2010年度診療報酬改定で医療崩壊は食い止められるのか
地域の中核的救急病院での脳外科医、救命救急センターを持つ大病院での脳外科医、そして大学病院准教授職を辞して、今や一介の開業医、つまり診療所の医師となった私としては、今回の診療報酬改定に関する評価はどうしても「開業医」の視点からになってしまいます。
全体を全く評価出来ないという訳ではありません。
まず、自民党政権下で毎年「はじめに削減ありき」でマイナス改訂が10年続いたのが一応止まりました。新しい民主党政権はマニフェストでも「診療報酬のマイナス改訂はしない」と謳っていました。財務省との激しい攻防の結果、ギリギリのところで「全体でプラス」になりましたが、わずか+0.19%という結果に終わりました。
そして、マニフェストで宣言していた通り、救急医療、地域の中核病院、高度専門医療の崩壊を守るべく、「プラス」の中身を簡単に言うと「大きな病院に厚く、診療所に冷たい」改訂になりました。
その一つが、「再診料の統一」において診療所の現行72点を、4月からは69点に「下げる」というものです。保険本人3割負担の患者さんにとっては、外来受診時に窓口で払うお金が216円から207円となります。10円未満が「四捨五入」となっているので、実際は現行の220円から210円になりますので、患者さんにとっては窓口負担が10円安く済むことになります。1割負担の患者さんにとっては、72円→70円が69円→70円なので、変化しないということになります(もちろん、窓口で負担する場合は、再診料以外の加算や検査費用などを合わせるので、こういう計算になるとは限りません)。
国保や社保の支払い基金にレセプトを提出してそれが診療所に支払われるのは、患者さんが受診した約2ヶ月後なのですが、3割負担患者さんの残りの7割、1割負担患者さんの残りの9割を支払い基金側が診療所に払うことになります。結果的には、一人の患者が診療所を再診した場合、現行の720円が690円となるので、一人当たり30円収入が減ることになります。
これにはカラクリがあって、これまで病院と診療所の再診料は別々で、病院は60点、診療所は72点と差があったのです。このたった12点=120円(保険本人3割で窓口負担額36円の差)のために、診療所よりも病院を受診する事を好む患者さんが多かったかどうかはわかりませんが、これを同一料金に「統一」する事に決まった訳です。
つまり、病院の再診料は60点から69点に上がります。保険本人3割の窓口負担額は、現行の180円から207円と、27円負担が増えることになります。
再診料を下げられた診療所にとって、これがどういうことになるのかというと、、、
1日に再診の患者さんが例えば50人いる診療所の場合、「ー3点 X 50」=「ー1500円」、1月に22日診療すると、22 X 1500 =33,000円、毎月「収入が減る」ということになります。
とっても流行っている内科診療所や、たくさんの患者さんが何回も通院する整形外科などでは、1日の患者数が100人とか200人になりますから、この計算の2倍〜4倍の収入減です。
これを1年にすると、1日200人診ている診療所では、年間158万4000円もの収入減になるのです。
拙クリニックのように、再来患者数の少ない診療所でも年間20〜30万円を越える収入減になるのです。これは民主党の公約違反とも言えるのではないかと思います。
診療所のスタッフの人件費1〜2ヶ月分から多い場合は1年分近い収入減になるということは、今まで通りの収支で行くためにはスタッフを一人解雇することまで考える診療所も出てくるかもしれません。
また、いろんな改訂の中で目立たない存在ですが、拙クリニックにとって切実な問題は、「コンピュータ断層撮影診断料の見直し」です。
MRIの装置を、単純に静磁場強度1.5T以上とそれ未満で分けて、現行では1回のMRI検査を1.5T以上の場合は1,300点(=13,000円)、それ未満では1,080点(=10,800円)としていましたが、新年度からの改訂では、これをそれぞれ1,330点(=13,300円)と1,000点(=10,000円)とする事に決まったようです。
MRIの基本性能は静磁場強度で決まりますが、画像の鮮明度はそれ以外のファクター、アプリケーションや撮像方法に大きく左右されますから、静磁場強度だけで判断出来る様な単純なものではありません。
さらに、それをPACSで拙クリニックのように30インチのシネマ・ディスプレイで大きく美しく患者さんに見せながら説明するか、従来のフィルムでたかだか5,6cmの大きさの断面像として見せるかで、かなり見え方は違います。
そういう、撮像方法や表示方法などはまったく関係なく、静磁場強度だけで診療報酬を決めているのも問題ですが、それを更に「下げた」のです。
はっきり言って、古い1.5TのMRI装置よりは、うちの0.4TのMRIの方が、普通の断面像もMRA像も綺麗です。さらにMac+Osirix IIIによるPACSで見せる、拙クリニックの3dMIP処理を施した3次元MRA像は、その画質や説明における説得力など、普通の1.5TのMRIをフィルムで見せている大病院のものより格段に上であると胸を張って言えます。
それなのに、4月から現行の10,800円が10,000円に「強制的に」値下げなのです。
保険本人3割の患者さんが拙クリニックでMRIを受けると、窓口で負担する金額は現行の1,080 X 3=3,240円から、1,000 X 3=3,000円となりますので、差し引き240円負担が減ります。それは患者さんにとってはいい事かもしれませんが、拙クリニックに支払い基金から2ヶ月後に入る1回のMRI検査で得られる総収入は、800円減収となってしまうのです。
月に100件のMRI検査をしているとすると、800 X 100 =80,000円、つまり毎月8万円の減収になってしまいます。1年にすると、96万円の減収です。
前述の「再診料による減収」と「MRI検査による減収」をあわせると、うちの様な細々とやっている診療所でも1年間で120〜130万円の「減収」ということになります。
「そりゃ、お前の趣味だろ!診療報酬改定とは関係ないだろ!」とお叱りを受けそうですが、130万円あれば、プロの音楽家を招いて、『無料』のサロン・コンサートが毎月1回以上出来る計算になります。
ステージ料金の高い著名な音楽家を招いて演奏会を行う事も可能な金額です。
これだけの減収を、何もわるいことをしていない診療所の医師が甘んじて受けなければならないというのが、今回の診療報酬改定の結果なのです。
日進月歩で進歩する医学、医療が、世の趨勢とばかりに消耗品販売価格のデフレと同様に値下げされる事には納得出来ません。
今回の企みは要するに、「全体でちょっとプラス」に改訂したものの、中身はいろいろ上げるもの、下げるもの、硬軟取り混ぜてのたったの "+0.19%" という仕組みになっている訳です。
患者さんの側にして考えてみると、全体としては「+」なのですから、総医療費は確実に上昇し、患者さんの負担額も総額では上がることになっている訳です。
診療所の経営が厳しくなれば、無理な診療を行う医師も出現するかもしれません。何とか以前より検査を増やして、減収を回避しようという動きが出るかもしれません。無理をすれば患者は離れる危険性もあります。診療所が経営不振で診療縮小、廃業ということになると、そのしわ寄せは結局地域の病院にかかります。すると、「病院に手厚く」と考えた診療報酬改定の結果、さらに病院の医師は忙しくなります。
病院としての収入は増えるでしょうが、病院側が簡単に医師の月給を増やすとは考えられません。
忙しく働く医師の収入は増えるとは限らず、患者負担は明らかに増し、診療所の経営は危機に陥る。これで「医療崩壊」は食い止められるのでしょうか。
国家資格で働いている医師、保険医としては、この決定に本当に「甘んじて」服従するしかないのです。服従したくない場合は、保険医を返上してすべて「自由診療」でやるしかありません。現在の「国民皆保険制度」の医療体制では、「100万円払ってでも鼻を高くしたい」と思う様な患者が来る美容形成外科医のような自由診療以外はまず成立しないでしょう。
情報を整理する目的で、こんな記事を書いていたらだんだん暗い気持ちになってきました。
さあ、モーツァルトでも吹いてから帰りましょう。。。
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本日の山形新聞朝刊の11面、「庄内地域」の記事に、土曜日の演奏会の事を取りあげて頂きました。
「庄内で初の演奏曲」とは、幸松肇作曲「弦楽四重奏のための最上川舟唄」のことです。ヴァイオリンやチェロを打楽器のように演奏する中で、ヴィオラが「よ〜いさ〜の まかっしょ〜 え〜んや こら ま〜かせ〜」と始める、とても興味深い曲です。
いらっしゃる予定の方はどうぞ楽しみにしていて下さい!
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