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2008.05.30

シートベルト

昨日のブログ記事「自転車」について、ヘルメットを勧めるコメントを頂いた。
もっともな事である(ただ、側頭部が守れない現在の自転車用ヘルメットでは不十分という意見もある)。

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実は、バイクのヘルメットと車のシートベルトについて、脳外科医の立場からの意義深い経験がある。
私が医者になった昭和59年当時、シートベルトの「着用義務」や「違反点数」はありませんでした。バイクは原付では「努力義務」で反則、罰金はありませんでした。
私が某県立病院に昭和59年に出来たばかりの救命救急センターで働いていた頃は、毎日のように交通事故の患者さんが運び込まれました。軽症から超重症(来院時心停止)までヴァラエティがあり本当に多かった記憶があります。バイクの単独事故も多く、頭部外傷、頚椎損傷も多く診ました。

昭和60年に高速道路のシートベルトが義務化され、翌61年には一般道でも義務化されました。着用していないと罰則違反金が生じたのです。また、昭和61年には原付以下のバイクもすべてヘルメット着用義務化されました。

努力義務で推奨されるだけでは人間だめなようで、「着用義務化」「罰則あり」になってからは確かに装着率が上がったと思います。救命救急センターに運び込まれる重症交通事故の患者さんが減りました。軽症が増え、打撲、頚椎捻挫(むち打ち症)程度で、緊急手術になる頭部外傷は激減しました。重症な外傷が減り、病院に救急車で運ばれてくる頭部外傷としては、軽症で通院で済む人から超重症で手術も施せない程の人の両極端に分かれる傾向を感じていました。
とにかく、脳外科医がバタバタと走り回り、夜中でも休日でも開頭手術にかり出されるような交通外傷が減ったことは事実です。

シートベルト非着用者の致死率は着用者の約4倍というデータがあります。
まさに私が県立中央病院や鶴岡市立荘内病院で昭和59年から63年の間に感じて来た、経験して来たことです。シートベルトとヘルメットの着用義務罰則化によって、交通事故による重症頭部外傷は激減しました。

2008年6月1日(明後日です!)から、従来「努力義務」であった後部座席のシートベルト着用が運転席・助手席と同様に義務化されます。まだ一般道では「注意のみ」であり、罰則・違反金はないのであまり浸透しないと予測されますが、高速道路での違反は罰則加点対象です。自家用車と同様に高速道を走行するバスの乗客にも座席シートベルト着用が義務化されます。
後部座席シートベルト非着用の場合、後部座席同乗者が前席乗員に衝突することにより、前席乗員が頭部等に重傷を負う確率が、後部座席シートベルト着用の場合の約51倍にも増大するといった調査結果もあります。
「着用義務」のない現在のデータでは、後部シートベルトの着用率は12.7%と非常に低く、運転席98.2%、助手席93.0%に対して余りにも開きがあります。

考えてみれば、昭和60年前後は運転手でさえもシートベルトをする癖はついていませんでした。罰則がなかったからでしょう。明後日からどのくらいの違反が検挙されるかわかりませんが、とにかく1年くらいの間に、後部座席シートベルト着用も浸透する事でしょう。大変良いことです。

再び脳外科医の経験から。
昭和62年頃だったか、勤務していた病院に車の自爆事故で急患が4名運び込まれて来ました。
お母さんが運転していて、助手席に子供(多分4、5才)を乗せ、後部座席に運転手の母親とその膝にもう一人の子供(たしか1,2才)を抱えていたのです。この中でシートベルトをしていたのは運転手のお母さん一人でした。助手席の子供が何か「おいた」をしたのか母親がよそ見をしてしまい、車は橋の欄干に正面衝突しました。子供二人はフロントガラスを突き破って投げ出されて重体。後部座席の母親は全身を打撲し、顔中割れたガラスで大けがをしましたが、命に別状はありませんでした。シートベルトをしていた運転手の母親は足を打撲しただけで、歩いて救急車から降りて来れました。
子供二人は重症の脳挫傷で緊急手術の適応にもならない状態でした(血圧が下がり呼吸が微弱になっていた)。挿管し、人工呼吸器に繋ぎ、脳保護薬を投与し心臓と血圧を刺激し強める薬を持続点滴する状態でした。まもなく二人とも「臨床的脳死」の状態に陥り、たしかその日か翌日に天に召されました。
体重が軽く身体が柔軟な子供でも、車外に放り出される程の衝撃を受ければ助かる可能性は非常に低いのです。

もう一つ。
(こちらの事例は、上記の事例より更に衝撃的なので、苦手な方は読まないでください)
平成16年頃、勤務していた病院に車2台による交差点での出会い頭での事故による外傷患者が緊急搬送されて来ました。片方の車の運転手は、シートベルトをしていて手足の打撲だけでした。前方側面に衝突された軽自動車の運転手であった20台の女性はシートベルトをしていなかったそうです。助手席に座っていたその友人はシートベルトをしていたのだそうです。車は回転して交差点角の電信柱に衝突。運悪く、運転手側の右前方から電信柱に突っ込みました。
救急車到着時には、助手席の友人はシートベルトを自力で外して車外に出て自力で立っていたのですが、運転手の女性は衝突の反動で頭部右前方を運転席右前方の枠(ピラー?)にぶつけ、さらに反動で身体ごと助手席に跳ね返ってそこにぐったり座っていたそうです。大量の血液が流れ出ていたらしく、とにかく大緊急で病院に搬送されました。救急部ではとにかく生命兆候を確認しつつ、自発呼吸がないので挿管してバッグでもみながら酸素を投与し、心臓が停まっていて血圧が測れないので血管を確保して大量の生理食塩水などの点滴をしながら心マッサージを開始していました。その場面に脳外科医として緊急で呼ばれました。患者さんの顔(瞳孔など)と頭を診て、これからCTを撮りに行こうとしていたその場の救急医、当直医、救急当番看護師などにその必要のないことを告げました。患者さんはすでに死亡されていたのです。瞳孔は両方とも開ききり、頭部の大きな傷はざっくり割れているのですが出血は止まっていました。頭蓋骨が割れていて直接脳が一部見えました。頭蓋骨の下の硬膜などの脳を包む膜も損傷していて、脳の周りを流れているはずの脳脊髄液もありませんでした。おそらく、外傷を受けて頭部を激しく損傷し大量の血液と脳脊髄液を助手席にもたれかかった状態で失っていたのだと推測されます。心マッサージは中止され死亡時刻が宣告されましたが、まだご家族が病院に到着していないのでその状態でICUに運び込みました。ご家族に連絡がついて病院に来られるまで救急室に置いておくよりは少しでも静かに対面の可能な場所をと考えた結果です。

この事故では3名の方が怪我をしたのですが、死亡したのはシートベルトをしていなかったこの女性だけ。あとの二人は自力で歩ける位の怪我でした。もしこの方がシートベルトをしていたら、頚椎捻挫と打撲くらいで済んだかもしれないのです。そんなにスピードが出ていた訳ではなく、回転して電信柱に衝突したのがたまたま運転席側だったということです。

この2つの私の経験(もっともっともっともっと、たくさん交通事故外傷の治療経験はありますが)から見て、シートベルトの効果、意義はご理解いただけると思います。
明後日から着用義務化される高速道路(一般道路も一応義務化です)での後部座席同乗者もかならずシートベルトをしましょう。後部座席に座る人そのものを守るためでもあり、前部座席の人を守るためでもあるのです。

シートベルトとヘルメット。忘れないでください。

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コメント

先生お早うございます。前回のコメントから、大変なお話に展開され、ご自身の体験からくる事実に、正直圧倒されました。事故に遭われた方にはかける言葉もございません。
自転車用のヘルメットは側頭部の保護が不十分と言うお話ですが、一見そう見えるかも知れません。しかし、適度な厚みは確保されており、最悪顔面部を怪我しても、頭頂部だけは保護しようと言うものだと思います。
また、スポーツの道具でもあり、頭部冷却のための通気性と強度をバランスさせて、現在のような形状となったものです。近年、スキー場でも、子供にはヘルメットを使わせる機運が高まっています。レースではなく、一般ゲレンデでの事です。数年前に蔵王で、ボーダーに当て逃げされ、亡くなったお子さんが居ます。まだ、犯人は捕まってないと思います。
このブログの読者の方で、お子さんを自転車に乗せる方も多いと思いますが、是非ヘルメットの着用をお勧めします。(改正道交法にも盛り込まれていると思います)命を守るための自衛手段として、おせっかいかと思いましたが、お知らせしたいと思いコメントさせて頂きました。長々と失礼しました。

投稿: yamkam | 2008.05.31 06:37

yamkamさん、コメントありがとうございます。
自転車用のヘルメットの意義は理解しているつもりです。少なくとも装着しないよりはした方がずっと安全です。また、スポーツ用として発汗や空気抵抗、重量なども計算の上のデザインである事も承知しているつもりです。
ただ、人間の頭蓋骨の中で最も薄いのが側頭部で、一般の方はよくご存知ないと思いますが、外耳道(いわゆる耳の穴)の上縁まで側頭葉はあるのです。
皆さんが「こめかみ」と言っている部分は前頭葉の側面にあたります。
ボクシングを考えても、脳の損傷は顔面、顎、頬などの打撲でも起こります。ちゃんと防護するとなるとバイク用の「フルフェイス」が良いと言うことになりますがそれでは自転車を快適には漕げませんね。
米国では、いまだに多くの州でバイクのヘルメット着用義務がありません。政治や法律に民意が大きく反映する国と、我が国のように民の意見よりも「官」「役人」の考えで物事が決まる国の違いでしょう。

投稿: balaine | 2008.05.31 11:12

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