7/25(土)は、山形交響楽団庄内定期第9回酒田公演でした。
午後4時、希望ホールに向かうと、すでに実行委員の方々がプログラムにチラシ挟み込みの作業中。私も加わり4時半頃までに1000部を超えるプログラムにチラシを挟み終わりました。
フルートの足達先生を捜そうとバックステージに向かうと、7/20にクーセヴィツキーのコントラバス協奏曲で素晴らしい演奏を披露して下さった柳澤さんはじめ、GPを終えてくつろぐ団員の方々にお会いできました。トランペットの井上さんが「足達さんはこっちですよ」と『練習室③』と名前のついている楽屋(「管楽器首席控え室」との張り紙あり)に案内して下さいました。
この秋の酒フィルのメインである「ドボ7」を見ていただく約束になっていたのです。
足達先生の指導は実践的。いつも「歌心」と和音やその進行を指導されます。逆に言えば、私はただ「楽譜を見て吹いているだけ」で、音の並びによる和音とかその進行に対する注意力が「0」の上、「歌心」が足らないのです。
まだまだ練習が足らないというか、レベルの低い練習しかしていなかった事を思い知らされました。「フレーズ感」とか「旋律の流れの中での歌(心)」などを注意されました。また、第3レジスターのHの音、つまり普通のフルートで出せる最高音のC(ド)の一つ下の「シ」の音をpやmpで抜けよく出せる《替え指》を教わりました。足達先生のレッスンでは、春の「ピーターと狼」の『小鳥』を見て頂いた時もそうでしたが、有効な替え指をいろいろ教えて頂いて本当に勉強になります。教わった事に注意しながら練習をして行きたいと思います。本番の10/25までは3ヶ月あるのですが、必死に頑張っていい演奏をしたいなーと思っています。10月に山響が音楽教室で酒田方面に来る予定があるので、またその時に見て頂く約束もしました!
緊張しながらレッスンを受け、終わったら結構ぐったり〜。その時点で17:30頃。
ホール受付近くに戻ると、山響事務局の方に「1階のドア係をお願いで来ますか?」と言われました。ドア係になるんだったら、スーツとかジャケットとかもうちょっとまともな格好してくるんだった。。。
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17:45、開場です。
18:30開演なのですが、18:20より少し前にマエストロ飯森の「プレ・コンサート・トーク」が始まりました。今日のプログラムであるバルトークのビオラ協奏曲とブルックナーの話、特にブルックナーがアイドルとして憧れていたワーグナーにやっと会えて舞い上がってしまった時のエピソードなどが面白かった。
そして、飯森さん、山響、希望ホールといえば、「この話題」ということで当然映画『おくりびと』の話になりました。酒田定期を飯森さんが振るのは仲道郁代さんと共演した昨年5月以来。『おくりびと』の封切りは昨年9月、米国アカデミー賞受賞は今年の2月でしたから、賞を獲ってからは初めての酒田でのコンサート。
ということで、プログラムに必要のない、シュタインウェイのグランドピアノがステージの上手に準備してあり、客演首席のチェロ奏者を呼び入れて、飯森さんのブログに予告した通りのサプライズ。飯森さんがピアノを弾いて「おくりびと」のテーマ曲の演奏で酒田の聴衆にサービス!
サービスと言えば、
7/20に発売されたばかり(先行的には、東京の「さくらんぼコンサート」でも発売したらしい)なのに、すでに第3刷になったという売れ行き絶好調の本。
熱烈な飯森さんの追っかけでなくとも、買って読む価値のある本ではないかと思う。少なくとも、山響を愛する人、オケを愛する人、音楽に興味はなくても「起業家」やビジネスで頑張っている人、行き詰まっている人にもヒントになるような事がたくさん書いてある。
飯森さんは常日頃「音楽家はサービス業です」と言っている。真意の程を完全に理解している訳ではないが、いわゆる安直な意味での「サービス」ではないと思う。
「今日は、サービスで一品多く付けといたよ」と居酒屋の店主が言うのもサービス。それも「顧客を喜ばせる」という意味では正しいサービスだと思う。しかし飯森さんが言っている「サービス」というのは言葉の原点に立ち返れば、「serveすること」なのだと私は思っている。元々、オケ団員が燕尾服を着ているのは、雇い主である宮廷の貴族に「仕える」立場の音楽家が、食事を給仕する係と同じ立場だからと言う説がある。つまり偉いから燕尾服を来ているのではなく、偉い人の前で働くからきちんとした身なりとして燕尾服を身につけた被雇用者と言う事なのだろう。
「給仕する」とは、英語で"serve"。その名詞が”サービス”。
だから、貴族社会の崩壊した現代の民主主義国家において、時間を工面してお金をはらってコンサートを聴きにくるお客様こそが、雇い主である貴族と同じ立場。その雇い主に精一杯の給仕をするのが被雇用者である音楽家、と言うことになるのだと思っている。
だから、常に今と先を観て、「雇い主」が喜び続けるような、「給仕する者」として雇用し続けてもらえるような、場合によってはお手当を増やしてくれる気になるような、サービスを提供し続ける事が現代の音楽家にも必要なのだと言っているのだと思う。オケ団員や指揮者が「雇い主」に「給仕する」ものは「音楽」である。よって質の高い、聴衆が「おっ!」とか「おや?」と思うような、かつ本質的な音楽を提供する事が、最高のサービスであり、何も揉み手に笑顔で接待する事ではない。
まだ全部を読み終えた訳ではないが、私が座右の銘とする『敬天愛人』に近い思想も書かれている。
「苦境の時こそ次へのステップと考える」とか「嫌な思いをしても『ありがとう』と思う」というのは、今でこそ啓発本などによく書かれているが、古今東西を問わずに人生の真理だと私も思う。
そして「当たり前のことを当たり前にやる」という話。
まるで、飯森さんと同じ横須賀出身である私の師で元上司である山形大学医学部長のような発想だと思う。神奈川県人、横須賀市民というのは、こういう人たちが多いのだろうか(元首相もそうだが)。
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さてさて、話が大きくずれてしまったので元に戻す。
プログラムは、前日山形テルサでの第198回定期と同じ。
バルトークのビオラ協奏曲とブルックナーの「3番」。
ビオラの清水直子さん、素晴らしい演奏。ビオラの先入観(なんとなく、くぐもった音で渋いけれど暗い?)を覆す。
力強く、しなやかで、時に軽やかに、時に重苦しく、本当に表現の幅の広い楽器だと思う。その音域からも人間の声に近いし、まさに楽器を通して歌っているようだった。ベルフィルのビオラ首席ということだが、オケの団員でもトップクラスの人はこういう風にソリスティックな事でも何でも出来ちゃうんだな〜と思った。ただ、私個人の問題だが、直前の足達先生のレッスンで頭と体の疲れていた私は、あんな魅力的な音楽なのに少々まどろんでしまった。
後半のブルックナーは、確かに完成度からすれば「4番」の方が上だと思われるが、まだ「スケッチ」のような第1稿にあえてアプローチした飯森さんの考えが分かるような気がした。山響の10型(第1バイオリンが5プルト=10人)の編成で、第1と第2ヴァイオリンが向かい合う対向配置というバランスが難しい構成で、あのアンサンブル、そして弦楽器の中を移動して行くフレーズやピッチカートの妙味。今回の客席が1階中央前よりだったことも幸いして、スコアに書かれた複雑なリズムやフレーズの移動がとても楽しく面白かった。
特別首席コンマス(記載の間違い訂正しました)の高木さんの音は、やはり群を抜いている。ヴァイオリンが乱れそうになる所をぐぐっと引き寄せて統率していたし、その音色がまた全体をきっちり締めていたと感じた。
そしてやはり井上さんはじめ金管群の素晴らしさが光る。もちろん木管も良かったが、金管の見事さ(もちろん小さな事故のようなものはあるけれど)は秀逸だったと思う。ホルンも素晴らしかったがホルン全体のアンサンブルとしては物足りないところも感じた。その分、山響にはまだまだ伸びシロがあると言う事だと思う(失礼な言い方で申し訳ありませんが)。
「へぇ〜、山響、なかなかやるな〜」という感想を持たれる時期を過ぎて、「山響って凄いんだね」と聴きに来るお客さんが増えて来た訳ですから、常に当たり前に質の高い音楽をサーブしなければならない。ハードルが上がっている訳だから、飯森さんはじめ山響の指揮者陣も、オケ団員も高くなったハードルをなんなくクリアしながら走り続ける必要がある訳である。
山響FCの一人として、特別なことはできないけれど、プログラムにチラシを挟むとか、ドア係を手伝うとか、それくらいの事はどんどん手伝ってサポートして行きたい。
終演後の「交流会」。
飯森さんは、1曲で1時間を超える「3番」を演奏し終えたばかりなのに、客席から出てくる観客よりも速い位にロビーに登場。いつものJS先生が所用でいらっしゃらないのか、インタビューは地元の芸文協関係の先生。ちょっと盛り上がらない話だったが、飯森さんが気を使ってお話しされていた。
着替えた清水直子さんをお迎えしてのトークも、イマイチ盛り上がらない話になってしまったが、桐朋の先輩後輩の関係もあり、清水さんはマエストロと山響のブルックナーのことを絶賛していた。しかし、ヴィオラ協奏曲なんて生で初めて聴いたけれど、やはり私にとっては弦楽器の中でもっとも魅力的な楽器だと思う。
実は、ちょっと前から、コンサートの翌日に某高校吹奏楽部の指導のため酒田泊との情報を聞きつけていたTpの井上さんを囲んで、打ち上げをという企画が出来ていた。加えて、Obの麻咲さんも同じ仕事で酒田泊とわかり、加わっていただく事に。地元酒田の山響FCメンバーだけでなく、鶴岡市、山形市、仙台市など方々からいらした方も加わり、最後にはKさんがマエストロまで連れて来られた。
そこでいろいろな話が出る中、「山響が山形にあることを当たり前と思っちゃ行けない」という発言があった。確かに、日本において、たった人口120万の県に、たった人口25万人の県庁所在地にプロのオーケストラがあるなんて、山形だけ。
人と金が溢れ返る東京にプロオケがたくさんあるのは、まあ当たり前だろう。
札幌、仙台、広島などは政令指定都市。小さな町としては、石川県金沢市のOEK。でも金沢市は加賀百万石の城下町で人口も45万人を超える、伝統と文化の香り高い北陸一の都市である。
翻って、山形は、サクランボ、ラ・フランス、蕎麦、温泉は有名だが、文化の香りが高いかと問われると「、、、、」となる。そこに、今や日本中の音楽ファンから注目を集めるオケがある。その実力を引き出し、高めたのは、上記の本にある通り、マエストロ飯森の手腕(企画立案実行の力)に他ならない。
しかし、一番最初に「田舎にオケがあってもイイじゃないか。ヨーロッパでは当たり前のことだ。なんで山形にオケがあってダメなんだ?」と考えて山響を創った、村川千秋さんがやはり凄いと私は思う。「地方の子供達、田舎の子供は音楽を聴く権利がないのか?地方の人間はクラシック音楽を生で聴けないのか?」と考えて、オケを創り、コンサートを開き、自らトラックに楽器を積んで運転して地域の小中学校を回り「音楽教室」を開いた、先駆者である村川千秋氏の事を決して忘れてはいけない。
「山形には山響がある」。これは山形の人には「当たり前」。
山形の人間がそう思う事は、おかしなことではなく、実は素晴らしい事なのだと思う。
「え?他の県にはプロオケってないの?」と不思議にすら思う感覚。
これはヨーロッパの歴史ある地方小都市には、人口が10万人足らずでもオーケストラがあるのが当たり前。ちょっと大きな都市になればオペラハウスがあるのが当たり前(日本で言えば歌舞伎座が大きな地方都市には必ずあるようなものか)。そういう感覚に近いのではないかと思う。
今回も素晴らしいコンサートを聴いて幸せだった。
音楽監督の秘密ノートによれば、来シーズン(2010-2011年)のコンサートも決まりつつあるらしく、先日の記事に書いた上山出身の永田美穂さんが定期演奏会に初登場するとか、希望ホールで「アルプス交響曲」をやるらしいとか、ドボルザークの7番(酒フィルの今年の定期のメイン!)もあるとか、なんだか聴いただけでワクワクどきどきするような秘密が少しばらされた。
まあ、これはあくまで秘密。未公開(?)。プログラムは計画段階ということなので、今後変更されることは大いにあり得るのでしょうが、更なる期待を寄せるものである事は確か。
長くなったので、7/26(日)、山形弦楽四重奏団第32回定期演奏会 in 文翔館議場ホールは明日以降に書く事にします(明日の夜は、「プロムジカ合唱団」酒田公演なので、明後日になるかも、、、)
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