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2008.03.07

脳動脈瘤と慢性硬膜下血腫など

医院を開院して5日目を迎えます。
一日平均で6件程のMRI検査をしていますが、すでにいろいろな病気が見つかっており、自身でも少々驚いています。
(個人情報保護に配慮し、患者さんが特定されない様に書きます。ここで使用する写真は、患者さんのものではなく、インターネット上で代表的な写真として公開されているものを拝借して使用します。ちょっと小さな写真しか見つかりませんでした。)

Domyakuryu6初日、慢性の頭痛が心配という患者さんにMRIとMRAを行い、未破裂の脳動脈瘤が見つかりました。疾患の特徴について時間をかけて説明し、治療方針についてあらためて家族と共に相談する事にしました。
破れたら「くも膜下出血」になります。出血する場所とその程度によりますが、医学が進んだ現代でも、脳外科の医療レベルは世界有数の日本でも、破れてしまえば1/4は死に至る病です。私が庄内地方のN病院に勤務していた時代に経験した限りでは、明らかにくも膜下出血と診断がついて亡くなられた方は1/10以下だったと思います。亡くなられた方のほぼ全てが手術も出来ない程の重症の方でした。手術をして亡くなられた方は2年間50例中で1例だけでした。その方は、残念ながら胆嚢炎などの合併症を来して入院が長引き、リハビリを開始して間もなく肺塞栓症を起こしてしまったケースでした。よって、くも膜下出血の手術そのもので私自身としては死亡例を経験していません。しかし、脳外科に来る前に、病院に運ばれる前にくも膜下出血が原因でなくなられる方もいらっしゃるため、いまだに1/4程度の死亡率と言われています(正確なデータはありません)。

そんなに死亡率が高いのなら、未破裂の状態で見つかったら手術などの治療を施すべきという考えになるでしょう。しかし、未破裂の瘤が「破裂=くも膜下出血」になる確率が低いのです。これはまだ調査中で結論が出ていませんが、破裂率の高いデータで年間2~3%程度、低いデータですと年間0.1~0.2%とされています。このデータの解釈は非常に慎重でなければなりません。なぜなら、人間は一人一人皆違い、脳動脈瘤も一つとして同じものはなく、「確率」だけでは論じられない面があります。さらに、集めたデータの、人種、年齢、動脈瘤の場所、形などがまちまちなので、それぞれのデータを単純に比較できないのです。医学界では非常に権威のある雑誌である、米国のNew England Journal of Medicineに何年か前に掲載されたデータはショッキングでした。破裂率は0.05%程度と低く、未破裂の瘤を破れない様にする為の予防的手術による後遺症発生率や死亡率が数%もあるため、「予防的手術は危険ですらある」という結論付けでした。しかし、この論文には「破れてもくも膜下出血にならない」海綿静脈洞内の動脈瘤も含まれていたりおかしな点がたくさんありました。
そこで、現在、(社)日本脳神経外科学会では、何年かかけて未破裂脳動脈瘤の破裂率を独自に調査する研究が進行中です。その途中経過を簡単に述べると、未破裂で見つかった脳動脈瘤の大きさが径5mm以上で、形が綺麗な丸ではなくややいびつである場合の破裂率は1%以上あると考えられています。確率論から言えば、予防的手術による死亡率が1% x 1/4=0.25%以下になるなら手術をした方が得策だということになります。脳の手術の場合は、さらに手術によって運動麻痺や言語障害などの後遺症が出るという危険性もあります。人が人たる所以の臓器=脳を触るのですからいろいろな危険性があります。
手術をする脳外科医としては、予防的手術である以上、死亡はもちろん後遺症も「0」であるべきで、完璧を目指すべきです。私も脳外科医として未破裂脳動脈瘤の予防的手術を経験しましたが、幸い死亡も後遺症の発生も「0」でした。これは腕が良いというより、自分の腕で100%の手術が出来ると思った症例だけを選択した結果です。自分の手に負えない難しい症例は、大学の教授に治療をお願いしましたから。

先日の「お披露目会」には、その「未破裂脳動脈瘤の予防的手術」を3年少し前に私が執刀した患者さんがご家族と一緒に訪ねて下さいました。とても嬉しかったです。年に1回の脳の検査のフォローアップは私のところでやらせて頂こうと思っています。


1011これは「慢性硬膜下血腫」のMRI写真です。
俳優の若林豪さんがこの病気(怪我)で舞台を緊急降板され緊急手術を受けたというニュースが出ていました。なんでも「3時間の緊急手術を行った」と書いてありました。
通常の慢性硬膜下血腫であれば、手術は局所麻酔で手術時間は30分から長くても1時間くらいで終わります。手術手技としては脳神経外科全般の中でもっとも簡単な方に入る手術方法で、優秀でしっかりとした若手脳外科医ならば、指導にあたる上級医に横についてもらって、医師1年目か2年目で執刀医となるような手術です。私も医師1年目から3,4年目の時には先輩脳外科医に横についてもらってたくさん執刀しました。経験を積んでからは、後輩の若手医師に執刀してもらい横について指導をした経験がたくさんある疾患です。
軽度の打撲、たとえば道で滑って転んだとか、酔っぱらってよろけて壁に頭を打ったという位の軽微な外傷(直後に病院にもかからない位)で発生するもので、ほとんどの症例で頭部の打撲から3,4週間、長いものでは2,3ヶ月経ってから頭痛、吐気、進んで運動麻痺、歩行障害、失禁、ボケなどの症状が出て来るものです。
1ヶ月半程前に凍結した道で滑って転んだと言う方が、1週間程前から頭痛が出て来て強くなって来たということで、頭痛以外には何の症状もなかったのですが慢性硬膜下血腫も疑って検査をしてみたら、なんと「当たり!」でした。すぐに総合病院の後輩脳外科医に電話をし、そこに紹介しました。翌日無事に手術をされたそうです。

T2axialこれはちょっとわかりにくいですが、「くも膜のう胞」という病気のMRIです。くも膜下出血で有名な「くも膜」。これは脳を包む3層の膜、内側から順に、軟膜、くも膜、硬膜となっているくも膜の下に溜って流れている「脳脊髄液」が何らかの原因で(大半が先天性?)一部に溜って膨らんで「袋状」になり、場合によってはその部分の脳を圧迫するものです。頭痛の原因やその他、大きくなれば脳の症状を呈する可能性もありますが、ほとんどの場合が無症状で、検査で偶然見つかるものです。
頭痛の患者さんで頭の中が心配との事でMRIを撮りましたら、側頭葉に最大径で20mm程度の幅、厚みでせいぜい10mm程度のくも膜のう胞が見つかりました。CTと違い、T1,T2そしてFLAIR撮像法を行うMRIでは他の袋状の疾患、たとえば「類上皮腫」などとの鑑別が可能です。その患者さんは、偶然見つかった小さな「くも膜のう胞」であり、頭痛との関連は「ない」とは言い切れないものの、病歴からはストレスと肩凝りによる緊張型頭痛と考えられ、画像に関しては経過を見るだけで良いということにしました。気になるなら年に1回程度MRIを撮って経過を追いましょう、ということになりました。

実質、3日半(木曜は半ドンだったので)でこれだけの疾患が見つかりました。その他にもMRA上で脳動脈硬化が強く糖尿病もある方なので頚動脈エコーを行ったら、頚動脈膨大部に軽度ながらプラークが発見され、糖尿病の治療と生活習慣の管理を指導した方など、数は少ないながら結構高率に異常や疾病が発見されております。
やりがいを感じます。

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コメント

私も、心因性の頭痛と思われていたのが、脳ドックを受けたら下垂体部に比較的新しい出血が見つかったことがあります。くわばら・くわばら・・・

雑誌にバボちゃんの新譜の紹介がありました。
バボちゃんの頭痛は一過性ですんだのでしょうか。
今度、日本に来たとき時間が取れると良いですね。
バボちゃんも、アフラートゥスの皆さんも、かけがえのない人たち、

投稿: ふなゆすり | 2008.03.07 18:17

ふなゆすりさん、そうですか、、、それはラトケのう胞というものではなく出血でしたか?
バボちゃんは今年「ベルフィルの仲間達」と来日すると聞いています。その際、また庄内「響ホール」での公演を希望しているそうです(アフラートゥスとしては今年は来日はないように聞きました、、、残念)。ですからその後は大丈夫なのでしょう。
何かわかればここで告知しますね。
庄内「響ホール」では、今年福田進一氏監督による庄内国際ギターフェスの第2回が8月末にあります。

投稿: balaine | 2008.03.08 00:52

最近ひどい頭痛があったため、MRIをとったら、くも膜のう胞と言われ、大きさは中くらいより若干大きいくらいなので、とりあえず経過を見ようといわれました。            しかし、頭痛とは関係ないので、手術しても頭痛は治らないよ。と言われてしまったのですが、やはり全く関係ないのでしょうか?

投稿: 山口千恵美 | 2009.08.08 18:13

山口様(こういう所では偽名、HNでお願いしますね)、
くも膜嚢胞はくも膜の存在するところなら脳のどこにでもできます。
「中位より若干大きい」とは曖昧な表現ですね。普通は長径○○mmとか、大きさ△△cm x □□cmというような表現を使います。それから、場所によってまったく出る症状も違います。頭痛がくも膜嚢胞で出現する可能性もありますが、それは場所と大きさによります。患者さんを診察し画像を診ている医師が最も正しい判断が出来るはずです。
私としては、MRIなどの画像がなければ何とも申し上げられません。

投稿: balaine | 2009.08.08 22:24

御訪問とコメントありがとうございました☆
こういったことがJINのように過去に起こっていたら、発見されずに無くなっているんでしょうね。
あれはドラマだったから上手くいったんでしょうね。
医療の発達はスゴイと思いました。

投稿: ハッシー! | 2009.11.03 10:53

ハッシーさん、「仁」先生が「おやじさま」の頭を開けるために使っていた、穿頭用の大きな錐ですが、あれは現代の脳外科医も使っています。
今は電動やガス圧による穿頭・開頭器というのがあって、「グィ〜〜ン」とか「ビィ〜〜ン」「ギュィ〜〜ン」という音を立てて人様の頭蓋骨に孔(穴)をあけ、孔と孔を繋いで頭蓋骨を切って開きます。
しかし、perforator(ヤリ)とdilator(タマ)と言って、手動でゴリゴリ回しながら孔を開けるのは、脳外科手術の基本。いかに早く正確に血を出さずに下の硬膜を傷つけずにゴリゴリと孔を開けるか、これは駆け出しの脳外科医の基本的な技なんです。
「おやじさま」のような慢性硬膜下血腫の手術では、今でも手動で孔をあける機会の方が多いと思います。「仁」先生は、現代の医療を江戸時代でやったんですね。しかも脳外科用の手術器械を刀鍛冶か誰かに創らせたようでした。
 あのドラマの医療監修は間違いなく脳外科医でしょうね。

投稿: balaine | 2009.11.03 19:47

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