山形大学医学部長・脳神経外科教授)&山形大学医学部脳神経外科、遠藤俊郎先生(富山大学脳神経外科教授)&富山大学医学部脳神経外科です。

嘉山孝正先生は、現籍は独立行政法人国立がん研究センター理事長で、山形大学の医学部長は辞任したはずです。3年前の今頃はまだ私の直属の上司(私は当時准教授)です。
この3つの学会はお互い密接に関連しており、所属する会員も重なっています。日本脳卒中学会は神経内科を主とする内科医が多くなりますが、後は殆どが脳神経外科だと思います。
久しぶりに、脳卒中の治療の最先端を勉強して来たいと思います。


5月7日(金)〜9日(日)は、横浜のパシフィコ横浜を会場に、『第30回日本脳神経外科コングレス総会』が開催されます。会長は、山梨大学脳神経外科の木内博之教授です。
このコングレスの学会では、5/9(日)の朝一にMusica Neurochirurgiana(日本脳神経外科オーケストラ団)による演奏があります。曲目はドヴォルジャークの交響曲第9番「新世界より」から第1、第4楽章で、私はセカンドフルート&ピッコロで参加予定です。この演奏のための、事前集合リハが4/29(木・祝)に新大久保の東京交響楽団の元練習場で行われるので、酒田から日帰りで参加する予定です。


6月18日(金)、19日(土)は、山形市の山形テルサで『第19回日本脳ドック学会総会』が開催されます。
会長は嘉山孝正先生で主管校は山形大学医学部脳神経外科です。

この4〜6月の3つの全国学会は、会長に共通点があります。
岩手医大学長の小川彰先生、山形大学医学部長からがんセンター新理事長になった嘉山孝正先生、富山大学教授の遠藤俊郎先生は、お三方共に東北大学の脳外科で学び、「もやもや病」の名付け親としても有名な故鈴木二郎先生を師とする兄弟弟子という関係です。
横浜で脳外科コングレスの会長をされる木内先生は、秋田大学の卒業で東北大学の脳外科で学んでいますので、小川、嘉山、遠藤のお三方とも一緒に仕事をした時期があるはずです。

私が、旧の県立日本海病院勤務時代に執刀したクモ膜下出血の患者さんで記憶に残っている女性がいます。その方は庄内町の余目病院の脳ドックを受けて未破裂脳動脈瘤が見つかりました。その時に担当したのは、当時秋田大学脳外科の助教授で出張して来ていた木内先生でした。きちんとした説明をされ、破裂すればクモ膜下出血になり生命に関わる疾患ではあるが、破裂する確率はそれほど高くないから手術を受けるかどうか十分家族とも相談するように、というようなお話があったようです。

余目病院で木内先生に診断とアドヴァイスを受けてからおよそ1ヶ月後、その動脈瘤は破裂してしまい救急車で私が勤務していた日本海病院に搬入されました。確かグレードは2(グレードのことは昨日の記事で書きました)だったので緊急手術になりました。
IC-PCだったと思います。
幸いクモ膜下出血の量はそろほど酷くなく、私は嘉山教授から教わった方法でていねいに徹底的に見える範囲の出血を取り除き、内頚動脈の奥の脳底動脈近傍の出血も吸引洗浄しました。そのお陰か、脳血管攣縮も起きずに、何の後遺症も残さずに退院されました。そしてその患者さんは私の開院を聞きつけて今通院して下さっています。

私がよく覚えているのは、ある日、病棟で仕事をしていたらポケベルが鳴って(ポケベルなんて懐かしい)電話の交換が外線を繋いでくれました。電話の主は、当時の秋田大学脳外科助教授の木内先生でした。
「いや〜、私の診た患者さん、動脈瘤が破れて救急搬入されたそうですね。先生が手術して下さったそうで、ありがとうございました。。。いや〜、それにしても本当に破れるんですね!」というような内容でした。
断っておきますが木内先生は名医であり手術の腕前も超一流です。しかし、未破裂脳動脈瘤が見つかったからと言って、「はい!明日手術!」というようなことではなく、患者さんの人生、家族のことなどを考え、「ゆっくり相談して、、、」と説明されています。

その裏には、一般的に偶然見つかった未破裂脳動脈瘤が破れてクモ膜下出血を起す確率は、高くても1%位ではないかと考えられていることがあります。もちろん動脈瘤の大きさ、形、部位、患者さんの特性(血圧、その他の生活習慣病の有無などなど)によって幅がある数字ですが、高くても3%を超えるとは考えられていません。
つまり脳動脈瘤を持った人が100人居たら、1年間の間にクモ膜下出血に倒れる人は1人程度、高くても3人程度ということであり、逆に考えれば97人から99人は何も起きないということになります。

すると、手術治療を行う脳外科医側も非常に慎重になる訳です。
頭に傷をつけて手術をやる以上は、決して手術による障害や後遺症を残すことなく100%完璧な治療を行う必要があり、それを我々は目指します。私も数は多くありませんが、未破裂脳動脈瘤の手術治療(クリッピング)を行いましたが、幸い全例成功して後遺症は「0」でした。

様子を見ても大丈夫だろうと思っていたら、破れて救急車で運ばれて来たという経験は脳外科医なら一人二人経験した事がある人も少なくありません。そういう訳で、木内先生と私の間にはその患者さんを診断し治療したものという共通点があります。今や山梨大学の教授先生であり、脳外科の世界では2番目に大きい全国学会の会長を「パシフィコ横浜」で主催される先生です。

私の師である嘉山先生も、小川先生も、遠藤先生も、そして木内先生も、大学を卒業後に脳外科の世界に足を踏み入れてからは一心不乱に努力研究を続けて来られた素晴らしい先生方ばかりです。私は少し横道はずれた様な世界になっていますが、診療所で働く末端の脳外科医、脳卒中医として真剣に脳卒中や脳疾患の診断治療にあたって行きたいと思います。

6月の脳ドック学会では演題を発表の予定ですが、その他の学会でもしっかり勉強したいと思います。

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