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2007.12.25

「ドイツ・レクイエム」

12/25、2つ目の記事です。
今日は、山響と山響楽友合唱団、山形大学学生有志にソプラノ松田奈緒美、バリトン久保和範のキャストでブラームスの「ドイツ・レクイエム」の特別演奏会に山形テルサまで行ってきました。
午後5時ぴったりに仕事場を出て高速を飛ばし、6時35分頃テルサ近くの駐車場へ。会場に入って席に着いたら6時45分頃。まもなく指揮の飯森さんのプレトークが始まりました。
まず最初に、「ドイツ・レクイエム」は7曲から構成され、途中に休憩が無いので「ご注意ください」というお話。長いものでは1時間35分という演奏もあるが、自分はそんなにはならない、けれど途中でトイレには行けませんということです。ついでプログラム・ノートに触れながら、「レクイエム」について説明。本来、カトリック教会でラテン語にて行われる「死者のためのミサ」を意味するものであり、今回のブラームスのドイツ・レクイエムは、宗教改革で有名なマルチン・ルターが1537年に訳したドイツ語の聖書の中に「ドイツの信仰の源」を見いだし、宗教儀式や典礼ではなく、普通の音楽会においてドイツ語で歌う作品として作曲したものである事が説明されました。プログラム・ノートに続いて、全7曲のドイツ語歌詞と日本語対訳がついており、飯森さんはその一部を流暢なドイツ語で読みながら簡単に解説を加えます。10分を越えるプレトークでちょっと長いな、と思いましたが、飯森さんのこの作品に対する強い思いを感じさせるものでした。

演奏は、素晴らしいものでした。
「ドイツ・レクイエム」をホールで生で聴いたのは初めてです。そんなにしょっちゅう聴ける曲ではありません。オケも難しいですが、何より合唱が難しい。その辺の素人合唱愛好家が年末行事的「第九」に参加するような感覚で取り組めるものではないと思います。聞いた話では、これまでの練習において合唱が期待するレベルまで出来ていなかったため、飯森さんが「こんなんじゃ録音できませんよ」と怒って途中で帰ってしまった(一種のポーズらしいですが)ということでした。オケと合唱が一緒になった練習は、12/23からの直前2日半だけだったようです。そんな練習時間でよくまあここまでやったな、という事が一つ。大きな声でガ〜〜ンと歌う部分よりも、ppで繊細に、ささやく様に、または呻く様に歌う部分やアルペジオっぽい部分などは、プロの歌い手が集まっても難しいのではないかと思います。今回の合唱団は1年かけて一生懸命練習して来た訳で、「素人」(=歌で食べている訳ではない)ということを考えればかなりのレベルまで仕上がっていたと思います。ただ、「音」を出す「楽器」としての「声」が鍛え上げられて完成している人ばかりではないということが問題です。アマオケの弦楽器において、プロ並みに上手な人もいるけれどなんとかtuttiとして付いていくのが精一杯でまだまだ美しいボーイングで伸びやかな音を出せない人が何人か混じっていて、弦楽部全体としての音の塊がまとまっていないような状態に似ていると言えるでしょうか。それは、日本全国、余程のレベルの高い合唱団においても、全員がプロ並みに若いうちから声楽の基礎を学び声帯を鍛えて来たというような集団はまずいないと思いますので、それを期待する事が誤りなのかもしれません。そして、ドイツ語の発音がイタリア語やラテン語などよりも日本人には難しいと思います。母音も子音も基本的に日本語の発音と同じものは無いと考えていいと思います。どうしても日本語的発音のドイツ語が聞こえました。
でも、そんな細かい事(細かい事が大事ではないという意味ではありません)よりも、歌い手が心を込めて指揮者とオケに導かれながら最善の歌唱をしていることはよくわかりました。
ソプラノの松田さんとバリトンの久保さんは、それはもう素晴らしかった!
人間の声というのは最高の楽器だなぁとお二人の歌唱を聴いて思いましたし、お二人がそれぞれソロを歌う部分では、オケが聴こえない、飯森さんの指揮が見えない感じすらしました。そこは「山形テルサ」というコンサート会場ではなく、なんだか雲の上にいる神や天使たちの世界の様に感じました。

山響は、バロックティンパニ、ナチュラルトランペット、木管(グラナディラ製)のフルートなど「モーツァルト定期」の時と同じような楽器構成で、コントラバス4台が下手側、他の弦楽4部は下手から第1バイオリン、チェロ、ビオラ、第2バイオリンといういわゆる「対抗配置」になっています。合唱がはいるため、ホルンが下手側でその更に下手側にハープが2台置かれています。トランペット、トロンボーン、チューバとティンパニは上手側に置かれています。どのパートも素晴らしく、冷静に熱い演奏をされていました。個人的に、おお熱いぜ!とかいいなあと思ったのは、ビオラとトロンボーン。響きの厚みと和音の美しさが際立っていました。ビオラ首席のNさんの演奏中の動きは2階から見ていてもこちらの心を熱くします。トランペットは、普通のトランペットより長いためかベルを下に向けて吹いていて、そのせいか輝かしいラッパの音というよりは柔らかくややこもりがちの音だった様に感じます(それがナチュラル管を用いた理由かもしれません)。フルートはA先生の独壇場のように美しい響きが目立ちます。今回は、Tさんがセカンドフルートに徹し、ピッコロにA先生のお弟子さんで12/27(木)に文翔館でフルート2本のリサイタルを開く、N嬢が乗っていました。
コンマスはT氏、奥さんもまた4プルインに乗っていらっしゃいました。飯森さんの指揮中の表情は2階席からは伺えませんでしたが、その指揮をする後ろ姿から想像するに、相当に魂を込めた表情でオケと合唱を引っ張っていたのだと思います。その姿にオケも応えて熱い演奏をしたのだと思います。

演奏が終わった時、指揮者が動きを止めました。合唱も、オケも止まり、そのまま誰一人動きません。観客も誰も拍手もせず動かず、音の消えていった空間を無意識に感じながら、静寂の美しさに浸りました。10秒くらいだったと思うのですが、1分くらいにも感じられるような長い静寂でした。そして、パラパラと、すぐにホール全体の拍手へと広がります。オケに、合唱団に、ソリストに、そして指揮者に惜しみない拍手が送られました。
「ドイツ・レクイエム」は、「第九」のようにバ〜ン!!やった〜という感じの曲ではありませんし、終わった瞬間に「ブラボ〜」の嵐を呼ぶような曲でもありません。少し重苦しいような、もっと崇高な魂が昇華したような、言葉で的確に表現できそうにない音楽でした。ゆっくり音楽の余韻に浸っている訳にもいかず、直ぐに酒田に戻らなければならないのが少し残念でしたが、往復3時間以上をかけて頑張って聴きに行った甲斐のある演奏会だったと思います。

今日のおまけ。
1225終演後、駐車場に歩く際、霞城セントラルビルと周辺の「小さな」光のページェント?
そうそう、ブログのカウンターが17万まであと1000を切りましたので、年内にヒットしそうですね。

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