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2008.10.17

拝啓!読売新聞社様、、、

白鳥さん、酒田にどんどん飛来しているようです。
綺麗なV字編隊飛行もいよいよ目にしました。
さて、、、
(以下の記事で今日とは10/16(木)です。16日に書いていたのですが、完成したのは17日(金)になってしまいました)
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今朝(10/16)の読売新聞朝刊は「医療改革」の提言を一面トップに持って来て、関連ページもたくさん「医療改革」に対する方策、対策などの特集でした。全国紙としての立場から提言されたその心意気やよし!です。内容についても賛成できる点もたくさんあります。
しかし、私のブログでも病院、勤務医の危機や苦しさについては、3年以上前から折りに触れ書いてきましたし、ネット上だけで見ても日本中の医師が医療に携わる立場からの危機感を書いていました。

政府や厚生労働省の役人が医療政策においてこれまでいくつもの思い違い、考え違いをして来たことは歴史が証明していると思うのですが、世間一般はあまり関知していないと思います。日本の人口あたりの医師数がOECD加盟国の中で低い方にある事は最近になって注目されていますが、これは前からそうなのです。何故、今頃になって大声で「医師不足」「医師不足」と叫ぶのでしょう。最近医師不足になったとお考えなのでしょうか。
制度を変えれば医師不足、医師の偏在は改善できる。そうかもしれません。それはもっともっと前からやっておくべき事だったのです。何故出来なかったのか。それこそ「制度」に由来します。
日本が世界に誇るべき「互助制度」である医療保険制度。日本の医療の「お値段」は「中医協」(中央社会保険医療協議会)が会議を行って決めていて、全国一律同一が特徴です。生活費や収入に差がある都市部も地方も同じ、機能に差がある大学病院も市中病院も開業診療所も同じ、同一病名同一検査同一手術に対する「診療報酬」は1年目の医師がやっても30年のベテランがやっても、年間手術数数百の医師がやっても10件程度の医師がやってもいつも同じです。この点に関しても、私はこのブログで3年以上前からたびたび書いてきました。

こういった「保険診療制度」「診療報酬点数制度」から変えなければ「医療改革」は根本的に進まないのではないかと懸念します。
私は日本の医療制度を米国のようにしようと言っているのではありません。その問題点はすでに明らかになっているからです。ただ、医師の偏在を改善するための議論や専門医の話題について、米国の制度を引き合いに出して論じるのはおかしいのではないかと思います。上記のような制度が違うのですから同一には論じられないのです。

たとえば、日本では世界的にも名を知られるような大学教授の脳外科医で手術の腕も超一流だとしても、国立大学の教官としての給与しかもらえません。国家公務員法に縛られていわゆる「バイト」には制限がありますし、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を始めとする公務員の不祥事から縛りはさらに厳しくなっています。正確な金額は知りませんが、大学の准教授だった自分の経験から教授の年俸を推定するに1000万から1200万円程度だと思います。東京のキー局のテレビ局社員の「平均」年収が1400万円と聞いたことがあります。日本全国で、そんなに数のいない凄腕の脳外科教授がテレビ局サラリーマンより低いのです。最近流行の「スーパードクター」とか「天才外科医」というテレビ番組に引っ張りだこの医師の年収が、その番組を造っている人たちよりも低いかもしれないという現状、、、こういう事も「医療崩壊」の一つの姿だと思います。

医師という職業はお金を追求する仕事ではありません。元々社会保険に関わる公的な側面の強い仕事でもあり、社会や患者さんに奉仕する仕事ができる事に喜びを見いだす人間がなるべき職業です。しかし、高校、ひとによって大学浪人、大学で6年間、大学院に進めばさらに4年間、と長く厳しい勉強の時間、これは他の学部や職業と変わらない条件(防衛大学、防衛医大などは違うでしょう)です。つまり医師になるために、時間とお金を費やしている訳ですから、国の施策や大新聞社の提言で「個人の自由」(医学部を出てどのような医師になるか、どのような診療科を選択するか、どのような将来設計をするか)を制限もしくは規定する方法はおかしいのではないかと感じるのです。
そういう事を考えるならば、その条件に乗る人に対するインセンティブ(学費援助とか生活費貸与とか)を与えるべきでしょう。
と考えていたら、私の母校、山形大学医学部で「医師確保のための新コース」を来年度から開始するというニュースが飛び込んできました。原則県外出身者を対象に、卒後山形県内で小児科、産婦人科を目指す学生に「学費を免除し入学から卒後教育まで9年間の一貫プログラム」というものです。さすが、母校(医学部長は私の恩師)です!

読売新聞の提言の中で専門医制度に触れている部分も問題があります。
確かに現在の専門医制度は怪しい面がある事は否めません。それは学会によってかなりの格差があると思います。日本で最も古い専門医制度を持つ脳神経外科専門医は、脳外科を6年以上専攻した者だけが受験できる制度で、しかも6割程度の合格率のものです。確かに、手術の技術を評価する制度が不足しています。しかし、新聞の論調はあまりにも現場を知らない書き方だと思います。私は平成4~6年と平成11年の2度にわたり米国の脳外科センターに留学する機会を得ましたが、そこで見た彼地の手術のレベルは私が知っている日本のレベルを遥かに超えるような素晴らしいものとは限りませんでした。確かに一部の「超」がつく名医は素晴らしい手術をしていましたが、普通の大学脳外科教授や市中病院の脳外科医の手術技術レベルは日本とそれほど変わりなく、卒後6年間の研修を受けている人たちの手術は時には目を覆いたくなるようなものであったり、ありゃりゃ〜と言いたくなるような技術レベルで、日本の駆け出し(1年目から6年目くらい)の脳外科医の方がもっと美しいまともな手術をしていると思いました。
私は臨床医としてではなく研究医として留学したので、米国で手術には入りませんでした(屍体を使った手術技術の講習会などは受けましたが)。しかし、帰国後自分が行った手術はけっして米国の同世代の脳外科医がしているものに劣るとは思いませんでした。

日本の場合は、専門医制度とともに医局制度、つまり教授とその弟子達という昔の徒弟制度のようなものが多少は残っており、その弊害もある事は事実ですが、その事実によって若手医師の技術習得、向上が保たれている事も事実だと思います。

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そして本日の記事の中で最も気になった部分に触れます。
「例えば脳外科専門医は、米国は約3000人と、人口当たりの医師数で日本の約5分の1に制限されている。このため、一人の医師がこなす手術件数は、日本の医師の5倍に上り、医師の技量も向上する。」(新聞より引用)という部分です。
いろいろ言いたいことがありますが、まずは結論のように導きだしている最後の部分「医師の技量も向上する。」の部分。何を持って「向上」というのか、「医師の技量」とはどうやって計り比較するのか、です。
たとえば、少数に限って技術を鍛える組織があって、それが大人数で技術を研修する組織(一人当たりの経験数は少ない)よりも必ず技量が高いということが一般論として正しいのかどうかです。数多くの手術症例をこなすという事は、一例一例に対する緻密さに欠けたり、一人の患者にかける時間が減少する訳で、必ずしも好結果には結びつかないと思います。手術は確かにたくさんこなせば上手になると、自らの経験でも思います。しかし、とすると「こなしている」多数の患者さんは、その医師が腕を磨くための「練習台」という考え方になります。日本の制度では、上級医の手術の助手としてびっちり鍛えられ、指導医とともに経験を増やし、そして執刀医に育って行くのです。その方法は米国でも同じですが、米国では独り立ちの時間がとても速い。日本の脳外科医が10年目くらいでようやく手がけるような手術を、5,6年目から執刀しています。経験数が多ければ手術が上手だ、とは言えない事実です。

また、米国と日本の脳外科医の仕事の違いを無視した書き方は甚だ遺憾です。
短絡的に表現すれば、米国の脳外科医は「外科医」なので一日中手術室にいて、朝から晩まで手術をしています。研修医でもない限り、救急は見ませんし、「当直」もしませんし、ICUにはICU専門医がいて、病棟には病棟医がいるので、手術後の患者さんをちょっと診て、後は研修医やICU専門医に任せて次の仕事に移るか、家に帰ります。脳外科医は脳外科の仕事しかしないのです。
テレビ番組『ER』でもよくこんなシーンを見ます。頭部外傷の急患が運ばれて来て、ER医が患者を必死に蘇生さえ治療を施して行きます。ER医は放射線科医と連絡を取ってCTを取ります。その結果、血腫が見つかります。手術をした方がいいと考えるのですが、手術をするかどうかを決定するのは「脳外科医」です。ER医が「うるさい」脳外科医に連絡を取ります。手術に忙しい脳外科医はいやいや連絡に応じ、ようやくERに現れ手術を決定しそのまま患者を手術室に連れ去ります。

一方、日本の脳外科医はどのような仕事をしているのか、ご存知なのでしょうか?読売新聞社様。
「外科医」なのですから当然手術をしています。しかし、一般の医師と同じく病院全体の当直をこなします。救急当番もあり、風邪の子供や足を捻挫した人、下痢の人などを診察します。米国の脳外科医はこのような仕事は一切しません。外来では、必ずしも脳外科医の仕事ではない(米国の脳外科医が外来で診る事は絶対にない)様々な慢性頭痛(ストレス性頭痛や偏頭痛など)を診ます。自律神経失調症やうつ病の患者さんも診ます(めまい、しびれ、耳鳴り、からだの脱力、頭痛などを訴えて来院しますから)。手術した患者さんを診るのは当然の事として、米国なら内科医や神経内科医が診る、手術の必要のない脳梗塞、めまい、手足のふるえなども入院治療するのは日本では脳外科医です。ICUにICU専門医の少ない日本では、脳の手術後の患者は当然脳外科医がすべて診ます。脳の病気や意識障害の合併した他の診療科の患者も脳外科医が診察に呼ばれます。
日本の脳外科医は、上記のように、脳卒中内科医、一般医と同じ救急、当直の仕事、様々な訴えで来院する外来患者を担当する外来医として働きながら、本来の脳外科医としての予定手術、緊急手術、救急対応をやっているのです。ですから、単純に「算数」で「5倍」いると言われては、日本の脳外科医は非常に悲しくなり落胆します。モチベーションが下がります。

脳卒中救急の現場では、日本と米国の差がもっと顕著です。日本では全国津々浦々(に限りなく近く)脳外科医が配置されています。その結果、一つの病院に1人、2人の脳外科体制も珍しくありません。それは脳卒中救急患者をセンターに集めるような、送るような、システムが日本にはないからです。国土は狭いながら交通網が不完全でドクターヘリも不備なので、脳卒中患者はできるだけ「近く」の「脳外科医」が一人でも二人でもいる病院に連れてこられます。日本の脳外科医の大半は、地方で脳卒中救急医、脳卒中内科医として働きながら脳外科医の仕事をしているのです。
対する米国の脳外科医は、大きなセンターに10人、20人といて、ガンマナイフだけしている脳外科医、慢性期(たまに急性期)の脳卒中の手術だけしている脳外科医、脳腫瘍だけ取っている脳外科医という風に住み分けしている事が多く、日本のように少人数で分散していません。脳卒中は救急医と脳卒中内科医が担当するので米国の脳外科医はそれらの医師に相談されない限りは診ません。脳卒中を初診するのは脳外科医ではないというのが米国のシステムです。
結果、一人当たりの仕事量が日本の脳外科医よりずっと少ないと思います。さらに、日本の病院では最近でこそ採用されてきましたが、PA(医師の仕事を補助、援助する技官)というのがいるので、米国では手術に集中している間に、紹介状や診断書や論文を作成してくれるひとがいるのです。そういう事務的仕事を減らすシステムが米国にはあります。
現場では、日本の脳外科医は非常に忙しく働いています。おそらく米国の忙しい脳外科医と遜色ないか、もっと忙しいと思います。そして決定的に違うのでは収入です。
米国の脳外の教授は年収1~2億円はふつうです。なかには7,8億円という凄い人もいます(数回の離婚を経験しているから稼がなきゃならないんだ、などと揶揄されるほどです)。私クラスの卒後20~25年の脳外科専門医は、数千万から1億円くらいの収入が普通です。日本の脳外科医の5~10倍なのです。それが成り立つのは、日本のような「診療報酬制度」がなく基本的に自由診療である事、そして「パイ」の奪い合いをしないように専門医の数を自ら「制限」して抑えていることが、上記のような米国脳外科専門医3000人というデータになるのです。上記の新聞記事は、上っ面のデータを突っついただけであり、内情、実情、現場を知らない知識不足から来る誤った考えとすら言えます。
「医療崩壊」の端緒を切ったのは、医師不足や政府の無策だけではなく、マスコミの無知(?)から来る医師叩き、病院叩きであったことをまだご理解いただけないのでしょうか。数多くの報道が日本全国の善意の医師のモチベーションを下げた事をお分かりいただけないのでしょうか。

確かに、今回の「提言」には拍手を送りたい部分もあります。
しかし、上記の脳外科専門医の話題のように、真実に迫って解析した上で報道して頂かないと実情を知らない日本国民は誤解します。誤解から生じるのは嫌悪だったりします。
このような大切な記事を載せる以上は大新聞としての見識、責任を期待します。
今回の事を一つの「始まり」として、もう少し各論も勉強してもっともっと正しい提言をして行って頂きたいと思います。

私も勉強不足ですべてを理解している訳ではないので、間違いがあればどうぞご指摘ください。
この記事は、一個人としての新聞記事への「感想」であり、特定の人を非難するとか、否定すると言った意図は全くございません。脳外科医の立場からの真実を伝え、もしかして無知から書かれた新聞記事をただしたいという善意の心から書いているものです。
ご賢察のほど、よろしくお願い申し上げます。m(_)m

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