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2007.12.11

新聞記事、その功罪

12/2(日)の酒フィル定期演奏会の模様が、山形県内で21万部以上発行されている地元密着の新聞「山形新聞」になんとカラー写真入りで記事なりました。
Photoこの記事を取材し綺麗なカラー写真を撮って載せて下さった、山形新聞さん、その記者の方に感謝申し上げます。ありがとうございます。(写真送って下さったボリジさん、ありがとう!)
さすが、地元に密着して、地元ネタを取り上げて下さっています。

山形市在住時は購読していた「山新」ですが、酒田に住む様になって「違う新聞も取ってみようか」という気持ちがあったところに、全国紙A新聞の販売店の人が最初に来られたのでそこからとる事にしました。「腐っても鯛」だと思っていたのですが、やはり腐っていたのか、残念な特集がありました。
「大新聞に噛み付く」を参照ください。
この「事件」は個人的には強い印象を残し、購読期間も過ぎそうだったので、A新聞は二度ととらない!という気になり、今はY新聞にしてみました。

マスコミとは言っても、必ずしも「マス」の意見を集約している訳ではありません。取材したある一人の記者、その記者を管轄する上司、デスク、そして新聞社の方針のようなものが記事に反映されます。その結果、新聞に大きな広告を載せる「大スポンサー」にすり寄り、購読者である一般大衆に媚びるような記事も見受けられるような気がします。これはA新聞に限らずY新聞などもそういう傾向にあると思います。新聞に限らずテレビもそうですが、その運営を確固たるものとするには資金が必要で、スポンサー様々であり、スポンサーの顔色を窺わざるを得ない事は推測できます。
医師や医療職個人が新聞やテレビなどのスポンサーになることは少なく、ブラウン管(古い表現ですね、今や液晶かプラズマが主ですから)に登場する医師は、美容形成外科医や「この人、医師の仕事してるの?」と疑ってしまう「先生方」。マスコミの多くは何か問題が起こると、「それ、医療ミスだ」「ほれ、医師の不正だ」と突っつく傾向があるのに、製薬会社や製薬業界、大きな医療機器製造販売会社を批判したり攻撃する記事はほとんど目にしません。
一国民として公平公正な判断に基づいて、事実とそこから派生する問題を記者のインテリジェンスの元に料理して記事にするはずの新聞も、知性や品性の正しい記者が減ったのか、デスクが悪いのか、新聞社が悪いのか、「おお、さすが、○○新聞!」というような記事を目にする事は少ない様に思います。

一般市民は、新聞、それも全国紙の歴史ある新聞に掲載された記事は「事実」だと信じます。正しい事を書いてあると盲信してしまう傾向は否めません。マスコミにはそれだけの影響力があり力がありますから、それを間違った方向に行使されると大変危険なことになる事は、たとえば太平洋戦争中の「連戦連勝」「皇国常勝」などのようなアジテーション目的の記事のことを取り上げるまでもなく、自明の事だと思います。しかし、現場の記者やデスクはその責任の重さや、ある意味で「公人」とすらなりうるニュースを伝える者としての立場を本当に理解されているでしょうか。

今や、インターネットでもニュースは配信されます。Newという意味で言えば、印刷されてから配布される新聞よりも、テレビやインターネットの方が早く「旬」のニュースが得られますので、私も新聞よりもネットでニュースを得ることが多くなっています。
ネット上の情報にしても、それを書いて発信している「人」がいる以上、盲信は危険です。「これは正しい情報なのかな?」「他のニュースソースでも同じ事を言っているのだろうか」と批判的に読み、検証する事が個人に求められています。しかし、正しい判断力が国民に広く備わっているとは限りません。同じ記事を読んでもそれに対する判断や感想は人によって変わる可能性があります。
いずれにしろ、ニュースや情報というのは一方通行の「発信」ではなく、双方向の「コミュニケーション」であるべきだと思います。
新聞などのマスコミでも読者投稿、読者の広場、インターネット上のご意見箱のようなものを設けて、「双方向性」を維持しようとはしているようですが、どこまで真面目に、本気で一般市民の意見を「公平に」「公正に」取り上げているかは、これまた「現場」の「人」次第と思います。どんなに会社や組織に素晴らしい歴史、伝統があっても、現場の人がだめであれば「ダメ」なのは、最近の数ある食品偽装問題や防衛省元事務次官の不正(ああ、なんと、あの人、高校の先輩でした、情けない、嘆かわしい)、厚労省の薬害肝炎問題などなど、本当に枚挙にいとまがない程、「ダメダメ」の例がたくさんあります。

今や、国際化、グローバル化で、ニュースソースも幅広く、毎日いろんな事件、事故、ニュースが飛び込みます。当事者でなければ、あと10日余りで丸2年を迎えるJR羽越線特急脱線転覆事故(旧余目町)なども、「え?2年前だっけ?」という感覚になるのではないでしょうか。
本当に情報が溢れ、しかもその中のどれだけが正確で公平で公正なのかというと、訳が分からなくなりそうです。今や、本当に欲しい情報は、地元の、居住する地区から車で行ける範囲の近郊のローカルなものとなっています。
今回の山新での酒フィル定期の報道を見て、山形に住む人、特に庄内に住む人は「ほお、そんな活動してるんだ」「次は行ってみっかの」となるかもしれません。美味しいお店の情報、リニューアルした温泉旅館の情報、どこかのお祭り、イベント、そんな地域に密着した情報も、常に目を光らせてアンテナを張っておかないとすり抜けて行ってしまって、「あれ?そんな行事あったんだ。知らなかった〜。」となりかねません。

インターネット時代、高速ブロードバンドが浸透し、地上デジタルで文字放送も普及するこの時代、紙に印刷され翌朝配布される新聞というものは、自己の存在意義を真剣に考えて取り組んで行かないと存在自体が危ぶまれるのではないかと心配します。山新のような、地元密着型の新聞は、日本や世界のニュースはもちろんのこと、いよいよ地元の情報を細かく、しかも公正に取り上げて行ってこそ、その存在意義が高まりこそすれ、インターネットに負けることなどはないのではないか、それにおいて大切なのは、現場の人、つまり一記者でありデスクである、と思うのです。

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コメント

ネットやテレビで情報を得られる時代に、新聞は地元中心の話題豊富な地元紙に限ると改めて思ってます。入院中ちょうどbalaine先生登場してましたし、、、それが購読理由のひとつ???酒田フィルのご活躍の記事も何度か拝見致しました。数日後チケット情報もあり、新聞記事によって酒田フィルに惹かれてますとも♪そういえば、小さな話題なのに、がんフォーラム開催で忙しい中、時間を割いて取材にいらっしゃってくれた知り合い記者Mさん、いつも年齢サバ読む私の年齢伏せてくれるので〔事件、事故で載ってるわけではないのでご安心下さい〕。。。やっぱり地元紙万歳!です。と、いいつつY新聞購読もしてます。

投稿: ボリジ | 2007.12.12 04:30

ネットのニュースの見出しでも、変に脚色したような大げさな見出しが目立つようになり、下手すると事実とは違うような見出しとかも・・・。
「・・・今やニュースはショウ・タイム・・・通行人も新人スター」
と、むかし、中島みゆきさんが歌っていました。同じく、「時刻表」の歌詞も秀逸です。昔も今も変わらないということでしょうか。

すると、「自省録」あたりにも書いてありそうですね。きっと、書いてある。
はぁ・・・・・。(ーー;)
我が身を省みれば。同じか。。。

投稿: ふなゆすり | 2007.12.12 17:20

ボリジさん、ふなゆすりさん、コメントありがとうございます。
「新聞の良識」とか「品性」というものが低下しているのだと思いますが、これは新聞に限らず日本の社会が全部「偽欧米化」でやられてしまったのですね。私は、儒教思想の見直しを教育現場で取り入れて欲しいと思っています。
「自由の国アメリカ」の「偽」の部分をよくみないと悪影響を受けるばかりだと思うのですが、政府や官僚がまだ米国追随でやってる部分がありますからね〜。医療改革(改悪?)も米国を基準にしているところがあります。オリジナリティが欠落しているんです。

投稿: balaine | 2007.12.13 03:42

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