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2007.11.01

『義民が駆ける』

藤沢周平の小説です。
しかし、実際にあったノンフィクションですし、様々な史実、資料を元にしていますので「小説」という範疇に入るのかどうか、人によって考えが違うかもしれません。
以前にも、荘内藩の関係した『三方領地替え』のことを書きました。ブログ記事「歴史と人(まとめ?)」

はじめてこの話を聞いたのは、高校の日本史だったかな?「理系進学コース」でしたが、日本史と英語が得意で、数学と物理が苦手な「文系」な私でした。その後、何回かこの『三方領地替え』の史実を読み聞きしましたが、「他人事(ひとごと)」でした。
庄内に住むようになって、またこの話をどこぞで読み聞きし、荘内酒井藩と庄内の領民との素晴らしい関係を思っていました。今でも、酒井家当主は鶴岡に住んでいて、町の人から「殿様」と呼ばれています(少なくとも先代の17代忠明さんは呼ばれていた)。
鶴岡と酒田が牽制しあったり陰でいがみ合う事があると言っても、酒田には亀ケ崎城という枝城があって、荘内藩の一部であり、本間家を始めとする富豪商人が酒井家を助けていたことは事実です。武家と商人の街の違いはあっても、「庄内」という一つの地域として江戸時代から300年以上続く関係です。

藤沢周平が、自分の出身である鶴岡や庄内を舞台にした小説をたくさん書いている事はつとに知られており、最近は「蝉しぐれ」「隠し剣鬼の爪」などなど映画化、テレビドラマ化が盛んです。その中で『三方領地替え』を題材にした、「義民が駆ける」は、最初に書いたようにほとんどがノンフィクションであり、地元の美談を必ずしも美談として捉えずに、少し醒めた目で観察し、しかしやはり地元への深い愛に基づいて書かれた話です。
ずっと前から読みたいと思っていました。
なかなかチャンスがなかっただけですが、実際に本を手に取ったことはなく、話だけはおよそ聞いていました。
そして最近、ついに本を手にとり、一気に2日程で読み終えてしまいました。
内容をご存知の方にだけ通じる話ですが、最後から少し前の「沙汰やみ」になった事を江戸から伝える早駕篭に乗った使者が、清川口(清河八郎の出身地であり、最上川沿いに新庄最上地区からいよいよ「庄内」にはいった、と実感する場所、友人の「タビの親父」さんもこの近くの狩川に住む)から庄内領に入って、その駕篭の意味を知った百姓が駕篭を伴走し、次第にその数が膨れ上がり、雄叫びを上げながら駕篭とともに鶴が岡城を目指すというシーンでは、熱いものが込み上げて来る事を禁じ得ませんでした。
庄内の領民が殿様を慕い思い、領地替えに反対するため自分の命をかけて江戸に昇り、江戸城登城中の老中たちに直訴する「駕篭訴」や、秋田、仙台、米沢、会津などの周辺外様大名(酒井は徳川四天王なので高位の譜代大名)に願訴に出かけて行く話などは、やはり美談と考えたくなります。江戸時代のことです、庄内から江戸に出るだけで10日から2週間もかかるのです。最初の「駕篭訴」は成功しても、「領地替え」が覆る気配や知らせはなく、その後も庄内百姓は訴えに出かけるのですが、幕府の目を気にする荘内藩自身が「国を出る」彼らを捕えて連れ戻そうとします。そのため、道のない沢伝いに鳥海山麓から秋田領や新庄領に抜けたり、船で新潟領に出るため酒田から出航しようとして役人に見とがめられて、秋田領に抜けて結局徒歩で江戸に向かったり、山形領を抜けられず、鳴子から仙台領に入って結局「大量の国外農民の通行まかりならん」と返されたり、と簡単ではなかったようです。その辺を藤沢周平は、史実を冷静に伝承する様に、比較的淡々と書いているように思えます。しかし、江戸時代、冬の山越え、装備も貧弱で、家に家族を残し、農作業を中断して、「殿様に残ってもらいてちゃ」という思いで江戸や周辺の大名領地に徒歩で行くというのは相当辛いものだと思います。
単に「殿様」を思い慕う美談ではなく、別の所から新しい殿様が来たら、今までの安定した生活が立ち行かなくなる、年貢米の取り立てが厳しくなり、不作の時には餓死者も出るだろう、という自己防衛のための行動であったという説明は、理解は出来ます。でも、こんなに大変な事をするだろうか、と我が身に置き換えて考えてみます。
当時の百姓の気持ちを、最後の方で藤沢周平は次のように記述しています。
「昨日のように今日があり、今日が何ごともなく明日につながることに、彼らは暮らしの平安をみる」
「帰ってきたのは、手垢に汚れた変わりばえもしない日々であるはずだった。」

変わらない事、平々凡々な事、貧しくても安定している事。時代の流れの中で、自ら望まないのにいくらでも、変化は起こりうる。江戸時代天保年間のこの庄内の話だけではなく、いろいろな時代に戦があり、天変地異があり、一般市民は翻弄されて生きるしかないことは少なくない。変化が起こってもそれを受け入れてじっと耐え、何とか乗り越えて行くのが、一般的なA型人間の日本人だと思っていたが、「変化を望まないため」に闘って、その結果、自分たちの思い通りに幕府や領主をさせてしまったとすら言える庄内の百姓たちのパワーは恐るべきものがある。それを陰で支え、ある意味で操った酒田の本間家の力というのも恐ろしいものである。
『三方領地替え』が沙汰やみにならず、実際に行われていたら、きっと今の庄内は違う雰囲気だったであろうし、私は今ここに暮らしていないかもしれないとまで思う。

まだお読みでない方で興味を持たれた方は、是非ご一読をお勧めする。(手紙や条文や訴状などが書かれているため)ちょっと「候文」が多くて読みにくい所も多いのですが。
最後に、私のお気に入りの部分を引用します。
初めて、江戸へ駕篭訴に上がる、第1陣の百姓たちの会話。老中の駕篭に近づくのだから格好もちゃんとしなければ行けないと考えて羽織を持参した者に、「百姓の格好のままがいいのだ」と指導的立場の者が説明した事に対する返答です。
「ンだども、そえでは少ししょすようだ気もすんどものう」
(ですけれど、それでは少し恥ずかしいような気がするんですけどね)

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コメント

もしや?と思い、藤沢周平の小説が並ぶ息子の本棚、チェックしましたが・・・残念!

「何ごともなく明日につながる」。。。百姓たちはその難しさを痛感してただろうなあと思います。きっとその「平安」を守ることは防御じゃなくて、日々攻めでもあったんじゃないかと。
心底守りたいものがある(持つ)時の人間は、そりゃあ強いから。

明日につながると言う平安・・・時代は大きく変わりましたが、
現代でも、とどのつまりは、其処だろうなあと思います。
悪いニュースも届かず、今日も、ハイ、一日無事終わりました。
よかった、ありがとう、みたいな。
どんな「変化」のど真ん中にいる人でも、きっと今日が無事終わる事を願う気持ちは同じだと。

投稿: リスペクト | 2007.11.02 12:31

リスペクトさん、藤沢周平の小説には大抵は主人公となる人物がありその人を中心に話が展開します。しかし、この『義民が駆ける』には「一人の主人公」というのがなく、たくさんの武士、商人、そして農民が出てきます。あえていえば、この大勢の人、特に「庄内の農民」が主役なのです。そう言う意味でユニークですが、読みにくいといいますか、人が頭に入りにくいです。殿様と世子も名前が似てますし、水野、松平、本間がたくさん出てきます。
「あれ、誰だっけ?」とページを遡って確認する事も多々ありました。(^^;;;;

結局、主人公である農民が自分たちの先祖伝来の土地を(形式上は与えられた物ですが)守るために闘ったという話です。調べてみたら面白いかもしれないのですが、庄内には血液型Aの比率が高いのではないかと思います。「ここが駄目なら、あっちへ行こう」というB型人間(遊牧民)は少ないようです。私のようにAB型は、、、よそ者でしょうね。

投稿: balaine | 2007.11.02 13:51

そうですか、どうやら苦手とする(笑)本のようです。
「罪と罰」に出てくる名前~ニコフに苦労しまくったクチですから。
それでなくても縦書きの小説はもうしんどくて、完璧にギブアップしてしまった目でして。。。(^^;

『自分より大事なものがあるか、それは何か』のような気がします。
自分の命より大事というレベル。
領主さまであったかもしれないし、先祖からの田畑であったかもしれない。そういう価値観。
現代なら、そう、それが「子供」だったりするんですかね。
もし、子供が病気で、うまく治療が進まないとしたら、
私、東京でもアメリカでも、家なんか売っちゃって何処でも行っちゃう気がしますもの(^^; まあ、時代的背景が全く異なり、あの時代だから稀有な史実なんですが。

ちなみに私はA型、両親も兄弟もオールA(←これ成績なら。。。)
でも、寒さにも耐えて&喜んで庄内に馴染むかも。美味しいものたくさんありそうだし(笑)

投稿: リスペクト | 2007.11.02 15:50

balaine先生 本日はお疲れ様でした♪

反省会より帰宅して投稿させていただいております。2次会はパスしましたが メンバーの小児科医のS先生提供「ハンガリーの50度の焼酎」をご馳走になり 酔っ払ってキーボードを叩いて(笑)います~

私の出来はコメントを差し控えさせていただきますが 酒フィルと先生は最高でした。いつも音楽を聴くとき身体を動かして(マエストロ気分になって)いますが 威風堂々でも同じ動きをし感動して聴いておりました♪

音楽は生がいいですね! ちなみに私はO型で 歴史知識は小学生以下です・・・。藤沢周平さんの作品で読んだ本は「馬の骨」位です。トホホホホ。

投稿: うちゃま | 2007.11.03 23:46

リスペクトさん、少し古い統計ですが、日本人ではA型が約4割と言われています。農耕民族に多いということになっています。先祖代々同じ土地にいて余り移動しない人が多いらしいです。我慢強く、粘り強く、集団行動を好むらしいです。

うちゃまさん、お疲れ、した!よかったですよ、Mハミングバーズ。小児科のS先生は面識あるかな〜?でも50℃のハンガリーのお酒なら家にもたくさんあります。「パーリンカ」という透明なお酒ですよね。何せハンガリー、2回行ってますから。(笑)
O型は日本人の約3割で、元来狩猟民族に多いと言われ、アメリカインディアンでは8割近くO型だったと聞きました。目的達成型、猪突猛進型とも言われるようです。
まあ、血液型4種類で人の性格が4つに分類されるはずはありませんが、先祖伝来そういう傾向がある事は否定できないように思います。(^^)

投稿: balaine | 2007.11.04 06:44

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HARO Online -Say It Isn't So
http://www.smeal.psu.edu/

ひげ鯨の日々

投稿: Helene Duncan | 2007.11.27 23:45

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