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2009.09.10

TV番組『奇跡の脳スペシャル』を観て

明日9/11の酒田地区頸動脈エコー研究会での一般演題発表に向けてスライド原稿作成を追い込みで行うため、昨日は夕方の診療終了後、食事もクリニックで摂りながら夜中までデータ整理とスライド作成を行った。
途中でうたた寝したり、休んだり、考えたり、仕事したり、「ダラダラ仕事」で深夜まで、というより朝方近く(午前4時近く)までやったので、今日はちょっと眠い。考えてみれば、病院勤務医時代は午後から深夜に及ぶ大手術をやったり、急患で深夜に叩き起こされたり、病棟に呼ばれたりなどは「日常茶飯」の事だったので、自宅に帰る時にはすでに今日の朝刊が配達されていたり、陽が短くなったとは言え東の空がやや白んで来る時刻まで仕事しても、少し前の自分の勤務状況を感傷的に思い出すくらいで特別に辛いなどとは感じない。
「大変だったあの頃に比べれば(今は楽をしている)、、、」
という思いはある。

しかも、食事後はテレビを観たり結構遊んでいたので、8時間のうち、実質真剣に仕事したのは5時間くらいのものである。
昨日、クリニックでたまたまつけた番組に興味を引かれた。
そんな番組をやるとは知らずに、本当にたまたまそのチャンネルをつけたらやっていたのだ。
番組名は、『ザ・ベストハウス123 茂木健一郎プレゼンツ奇跡の脳スペシャル』。
番組HPは「これだ!」(笑)


脳科学者と呼ばれている(定義は不明)茂木健一郎氏がプレゼンする形で、3例の脳障害の方の実録&再現ビデオによる「脳が奇跡をおこした」という内容。
1例目の、髄膜炎後水頭症、さらにシャント手術後成長に伴ってシャント機能障害が元で左前頭葉の大半を失った男性の話。母親の愛が感動的であった。「音楽運動療法」(呼び方や定義はこの際捨て置いて)というアプローチも面白かった。脳の機能を回復させると言う観点からすると、ある意味では当たり前のこと、別に特殊な事をしているとは思わないが、それを実践し継続している事がスゴいと思う。
本来、成長に伴ってシャントチューブの長さが足らなくなったり、それに伴ってシャント機能不全が起こる事は、予測の範囲であり、手術をして外来経過観察をしている病院、医師の方で、十分に注意して定期的に、半年〜1年に1回はレントゲン撮影でシャントチューブの位置を確認したり、CTやMRIで水頭症の状態をフォローアップすると思うが。。。
脳外科の事を書き出すときりがないので止めておくが、「奇跡」と呼ぶ事に水を差すようで申し訳ないが、その男性が発症したのは幼児期で、シャント不全で具合が悪化したのも小児期。つまり、大人と違ってまだまだ可塑性のある脳だったのだから、本来回復するはずがないと言う脳が機能を一部回復させたり、何か欠落した機能の代わりに他の機能が非常に発達すると言う事は、科学的に十分ありうる事で「奇跡」と呼ぶ程ではないと思う。
もちろん、「奇跡的」な機能回復には、本人の努力、家族(特に母親)の愛と努力、周囲の理解とサポートなどがあったからこそであり、ただ指をくわえていて自然に奇跡的になった訳ではない。あまり「奇跡」「奇跡」と奇跡を安売りすると、まるで「神の手の外科医」「天才ドクター」と連呼するのと同じで、もともとあるべき人間の高い能力をあたかも特殊なものとして崇めるような違和感を私は感じる。

2例目のピアニストの事例を飛ばして3例目の中国人の大学生の話。
事故で右脳に大きな脳挫傷と後遺症の脳損傷を負ったケース。頭蓋骨骨折が酷かったのは分かるが、番組では「頭蓋骨が割れて傷害を受けた脳が腫れ、むき出しになって骨からはみ出した」というような(正確には記憶していないが)表現をしていた。しかし、それは違うと思う。
外傷によって脳挫傷性の脳内出血を起こした場合、血腫がある程度の固まりであれば手術で取り除くことも考えるが、昨日テレビで見た事故直後のCTでは、血腫はあるものの小さな脳挫傷が癒合して大きくなるタイプで開頭手術で取り除くのは困難(開けたはいいが、止血が困難になって脳がかえってぐちゃぐちゃになるタイプ)な症例と判断できた。そういう場合、脳外科医は「減圧大開頭」といって、損傷を受けて腫れている脳の異常な高い圧を外側に逃がして、正常な部分(左大脳や脳幹など)を守るために頭蓋骨をビックリする位大きく取り外す手術をするのである。私もこの手術は、外傷はもちろん脳出血や激しい脳梗塞、脳腫瘍などでもたくさん経験している。
もちろん点滴などの薬で脳の腫れを改善させ、腫れた脳自体によって正常の脳が圧迫されて壊れるのを防いだり守ったりする治療はある。それは十二分にやっても脳を守りきれないと判断した場合、脳外科医はこの「減圧開頭」という手術を行うのである。
その中国人大学生も、減圧大開頭を受けたように思われた。そして事故で割れた頭蓋骨片は最終的には元に戻すには適さなかったため、チタン合金で頭蓋骨の代わりを作成して頭蓋形成をしたものと推測する。
減圧大開頭部分の脳は「飛び出したり」「むき出しになったり」した訳ではない。脳は、外側から硬膜、くも膜、軟膜という3層の膜に包まれており、その外には厚さ1cmを超える頭皮があるのだから骨がなくてもガーゼで覆ってヘルメットを被っていればまずまず大丈夫なのである。そして時間とともに血腫が吸収され、脳の浮腫が改善したら自家骨をもどしたり、チタンやセラミックで骨欠損部を形成して頭蓋形成術というのをやるのである。
このケースでも、本人の努力はもちろんあるが、親、特に母親と恋人や友人などの愛と支えがあった事が重要な意味を持つ。奇跡は起こるべくして起きたもので、神が奇跡を起こしたというようなものではないのだと考える。

そして、遠回りしてしまった2例目の話。
有名なピアニスト舘野泉氏のことであった。
Ichct脳卒中(CTからは左視床を中心とする大脳基底核あたりの直径3cmくらいの出血)によって、右半身と言葉が不自由になり、世界的に活躍していたピアニストとしての機能(右手のヴィルトォーソな動き)が失われてしまった。(写真はネットから流用)
運動野から脊髄に向かう錐体路が通る部分が直接損傷されれば、わずか1cmの出血でも半身不随になってしまう。微妙に出血の場所がずれていたため、右半身麻痺は強く出たものの、努力によって杖をつかずに歩行したり、構語障害は残るものの会話も出来る。
しかし、それまでのピアニストとしてのキャリアが失われてしまったものと思い、絶望のどん底に落ち込んでしまった舘野氏。

Janneその氏を励まし、立ち直るきっかけを作ったとして紹介されていたのは、息子さんのヤンネ舘野さん。
ヤンネ舘野さんは、昨年から山形交響楽団第2バイオリンの首席奏者なのである。「山形交響楽団HP【楽団員紹介】」も参照下さい。

Photoこれは、1年半以上前、山響が遊佐町で公演した際に撮った、ヤンネさんとのツーショット。

こちら→「NPO法人 Mプロジェクト」のHPにも掲載されているように、舘野泉さんが旭日小綬章受章と文化庁長官表彰を受賞され、山形の音楽活動を応援している知り合いがそのお祝いの会に出席して、舘野泉さん、ヤンネさんと写真を撮って紹介している。

脳外科医として一番興味を持ったのは、実は舘野泉さんのケース。
1例目は子供、3例目は大学生と、二人共まだ若く、脳の可塑性がまだまだ十分に期待出来る年齢であった事も、その努力+愛と合わさって「奇跡的」な脳力回復に繋がったと考えられるが、舘野泉さんが脳卒中で倒れたのは66才。その年で失われた機能が回復することは、常識的には考えにくい。
確かに、上に書いたように出血が直撃を避けて少し機能が残った事は事実。しかし、筋肉も骨も老化して衰える一方であり、ピアノを弾くための指先のコントロールなんてまずは回復不能と脳外科医の100人中99人は考えると思う。
番組の最後の方で舘野泉さんは「最近右手が動くようになっているんです」と嬉しそうに語って、両手を使ったピアノ演奏を少しだけ公開された。元々厳しい訓練で培った小脳系、錐体外路系を持っているからこそ出来た事かもしれない。
しかし、最近の研究では、脳の中の脳室周囲や海馬には、神経幹細胞の元になり機能分化を果たしうる細胞があって、成人して完成した脳でもそれは存在し増殖して機能回復に参加しうるということも報告されているようである。

舘野泉氏の音楽に対する愛、ピアノに対する愛、そしてヤンネさん達家族や友人の愛が彼の右手の機能を回復する方向に導いているのかもしれない。これも「奇跡」ではなく、脳にはそういった「奇跡的」と考えられる能力がもともと備わっている、これまで人間はそれを十分に活用していない、という事なのではないかと思う。

「念ずれば通ず」という。
強い思い、強い思いを支えサポートするのはやはり愛。
「天地人」ではないけれど、やはり「愛」の力というのはスゴいのだと、このテレビ番組で教えられた。


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コメント

1例目のお母さんの努力は否定しませんし、むしろ尊敬に値すると思います。でも、かつてNHKが奇跡の詩人という番組で、母親が障害のあるわが子供の手を操作して、あたかも子供自身の「発言」のように振舞っていた事例がありました。放送分野に身をおく方々であれば、その時の議論を踏まえて番組作りをすべきだと思いました・・・私がテレビで見た限り、母親が本人の手を操作しているようにしか見えませんでした。絵画についても、本当に本人だけで描いたのでしょうか。

投稿: 科学的検証 | 2009.09.10 21:49

科学的根拠様、おもしろいHNですね。
まあ、テレビとはそういうものでしょう。スポンサーのためにいかに視聴率を稼ぐかが現場では要求されます。
観る我々は、冷静に批判的に鑑賞する態度が大切です。
そうでないと、すぐに「納豆ダイエット」の様なことも起きます。ただ、政治や選挙、そして医療までマスコミに操られるのは多少不愉快になりますね。

投稿: balaine | 2009.09.11 12:04

「科学的検証」でしたね、間違えました。m(_)m

投稿: balaine | 2009.09.11 12:05

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