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2008.07.09

Moller先生

平成4年の3月末から6年の3月末の2年間、アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピッツバーグ市のピッツバーグ大学脳神経外科(正しくは、University of Pittsburgh Medical Center内のPresbyterian Hospital)に留学していた。
その当時のPresby(愛称)は肝移植の世界的メッカとして有名で、なんと1年で500件近い「脳死肝移植」をやっていた。Thomas Starzlという肝移植の権威とその右腕として日本人の藤堂先生(九大出身で現在は北大教授)がバリバリ世界的な仕事をしていたため、移植外科医を目指す日本人の外科医は常時20~30人ほど留学している大所帯であった。ちなみに藤堂先生とは同じ福岡出身という事で、出身大学も専門科も違うのに大変良くしていただき、脳外科医では私一人だけ藤堂先生宅に招かれたり、大晦日のカウントダウンのパーティに外科医の先生方ご家族とともに招かれてとても楽しい時を過ごさせていただいた。
脳外科は移植外科に比べれば日本人は(時によって変動があるものの)2~3人程度の留学者数だった。同じ病院内なのでカフェテリアなどで時々顔を見かけるのであるが、普段は皆手術や研究に忙しくそんなにはお会いしていなかった。
Peter Jannettaというこれまた脳外科の世界では顔面けいれんや三叉神経痛の手術治療である顕微鏡血管減圧術(MVD)の創始者で権威である教授が主任を務めていて、短期留学や見学(1日のひともいれば2週間くらいの人もいる)を含めればいつも世界中のどこからか留学生(医師)が来ていて賑やかなところだった。私が現在オケに夢中になっているのも、その当時日本から短期見学に来られた某大学の助教授の脳外科医がビオラを弾かれる方で、私の家に夕食に招いたところピアノとフルートを見て私が音楽をやる事を知り、「帰国したら是非脳外科オケで一緒に演奏しましょう!」と言われたのがきっかけだった。

Jannetta先生のMVDや聴神経腫瘍の摘出手術などの際に、脳や脳神経の機能を守るための神経モニタリングを行っていたのが表題のMoller先生。私の直属の指導者だった。
留学中の2年間、私は主にラットを使った顔面けいれんの動物モデル作り、それを元にした顔面けいれんの病態と治療の研究、脳外科手術における、脳、脳神経機能モニタリング(主に電気生理学的検査)を学び、朝は早い時は6時半〜7時にはPresbyの手術場に行ってモニタリングをし、午後は動物実験というような日々を送っていた。
平成5年の秋にメキシコのアカプルコで世界脳外科学会が開催された時には、ピッツバーグでの動物実験の仕事を発表するためMoller先生ご夫妻と一緒にメキシコにも出かけた。奥さんは耳鼻咽喉科医で、二人共北ヨーロッパ(デンマークとスウェーデン)の出身であり、アメリカ人特有のフランクでフレンドリーな中に、ビシッとしたヨーロッパ人の伝統と格式を重んじる気風を持っておられた。

平成6年に帰国後、ラッキーなことに平成11年に国費留学生として国からの完全援助を受けて、2ヶ月間だけであるが再度米国に留学した。その時は、テキサス州ヒューストンのテキサス大学ヒューストン校の神経内科(てんかんセンター)が勉強の場であったが、その2年程前にMoller先生はテキサス大学ダラス校の教授に転任されていたので、成田からヒューストンに直行便のない当時、ダラスに一旦降りて、Moller先生のところにお世話になったりした。大変面倒見が良く温かい人柄で、しかし研究者としては主に聴覚やモニタリング、神経の可塑性の研究では世界的な人である。
昨年、京都で湯川秀樹博士生誕100年を記念した何かの学会でも講演をされたと伺っている。数年に1回は日本に来られている先生なのだが、今回、日本の耳鼻科が中心となった耳鳴りの研究会に招待されて日本に来られ、山形大学の医学部(耳鼻科が中心ながら山形大学医学会として)の招待で約10年ぶりに山形に来られた。山形大学からは私の他に脳外科医が一人、耳鼻科医が二人Moller先生の元で学んでいる。この4人の弟子は直接的に多くを学び、そして弟子が山形に持ち帰って研究や臨床に活用し同僚、後輩に教え伝えた手法は今も引き継がれている。よって山形大学の医学部、ひいては山形で脳外科や耳鼻科の医療を受ける患者さんはMoller先生から間接的に大きな恩恵を受けている事になる。

その先生の特別講演と講演後の会食の席が設けられたため、新米開業医の身ではあるが昨日は午後4時で診療を終了して山形市に向かった。
9年ぶり(私はH11年にダラスのご自宅に泊めてもらったので)にお会いするご夫妻はやや年を取られた感じは否めないものの、常に新しいテーマを追求し研究を続けるその姿には感銘を受けた。若輩の私の方が新しいものへの追求、未知のものへの挑戦という姿勢が衰えていると言う事を反省させられる。
講演の内容は日本語に訳すと「神経の可塑性と自閉症」というテーマであった。米国では最近特に自閉症が増えていて大きな問題になっているらしいのだが、神経の可塑性(生前の母胎内での変化はもちろん、出産後の成長に伴う変化とともに、様々な因子により影響を受ける神経系の発達と変化)と自閉症の関連を論理的に結びつけ実際の患者で実験してみたという話である。
自閉症については門外漢なので質問することはできなかったが、たとえば自閉症の人の中にきわめて特異に優れた能力、たとえば絵を描くとか楽器を演奏するとか、という能力のある人がいること、社会的適応力は劣っているが脳の機能としては非常に優れたものを持っている人がいる事と、後天的な(出生後の)環境因子などの外的影響(遺伝子ではなく)の事を考えさせられた。

Mollerall3格調高い講演終了後、情報交換会が行われたが、すぐに別席に移動してゆっくり着席での会食となった。医学部長と耳鼻咽喉科教授の御高配により、Moller先生門下の山形大学医学部からの4人の留学経験者も交えての楽しい会食となった。
「ピッツバーグ時代は楽しかった」「いい思い出ばかりだわ」「今日ここに来れて、みんなに会えて本当に嬉しい」ご夫妻の喜びと感謝の言葉に我々も「楽しい思い出がたくさん」「皆が今こうしているのもMoller先生ご夫妻のおかげ」と礼を述べた。

今日のご講演を伺う限りではまだまだ脳の加齢現象からはほど遠く、可塑性の高い脳細胞をたくさんお持ちの様なので御健康が続く限り、また何でもお会いしましょう、と約束してお別れした。山形市在住の方々は本日もプライベートに会食をする予定と聞いたが、私は拙医院の診療があるので「これでお暇致します。明日はお目にかかれませんがお元気で!」と、マルガレータに庄内のお土産「手鞠」と「絵蠟燭」をお渡し、オーゲィには医学部長から手渡された感謝状を賞状入れの筒に入れてお渡しした。

先生、いつまでもお元気でいてください!

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コメント

いい時間を過ごされた様子が伝わり、きっと、人との<出会い>が、人生の一番の宝物なんだろうなあとか思いながら読み進みました。

自閉症と言えば映画レインマンのダスティンホフマンの役どころを思い出します。

遥か昔、私が小中学校の頃、多動のクラスメイトや、てんかんで倒れるクラスメイトや、またその他の発達障害だったんだろうと思われたクラスメイトを思い出すと、ああ、今なら医学的手立てにしても、社会の中での生き方にしても、救われる要素があるだろうになと思ったりします。
その後、彼らはどうしてるのかと時折ふと思います。

投稿: リスペクト | 2008.07.09 22:26

お誕生日 おめでとうございます!

先生のパワーをいただくために 今日の朝食は「納豆」にします。

ありがとうございます♪

投稿: けんちゃん | 2008.07.10 02:14

リスペクトさん、自閉症という状態はある意味で人間の脳の発達の研究に大きなヒントを与えてくれる様な気がします。バランスの崩れた発達が特徴的で、IQの低い人から特定の事柄(絵画とか音楽とか)に極端に秀でた才能を見せる場合もあります。
むかし、私が小学生の頃は現在の様に発達障害時、学習障害児、CPの子供たち専用の施設は少なく、私が確か小3〜4の時のクラスにも障害を持つ女の子がいました。どう言う訳か担任の先生はいつも私にその子のお世話係を命じてくれました。女の子なんだから女の子がお世話するのが普通かも知れませんが、担任の先生は私が適任と考えていたようです。子供の私は純粋に普通とは違うその子が他のクラスメートから差別的に扱われる事に反感を持っていました。普通に接してあげるのが一番だと考えていました。特に何かをしてあげた訳ではないのですが、ちゃんとコミュニケーションのとれないその子に普通に話しかけていたつもりです。
決して脳の発達障害にその当時から興味を持っていた訳ではありませんが、何かを考えてはいたと思います。
遠い昔の話です。。。

投稿: balaine | 2008.07.10 17:48

けんちゃんさん、ありがとうございます。
「納豆の日」なんですがまだ納豆食べていません。
何事にも粘り強く生きて行きたいと思います。

投稿: balaine | 2008.07.10 17:49

偶然、先生のこのページに辿り着いた者です。市内の病院で脳腫瘍と診断され、大学病院で手術が決まりました。大後頭孔に4㎝大の髄膜腫(たぶん)があり、脳幹が三日月型になってしまっているそうです。はじめは隠れ脳梗塞かと思い、予防薬でもいただければと軽い気持ちで受診しました。まだ、子供も中学生と高校生。かなり難しい、後遺症の残る手術だとか・・・先生のページを全部読ませていただきました。すみません、何の関係もない所に突然、お邪魔してしまって・・・頭が混乱してしまって、手術を受けていいのか、悪いのか、そればかり考えています。

投稿: marry | 2008.10.11 13:36

marryさん、それは大変ですね。しっかりしてくださいね。
確かに「大後頭孔」部髄膜腫、しかも4cm大では大変ですね。しかし、もっと以前から何らかの症状があったのでは?
「市内の病院」「大学病院」と記されていますがどこの「市」なのか、どこの「大学」なのかわかりません。しかし。、「良性腫瘍」である髄膜種は「手術」以外に治療法はないと思います。直径2cmくらいでしたらガンマナイフを第1選択にするかもしれませんが。。。
主治医の先生とよく話し合って納得する説明を受けて、是非頑張って手術を受けてください。
1回で全摘出することにこだわって後遺症が出現する危険性が高くなるくらいなら、腫瘍ボリュームを減らす手術でなるべく後遺症出現を避け、残った腫瘍にガンマナイフという手もあると思います。治療を担当する医師によっても方針や考え方は多少変わると思いますが、明日とか来週中に治療しなければ手遅れ、という状態ではないでしょうから、手術後の将来(10年20年という単位で)の事を含めて相談してみてください。
「良性腫瘍の可能性が高くて良かった!」と思えると良いのですが、お気持ちはわかります。。。
負けないでくださいね!

投稿: balaine | 2008.10.11 17:43

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