脳ドックの施設認定について
またまた久しぶりに、真面目な医学ネタです。(2/10の深夜に一部内容追加しています)
日本脳ドック学会では、今年度から「脳ドック施設認定」制度を開始し、昨年10/31に第1回申請を締め切って現在準備中です。
拙クリニックは、申請書と受診者の名前などを匿名にした実際の脳ドックの検査結果などの資料を昨年9月2日に送付し申請手続きは終わっております。
全国からたくさんの施設認定の申し込みがあったという事で、まず資料の不備などをチェックする予備審査が昨年の12月にようやく終わり、現在本審査に入っていると事務局よりお聞きしました。拙クリニックの脳ドックが「認定」されるかどうかはまだわかりませんが、「日本脳ドック学会施設認定要綱」に記載された主な条件は満たしておりますので、認定通知を心待ちにしているところです。
なぜこのような事を書き始めたかというと、この「条件」を満たしていない脳ドックが世の中には少なくないという事を一般の方に注意喚起するためです。「似非脳ドック」とまでは言いませんが、「脳ドック」という名前は同じでも、施設によって検査する内容もそれを読影判断する医師のレベルも、その結果の説明や報告も、その後のフォローアップもかなりばらつきがあります。
かなり前、平成17年頃だったと思いますが、当ブログに「脳ドックは脳外科医の失業対策だ」「不必要な検査、不必要な治療、不必要な手術をして金儲けをしている」というコメント書き込みを頂いたことがありました。真面目な(と自分では思っています)脳外科医としては、「そんなことはない」とデータを示して反論しました。
しかし、世間様からそのように誤解されても仕方のない様な脳ドックがあることも事実なのだと思います。まず最初に断っておきますが、「脳ドック」は「人間ドック」と同じく脳関連の健康診断ですから「自由診療」です。つまり保険診療体制ではない医療行為ですので、二重瞼を造るとか、鼻を高くするとか、乳房を大きくするといった美容形成治療と同じで、各病院、医師が自由に診療内容や料金を設定出来る医療行為なのです。
「自由」だから何をしても許される訳ではありませんが、名称、検査の内容、料金、検査結果の説明などすべて「自由」です。何の法の規制もなく、社会保険や国民保険の枠から外れた医療行為なので定義もありません。
ですから、世の中の「脳ドック」を謳っている施設の中には、脳外科専門医も神経内科専門医もいないところさえあります。いえ、放射線科医もいなくて、MRIを撮ってもその結果は正しく判定出来る医師がいない病院さえあるようです。そういう所では、「脳ドック」の看板を掲げてMRIの検査を行い、その結果は大学病院の放射線科医にインターネットなどを使って送り、放射線科医がアルバイト感覚で患者も診ないで写真だけ見て結果をメールで報告し、それをプリントアウトして受診者に郵送するというシステムのところもあるそうです。
お隣の県の某S病院の脳ドックは、「10,000円」という通常の1/3くらいの料金を設定してやっているそうですが、そこには脳外科医も神経内科医も放射線科医も常勤せず、上記の様な方法で、しかもMRIもいろいろな撮像方法があるのですが、T2強調画像の水平断というのだけ行っていると聞きました(この目で確かめた訳ではありませんので悪しからず)。
また、脳ドックで見つかった未破裂脳動脈瘤(つまりその時点では無症状のもの)に対し、十分な説明もなく「破れたら死にますよ」というような説明で開頭手術でクリップによる動脈瘤根治術を行った結果、半身に麻痺が残ってしまい、手術による障害が発生する危険についての説明が不十分だったということと、破れたらクモ膜下出血になるもののその破れる確率は高くても1年に1〜2%以下である説明もせずに手術をしたという事で裁判になっているケースなどもあると聞きます。
日本全国で、世界に例を見ない脳の検診システム「脳ドック」が何故たくさんあるのか。
その理由の一つとしては、今話題の医療費削減政策があるかもしれません。一台が安くても4、5千万円、高いものは3〜4億円するMRI装置(しかも医療機器ですからメンテナンス料もランニングコストも高く、せいぜい10年くらいしか使えない)。しかし、日本の医療システムは「保険診療」なので、どんなに新しい優れた高い器械を使っても、保険診療の患者さんから得られる料金は一定です。静磁場強度の強さを1.0Tより高いか低いかで分けて料金設定をしています。
しかも!(ここが大事!!!)ここ10年くらいの間に、MRIの保険診療点数は徐々に下げられて来ているのです。つまり、性能が良くなり値段の高くなった器械を導入しても病院がその器械から得られる収入はどんどん下がって来ているのです。
すると病院側では、MRI装置の稼働率を上げ、器械から得られる収入を増やすために、ここに書かれている条件を満たさないような施設でも「脳ドック」の看板を掲げて来たと「推測」されます。
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日本脳ドック学会が、施設認定制度を始めた事情として、上記の様な名前は脳ドックだけれど決して十分とは言えない体制での検査をおこなっている施設や、検査はちゃんとしているけれどその後のフォローアップや治療の体制がきちんとしていない施設などを「脳ドック施設」としては認定せず、法的規制がない以上は学会の努力による自浄作用で「まともな」脳ドック施設を全国に増やしたいという意図があると思います。
事実、私がクリニックを開設している酒田市、その周辺、もう少し広げて庄内一円から秋田県南、新潟県北あたりで「脳ドック」を標榜しているいくつかの施設にも多少問題があり、周辺の病院の脳外科医が困惑することがあります(私が日本海病院に勤務していた時もありました)。
たとえば、、、
A病院の脳ドックでは、月に1回交替する非常勤の脳外科医が担当するため、人によって検査結果の説明が変わったり、何か異常が見つかった場合、その病院で更に精密検査をするのではなくその医師が派遣されている県外の大学病院に連れて行って検査をする事を勧めるそうです(山形大学ではありませんよ!)。患者(この場合は異常が見つかったら既に患者さんです)さんが県外へ検査に行くのを逡巡すると、患者さんの住む地区の病院ではなくわざわざ少し遠い病院に紹介する医師もいると聞きました(実際にその患者さんが紹介された病院から、私のクリニックに紹介されて来て今はこちらで経過をみさせて頂いているのです)。
私が日本海病院に勤務していた頃は、A病院の脳ドックで「未破裂脳動脈瘤の疑い」と言われた方が不安一杯の心で受診され、すぐに脳MRI&MRAを施行したところ、明らかな脳動脈瘤はない!ということもありました。使用しているMRI装置の性能なのか、診断する医師の能力の問題なのか、正確な診断がなされていないこともあるのです(自分もミスを犯しうる人間である事は理解していますが)。
K病院の脳ドックでは、神経内科医が診察して脳MRIを施行しているものの、下垂体に異常が疑われたら「精密検査を勧める」という一行だけの結果を郵送し(受診者にMRIを見せながらの説明や直接の説明は一切なし)、その結果、その方は自分で人に聞いて私のクリニックを受診されました。
私は大学病院勤務時代は、下垂体腫瘍を一つのsubspecialtyとしており、鼻孔から径4mmの硬性内視鏡を挿入して頭蓋底にある下垂体腫瘍を摘出するという先進医療に携わっていました。ですから、すぐにその40代後半の女性が20代後半に子宮と卵巣を片方摘出する手術を受けている事、その結果、閉経後の女性と同じように下垂体がしぼんだ様な形になっている事、機能的には異常がない事、採血の結果下垂体ホルモンには異常がない事を診断し、安心させてあげられる事が出来ました。
A病院の脳ドックもK病院の脳ドックも、拙クリニックの脳ドックと比べた場合、同じ検査をやっている条件で見ると、料金もむしろ両病院の方が高く、しかも結果は紙一枚の郵送です。
でも受診する人はそんな違いなどわかりません。自分が入っている健康保険組合や共済組合から「脳ドックを受けるならA病院に、、、」と指示されて行っているのです。組合の人たちも、脳ドックという名前が同じでも施設によって中身が違う事は知らないのだと思います。
(写真はT2強調像、左後頭葉に脳梗塞あり)
一方、当院の脳ドックは、検査データをすべて高画質のプリンターでプリントアウト(脳MRIで7種類、脳MRAで2種類、さらにオプションによって、頚椎頚髄MRIを4種類、頚部MRAを2種類、頸動脈エコーを片側3種類ずつ6枚、頭蓋、頚椎、胸部X線写真など)しています。
(写真は頚椎頚髄矢状断面T2像)
最大で22枚の画像のプリントと心電図や血液・尿検査結果の印刷、そして全データをDICOM IIIという画像データの国際標準規格(どこの病院のCTやMRI、電子カルテシステムでも閲覧可能)にしてCD-Rに保存し、その上に個人のパソコンで見れるようにjpeg画像に落としてもう一枚別のCD-Rに保存しています。そして、検査結果の説明と今後の注意事項、必要に応じて治療やフォローアップにまで詳しく触れたレポートを3〜4枚つけて、それらを一冊の分厚いファイルにして受診者に送り届けています。
もちろん検査当日には、血液検査以外の当日分かった結果は全て直接口頭で私が説明しています。脳MRIはもちろん脳MRAもOsirix IIIを使ったMacの30"シネマディスプレイで目の前でクルクルと回転させて血管の説明をしています。長い時にはこの説明だけで30分近くかかることもあります。(写真は3d-MRAの静止画像)
ファイルにして送っている脳ドックのレポート作成には非常に神経を使います。見落としなどがあってはもちろんいけません。かといって、オーバー・ダイアグノーシスというのですが、ちょっとした所見を過剰に評価判断してしまう事もいけません。
たとえばFLAIR画像でのDSWMH(Deep and Subcortical White Matter Hyperintensity)という所見です。正常ではグレーの脳実質が白い高信号に変化している所見ですが、プロの放射線科医でさえもこれを「脳梗塞」と診断してしまうことがあります。(写真は、FLAIR像で両側性に軽度のDSWMHが認められます)
実際、山形市のT病院の脳ドックで「脳梗塞」と診断されたという方が拙クリニックに来られたことがありますが、当院のMRIでどう検査してみても小さなDSWMHは認めましたが脳梗塞の所見はありませんでした。
こういったことに神経を使いながら、漏れがないかレポートを作成し、さらに誤字脱字がないかスタッフ全員に回覧してチェックしてもらった上で、お送りしているのです。
かかる時間や労力と得る収入の面から考えれば脳ドックをやるよりは、普通にMRIの必要な新患をたくさん診た方がクリニックの収益&運営にとっては有益ではあるのですが、受診された方に対する一次予防的保健指導に力を入れる事と、詳細で丁寧な説明を受けた方の口コミによるクリニックの宣伝効果も考えて、また実際に自分の脳の状態を心配している方の役に立ちたいと言う気持ちを持って頑張ってやっているというのが実状です。
「日本脳ドック学会」認定施設がきちんと世間から評価されれば、認定条件に満たない施設やいい加減な施設は淘汰されると願っています。いい加減な施設で脳ドックを受けても、一般の方は「自分は脳ドックを受けたんだ」と思っている訳ですから、はっきり言って「被害を受けている人」を少しでも減らしたいと考えています。
と、日頃多少苦々しく思っている事をここで書いた上でまとめとしては、こちら↓。
今年の日本脳ドック学会総会は、私の母校&古巣、山形大学医学部の脳神経外科が主催です。昨秋、中医協委員になって医学系の世界では話題になり、今度は新たに独法化する国立がんセンターの初代理事長に就任する事が決まった、嘉山先生が会長で6月に開催されます。
メインテーマは、『脳ドックの存在意義 ー脳ドック診療の質の保証ー 』、今日書いた内容そのままのようなテーマですね。
〜〜〜〜〜
深刻な話題から逃げるようにオマケ。
先週末の地吹雪、暴風雪も緩み、昨日は晴れ間も出て来て今日の日中は「暖房が暑い」と感じる時間帯もありました。久しぶりに頂上まで見えた鳥海山です。雲が少しかかってはいますが、一年で最も雪の多い季節の鳥海山です。
ケーキは、一昨日鶴岡音楽祭の帰りに寄った鶴岡駅前の「青森屋」のイチゴのタルト。「あまおうのベリーレアチーズタルト」と言う名前の通り、イチゴの「あまおう」にブルーベリーとラズベリーが1個ずつ乗ったレアチーズのタルト。
旨々でした。
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コメント
お久しぶりぶりです。以前テレビで「脳疾患で・・・脳ドックを受けましょう!」とおっしゃっていた
神の手と称される福島先生の言葉が印象的でした。
脳ドックにも素人が知らない質の違いがあるとは!
やはり保険診療で定期的に受けている検査なら「前回と比較して今回も大丈夫〜」
その言葉に安心感を得ますが自由診療のドックではbalaine先生の結果報告は
受けられた方々の満足度が高いのでは?
私の場合は保険診療ですが、重い資料を持参し隣県の某病院では
3割でも高額な検査を受けたのに検査結果すら本人にすら、また紹介元にも無し!
自分で納得できるようにと再度受診するのに苦労したことが!
ちなみにbalaine先生ご出身の大学病院の先生は急患時であろうが、
先生の自己紹介から始まるのに安心感が。人間は安心感を求めるのだと改めて思いました。
投稿: ボリジ | 2010.02.10 12:15
ボリジさん、結局は、建物や装置ではなく、「人」ですね。医療というのは本来「特殊」な「専門的」領域なのですから、「誰がやっているのか」が最も大切なのですが、それがわかりにくくなっているのが問題なのですね。そういう意味では、患者さんの口コミが結構信頼度が高いのかもしれません。
そして最後に書かれているように、「安心感」これが大切なのですね。知識、技術が大事なのはもちろんなのですが、その上で見失ってはならないのは、患者さんは不安な心で「安心」を求めて病院に来る、ということですね。
勉強させて頂きました。。。
投稿: balaine | 2010.02.10 22:21