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2009年6月

2009.06.28

『病は気から』

この週末、横浜に暮らす父が一人で来酒した。
傘寿を迎えた両親は、それぞれ「二病」息災程度で、老老介護までは行かないまでも二人共二カ所以上の医療機関にかかっている。
昨年開院して間もなく、オペラ『ラ・ボエーム』で酒田に来た折りに、高血圧、脂質代謝異常、高尿酸血症などがあるのだから一度脳MRIを撮った方が良かろうと検査をした(実際、母親はH13年にくも膜下出血で倒れ開頭クリッピング術を受けているのだから頭の定期検査は必要)。

その際、父親の脳にもやはり多少の変化を認めていたのだが、いろいろな病気をして薬を飲んでいると、昔は健康だった自分に対する自信の喪失もあるのだろうか、不眠症になり、気が弱くなって来ている。昔は、会社の野球チームに所属してセンターを守り、ゴルフでホールインワンを出し、テニス仲間と試合をし、民謡の大会に出場し、「みなとみらい」で第九を歌い、芸達者で健康いきいきという父であったが齢80にもなるとやはり年齢相応の弱さに伴う軽度の老人性精神障害もあるのかもしれない。

そんなことだから調子が悪いと時々電話で相談して来るので、1年以上経ったし脳の検査も兼ねて酒田に行きたいという申し出があった。金曜の夜は私は山形出張だったが、上越新幹線で新潟経由でやって来ていた。土曜に検査をしたところ、昨年認めた以上に軽度の動脈硬化病変が進んでおり、脂質代謝異常の治療をかかりつけの医師に厳密にやってもらう必要を認めた。
固いものが噛みにくいし、昔のように量を食べられなくなっている。胃腸も弱っているようだ。

Photo酒田には旨い物がたくさんあるのだが、寿司も岩ガキも、ましてやステーキ等も受け付けないようだ。麺類なら食べやすいだろうと、近所の「めだか」に連れて行く。
とろろ蕎麦は美味しそうに食べたが、やはり完食は出来なかった。
写真は家内の好み!「温玉めかぶぶっかけ蕎麦」。

Photo_3昨年も確か同じような写真を出したが、これはトマトでもスモモでもない。
山形は今さくらんぼが最盛期。主力の「佐藤錦」はもうほぼ終わりであるが、まだまだいろいろ出ている。一般の「佐藤錦」よりもいつも数日から1週間程完熟が遅い、寒河江の知人のさくらんぼ。
甘くて、甘くて、甘い。(笑)
親類、知人に送るととても喜ばれる。
今年は昨年より1週間以上早かったのだが、先週始めには各地に発送した。
宮崎の親類からは、さくらんぼお返しに「宮崎マンゴー」が送られて来るのでこれもまた楽し。
食欲のない父は、山形のさくらんぼの中でも特に美味しい「佐藤錦」の中でもまた特に甘い、知人のNKさんの「佐藤錦」ですら食べる気が湧かないという。ちょっと心配である。

Photo_5今年は、酒田生まれの写真家、土門拳の生誕百年ということで、土門拳記念館も賑やか。
今日は日本のあるカメラ会社主催のツアーか何かも行われていたようで、凄い人出だった。
Photo_4その土門拳記念館の目の前に広がる池、「拳湖」の周囲には何千本という紫陽花が植えられており、この時期、いろいろな種類の紫陽花が見事な花(ガク)を競っている。美しい紫陽花を少し愛でて歩くも、すぐに「疲れた」という父。

Photo_6Photo_7この2枚の写真はほぼ連続しているのだが、拳湖の周りをグルッと案内しようと思ったが1/4程で引き返して来てしまった。土門拳記念館の向こう側に見える小さな山は「飯盛山」というのだが、その反対側の麓に「南洲神社」がある。
宮崎は延岡生まれの父にとって、南洲翁は比較的身近な存在。
鹿児島に留学中だった若き庄内藩士2名が西南の役が勃発して西郷軍に加わり、政府軍と戦い命を落とした。その一人榊原青年が息を引き取った延岡の陸軍病院なども身近な存在である。昨年久しぶりに母の実家のある日向の細島に帰った際に、伯父達の墓のある細島の墓地に、延岡の戦闘で命を落とした官軍兵士の墓がすぐ傍にあった。西南戦争は、現在の鹿児島だけではなく、有名な田原坂のある熊本をはじめ、宮崎でもたくさんの死闘があった。結果的に「天皇の軍隊」である政府軍に抗った西郷軍は「賊軍」とされ、西郷隆盛は明治維新立役者の重要人物の一人であるにもかかわらず、明治憲法発布に際する特赦があるまでは汚名を濯ぐことはできなかったのである。
庄内藩を救った西郷隆盛の遺訓を偲び讃え教えを後世に伝える目的で現在も勉強会が続けられている、「庄内南洲会」は酒田市飯盛山の南洲神社の脇にある。
宮崎出身の父は、南洲神社に詣る事を希望していたので、神社と隣の南洲会館にも連れて行った。西郷隆盛の揮毛による書など縁の品々を見る事ができる。
昔のような体力と気力のない父は、しかし、ここも短時間の見学で終わった。

大病をした母の方が食欲が旺盛で、食欲の低下している父は、気が弱くなってめげているようだ。
十分な睡眠を取る事が大切なのだが、私もいろいろ忙しいのであまり相談に乗ってあげることはできなかった。医師として、脳と頚部の動脈の動脈硬化について、かかりつけの医師にお願いの手紙を書いたくらいである。まあ、まだまだ元気でいてもらわなくては困るのだが。。。

父が帰った後は、招待券を頂いていた酒吹の定期演奏会へ。
ちょっと遅れてついたが第1部の1曲目が終わったばかりで、その後、バラエティに富むステージを堪能する事が出来た。
管弦楽と吹奏楽は同じ音楽をやっていて、使う楽器も重複するものが多いのに、その音楽性とか目指す方向は、全く違うとまでは言わないがかなり違うように感じる。なぜだろう。。。
自分も昔は吹奏楽をやっていたのだが、今は管弦楽が楽しく、吹奏楽をやろうという気はあまり起きない。今日のプログラムの中にも、素晴らしい曲がたくさんあり、吹奏楽は吹奏楽で挑戦する難しさや合奏を皆で成し遂げる楽しさがある。バイオリン奏者には、吹奏楽団という選択肢はハナからないわけだが、フルート吹きは、オケ、ブラスバンド、マーチング、ジャズ、現代音楽、ルネッサンスにバロックと幅広い音楽に対応できる。
自分は何がやりたいのだろう。
自分は何を目指しているのだろう。
自分の目指すところはどこなのだろう。。。
レベルの低い素人音楽家には考えても無駄な事かもしれないが。

・・・

自分で自分の事を限定したり、可能性を否定したり、枠を決めてしまうのは、とてもつまらない事だと思う。音楽の事だけではなく、自分の健康状態や気持ちの事でも、自ら枠を作ってしまったり、可能性を否定したりすると、その時点で「それ以上」はない。
病気の人は、辛い病と闘うという「マイナス面」があるために、なかなか明るく、快活に、前向きになれない。「病は気から」というが、確かにそういう側面はあると思う。「気」だけではどうしようもない事はたくさんあるのだが、「気」が大切であることは間違いない。

健康についても、音楽についても、「気」というものをもっと考えるきっかけになった週末だった。

〜〜〜
おまけ
酒田駅発の特急「いなほ」まで時間があったので、NKエージェントの前(今日も大勢の観光客で溢れ帰っていた)を車で通って港の側を通ったら海上自衛隊の船が停まっていた。Photo_8自分は特に自衛隊や軍備、国防に強い興味も持ってはいないが、こういう建造物は単純に「男の子の血」が騒ぐところがある。疲れている父とスカートをはいている家内をテントで待たせ、艦内見物をさせて頂いた。
Photo_10掃海艇「とびしま」は、主に機雷処理等を仕事としているが、船首にはこのような20mm機関砲が備え付けられている。私もちょっとだけ機関砲を操縦させて頂いた。
白い制服姿も凛々しい海上自衛隊員もにこやかに一般開放による広報任務(?)に当たっていた。

もっと詳しい情報は、「MSC-678・掃海艇とびしま」をご覧下さい。

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2009.06.27

脳ドックは結構大変です、、、

今週は何をしていたのでしょう。。。
(???)
数日前のブログでもちょっと触れた「財政制度等審議会による建議」の考え方の酷さと、歪曲された開業医の「年収」という考え方を世間の皆様に理解して頂く様な記事を書きたいのですが、話がとてもナイーブなものでなかなか書き出せずにいます。
(その前に、某医学誌に掲載して頂いている『開業医奮闘記』の「その3」(連載みたいになってしまいました)を完成しなければ、、、)

〜〜〜〜〜
今週は月・火と脳ドック予約が6件はいっていました。
脳ドックは検査と診察が終わればそれで終了ではありません。検査結果を見直し、結果のまとめとそこから引き出される受診者の脳及び生活習慣病に関する健康状態へのアドバイスをします。さらに、認知症、うつや不眠などの精神機能のスクリーニングに身体測定も行っているのでその結果のまとめとアドバイスを考えます。オプションの多い受診者の場合には、頚動脈超音波、頚部MRI、MRAさらに血液検査などが加わり、その結果をプリントし、ファイルにし、検査結果をCD-Rに記録し(しかも画像はjpeg画像とDICOM画像の2部作成)、この結果を受診者に郵送します。

脳動脈瘤を疑わせる血管の異常な膨らみがあったり、頚動脈のIMT(壁の厚さ)が正常範囲を超えていたり、その他に生活習慣病や脳血管疾患(脳卒中)に関する異常所見があれば、細かい結果の報告と今後のフォローアップの方針の指導やアドバイスもします。

基本的には健康な方が受診する脳ドックですから、検査結果の診断、判断はことさらに慎重を期します。異常所見の見逃しはあってはならない事ですし、過剰な診断(病気でもないものを病気と診断するなど)も避けなければなりません。気を使います。
そしてファイルの作成も結構時間がかかります。
ケース・バイ・ケースではありますが、1例当たりのレポート&ファイル作成には1時間から2時間はかかります。6例で6時間から12時間ということになります。当然、受診当日にはすべての結果を揃えることはできません。すべてを一人でやっているからでもあります。スタッフに任せられるのは、医学的判断をしないで良い部分と結果レポートの誤字脱字のチェックとファイルの表紙の作成と郵送業務という事務的作業になります。

そこに2週に1回、「介護認定審査委員」としての「委員会」の仕事が入ってきます。事前に30数例に及ぶ審査対象の書類に目を通し、チェックが必要です。1例を2分でチェックしたとしても1時間以上かかります。5分もかければ3時間近くかかってしまいます。その上で5人の委員が集合して前例に突いて検討を行います。
そんなことをしているので、月・火に行った脳ドック症例の結果の検討は水、木では終わりません。

そして、さらに、昨日金曜日は山形市で「山形県脳ドック研究会」があるため、診療を16:30で終了にし、山形市まで研究会に参加。
18:30から「世話人会」に出席し19:00から研究会。
特別講演は島根大学付属病院長で神経内科学教授の小林祥泰先生。「脳ドックガイドライン2008」の中から、特に「無症候性脳梗塞」「無症候性大脳白質病変」についての最新の考え方を教えて頂き、大変勉強になりました。
今日の土曜日は朝から通常診療があるのでとうぜん車でとんぼ返り。昨晩帰宅したのは23時過ぎ。
そして、今日は午後1時過ぎに診療終了、昼食後、山形新聞の取材を受けたり(クリニックの院長として音楽に懸けている気持ちと行動についての話、いつ記事になるのかは詳細がわかったら公表させて頂きます)、その後、市民オケの練習あり(しかも秋の定期演奏会の練習ではなく、JS先生の合唱団の創立60周年記念演奏会(11月の予定)のための練習で、合唱のオケ伴奏という難曲が6曲も!)、結構くたくたです。

先週施行した脳ドックのレポートは、先週末におよその形を作り、今週の月〜木で完成させ、金・土でスタッフがチェックと事務作業を済ませ、受診後から何とか10日ちょっとで結果をお届けすることが出来ました。今週の6件もおそらく来週中には皆さんにお送り出来るでしょう。
これだけ手間ひまかけて、他の仕事や趣味などの多忙な間を縫うようにレポートを完成させるのですが、「費用対効果」ならぬ『労力対収益』を考えると決して楽ではありません。
ぶっちゃけて言うと、MRIを撮る必要のある新患が6名受診した方が、検査、結果説明の時間も少なく、かける労力も少なく、さらに収益も上がるのです。つまり脳ドックは決して儲からないのです。
しかし、庄内地方で「脳ドック」を行っている施設は少なく(現時点で知りうる限りは拙クリニック以外は庄内町の病院1件のみ)、山形市や仙台まで脳ドックを受けに行く庄内在住の方も少なくない現状、少しでも地域住民のお役に立つ仕事をする事が拙クリニックの存在意義であり、長い目で見ればそういう行動が地域の方々に信頼を得るステップの一つだと考えています。
〜〜〜〜〜

ガイドラインが昨年久しぶりに改訂され、さらに今年、日本脳ドック学会は「脳ドックを行う医療機関の施設認定」を始めます。使用する検査機器、検査項目、その詳細な条件、検査内容とその結果の評価、さらに結果に対するアドバイスや指導などにまで細かく触れているガイドラインの内容におよそ従う条件を満たした医療機関にのみ「施設基準認定」が与えられます。
拙クリニックは開院してまだ1年と少しであり、検査器械も新しく、PACSも高性能で、脳ドックを開始する段階ですでに「ガイドライン2008」が明らかになっていたため、最初からこのガイドラインに沿う形で始めました。よって「施設基準の認定」はまず大丈夫だと思っています。

なぜ、このような、ガイドラインの改訂があり、施設基準が設けられるかというと、世の中には「脳ドック」と謳うには「ちょっとどうでしょう?」と首を傾げたくなるような医療機関もあるらしいのです。耳に入る情報としては、T2強調像という撮像法だけやって10,000円という「廉価版脳ドック」を謳っている施設があるとか、MRIは古い機種で脳MRAはやってもMIP法という方式のみでsurface renderingなどはできなかったり、画質(解像度)からとても細かい血管の異常などきちんと診断出来ない様なMRIで「脳ドック」をやっている施設もあるようです。
ただ、専門医制度もそうですが、この「施設基準認定」には法的拘束力はないので、ガイドラインに従わず施設基準を満たしていない「似非脳ドック」はすぐに無くなる訳ではないでしょう。ただ、利用される市民が、「脳ドックには施設基準がある」ということを認識して頂き、その基準を満たしていない医療機関での検査は、たとえ「安い」料金で済むとしても避けるべきことをご理解頂く必要があります。

脳ドックの存在そのものを否定する考え方もあるようですが、現在の健康診断や人間ドックが「癌検診」に偏っている傾向が感じられる中で、「生活習慣病と脳卒中の予防」という観点での健康診断を担うのが「脳ドック」だと感じています。すなわち、MRIを撮って「脳に病気がある」とか「ない」という事だけではなく、「現在の状態から将来、脳卒中の危険性がないのか」ということを調べて予防医療の観点からアドバイス、指導を行えるものだと確信をして実施しているのです。
だから大変でもやる気になるのです。

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2009.06.23

変化、改革、進歩?!

Photo_8先週の土曜、6/20に東京のオペラシティホールで催された山響の「夢づくり」さくらんぼコンサート。
6/21(日)の山形新聞の記事にでかでかと掲載されていました。山形新聞を読めない方のために記事を写真でアップします(山新さん、ご了解下さい)。

毎年、このサクランボの時期に山響が東京でコンサートを開き、観客の10人に一人の確率で「サクランボ」が当たるくじ付き、さらに会場ホワイエで山形の特産品を販売し、山形県をアピールしています。
今回のコンサートは、第197回定期と同じプログラムで、先日「N響アワー」の時間の「第5日曜の夜」に放送される『オーケストラの森』に山響が出た時と同じ曲目です。昔の山響だったら、残念ながら山形関係者かよほど地方オケに興味のある人か音楽評論家くらいしか聴きに行かなかった事でしょう。しかし、今の山響は音楽的なレベルが高く、「聴くに耐える」(偉そうな物言いですみません)オケに成長しました。演奏は団員の才能と努力である事は当たり前ですが、それを引き出した音楽監督飯森範親氏の力でしょう。
なんでも『マエストロ、それはムリですよ...』という飯森さんのことを書いた本(飯森さんのHP参照)が出たそうです。詳しくはこちらをどうぞ!


進化、変化、といえば(ちょっとこじつけだが)、拙クリニックの目の前も激変しつつあります。
Photo_2Photo_2_2「ゴルフ場の高いネットを目指して来て下さい、、、」
まだ、世の中に全く認知されていなかった開院当初の拙クリニックの場所を説明する際に受付スタッフが電話口で相手に説明する時に使っていた常套句。
これがもう使えません。
昨年暮れに廃業し、今年春までにゴルフ練習場は解体され、更地になっていました。

Photo_4そして、さらに手前に残っていた、何らかの会社の事務所に倉庫とおぼしき建物。そして「まこちゃんラーメン」というお店。
これも先日解体が始まりました。
Photo_6解体はあっという間に進みます。
倉庫が壊され、ラーメン屋さんが無くなるまでわずか2日の仕事です。
目の前の視界が開けて、ゴルフ場だったところは隣接する老人保健施設と特別養護老人ホームの職員の駐車場が作られています。
Photo_7そしてついに一区画がほぼ更地に。
ここに、新たに老健施設や特老が建設され、何らかのショッピング関係の建物も造られるという噂です。

世間はいろいろ変化して行くのです。拙クリニックもその変化に対応して行かなければなりません。
「院長、それはムリですよ!」と言われても、今の状況に安寧にあぐらをかかず将来を見据えて行く先見性と行動力が必要だと思います。
この春から2カ所の団体との契約で脳ドックの件数が飛躍的に増加し、先週も今週も1週間で6人ずつ脳ドックを行っています。その分、忙しくてバタバタするのですが、やむを得ません。
「前向きでしなやかな発想力」は医者にも必要な時代です。変化、改革、進歩!です。
(なにせ、財政制度等審議会によるあの酷い「H22年度予算編成の基本的考え方の建議」を見れば、本当に深刻で憂慮すべき時代です。プロの居ない組織で国の方針が決められようとしています。開業医と勤務医の平均年収を比較するという、そんな安易な計算で「開業医は収入が多すぎる!」という感情論から国の予算の事を進めようとしているかに思えます。極めて非論理的、非科学的な大衆迎合主義の会議で国の舵取りが影響されるなどあまりにも失望してしまいます。)

このあたりの事については、いずれ私なりの考えをここで書くつもりですが、「産經新聞の社説」に対する抗議!も参照下さい。「財政審建議を批判」も参考になります。

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2009.06.22

高木綾子コンサート(三枝成彰の時間)、ほか

毎日、仕事以外に何か予定があると、あっと言う間に1週間が過ぎてしまいます。
「てんしさま」による『酒田場所』がもう9日も前の事だなんて信じられないくらいです。

そんな中、
Photo白石まで行って来ました。
片道160km、往復4時間50分かかりました。
高木綾子さんは、そのフルートの音色、テクニック、そして音楽性などから、現代のフルーティストの中でも尊敬するお一人。1年に1回は彼女の音色を「生」で聴きたいと思っています。
一昨年は、山形テルサで、昨年は仙台のNTTビルで、リサイタルがありました。3年前は山響定期に登場してイベールのフルート協奏曲を聴き、4年前は仙台フィル定期でハチャトゥリアンのフルート協奏曲を聴きました。
東京等の大都市圏や、彼女の出身である愛知辺りでは演奏会も多いのですが、東北に来る事は本当に年に1回程度です。酒田ー白石間が遠くても、折角何の予定もない日曜日。「出かけて行かずばなるまい」という感じでした。

Photo_2タイトルの()の中の「三枝成彰の時間」というのは今回で「第54回」とのことで、殊に白石市の「ホワイトキューブ」を会場にオペラ、オケ、歌唱、弦楽器からギターまで様々なソロ・リサイタルを53回もやっています。
(写真はホワイトキューブ外観)

Photo_3三枝さんは、著名な作曲家、音楽プロデューサーですが、昨年3月のTCCオペラ『ラ・ボエーム』酒田公演(オケは酒田フィル)でも大変お世話になった方です。
今日も、三枝さんの司会で高木綾子さんのフルートに與口理恵さんのピアノでのコンサート。
(写真はホワイトキューブのホワイエ。2階に入り口のあるホールに上がる階段の前にはバイオリンを弾く天使?の像)

まず三枝さんが登場。いつもの軽妙な喋り口で観客を和ませ惹き付けます。
ただ、ここで気になる事を言っていました。
「私はフルートという楽器があまり好きではないんです」
「平板な音というか、深みとか憂いがない感じで、作曲家としてはあまり興味を引かれない楽器なんです」
などと仰っていました。
まあ、言わんとする事は一部理解できなくもない。しかし、フルートがそんなにつまらない楽器ならば、日本でピアノの次に売れている楽器がフルートな訳がないでしょう!
会場には高木綾子目的で来た人がほとんどなのですから、フルートを吹いているかフルートに興味を持っている人が多いのに、あえて敵に回すような発言は何を考えて言われたのか?と思いました。
まあ、三枝さんだから許されるんでしょう。。。(笑)

プログラムは、
1)M.マレ:スペインのフォリア
2)G.フォーレ:コンクール用小品
3)C.ライネッケ:ソナタ「ウンディーヌ」
 〜 休憩 〜
4)J.S.バッハ:ソナタロ短調BWV1030 
5)イサン・ユン:エチュードより第5番
6)L.リーバーマン:ソナタop.23

プログラムの意図について三枝さんから質問されて、高木さんは「来た事のない会場なので、自分の好きな曲を選んで持って来た」ということでした。時代もバロックから現代までと幅広く、1)と5)はフルートソロで他の4曲はピアノ伴奏。
彼女の演奏で初めて聴くのは、2)と3)だけで、後はどこかで聴いたことがありました。
しかし、3)もそうですが、特に後半の4、5)の迫力、テクニックは圧巻でした。
お腹が大きくて、袖から舞台に出入りする時は「あ!ハイヒール、大丈夫かな、、、」とこちらが心配になるような感じ(7ヶ月の身重ですよ)なのですが、ちょっと歩きづらい以外はいつもと全く変わりない演奏です。
5)のイサン・ユンは韓国出身の作曲家。現代音楽でキー・ビブラートやボイスやフラッターなど様々な技法を凝らされた難曲です。彼女の音は、その魅力的な渋くて太い低音から、脳天を突き抜けるような高音まで、残響がとても長い「ホワイトキューブ」ホールで鮮やかさを増幅していました。
激烈な高音を出した直後、ホールの中を音がグルングルンと回りながら消えて行くまで数秒はかかっていました。

Photo_5ガラス張りのホールですが、庄内町響ホールの「小ホール」と違うところは、ガラスの壁が微妙にいろいろな角度に向いており、天井にも複雑に角度が付けられていて、音がうまく拡散するように設計されていました。響の「小ホール」では、座る場所によって音が凹レンズによって光を集めるように集中してしまったり、集中する場所がある分、抜けたように聴こえにくい場所があるのとは違いました。

面白かったのは、17時開演の時はまだ日が高く(なんせ、昨日は「夏至」でした)、終演近い19時過ぎてようやく日が暮れてくると、ホールの外から採り入れられる「外光」が変わる事によって、ホールの外もホールの中も雰囲気が変わる事。そして微妙に角度の付いたガラスの壁に、私が座っていた観客席の丁度中央辺りからは、ステージの高木さんが右にも左にも写っていて、ステージ上の本物以外に「分身の術」を使ったような高木さんが同時に5、6人見られたのも面白かったですね。

アンコールは、ドビュッシーの「シリンクス」ともう一曲は「EARTH」(彼女の委嘱により村松崇継氏が作曲)でした。

Photo_6いつものように長い三枝さんのお話のために、たった6曲+アンコール2曲なのに、終演は19時半。それからサイン会までしてくださいました。7ヶ月の身重で2時間半のステージをこなし、さらにサイン会なんてとは思いましたが、ファンとしては有り難い事です。

Photo_7この写真、拡大してよく見ると、サインをしている高木さんの向こう側に、「フルートを吹く天使」が写っているではありませんか。気付かずに撮影して後から見て感動してしまいました。
高木さんは御主人が日本酒ソムリエですし(あ、もちろんプロのトロンボーン奏者で)、リサイタルの度に山形の美味しい日本酒などを差し入れさせて頂いていたのですが、さすがに妊婦に酒はないだろうと思い、来る途中の道すがら、旧櫛引町(あの有名店「アル・ケッチャーノ」の近く)の産直にて求めた安いさくらんぼ(佐藤錦)を道の駅のビニールの包みのままお渡ししてしまいました。美味しそうな高級なサクランボは箱詰めされていて、大きくて荷物になるだろうと考え、気軽に帰りの新幹線でつまめるような小さいパックを高木さんと與口さん用に求めたのですが、◯◯円と値札も付いたままで渡してしまい、恥ずかしい限り。

でも、白石まで出かけた甲斐の十分にあるコンサートでした。
やはり彼女の生の音はいいですね。私は彼女のフルートの音色を聴いた2000年頃に、ながらく眠っていたフルート熱に火がついたのですから、これを絶やさないようにするために、彼女の音を聞き続けなければと強く思いました。
三枝さんにもご挨拶出来て嬉しかったです。
「オペラの緞帳が上がる前に、三枝さんが『今日演奏して下さる酒田フィルハーモニーの団員の中には、このオペラに出たくて、大学病院を辞めて酒田で開業した人までいるんです。演奏する側にとってもそれほどに魅力的なオペラなんですね。』と紹介されたのが、この私です。」
と自己紹介したら、「ああ〜、あの時のドクター!」と思い出して下さり、「奥さん、僕、奥さんの車で送ってもらったよね。」と家内も忘れていた事を覚えていて下さいました。オペラが終わって、希望ホールのホワイエで打ち上げをし、二次会会場に向かう時にJS先生と三枝さんを家内のちっこい軽自動車で会場にお連れしたのでした。

昨日(6/21)は、このコンサートだけではなくいろいろいいことがありました。
酒田を出発する前にクリニックで一仕事(パートの事務員の面接試験)をして、昼食は鶴岡(旧羽黒)の穂並街道「緑のイスキア」へ。Photo_8Photo_9左は先日頂いてとても気に入った「ポッコンチーニ」付きの前菜。
家内はスープコース。先日はとても美味しいミネストローネだったのですが、6/21から冷たいビシソワーズに変わっていました。家内はビシソアーズが大好き。しかもオーナーの鹿児島(?)の友人から一昨日届いたばかりの新ジャガを使ったそうです。

Photo_10パスタの写真は撮り忘れましたが、アマトリチャーナ。タマネギの甘さがうまうまです。
そしてピッツァはこの水牛のリコッタチーズを使った「リピエーノ」(包み焼き)です。リコッタチーズとモッツァレラにハム、バジルなどが入っていてウマウマ。具の入っていない「耳」の部分も、生地の美味しさが味わえて良かった。
リコッタチーズから出るのか、ちょっと水っぽい部分が「?」だったけど、こういうものなのだろうか。

Photo_11Photo_13左は私のドルチェ。エスプレッソコーヒーとともに頂いたのはマスカルポーネチーズを使ったティラミスーと何だか名前を忘れたとても甘い何とかビアンコ?パンナコッタ。
右は家内のドルチェ。だだちゃ豆のジェラートとだだちゃ豆の入ったロールケーキ。

Photo_14こんな美味しいものを頂いて、太陽は燦々と明るい光を降り注ぎ、お店の玄関前の田圃は稲がすくすく育って行っています。明るい気分になります。「緑」のイスキアですね。

そして山形自動車道の月山湖脇を通るとき、ちょうど午後2時の噴水が高々とあがりました。
「今日、なんかついてるね!」と思わされます(単純)。

白石から戻って来る時、山形自動車道を山形市から寒河江方面に走っていた午後8時40分頃、今度は大きな花火が見えました。何発も何発も上がっています。どうも「さくらんぼ祭り」に合わせた花火大会だったようで、寒河江SA脇の「最上川ふるさと総合公園」で打ち上げられていた模様。寒河江ICを過ぎたところから寒河江SAにかけて走行していると、まるで花火の中に突っ込んで行くような錯覚に陥りそうでした。
高速道路を走りながら花火見物。。。なかなか得難い経験。これもついてました!

ということで、なかなかブログの更新もままならない日々が続いていましたが、昨日はたっぷりと休日を謳歌し、素晴らしい音楽を聴き、楽しい一日でした。
(脳ドックのレポート、やらなくちゃ、、、)

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2009.06.17

これから楽しみな演奏会

すべてに行ける訳ではありませんが、この6,7月に気になる、楽しみな演奏会を列記してみます。

まずは、今週末、6/20(土)には山形交響楽団の東京公演。
「夢づくり」さくらんぼコンサートが、東京オペラシティで開かれます。詳細は「こちら」をご覧下さい。
先日、NHK教育で放送された「オーケストラの森」の時と同じプログラムで、カリンニコフの2番という滅多に聴けないプログラムです(ただ、山響に合っているかどうかは?ですが)。

続く6/21(日)は、宮城県の白石市で高木綾子さんのフルートリサイタル。
今年の9月には「ママ」になる予定の高木さん。妊娠6ヶ月を過ぎたところでしょうか。ちょっと心配ですが、そこはプロですからね。
会場は、白石市の「ホワイトキューブ」で、なぜか司会進行に三枝成彰さんが見える予定です。こういうことのようですね。

平日なので厳しいのですが、こちらも魅力的。山形市内の方は是非どうぞ!
Photo山響首席フルート奏者の足達祥治さんのコンサート;フルートとハープの夕べという魅力的なもの。
ハープを演奏するのは、山響モーツァルト定期で足達さんがモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」を演奏した時にハープを弾かれた内田奈織さんです(こちらの記事を参照)。写真のチラシは足達先生が送って来てくださいましたので折り目がついております。チラシの下は先日試奏会を行ったムラマツフルート達。。。
「十一屋のスイート・コンサート」は6/23(火)、18:30開演です(酒田からは行けません、、、泣)

7/5(日)は、我らが山響が今度は新潟に登場。
素晴らしいコンサートホールである「りゅーとぴあ」大ホールで「ブル4」。ブルックナーの4番は飯森&山響でCDも好評発売中ですが、2007年1月の第178回定期、山形テルサでのコンサートでの鮮烈な山響のブルックナー・デビューが今も鮮明に蘇ります。
空席時2.23秒という長い残響時間を持つホール(「りゅーとぴあ/コンサートホールの特徴」参照)で、山響の「ブル4」がどのような美しい響きを聴かせてくれるのか、楽しみです。

その山響の第198回定期と第9回庄内定期酒田公演は7/24(金)に山形テルサ、7/25(土)に希望ホールです。プログラムはバルトークのヴィオラ協奏曲とブルックナーの3番です。
同じ月に、違うホールで、「ブル4」と「ブル3」を聴ける訳です。これは山響のファンで時間の合う方なら、金、土と響きの美しいテルサと希望ホールの両方で聴き比べてみるという手もあるでしょう。

そのわずか1週後、7/31(金)には山形テルサで山響モーツァルトシンフォニーサイクル3年目の第1回、通算第7回のモーツァルト定期。
交響曲へ長調K.75と交響曲変ロ長調K.An h.214という、普段あまり聴けない交響曲に「戴冠式ミサ」ハ長調K.317です。金曜の夜では、、、

上記のような魅力的な演奏会、すべてに行ける訳ではありませんが、いろいろ夢想してみるのも楽しいものです。(^^;;;

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2009.06.15

「フルートを楽しもう」から「酒田を楽しもう」へ

6/14(日)は、朝9時半からジョンダーノ・ホールで上坂学氏による個人レッスン。
私を含め5名の受講生があり、終わったのは午後2時少し前になっていました。その間、ちょっと水を飲むのとトイレ以外、休憩を取らないのですから、やはり音楽家は体力が勝負です!前日の1日がかりのイベントに続けて、半日のレッスンを終え、充実感のうちに今年の「フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.2」を終えました。

羽田行きの庄内空港最終便18:00まで4時間あります。
まずは昼飯です。
私の写真はないのですが(上坂先生のブログには写真が載るでしょう)、あの椎名誠氏が絶賛し3杯おかわりした?と言われている、「川柳」に行きました。

上坂先生はさすが少々お疲れの様子。ラーメン一杯でお腹いっぱいとのこと。去年は、写真好きの先生を「土門拳記念館」にお連れしました。今年は土門拳生誕100年記念をやっていますが、今年はまずは市内中心部の有名な観光巡りから。
山居倉庫をチラッと見学、本間家旧本邸と鐙屋、「おくりびと」ロケ地の『NKエージェント』などはあまりつよい興味がなかったようなので、車から見るだけで通り過ぎました。

酒田訪問で欠かせないのは「蕎麦と岩ガキ」とのことで、昨日はお蕎麦、今日はラーメンを食べたので、次はやはり岩ガキ。
Photo遊佐町の道の駅「フラット」に向かう途中、酒田北港に並ぶ風力発電の風車をちょっと見て行こうと寄り道したら、突然上坂先生が、「なんだ!あれは?!」と元気な声を発しました。
私も今まで見ていたはずですが、初めて認識しました。おそらく港湾の海底を掘削して平らにし、タンカーなどの船が入れるようにするための巨大な機械です。

工場、鉄塔、ダムといった、表面上は無機質で、巨大な建築物が「大好物」の先生。ブログ「つれづれに」...には、猫の写真と食べ物の写真とともに、そういった巨大建造物の写真が時々載ります。
一緒に行ったクライス山形支部長のHC氏とともに、自慢のデジ一を出して撮影タ〜〜イム!

その後、先生は一人で防波堤の突端まで行って、海や防波堤を熱写。さらに風車の足下まで行って、巨大な風車を激写です。これらの写真は、上記ブログに近々載るのだと思います。


Photo_2道の駅「ふらっと」はなかなかの賑わい。直ぐ近くの吹浦漁港で今朝上がった岩ガキは、小が一個500円、大が650円で売られていて、自分で好みのものをざるにとって、お金をはらったら、剝いてくれるおばちゃんのところに持って行くのです。
慣れた手つきで手際よく、ササッと剝いてくれました。

Photo_3とっても大きな岩ガキが4つ。
広島や松島の牡蛎も有名ですが、あれは養殖の牡蛎で小振りです。おそらく岩ガキの大1個でそれらの3〜4個分の重量があります。
この4つの岩ガキのうち、貝類のダメな家内、川柳のわんたんメンでお腹いっぱいのHC氏を除くと、上坂先生と私の二人。

Photo_5ラーメンでお腹いっぱいと言っていたのに、「牡蛎は別腹」とばかりに一人で3個、ぺろりと平らげた「てんしさま」。私は1個で十分。身厚で全く臭みがなく、歯応えがシャキシャキして、つるりんと食べられる、絶品の岩ガキです!

その後は、近くの「十六羅漢」を公園よりやや遠目に見学。岩場まで降りて行く時間的余裕がなかったのです。残念!
その時点で16:50過ぎ。急いで庄内空港に行かなければなりません。
国道7号を酒田に向かい、酒田北港のところで山形自動車道「酒田みなと」インターへ。そこからは高速道であっという間に庄内空港です。結局17:25頃、空港に到着。
上坂先生は、余裕で保安検査場を17:40頃抜けて空の人となりました。

お疲れさまでした!
クライス山形支部長のHC氏は、距離にして約200km離れた米沢から来て下さいました。同じ山形県内とは言え、県の南東の角に近い、最上川最上流の米沢と、県の北西の角で最上川が日本海に注ぐ酒田とではまるで別の県のように、距離も遠ければ言葉も文化も違います。
Photo_6米沢と言えば上杉。そして今は『天地人』で盛り上がっています。
HC氏は、かねたんグッズや直江兼続関係の魅力的小物を多数お土産に持って来て下さいました。
個人レッスンを受けた人の中には、かねたんのピンバッジやストラップをゲットした方も。
そして、写真は「直江兼続」の『愛』の文字が燦然と輝く「油取り紙」です。フルートのパッドに付く湿気を取るペーパーは、日本の油取り紙が最高なのです!
そして右は、「かねたんのいちにち」という可愛い絵本です。クリニックの待合室に置かせて頂きました!ありがとうございます。

Photo_7おっと!忘れるところだった。
上坂先生からのお土産。自宅のある国立(音楽の都だよね〜)の有名なクッキーらしい。♪が付いていて可愛い。
そうそう、チェンバロ製作者林さん(「ハヤシチェンバロ製作所」参照)からは、なぜか「最上の夢」という最上町のお酒を頂きました(仙台の人なのに、、、笑)。ありがとうございました!

上坂先生、HCさん、そして笛吹の皆さん!また来年も酒田でお会いしましょう!!!

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2009.06.14

サロン・コンサート第5回&フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.2 報告

6月はいろいろ忙しいシーズン。
Photoこの週末は希望ホールで酒田地区の合唱祭もあり、中学、高校は試験シーズンだったり、吹奏楽関係はもう少しでコンクール地区大会があったり、定期演奏会もあったりで、なかなか地元のフルート吹きが「結集」という訳にも行かず。
Photo_2でも第1部のコンサートから熱心な観客が集まってくださいました。
私も参加したBachのデュエットは、う〜〜ん、どうでしょう(長島口調で)、そんなに悪い出来ではなかったと思うのですが、でも不満足な部分はたくさんたくさんありました。練習に時間をかけてもやはり出来ないのは、実力不足。。。
Photo_3プログラムの中では、カリヴォダの「サロンの小品」が好みでした。
チェンバロ伴奏が2曲、ピアノ伴奏の小品が4曲、それにアンコールがモンティのチャルダーシュ。
これは時間の関係で止めましょうか、と上坂先生が言ったのを、私が聞きたいから!とお願いして吹いて頂きました。

Photo_4後半のフルート試奏、講習にも昨年より多くの方が参加して夜遅く(およそ20時頃まで)、熱いレッスンが続きました。
最初に、参加者がそれぞれ試奏したムラマツフルート6種類(頭部管のみ銀から、管体18金+メカ9Kまで)を、上坂先生がSummer songという曲の一部を吹いて吹き比べ、参加者の好みを聞きます。今回の聴衆では18金の反応が良かったようです。さらに、各自所有の笛を試しに吹くということで、ムラマツのPTPや、ヘインズの総銀にナガハラの14金など珍しい楽器も出て来ました。

Photo_5「驚くほど楽に音が出て音程も安定する吹き方」の講習では、皆、今までとはちょっとだけ違う、でも大きな変化に感じるリッププレートの当て方に戸惑いながらも、音色の変化をつかみ取っているようでした。昨年よりも質問も多く出て、少しこの会の目的が伝わったようで嬉しい瞬間でした。

Photo_6予定を30分以上過ぎて、でも参加者の熱気はまだ覚めやらず。
講習会が始まる前に、全員参加の集合写真を撮っておけば良かったと悔やまれます。コンサートだけでお帰りになった方も10名程、試奏会、楽器調整のみで帰られた方も数名、さらに講習会の途中で用事があって帰られた方も数名いらっしゃいました。
写真は集合写真を撮ろうとしている上坂先生。(笑)

その後は、打ち上げへ!
最後まで参加されたけれど別に予定があるなどで、「打ち上げ」への参加者は少なかったのですが、そこでも楽しい時間を過ごしました。上坂先生、ムラマツの伊藤さん、参加してくださった皆さん、ありがとうございました!お疲れさまでした。(写真はあえて?なし)

Photo_7今日、6/14はとてもよいお天気。ぽかぽか陽気です。
午前中、私を含めて5名の個人レッスン。上坂先生は昨日の疲れを感じさせず、朝9時半から休憩も取らずに精力的なレッスン。
2受講者からは「驚きの連続だった」とか「独りよがりな練習をしていたので、とても良かった」「こういう企画はまたやって欲しい」という感想が聞かれました。
 私は、中音から低音へ、中音から高音への跳躍をレガートに、美しい音で、音量を変えずに、正しい音程で、というフルート吹き永遠の課題についてレッスンを頂き、最後におまけでモーツァルトのフルート協奏曲ニ長調の第1楽章を上坂先生ピアノ伴奏付きでレッスンを付けて頂きました。ものすご〜く勉強になり、楽しい時間でした。

さて、午後は上坂先生の帰りの飛行機までの時間、束の間の庄内観光と食(おきまり!)です。
これから出かけてきます!
(このレポートは明日に続く)

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2009.06.12

いよいよ明日はサロン・コンサート第5回です!

Kついに明日になりました。
今日の夜は、診療終了後、ピアニストのMS嬢に「ジョンダーノ・ホール」に来て頂き、明日のピアノ伴奏の曲のうち、ゴーベールとカリヴォダ以外を軽く合わせて、ピアノの響きを確認。
K_4I楽器のT氏に、日中再調整してもらったYAMAHA G7(60年近く前のoldで鍵盤は象牙です)は、粒立ちもクリアになり、以前から気になっていた「ボヤボヤ感」が大分少なくなりました。元々持っている暖かい音色と大きなグランドピアノらしい余裕のある響きはそのままで、明日が大変楽しみです。

K_2写真は、本日、クリニックに届いた6本のムラマツフルートの一つ。素晴らしい彫刻。
All 14Kのengraved lip plate and keysの一品。歌口には、馬?が彫られています。

K_3フルート吹き憧れの楽器、ムラマツ。
私も子供の頃、Nikkanのフルートを楽しみながら、やはりムラマツを持っている人を羨ましいと思っていました。いろいろな縁で今はP楽器のフルートを吹いています。これはこれでとてもいい楽器で気に入って吹いていますが、たまに浮気心が起きます。

頭部管の違いなのか、歌口の違いなのか、管体18K+キー&メカ銀の自分の楽器と、All 14Kの違いなのか、、、
おそらくそれら全ての違いででしょうが、やはり吹奏感も違いますし、響きも違います。

Photo6本のフルート合わせて定価ベースで1400万円相当だと思うのですが、こんな形で送られて来ました。
楽器に損傷がないかどうかを厳しい目でチェックしました。ていうか、演奏会主催者の特権で前もって荷解きし、一日早い「試奏会」をさせてもらいました。
ちゃんと鳴らない楽器では困りますからね。
あくまで、事前のチェックという「仕事」です!

Photo_2明日に備えて、いろいろ準備しながら、頂き物をごちそうさま。
鶴岡の「青森屋」さんのフルーツゼリー。
うまうまです。

612久しぶりの鳥海山。
積雪もだいぶ消えましたね!もう夏です。
今日も日中晴れたと思ったら、急に曇ったり、風が吹いたり、変な天気でした。
明日はいい天気だといいな。

さて、明日はいよいよフルート・クライスのイヴェント、『フルートを楽しもう! in 酒田 Vol.2』です。サロン・コンサート第5回とフルート試奏会、講習会、無料楽器診断調整会があります。

もちろん、演奏会を「聴くだけ」もありですよ!
お待ちしております。

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2009.06.11

ようやく綺麗になった『バレーヌ・ガーデン』

人出を頼みましたので自慢は出来ませんが、庭が少し綺麗になりました(自宅の庭はどうするんだ?!)。
611先日来、その美しさを競うように咲いている薔薇達。
ある人のアドバイスに従って、昨年、肥料を撒いていたのが良かったらしいです。
しかし、周りに植えたマーガレットは1年草ではないはずなのに、根グサレしていたらしくほぼ全滅で新しく花を植えました。
昨冬の厳しい寒さと積雪が悪かったのかも知れません。そんなに水を撒きすぎた訳ではないと思いますが、積雪をそのままにしていたので、溶けるまでにずっと土にしみ込んだのでしょう。

昨日は、ジャン=マルク・ルイサダのピアノリサイタルが「希望ホール」でありました。
しかし、一昨日に新日本フィルの酒田公演と連日でしたし、私は元々庄内地区の脳外科、神経内科の集まりが入っていたので聴きに行けませんでした。
素晴らしかった、らしい。。。

今日、クリニックに、正確には「ジョンダーノ・ホール」にお客様が2名いらっしゃいました。
山形市を中心に活動している"Ensemble MUSE"のバイオリンのK嬢とピアノのN嬢です。こちらの記事(Ensemble MUSEサマーコンサート)を参照下さい。
なんでも、今日、酒田市内の某N高校の音楽部学生を対象にプライベートなコンサートをするので、その前に音だしの出来る場所を求めて「うち」に来られた訳です。しかも昨日が「ルイサダ」酒田公演(大都市圏以外は、酒田の他は、愛媛と青森くらい)で、K嬢もN嬢もルイサダの演奏を堪能し、ついでに酒田の夜も堪能して、今日を迎えたとの事。
患者さんの診察中ではありますが、「ジョンダーノ・ホール」はその自動ドアを閉め切り、待合室とホール前室の間の扉を閉めると音はあまり洩れないので、診察室には耳を澄ましてもほとんど聴こえません。
お昼近かったので、「ウォーターベッド」治療を受ける患者さんもほとんどなく、お二人がリハをほぼ終えた頃に、お一方リハビリ処置を行った位なので全く診療には影響なし。普段は院内にiTunesのRadio機能を利用してアメリカの「バロック音楽専門チャンネル」を流しっぱなしにしているのですが、今日はお二人の美しい調べが待合室にも少し聴こえたはず。
今日10:30~12:00にいらした患者さんはラッキーだったかも。素敵な音色に癒された事でしょう。

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2009.06.10

新日本フィル酒田公演

一昨日の夜は何をしていたのか、思い出せないような慌ただしい、雑事の多い日が続いています。
そんな中、昨晩は新日本フィルハーモニー交響楽団の酒田公演があり行って来ました。


PhotoH16年に現在の酒田市民会館「希望ホール」が出来て、最初の登場したプロオケは小澤征爾指揮新日本フィルでした。
『酒田希望音楽祭』実行委員会という組織が出来て、それから5年間は新日本フィルが酒田公演をするということになり、これまで小澤さんが2回、アルミンクが1回、小林研一郎さんが1回指揮者として登場。それぞれに個性のある、熱い演奏を聴かせて下さいました。

そして今回はマエストロ井上道義。
つい先日、「題名のない音楽会」で、ジャズとのセッションではその江戸っ子の、祭りの血が騒いだような指揮(?)を披露していました。

そしてピアニストに後藤泉さん。
いまや売れっ子で若手の実力派ピアニスト。ウィーンフィルの面々との室内楽シリーズなどもたくさんされている。
今回は、ベートーベンのピアノ協奏曲4番。
私個人の印象としては、5つあるベートーベンのピアノ協奏曲の中でもっとも難しいと思う。表現力を要求されるレベルが高い。個人的には「3番」が一番好きだし、5番「皇帝」はもちろん素晴らしい。1番、2番も素敵な曲である。バックハウスとルドルフ・ゼルキンのベートーベンピアノ協奏曲全集を持っている。
「4番」の特徴はいろいろあるが、何と言っても冒頭。オケは静かにたたずみ、ピアノだけが一人弱奏で演奏を始める。それにオケが応え、徐々に広がりを見せる。
この冒頭のピアノ独奏で全曲が決まってしまうと言っても過言でない。プロのピアニストでもそうとう緊張すると思われる。(事実、終演後の会で、泉さん自身が「終わってほっとした」というような感想を漏らされた。もちろん演奏がうまくいったという安堵感あっての話)

今回、希望ホールの2階バルコニー席でピアノ協奏曲を初めて聴いた。
ピアノ協奏曲の場合、1階席の真ん中後ろか2階席前列あたりがいいのかもしれない。コンサートグランドには大きな蓋があるので、それによってある程度、音に「指向性」が出るのだと思う。昨年、石井理恵さんとチャイコのPコンをやった時には、ステージにいるオケにはピアノ音が聞こえなくて困った。その分、客席には良く響いているのだと思う(昨年の定期のアンケートで「ピアノ協奏曲をこんなに美しい音で、こんなに迫力のある音で聴いたのは初めて」というような感想もあった)。

終演後に他の人が言っている程のピアノの迫力とか音の透明感が、2階バルコニーには伝わらなかった。20分の休憩の後、交響曲。同じ「4番」でも「ブラ4」。
平成17年の酒フィル定期でも取り上げた名曲。4楽章にフルートの「大ソロ」と呼ばれる部分が有名。
Cdその「大ソロ」を吹いたのは、この4月に副首席から首席フルート奏者になった荒川洋さん。
昨年、拙クリニックのサロン・コンサートの記念すべき第1回に出演頂きました(「サロン・コンサート第1回報告」を参照)。いろいろな縁から彼のような素敵な音楽家と知り合いになれて幸せな事でした。

「ブラ4」の出だしは、プロでも簡単ではありません。
ブラームスの溜め息のような、鬱々とした嘆きのような、諦観のように始まります。井上道義さんの指揮は、「おっとっと〜」と思うくらい、ゆったり、ゆっくり、じわ〜んと始まりました。
バキバキとした部分、舞曲的な部分、マーチ的に思う部分、コラールなど、変幻自在、そしてメリハリの利いた演奏が進みます。NJPの弦は、まさに「一糸乱れぬ」と称しても良いまとまり感があり、音程の安定感、特にバイオリンでも低弦部を演奏する時の重厚さ、チェロ、ビオラ、コントラバスの中〜低音部の厚みは素晴らしいものでした。
管楽器群も、ピッチの安定感は抜群で、ホルンやファゴットの弦楽合奏との解け合った色合いなどは見事なものでした。フルート、オーボエは、荒川洋さんに古部賢一さんと若手イケメンの実力者が管楽器の真ん中に座り、その後ろに座るクラリネット、ファゴットも実力者ぞろいでまったく安心してアンサンブルを堪能できました。トランペットは恐い楽器で、1、2カ所、ちょっとキツい発音が感じられることがありましたが、目立つ楽器の宿命でしょう。トロンボーンの4楽章のコラールも美しかったのですが、「希望ホール」の響きに慣れていないせいか、なんとなく手探り感が感じられたのは私の思い過ごしだったでしょうか。

そして、件の4楽章の「大ソロ」。
荒川さんもやはり「希望ホール」の響きには慣れていないので、客席でどう聴こえるのかがわからない感じ。美しく切ない音楽ながら、出だしからやや音量が大きめな印象。もう少し、p気味に始まっても良かったかな〜と思います。
でも、素晴らしい演奏でした。酒フィルの練習では「代吹き」でここを吹いたことはありますが、練習なのに緊張して唇が震えました。本番は私はセカンドだったので人前できちんと吹いた事はありません。荒川さんの「大ソロ」を聴いていて、なんだかジワッと涙が出そうになってしまいました。
「ああ〜っ、、、ブラームス、、、」
という感じでした。

そして、フィナーレを迎えます。
感激しました。大拍手、ブラボーの声も飛びます。拍手は鳴り止みません。
赤い御ベベを着た稚児が二人、ゆっくりステージへ。マエストロとコンマスに花束贈呈。
拍手は鳴り続けます。

マエストロが拍手を制し、「ありがとうございます。うちのチェロは「失業」しないでやってます!」と映画『おくりびと』にちなんだ発言。そして「チェロといえば、この曲、「これ」をやります!」と言って始めたアンコールは、なんとなんと
ブラームスの交響曲第3番第3楽章(抜粋)。
「ブラ4」の後に「ブラ3」が聴けるとは、驚きでありとても嬉しく、切ない旋律なのに聴きながら自分の顔が笑顔になっているのがよく分かりました。

〜〜〜〜〜
終演後、実行委員会主催のレセプションが開かれたが、それとは別に後藤泉さんと荒川洋さんにゆかりのある人が集まる小さな宴会が催され、私も誘われて出席した。
後藤泉さんのお母様は、なんと酒田市の出身で、お母様を含む三姉妹にピアノを教えた先生の奥様(先生は新潟大学教育学部で音楽を指導されていた故人)、その先生の長女で現在酒田市内でピアノを教えておられるK先生(小生もよく存じている)も出席。しかも、三姉妹のご主人が全て参加(それぞれ酒田、千葉の柏、埼玉から)。
レセプションから遅れて、後藤泉さんと荒川洋さんが参加され日付が変わるまで楽しく会食。いろいろ話が弾んで楽しい会だった。

後藤泉さんと荒川洋さんが、同じ年生まれ、同じ干支という発見があったり、写真のように後藤さんからはプログラム、荒川さんからは昨年暮れに出された「フレンチ・コンポーザーズ」という大人気のCDにサインを頂いた。荒川さんは学生時代から作曲をしていて(パイパーズ5月号の特集記事にも出ています、パイパーズ「バックナンバー」参照)、フルートの曲などがOp.50になったということで、ギターとフルートの難しそうな楽譜を作曲者本人からサイン付きで頂くという光栄に浴した。

「酒田を愛する会会長」である、後藤泉さんのお母さんのお姉さんのご主人(つまり伯父さん)のKさんとは、拙クリニックに設置してあるピアノを改造したI楽器のT氏とともに、庄内藩酒井家の幕末のことや本間様の事、松山藩の砲術隊(先日の酒田まつりでも号砲を鳴らした)が米沢の砲術隊と縁のある事などなどいろいろお話しして楽しかった。

新日本フィルの酒田公演は、いつも演奏会を堪能した後に、必ず荒川さんを中心にこういう楽しい交流があるのが嬉しい。今年は、残念ながら平日のコンサートだったため、「サロンコンサート」に出演をお願い出来なかったけれど、4年前に庄内国際ギターフェスティバルのプレコンサートで庄内に来たこともある、ギターのマーティン・フォーゲルさんと荒川さんのデュオを「ジョンダーノ・ホール」でやってみたいという話は魅力的だった。あのホールは、きっとギターとかチェンバロとかハープという「撥弦楽器」に合っていると思うのだ。

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2009.06.07

金土日

ばたばたしていて、「40万アクセス」以降、ブログ記事を更新できず。

Photo毎週金曜日発行の地元情報誌「コミュニティしんぶん」6/5日号に、当院のサロン・コンサート第5回の上坂学氏の件を取り上げて頂きました。(白抜きは他の宣伝など)
昨年は、小生の写真入りで載ったりしたのですが(平成20年の夏至という記事参照)、今回はスペースの関係で簡単な取材のみ。でも有り難いです。
酒田市出身のムラマツフルート修理室長伊藤氏が参加する事が記事になった大きな要因でしょう。
なにせ、伊藤氏はあのジェームス・ゴールウェイはじめ、世界の、そして日本の名だたるフルート吹きが東京では彼に楽器を調整してもらうという位、確かな技術で信頼されている「職人」です。私の友人であるチェコフィルのロマン・ノヴォトニー氏も日本に来たら、真っ先に彼のところに楽器を持って行って調整してもらっています。伊藤さんに調整してもらうと、まるで別の楽器になったのかと思うくらい、音が楽に出るようになったりするのです。それほど、楽器の診断修理調整の仕事は大切です。

今度のサロン・コンサートでは、それを「無料」で行うのですから、フルートを吹く方は是非楽器を持ってご参加下さい。こんな機会は滅多にありません!


Photo_3こちらは、金曜の夜、庄内町響ホールでのあるイベントで頂いたお弁当。
ご飯はギターの形をかたどられています。
そう、これは、昨年行われた、「第2回国際ギターフェスティバル in 庄内」の懇親会でもでたもの。
6/5(金)、響ホール「小ホール」で、ギター好き憧れの、日本が世界に誇る福田進一氏のコンサートがありました。
これはなんと「無料」のコンサート。
さる、3月3日に惜しまれながらお亡くなりになった、庄内のギターフェスの生みの親で実行委員長であったHS氏を偲び(ブログ記事「2つの訃報」参照)、追悼するコンサート。自ら「親友」と仰っていた福田さんが、HS氏を偲ぶために企画されたコンサート。
福田さんは、世界を駆け回るギタリスト&指導者で、超超多忙にも関わらずHS氏の告別式にも参列され、追悼のギター演奏もされました(私は、仕事の都合で、お通夜にだけ参列させて頂き、告別式には出られなかった)。そして、今回、ちょっと落ち着いたところで、まだHS氏への追悼の念、感謝の気持ちが足らないと思われたのでしょう、「無料」のコンサートを開いて下さいました。
その後、関係者でささやかなパーティ、というかHS氏を偲ぶ会が催され、私まで参加させて頂いたと言う事です。

Photo_4昨日、土曜はまずお昼を「田毎」に行って美味しいお蕎麦を頂きました。
今度の土曜日に来られる、「蕎麦好き」の上坂先生を歓待するためのリサーチを兼ねます(笑)。
そして、午後にアポイント、夜は市民オケの練習、その後、サッカーワールドカップ出場を決めた試合、F1のトルコグランプリ予選を観て寝ました。

今日、日曜はこれから山形市に向かいます。
また、大学での「スタッフ会議」に出るように、との教授のご指示によりはるばる(?)往復240km、時間にして往復3時間半の道のりを、大学での会議のために出かけます。
折角だから、酒田ではなかなか食べられない「牛タン」でもと思うのですが、山形駅前の「とだて」は日曜休みなんですよね〜。
さて、そろそろ出かける準備をしなくては。

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2009.06.04

ジョンダーノ・ホール前「バレーヌ・ガーデン」

Photo♪薔薇が咲いた♪
バラが咲いた〜♪
真っ赤と、ピンクと、紅色と、黄色のば〜ら〜が〜♪(名前、わかりません、、、恥)

拙クリニックの、「バレーヌ・ガーデン」の片隅に昨年植えた薔薇が育って来て、大輪の花を咲かせています。村山市の「東沢バラ公園」でも「バラ祭り」が始まるそうなので、今、ちょうどそういう季節なのですね。
冬から、短い春を経て、急に温かくなって(日中30℃超えました!)、庭もちょっと荒れています。もうすぐ業者さんも入れて、昨年植えた一年草と雑草を整理して、新しい植物を植えたりする予定。その直前の、恥ずかしいけれど汚い庭に、美しい花が咲いたので折角だから写真を載せます。

Photo_2こっちは(多分)芍薬です。
「立てば芍薬 座れば牡丹、、、」
花は綺麗なのに、そのまわりが美しくないので、雑草整理と植栽をやらねば。

627ちなみに、昨年6月にようやく「バレーヌ・ガーデン」が庭らしくなったばかりの写真は←これです。
バラは左奥、芍薬と紫陽花を右奥に植ました。

ちなみに、リハ室兼音楽ホールの「ジョンダーノ」は庄内弁の「じょうずだね〜」由来ですが、庭の名称「バレーヌ・ガーデン」は、「演奏が下手なのがバレナイ」とか「庭を整備してないのがバレない」という意味ではありません。
このブログのタイトルのbalaine=バレーヌです。
MRI室の壁で泳ぐザトウ鯨や、受付の後ろの壁で泳ぐセミ鯨などの「ひげ鯨」のラテン語、フランス語の総称です。

おまけ。
多分、kanonのブログに載るはずの写真を1枚。
Photo_3先日、kanonが早朝に出かけた日曜日。市民オケの練習に出かける前に、「小さい白さん」に餌をやろうとしたら、磨りガラス越しに「おねだり」した時のものです。
この後の写真は、うちの庭がクリニックの庭と同じく荒れ放題、雑草伸び放題が写っているので私は出しません。

「あ〜、雑草が伸びて来たからそろそろ刈らなきゃ〜」
芝刈り機、準備〜!!!っと思っていたら、雨がザーザー降り、晴れた土日には東京出張や一日練習が入り(言い訳ばっかり)、気がついたら
「げ〜〜っ!もう芝刈り機じゃ刈れないよ〜〜〜」というアリサマでした。

やっぱ、この恥ずかしい状態がバレないような「バレーヌ・ガーデン」としておきますか。


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2009.06.02

40万アクセス

当ブログは2005年(平成17年)1月6日に始めました。
こちら→「はじめました!」が一番最初の記事です。

本日、平成21年6月2日、16時台に「40万アクセス」ヒットしていました。
仕事中にヒットしていて気づきませんでした。特に、今日の午後は「脳ドック」の方が3名に新患も2名いらして診療終了までまったく休憩する暇もなく、夜には秋の定期演奏会の指導指揮をお願いしている井崎正浩氏との酒フィルとしての会合があり(井崎さんが音楽監督を務めるソルノク響の11月来日公演などの会議のため、急遽庄内入りされた)、自宅に戻ったのが夜10時前。そこで知りました。

「30万アクセス」は、昨年の10月8日でした。
その日の記事は「可愛いお客様」です。

「20万アクセス」は平成21年3月3日の拙クリニック開院の記念の日の夜遅くでした。
記事はこちら→「初日(続き)」の最後の方に20万アクセスの事を書いています。
記念の日に、記念のアクセス。今、気がついたのですけど、ご本人からの名乗りがあった(「べぇさん」)のに、うやむやにしてしまっていました。(どげんかせんといかん)

「10万アクセス」は、、、、いつだったか分かりません。
そもそも、この「ココログ」のブログサービスとしての「アクセス解析」は平成18年6月頃から始まっており、本日の「40万アクセス」の前に平成17年1月から1年と5ヶ月分のアクセスが計算に入っていません。
ただ、その頃は、ブログというものが今程認知されていませんし、わずか4年前でもインターネットアクセス環境は、今程自由ではなかったと記憶しています。

最近の「アクセス解析」を見ると、記事を書いた日には1日400~500位のアクセスがあります。4年前はどうだったのでしょう?
。。。。

「集計データがありません」

冷たいお言葉を頂きました。(;;)
アクセス解析が始まっていないんだから仕方ありませんね。

よって、本日40万アクセスですが、1年5ヶ月分を足して(当時のアクセスを少なめに見積もって1日アクセス平均100とすると)、推計45,6万アクセスぐらいはあるのだと思います(もっと多いかも、、、)。

好き勝手な事を、思いつくままに、羅列して推敲もあまりされていない、未熟な文章ですが、いろいろな検索ワードで来て下さったり(40万アクセスと思われる人は「出羽かおり」という検索ワード)、常連のリピーターもそれなりにいて下さる事には感謝です。
これからも、気ままに続けて行くでしょう(途中で何度も辞めようと思いながら、転勤、転地、転職などの環境の変化にもめげず続けてきました)。

これからも、「★balaine★ひげ鯨の日々」をよろしくお願い致します。m(_)m

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