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2010年2月

2010.02.28

2月も終わり、酒吹のコンサートに行きました

明日からは3月ですね。早いものです。

また寒さがぶり返してきましたが、今日は午前中はのんびり。
お昼から出かけました。

なんとなくカレー腹になっていたので、錦町の「シタ」へ。インド人ご夫婦にインド系の従業員(バングラデシュの人がいても見分けつきません、、、)で切り盛りしている本格インドカレーの店。
Photo今日は、「Aランチセット」。
ナン(お代わり自由)、小さなサフランライス、キーマカレー、タンドリーチキン、サラダ、ドリンク(今回はラッシー)。家内は「チキンカレーセット」。
今日は辛さのアップをしなかったのでなんとなく以前食べた時よりも甘い感じで辛さが足らなかったのでテーブルの上にあったホットチリペッパーを振りかけて調節。

「ナーランダー」のナンともまた違う、あっさりしていて焦げ目の香ばしい感じ。もちもち感は「ナーランダー」の方が上でしょうか。カレーはまた使う調味料が違う感じがします。美味しい!

会計のとき、チラシを渡されました。「ニューシタ」という新しいお店をオープンするそう。
場所はなんと富士見町!
いつもガソリンをセルフで入れているお店のすぐ裏。拙クリニックからも徒歩圏内です。これは大歓迎!今まではランチでしか行かなかった「シタ」ですが家の近くに出来たとなるとディナーでも利用したいと思います。

〜〜〜〜〜

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2010.02.27

庄内町探訪その1

旧余目町と旧立川町が合併して庄内町が出来てもうすぐ丸5年になるそうです。

今日は土曜日。
普通に13時で診療終了が、さてどこにお昼を食べに行こうかということになり、「庄内小僧」3月号の「ラーメン屋」特集を見て「ここ」にしました。

Photo「つけ麺」が有名なお店のようです。写真は私の注文した「こりこりのりつけ麺」。
庄内町は狩川の「ラーメンショップ 椿」。今日初めて行きました。

全国展開のチェーン店のようですが、ここの特徴は「つけ麺」のようです。「らーじゃん」という辛みの強い調味料やすりおろしニンニクがすでにたっぷり入っているようで、つけ汁はかなり強烈。味もしょっぱく、辛く、にんにく臭すでにプンプンです。
でも周りのどちらかというとガテン系お兄様方や若者たちが大盛りをずるずる食べている姿につられて、おじさんも頑張って食べました。

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2010.02.26

学会への演題応募を準備する

開業してから、全国学会に参加する機会が減りました。参加して勉強するのはもちろんですが自分で全国学会に臨床研究などの演題を応募する事も「0」になってしまいました。

大学病院勤務の時は、普段の仕事が研究そのものであり、国際学会、全国学会、地方学会などに数多くの演題を応募して発表し、特にシンポジウムでシンポジストになって中心的な話題のセッションで発表する事が大学人としての当然の務めと考えていました。多い時には年間20を越える学会で発表をしていました。

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2010.02.25

木曜日はトレーニングデー

毎週木曜日は、市内のスポーツジムに通って汗を流し、日頃怠けている身体を少しいじめる日にしています。本当は、正会員なんだから毎日通ったっていいんです。毎日通っている方もいるでしょう。

せめて「週一」と思っているのですが、いろんなイベントなどで2週続けて行けない時もあり、月に1、2回ということも。。。
行ける時に行かなければ。「今日は天気もいいし、家でまったりしてようかな〜、、、」とついつい自分に甘くなりそうになるところをムチを入れて出掛けます。

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2010.02.24

困ったときの、、、

今日もいいお天気でした。
224鳥海山は今日も美しい姿を見せています。昨日は「春霞」でぼんやりしていましたが、今日は少しクッキリ。
酒田では日中最高気温が15.3℃と今年はじめて15℃を超えたそうです。なんでも4月中旬の気温とか!

さて、お天気は良くて、ヴァンクーバー・オリンピックでは女子のフィギュアが始まりましたが、個人的にはブログの話題がありません。
そういう時の「過去のブログ記事」探訪!

拙クリニックは2年前の3月3日に開院しました。2年前の今頃は、開院を1週間後に控えてアタフタ(?)していた頃。電子カルテの操作をだいたい覚え、MRIの操作に少し慣れていろいろヴォランティア(スタッフや家族など)で撮像テストをしていた頃でした。「平成20年2月24日」の院長ブログの記事を見ると、懐かしい気持ちになります。

20080224t2_trs_7mm00012/24はちょうど日曜日だったので家族を使ってMRIのテストをしていました。写真はですから正常の人の脳のMRI(T2強調像反転画像)です。

本ブログの方を探訪してみると、

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2010.02.23

春はちかい?

223この写真は、2/23の17時頃に撮りました。陽が長くなりました。
暦の上で、立春、雨水を過ぎ、もうすぐ啓蟄です。今日は暖かかったですね。明日は日中の最高気温が10℃を超す予想だそうです。
あと1週間で新暦の桃の節句=拙クリニックの開院記念日(丸2年)を迎えます。

2231700上の写真と同時刻の鳥海山。
今日も晴れています。頂上まで綺麗に見えます。

春分まで1ヶ月を切っているのですからこの時間にこれだけ明るいのも当然ですね。
春近し、、、

天気が落ち着いているせいか、それほど重症ではないけれど「脳が心配なので来院した」という感じの患者さんや、他院からの紹介患者さんが連日いらっしゃいます。低気圧による片頭痛患者さんが少なく、ストレス性、緊張型頭痛の方や何故か手足の痺れの訴えが多いようですが、脳に所見のある人は一人もいませんでした。季節性のものなのでしょうか?

2231720などと記事を書いているうちに日没が近づき、鳥海山の頂上から7合目付近までは夕陽が当たっていますが、街は一気に暮れなずんで行きます。

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2010.02.22

今日はニャンの日、昨日は岩崎トリオ。

今日は2月22日。
猫好きの間では「猫の日」なのだそうです。
しかも平成22年2月22日なので、「にゃんにゃん年 にゃん月 にゃんにゃん日」ですね〜。

Photo土曜日のサロン・コンサートに協賛頂いた「楯の川酒造」の社長ご夫妻から、「楯野川」の純米大吟醸を頂きました。
「一雫入魂」の文字が酒造りにかける情熱を表現しています。
弦楽器なら「一弓入魂」、フルートなら「一吹(息)入魂」でしょうか?(笑)

この写真、うちの「白さん」が後ろで緑色の目を光らせています。ついに家内の家猫化作戦も成功し、最近ではリビングにも結構長い時間いるようになりました。

Photo_2Photo_3元々は野良だったので、結構きつい顔をしていました。親子なのか、オスの白い猫と一緒だった「白小さいさん」。大きい方はなかなかなつかず、家猫化どころか捕獲もできませんでした。

Photo_4Photo_5「白小さいさん」はなんとか篭に入れて、新しい家に運び、そこでぬくぬくの住処を与えたところ、ついにはリビングで抱っこされるまでになりました。3年弱前に見かけるようになった頃の、痩せてキツい顔から最近では柔和な顔になって来たようですが、野良猫にとって幸せなのかどうか。

ということで、私のブログには珍しく「にゃんにゃんのひ」にちなんだ写真を並べてみました。


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2010.02.21

山形弦楽四重奏団庄内演奏会 vol.1 無事終了しました。

昨日のサロン・コンサート第7回「山形弦楽四重奏団庄内演奏会 Vol.1」は、ご招待の方々も含めて60名弱のお客さんにおいでいただき、山形Qの素晴らしい音楽を存分に堪能して頂けたようです。

Q前日からの雪、午前中も雪が降っており、客足が心配されたのですが、開場時間前からぞくぞくと観客がいらっしゃいました。拙クリニックから裏のK薬局さんの方まで20台程度の駐車スペースがあるのですが、それでは足らずに隙間に停めてもらったり近くのコンビニに停めてもらったりでなんとかなった?という状況でした。

16時、代表の中島さんのプレトークで始まりました。
Q_2山響などで庄内に演奏に来るとお客さんの温かい感じが伝わるという「くすぐり」から始まり、プログラム4曲の解説。庄内での初めて「定期」(?)演奏会で力がはいったのでしょう、10分を超えるトークとなりました。

1曲目、ベートーヴェンです。
1月の「酒フィル・ニューイヤー」でこの第4番ハ短調の1楽章を演奏して酒フィルメンバーは身を乗り出すように聴いています。聴く者のこころを掴む、激情を押さえ込むようなリズム。2楽章、3楽章と音楽が進む連れ、どんどん音楽に引き込まれ、私も一観客として聞き惚れました。

2曲目、佐藤敏直作曲「弦楽四重奏のためのモルト・アダージョ」。
おそらく会場のお客さんのほとんどは初めて聴くのではないかと思います。ピカソの「ゲルニカ」に触発され、弦楽四重奏曲第2番を「ノーモア・ヒロシマ」という反戦イベントのために書き直した曲だそうです。私は山形Qによるこの曲の演奏を過去2回(定期演奏会と藤島での演奏会)とも運良く聴いています。
ヴィオラとチェロの激しいピッチカート、ヴァイオリン2本による不協和音、苦しみ、悲しみ、怒りなどの負の感情を表現します。しかし「暗く」はありません。人が人を殺戮する戦争を憎み、人類の平和と協調を願い、未来を意識した音楽だと感じます。聴いている人によって印象は様々でしょうが、私の心には深く突き刺さりました。過去の2回とはまたちょっとイメージが違って聴こえました。

プレトークから始まってここまでで55分。
およそ10分の休憩。ホールは暖房と山形Qの演奏の熱気などで結構暑くなっていたので空気を入れ替えます。

17:05を少し回って後半のスタート。
ここで3/21の酒フィルのファミリーコンサートの宣伝をしておきました(ああ!でも楽器体験コーナーがあるとか、指揮者挑戦コーナーがあるというのを宣伝するのを忘れた!ショック、、、)

3曲目は、幸松肇作曲「弦楽四重奏のための最上川舟唄」。
初めての庄内演奏会でこの曲は外せませんでした。昨年、山形Qの第30回定期演奏会で「世界初演」を聴く機会に恵まれました。
「さか〜た〜さ〜 いぐさけ〜 」で始まる歌詞。酒フィルの宴会芸でも〆に必ず歌われる歌です。満場の観客も一度ならずと聴いた事があるはず。中には自ら歌った事のある人もいるでしょう(忙しい中、いらして頂いた「あいおい工藤美術館」の工藤館長も酒フィルコンサート打ち上げで歌っておられましたね)。

曲は、チェロの茂木さんが楽器を裏返すところから始まります。観客も興味津々。
チェロの背板を叩く「タン」と言う音に続いて、ヴァイオリンの二人が楽器を構えたまま横板を爪で弾く「チャッチャッ」という打楽器奏法で曲が始まりました。3小節目から、ヴィオラが「よ〜いさ〜の まかぁっしょ〜 え〜んや こら ま〜かせ〜〜」とアルコで演奏します。4人がそれぞれに旋律や合いの手を受け持って曲が進んで行きます。耳慣れた旋律に観客の間には安心した様な緩やかな空気が流れるのが感じられます。
実は、記録のためにヴィデオを撮っていたのですが、休憩時間に新しいテープに換えたところ、これが不調で調整しているうちに曲が終わってしまいました。「最上川舟唄」のたたりなのか、山形Qメンバーは「幸松さんが、『まだまだ、、、』と仰っていたのでは?」と面白いコメントでした。

126561065979516319017今回この演奏会のために作成したチラシですが、この背景には実は幸松肇氏直筆のスコアをあわ〜〜く印刷してみました。文字に隠れて見えませんが、最初の打楽器奏法はたとえば「横板を人差し指の爪で叩く」というような指示が譜面に書かれています。チェロは「表板を手のひらで叩く」と書いてありますが、茂木さんはいろいろな場所を叩いて試してみたところ、背板の上の方がイメージにピッタリの音が出たと言うことで、楽器をひっくり返されたそうです。

4曲目は、ハイドンの「皇帝」。
プレトークでも、皇帝(神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世、後のオーストリア・ハンガリー帝国)を讃える歌をそのまま第2楽章に編曲して用いたもので、現在はドイツ国歌になっている耳馴染みのある旋律。ちなみに元歌である「神よ、皇帝フランツを守り給え」の初演は1797年2月12日。この2/12と言う日は、神聖ローマ皇帝フランツ2世の誕生日であり、ついでに家内のお誕生日でもあります。(笑)
さすがハイドン!と唸りたくなる様な、絶妙なアンサンブルが展開します。1楽章の始まりは2本のVnが軽やかな二重唱を歌う様に始まり、ヴィオラとチェロが美しい響きを添えます。2楽章は上記のように耳馴染みのある旋律。個人的にはもう少しゆったりしたテンポの方が好みですが、拡張高い演奏でした。第3楽章の可愛らしく弾む様なメヌエットから終楽章のプレストへの展開も美しい。山形Qの美しく、時に力強い演奏は魅力的です。機敏な動きに強そうなヴァイオリンは、中島さんと駒込さんが交替で高速パッセージを披露し、普段はゆったり演奏される印象のヴィオラにも高速パッセージが回って来ますが、倉田さんはいつものようにひょうひょうとした表情で軽々演奏。対してチェロの茂木さんは口を真一文字に結んで、弓が火を噴きそうな勢いで演奏します。

演奏終了!大拍手です。
Q_3花束嬢(家内が選別しておいた4人、酒フィル男性ヴァイオリン奏者から紅一点の駒込さんに、女性ヴィオラ奏者から倉田さんに、女性チェロ奏者とそのお嬢さんから中島さんと茂木さんに)から4人に花束贈呈。大きな拍手が続き、アンコールです。

なんと3曲ものアンコールがありました。
Q_4その中に1曲、「サプライズ」というか「仕込み」というか、私も主催者特権(?)で出演させてもらいました。プロの音楽家と共演出来る機会などなかなかないのですが、私個人にとっては幸せな時間でした。お聴きになった方はどう感じたか、ちょっと不安ですけど。(演奏の上手い下手だけではなく、出しゃばりかな〜?と。でも観客には拙クリニックに通院されている患者さんも何人かいらしていて、その中から「院長の演奏も聴きたい」と言われていたのです、、、言い訳ですが、苦笑)
ハイドンとベートーヴェンがあったのにモーツァルトはプログラムになかったのでモーツァルトのフルート四重奏ニ長調の2楽章を演奏しました。わずか1分30秒程ですが、大変大変緊張して少し唇が震えました。原曲のアタッカで3楽章に続く終わり方ではなく、ペータース版の2楽章だけ独立して演奏される場合のコーダを選びました。出来は、自己採点60点くらいでしょうか。(苦笑)

アンコールが終わってちょうど18時。
Photoお客さんは皆さん楽しそうな、満足された表情をされていた様なので、主催者としても嬉しかったです。特に失態もなくほっと安堵するとともに疲れがどっと出て来た感じがしましたが、出来る片付けをし、4人に色紙にサインを頂き(これまでサロン・コンサートは出演者皆さんにサインをしてもらっています)ました。

土曜日は酒田フィルの定時の練習日。私はインスペクターの身でありながら練習はお休みとさせて頂き、片付け後近くの「善べえ」に移動して打ち上げ。10名近く聴きに来ていた団員は「打ち上げ」に参加する訳にも行かず練習へ(指揮者やパートリーダーなど重要なポジションの人が中心でしたから)。山形Qの皆さんには本当は酒田に泊まって頂いて心行くまで飲みたかったのですが、皆さんそれぞれに翌日は予定のある身。
Photo_2(写真は、「らびおがゆく vol.3」から勝手に拝借)
チラシ、チケット、プログラム作成から数カ所へのチラシ配り、案内、などなど全部一人でやり、こまごまとした準備や会場設営、受付、会計などなどは家内がやってくれました。演奏以外は全部夫婦二人の手作りコンサート。やはり精神的にも疲れていたようで、ホールでの集合記念写真(第1回なのに!)や打ち上げでの記念写真(第1回なのに!)を撮るのをすっかり忘れてしまいました。

Photo_3(写真は「中爺通信」から勝手に拝借)
よって記念写真、打ち上げの写真がないので、らびおさんと中爺さんのブログから写真を取って来ちゃいました。元々日本酒やワインなどの醸造酒に強くないbalaineですが、生ビールで乾杯し、日本酒(写真にない「酒田三十六人衆」大吟醸を頼んでほろ酔い、そして「楯野川」の旨さにさらに酒が進んで途中から眠くなってしまいました。
ちなみに、「鯉川」はコンサートにおいでいただいた2曲目の作曲者佐藤敏直氏のご子息(鶴岡の鯉川支店)から頂戴致しました。また「楯野川」は中爺通信で絶賛していたことも繋がり、「楯の川酒造」の社長ご夫妻にコンサートにお出でいただいた上、お土産として頂きました。
御両名、本当に有り難うございました!

さらに、秋田での出張から酒田に戻られたK氏(山響FC前会長&相談役)も途中から打ち上げにご参加頂き、楽しく飲み食べ語らいました。中には「その話は『袋綴じ』ですね。(爆笑)」というような話題まで出て来て多いに盛り上がり楽しい時間はあっという間に過ぎました。

夜9時半を過ぎてお開きとし、ウーロン茶でずっと我慢したチェロの茂木さんの運転で演奏疲れと観客の皆さんの好意的な反応とお酒で気持ちよくなった笑顔の皆さんをお見送りしました。

主催者としての感想は、気疲れした!、でも楽しかった!!、そしてまたやりたい!!!です。
1分30秒のアンコールとは言え自分も演奏に参加したので、その点でも緊張と疲れがありました。一瞬の一発勝負のようなものでもそれなりに疲れるものです。そのせいで写真を撮り忘れました。。。

弦楽四重奏は楽しい。そして面白い。
まだ感想を聞いていないのですが、おそらくお帰りの際の表情からするとほとんどの方が十分にカルテットの醍醐味を堪能し、楽しまれたと想像しています。コンサートにいらして頂いた方でこのブログを読まれた方は、演奏会そのものや曲目、マネージメントなど、気付いたことがあったら忌憚のないご意見を頂ければ有り難いです。今後の参考にします!

〜〜〜〜〜〜〜

(ここから先はコンサートの話題から離れます。興味のない方はお読みにならないで下さい)

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2010.02.19

いよいよ明日はサロン・コンサート第7回!

念願叶って、ついに山形弦楽四重奏団の登場です。

私はフルート吹きですが、実は弦楽器には強い憧れがあります。ヴァイオリンとチェロはちょこっとだけ弾いたこともあります。
心を鷲掴みにされるようなヴァイオリンの音色。甘くやさしく、時に激しく強く、響きます。
縁の下の力持ちと思われながら、実は結構自己主張のあるヴィオラ。オケでもカルテットでもヴィオラがないと土台の揺らいだ建物の様で、不安定でふらふらします。
人間の声の高さに周波数が近く、どんな時にもまず立って演奏されることのないチェロ。宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」や映画「おくりびと」のように、どこか思索的で知的なイメージが高い楽器です。
弦楽器属の王とも呼びたいコントラバス。独奏楽器として扱われる機会は少ないけれど、オケの練習でコントラバスがいないと、音楽がまとまりません。コントラバスだからこそできる音楽もたくさんあります。

子供の頃からピアノに親しみ、つづいてフルートをもっとも大好きな楽器として親しんできました。「ジョンダーノ・ホール」を作る上でも、大きさ、予算、などなど制限のある中でいろいろ考えました。実は、超有名な「永田音響設計」にも連絡をとったりしました。酒田市民会館希望ホールも庄内町響ホールも山形テルサ大ホールも永田音響設計の手になります。しかし、相談のための出張料から結構なお値段でしたので諦めました。
設計段階で私のヴィジョン、考えを伝え、「響きの悪いホールを後から響くように変えるのは難しいだろう。まず最初は響きすぎる位に作っておいて、吸音カーテンや反射板などで響きを後から調整出来るようにしたい。」という思いの通りに作ってもらいました。

冬の寒い時期、気温が低く乾燥した『ジョンダーノ・ホール』の響きはまるで教会の中のようです。椅子を並べ、吸音カーテンを全て閉めて、暖房を入れると響きはかなり落ちます。広さはちょうど100平米。およそ60畳の広さの「ジョンダーノ・ホール」。
出来たばかりのホールの残響を自ら確かめたことがあります。2008.2.1のブログ記事、「残響の評価」を参照ください。

Photo_8まだ何もないところにグランドピアノが入った状態。
2008.2.19のことです。

Photo_22008.3.3の開院祝いにたくさんのお花を頂きました。グランドピアノにチェンバロ、そして椅子も入った状態です。

Photo_3そして2008.5.11、記念すべき第1回のサロン・コンサート in 「ジョンダーノ・ホール」。
新日本フィル首席フルート奏者の荒川洋さんをお招きしてのフルートリサイタルでした。

そしてそして、、、
Qdいよいよ、明日は弦楽四重奏の初登場です。
今まで練習などで「ジョンダーノ・ホール」を使った際に、弦楽器の響きが活きるホールなのではないかな、と感じました。今から、ワクワク、ドキドキ、そして少し心配。
チケットは50枚以上売れました。満席まであと6,7席です。たくさん人が入ると、全体的なキャパとしてはガラッと響きが変わるのです。
さあ、明日はどんな響きが聴けるのでしょうか。。。

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2010.02.18

鈍様なる力

渡辺淳一氏の著作に『鈍感力』というのがあります。
以前、気になって買っておいたは良いものの、目次だけ見てまだ読んでいなかったので、今日の午後、久しぶり(3週間ぶり)のスポーツジムでバイクを漕ぐ間、サラサラ読んでみました。

なかなか蘊蓄のあることが書いてはありますが、内容は軽くどちらかと言えば底の浅い感じ。バイクで汗を流しながら簡単に読んでしまいました。
そういえば聞いたことあったかな?という程度の認識だったのですが、この本のタイトル『鈍感力』は3年前の流行語大賞のベスト10にはいったのだそうです。

「鈍感」という言葉は、一般的にはあまり良い意味では使われません。
必ずしも「敏感」の正反対とは言えないでしょう。
英語で「敏感」はsensitiveですが、「鈍感」をパソコンの日英翻訳にかけたら"hebetude"という聞き慣れない単語が出て来ました。今度は"hebetude"を英日翻訳にかけたらびっくり「遅鈍」という日本語になってしまいました。
「遅鈍」と「鈍感」はちょっと、いやかなり違う言葉の様な気がします。

やはりsensitiveの反対の"insensitive"が当てはまるのでしょうか。

脳神経クリニックという看板を掲げていると、「敏感」な方がたくさん来られます。良い意味での「敏感」ではなく、悪い意味の「敏感」なので「過敏」とも言えます。

たとえば、そろそろ悩む人が出て来る花粉症なども花粉というアレルゲンに対して過敏に反応する症状です。正常の人でも花粉を浴びればくしゃみが出たりしますが、ちょっと空中に漂うと、鼻水、鼻づまり、涙、頭痛が出て来るのは「過敏」な症状です。それと同じように、天候が悪くなると、たとえば今は晴れているのに午後から雨になるとか、低気圧が近づいているとか、庄内でいう「東風(だし)」が吹くと頭痛が起こるという患者さんがいます。

「あなたは下手な気象予報士よりも優秀なんですよ」と、半分冗談、半分本気で説明していますが、そういう「気質(たち)」なのですから、薬でそう簡単には治せません。

頭痛を起こす原因としての幅広い意味での「ストレス」には、気象現象(気温変化、雨、低気圧など)も入りますし、寝不足とか仕事上の疲れなども入ります。こういう現象や環境の変化は、頭痛持ちの人にだけ起こっているのではなく、誰の身の上にも起こるものですが、「頭痛持ち」の人は概してこういう変化(=ストレス)に「過敏」です。

頭痛持ち、特に片頭痛タイプの患者さんは、概してこういうストレスに弱く、周りの変化に敏感で、良く言えば感受性が高いのでしょうが悪く言えば神経質で細かすぎる、打たれ弱い方が多い傾向にあります。外来が立て混んでいて私が苛つきながら問診したりすると、それだけで涙を浮かべたりする人までいます。医者なのにどんな患者さんにも等しく優しく接することの出来ない私にも落ち度があるのですが、ちょっとした相手の苛つきやきつい言葉にすぐに過敏に反応する人は、片頭痛タイプで抑うつ神経症になりやすいタイプとも考えられます。

渡辺淳一氏の言う「鈍感力」を持っていれば、つまり「こころ」の力としての「鈍感力」、精神的にあえて「鈍なる力」を保持していれば、いちいち小さな事に目くじらを立てたり、相手の些細な言動に傷ついたり、ちょっとした言葉に過敏に反応して涙を流したりする必要はないのです。私は、あえてこれを逆手に取って、頭痛や不眠症やうつ的症状で受診した方に問診する時に、矢継ぎ早に質問を浴びせかけ細かく病歴を聞き取ります。
それに平然と答えたり、ぼんやりとしてうまく答えられない人、つまり「敏感」でない人には「片頭痛」タイプは少ないようです。逆に言えば、焦って答えられなかったり、混乱したり、診察時に手に汗をかいて細かく震えていたり、質問の圧力に涙する様なタイプの人はストレスに弱いタイプで、「過敏」な人が多いようです。

本来は「過敏」なのに、長年人生の荒波を泳いで来たノウハウで、一見「鈍」な反応を示す人も、目の表情、特に眉や眉間の動きなどで、「ああ、この人は過敏なタイプだな〜」とわかります。そういう方の頭痛スクリーニングの結果は、緊張型頭痛も多いですがやはり片頭痛か、片頭痛が主体の混合型頭痛のことが多い様な印象を持っています。

社会(社交)不安障害の方もたくさん来られます。
やはりストレスに弱い、打たれ弱い方が多いようです。上司に怒られた、先月から上司が変わり合わない、外商に回って会社に戻ると文句を言われるのが嫌だ、仕事で残業が多い、ノルマが多い、、、などなど、どこの世界にでもある職場の人間関係なのですが、患者さんとして来られる方は、「敏感」で感受性の高い性質をお持ちの方が多いようです。
仕事のことを考えるだけで手が震えるとか、会社に戻ろうとすると涙が出て来る、という方も珍しくありません。

「そういう環境に鈍感だったらいいのになぁ、、、」とは思いますがそう簡単に人の性格、性質(たち)というのは変えられないと思います。

私は「一長一短」という話を患者さんによくします。
「敏感」ということはとても良いこと、感受性に富み芸術的なセンスがある、人の痛みが分かり優しい人なのだと。その反面で、過敏で変化に弱く、落ち込んだり参ったりしやすいのだと。決して「良い」「悪い」ではなく、そういう「両面性」を持っていることを理解して頂きます。
反対に言えば、「鈍感」な人は、人の痛みの分からない、自己中な、トラブルメーカーかもしれませんが、過剰なストレスや大きな変化にも強く荒波を生き抜いて行ける強さを持っているのだと思います。

しかし、病気を治療する上において、「敏感過ぎる」ことはやはり障害です。治療の邪魔になります。ですから精神安定剤や鎮静のホルモンであるセロトニン作動性の薬(抗うつ薬など)をうまく使いながら、「過敏」なこころを少しずつ改善して、患者さんの周囲の環境、家族、職場、友人などの協力を得て少しずつストレスフルな環境を整備改善していくことによって、軽いうつ状態の患者さんなら大体よくなって行きます。


やはり「一長一短」なのです。
その両面性の「長」の部分を如何に表に出して人生に活かして行くのかが大切なのではないでしょうか?けっして「鈍感力」を持つことが「優れている」訳ではないと思うのです。

渡辺淳一氏の『鈍感力』も、鈍なる力を持つ人を褒めちぎっている訳ではありません。ただ、過敏でストレスに弱い人に比べて、鈍なる人は健康で長生きし成功して大物になる人も少なくないというようなことまで書かれています。

誤解のないように書いておきますが、私もけっして「鈍感さ」を推奨している訳ではありません。ちょっと「鈍感」と他人から思われる位がちょうど良いことが、この殺伐とした世の中には多いのではないかと思うのです。
また、打たれ強い、ストレスに対抗する力を持っている人が皆「鈍感」な訳ではないと思います。人生の様々な経験、特に苦い体験、嫌な思い出、強いストレスを乗り越えて、それに「過敏」に反応せずに平然と前に進めることは「鈍様なる力」であって、「鈍感力」というのとはちょっと違うのではないかと思います。表現が難しいですが、「鈍感を演じられる精神力を持った人」とでも言うべきなのでしょうか。

私も、これまで様々な苦しいこと、激しいストレス、嫌なこと、悲しい事をそれなりに経験して来たと思います。決して過敏に反応せず、鈍様に対応するコツも少しは身につけたかもしれません。でも人としての優しさはまだまだ勉強が足らないと思っています。

本をサラサラと読んだばかりでまだ頭の中が整理されていないのですが、前から感じていたことが触発されたので思いつくままに書いてみました。後から書き直したり、追加補筆することもあるかもしれません。

〜〜〜〜〜

1_2さて、敏感の心をお持ちで、日々のストレスに打ちのめされそうになっている方は、是非、2/20(土)のサロン・コンサートにおいで下さい。

2_2弦楽四重奏の持つ力がきっとあなたのささくれ立った心を丸く柔らかくしてくれるでしょう。

Photoさらに、3/21(日)の酒フィル・ファミリーコンサートにもどうぞ!
「名曲への旅」を楽しみましょう!聞き覚えのある曲を楽しみ、日頃のストレスを忘れて下さい。(笑)

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2010.02.17

2010年度診療報酬改定で医療崩壊は食い止められるのか

地域の中核的救急病院での脳外科医、救命救急センターを持つ大病院での脳外科医、そして大学病院准教授職を辞して、今や一介の開業医、つまり診療所の医師となった私としては、今回の診療報酬改定に関する評価はどうしても「開業医」の視点からになってしまいます。

全体を全く評価出来ないという訳ではありません。
まず、自民党政権下で毎年「はじめに削減ありき」でマイナス改訂が10年続いたのが一応止まりました。新しい民主党政権はマニフェストでも「診療報酬のマイナス改訂はしない」と謳っていました。財務省との激しい攻防の結果、ギリギリのところで「全体でプラス」になりましたが、わずか+0.19%という結果に終わりました。

そして、マニフェストで宣言していた通り、救急医療、地域の中核病院、高度専門医療の崩壊を守るべく、「プラス」の中身を簡単に言うと「大きな病院に厚く、診療所に冷たい」改訂になりました。

その一つが、「再診料の統一」において診療所の現行72点を、4月からは69点に「下げる」というものです。保険本人3割負担の患者さんにとっては、外来受診時に窓口で払うお金が216円から207円となります。10円未満が「四捨五入」となっているので、実際は現行の220円から210円になりますので、患者さんにとっては窓口負担が10円安く済むことになります。1割負担の患者さんにとっては、72円→70円が69円→70円なので、変化しないということになります(もちろん、窓口で負担する場合は、再診料以外の加算や検査費用などを合わせるので、こういう計算になるとは限りません)。

国保や社保の支払い基金にレセプトを提出してそれが診療所に支払われるのは、患者さんが受診した約2ヶ月後なのですが、3割負担患者さんの残りの7割、1割負担患者さんの残りの9割を支払い基金側が診療所に払うことになります。結果的には、一人の患者が診療所を再診した場合、現行の720円が690円となるので、一人当たり30円収入が減ることになります。

これにはカラクリがあって、これまで病院と診療所の再診料は別々で、病院は60点、診療所は72点と差があったのです。このたった12点=120円(保険本人3割で窓口負担額36円の差)のために、診療所よりも病院を受診する事を好む患者さんが多かったかどうかはわかりませんが、これを同一料金に「統一」する事に決まった訳です。
つまり、病院の再診料は60点から69点に上がります。保険本人3割の窓口負担額は、現行の180円から207円と、27円負担が増えることになります。

再診料を下げられた診療所にとって、これがどういうことになるのかというと、、、
1日に再診の患者さんが例えば50人いる診療所の場合、「ー3点 X 50」=「ー1500円」、1月に22日診療すると、22 X 1500 =33,000円、毎月「収入が減る」ということになります。
とっても流行っている内科診療所や、たくさんの患者さんが何回も通院する整形外科などでは、1日の患者数が100人とか200人になりますから、この計算の2倍〜4倍の収入減です。

これを1年にすると、1日200人診ている診療所では、年間158万4000円もの収入減になるのです。
拙クリニックのように、再来患者数の少ない診療所でも年間20〜30万円を越える収入減になるのです。これは民主党の公約違反とも言えるのではないかと思います。
診療所のスタッフの人件費1〜2ヶ月分から多い場合は1年分近い収入減になるということは、今まで通りの収支で行くためにはスタッフを一人解雇することまで考える診療所も出てくるかもしれません。


また、いろんな改訂の中で目立たない存在ですが、拙クリニックにとって切実な問題は、「コンピュータ断層撮影診断料の見直し」です。
MRIの装置を、単純に静磁場強度1.5T以上とそれ未満で分けて、現行では1回のMRI検査を1.5T以上の場合は1,300点(=13,000円)、それ未満では1,080点(=10,800円)としていましたが、新年度からの改訂では、これをそれぞれ1,330点(=13,300円)と1,000点(=10,000円)とする事に決まったようです。

MRIの基本性能は静磁場強度で決まりますが、画像の鮮明度はそれ以外のファクター、アプリケーションや撮像方法に大きく左右されますから、静磁場強度だけで判断出来る様な単純なものではありません。
さらに、それをPACSで拙クリニックのように30インチのシネマ・ディスプレイで大きく美しく患者さんに見せながら説明するか、従来のフィルムでたかだか5,6cmの大きさの断面像として見せるかで、かなり見え方は違います。

そういう、撮像方法や表示方法などはまったく関係なく、静磁場強度だけで診療報酬を決めているのも問題ですが、それを更に「下げた」のです。

はっきり言って、古い1.5TのMRI装置よりは、うちの0.4TのMRIの方が、普通の断面像もMRA像も綺麗です。さらにMac+Osirix IIIによるPACSで見せる、拙クリニックの3dMIP処理を施した3次元MRA像は、その画質や説明における説得力など、普通の1.5TのMRIをフィルムで見せている大病院のものより格段に上であると胸を張って言えます。
それなのに、4月から現行の10,800円が10,000円に「強制的に」値下げなのです。

保険本人3割の患者さんが拙クリニックでMRIを受けると、窓口で負担する金額は現行の1,080 X 3=3,240円から、1,000 X 3=3,000円となりますので、差し引き240円負担が減ります。それは患者さんにとってはいい事かもしれませんが、拙クリニックに支払い基金から2ヶ月後に入る1回のMRI検査で得られる総収入は、800円減収となってしまうのです。

月に100件のMRI検査をしているとすると、800 X 100 =80,000円、つまり毎月8万円の減収になってしまいます。1年にすると、96万円の減収です。
前述の「再診料による減収」と「MRI検査による減収」をあわせると、うちの様な細々とやっている診療所でも1年間で120〜130万円の「減収」ということになります。

「そりゃ、お前の趣味だろ!診療報酬改定とは関係ないだろ!」とお叱りを受けそうですが、130万円あれば、プロの音楽家を招いて、『無料』のサロン・コンサートが毎月1回以上出来る計算になります。
ステージ料金の高い著名な音楽家を招いて演奏会を行う事も可能な金額です。

これだけの減収を、何もわるいことをしていない診療所の医師が甘んじて受けなければならないというのが、今回の診療報酬改定の結果なのです。

日進月歩で進歩する医学、医療が、世の趨勢とばかりに消耗品販売価格のデフレと同様に値下げされる事には納得出来ません。

今回の企みは要するに、「全体でちょっとプラス」に改訂したものの、中身はいろいろ上げるもの、下げるもの、硬軟取り混ぜてのたったの "+0.19%" という仕組みになっている訳です。

患者さんの側にして考えてみると、全体としては「+」なのですから、総医療費は確実に上昇し、患者さんの負担額も総額では上がることになっている訳です。

診療所の経営が厳しくなれば、無理な診療を行う医師も出現するかもしれません。何とか以前より検査を増やして、減収を回避しようという動きが出るかもしれません。無理をすれば患者は離れる危険性もあります。診療所が経営不振で診療縮小、廃業ということになると、そのしわ寄せは結局地域の病院にかかります。すると、「病院に手厚く」と考えた診療報酬改定の結果、さらに病院の医師は忙しくなります。
病院としての収入は増えるでしょうが、病院側が簡単に医師の月給を増やすとは考えられません。

忙しく働く医師の収入は増えるとは限らず、患者負担は明らかに増し、診療所の経営は危機に陥る。これで「医療崩壊」は食い止められるのでしょうか。

国家資格で働いている医師、保険医としては、この決定に本当に「甘んじて」服従するしかないのです。服従したくない場合は、保険医を返上してすべて「自由診療」でやるしかありません。現在の「国民皆保険制度」の医療体制では、「100万円払ってでも鼻を高くしたい」と思う様な患者が来る美容形成外科医のような自由診療以外はまず成立しないでしょう。

情報を整理する目的で、こんな記事を書いていたらだんだん暗い気持ちになってきました。
さあ、モーツァルトでも吹いてから帰りましょう。。。

〜〜〜〜〜
Q本日の山形新聞朝刊の11面、「庄内地域」の記事に、土曜日の演奏会の事を取りあげて頂きました。
「庄内で初の演奏曲」とは、幸松肇作曲「弦楽四重奏のための最上川舟唄」のことです。ヴァイオリンやチェロを打楽器のように演奏する中で、ヴィオラが「よ〜いさ〜の まかっしょ〜 え〜んや こら ま〜かせ〜」と始める、とても興味深い曲です。
いらっしゃる予定の方はどうぞ楽しみにしていて下さい!


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2010.02.16

いろいろありました。。。

まずはヴァンクーバー・オリンピック。男子スケート500m、長島の銀、加藤の銅。おめでとうございます。

特に銅の加藤条治選手は、山形中央高校出身の山形県人。私の関係者も中央高校卒ですのでどうしても気になります。
山形中央高校といえば、1ヶ月後に迫る春の甲子園大会に「21世紀枠」で初出場します。今、ノリに乗ってる山形中央高校です。普通科の他に「体育科」というのがあるのですが、レッキとした県立高校。公立なのです!

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0216(本日朝のお向かいさん建設状況。交通整理しながら電柱、電線に何かしていました)

さて、今日の午前中の外来診療は大変でした。
コンクリート上で後方に転倒し後頭部を打撲した60歳代の女性が来院したのですが、左後頭部がブックリふくれていて出血が見られます。処置用ベッドにうつ伏せにして、手術用ライトを当て、消毒して処置を開始した瞬間!

ビュ〜〜〜ッ!!!

わわわっ、久しぶりに白衣、顔面に血を浴びてしまいました。

出血は押さえてすぐにコントロールできましたが、どうも皮下の後頭動脈が損傷されているようです。傷は、ズバッと切れた様な傷ではなく、いわゆる挫滅創。ガーゼで圧迫して傷を確認すると、動脈の拍動に合わせてフレッシュな血がピューピューと出てきます。当院の様な診療所にはあまり重症の外傷は来ないので、4-0ナイロン糸と言って、顔や手などを切った傷を綺麗に縫合する様な縫合セットはあるのですが、大きな傷や出血をギュギュッと止める様な太い縫合糸は常備していないのです。
とにかく左の後頭動脈の走行に直行するように針を深めにかけて止血縫合をします。少し出血の勢いは弱くなりましたがまだ完全には止まっていません。

すぐに日本海病院の脳外科に電話して、止血が不完全なので患者を送ると連絡。ご家族に来て頂いて車で連れて行って頂きました。強く皮膚を圧迫していたので幸い大した出血の量ではないのですが、瞬間吹き出した血を浴びてしまいました。

以前、病院勤務医のときは、交通事故の救急で搬入された患者さんなど、もっと激しい傷からの出血を浴びて白衣を着替えた事など珍しくはなかったのですが、開業して2年間で初めて白衣に血を浴びる目に遭いました。

===

さらに、今日はどうした事か、いつもより新患が多く、その上脳ドックも2件予約されており、18時過ぎの診療終了まで(終わったのは18:25頃)、昼食以外の時間は殆ど休みなしという状態でした。
1週間前の火曜日は、1日の新患がたったの3名だったのに、今日は新患が11名、それに脳ドック2名予約があったので、脳MRIの検査が全部で12件と非常に多かったのです。先週の月曜日など1日の脳MRI件数が2件という日もあるので、いつもいつもこんなに忙しい訳ではありません。

これは、もしかすると、スタッフから頂いた「金箔チョコケーキ」のご利益なのでしょうか?(笑)

こんな時はジョンダーノ・ホールでゆっくり笛を吹いて、精神的な疲れを癒す事が大切です。頭の中がささくれ立っている感じがするからです。
モーツァルトの音楽を演奏していると、それだけで気持ちが癒され「精神的な」疲れが取れるのです。

Photo(内緒ですけど)土曜日の山形弦楽四重奏団庄内演奏会のアンコールに、ちょっとだけ出演する予定で練習しています。写真は、ヘンレ(原典版)とペータース版のフルート四重奏曲の楽譜。これがヒントです。
(もはや内緒ではない!)アンコールがなければ出演しませんが(苦笑)、おそらくあるでしょう。山形Qは3、4曲アンコールを準備してくださっているようです。

Qd山形Q初登場のサロン・コンサート第7回まで「あと4日!」です。
今日の夜の段階で、まだまだ20席以上空いています。
チケット、買って下さい!!!

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2010.02.15

「アマデウスへの旅」 in 庄内町

200912211404351バレンタイン・ディの2/14(日)、庄内町「響ホール」での山形交響楽団モーツァルト・シリーズ「アマデウスへの旅」のコンサートに出かけました。

コンサートは15時開演ですが、3/21の酒田フィル・ファミリーコンサートのチラシ配布のため14時に集合する事になっていました。庄内町の旧余目地区には美味しいお店がたくさんあります。パスタ、イタリアンの「ブリラーノ」、蕎麦の「しま田」「蕎麦工房せき」、ラーメンの「萬人」「八千代」、焼きそばの「てんてん」など、これまでも何度か行っています。

今日行ったのは余目中学近くの「まごころ」。
Photo庄内国際ギターフェスティバルの歓迎レセプションでもここの料理が振る舞われました。
私はパスタランチ。エビと旬の野菜(うるいなど)のトマトクリームソース。
これにサラダ、スープ、コーヒーがついて900円ならばお値打ちでしょう。

Photo_2Photo_3家内は、スペシャルランチ。前菜は、ジャガイモのスフレに鱈を載せオリーブオイル、ハーブなどで味付けしたもの。メインは、庄内彩鶏のパイ包みデミグラスソース。ランチなのでソースもあまり重くありません。鶏肉の食感がちょっと「?」でしたがそれ以外は満足。

Photo_4デザートは、リンゴのタルト、ストロベリーアイスなど。スペシャルランチにしかついていないのですが、今日はヴァレンタイン・ディということで特別にチョコケーキがついて来ました。

〜〜〜

さて、14時に響ホール「大ホール」の受け付けに行くと、酒田フィルのメンバーは私をいれて6名集まっていました。受付での混乱を避けるため、チラシ配布は4名に制限する事になったので、私は2/20の山形弦楽四重奏団庄内演奏会のチラシ配布に専念。

15時のコンサート開演10分少し前にマエストロ飯森がステージに登場。
響ホール主催事業のコンサートだったため、配布されたプログラムは曲目解説もない簡素なコピーだけ。ホールの担当者(町の職員)によるとプログラムにお金をかけない方針との事で、広告取りも何もなし(広告があれば拙クリニックの広告+サロンコンサートの情報を載せたのですが、、、)。その分を入場料に反映させたようですが。

飯森音楽監督は、「プログラムに演奏曲解説は載って、、、ないですね?」と前置きして、本日の5曲の解説をしました。その中で、ホールの素晴らしさにも触れました。GPで指揮をしないで、観客席のいろいろなところで座って聴いてみたのだそうです。そして、2年前にギターフェスで初めて山響を率いてこのホールで演奏した時には、ギターのソリストなどに気を使ったためあまりわからなかったこの響ホールが、モーツァルト・シリーズに最適な会場である事を確認できた、とのことでした。いつものようにサービス精神一杯に開演時間を過ぎてもお話が続き、ようやく団員が登場です。

前半の3曲は弦楽合奏だけで、管打楽器なし。おそらく昨日の山形テルサのステージと同じでしょう。下手から第1バイオリン、チェロ、ビオラ、第2バイオリンの対向配置で、コントラバスは最後列の反射板前です。女性奏者はカラフルなカクテルドレスでステージが一気に華やかになります。最後に登場したコンマスは、森悠子さん。飯森さんのブログなどで事前に情報を得ていたので驚きませんでした。
海外で活躍され、現在は京都の長岡京室内アンサンブルの音楽監督など指導的立場でも大活躍されている音楽家です。山響のコンマス高木さんや第2ヴァイオリン首席のヤンネ館野さんの先生でもあるそうです。

さて、自分が響ホールで演奏した経験では(酒田フィルのコンサートなど4、5回経験があります)このホールは、本当に響きは素晴らしいのですが、演奏する立場からするとステージの場所によっては自分の出している音が確認しづらく(響き過ぎなのだと思います)、ステージ上での奏者同士の確認が難しいような印象があります。コンマスの森さんがチューニングに大変神経質に時間を掛け、1曲ごとに立ってチューニングしていたのもそういう面があるのかな〜などと考えながら見ておりました。
そして山形テルサでこれまで聴いて来た「アマデウスへの旅」シリーズで飯森&山響が取り組んで来ている、ノンヴィブラート奏法、響きの透明感を追求した演奏は、この響ホールでは必ず大きく活かされるはずだと確信していたので、今日の演奏会はそういう意味でも楽しみで仕方ありませんでした。

ーーー

1曲目、「ディヴェルティメント」が始まりました。
ああ、いい、、、
初っ端から、「のだめカンタービレ」のように感動です。
第1バイオリンの澄んだ旋律が、なぜか上手側から反射するように響きホールを回ります。コントラバス、チェロの低弦の重厚な響き、ヴィオラの内声のやわらかい響き、第2バイオリンの透明な響きが全体をまとめるようです。

2曲目の「アダージョとフーガ」。ハ短調で暗く、低弦から重々しく始まりました。ちょっと聴くだけではモーツァルトらしくない音楽。山響の演奏に引き込まれます。

3曲目、「アイネク」の愛称で呼ばれる、「一つの・小さな・夜の・音楽」。モーツァルトがいつも快活だったのかは不明ですが、こういう音楽を聴くととにかく明るく楽しく幸せな世界しか広がりません。山響の弦のピリオド奏法の澄んだ響きがホールを満たします。
コンマスの森さん、ノリノリになってくると右足が浮いたり踏み出したりと少々足が暴れだすところは、弟子の高木さんそっくりです。チューニングの時から優しいお母さん的な雰囲気を醸し出しながらお茶目な印象がありましたが、音楽も美しいだけではなく楽しそうです。

15分の休憩のあと、後半のステージ。
と思ったら、飯森さんが登場。
「響ホールでモーツァルト・シリーズの演奏会をするのは初めてだという事を忘れていました。」と、これまで山形テルサ、伝国の杜、遊佐町公民館などでやってきたピリオド奏法の解説とピリオド楽器のレプリカの解説。前半全く出番のなかったフルートの足達さんとトランペット井上さん、二人の首席奏者をステージに引っ張りだし、木製管のフルートとナチュラルトランペットの演奏をしていただきました。足達先生の使うパウエルの木管フルートは全くの「現代」フルートですが、普段使用されているマテキの18K金のフルートとはかなり違う柔らかな響きを聴かせてくださいました。井上さんのナチュラルトランペットの音は、聴いただけでヨーロッパの王宮にでも迷い込んだような感じになります。

さて、待ちきれないように団員がステージに登場。マエストロも「では!」という感じで袖にいったん下がります。
コンマスの森さんがチューニング。
オーボエが居ないのでファゴットがチューニングのキーとなります。まずは管楽器のチューニング。ホルン協奏曲に乗るのは、クラ2本とファゴット2本だけです。ついでファゴットにコントラバス、そしてチェロが合わせ、ヴィオラという風に低弦から順にチューニングして行きます。
最後にヴァイオリンのチューニング。ノンヴィブラート奏法ではごまかしようがないですから、森さんはチューニングにとても神経を使われていたようです。

さあ、ホルンの八木さんと指揮の飯森さんが登場。八木さん、ステージのほぼ中央にすっくと立って、いつもよりさらに凛々しく見えます。
2日続けての協奏曲のソロは大変だと思います。第1楽章、ちょっとハラハラするところもあって、気持ちとしてあまり第三者的に冷静には聴けません。でも、音楽が弾んで進んで行くとそんなことは気にならなくなります。カデンツァ、ああ、なんてホルンを自由自在に扱っているんだろう。あのバボちゃんが言っていた言葉を思い出します。
「音楽の前にホルンが聴こえるような演奏はしたくない」
確かそんな内容の言葉でした。ホルンという「楽器」を演奏しているのではなく、ホルンという楽器を通して「歌っている」、「心の思いを表現している」というような事なのだと思います。
2楽章、3楽章と落ち着いて聴く事が出来ました。軽快な狩りの音楽、そしてカデンツァ。
フルート協奏曲でも、古典的なカデンツァから近現代の名手の創ったカデンツァまで様々ありますが、だんだん淘汰されて行きます。ホルンの世界も同じだと思いますが、今回のカデンツァ、ホルン吹きならわかるのでしょうが、ホルンのカデンツァについては詳しくないのですが、勝手な印象としては現代的な音の運びが見られたように思いました。

演奏終了と同時に、それまで緊張と軽度の興奮の中に居たような八木さんの表情は和らいで清々しい顔に変わったように思いました。練習、リハ、そして2日間の本番。プロとはいえ大変気を使った期間だったと思います。
お疲れさまでした。大変素晴らしい協奏曲でした。
いつもオケの中で大切なパートであるホルンのトップを務めている(たとえばブルックナーの「ロマンティック」の冒頭の八木さんのホルンはいつも素晴らしい!)のとはまた違った緊張感。でもその八木さんを支えようとオケ全体も心を込めて演奏していることが伝わって来て、ソリストとオケが一つになって音楽を奏でていたと思います。
(元ブラバン指導教官だった)家内などは、いつも八木さんの演奏にはなぜか誠に勝手ながら母親か学校の先生の様な気持ちになっており、ハラハラしながらその素晴らしい演奏に喜び感動する、という八木さんにはまったく失礼な(?)聞き方をしております。(苦笑)

最後の交響曲ニ長調 K.95は、明るく軽快な中に、いろいろな仕掛けが見られます。マエストロのプレトークによれば、最近直筆譜が発見されて、アマデウスのものと認められたらしいです。交響曲第45番となるのだそうですが、ケッヘル番号が若いことから分かるように、アマデウス13才の頃の作品らしい。弦がパート毎に、こっちが主張したら次はそっちが主張し、その次はあっちが主張する、と言う感じの動きも見られて面白い。管はトランペット2本、ファゴット1本、フルート2本、オーボエ2本だけで、今日の5曲の中でトランペットとフルートとオーボエはこの交響曲だけが乗り番でした。ティンパニがない代わりにファゴット1本で代用したのでしょうか。Tpの隣にFg高橋あけみさんが一人だけ座るという珍しい配置でした。
2楽章のフルート2本のデュエットは弦の響きの雲の上にのった小舟のように優しく揺れるセレナードと言う感じでステキでしたが、個人的にはちょっと眠くなる様な音楽でした。アマデウスの後期の交響曲とはやはり一線を画すものがあるようです。

ブラボーの声こそ上がりませんが盛んな拍手。なかなか鳴り止まずマエストロは数回カーテンコール。本日の弦のそれぞれの首席を立たせます。Cbは最後列にいるので「起立!」という感じですが、客演のチェロ、ビオラは今日は倉田さんが首席、第2Vnはヤンネさん、そしてコンマスの森悠子さん。
マエストロにとっても大先輩の森さんがにこやかに笑っています。まだまだ拍手は鳴り止みません。

ついに飯森監督が拍手を制してまた喋り始めました。
「本当にこのホールはモーツァルトには最適だと思います。また演奏に来たいと思います。が!それには皆さんのご協力が必要です。これからも山響をよろしくおねがいします。」というような内容でした。終演後にトークがない代わり、マエストロのサイン会が行われました。庄内町には滅多に来ない飯森さんですので結構長い列が出来ていました。

その間、
V山形Qの倉田さんを探しにホールに戻った私でしたが、ヴァイオリン軍団が森悠子先生を囲んで記念写真を撮っていたので、犬伏さんから許可指示されて「保険をかける」ということで私のデジカメでも一枚。
(この写真はサイズを小さくカットしていますので、解像度の高い写真が欲しい場合は私までご連絡下さい。)

ホワイエに戻ると、まだサイン会は続いていました。
私は2/20(土)の山形Qのサロン・コンサートのチラシをイーゼルに貼って「ご自由にお取りください!」と宣伝していたので、サイン会が終わってから邪魔にならないように片付けようと待っていたのです。コンサート実行委員会の皆さんが飯森さんを囲んで写真を撮るのを横目に見ながら片付け。残っていたチラシを回収しました。20枚位はなくなっていたのではないでしょうか。

この後、夜は鶴岡に泊まり翌日の朝一の便で東京に飛ぶ飯森さんを囲んで、響ホール&庄内国際ギターフェス実行委員関係者が一献という席が用意されていたようで、折角のお誘いは受けたのですが当方実行委員でも何でもないので丁重にお断り申し上げました。実は、響ホールがいいホールだということは山響側でも分かっていたので、大分前から山響のコンサートについてのアプローチがあったのですが、かつてのホール担当者か誰かがその申し出を断ったという遺恨があったのです。響ホールは庄内町の建物なので、そこで働く職員も庄内町職員、つまり地方公務員です。
必ずしも、音楽、演奏活動、コンサート誘致に一生懸命ではない、「役人根性」の人もいたのかもしれません。正しく理解していないかもしれませんが、山響、飯森さん、響ホールの間にちょっとした気持ちのずれ、軋轢があったように聞きました。

アンケート用紙に「今後呼んで欲しいアーティスト」という欄がありましたが、私はしっかり「山響」と書いてまいりました(他には、高木綾子さん、有田正浩さん、オーケストラ・リベラ・クラシカ、曽根麻矢子さんなども書きました、v(^^))

〜〜〜〜〜

山響の素晴らしい演奏に、響ホールという極上の楽器が加わって本当にステキな響きを創り出し、大満足のコンサートでした。これからも年に1回は定期的にやってほしいものです。

Photo_5(写真は、2/12のお誕生日祝いに家内が拙クリニックスタッフから頂いた、楯の川酒造の大人気商品「生とろ子宝ヨーグルト・リキュール」。
15時開演のコンサートでしたので、後片付けをしても18時には家に戻り、ヴァレンタインの夜は家内お手製の(私の大好物)マカロニグラタンとチョコケーキをまた頂きました!
Photo_6Photo_7御馳走様!

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2010.02.14

聖ヴァレンタインの日、そして山響

今年の2/14は日曜日なので、前日の土曜日に拙クリニックのスタッフからしっかり「義理&愛?」のチョコを頂きました。
(「かみさま」からは2/12お誕生日プレゼントのお返しに、ネクタイ、セーター、Yシャツの実用3点セットのプレゼント!ありがとうございます〜〜〜にゃ)

Photo_11誰の発案なのか、お取り寄せで滅多に手に入らないものを頂きました。
大きな紙包みから出て来たのは箱に入ったケーキ?金沢の「箔座」というお店のパンフレットが添えられています。金箔で有名なお店のようです。
こちら→「金箔専門店「箔座 HAKUZA」

Photo_12なんとなく圧倒されつつ、厳かな気持ちで箱を開けると、、、
現れたのは「金の延べ棒」かと見紛う様(笑)なチョコレートケーキ。

Photo美しい姿です。
表面を保護するためについている薄く透明なシートを慎重にはがします。金箔が一部シート側にくっついてしまいます。も、もったいない、、、慌ててフォークでこそいで金箔だけ食べてみます。何も味がしません。。。金、ですからね。(笑)

これを慎重に切って頂きます。
Photo_2もちろん金箔自体は味も香りもないので、チョコチップのはいったしっとりチョコケーキということです。
美味しく頂きました。ありがとう、スタッフ一同!!!

まあ、院長としてやや風格に欠ける私に「箔がつくように」とか、(診療報酬改定で唯一「マイナス」になった診療所再診料など、民主党の公約違反にも等しい逆風が吹く中で)クリニックの経営がもう少し軌道に乗るように「金運がつくように」とかのスタッフの願いがこもっているのでしょう。

かんたんに「メッキがはがれたり」「うわべだけの人間」にならないよう、心して日々の仕事、生活に取り組む所存でござりまする。。。

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200912211404351さて、今日の夕方は庄内町、響ホールでの山響のモーツァルトシリーズ『アマデウスへの旅 in 響ホール』。
県内で管弦楽などクラシックに適した音響を誇るホール、山形テルサ、酒田市民会館「希望ホール」、(未体験ですが)白鷹町文化交流センター「アユーム」、米沢伝国の杜置賜文化ホールなどと並ぶ、またはそれを凌ぐホールといえる庄内町文化創造館「響ホール」
(もう一つ、「ジョンダーノ・ホール」という素晴らしいホールもありますが、、、笑)

杮落し演奏に来られたピアノの中村紘子さんも絶賛し、ギターの福田進一さんはじめプロの音楽家がCD作成の録音会場に使っている程です。

山響のモーツァルトシリーズのオケのサイズにはおそらく県内では最高の環境だと思いますのでいまからホルンの八木さんの協奏曲や「アイネク」など、ワクワクしています。

ちなみに、3/21(日)の酒フィル「ファミリーコンサート」〜『名曲への旅』は、この響ホールで14時開演です!こちらもお楽しみに!!!


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2010.02.13

あいおい工藤美術館のお雛様(&昨日の続き)

今日の午後は来週の山形弦楽四重奏団コンサートの宣伝を兼ねて、相生町にある「工藤あいおい美術館」に行ってきました。

先日記事にした「酒田のお雛様」「加藤家のお雛さま」で紹介した「目黒雅叙園」での『山形ひな紀行』の仕掛人(?)でもある、工藤幸司さんが運営管理して酒田や周辺の文化風俗を伝える小さな美術館。

Photoお人形や着物などを守るためか、石油ストーブなどの暖房を入れていない館内はとっても寒いのです。
まずは入り口を入ると「コート着たままでどうぞ、、、」と勧められるままにコタツへイン!。工藤先生自らお茶を入れてくださいます。ひとしきり音楽やコンサートなどの話しをした後、館内の展示物を拝見。
最初の部屋には江戸時代のものと言われる左側の古今雛、明治時代?の右側の七段飾り。下の方には当時の女の子が遊んだものでしょう、着せ替え人形。この人形はカツラも着せ替えできるのです。

Photo_2次の部屋には享保年間のものとされる大きなお内裏様とお雛様。部屋の奥には「総絞り紅花染めの着物」も展示されています。
享保年間は18世紀初頭。およそ300年前のお人形です。お顔は能面師の手になる木彫りとのこと。しかもその大きさは、座っているのに冠のてっぺんまで約50cmあるとのこと。加藤家のジャンボお雛様の43cmを上回っているではないですか?!思わず「スーパージャンボお雛様ですね」と言ってしまいました。

Photo_3昨年でしたか、テレビ番組「お宝鑑定団」が酒田に来た時に「あいおい工藤美術館」にも来たそうです。その時に人形研究家の藤田順子さんがこのお内裏様とお雛様を大のお気に入りになられたそうです。
「お顔が大好き」と。
なんというのでしょう、微笑みの貴公子とでもいいますか、笑顔なんですね。口元が大きく笑っていてとってもニコヤカなのです。

写真の他にももっと多くのお雛様たちを拝見しました。工藤館長直々に一つ一つのお人形や着物、お道具などについてその時代や由来などを詳しくお話しいただきました。


その後、市役所前の喫茶店「山茶花」に寄って来週のサロン・コンサートのチラシを置いて宣伝をお願いしてきました。山形Qメンバーである、中爺さんや倉田さんが山響団員として酒田に演奏にこられた時にも演奏前の休憩時間などに決まって立ち寄る「山茶花」。マスターにも時間があれば是非コンサートに来てくださるよう、お願いしてきました。

夜は2週間ぶりの市民オケの練習(先週は、あの地吹雪で練習中止にした土曜でした)。
トロンボーン、チューバの参加もあり、今日はムソルグスキーの「展覧会の絵」から抜粋とホルストの「木星」から”木星”を練習。まだまだいろいろと問題はありますが、少しずつ部分的に形になって来た感じ。本番の3/21の「ファミリーコンサート」まであと5週間です。そろそろ余裕がなくなってきますね。


さて、、、
昨日の家内のお誕生会。
今年は「欅」に行きました。今まで何度も行っていますが、やはりここです。その味はもちろんですがヴェテランのフロア係の落ち着いた、そしてそんじょそこらのお店にはない知識と経験がとても気持ちいいお店なのです。(写真は整理して後ほど載せます)

Photo_3まず最初に「フランス産の鴨のロースト」。よくあるオレンジなどのソースではなく、赤ワインを煮詰めて砂糖で甘みを加えたソースが甘すぎずにとても嬉しい。

Photo_42皿目は、タラバガニのスフレ。「これ、私も大好きなんですよ〜」と給仕してくださるMさん。Souffleはかつて山響のBBSなどで私が使用していたHNでもあります。「空気」とか「吹く」という意味があり「笛を吹く」にかけていたのですが、このスフレ、いや〜絶品でした。

Photo_53皿目はタラバエビのスープ。「まずはスープから味わってください、、、」との言葉に従って塩気の利いたスープを頂きます。とたんにスプーンの動きが止まらなくなってしまい、最後まで飲み干す美味さ。
Photo_6なんと言ったらいいのでしょう、適切な表現ではありませんがラーメンのスープに加えたら凄く美味しそうです。そしてタラバエビは手で頭を剝いて、殻を剥いて身を頂きます。これがまた美味です。

Photo_74皿目、伊勢エビをタラの身で巻いてソテーしたもの。エビと魚の身の味はもちろん、両者から滲み出たソースがまた旨い。このソース、パンで拭うようにきれいに頂きました。
(目にも美味し過ぎて気がついたら平らげた後でした、、、恥)

Photo_85皿目、メインの山形牛のロースト。キノコのソースがまた美味しい。お肉は柔らかく口の中でホロホロとほどけるように溶けて行きます。そこにデミグラスソースと和えたキノコたちの香りが甘みを加えています。

最後はデザート。
Photo_9家内は一品多く、ろうそくが1本ついてきました。イチゴのアイスも上に乗ったクレム・ダンジューもうま〜〜い!すべてのお皿が美味しくさすがでした。家内のお誕生日にかこつけて私も大満足。
一緒に頂いた上山タケダワイナリーの白も辛口で、酸味も甘みも主張しすぎておらず、かといってただやわらかいだけでもなく、魚介からお肉まですべてのお料理に合うおいしい白ワインでした。

Photo_10建物が古く、階段の絨毯が禿げていたり、お店奥のこの店が入っている会館のトイレが古くて、「えっ?」とおもってしまうようなお店なのですが、さすがに庄内DECクラブ会長太田シェフのお店です。ちなみに2/14、15は恒例の「太田シェフの夕べ」特別料理が食べられるようです。

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2010.02.12

Happy Birthday!

本日は、うちの「かみさま」のお誕生日。
目出たく「◯◯才」におなり遊ばされました。

2年前の2/12は、拙クリニックの立ち上げ時のスタッフ第1陣が入職した記念日もであります。
当院スタッフの入職記念日にはお祝いして来ました
Photo_3「なかせのもちもち庵」として有名な、旧平田町の和生菓子「なかせ」。スタッフごとに入職の時期が違うので、その時々で「うさぎもち」や「むらさきいも」、「しののめまんじゅう」などを家内が選んで買ってくるのです。
今回は「うさぎもち」。可愛い!

Photo私にも「おこぼれ」。季節限定「いちご大福」。今では珍しくもありませんが、ごろっと丸ごと1個のいちごは食べ応えがあります。

Photo_2あまりきれいな絵ではありませんが、がぶりと一口齧った断面です。
しっとりもちもちの外側の大福餅、適度な甘みの餡子、そして酸味の利いた甘いイチゴ。一番最初に考えた人は偉いと思います。


夜は、当然、誕生を祝ってお食事会。
酒田で住んで初めての誕生日(2年前)は「ル・ポットフー」、昨年は「NICO」、そして今年は。
お食事会の模様は明日レポートします。

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2010.02.11

休日にプログラム&チケット作り

2月11日、建国記念日。
木曜が休日になるのは珍しい気がします。

混雑する休日にスポーツジムに行く気はしないので、朝風呂に入って気持ちを整え、午前中から普段出来ない仕事をいろいろ。といっても、12月の引越しで書籍&書類のダンボールを20箱程運び込んでからまだ片付いていない院長室の整理。
昔書いた論文のデータや投稿した原稿などが出て来るとなかなか捨てる気になれません。

941994年、平成6年の山形新聞の切り抜きが出て来ました。「難治性疼痛」(脳卒中や帯状疱疹後の後遺症などの慢性の頑固な痛み)に対して、脳や脊髄の一部を電気刺激して痛みを和らげる先端医療に取り組んでいた頃のことです。
写真に写っているのは、不肖私(16年前の30代)で、脳卒中後の下肢のしびれ痛みを脊髄硬膜外電気刺激で治療しているところを取材されました。(なつかしい、、、遠い目)

Photoこちらは荘内日報に連載されていた『こんにちはー 元気だの〜』という当時の県立日本海病院が担当していた医療&健康に関するシリーズ物。
脳神経外科医長&診療副部長だった私は「脳卒中入門」というタイトルで、2004年(平成16年)の3月19日から5月21日にわたって6回記事を書いています。写真はその「2」と「3」の記事。丁度、元巨人軍監督の長嶋茂雄さんが脳梗塞で倒れた直後だったので、比較的タイムリーな話題でした。

ついつい手が止まって片付けが遅くなります。


Photo_2お昼は、昨日から家内が予約していた「鈴政」のチラシ&どんがら汁セットを食べに出掛けました。
家内はチラシ寿司が大好物。私は握りの方が好みですが、このチラシは本当にほっぺたが落ちそう。
Photo_3そして「ドンガラ汁」。寒ダラ汁のことですが、元々は漁師が船の上で穫れた寒ダラをアラを汁にして食べていたもの。身以外に骨付きのガラを入れた豪快な食べ物なのですが、脂の乗った寒ダラの肝、きくわた(しらこ)が入って味噌で味を整え、豆腐とネギを加え、大量の岩のり(これもこの季節の庄内の食べ物)を散らした、ちょっと上品なドンガラ汁です。

:

美味しいもので心と身体に栄養を付け、片付けに戻ります。
ある程度片付けたところ(まだ終わらないのだ、、、)で、来週末に迫ったサロンコンサート第7回「山形弦楽四重奏団 庄内演奏会Vol.1」のプログラムとチケット作りに着手。
Qある程度、つくっていたものをフォント、フォントサイズ、その他を調整してピンク、黄色、緑の3色のPPCカラーペーパーに表裏印刷。う〜〜ん、文字がくっきりするのは黄色かな。。。
脳ドックでMRI画像をプリントしているやや厚手のマットフォトペーパーを使ってチケットのプリント。背景は、山形QのHPのトップにある、文翔館でのコンサートのシーンを利用しました。我ながら、まずまずの出来かと。。。
これを裁断機で切りそろえて写真の様なチケットになりました。完全手作りのチラシ、プログラム、チケット、そしてコンサートもほとんど人の手を借りずに手作りしています。でも演奏そのものはいつも素晴らしいサロン・コンサートなのです。
是非、お時間のある方はお越し下さい。

0211そうそう、明日2/12付けの「コミュニティしんぶん」が本日配られていました。そのインフォメーションの欄に、しっかり2/20(土)の山形弦楽四重奏団庄内演奏会の情報を載せて頂きました。

もう一つ、庄内の情報を適時適確に知る事ができる「庄内を遊ぼう!あねっくす」のブログ「小耳に庄内」にも2/20の山形Q演奏会の情報を載せて頂く事が出来ました。「こちら」をご覧下さい!

まだまだまだたくさん席はあります。60席で満席になりますのでお早めにご連絡下さい。
よろしくお願い致します。

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2010.02.10

裏日本という言葉

差別用語として、表日本、裏日本という呼称がなくなって久しいと思います。今は、日本の「太平洋側」「日本海側」と呼ばれています。

0210本日のお向かいさんです。タンクローリー車が入ってコンクリートが打たれているのでしょう。夜には内部に電気が点いていて内装の建築が急ピッチになって来たようです。

この写真でも見られるように、今日も天気は悪いです。鳥海山は見えません。
先週の荒れ模様から、ちょっとだけ緩んだ天候ですが、今朝からまた曇り、雪まじりの雨、明日はもっと崩れると言う予報です。

朝の全国放送のテレビ番組で天気予報をやっている時に、日本の「表」と「裏」を感じますね。テレビ局は東京に集中しているので、「今朝はいい天気です。晴れています!」なんて明るい声で喋っている頃、こちらはどんより曇っていたり、びゅうびゅう地吹雪だったりします。

山形に住んでいた頃は、笹谷トンネルを抜けて仙台側に出た瞬間に、山形側のどんより曇ったグレーの空が、パッと明るい青空に変わるのを見て「何なんだ!この差は!」と思ったことも何度かあります。
日本の人口の70%は、「太平洋ベルト地帯」と呼ばれた関東から北九州にかけてに集まっており、北日本、そして「裏」日本は国の中ではどうしてもマイノリティなのです。


何故このようなことを書き始めたかというと、先日のブログ記事「日本人の死亡原因、その他」のところで少し触れた「自殺」の事に言及するためです。
Zu07このグラフのピンクの帯は、年齢階級別に見た主要死因に占める「自殺」を表しています。圧倒的に20代、30代に多いですね。

そして、日本人の自殺統計を見ると「都道府県別にみた自殺」(これは少し古いH15年のまとめ)や「都道府県別に見た死亡の状況(年齢調整死亡率)の自殺の項」(こちらH17年のデータ)、目立つのは秋田、青森の自殺率の高さです。
ついで多いのは山形、岩手など同じ東北で、全国に目を向けると、島根、鳥取、富山、新潟といった日本海側の県の自殺率の高さが目立ちます(もちろん、宮崎、長崎、沖縄といった南の県が高い場合もありますが)。

そして、圧倒されるのは女性に比べた男性の自殺率の高さです。全国平均で男性は女性の2〜3倍ですが、中には女性の4倍近い自殺率の県もあります。こうして見ると、北日本、日本海側の男性に自殺率が高い傾向が伺われます。

どうしてなのでしょうか。
一説には日照時間、特に晴れている日の少なさが影響していると言われています。秋田県は北海道などよりも年間日照時間が少なく、日本一薄暗い県のようです。太陽の光を浴びるということはとても大切なことで、それ以外の要因はもちろんあるのですが、曇りの日の多さ、雪の日の多さ、晴れた日の少なさは自殺に大きく関与しているように思います。

ちょっと調べてみたらこんなサイトを見つけました。
「日照時間と自殺率の関係 ーお日様は生きる希望を与えてくれるー」のグラフをご覧下さい。
もちろんいつの場合にも例外はあるのですが、おおよそ日照時間が少ない県では自殺率が高いという傾向が見て取れます。
まあ(2005年の)年間日照時間が1位の高知が自殺率では悪い方から7番目だったり、2位の宮崎が同じく悪い方から6番目、3位の山梨が同14位と言うように、日照時間が長いのに自殺率の高い県もありますから、一概には言えないようです。でも全体的には、「一部例外を除き」日照時間の少ない旧名称「裏」日本では自殺率が高い傾向にあるようです。

うつや自殺企図患者に対して高照度光照射療法というものまで行われていると聞きます。
拙クリニックにもうつ状態の方が来られます。薬物療法やカウンセリングも行っていますが、太陽光を浴びたり自然に触れる機会を増やすようにアドバイスしています。朝起きて、もし日の光が見えるようだったらカーテンを開け放ち太陽を拝む時間を作る方が良いと思うのです。眩しい太陽の光を(直接目で見ないようにして下さいね)全身に浴びるようにすれば、清々しい気分になれるのではないでしょうか。明るい陽射しは目から入って脳を刺激し、大脳辺縁系や視床下部近傍も活性化されると思います。そうすると動物として大切な「欲」も賦活され生き生きとして来るのではないかと想像されます。


年間の交通事故死が1万人を切って減少を続け、昨年は5,000人を下回ったということ。これは57年振り、昭和27年以来ということになります。まだまだ悲しい事故死はなくなりませんが、それでも世の中に「自家用車」なんてほとんどなかった時代と同じくらいに減ったということは喜ばしいことです。
それに比べてここ10年以上に渡って年間自殺者は全国で3万人を超えています。急激に増えて来た高齢者の自殺は、不況、健康保険&医療費問題と無関係ではないでしょう。若者の自殺は勿論、中高年者の自殺についてもなんとかしなくてはなりません。失業、健康問題、うつとの関係も高いようです。

陽の光を浴びるだけでは解決しない複雑な問題だとはわかっていますが、それでも一人でも自殺者が減るように医療者の立場から、心の問題、精神に関わる自然現象のことを考えてしまいます。
春まだ遠い北国酒田で、朝のテレビ番組で見えた太平洋側(東京)の明るい空と、こちらのどんよりした曇り空&雪の天気に、つい自殺のことまで思いを馳せてしまいました。


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2010.02.09

脳ドックの施設認定について

またまた久しぶりに、真面目な医学ネタです。(2/10の深夜に一部内容追加しています)


日本脳ドック学会では、今年度から「脳ドック施設認定」制度を開始し、昨年10/31に第1回申請を締め切って現在準備中です。
拙クリニックは、申請書と受診者の名前などを匿名にした実際の脳ドックの検査結果などの資料を昨年9月2日に送付し申請手続きは終わっております。

全国からたくさんの施設認定の申し込みがあったという事で、まず資料の不備などをチェックする予備審査が昨年の12月にようやく終わり、現在本審査に入っていると事務局よりお聞きしました。拙クリニックの脳ドックが「認定」されるかどうかはまだわかりませんが、「日本脳ドック学会施設認定要綱」に記載された主な条件は満たしておりますので、認定通知を心待ちにしているところです。


なぜこのような事を書き始めたかというと、この「条件」を満たしていない脳ドックが世の中には少なくないという事を一般の方に注意喚起するためです。「似非脳ドック」とまでは言いませんが、「脳ドック」という名前は同じでも、施設によって検査する内容もそれを読影判断する医師のレベルも、その結果の説明や報告も、その後のフォローアップもかなりばらつきがあります。

かなり前、平成17年頃だったと思いますが、当ブログに「脳ドックは脳外科医の失業対策だ」「不必要な検査、不必要な治療、不必要な手術をして金儲けをしている」というコメント書き込みを頂いたことがありました。真面目な(と自分では思っています)脳外科医としては、「そんなことはない」とデータを示して反論しました。

しかし、世間様からそのように誤解されても仕方のない様な脳ドックがあることも事実なのだと思います。まず最初に断っておきますが、「脳ドック」は「人間ドック」と同じく脳関連の健康診断ですから「自由診療」です。つまり保険診療体制ではない医療行為ですので、二重瞼を造るとか、鼻を高くするとか、乳房を大きくするといった美容形成治療と同じで、各病院、医師が自由に診療内容や料金を設定出来る医療行為なのです。
「自由」だから何をしても許される訳ではありませんが、名称、検査の内容、料金、検査結果の説明などすべて「自由」です。何の法の規制もなく、社会保険や国民保険の枠から外れた医療行為なので定義もありません。

ですから、世の中の「脳ドック」を謳っている施設の中には、脳外科専門医も神経内科専門医もいないところさえあります。いえ、放射線科医もいなくて、MRIを撮ってもその結果は正しく判定出来る医師がいない病院さえあるようです。そういう所では、「脳ドック」の看板を掲げてMRIの検査を行い、その結果は大学病院の放射線科医にインターネットなどを使って送り、放射線科医がアルバイト感覚で患者も診ないで写真だけ見て結果をメールで報告し、それをプリントアウトして受診者に郵送するというシステムのところもあるそうです。

お隣の県の某S病院の脳ドックは、「10,000円」という通常の1/3くらいの料金を設定してやっているそうですが、そこには脳外科医も神経内科医も放射線科医も常勤せず、上記の様な方法で、しかもMRIもいろいろな撮像方法があるのですが、T2強調画像の水平断というのだけ行っていると聞きました(この目で確かめた訳ではありませんので悪しからず)。

また、脳ドックで見つかった未破裂脳動脈瘤(つまりその時点では無症状のもの)に対し、十分な説明もなく「破れたら死にますよ」というような説明で開頭手術でクリップによる動脈瘤根治術を行った結果、半身に麻痺が残ってしまい、手術による障害が発生する危険についての説明が不十分だったということと、破れたらクモ膜下出血になるもののその破れる確率は高くても1年に1〜2%以下である説明もせずに手術をしたという事で裁判になっているケースなどもあると聞きます。


日本全国で、世界に例を見ない脳の検診システム「脳ドック」が何故たくさんあるのか。
その理由の一つとしては、今話題の医療費削減政策があるかもしれません。一台が安くても4、5千万円、高いものは3〜4億円するMRI装置(しかも医療機器ですからメンテナンス料もランニングコストも高く、せいぜい10年くらいしか使えない)。しかし、日本の医療システムは「保険診療」なので、どんなに新しい優れた高い器械を使っても、保険診療の患者さんから得られる料金は一定です。静磁場強度の強さを1.0Tより高いか低いかで分けて料金設定をしています。
しかも!(ここが大事!!!)ここ10年くらいの間に、MRIの保険診療点数は徐々に下げられて来ているのです。つまり、性能が良くなり値段の高くなった器械を導入しても病院がその器械から得られる収入はどんどん下がって来ているのです。
すると病院側では、MRI装置の稼働率を上げ、器械から得られる収入を増やすために、ここに書かれている条件を満たさないような施設でも「脳ドック」の看板を掲げて来たと「推測」されます。

日本脳ドック学会が、施設認定制度を始めた事情として、上記の様な名前は脳ドックだけれど決して十分とは言えない体制での検査をおこなっている施設や、検査はちゃんとしているけれどその後のフォローアップや治療の体制がきちんとしていない施設などを「脳ドック施設」としては認定せず、法的規制がない以上は学会の努力による自浄作用で「まともな」脳ドック施設を全国に増やしたいという意図があると思います。

事実、私がクリニックを開設している酒田市、その周辺、もう少し広げて庄内一円から秋田県南、新潟県北あたりで「脳ドック」を標榜しているいくつかの施設にも多少問題があり、周辺の病院の脳外科医が困惑することがあります(私が日本海病院に勤務していた時もありました)。

たとえば、、、
A病院の脳ドックでは、月に1回交替する非常勤の脳外科医が担当するため、人によって検査結果の説明が変わったり、何か異常が見つかった場合、その病院で更に精密検査をするのではなくその医師が派遣されている県外の大学病院に連れて行って検査をする事を勧めるそうです(山形大学ではありませんよ!)。患者(この場合は異常が見つかったら既に患者さんです)さんが県外へ検査に行くのを逡巡すると、患者さんの住む地区の病院ではなくわざわざ少し遠い病院に紹介する医師もいると聞きました(実際にその患者さんが紹介された病院から、私のクリニックに紹介されて来て今はこちらで経過をみさせて頂いているのです)。

私が日本海病院に勤務していた頃は、A病院の脳ドックで「未破裂脳動脈瘤の疑い」と言われた方が不安一杯の心で受診され、すぐに脳MRI&MRAを施行したところ、明らかな脳動脈瘤はない!ということもありました。使用しているMRI装置の性能なのか、診断する医師の能力の問題なのか、正確な診断がなされていないこともあるのです(自分もミスを犯しうる人間である事は理解していますが)。

K病院の脳ドックでは、神経内科医が診察して脳MRIを施行しているものの、下垂体に異常が疑われたら「精密検査を勧める」という一行だけの結果を郵送し(受診者にMRIを見せながらの説明や直接の説明は一切なし)、その結果、その方は自分で人に聞いて私のクリニックを受診されました。
私は大学病院勤務時代は、下垂体腫瘍を一つのsubspecialtyとしており、鼻孔から径4mmの硬性内視鏡を挿入して頭蓋底にある下垂体腫瘍を摘出するという先進医療に携わっていました。ですから、すぐにその40代後半の女性が20代後半に子宮と卵巣を片方摘出する手術を受けている事、その結果、閉経後の女性と同じように下垂体がしぼんだ様な形になっている事、機能的には異常がない事、採血の結果下垂体ホルモンには異常がない事を診断し、安心させてあげられる事が出来ました。

A病院の脳ドックもK病院の脳ドックも、拙クリニックの脳ドックと比べた場合、同じ検査をやっている条件で見ると、料金もむしろ両病院の方が高く、しかも結果は紙一枚の郵送です。
でも受診する人はそんな違いなどわかりません。自分が入っている健康保険組合や共済組合から「脳ドックを受けるならA病院に、、、」と指示されて行っているのです。組合の人たちも、脳ドックという名前が同じでも施設によって中身が違う事は知らないのだと思います。

T2infarct(写真はT2強調像、左後頭葉に脳梗塞あり)
一方、当院の脳ドックは、検査データをすべて高画質のプリンターでプリントアウト(脳MRIで7種類、脳MRAで2種類、さらにオプションによって、頚椎頚髄MRIを4種類、頚部MRAを2種類、頸動脈エコーを片側3種類ずつ6枚、頭蓋、頚椎、胸部X線写真など)しています。
Neckmrat2sag(写真は頚椎頚髄矢状断面T2像)
最大で22枚の画像のプリントと心電図や血液・尿検査結果の印刷、そして全データをDICOM IIIという画像データの国際標準規格(どこの病院のCTやMRI、電子カルテシステムでも閲覧可能)にしてCD-Rに保存し、その上に個人のパソコンで見れるようにjpeg画像に落としてもう一枚別のCD-Rに保存しています。そして、検査結果の説明と今後の注意事項、必要に応じて治療やフォローアップにまで詳しく触れたレポートを3〜4枚つけて、それらを一冊の分厚いファイルにして受診者に送り届けています。
3dmracoloもちろん検査当日には、血液検査以外の当日分かった結果は全て直接口頭で私が説明しています。脳MRIはもちろん脳MRAもOsirix IIIを使ったMacの30"シネマディスプレイで目の前でクルクルと回転させて血管の説明をしています。長い時にはこの説明だけで30分近くかかることもあります。(写真は3d-MRAの静止画像)

ファイルにして送っている脳ドックのレポート作成には非常に神経を使います。見落としなどがあってはもちろんいけません。かといって、オーバー・ダイアグノーシスというのですが、ちょっとした所見を過剰に評価判断してしまう事もいけません。
FlairdswmhたとえばFLAIR画像でのDSWMH(Deep and Subcortical White Matter Hyperintensity)という所見です。正常ではグレーの脳実質が白い高信号に変化している所見ですが、プロの放射線科医でさえもこれを「脳梗塞」と診断してしまうことがあります。(写真は、FLAIR像で両側性に軽度のDSWMHが認められます)
実際、山形市のT病院の脳ドックで「脳梗塞」と診断されたという方が拙クリニックに来られたことがありますが、当院のMRIでどう検査してみても小さなDSWMHは認めましたが脳梗塞の所見はありませんでした。
こういったことに神経を使いながら、漏れがないかレポートを作成し、さらに誤字脱字がないかスタッフ全員に回覧してチェックしてもらった上で、お送りしているのです。

かかる時間や労力と得る収入の面から考えれば脳ドックをやるよりは、普通にMRIの必要な新患をたくさん診た方がクリニックの収益&運営にとっては有益ではあるのですが、受診された方に対する一次予防的保健指導に力を入れる事と、詳細で丁寧な説明を受けた方の口コミによるクリニックの宣伝効果も考えて、また実際に自分の脳の状態を心配している方の役に立ちたいと言う気持ちを持って頑張ってやっているというのが実状です。

「日本脳ドック学会」認定施設がきちんと世間から評価されれば、認定条件に満たない施設やいい加減な施設は淘汰されると願っています。いい加減な施設で脳ドックを受けても、一般の方は「自分は脳ドックを受けたんだ」と思っている訳ですから、はっきり言って「被害を受けている人」を少しでも減らしたいと考えています。


と、日頃多少苦々しく思っている事をここで書いた上でまとめとしては、こちら↓。
今年の日本脳ドック学会総会は、私の母校&古巣、山形大学医学部の脳神経外科が主催です。昨秋、中医協委員になって医学系の世界では話題になり、今度は新たに独法化する国立がんセンターの初代理事長に就任する事が決まった、嘉山先生が会長で6月に開催されます。

メインテーマは、『脳ドックの存在意義 ー脳ドック診療の質の保証ー 』、今日書いた内容そのままのようなテーマですね。

〜〜〜〜〜
深刻な話題から逃げるようにオマケ。
0208Photo先週末の地吹雪、暴風雪も緩み、昨日は晴れ間も出て来て今日の日中は「暖房が暑い」と感じる時間帯もありました。久しぶりに頂上まで見えた鳥海山です。雲が少しかかってはいますが、一年で最も雪の多い季節の鳥海山です。
ケーキは、一昨日鶴岡音楽祭の帰りに寄った鶴岡駅前の「青森屋」のイチゴのタルト。「あまおうのベリーレアチーズタルト」と言う名前の通り、イチゴの「あまおう」にブルーベリーとラズベリーが1個ずつ乗ったレアチーズのタルト。
旨々でした。


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2010.02.08

「フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.3」の告知

H15年(2003年)の暮れに、私balaineが初めて単独殴り込み(道場破り?笑)をかけた、「フルート・クライス大発表会」。あれから6年と2ヶ月が過ぎました。
日本最大のフルート関連インターネットサイトである「フルート・クライス」の主宰者でフルーティスト&フルート教師の上坂学氏は、「フルートの演奏って、実はこんなに簡単なんだよ」「誰だって上手に吹けるんだよ」と言う事をインターネットとリアルな講習会などで広めている、フルート・エヴァンジェリスト。

初めてその講習を受けたのは今からおよそ6年前。まさに「目から鱗」だった。
東京では今年の3月で第10回になるフルートクライス上坂学の「フルートを楽しもう!」が定期的に行われ、大阪ではこの1月になんと第11回が開催されている。

こういう素晴らしい企画を、東京や大阪の様な大都会だけではなく、地方在住のフルート愛好家にも是非参加して、同じように「目から鱗」してもらいたいと考えて、balaineが上坂先生にお願いして酒田まで来て頂き「フルートを楽しもう! in 酒田」を企画立案実行した。

200705その前に、金沢在住のフルート愛好家&医師の「3人娘のパパ」さんが蛍庵主のフルーティスト上野賢治氏とコラボして開催している「フルートを楽しもう! in 金沢 Vol.1」が平成19年6月に開催され、酒田からはるばる金沢まで出かけて参加した。ここで大きな刺激を受け、「これは酒田でもやろう!やらねば!」と思ったのがきっかけ。

200806そして平成20年3月3日に開院し、第2回のサロン・コンサートとして「フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.1」をやったのが平成20年6月、「サロンコンサート第2弾;報告その2」です。平成21年6月には「サロン・コンサート第5回&フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.2 報告」と2年続けて開催する事が出来ました。


『継続は力なり』

そして今年、平成22年も「フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.3」を開催する事が決定しました。
6月26日(土)、27日(日)です。酒田に限らず、庄内、秋田県南&日本海沿岸地域、山形の内陸、遠くは仙台や新潟の方も是非ご参加ください。(実際、米沢市、山形市、仙台市、郡山市などからの参加もありました)
もちろん東京や大阪の方が参加してくださっても結構です。

酒田は、映画『おくりびと』のメインロケ地であり、最上川、日本海、本間家、鐙屋、山居倉庫、土門拳記念館などなど見るべきものは結構あります。また毎年、上坂学氏のブログ「つれづれに」でも「報告」されているように、6月から7月にかけて、有名な「岩ガキ」が旬です。
200806_2その他に、「酒田のラーメン」や有名なフレンチ、旨い蕎麦屋など、コンサート&講習会&レッスン&観光&グルメと5拍子も揃ってしまう土地です!
(写真は、酒田にこの店あり!といわれた『ル・ポットフー』のランチを激写する、写真家上坂氏。この写真は「つれづれに」に掲載されています。)

ということで、今年もやります!『酒田場所』(笑)
6/26,27の土日、フルート吹きは空けておいてくださいね!


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2010.02.07

鶴岡音楽祭2010と。

今日は真冬に恒例の鶴岡音楽祭。今年で第25回とのこと。
お隣り酒田の音楽祭はいつも秋ですが、鶴岡は冬。その理由の一つはこの音楽祭を『雪の降るまちを』鶴岡冬まつりと銘打っているためです。

中田喜直の名曲「雪の降るまちを」の着想を得た街として、鶴岡駅前には「雪の降るまちを 発想の地」記念碑もあります。鶴岡公園(荘内神社の隣)には記念モニュメントもあります。2007/6/25の記事「鶴岡の街」をご参照ください。記念モニュメントの写真もあります。

Pさて、今年は中田喜直氏が亡くなられて10年ということもあって、全ての楽曲が中田喜直作品という企画でした。
オープニングは、斎(いつき)小学校ミュージックベル隊による「雪の降る町を」の演奏。戦後直ぐの昭和21年に、斎(いつき)村の音楽祭に歌手のピアノ伴奏者として中田喜直が初めて来た縁で、名曲「雪の降る町を」が生まれたと言われています。お元気な頃は、鶴岡音楽祭で合唱の指導、ピアノ伴奏、指揮などもされていた中田喜直氏。今回は、奥様の中田幸子さん(合唱指揮者)がいらして演奏に参加されました。

第1部は、地元鶴岡の中学、高校の合唱。今年度全日本合唱コンクールに出場し銀賞に輝いた鶴岡北高など、レベルの高い中学1校、高校3校が美しい歌声を響かせました。指導方針の違いや指導者の違いから来るのでしょうが、コンクールを目指して鍛えられた合唱のレベルはなかなかのものでした。

第2部は、招待されたプロの歌手の独唱。まずはソプラノの品川昭子、つづいてバリトンの河野克典。やはり中田喜直作品を4曲ずつ、さすがプロは発声が違います。小さな音でも発音がはっきりしています。

15分の休憩のあと、第3部。
実はこれが一番期待していたのですが、会場を暗くしてステージにスクリーンが現れスライドショーが始まりました。中田喜直と鶴岡の縁、「雪の降るまちを」着想の話、鶴岡音楽祭の歴史など、若かりし中田喜直氏の写真も見られ、大変興味深いものでした。
つづいて、中田幸子氏により鶴岡市に寄贈され現在荘内神社脇の「大宝館」に展示されている、中田喜直が作曲する時に愛用していたアップライトピアノによる演奏がありました。手の小さかった中田喜直は普通のサイズのアップライトピアノの鍵盤だけ幅を狭くして、1オクターブで1.4cm幅の狭い、楽々オクターブの指が届くように特注したものだそうです。そのピアノを使って小学校5年の女の子が「こどものゆめ」より”朝のさんぽ”という曲を、また招待されたピアノ伴奏者渕上千里氏と連弾で「めだかの学校」を演奏しました。

柔らかく優しい音のするピアノでした。
「めだかの学校」が私の生まれた年の作曲だとは初めて知りました。

さてさて、ここまで待たされて、第4部はようやく山響の出番です。
中田喜直作曲(唯一のオケ伴奏の合唱曲との事)、オーケストラ伴奏による混声合唱組曲「ダムサイト幻想」より、「序章」、「 IV 現代のピアラミッド」、「V 神秘なるダム」の3曲が演奏されました。指揮は酒田市出身の山響指揮者工藤俊幸氏でした。
打楽器が効果的に使われていて、なかなかに面白い曲ですが、あくまで合唱の曲なのでオケとしては抑えに抑えて演奏している感じでした。

あっという間に終わり、最後に全員合唱。
まずは、ステージに合唱団が結集。さらに観客席をグルッとひとまわり取り囲むように、鶴岡五中と北高の生徒が並び歌う「夏の思い出」。オケとステージ上の合唱と観客席の合唱で、廻りから包み込まれる様な感覚で素晴らしいものでした。

Photoそして恒例の全員合唱。
観客も立ち上がって、「雪の降るまちを」(自惚れコンサートはこちらをどうぞ)、そして「早春賦」を歌います。
今回の音楽祭で演奏された20曲を超える楽曲の中で、唯一中田喜直作品でないのは「早春賦」。これは中田喜直氏の父、中田章の作曲です。2006年、もう4年も前の演奏ですが、こちら→「138. 早春賦」をどうぞ!

最後の最後は、中田喜直が札幌冬季オリンピックのために作曲した『別れの曲』。優しく美しい合唱の声に包まれて会場を後にしました。

次に向かったのは、ここです。
Photo_2ここだけすっぽり「昭和」のような、「鯉川支店」さん。音楽祭会場の鶴岡市文化会館から直ぐ近くの本町にありました。近所(2ブロック南)には、映画『おくりびと』で有名になったあのお風呂屋「鶴の湯」があります。
この鯉川支店、店主の佐藤伸浩さんは、作曲家佐藤敏直氏の息子さんなのです。

2/20(土)「ジョンダーノ・ホール」での山形Q庄内演奏会で、佐藤敏直氏の「弦楽四重奏のためのモルト・アダージョ」を演奏してもらうのでご案内に伺ったのです。佐藤伸浩さんご自身は、酒屋の店主をやりながらジャズをやったりドイツ語の翻訳をしたりとマルチな方です。
お聞きすると、佐藤敏直氏は高校生の頃までこの鯉川支店で暮らしていたそうです。その後は東京、川崎に暮らし2002年に亡くなられ、同じ鶴岡出身の奥様は今も川崎にお住まいだそうです。

時間が合えば、演奏会に来て頂きたいとご招待申し上げ、先日作ったチラシを置いて来ました。

つづいて鶴岡駅前へ。
ジャスコ跡地で氷の彫刻が展示されていると、「小耳に庄内」で知ったので、折角だからどんなものか見て行こうと寄り道。

Photo_3時間が早かったせいか、それとも昨日だけの事だったのか、キャンドルは灯っていませんでしたが、若干溶けてシャープさがなくなったかな?という感じですが、こんな綺麗な氷の彫刻が並んでいました。

Photo_4なかでもこの「つがいの白鳥」が気に入りました。
今の時期、庄内では白鳥が飛ぶ姿は良く見られます。特に朝早くと夕方は最上川などから落ち穂拾いに田んぼの方へ飛んで行く、美しいV字飛行戦隊の集団を見かけます。たまに、つがいの白鳥と思われる二羽だけの飛行がみられますが、おそらくメスと思われる方が若干後ろに下がって飛んでいるのです。

この場所は、あの有名な「青森屋」さんの裏手に当たります。
Photo_5ということで、当然のように「青森屋」のフルーツゼリーとイチゴのタルトなどをお買い上げになり帰路につきました。

音楽祭では、スライドショーと中田喜直愛用の特注ピアノの音色、そして山響と合唱団の繊細で迫力ある演奏に満足し、鯉川支店で佐藤敏直氏の息子さんに初めてお会い出来、ついでに氷の彫刻と青森屋という一度で4回美味しい一日でした。
鶴岡は酒田から30分位、一昨日、昨日の雪の影響も大分やわらいで車での移動もスムーズでした。山響の方々もご苦労様でした。会場に2/20のコンサートのチラシを40枚程置いて来たのですが、少しでも興味を持った方がいらっしゃれば幸いです。


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2010.02.06

練習中止

昨日からの地吹雪は今日の午前中も続きました。
0206今朝の自宅玄関。
家の玄関は南向きなのですが、激しい風で舞い飛ぶ雪が冷たい空気の中でまるで「樹氷」のように凍って壁やドアにくっついています。写真で見る以上に、ビュ〜〜ン、ビュ〜〜〜ン、ゴォ〜〜〜!!!と風が舞っています。
クリニックの駐車場の雪除けもいい加減なところで止めます。除雪して地面や境界線が見えたとしても、数秒後には地吹雪ですぐに真っ白になって今雪除けしたところも雪に覆われてしまうのです。

お昼過ぎには風も弱まり地吹雪も落ち着いてきましたが、午前中に「今日の夜の市民オケの練習は中止にしませんか?」との連絡が入り、診療をしながら少し天候を見守り天気予報なども見て、楽団の会長と指揮者と相談して「中止」としました。
集まって集まれないことはない天気ですし、少しずつ回復して来ているので、やる気満々の団員もいたとのことでしたが、21時過ぎに練習終了後帰宅する際に事故でも起こされては困ります。市民オケの活動はそれなりに真剣に、仕事や家庭を犠牲にするとまでは言いませんがプライベートな時間を削って打ち込んでいるものです。でも、あくまで趣味、楽しみの世界なのですから「安全第一」ということでしょう。

なにより狩川から往復する指揮者が大変ですしね(当院スタッフの一人は狩川から通勤していますが、今日も酒田まで1時間以上かかったそうです)。

さて、13時過ぎに診療は終了。
今日のお昼は、中町の清水屋デパートに出かけました。
Photo『四国の物産と観光展』が4日から始まっているのです。四国、と聞いてはじっとしていられません。中学1、2年の2年間を高松で過ごした私。讃岐うどんの店も来ていると聞いてはますますじっとしていられません。

Photo_2物産展の奥にある臨時のお店ですぐに昼食です。
こちらは「釜揚げ」。うどん好きの定番です。早く食べたい気持ちが災いして写真がぶれちゃったようです(恥)。

Photo_3こちらは家内の「ぶっかけ」。
うどんといえば「稲庭」という、秋田出身の家内ですが、一昨年の夏にJAO高松大会に連れて行った際に、(その時の記事は「JAO高松大会3」などを参照。当然うどんの写真もあります!)讃岐うどんの美味さも「承認」してくれました。九州生まれで14才までは西日本で育った私に取っては、「讃岐うどん」以外のうどんは認められないくらいなのですが。。。(笑)

夕方になって、空は雲のない明るい部分も現れ、相変わらず風は吹いていますが朝に比べればかなり穏やかになりました。「この天気なら、練習やれたよな〜、、、」と空を見ながら土曜の夕方を自宅でのんびり(でも寒し〜)しているのもたまにはいいか、、、という感じです。

今晩のメインはとうぜん四国物産館で買(こ)うて来た「かつをのたたき」じゃきに。
楽しみぜよ。

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2010.02.05

地吹雪です!

昨日、あまりに夢の様な事を書いたからか、今日は酷い天気です。
朝のうちはまだ良かった。雪除けしてから普通に診療開始しました。

0205でもお昼前にはこんな天気になりました。
地吹雪で視界が真っ白になります。お向かいさん、工事、やってるんでしょうか。。。

こんな天気の日は患者も少ないと思いきや、どうしたことか午後になって新患がたくさんいらっしゃいました。午前中3名だったMRI検査も午後に6名、しかも内2名が造影MRI検査(2名とも脳腫瘍)となりました。天候と同じく異常です。

さて、2/20(土)のサロン・コンサート第7回を「コミュニティしんぶん」の2/5号の記事として取りあげて頂きました。
0204地域の音楽振興や山形Qの活動を応援し庄内の音楽文化に貢献するという「公益性」を理解して下さったのだと思います。
音楽は私の趣味ですし、もとより「赤字」覚悟のイベントで自らの楽しみのためにもこういう企画を立案実行している面はありますが、一人でも多くの方に来て頂けると嬉しいです!

プログラムも原案は完成しました!

最後に。
Photo昨日書いた「夢」の曲目達。
どれだけ実現性があるかは、まずその楽譜を持っているかどうかから始まります。
ちょっと並べてみたら(もちろんもっとありますが)、1〜9)までの楽譜は揃っていました。
美しい楽譜たち。。。
これを「書棚の飾り」にしないよう努力を続けます。

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2010.02.04

立春、これからの願い

人生において、仕事に一生懸命になれることと愛する家族を守ること、その他にも願いを叶えたい事があります。
もちろん最も大事な事は健康です。健康がなければどんな望みも継続して叶える事はむずかしいことでしょう。

今日は立春。
朝はとても寒く、クリニックに歩いて行く道すがら、革の手袋を通してもあまりに冷たい空気に指が痛くて手を振りながら思わず「う”〜〜、さぶいっ!」と呟く自分を思わず笑ってしまいました。
100204「雪除け」も地面にビシッと凍った部分は綺麗に出来ず、午前中の診療を開始。しばらくは指先がビンビン痺れていました。お向かいさんも最高気温が氷点下のこの寒さの中、着々と工事が進んでいるようです。

午後から天気も緩み曇り空に明るい太陽も覗きます。写真のように凍った地面も溶けてきました。
立春。。。
暦の上では春を迎えるという日に、これからの事を少し考えてみました。
仕事、家族、健康以外のこれからの人生における自分の小さな望みです。

読んでも笑わないで下さい。
死ぬまでに、、、というか元気に音楽が出来るうちに達成したい、または達成出来ればいいなぁ、、、という「願い」=希望です(でも願わなければ実現はまずあり得ませんから)。

これから演奏してみたい(人前できちんと演奏するという意味で)フルート曲
1)プロコフィエフ作曲フルートソナタ
2)プーランク作曲フルートソナタ(第3楽章以外は演奏済)
3)フランク作曲ソナタ(原曲ヴァイオリン)
4)モーツァルト作曲フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299
5)モーツァルト作曲フルート協奏曲第2番 ニ長調 K314
6)モーツァルト作曲フルート協奏曲第1番 ト長調 K313
7)JSバッハ作曲フルートとチェンバロのためのソナタ ロ短調 BWV1030
8)JSバッハ作曲フルートと通奏低音のためのソナタ ホ長調 BWV1035
9)JSバッハ作曲フルートと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV1034
10) モーツァルト作曲フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K.285
11) モーツァルト作曲フルート四重奏曲第4番 イ長調 K.298
12) JSバッハ作曲管弦楽組曲第2番 ロ短調(ポロネーズ、メヌエット、バディネリ演奏済)
13) JSバッハ作曲ブランデンブルク組曲第5番
14) Hデュティーユ作曲フルートとピアノのためのソナチネ
15) Aピアソラ作曲タンゴの歴史(ギターとの伴奏で)
16) Aピアソラ作曲ブエノスアイレスの冬(ピアノ又はギターとの伴奏で)
17) Gフォーレ作曲パヴァーヌ(オケでの演奏、合唱なし)
18) Cドビュッシー作曲牧神の午後への前奏曲
19) Mラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」第2組曲
20) 、、、、、

ここまで書いて、あまりにも演奏してみたい曲が多すぎるのに気がつきました。しかも超有名曲ばかりで、これ以外にもまだまだたくさんあります。
たとえばイベールのフルート協奏曲とか、テレマンのフルート協奏曲とか、ヘンデルのフルートソナタとか、、、

更に、オケの曲で言えば、ブラームスの交響曲第4番(酒フィルで演奏したときはセカンドフルートを演奏)とか第1番とか第3番とか(第2番ももう一度吹きたい)、ベートーヴェンの交響曲第9番、第6番、第3番とか、、、、、

自分が元気に自信を持って笛を吹けるのはあと20年あるでしょうか。フルートは自分の息で音を出すだけに口、歯、肺などが衰えて来ると演奏に影響が出ます。その間にこれだけの曲が、「人前」で演奏出来るかと言うとちょっと難しそうです。ソロでない場合は、ピアノ、チェンバロ、ギター、オケなどのアンサンブルを組んでくれる仲間が必要です。

今、毎日ではないものの練習しているのは、4)です。
一人でもこの曲を演奏する事で癒される様な気分です。それだけではなく、超絶技巧は必要としないものの、柔らかく明るい伸びやかな「美しい音」が要求される曲ですので、練習しながらそういう「音」を目指そうという目標が生まれます。ハ長調の音階がところどころに出て来ますが、そういう基本的な音階を音楽的に「美」意識を追求しながら演奏する訓練になると思っています。

3/21のファミリーコンサートのためにホルストの『惑星』から「木星」とかムソルグスキーの『展覧会の絵』から「キエフの大門」などを演奏していると、高い、大きな、強く輝かしい音ばかり出しがちになって、ついつい「美しい音」から離れてしまう様な気がするのです。

これからの「願い」、、、どこまで実現出来るのでしょうか。。。

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2010.02.03

豆撒きといえば、、、

今日は節分。
本来は各季節の始まりの前日の意味であったのが、今では「立春」の前の日として捉えられています。つまり明日は「立春」。暦の上ではもう春です。

時ならぬ雪に見舞われた首都圏、関東地方でしたが、庄内地方も昨晩あたりから寒さが厳しくなり、積雪は多くありませんがとても冷たい風が吹いています。道路はツルツルで裏がギザギザの真冬仕様の靴でもつるりんと滑ります。危ない!

今朝はクリニックの除雪作業も「ユキオス」はほぼ無力。ガリガリのツルツルの路面には歯が立ちません。こういうときは「マニュアル」が一番です。


さて、クリニックをオープンして2度目の節分。
PhotoPhoto_2昨年は夜やったので、今年はお昼休みにスタッフ総出で豆撒きをしました。

Photo_3昨年は「鬼」をやったので、今年はスタッフが作ってくれた紙製の「裃」を着て豆を撒く方になったのですが(院長ブログの「平成22年、節分」参照)、やはり男が鬼をやらなければと思い直してのこの3枚です。

豆撒きと言えば、「まっっめ〜は でんろく!」の「でん六」が有名です。山形市に本社と工場がある、れっきとした地元企業ですが、いまや知名度は全国区でしょう。確か、鈴木伝六さんが創業者だと思います。

Photo_4この「でん六」の鬼の面。豆を買うと付いてきます。今年は「エコ鬼」でした。ついでに鬼退治と言えばこの人という「桃太郎君」にも参加してもらいました。

この「でん六」の鬼の面は、1971年から故赤塚不二夫さんがデザインしていたのです。HPに「鬼の面ギャラリー」というのがありますから是非ご覧ください。
(2008年以降はどなたがデザインされているのでしょうね)

でん六 ー 鬼の面ギャラリー
「1971年〜1979年」作品
「1980年〜1989年」作品
「1990年〜1999年」作品
「2000年〜2009年」作品
「2010年〜  」作品

それぞれ時代に流行や世相を反映させた、ユニークでウィットに富んだ作品です。1984年のタモリそっくりの鬼の面など保存している人がいたら貴重品だと思います。

 「鬼は〜 外〜〜〜!  
     福は〜 内〜〜〜!」

クリニックの玄関、裏玄関はもちろん出入り口のある場所、2階など全てを回って豆撒きをしました。
明日から始まる新しい季節、そして来年の節分までいい年になりますように。。。

~~~~~~
寒いので温かいオマケ。
Photo駅東の「麺屋 新三」のしょうゆこってりラーメン。メンマ追加で、味玉はサービス券があったので無料追加でした!

「今日はラーメン腹だけど、どこにしようか?、、、」
「麺工房さらしな」「川柳」「三日月軒東中の口店」「味龍」などなど酒田市内&近隣には美味しいラーメン屋がたくさんありますが、どこに行こうか迷って近場で考えた時、最近真っ先に頭に浮かぶお店です。つまり「お気に入り」ということですね。
スープがとても素晴らしい。
しょう油でも塩でも、濃厚だけどしつこくないスープのベースが利いています。思わず、最後の一滴まで飲み干してしまいます。血圧が気になりますけど、、、


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2010.02.02

加藤家のお雛さま

1/29(金)のブログに「酒田のお雛様」の事を書きましたら、それをその加藤家の加藤さんがお読みになってご連絡を下さいました。

酒田と目黒の展示のチラシと招待券などをわざわざ持って来て下さったのです。しばらく東京に行く予定はありませんので、さっそく世田谷に住む妹と横浜に住む両親に電話して、時間を作って目黒雅叙園に行ってみたら、、、と勧めました。

Photo写真の左半分は、酒田の山居倉庫に隣接する「酒田夢の倶楽/華の館」のチラシ。今年も辻村寿三郎さんの「雛あそび」とともに展示されるのは加藤家のお雛様達。日付を見ると、上段の第一部は2/3から3/4まで。つまり明日から始まるのです。明日は「節分」ですね。

そして下段の第二部は3/6から4/4。その日付の理由は、写真右半分にあります。
先日紹介した、目黒雅叙園で1/29から始まった「百段雛まつり」、その中心となる山形ひな紀行の中でもチラシの写真になっている加藤家の大型雛。
新暦の桃の節句、3/3(水)まで東京に行ってるんですね。そして酒田に戻って来て、3/6から旧暦の桃の節句の4/4(日)まで「夢の倶楽」で展示されるようです。

左の酒田のチラシと右の目黒のチラシでは、男雛女雛の並びが逆です。古来男雛が向かって右が宮中や畿内などでは普通であったのですが、東京は明治維新後の西洋化に倣って現代式(大正、昭和天皇と皇后の並び方と同じ)となり男雛が向かって左になったようです。
こんなところにも、関西と繋がりの深かった酒田の伝統が現れているようです。

関東では時ならぬ雪で交通機関も乱れ大変だったようですが、酒田では雪はちらついたものの積もっていません。今も道路は濡れていますが積雪は「0」です。明日以降寒波が押し寄せ、雪の節分になりそうです。あさっては「立春」だというのに、、、

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2010.02.01

山形Q第34回定期演奏会、ほか

2日続けて酒田ー山形往復になりました。

まずはタイトルの演奏会の事から。
いつも通り「文翔館議場ホール」で山形弦楽四重奏団の定期演奏会。
今回のプログラムは、
(1) F.J.ハイドン/弦楽四重奏曲 ヘ長調 Op.50-5「夢」
               ~プロシャ王四重奏曲
(2) 林  光/LAMENT(悲の曲)
(3) H.ヴォルフ/イタリアのセレナード ト長調(1886)~生誕150年記念
 〜 休憩 〜
(4) S.プロコフィエフ/弦楽四重奏曲第1番 ロ短調 Op.50

ハイドン以外はあまり聴き慣れないカルテット作品です。
Q17:45開場後、いつものように18:00過ぎからプレコンサート。Vn茂木さん(Vc茂木さんの奥様)、Va田中さん(Va倉田さんの奥様)二人の「ともこ」さんによる、Ensemble Tomo's、「ハイドンのヴァイオリンとヴィオラのための6つのソナタ」から第5番、Es-durでした。
たった2本のアンサンブルなのに、とても豊かで変化に富んでいて愉しい曲でした。知らないとハイドン作曲とは思われない様な、あまり古典的ではない手法が使われていた様な気がします。よく覚えていないのですが、、、(苦笑)。
スゴく記憶に残ったのは、茂木智子さんが演奏曲の紹介をした時に、最後に「Es-durでした」と言ったその言葉が何故かとてもかっこよく印象的に聞こえました。

プレトークの担当はVaの倉田さんです。
サービス精神たっぷりに開演時間の18:30ぎりぎりまで、これまでの山形Qの歩み(活動10年目に入ったこと)、前日の「村川千秋の世界」と山響の活動の話、今回のプログラムの4曲の事など話して下さいました。特にあまり知られていない(私が知らないだけ?)ヴォルフは合唱曲は結構残しているものの、もともと天才肌と言うか神経質なタイプな上に梅毒による脳症で精神を病み、最後は精神病で亡くなった(梅毒による脳内の腫瘤は昔は決して珍しい病気ではありませんでした)ため、作曲活動は実質10年程度で残された作品も多くはないようです。
プロコフィエフも、ロシア革命の混乱を避け、日本を経由してアメリカ、そしてフランスに渡り、その間結婚して子供も設け、ある程度の成功を収めていたものの、「赤の作曲家」というレッテルを張られたこと、ロシアに対する思いなどからソヴィエト連邦になったロシアに戻って行ったこと、今回の作品はロシアに戻る前のいろいろな悩みのある時期のものであることなど、プログラムの開設と倉田さんのお話で知る事が出来ました。

Photo_14さて、演奏は左から1st Vn中島さん、 2nd Vn駒込さん、Va倉田さん、Vc茂木さんという並び。2/20に「ジョンダーノ・ホール」にこの4人をお迎えするので、つい座っている椅子の種類や高さなど普通は余り目が行かないところに注目してしまいます。2ndの駒込さんの方が1stの中島さんより椅子の高さが高く(ヒールを履いているせいかな?)、その結果、譜面台の高さも少し高いこととか、いろいろ雑念がはいります。

1曲目のハイドンは、ハイドンらしく調和のとれた、ところどころに遊びの見える作品。チェロの低音の響きが印象的で、2nd VnとVaの生み出す内声の和声が音楽に落ち着きと彩りを添えます。4楽章での1st Vnのグリッサンド(と表現していいのでしょうか)、あのヒュ〜〜ンが特徴的でいかにも「夢」という感じでした。当時としては結構衝撃的なモダンな作品だったのではないでしょうか。

2曲目の林光は、今回の4曲中で最も気に入りました。確かに古典的な調性ではなく無調的な音楽ですが、作曲家の心の優しさが表面の怒りとか悲しみを包んでいる様な印象でした。

3曲目のヴォルフ。面白い曲ですが、個人的にはあまり印象に残りませんでした。カルテットの醍醐味を引き出し切れていないというか、オーケストラで言えばあまり上手なオーケストレーションではない様な、そんな勝手な印象を持ちました。当時の音楽家の「派閥」争いでしょうか、私の大好きなブラームスを批判する急先鋒だったというプレトークが「偏見」を生み出したのかもしれません。でも、演奏自体は熱気に満ちていて、山形Qの皆さんは結構演奏していて楽しそうな印象を持ちました。

15分の休憩後、4曲目のプロコです。
いきなり出だしから緊張感が走ります。
「あれれ?これ、プロコなの?ショスタコみたいだな、、、」という印象を持ちます。例えて言えば、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の出だしの様な緊迫感とリズムを持って始まったのです。
音楽を正しく評論する能力を持たないので、ネットで見かけたこの第1番の解説を載せます。

「プロコフィエフがソ連への帰国移住を模索していた時期の作品。
 この時代のプロコの様式を凝縮したような作品であり、四重奏曲としての完成度も高いのだが、一般に演奏されることは少ない。プロコ自身、この作品のためにベートーヴェンの四重奏を研究するなど意欲を燃やし、また、のちに第2楽章(弦楽合奏)・第3楽章(ピアノ独奏)を編曲するなど、この曲に愛着を持っていたらしいのだが。
 第1楽章は、「いかにも」的なヒステリックな楽句によって惹きつけられる。叙情的な第2主題は、第2楽章の冒頭や第3楽章全体に大きな関わりを持つ。
 第2楽章は、アンダンテの序奏を持つスケルツォ。「ロメジュリ」の決闘シーンを思わせるような超速の走句が印象的。
 第3楽章は、深遠なアンダンテ。オスティナートされる八分音符のテヌートが、名状しがたい漂泊感を醸し出している。曲はときおり激情のほとばしりを見せながらも、詠嘆と諦念を残して終結する。」

的確な表現ですが、やはり文字だけでは音楽は伝わりません。
古典的な調とかリズムとかカルテットの特徴(ソプラノ、アルト、テノール、バリトンの4声の役割分担)を完全には壊さない程度に破壊して新たな音楽を模索している感じがしました。
でも好きですね、こういう弦楽四重奏もいいです。

たくさんの拍手に応えて、アンコールもハイドン。
1st Vnが大活躍する曲で、楽しく明るく締める事が出来ました。
アンコールが終わって拍手で送られる中、中島さんが挨拶。たくさんのお客さんへの感謝の言葉、来シーズンの、直近の定期演奏会の予定、そして2/20の拙クリニック「ジョンダーノ・ホール」での山形Q庄内演奏会Vol.1の事も話して下さいました。ちょっと気恥ずかしくて思わず下を向いてしまいました。


いつものように演奏会の感想はnarkejpさんのブログが私のものよりずっと完成度が高いので、是非そちらをご覧下さい。2つに分かれた大作。「山形弦楽四重奏団第34回定期演奏会を聴く(1)」「同(2)」です。


演奏会が終わってご挨拶や2/20の打ち合わせをしていたら、あっという間に20:30。それから急いで酒田に戻りました。

〜〜〜〜〜

この日、演奏会開演は18:30と遅かったので、折角山形に行くのだから、、、いろいろ計画を立てて行動しました。
午前中、脳ドックの仕事を片付けて午後ゆっくり出発することに。
まずは昼食。日曜日に「プチポア」でランチは初めてです。家内はAランチ(鶏肉の香草焼き)、私はBランチ(お魚のムニエル)。
PhotoPhoto_2左がAコースの野菜スープ、右はBコースのカボチャのスープ。どちらも美味しいですが、特にカボチャのスープはシンプルで濃厚。甘みを抑えたカボチャのケーキがスープになったみたいに濃い味でした。

Photo_3Photo_4左がAコースの鶏の香草焼き。添えられた野菜もとても美味しかったそうです。右がBコースのお魚のムニエル。今日は鱈。バターの利いたソースが旨ウマです。
Bコースはこの他にオードブル(この日はスライスしたフランスパンにマグロ?のタルタルにピクルスが乗ったもの)にチーズケーキ(ドイツ的な本格的焼チーズケーキ)が付き、両コースともライスまたはパンにサラダ、そしてコーヒーがつきます。味もボリュームも大満足!

お腹を満たして次に向かったのは寒河江です。
山形Qの演奏会は、開場17:45なので途中でどこか興味のある寄り道を探していたら新聞に出ていた、慈恩寺近くの雛飾りに目が停まりました。
Photo_5「やまがた雛のみち」パンフレットにはこの時季、県内各所で行われている雛飾りが紹介されています。その先陣を切って1/30(土)から展示の始まった「慈恩寺陣屋」。

Photo_6Photo_8名前の通り、寒河江の名刹、慈恩寺の近くにある料亭。外から見た風景もユニークですが、中は写真右の通り、薄暗い通路の両脇に人形が飾られ、お蔵などを活かした展示室が3つ。

Photo_9Photo_10左は18世紀(明和時代)の古今雛。小作りで上品なお顔に装束、装飾品の保存状態も素晴らしいものです。右も18世紀(宝暦年間)の立雛。まるで現代の作品の様な保存状態です。

こういった作品が多数飾られています。こちら→「慈恩寺ひなの隠れ家」をご覧下さい。
目黒雅叙園で展示が始まった「山形ひな紀行」。本家の山形県内でも各地で雛飾りの展示が始まります。全県の雛人形展示をまとめたのはこちら→「やまがたの雛」をご覧下さい。


慈恩寺陣屋の雛飾りを見終わってもまだ16:00過ぎでした。
山形Q演奏会開場まで1時間45分あります。
折角の慈恩寺に来たのだからと、
Photo_11Photo_13左は有名な三重塔。残念ながら仁王門や本堂は冬の荒天から保護するためか補修中なのか、白い天幕が張られていましたが、この県指定文化財の三重の塔は堂々と聳えていました。
右は慈恩寺の鐘です。1683年(天和三年)建立と言われる鐘突堂です。昨年の大晦日の「ゆく年くる年」の中継は、ここ寒河江の慈恩寺から始まりました。

この後、山形市の文翔館を目指す訳ですが、まずは「チェリーランド」へ。
Photo_15家内に呆れられながら目指したのは、「さくらんぼ館」の有名なアイス。
280円で二色好みの組み合わせを選べます。
私は左の秘豆(枝豆)とブルーベリー、家内は右のえごまと米。どちらも原材料の味や香りがしっかり主張していて美味しいのです。「米」のアイスには「はえぬき米」が入っていて、そのガリガリという食感がまたいい。えごまは食べると、エゴマ油の味と香りがします。
ちなみに人気第1位は「ごま」、2位が「米」だそうです。

演奏会のレポートを先にするため順番が前後しましたが、アイスで血糖値を回復させた後、久しぶりに国道112号で(いっつも高速ばかりなので)山形市内を目指しましたが、寒河江や中山町、そして旧国立療養所の山形病院のある内表あたりを懐かしく感じながらドライブして、17:35頃文翔館裏の駐車場に到着しました。

充実した1日でした〜。


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