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2008.08.07

JAO高松大会3

ついに本番の日、8/3(日)を迎えました。
(8/7、詳しい記事を追加する前に、まず写真だけアップしておきます。これでも十分かも、、、)
(8/8、記事を少し追加します)

まずはユースオケのGP(ゲネプロ)風景。
Gp:ユースオケは、第1バイオリン4プルトのアウトに座っている少女を見ればお分かりのように、5才位から高校大学生生で構成。その少女は足台を置いて座っている位。バイオリンも1/6位のサイズの物だと思います。
指揮の平井秀明さんは、作曲家の平井康三郎を祖父に、チェロリストの平井丈一郎を父に持つ、由緒正しい音楽の遺伝子を引き継いだ新鋭の指揮者。作曲家としても活躍中で、中でも自作のオペラ「かぐや姫」は海外でも公演が行われている。初日のパート別懇親会とその後の二次会で目の前に座られたので親しくお話が出来たが、気取りの全くない、親しみやすい雰囲気を持った方で、気軽にいろいろお話が出来楽しかった。いつか酒田にも来て頂きたいものである。
演奏(チャイコのロメジュリ)は、確かに問題はたくさんあるけれど、問題点を指摘するためにあるようなコンクールではなく、フェスティバルなのであり、日本と韓国の青少年が心を一つにして演奏するところに大きな意義があるものだった。成人オケに比べれば、音量もパワーも技術もまだまだなところはあるけれど、小、中、高が中心になっているのだから素晴らしいではないか!と思った。
平井秀明さんのHPは、「Conduct the World !」
 
次にAオケのGP。こちらは演奏している私の席から見た、気合い十分の阪さんをどうぞ!
Gp_2本番中の写真はありません。いろいろ小さな事故やリズムのずれなどはありましたが、本番が一番良い演奏になったと思います。ピッコロもポイントになるところでは、まあまあ音程も音色も納得のいく演奏が出来たのではないかと思っています。客席で聴いた人の意見が大事ですが、自分でどういう演奏が出来たかと言う印象も無意味ではないでしょう。
とにかく、プロコのロメジュリは、バイオリンのソロやピッコロのpp, pppから、金管、打楽器が吠えまくるtuttiのfffまで、ダイナミクスの幅が凄く大きく、おそらくその音量だけでも聴衆は圧倒される音楽だと思います。その上に、美しい旋律、おどろおどろしい死の音楽、悲しみの音楽など感情の起伏も激しいものです。指揮の阪さんの気迫が強く伝わって来ました。

こちらは「出陣直前」のAオケの笛隊全6名です。
Photo_3最長老のAさんはさすがに着こなしが板についています。フルートは皆、音大を出ているなど単なる「趣味」の世界を超えた方々なので音色やソロをとる度胸など私なんか足下にも及ばない感じ。でも聴きながら、「あ〜自分のこのソロ吹いてみたいな〜」というのは本音です。(^^;;;

最後に、Bオケの本番の写真。本番を終えて速攻で着替え、3階席に回ってそこからフラッシュなしで撮りました。
BB_2Bオケは、バーンスタインの『シンフォニック・ダンス』。ミュージカル映画『ウェストサイド・ストーリー』の演奏会用抜粋版ですが、要するに現代版の「ロメジュリ」。ユース、A&Bオケの3つを通して、男女の愛を描くというのがホストになった高響の狙いでしょう。
Bオケは、ちょっと残念!というところもありましたが、とにかくパーカッション部門の激しさ、充実度が凄い!自分の演奏後の半分虚脱状態でも、3階席で聴いていても、思わず体が揺れてきます。これを1階席の方で聴いたらどんな迫力だったでしょう。
左側の写真の右側の方の2階のバルコニー席(暗くて何も見えませんが)には、久子様がおすわりでした。右の写真は、Bオケ笛隊を中心にややアップの写真。百戦錬磨の達人がずらりです。


そして演奏が終わって閉会式。17~18時のフェアウェルパーティに参加する余裕もなく、17:35発の空港行きリムジンバスに飛び乗ったのでした。
空港でお土産を物色していると、奥に「かな泉」の文字が!
市内紺屋町にある「かな泉」。37, 8年前は町中に買い物に出ると家族で良く行きました。工場の裏が「セルフ」のお店になっていて、打ち立ての生麺を自分でお湯にくぐらせて、置いてあるどんぶりにいれたら、好きなトッピング(ネギ、天かすなど)をかけて汁をいれて頂きます。多分、当時50円とか70円という値段でうどんを食べていたと思います。
Photo_2今回は「ぶっかけ」。合計6回うどんを食べたのですが、そのうち3回は「ぶっかけ」で頂きました。
やはりうまかった〜。

そして19:10発羽田行きの機上の人となり、高松に別れを告げました。
羽田空港からは、お土産が加わって膨らんだ荷物に閉口しながら渋谷にたどり着き、渋谷マークシティ5階(え?!5階?)のバス停に向かいました。確かに、ビルの5階に高速都市間バスの発着所がありました。

(詳しい話は明日にも追加します。とりあえずこんな形でアップしておきます。)
ーーー
羽田から重たい荷物と体を引きずる様に渋谷に着いたのは21:20分頃。バスの発車時間まで1時間以上ある。とりあえず「5階!」のバス停を確認するためにビルの中へ。5階に行くと、ホテルのフロントのあるビルの部分と、バスやタクシーが乗り入れる部分がありました。
いや〜、さすが大東京っすね〜。ビルの5階に高速バスの発着所があるんですから。
4階の「銀座ライオン」でビールを1リットルほど呑んで、すぐ眠れる状況を作り、バスに乗ったら間もなく眠くなりました。池袋によったのは記憶になく、大宮に寄った時にちょっと目が覚めました。
その後、途中で目が覚めた時にiPhoneのナビ機能で見たら栃木県で、それからは何度かうとうとしながらもだいたいは眠っていました。次に目が覚めた時は月山を越えて山形自動車道を鶴岡に近づいている時でした。
鶴岡に着いたのは6時過ぎで、そこから3カ所停まりながら7時丁度くらいに酒田駅に到着。
家内の車は酒田駅のJR利用者用駐車スペースに停めてあるので、5分ほど歩いて、自宅に戻り、シャワーを浴びて、すぐに着替えて8時には医院に出勤しました。
体のだるさはなんとなくまだ引きずっていて、5日経った今日でもまだなんとなく本調子ではありません。夜行バスで帰ってからはいつも午後10時過ぎには寝ています。
若い頃は1日寝れば回復したんですけどね〜。

という訳で、長々とお付き合いいただきましたが、3日間の高松の旅、一巻の終わりでございます。
チャンチャン!

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コメント

初めまして。4プルトに座っていた娘(ひわこ)の母です。
日記を読ませて頂いて、帰宅した夫と大爆笑! でした。
娘の名誉のために申し上げますと、齢は8歳(栗林小2年)・ヴァイオリンは1/4サイズ。本人は若干小柄ではありますが、普通サイズです。
JAOの後は、発表会・コンクール・ジュニアオケの本番が控えていたため、8:30就寝の娘はどのパーティも欠席で残念でした。それに、何よりもAオケの本番を少ししか聴けなかったことが、本当に残念です。
毎日忙しくご活躍のご様子。ご自愛のほど、着物・浴衣がよくお似合いの奥様と益々楽しい日々をお過ごしください。
(日記はとても愉快なので、削除しないでくださいね)

投稿: 日和子の母 | 2008.09.18 10:15

日和子の母さんへ、
コメントありがとうございました。ありゃりゃ、8才のお嬢様でしたか。大変失礼致しました。
栗林小学校、懐かしいですね。私は紫雲中学、4つ下の妹は亀岡小学校に行っていました。
宮脇町に住んでいた頃は、よく紫雲山を越えて栗林公園の側まで遊びに行っていました。
高松はジュニアオケがあって素晴らしいですね。私が高松にいた頃は、主にピアノを習っていましたが、オーケストラなんて考えもしませんでした。日和子さんがうらやましいですね。

投稿: balaine | 2008.09.18 11:44

お忙しいのに、早速のお返事をありがとうございました。
紫雲中学って、本当に綺麗な校名だと思っていました。妹さんは亀岡小だったなんて。高松は転勤で立ち寄った土地ですが、とてもいい所ですね。次回の移動まで、高松の生活を満喫しようと思います。

投稿: 日和子の母 | 2008.09.19 09:45

日和子の母さん、コメントありがとうございます。
私も転勤族の子供です。生まれは福岡で、小学5年で倉敷に、中1で高松に転校しました。高松は本当にいいところですが、中3で仙台に転校してしまい2年間しか住んでいません。
その後、家族は横浜へ、私は山形で医者になってしまいそのまま「山形人」に、そして昨年から「庄内人」になったのです。
もし機会があったら是非、映画「おくりびと」ご覧になってください。モックンがチェロ奏者を辞めて実家のある酒田に戻り納棺師になるというストーリーですが大変感動的で面白い作品です。庄内の景色がたくさん出てきますし、私の所属する酒田フィルのメンバーもエキストラで出演しますよ。

投稿: balaine | 2008.09.19 14:26

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