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2007年9月

2007.09.30

オペラの練習、定期の練習ほか

今まで何度か書いているように、来年3月に酒田でオペラをやります。
Photoプッチーニの名作『ラ・ボエーム』です。オケはもちろん酒フィルで、毎年初春(2月か3月)にやっている酒田フィル・ファミリーコンサートとして開催します。トヨタが芸術活動を支援するTCC(トヨタコミュニティコンサート)の後援を受けて、二期会の素晴らしい歌手の方たちに、舞台装置、演出家付きでちゃんとしたオペラです。
そのための練習は、オペラをやる事が決まった今年の3、4月頃から始めています。つまり1年弱の準備期間がある訳です。
「いくらアマオケでも1年あれば大丈夫でしょ?」と思われるかもしれませんが、これが全然大丈夫じゃないんですね。
まず一つは、8月にあったJAO酒田大会を開催した事。御陰さまで盛り上がり成功しましたが、それにかける時間やいろいろな手間もあり、練習時間は減少しました。更に、毎年11月か12月初めにやっている定期演奏会(弱小アマオケなので定期演奏会は年1回だけ)の代わりに「JASRAC後援事業」ができるという話があったのですが、3月末にこれが立ち消えました。JASRACは、日本の音楽関係の著作権などを扱っている団体ですが、事業の一つとして音楽活動の公的支援のようなことをしています。弱小アマオケでは普段出来ないような公演を経済的にも応援しているのです。我々も、ハープやパーカッションなど普段余り揃えられない楽器をふんだんに使う、「春祭」やショスタコの交響曲などを候補に挙げ、ソリストに五島みどりさんや諏訪内晶子さんや上原彩子さんなどを挙げて計画を練っていました。しかし、この話が消えてしまい、12/3に確保した「希望ホール」が宙に浮きました(当然、前々日リハ、前日リハ、当日午前GPのために3日間ホールを確保していました)。
団内でいろいろ議論がありました。
10年に一度のオペラに全力を注ぐべきだ。オペラの練習をしながら定期の練習をするほど、うちの団に(人的、技術的に、時間的)余裕はない、今年はJAO酒田大会開催もあるし定期演奏会の練習をする余裕はない、などなどという「反対意見」が多く出ました。一方、いくらアマオケにオペラは大変と言っても、春から1年かけてオペラの練習だけするのは問題だ(端的にはつまらない、嫌だ)、来年3月までオペラの練習だけではつまらない(出番が少ない)、定期の練習を組み込むのは大変だがなんとか頑張れるはずだ、などなど「賛成意見」も出ました。結局投票になり、なんと1票差で「定期演奏会」を12/3に開催するということになったのでした。
やると決まった以上は、いくらアマオケでも「お客様」にお金を払って聴きに来て頂くのですから真面目にやらなければなりません。例年ならば、直前を除き練習は毎週土曜の夜が主なのですが、今年は土日2日間練習、しかも日曜は午前10時から午後4時までですから、ほとんど丸一日が潰れます。例年の2倍近い練習時間を割いています。しかし、これでも足らないくらいです。定期演奏会12/3まであと2ヶ月チョット。週末は8回。これを全部土日練習として16日。しかし、その間に来年3月のオペラの練習、特にオペラの本番指揮者である「ざえもん」さん(7/30の記事)参照の指揮者練習が2週(4日間)組み込まれていて、その指揮者練習に向けての練習もしなければなりません。結局、定期演奏会のための練習は、直前3日間を除くと今後4週末(8日)の練習時間しか割けないのです。あとの8日間は『ら・ボエーム』の練習(うち4日間は指揮者練習)です。

ということで、かなり大変です。頭の切り替えも必要です。チャイコフスキーをやっていた翌週にプッチーニをやるのですから、奏でる音色から考えて気を使います。そして、「ラ・ボエーム」の大変さ。これは想像以上のものでした。まず、「譜面通り弾く」ことがとっても大変です。
どんどん調性が変わります。フラット2つからまったくなしになったと思ったら次はフラット「6つ」(!)その後シャープ2つになったらすぎにフラット3つ、そしてまたシャープ2つ、続いてフラット1つになったと思ったらすぐフラット6つになってその後シャープ4つという具合に、フルートパートの第1幕の最初5、6ページを見るだけでこんなに調号が変わります。その上、拍子も3/8、6/8、2/4、3/4、4/4と目まぐるしく変わります。そして、同じ3/8拍子でもいわゆる「3拍子」の振り方である1、2、3と3回振る場合と、速度の速い部分では「一つ振り」といって、1拍子で振る部分があります。6/8を2つに振るのは普通ですが、突然2/4に変わっても2つ振り、続いて3/8で一つ振り、2/4に戻って一つ振り、速度が変わって2つ振り、3/4に変化して3つ振りかとおもったら、4/4で4つ振りを数小節やったら3/4の3つ振りに続くと言う感じです。言葉で書いても???でしょうが、譜面を見て頂いたらわかります。指揮者が何拍子で振るのかを譜面に書き込んでおかないと、「ここはどこ? 私は誰?」状態になってしまうのです。しかも、オケはあくまで「歌の伴奏」であって、主役ではないのです。歌手が歌うその節回しや、聞かせどころで思いのままに伸ばす歌声にも合わせなければなりません。結局、譜面を追っていては出来ない演奏です。自分のパートはもちろん、総譜的に全体を頭に叩き込んで記憶し、指揮者の棒に合わせながら音楽を作って行くしかありません。
昨日の夜は、久しぶりのオペラ練習でした。はっきり言って譜面を追うのに精一杯でした。2小節吹いたら、その後、2,4,3と数字が書いてあって要するに、9小節休みなんですが、その間に速度や拍子が変わり、続いて3小節吹いたらまた3、2、5、18と書いてあって28小節休みがあるのです。視野の一部に指揮者の姿、特に棒を入れながらじっと譜面をみつめて集中していなければ、ちょっとでも気を抜いて他の事を考えると「アウト!」なのです。あれ?今、どこ?と言うことになってしまいます。

こんな感じで練習しています。当然楽団練習のためには個人練習をしていなければならない訳で、12月の定期で出番となるベートーベンの「エグモント」の2番とチャイコの『悲愴』の1番を練習しながら、『ラ・ボエーム』の練習をするのは頭の切り替えが大変です。勉強のために、最初の写真のように大きなスコアとともにパート譜を見ながら、過日亡くなられたパバロッティがルドルフォ役をやったメトロポリタン歌劇場のDVDを観たり、マリア・カラスがミミ役をやったミラノスカラ座の演奏をCDで聴いたりと、準備に更に時間を使うのですね。
でも、これが楽しい。こういう時間を使える立場になるために大学病院を辞職したのですから。

Photo_2そして、こういう時間と頭を使うためには体力が必要。
グルメばかりしているとご批判(?)を浴びながら、美味しいものを求める旅は止まりません。
先週も行った、近所(車で2、3分かな)の有機野菜レストラン「シェディ・オーク」。また行ってきました。
Photo_3先週は、私はキノコたっぷりパスタにデザートとコーヒーでしたが、今回はランチのコースにしてみました。
ミニパスタ(といっても通常量の半分以上あるので、東京などの量の少ないイタ飯屋さんのパスタと比べれば「やや小盛り」と言う程度)にカレー、そしてデザートとコーヒーか紅茶。
実は、前回伺った時に隣のひとが食べていたカレーライスが美味しそうで、「次は是非あれ!」と心に決めていたのです。写真の様な具沢山のカレーライス。味は、カレー専門店のインドカレーなどとは違って、小麦粉をたっぷり使った欧風の「洋食屋」的なカレーです。なによりも、具には肉類が一切入っておらず全て野菜です。

なす、おくら、かぼちゃ、にんじん、じゃがいも、さといも、大葉(?)、しめじ、えのき、あと何はいってたかな〜?
オクラのネバネバ感や里芋のネットリ感がとてもいいです。ファンになる味というのでしょうか。
Photo_4今日のコースデザートは、「洋梨のソルベ」でした。上品な甘さで、洋梨の身がすりつぶされたジャリジャリ感も感触良く、良い香りでした。これに、ブランデーに洋梨をつけ込んだリキュールをかけるのです。
またサービスして頂いたのか、他の席のお客様のソルベが1スクープなのに、私のは写真のように2スクープ載っていました。御馳走様でした!
有機栽培の野菜と安全なキノコ、そしてお米、果物を使っているので、その日、その週に入ってくる材料によって出されるメニューも変わるのだそうです。遊佐町の特定の農家から直接仕入れていると聞きました。鳥海山の伏流水と太陽の恵みに、合成化学肥料を全く使用しない安全に拘った材料から作られる美味しい料理。身体というよりも心にパワーをもらった感じでした。

今日は、近くの小学校に県警音楽隊が来るらしくそれを覗きに行って、その後は山形市の文翔館で行われる「山形弦楽四重奏団」の第25回定期演奏会を聴きに行く予定です。往復3時間かけて聴きに行くだけの価値のある演奏会だと思っていますし、彼らが続けている演奏活動を応援したいというささやかな気持ちもあるのです。
来週は、脳外科学会総会です。「脳外科学会オケ」として2回の演奏と、学会のメインセッションでの同時通訳としてのボランティアの仕事もあります。第66回日本脳外科学会総会記念「市民公開講座」(10/6(土))は「市民公開講座プログラム」をご覧ください。
この演奏では、ある超有名な方との共演(楽団員の一人としてですが)が楽しみです。どなたなのかは、演奏が終わったら来週のブログに書きますのでお楽しみに!

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2007.09.26

新潟、タレかつそしてチェンバロ

一昨日は予定通り新潟に行ってきました。
八百板正己先生のチェンバロ教室発表会です。
詳細は、「八百板チェンバロ教室第5回発表会」をご覧ください。

転んでも只は起きない私(意味不明)。
新潟に行くならここに行こうと出発前から決めていて、車のナビもそこに設定。
それは、「とんかつ太郎」です。
Photo_2この店は私も初めてなのですが、医学部生時代にテニス部の遠征で来た新潟で「ソースカツ丼」と言うものを生まれて初めて食べました。玉子でとじていないカツ丼です。
ソースカツ丼は福井あたりが発祥の地らしく、丼のご飯の上に千切りキャベツをびっしり敷き詰めてその上に揚げたてのカツをソースにくぐらせて乗っけて出すのです。「とんかつ太郎」は、あえて「タレカツ丼」と言っていますが、揚げたてのトンカツを甘辛のタレにくぐらせて丼のご飯の上に載せるだけです。シンプル。
Photo_3Photo_4キャベツもタマネギも玉子もありません。ちょっと淋しい感じがいいのでしょうか。
写真左が、「カツ丼」(もも肉のトンカツが5切れ載っています)で、右が「ヒレカツ丼」(ヒレのトンカツが4切れ)。
結論から言うと、「カツ丼」が正解!ヒレ肉でなくても十分柔らかく食べやすいし量も多くて値段も300円安いのですから。今回注文しなかった「特製カツ丼」はどうなんだろう?
昔行った新潟のソースカツ丼のお店は、大きな丼にまずご飯、キャベツの千切り、その上に薄めのトンカツ、皿にその上にご飯、そしてまたカツが載っていましたから、そんな感じで2段になっていると想像しています。
「とんかつ太郎」さんは、新潟の繁華街、古町の6番街にあり、昭和初期から何十年この場所でトンカツ一筋にやっているお店。美味しかった!

と、戦う前に(何の戦?)腹ごしらえを終えて、『リュートピア』に向かう。新潟市が誇る立派な複合施設で、コンサート用大ホールは2000名以上の客席がある。
会場はスタジオAという、100名ちょっとの小部屋だったが響きはとても良い。リハ室をサロンコンサートの会場にしようと思っている私は、つい部屋の大きさを歩測してみたり、天井を見上げて波形の天板を確かめたり、壁を見たりしている。
チェンバロ発表会と言ってもチェンバロの単独演奏だけではなく、バロックの歌唱、リコーダーとのアンサンブルなどを含めて16組の参加がありました。家内は初参加ですが、最後から3番目に出演です。

Photo_5Photo_6写真は、前半と後半の間の休憩時間に調律をする八百板先生。
当日演奏に使われたチェンバロは、八百板先生所有のもの。
八百板正己の所有楽器2台目をご覧ください。
このチェンバロを製作されている久保田彰氏のHPは、
「久保田チェンバロ工房」をご覧ください。
この久保田さんのお弟子さんで、うちにあるチェンバロの製作者林裕希さんのサイトは、
「ハヤシチェンバロ製作所」をご覧ください。
日本にもチェンバロ製作に人生をかけている人がいることだけで驚きですが、Y社などの量産体制の整ったピアノに比べると、余りにも原始的な「工房」で全て一人の手作業で作られて行くのです。多分、職人である彼らが作っても出来不出来の差が生じやすい楽器ではないかと想像しています。たんなる「楽器」を超えて、美術品とか工芸品、美しい家具調度品という類と思います。チェンバロには、幾つかの種類があり、色を塗られた完成品でも、単色に塗り上げられたものもあれば、この久保田さんや林さんのチェンバロのように、さらに絵描きさんによって花や蝶や鳥(花鳥風月そのもの)が描かれた見事の作品もあります。
Photo_7こちらは家内の所有する林裕希製作なるチェンバロ(1段鍵盤)です。なかの絵は、依頼主や製作者が自分の好みで注文をして描いてもらう事が出来るそうです。
今回の発表会演奏からクープラン作曲「クラブサン 第13組曲」から『葦』をアップしました。
もう1曲、クープラン作曲『恋の夜鳴きうぐいす』をアップしました(9/27)。
3曲目も公開。クープラン作曲『お気に入り(愛妾)』をアップしました(9/28)。

4時半過ぎに新潟を後にし、昨日9/25は大学医学部で講義があるため、酒田には戻らずそのまま山形市へ向かいました。駅近くの安いホテルに泊まり、駅前に食事に出かけましたが、第一候補のタン焼き屋さんはお休みだったため、近くで昔からやっている「馬車道」という地下にある居酒屋で食事をしました。
昨日午前の講義後は、市役所で用事を済ませ酒田に戻りました。2日間で、160km+160km+115km=435km+αの走行をしたのでした。ちょっぴり疲れました。

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2007.09.23

連休続き(秋分の日)

「秋分の日」は9月23日頃とされている。今日ですね。
知らなかったのですが、秋分の日は「昼と夜の長さが同じ日」では「ない」のです。理由はいくつかあるのですが、(1)日の出、日の入りは太陽の中心ではなく見かけ上の上端が水平線を超える時として、昼、夜を定義していると(2)大気の屈折により実際に太陽がある位置より高く見える、特に水平線に近い部分で誤差が大きいなどによるらしい。実際に、昼夜の時間がほぼ等しくなるのは4日後の9月27日辺りだと言う事です。
今年は更に9月27日が満月で、(旧暦の8月15日である)中秋の名月は9月25日なのだそうです。
街のお菓子屋さんでも、期間限定のお団子などが発売されていました。
Photoということで、うちでもプチ&プレ「祝中秋の名月」(何故?)です。
私は、草餅が好きです。それに、今日はクリーム入りだだちゃ豆大福という、庄内ならではの贅沢なもの。
家内は、豆大福とクリーム入りカボチャ大福。カボチャの黄色がまるでまん丸なお月さんみたいですね。食べ終わってから「夜、お月さん、見ながら食べればよかった〜」と思いましたが。。。
Photo_2Photo_3お店は、酒田市のはずれというより、旧平田町にあるのです。砂越というところです。古い蔵を改造したお店はいい雰囲気。「なかせ『もちもち庵』」と言います。だいたいのものが1個84円(税込み)なので、一人で2つ食べてもケーキよりずっと安いですね。上品な甘さの餡子と柔か〜いそれこそもちもちの餅の食感も最高で、美味しかった!
ここに行く気になったのは、今日のお昼に行ったお蕎麦屋さんに置いてあった地元情報誌でした。
Photo_4Photo_5そのお蕎麦屋さんは、庄内町(旧余目)の「蕎麦工房せき」です。羽越線の北余目駅と余目駅の中間位で、余目の総合体育館の向かいにある小さな住宅街の中にあります。もう何回か通っています。酒田周辺では、蕎麦好きが納得できる蕎麦を出してくれる数少ない店の一つでしょう。どこの店の方が旨いとか、いいとかは個人の好みの問題であり、他店と比較した優劣などはつけたくありませんが、真面目なお蕎麦を出すお店だと思います。左は板蕎麦+ゲソ天、右は冷やし鳥ソバ(季節限定)。ここで食べるなら、「ざる」より「板」だと思います。200円しか違いませんが盛りは2倍くらいありそうです。冷やし鳥そばは河北町の鳥そばとはちょっと違います。少し薫製にしたような香りがしました。
そこに置いてあったお店のちょっと季節の遅れた情報誌にお団子や饅頭が特集されていて、「もちもち庵」の事が載っていたので、「いつか食べてみたいね」と話しながら、砂越駅の方向へ広域農道を走らせて行ったら(途中には、平成17年12月のJR羽越線脱線事故の慰霊碑の建つ現場があります)、「もちもち庵」という看板を見つけてしまいついフラッと立ち寄ってしまったのでした。
神様に導かれたとしか思えません。(苦笑)

土曜日がお休みの方にとっては、土・日・祝(月曜)という3連休。
先週も3連休でした(函館旅行)。
10/1(月)は「都民の日」と言って、東京都民はお休みなのだそうです(世田谷に住む妹の情報)。その次の週は、10/8(月)が新制度の「体育の日」です。
東京都民は、4週連続で3連休ということになる訳ですね。

この3連休は、オケの練習があること、明日は家内のチェンバロの発表会が新潟である事などから特に遠くへ出かける計画はなし(新潟は、片道2時間半ですから十分遠いですけど)。しかも、9/25(火)は久しぶりに大学で講義を仰せつかっております。有り難い事に「非常勤講師」にして頂いているので、義務として医学部の学生さんに講義をするのです。100分の授業ですが、そのためにこちらの仕事は一日休むことになってしまいます。
来週は、東京で脳外科の総会があります。一年に色々な場所でいろいろな脳外科関連分野の学会がある中で、最も大きな学会になります。大学から離れた私は、今年久しぶりに脳外科総会で発表がありません。医師というのは、一生学問を続けるべき職業だと思うので、遠くない将来開業医としても総会で発表できるようなことは考えたいと思います。今回は、総会前日の会長招宴と総会終了翌日(10/6)の市民講演会の席上での「日本脳神経外科学会オーケストラ団創設20周年記念演奏会」に参加します。
そして、総会が開けた週末の3連休(6,7,8)には、山響の「モーツァルトシリーズ第2回」演奏会、酒フィルの練習、そして医院の建設着工目前で『地鎮祭』を予定しています。
姉歯事件の影響で建築基準法が改正されたこともあり、まだ建築確認は降りていませんが予定では来年1月竣工となっています。
今までここではあえてお知らせしてはおりませんでしたが、私の開業に関する別のブログがあります。
「こちら」です。

何をおいても身体が資本、健康が大切ということで、美味しいものを食べるにしても単なるグルメではなく、より健康的なものをという発想になります。こういうお店が近くにありました。
Photo_6「シェディオーク」というお店で、看板の通り材料は全て有機野菜で、お肉類はまったく(?)使われていません。
2000年にオープンしたという事で、私が知らなかっただけですが、土曜のお昼時などは予約で一杯でした。しかも行ってみたら、お店の方に「balaine先生、、、ですよね?」と言われてしまい、「?」な私は一瞬ポカンとしました。(酒フィル関係?病院関係?と頭がぐるぐる回ります)。
以前勤務した病院でこの方の関係者の治療に関わったことがあったようで、その事を説明されてようやくわかりました。もう何年も前のことで、その方は残念ながら既にお亡くなりになられたとのことでした。
Photo_7Photo_8世の中には、治療に当たった全ての患者さん、手術をした全ての症例を記憶されている凄い医師もいらっしゃるようですが、恥ずかしく申し訳ないことですが私は全ての方を記憶はしていません(今でも、犬のタローに救われたくも膜下出血の方や、難易度の高い頭蓋内腫瘍の方、会心の手術と思いながら初回出血の重症さのためか未だ回復不十分の椎骨動脈解離性脳動脈瘤破裂の方など、名前も顔もすぐ思い出せる人もいますが)。
そんなことに多少の戸惑いを覚えながらも、写真左の「野菜のリゾット」、右の「きのこのスパゲッティ」を注文。お肉もニンニクもはいっておらず、リゾット(お焦げに野菜のスープと素揚げの野菜を載せたようなもので、いわゆる炊いていない米とスープから作るリゾットはだいぶ違うもの)にはカボチャ、ジャガイモ、カブ、人参、大根がごろごろと入っています。「きのこのスパ」は、別のメニューに「野菜と茸のパスタ」というのがあるのですが、名前の通り、具は数種類のキノコだけでした。ブイヨンというのかコンソメというのか、スープスパではないのですが、多めのスープの中に固めに茹でた麺が入り、タップリの刻み海苔がかかっていました。
ヘルシー!です。
で終われば、本当にヘルシーなのですが、当然(?)デザートも頼みました。
Photo_9Photo_10Photo_11左は私の頼んだ「タルト・タタン」。タタン姉妹があわててひっくり返して焼いてしまったリンゴのタルトが名物になったものです。私は、一口食べる度に「これは毒だ」とつぶやいてしまいました。脳の中が溶けてしまいそうな美味しさでした。この味を知ってしまったら、病み付きになりそうで、直感的に「毒」という言葉が出てしまいました。
美味しくて、美味しくて、、、いけません。
中は家内の頼んだオーソドックスなプリン。大皿にドーンと出てきました。上にかかって回りに溢れているシロップもエグミのない甘さで美味かったです。右は、写真失敗でピンボケになってしまいましたが、お店の方でサービスとして出して下さったリンゴのシャーベット。これが、リンゴ擂りおろしジュースそのままの添加物なし!で冷やしました、という味でシンプルかつ爽やかな甘さと香り。「有機野菜」ということを前面に出していますが、ドルチェは凄いレベルです。周りを見ると、男性客は私以外には一人だけ。小さなお店ですが、残り14席全部女性でした。納得です。

と言う訳で、今週末もグルメしてしまいましたが、明日は新潟なので「ソースカツ丼」を食って来よう!と今から遠足前の小学生のようにワクワクしているのでした。
食は健康なり。食欲は健康のバロメーターだと思います(真面目に)。
講義の準備と論文執筆をしなきゃ。(^^;;;

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2007.09.22

秋の真夏日(秋色の鳥海とグルメ番外編)

919c919a9月も下旬、秋分の日を間近に控え、秋色濃くなる「はず」ですが、ここ数日猛烈な暑さです。ここ酒田でも30℃を超える真夏日が3日続いています。
でも、季節は確実に秋。
愛する鳥海山も秋色濃くなってきました。田んぼも黄金色(こがねいろ)です。
一枚目は、Uクリニックへの通勤途中。自宅から数分の所で山形自動車道の現在最も北の部分、「酒田みなとインター」に向かう部分が写っています。9/19撮影。
二枚目は、国道7号線から本館方面に入ったあたりで、本日(9/21)撮影。撮影時間も違いますが、空の色が微妙に違います。真夏のように暑かったのですが、空は高く、秋そのものですね。

D919b三枚目は、黄金色の田んぼを大きく入れて、遊佐町近くの羽越線陸橋の上から。9/19撮影。
四枚目は、鳥海山のアップ。7,8月に撮影した写真では頂上近くに残雪が見えたのに、9月になってほとんど消えています。そして、上の方から色が変わり始めています。紅葉はわかりませんが近くに行けばそろそろ色付き始めた広葉樹木も見えるはずです。

PhotoPhoto_2以前、住んでいた期間も含めて酒田には2年以上いるのですが、始めて行ってきました。
7号線沿い、こがね町にある「銀華飯店」。
暖簾もかかっていなくて、一瞬「休み?」と思ったのですが、お世辞にも綺麗と言えないお店はお客さんで一杯でした。仕事中の昼食に来たとおぼしき男性たち以外に、主婦、母と娘さん、若いカップルなど多彩な客層です。ほとんどの人が「あんかけチャーハン」650円を注文しています。私は久しぶりに食堂風中華のレバニラ炒めがたべたかったので、それと「小」ライス。小、で普通の量ですね(右の写真)。
あんかけチャーハンは熱々で、時間が経っても冷めないので、冬にはぴったり。真夏日の今日食べるのもオツなものでした。美味しい。
期待したニラレバ炒めは、山形市の『竜馬』の味を知っているだけに私的には合格点は出せません。皿からこぼれ落ちんと言うくらいのニラどっさりに、レバーもたくさん入っていて530円はリーズナブルでしたが、シャキシャキ感の残ったニラはちょっとシャキシャキ過ぎな上、ちょっと焦げ臭い。要するに火加減が絶妙ではないのでしょう。でも身体には良いので、残らず頂きました。その他のメニュー(焼きそば、あんかけ焼きそば)なども美味そうだったのでまた挑戦したいと思います。

グルメレポートではないので、美味しかったお店、気に入ったお店は積極的に載せていますが、「ん?」というお店や今一と感じた所は、お店の経営や風評に問題が起こると行けないのでこれまで載せてきませんでした。
今回、ちょっと「番外編」という形で少し載せてみます。

ABまずは、酒田市と庄内町の境近く、国道47号線に面したところにある『とよ作』。富士宮焼きそばという聞き慣れない焼きそばが名物のお店です。
「富士宮やきそば学会HP」はこちら。「学会?」
B級グルメの世界ではかなり有名なものだったらしい。
麺を茹でずに、鉄板で蒸した後焼くため、かなり水分の少ない堅い、硬い麺が特徴。味付けも少し変わっているけれど取り立てて「すげぇうめぇ!」とは思わず。同時に、「横手風」やきそばもあったので注文。こちらも、本家の「横手焼きそば」とはちょっと違う。味というのは好みの問題だから、こういうのに「はまる」人もいるのであろう。
基本は駄菓子屋で出していたオヤツ風のパリパリの堅い焼きそばなのだと思う。
Photo_3Photo_4先日、宮城県の大崎市に行った時に昼食をとった「食の蔵 醸室(かむろ)」。そこでたまたま見つけて「麦」というお店で注文した、左が牡蛎入りペペンロンチーニ、右は黒米リゾット。
パスタにはうるさい私ですが、麺の固さ、味付けなどとても満足。にんにくがごろごろ入っているのも私好みでありました。リゾットも旨かった。
「醸室」のサイトはこちら。

Photo_5Photo_6酒田市大宮町、県立日本海病院近くにあるカレー専門店『ナーランダー』。ここは地元では有名なカレー屋さん。日本人のご夫婦で仲良く、飄々と店を切り盛りされている。
お店にはこの象の人形を始めインド風なものが飾ってあります。一番のお勧めは右写真の「ティーンカレー」。マハラジャ、マトン、ベジタブルと3種のカレーが少量ずつ楽しめます。
Photo_7Photo_8インド料理と言えば「ナン」。イタリアのピザの原型になったもの。『ナーランダー』には専用の窯があって、御主人が注文を受けて一枚一枚焼いていらっしゃいます。このナンをどけると、下にプレートが現れます。カレーとタンドリーチキンにサラダが載っています。味は抜群です。
酒田には、ここ以外にインド人ご夫婦がやられているインド料理のお店『シタ』とか、最近できたインド人家族経営の『スパイスマジック』。どちらもインド人が経営し料理も担当しているので本格的です。

グルメ番外編。
実は、もっともっとあるのですが、今日はこの辺にしておきましょう。。。(苦笑)
Photo_9写真は、おまけ。開業に関する打ち合わせ会議の帰り際、ちょうど日没の時間でした。5時40分頃。
日の入りも早くなりましたね。

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2007.09.19

カウンター注目

2005年1月に細々と始めたこのブログ。
カウンターは、今現在13万9900を越えました。
あと100人弱で140000をヒットします。
もし、140000を確認された方がいらっしゃいましたらどうぞご連絡ください。
もれなく、私のサイン入りブロマイドを(ブロマイドって時点で古!、ですね?!)、、、
んなわけないですが、何か考えますので、是非ご連絡ください!
是非、、、

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2007.09.18

現在練習中の楽曲と「続々」連休の旅行

JAOが終わり、酒田C高校定期が終わり、酒田市民芸術祭開幕式典記念演奏が終わりました。
次は、12月の酒フィル定期演奏会(メインはチャイコの6番『悲愴』)と来年3月のオペラ『ラ・ボエーム』になります。
その前に、来月はじめにも東京でちょっとした演奏があります。
N響ハープ早川りさ子さんの父君で、作曲家・指揮者である早川正昭先生のもと、日本脳神経外科学会オーケストラ団の演奏です。
10/2に、総会の会長招宴では「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲をやります。
10/6に、総会関連市民講演会の席上、「日本脳神経外科学会オーケストラ団結成20周年記念演奏」をおこないます。楽曲は、チャイコのバレエ音楽「白鳥の湖」組曲から抜粋の5曲。

8/25, 26の合宿は、酒田C高校の演奏会のため参加できなかった私。直前の1回の合わせで乗るしかありません。フルートパートで相談して、セカンド持ち替えのピッコロ主体で行く予定です。ピッコロ難しい〜!
忙しくて、フルートもピッコロも半年以上調整に出していないので不安です。練習しすぎると難聴になるし、フルートでピッコロの練習をしたりするのです。

さて、旅行の続編。
函館を発つ頃から天気が下り坂になり、青森でも時折弱い雨でした。南下する雲を避けるように東北縦貫道で盛岡を目指します。1泊して、翌日はひさ〜〜〜しぶりの「小岩井農場」。小野、岩崎、井上の3名の創業者の頭をとっています。岩崎弥之助は、三菱グループ創業者岩崎弥太郎の弟です。ちなみに三菱グループのマークであるスリーダイヤモンドは、元はと言えば岩崎の出身、土佐藩の家紋「三つ柏」に由来しており、坂本龍馬の海援隊の遺志を引き継いで日本郵船などが出来た、と理解しています(違っていたらごめんなさい)。
「小岩井農場」のHPはこちらです。
Sheepdog小岩井農場は牛、馬、羊などの「生命」に触れるのが楽しい。
この日、まず乗馬を楽しんだ後、隣でやっている催し物「Sheep&Dog show」を見物。
Photo_19お利口な牧羊犬が人間の指示を受けながら、遠くで草を食(は)んでいる羊たちを集めて柵の中に誘導したり、たとえばある特定の羊に薬を投与するために群れから分ける手伝いをするなど大変興味深く観ました。
何十年振りかに「小岩井牛乳工場」も見学。試飲用の「まきば3.7牛乳」をごくごく2杯いただきました!

小岩井を後にして盛岡へ。
昼食に考えていたのは、たぶん盛岡にしかない「じゃじゃ麺」。その元祖の本店である「白龍(パイロン)」です。
ところが、本店は日曜が定休日!行ってみたら閉まってました。
「カワトク」という地元のデパート地下街の支店がやっているということでそちらへ移動。
いや〜、都市の規模が違うとはいえ、山形市の「大沼」、酒田市の「清水屋」とは比べるべくもない位の大繁盛。まず、駐車場が凄い。ちょうどお昼時だったとはいえ、デパートのすぐ周辺にある3つの駐車場が全て満車で10数台の待ちの列。わずかに離れた「第2駐車場」は無料サービスがない代わり1台しかならんでいなかったのでそちらへ。まもなく入れました。
Photo_16地下の「白龍支店」前には長蛇の列。12:50頃ならんだのですが、順番が回って来たのは13:40位。席についても更に5分以上待ちました。そしてこれ。
Photo_17Photo_18「盛岡じゃじゃ麺」の起こりはいろいろ言われていますが、この上に乗った「肉ミソ」が文字通り「ミソ」です。
ニンニクすリおろし、しょうがすりおろし、酢、ラー油などをお好みでかけてよくかき混ぜて食べます。
なんと言ったら良いのでしょう、昔から知っているし、今回無性に食べたくなって来たのですし、美味しいのですが、1時間も並んでガンバって食べるほどのものではありません(白龍さん、ごめんなさい)。
ずっと食べていると、なんとなく口飽きしてきます。
同じ麺類でも、山形の蕎麦などは大板を一人で食べていても口飽きしないのはなぜなのでしょうか?
麺自体に旨味、香りなどがある蕎麦と、こしの柔らかいうどんのようなじゃじゃ麺では勝負にならない感じがします。肉ミソなしで、この麺だけ啜れといわれたら、写真の量の半分も食べられないでしょう。
最後に「チータンタン」。これも名物。カウンターにおいてある卵を、食べ終わった肉ミソが少々皿に付いているところへ割り入れてかき混ぜて「お願い!」と箸を付けて(ここ大切!)、お店の人に渡すと、ゆで汁と追加の肉ミソを入れて戻してくれます。肉ミソ入り卵スープです。これを最後に飲んでじゃじゃ麺完食です。

Photo_20だんだんとお天気も悪くなって来たので、盛岡を後にし、北上で「秋田自動車道」に入り、「横手・湯沢」で山形中央道になる予定の分岐に入り、(ここもだんだん延びて来ていて)小野小町の出身として有名な雄勝町の終点から国道13号へ、新庄市内を抜けて鮭川の脇を抜けて戸沢に入り、最上川を渡って古口で国道47号に合流し、後は酒田へ一直線。
一回も休憩を取らずに走ったので、盛岡からなんと3時間たらずで帰ってきました。
ということで、旅行の続編終わり!

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続・連休の旅行

函館の朝を迎えました。
これを目的に前の日は早く休み、私は朝5時半にはシャワーを浴びました。
5時に開く朝市。別に「仕入れ」しに行く訳でもないので結局何となくのんびりして6時過ぎに出かけました。
Photoホテルから眺めますとこんな感じ。目の前の蟹など扱っているお店の屋根に面白い事が書かれています。まあ、買い物はしませんでしたけど。
市場には、海鮮だけではなく、鞄や衣類を扱う店もあります。

Photo_2Photo_6雰囲気を味わうために何となくダラ〜と歩いてみます。昨晩から、今日の朝に行く店は決めていたのですが、朝市の中を歩いていると「メロン」だけを扱っているお店があり、ちょっと興味を示すと(なにせ庄内メロンの産地から来ていますので)、2種類試食させてくれました。「どう?お土産に!」と威勢のいいお兄さんに薦められましたが、「これから朝食なんで、後でね」と体よくお断り。
Photo_3目指すのは「どんぶり横丁」の中の定食屋さん。テレビでも取り上げられたというこのお店。ミーハーな私は、それだけで惹かれてしまいます。イクラだのウニだの蟹だの盛れば高い丼は食せますが、そこの「朝定食」は530円とリーズナブルだったのが一番の決め手。

Photo_4Photo_5「朝定」は左側。
納豆、海苔、漬け物なども付いています。今朝のメインは鮭でした。
もう一つは「漁り火定食」。ホッケ焼き、イカそうめん、サラダなどが付いています。ホッケは小さめですが、朝一なのでこれで十分。
函館の朝を堪能しました。
食後のお散歩をしてホテルに戻りだらだらと過ごします。
旅行に行って、朝の6時から行動する事なんて滅多にないのでちょっと調子狂っていますが、今日の夕方5時半のフェリーで本州に戻るので、それまでに何をしようかと簡単に計画を立てます。

チェックアウト後向かったのは五稜郭。
Photo_7まずは、五稜郭タワーに昇り(有料)、360度の展望を楽しみます。
2枚の写真を無理矢理合成するとこんな感じに五稜郭が見えます。五稜郭は、敗走した旧幕府群が「蝦夷地」を開拓して新しい国を独自に創ろうと考え、結果ここに立て籠り、新政府軍と戦うことになった場所でもあります。その歴史が詳しく展示されていました。
Photo_8人形を使った展示の中で私の目を引いたのは、我が国初の赤十字精神と称されている医師高松凌雲の働きでした。敵味方の区別なく負傷者の治療に当たり、欧州留学(たしかパリ)で身につけた「赤十字」の精神を発揮したという事でした。官軍(薩摩軍)が病院に乗り込んで傷ついた兵士さえ襲おうとした時に、身を挺して「ここは病院だ!」と負傷者を守った話、官軍側の将校も「病院の玄関に『さつま改め』という看板を掲げなさい」と助言したという話などこころを打つものでした。

五稜郭の後は、ハリストス正教会、元町教会、旧公会堂などの元町界隈を歩き、昼食は有名な「五島軒」にしました。今やレトルトパックで全国どこでも食べられるのですが、「本店」で昼食という旅情を味わうためです。
やはり人気店。行ってみると「30分から40分、お待ちいただいております」とのこと。
折角なので待つ事にしました。レトロな雰囲気の館内は、結婚披露宴にも使われていて、新郎新婦さんが歩いている姿も目撃しました。
Photo_9ちょうど40分くらいして案内されたのは、「雪河亭」というところ。中身はこんな感じ。レトロな感じの制服に身を包んだ店員さん、この場合は愛情を込めて「女給さん」と消え去った日本語を使った方が合う感じ。
Photo_10Photo_11注文したのは「ハヤシビーフ」と「ランチメニュー」。ランチは鳥のホワイトクリームシチューに鮭のパリ風バター焼き(ムニエルとも違う)。1000円前後のお値段ですからリーズナブルな感じでした。ちょっと気取った「洋食」という感じですけど、ハヤシにはしいたけがタップリ入っている所が特徴と言えば特徴、私的には微妙と言えば微妙です。
ラッキョウや干しブドウや福神漬けやピーナッツが自由に載せ放題。これは銀座の「資生堂パーラー」でも同じような感じでしたが、こちらの方がもっと庶民的。客層も(観光客が多いせいもありますが)非常に庶民的でした。

Photo_14昼食後は、「西波止場」や「金森赤煉瓦倉庫」などの観光スポットを歩いて回りました。
(写真は金森倉庫街のところにあった「おしゃまさん」という名前の女児像)
帰りのフェリーは17:30出航なので、余裕を持って16:30頃までにフェリー乗り場に行ってチケットを受け取ればいいだろうと考え、まだまだ時間があるので港のあたりを車でグルグル回りました。
「北海道上陸の地」や「北島三郎記念館」などは外から眺めただけ。
Photo_12「新撰組鬼の副長」と恐れられ、その風貌(背が高くハンサムでお洒落)から今も女性ファンの多い、土方歳三の最期の地と言われる場所にも行ってみました。本当はどこで最期を遂げたかは分からないのだそうですが、伝聞で3カ所ほどある「最期の地」の中でも最も有力と考えられている「一本木門」のあったところです。「土方死す」の報を聞いた旧幕府群兵士たちは、母を失った子供のように泣いたと言われています。人望があったのでしょう。
小説やドラマの中の人という印象でしたが、実際に140年ほど前にこの地で倒れたと思えば手を合わせる気になります。

Photo_13これで終わらないのが私の食いしん坊旅行。
昨日行ったらスープが切れて終了していた「星龍軒」に行きました。
鶏ガラと煮干しと野菜でとったスープでしょうか、非常にシンプルで美味しい。麺も固めで細く、子供の頃良く食べていた「マルタイの棒ラーメン」を彷彿とさせるものでした。うまかったです!

函館フェリー乗り場でまずチケット発券。携帯のQコードをDLしておいて、それを器械に近づけるだけ。「ピッ」という音で一瞬で終わり。お土産など物色し、17:00過ぎから車ごと乗船開始。
Photo_15帰りは「ビジネス」にしてみました。(写真はビジネスクラスの部屋)
ビジネスは、エコノミーと同じ3階ですが、後方に位置して座席が後ろを向いています。そのため、出航して遠ざかる函館の夕暮れを眺めようと考えていたのですが、お天気が下り坂となり雨と雲であまりよく見えないうち日没そして暗くなりました。青森までの1時間40分弱、よく休めました。
シートの良さに拘らなければエコノミーで十分ですね。エコノミーのシートもリクライニングは付いていますし、窓際にテーブル付きの椅子が配置されていて、勝手知った人達はそこで弁当を広げて食事などを楽しんでいました。高速フェリーは安全確保のためかデッキに出る事ができないので、眺めは3階も4階もエコノミーもビジネスもエグゼクティブも窓越しなので、そんなに大きな差はありませんでした。
「ナッチャン」に興味のある方は、「こちら」をどうぞ。

と言う訳で、19:20頃には再び青森の地を踏み、そのまま高速で盛岡を目指したのでした。
(続編は、、、未定です)

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2007.09.17

連休の旅行

Photo遅い夏休みをとりまして車の旅をしてきました。今回の旅行のメインの目的地は函館。私は初めて。
行きは、酒田ー秋田ー青森ー函館。写真の地図の赤い線が今回走った一般道で青い線は高速道路です。

初日、酒田を車で出発し秋田市の家内の実家に寄りました。「クジラ汁」なる郷土料理をいただきました。
「くじら汁」って北海道のものなんですか?庄内の料理かと思っていました。家内の両親とも酒田生まれですし。
塩クジラといってクジラの脂身を塩に漬けたものを戻して、けんちん汁のように仕立てたもので、東北地方から北海道で食す文化があるようです。関西ではおでん(かんと炊き)の具として「コロ」と言われています。うまかった〜!
2日目、翌朝ゆっくり出発。
能代まで高速で行って、その後日本海側をのんびり走って青森を目指すつもりでした。
15時発の青函連絡船高速フェリーに乗るので約5時間、時間的には間にあうだろう、と言うくらいの感じでした。
秋田は今月『わか杉国体』を開催します。そのため、各所で急ピッチで高速道路の延伸工事が行われていました。
酒田から秋田への途中もにかほ市から高速が繋がるように準備ができていました。
能代まで走らせていたら、ナビではそこで終わっている高速道路に続きがあるのでなんとなくそのまま走り続けました。国道7号線と平行するように、高速道路はどんどん山の方に向かいます。予定していた日本海側の景色を眺めながらのドライブから遠ざかって行くのですが、まあいいかとそのまま走らせました。結局「二ツ井」まで延伸されていました。最近裁判が始まった畠○鈴○容疑者の事件があった藤里町が近くにあるが、そんなことを知らなければ「白神山地」への入り口の一つであり、とてものどかな山々に囲まれた静かな場所としか思いません。
そんな事を考えながら、大館方面に向かい更に東北縦貫道路を目指して「碇ヶ関インター」で高速へ。
そこから青森は1時間かかりません。結局、秋田を出てから2時間半ほどで青森に着いたのでした。さて、15時の出航まではたっぷり時間があるので、まずは昼食、あとは何をしようかと考えましたが、初めて高速フェリーに乗るのでまずはフェリー乗り場へ行ってみる事に。
インターネットで予約していたチケットは、空港でチケットレスでチェックインするように、予約番号と名前のカタカナ入力をするだけであっという間に車と乗客の乗船券が発行されました。あまりにあっという間で拍子抜け。元々の青函連絡船(青森ー函館間3時間50分)の発着場所と高速フェリー(同1時間40分)の発着場所は違うのでそれを確認した上で、昼ご飯を食べる場所を探しに出ました。青森は6年くらい前に学会で来て以来。なのでほとんど分かりません。街の中心部を通ってもわかりません。
港近くに縦長三角形の高い建物がありました。「アスパム」というらしい。とりあえず、何かあるだろう、きっと景色もいいだろうと行ってみる事にしました。これが「当たり!」でした。
Photo_2Photo_314階に展望レストランがあり、そこに行くと海の見える席(ハーバービュー)は満席で10分ほど並んで待ちました。食事もおいしかった。写真はランチのパスタ(茄子とモツァレラのタップリ乗ったボロネーゼとランチセット)。パスタ大好きでパスタにはうるさい私でも満足できる味でした。
ハーバービューの眺めはビデオしか撮らなかったのでありません。右に下北半島、左に津軽半島を臨み、津軽海峡に向かって航行する船舶を眺めながらの食事は素晴らしいものでした。
Photo_4エレベーターで下に降りると、津軽三味線の音が聴こえます。「ん?」と思って音の方に近づくと、日に2回行う津軽三味線の演奏が始まった所でした。師匠と弟子(見習い)で、ちょっとレベルの違いが感じられましたが、一生懸命の演奏姿は好感を持ちました。音、リズムに引き込まれてじっと聞いていました。

のんびりしていましたが、14:30近くなり乗船場所に向かいました。
Photo_5函館から来る便が遅れたそうで、乗船は14:50過ぎとなりましたが、幸い混んでおらずスムーズな乗船。昼間のせいか、大型車も少なく、あっというまに駐車。
Photo_6今回、初めてと言う事で「エグゼクティブ」を予約してみました。写真のような感じです。4階の前のほうで、高級感ある革張りシートが、ペア用とシングル用に準備されています。新幹線のグリーン席よりは少し高級な感じですが飛行機のビジネスシートよりは少し劣るという印象。インターネット予約は全て1割引きでしたので、旧来の連絡船と変わりない金額で、座席がいい分だけ高いという感じです。9月から就航した高速フェリー。そのキャンペーン期間中なのか、一人当たり2000円のフェリー内と函館フェリーターミナルのみで使える商品券がプレゼントされ、更に五島軒のクッキーとソフトドリンクのサービスがありました。
客室乗務のお嬢さんが初々しく、まだ慣れないマニュアルに沿って一生懸命しゃべったり接待をしていたのが微笑ましかったですね。
Photo_11乗り心地は最高で、海峡に出ても海が穏やかなせいもあってあまり揺れません。1時間もすると、北海道が見えてきました。1時間半で箱館山を右に見ながら函館湾に入って行きます。
Photo_10函館のフェリー乗り場は、函館中心部からは5,6km離れたところにあります。
青森の「アスパム」のような、ガラスの面積の多い新しい建物が目につきました。フェリーの到着はおしりから。車の乗り降りがありますから。我々の車は後ろの方だったのですが、降船もスムーズで、あっという間に北海道の大地を踏むことになりました。

まずはホテルにチェックイン。
場所は、有名な函館朝市の目の前。そのため、まったく食事の付かないプランにしておきました。
すぐに「探検」に出発。朝市は「朝」やるものなので、閉まっているお店が多いのですが、通称「どんぶり横丁」には魚介類を使った丼もののお店が軒を連ねています。その周辺などをぐるぐる回って、更にコンビニでお茶などを仕入れ、さてどこで夕食にするかと迷いながら、朝市の近くを歩いていたら、隙だらけだったのでしょう、自転車に乗ったおばちゃんに声をかけられました。なんでも彼女の働く食堂がすぐ近くにある、烏賊のバター焼きとメロンをサービスルするから食べに来てくれというのです。
まあ、覗くだけならと案内されるがままにお見せに行ってみると悪くない感じ。まあ、明日もあるし、今日はこんなところで軽く行きますか、ということで。
Photo_7Photo_8家内は、とにかく「いくら」、私は「うに」ということで、2種盛りと3種盛りの丼を注文しました。家内は「イクラとマグロ」を頼んだのですが、お店の人が間違えて蟹とイクラの丼にして来たので注文と違うと指摘した所、「蟹、少し乗っててもいいかい?」というので許しました〜(笑)。私は、うにとマグロとサーモン。ちょっと食べちゃってから写真を撮ってしまいました。味は合格。まあ、新鮮な魚介類が勝負なのですが、考えてみれば新鮮な魚介類に恵まれている酒田から来ても感動は少ないのでした。
でも「函館」の「朝市」の近くの「食堂」で食べているという旅情に意味があるんです。

Photo_9腹ごなしにブラブラお散歩しました。
函館はラーメンも有名です。特に、「味噌」のサッポロに対し、こちらは「塩」。ホテルから徒歩圏内にも有名なお店はいくつかあります。どんぶり横丁に「麺や一文字」もありましたが、こちらはオーソドックスな「塩」ではなさそうなので、「星龍軒」へ行ってみました。残念ながらお店はまだやっていたのですが、「予定のスープがなくなったので閉店します」と書いてありました。
ネットで調べたり、ガイドブックに載っていた記憶を頼りに少し歩きます。松風町というところです。
すると「大門横丁」というのを発見。そこに繁盛しているラーメン屋がありました。
それがこれ「龍鳳」の塩ラーメン。美味しかったです。でもお腹がきつくて二人で一杯食べました。

1ホテルに戻って一休みし、22時過ぎてから出陣です。
目指すは箱館山。
自家用車は22時まで規制されていて入れません。観光バスなどが優先となるためでしょう。22時まではケーブルカーもやっていますしね。
この規制時間が過ぎるのを待っていたかのように、結構な車でした。ゆっくり上に上がって行って、箱館山の展望台から見える夜景はやはり美しかった。「東洋一」とか「日本三大夜景」などと聞いたような記憶もありますが、どこにもそんな看板はなく好感が持てました。観光地に寄ってはよく看板がありますよね。「日本三大○○」とか「東洋一の××」とか。書くのは勝手ですけど。
時間が遅かったせいか、光の量が多くないので、見ているうちに慣れて来て山形の西蔵王から見える夜景だっていいよな〜などと考えてしまいました。でも、半島のようにウェストがくびれていてその先端の箱館山から振り返るように見る、この景観と夜景が素晴らしいのだと思います。
3日目以降は続きます。

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1985年

昨晩、故夏目雅子さんのノンフィクションドラマがありました。
大竹しのぶさんとともに同い年である私。更に、治療を受け亡くなられたK大病院で主治医団の一人に私の同級生がいて、後々少し話を聞いたこともありました。もちろん、数々の映画で見せたあの魅力的な演技。今でも目の前に蘇ります。
白血病の治療、抗がん剤などの副作用で髪の毛が抜けてカツラが必要になる患者さんなどのために、こういうものが作られています。どうぞご覧ください。
「夏目雅子ひまわり基金」
彼女が亡くなられたのが1985年9月11日と聞いて、ああそんな前だったか!という気持ちとともに、いろいろ考えました。

まず9月11日。
6年前のこの日は、NYの同時多発テロの日でしたね。こういうのは単なる「偶然の一致」なのでしょうか。
1985年。昭和60年。この年、いろんな事が起きています。
JALジャンボジェットの御巣鷹山への墜落事故。8月12日のことでした。坂本九さんがこの飛行機に乗り合わせ520名の犠牲者の一人になられています。
阪神タイガースの優勝。タイガースファンの方には申し訳ありませんが、ありえない21年振りの優勝でした。
バックスクリーンへホームラン4連発など、通常起こりえないことが目の前でドンドン起きた事を覚えています。
その他、ちょっと調べてみると、日本人エイズ患者第1号が認定され「エイズ騒ぎ」が起きたり、「聖輝の結婚」と言われた神田正輝さんと松田聖子さんの結婚式もありました。
阪神は、日本シリーズで当時強かった西武ライオンズも蹴散らして日本一に輝いています。
山形では、非常にマイナーな話題で関係者は思い出して欲しくないであろう「事件」として、夏の甲子園大会で山形県代表の東海大山形がPL学園に29-7で記録的大敗をしています。1試合のPL高校の打率が6割近く、あまりの連続ヒット、連続得点は「拷問」とすら言えました。その当時、東海大山形の教頭をしていらしたという方とある縁でお知り合いになった事がありましたが、試合の途中から「山形の恥だ」「試合を止めさせろ」「二度と甲子園に出るな」なという抗議電話が矢のようにかかって来てその応対が大変だったとお聞きしました。
当時のPLは、4番清原、エース桑田を要し、セリーグ万年最下位でプロ最弱と揶揄されたヤクルトスワローズと入れ替え戦をしたらPLが勝つんじゃないかと言われたほど強かったのです。だって、その8ヶ月後に巨人や西武でどうどう一軍入りを果たす選手と普通の高校生が試合をしたのです。山形県の野球関係者は、その年から優秀な監督、コーチ、選手の獲得のため全国に目を広げ、今問題になっている特待生制度に拍車がかかったように聞いています。
この試合、よく考えるとあのPLから「7点」も取っているんです。1試合でPLからそんなに得点した高校はほとんどありません。あの時、余りの点差に桑田は途中で下がり、なんとサードの清原が「中学時代はピッチャーやったんや」とマウンドに登り、それを東海大山形は「打ち崩し」て結局7点を奪ったのでした。最後まで試合を投げずに9回まで戦い続けた選手たちは素晴らしいと思いました。

1985年、と聞いていろいろな事を思い出しました。
抗がん剤の副作用として正常な細胞を攻撃する、特に正常血球の再生能力低下、分かりやすく言えば白血球の殖える力を弱めてしまうことが大きな問題なります。夏目雅子さんは、最終的に抗がん剤が良く効いて、その副作用として白血球減少のため、直接的には肺炎を悪化させてなくなられたと聞いています。
医学は日進月歩。抗がん剤の副作用治療にも使われるG-CSF(白血球の仲間である顆粒球を増やす効果のある薬)が22年前にあれば、今も夏目雅子さんのあの素敵な笑顔にお目にかかれたのかもしれませんね。

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2007.09.13

遅い夏休み

この夏は、JAO, JAO、、、だった。そのホスト役のために仕事を2日休んだけれど、ちゃんとした「夏休み」は取っていなかった。
今週末、土日月(祝日)の3連休を利用して、ちょっと旅行してきます。
家内の実家秋田を経由して車での旅です。これまで北海道には仕事(学会)でしか行ったことがないのですが、生まれて初めて青函連絡船に乗ってみます。
「津軽海峡 冬景色〜♪」ですが、初秋(晩夏)ですし、9月から「高速」連絡船が就航し、これまで3時間40分かかった青森ー函館間が1時間40分になったそうです。就航したばかりの「高速」連絡船に乗ってきますが、これでは多分「津軽海峡〜♪」というような旅情はあまりないかもしれません。

さて、先日9/9の酒田市民芸術祭開幕式典記念演奏の後半、合唱とオケの演奏の録音を一部公開して行きます。本当は『大地讃頌』を真っ先に公開したいのですが、JASRACのことを考えています。ネットを検索すると、かなりたくさんの、というか無数に近い『大地讃頌』の歌、MIDI音楽、歌詞の公開がされています。
Photo式典演奏の公開も大丈夫かな〜と思っているのですが。。。
(ピンボケの写真が多かったのですが、合唱団の人が分かる写真が一枚ありました。弦は弾いてますが、管はお休みのタイミングのようです。うちゃまさんもわかります、ね!)
まずは、歌劇『ナブッコ』から。
「行け!我が想いよ 金色の翼に乗って」の演奏です。
もう1曲、「夜明けのうた」もアップしました。

では明日からお出かけしてきま〜す!

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2007.09.09

酒田市民芸術祭開会式典

平成19年9月9日(日)、酒田市民会館「希望ホール」で、表記式典が行われました。
(voiceblogに演奏の一部をアップしています)
Photo_2芸術の秋に、酒田市内の数カ所で約2ヶ月に渡って様々な市民による芸術の発表会などが行われるのですが、その開会式にオケとして参加してきました。
まず、開会式、表彰などが行われた後、開会式典記念演奏です。
(写真は開会式後、記念演奏の準備の間にホワイエで行われたお茶会、生け花の展示などのシーン。

Photo前半は酒フィルを中心とするオケによる演奏で、グノー作曲『ファウスト』バレエ音楽より7曲抜粋です。
私はセカンドフルートとピッコロの持ち替えでしたが、結構ピッコロが目立ち重要で難しい曲もありとても緊張しました。
昨晩の直前リハ、そして今日午前中のゲネプロを経て本番になった訳ですが、ゲネプロで集中してうまく行ったとしても本番でもちゃんとできるかどうかわからないのがアマチュアの悲しさ。
ゲネプロで初めてフルメンバーが揃ったのですが(エキストラがいるため)、山響からも二人ほど応援を頂いていました。しかも、よく存じ上げる方々で心強く感じるとともに、自分の演奏を間近で聴かれるため緊張が増しました。
なんとか、少し音を落としながらも目立ったミスは少なく、前半の演奏を終了。
(録音をアップしました。
「ファウストから3曲目」は←こちら。
更にアップしました。
「ファウストから4曲目」をどうぞ。
もう1曲、アップしました。
「ファウストから5曲目」です。)

続いて、後半は合唱とオケです。
Photo_3曲目は、1)「夜明けのうた」、2)「大地讃頌」、3)歌劇ナブッコより「行け!我が想いよ 金色の翼に乗って」、4)ヘンデル「ハレルヤ」、5)「ふるさと」の5曲でした。
後半はファーストフルートで演奏。主役は市民芸術祭祝祭合唱団。オケはあくまで「伴奏」です。
合唱団は、酒田、遊佐などの12団体の混声混合合唱団でしたが、皆さん、本番では熱い想いが歌声に乗ってオケの後ろからかなりの迫力で迫ってきました。
1曲目の「夜明けのうた」は、酒田出身の芸大卒シャンソン歌手岸洋子のヒット曲(レコード大賞歌唱賞受賞)で、酒田市民にとっては十八番の歌で、最初から全開です。(ちなみに岸洋子のヒット曲「希望」が、この「希望ホール」の命名の由来になっています)
2曲目は、中学生の合唱曲として超有名な(といっても、実は私の世代では学校で歌った記憶がない)歌。オケの伴奏も歌に厚みを与える編曲で、演奏しながらもグッと来る感じでした。
3曲目のナブッコ。生まれて初めての演奏でしたが、わずか1小節1フレーズながらフルート1本だけのソロの部分があり、気持ちよく吹けました〜。v(^^)
4曲目は、私の後ろに座るピッコロトランペットの気持ちのよいファンファーレが響き渡りました。
5曲目は、会場もご一緒に!の「ふるさと」。フルート2本のデュエットソロの部分も気持ちよく吹けました。

前半のピッコロで緊張して消耗しましたが、後半に集中力をとぎらせる事なく演奏できた事は自分としては収穫でした。式典終演後、どこにもよらずまっすぐ家に帰り、その後ちょっと(15分くらい)笛を吹きましたが、あとはテレビを観ながらぼんやり過ごしました。疲れたのだと思います。
今は久しぶりにF1、モンツァを観ています。頑張れ!マクラーレン!

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2007.09.08

久しぶりの、、、

一昨日から昨日にかけての台風。皆さんの所は大丈夫でしたか?(まだ北海道は終わっていませんね)

Photo昨日、あの台風が宮城、山形を通過する時間帯をおして、酒田から新庄経由で宮城県大崎市(旧古川)、そして仙台と回ってきました。
Photo_9酒田を出た頃は、まあ時折風と小雨、と言う感じでしたが、新庄を越えて国道47号線を栗子峠に向かう頃には、お昼前だというのに空は真っ暗で、スモールライトを点灯して運転しました。宮城・山形県境から流れる川は土砂色というのか、茶色い濁流で「え、ここまで来てるの?」という位水かさが増していました。鳴子温泉郷あたりでは、川にかかった橋の欄干がほとんど見えないくらいに増水していました。
Photo_2(ネコロン! 写真は、本合海(もとあいかい)あたりで目の前を走っていたトラックを激写。なんとも可愛い猫が横になったイラストにくっついて走っていました。本合海というところは、松尾芭蕉が尾花沢から酒田に向かう時に最上川を下るため舟に乗船した所と言われています。)

何とか予定通り大崎に到着して用事を順調に済ませたので、さあそこからまた元来た道を戻るというのもつまらないし、台風のせいで山形自動車道は不通になっていたのが部分開通したというラジオのニュースを聞き、もう少しすれば全面開通するだろう、それまで折角だから仙台に行こう、ということにしました。
Photo_3Photo_4Photo_5仕事は予定より早く終わったので、仙台で夕食をとるにはまだ早い時間でしたので、前からちょっと覗いてみたかった場所があり、行ってきました。そこは、仙台市内とはいえ、かなり奥の方で、坂を登って下って登るような場所。すぐ近くには東北高校のグランドなどもあり、トリノで金を獲った荒川静香さんによる記念植樹「静香」という櫻?が植えられていました。
Photo_6このお店は、ある方のブログで知ったのですが、住宅街の奥に目立たぬようにひっそりとあります。とても静かで、紅茶もハーブティも美味しく、私は滅多に食べないワッフルも食しました。素敵なお店でした〜!

Photo_7昼食をとってからまだ5時間経っていなかったのですが、帰るのが遅くなるので早めに行こうという事で夕方6時前に、仙台駅3階にある「牛タンストリート」の『利休』へ行ってきました。
2年前、BSE問題で仙台名物「牛タン」は風前の灯になった事がありました。
「牛タン、牛タン、ぎゅう、たん、タン」
この記事も書いたように、元は山形の人が仙台で屋台を引いて始めた「牛タン定食」。
2年前は、値段が上がり、味が落ち、「味噌漬け」などというまがい物が出始め、個人のお店は閉めてしまって大手だけ残った時期がありました。
じわじわと回復し、今や大丈夫!とこの定食を食べて思いました。これは「焼1.5人前の定食」。
定番の麦ご飯とテールスープに少なめのトロロがついて、2100円位でした。けっして安くはないです。昔、牛タンというのは庶民の食べ物。高い牛肉の余った部分を工夫して定食にしたものでした。1000円あればお腹いっぱいになったものです。時代の流れ、BSE問題の大打撃、それらを乗り越えて来た結果です。
でも、味は抜群!『利休』はチェーン店で何件かありますが、個人的にはこの仙台駅店の下ごしらえ(切り方など)と焼き方が好きですね。
Photo_8この店では「極(きわみ)」という一日30食限定(と言っているだけ?)の、特に美味しい部分があります。店によっては「芯タン」とか「牛タンとろ」などという名称で出していることもあります。牛タンの根っこの方の、特に柔らかく味の濃い部分です。
包丁の切れ目の入れ方、塩加減、焼き方が抜群でした!歯ごたえがあるのですが、歯でスカッと噛み切れる柔らかさ、高級なハムを食べているような香りと味、塩漬け牛タン特有の甘み、、、ああ、何とも言えません。
これにビールがあれば最高なのですが、運転するので飲めません。。。(トホホ)

私は元祖のお店『太助』も大好きですし、「伊達の牛タン」も上手いと思うし、山形にある「とだて」も好きですが、ここの『利休』はいけます!一番町の『閣』がなくなってしまったのは惜しい事です。

帰りは新庄周りではなく、仙台から高速で帰るつもりでした。高速に乗ってすぐに「山形自動車道、関沢ー山形北 通行止め」の案内が見えました。
「え?笹谷峠ではなく、峠を越えた後に不通になってるの?どういう事?」と疑問に思いながら、いくつかの次善のルートを考えながら笹谷峠に向かって行きます。
ささやゴー(笹谷GO)の語呂合わせで呼ばれる3385mの長さの笹谷トンネルを抜けると、すぐに関沢インターですがやはり通行止めでした。ここで高速を降り、一般道を通って山形県庁脇から国道13号線を北上して、山形北インターに向かうと、今度はたくさんの係の人が出て「仙台方面は関沢まで通行止めです」と案内していました。酒田に向かう私は問題なし。
そこから、順調に高速道と月山道を通って酒田に無事戻りました。
牛タン、旨かったなあ〜。。。。。
Osirixdemo

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2007.09.04

玉簾の滝

ず〜〜っと昔、一度行ったことがあったと思うのですが、庄内に移り住んでから、もう一度拝みに行きたいと考えていた場所に、先の日曜日ようやく行ってきました。
Photo酒田市の旧八幡町地内にある『玉簾の滝』です。
この説明のように、弘法大師によって発見されたと伝えられています。
ここが水源となって、「日向(にっこう)川」になり日本海に注いでいます。

Photo_2Photo_3滝の大きさが分かるように、一枚目は少し遠目から。滝の前に鎮座する「御嶽神社」境内の樹齢800年と言われる木立の中から撮ってみました。
滝の前に座る人の大きさから想像して下さい。
2枚目は、滝の全景です。高さ63mと言われています。
美しいだけではなく、神々しい感じでした。
御嶽神社様には、あらためて酒田に、庄内に住むことになった事をご挨拶申し上げてきました。


Photoさて、「玉簾の滝」から車で15分くらい、鳥海山に向かって登って行くと、先日のマッチ主演の刑事物ドラマで使われた「鳥海山荘」があります。きれいな建物です。ここから車で10分くらい更に登り、自動車が行ける最高点が鳥海山の5合目ほどで、そこから山頂を目指す登山道の一つがあるそうです。
酒田市中心部からは、車で30分はゆうにかかる「鳥海山荘」。先日のドラマでは何故ここに宿泊する必要があったのか不思議ですが、どこか貸し切りに出来る宿泊施設が必要だったのだと考える事にしました。

Photo_2鳥海山の4合目くらいの高さだと思うのですが、半袖では風が冷たく感じました。
鳥海山荘の前から西南の方向を眺めると、日本海、湯野浜方面、そして沖にはおそらく「粟島」と思われる島影が見えました。
左側に見える山影は、おそらく金峰山でしょう。この山の海側あたり「藤沢地区」という場所があり、本名小菅留吉がペンネーム「藤沢周平」を名乗った由来と言われています。
庄内地方の山と言えば、鳥海山や月山(加えて、湯殿山、羽黒山で出羽三山)が有名ですが、藤沢周平の映画をよく見ていると、この金峰山は結構出てきます。
この鳥海山荘のすぐ近くに「猛禽類保護センター」がありちょっと覗いてきました。「イヌワシ」の生態など詳しく展示されていてとても興味深い施設ですが、一般にはほとんど知られていないのではないかな?と思います。ちなみに、「イヌワシ」は英語で「Golden Eagle」というのだそうです。
鳥海山は、数少ないイヌワシの生息地として有名なのだそうです。その飛翔する姿は本当にカッコよかった。

この日、玉簾の滝や鳥海山荘、猛禽類保護センターを訪れる前に、昼食に出かけたのは余目町のはずれにある「餃子館」。
Photo_3いつからあるのかはわかりませんが、庄○余○病院のすぐ目の前です。中国人の夫婦(?)がやっているので、餃子は日本人が慣れ親しんだ皮よりもかなり分厚い、もちもちした食感です。
Photo_4Photo_5水餃子定食には、この日はゴウヤの和え物も付いていて、なんだかパワー満開という感じでした。中国の餃子一般に言えるのかどうかわかりませんが、中にはニンニクが入っていないので、ニンンクのスリおろしを小皿につけてくれました。
焼餃子は、水餃子と同じものを焼いているので、やや大きめで同じく皮は厚め。食べ応え十分です。
この餃子パワーのせいか、少しドライブして帰ろうとおもったのが、八幡町の奥へ、そして鳥海山へと足を延ばすことになったのでした。
庄内ってまだまだいい所がたくさんあります。

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2007.09.02

『題名のない音楽会21』山響出演

タイトル通りです。
9/2(日)、午前9時から、チャンネルはテレビ朝日系列、皆さんの地方で違いますが、ロングラン番組「題名のない音楽会」に飯森山響の初出演です!(放送されていない地方もあるんですね!!!)
公式HPは「こちら」です。

音楽監督である飯森範親氏はこれまでにもたびたびこの番組には出演されています。
以前にも書きましたが、故本田美奈子。さんが最後に出演された時に後ろでオケを振っていたのは飯森さんでした。
山形交響楽団は、この番組出演は初めてです。番組の収録は東京近郊の音楽ホールで、観客を入れての収録なので制約があると思います。今までは、横浜の「みなとみらいホール」か「昭和女子大ホール」、「文京シビックホール」などが多かったように記憶しています。ですから、当然在京オケの出演が中心です。東京交響楽団、東京シティフィル、神奈川フィルなどが多く出演しています。
元々がTBSにスポンサー契約を打ち切られた東京交響楽団に活躍の場を与える目的で、初代司会者である音楽家故黛敏郎氏によって立ち上げられた番組です。番組スポンサーはずっと「出光興産」だと思います。
出光興産は石油販売会社で、この番組をはじめ、音楽会への貢献として「出光音楽賞」というものを設けて若手音楽家の育成にも力を注いでおり素晴らしい会社だと思います(私の父は、かつてライバル?会社の社員でしたが)。
この番組を見るたび、「今度は出光でガソリンいれようかな」と思うのですが、このあたりでは便利なところにGSがないので残念です。

「題名のない音楽会21」公式ホームページ(上記参照)を見ましたら、今回の放送を紹介するページや司会の久保田アナの日記に、飯森さんや山響(ヴィオラのKさんやチェロのMさんの顔が分かります)団員の写真も掲載されていました。山響のような地方オケが、在京オケをさしおいて東京でテレビ出演の収録に出るということは画期的な事だと思います。このために、団員、楽器を移動し東京に泊まる訳ですから莫大なお金がかかります。テレビ局番組作成側としては、これまで通り在京オケですませた方が楽なはずです。これを実現してしまった、飯森さん、番組スタッフ、スポンサーの出光興産にあらためて大きな拍手を送りたいと思います。

もう一度、今日の朝9時ですよ。
ただし、番組内容はクラシックではなく、J-POPのようで、徳永英明さん(もやもや病から復活されましたね)や中孝介さんによる歌が主体のはずです。2週分収録されたはずで、ゲストを変えて、9/9から9/16に放送されると思います(公式HPでは、9/9は「出光音楽賞ガラコンサート」になっているので、山響が出るのは9/16かな?)

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2007.09.01

1年の2/3過ぎた

9月になりましたね。
酒田は曇りですが、日中の気温も30℃に到達せず、エアコンは不要です。
久しぶりに何も予定のない週末です。何しよう、、、

とは言っても、毎週アマオケの練習はあります。
来週9/9(日)は、『酒田市民芸術祭開会式典』があり、酒フィルとして出演します。「芸術の秋」として、酒田市民会館や公民館などでいろいろな催し物、発表会(音楽、演劇、ダンス、その他)があるようです。
その式典ではグノー作曲『ファウスト』からバレエ音楽を7曲、合唱と一緒に5曲演奏する予定です。これが、個人練習はしているにしても、オケとしての練習は今日が初めて。本番までは、来週の土曜日と日曜の午前中の計3回しかありません。これでなんとかしてしまうのです。

昨日のマッチ主演の刑事ものTVドラマ。ご覧になりましたか?
内容は置いておいて、まあ、酒田観光案内プロモーションヴィデオのようでした。
やはり『鈴政』(屋形船の中で食べる鮨まで、「玉」に鈴政の焼き印が押されていました)は若大将まで出演し、「相馬楼」、(寂れた)酒田駅前、先日のJAO酒田大会『街かど音楽祭』でも使用した「街中キャンパス」のある商店街通り、本間家旧本邸、鐙屋、山居倉庫、港の海鮮丼屋「とびしま」、更に酒田市中心からは遠く離れた(車で30~40分)旧八幡町にある「鳥海山荘」(マッチと安達祐実がロビーで丸い暖炉のようなものに木をくべながら話していた)などがたくさん出てきました。
ロケの時期が3月末でしたので、「傘福」や「酒田雛街道」などの雛人形、折り紙で雛人形を折るシーンなどはまあ良いのですが、8月頭に行われる「酒田湊祭り」、大きな獅子頭まで出て来たのは驚きでした。
「鳥海山荘」には雪があるし、マッチも泉谷しげるもコートを着て、マフラーや手袋をしているのですが、放送は8/31という事で、なんとなく季節感のぼやけたドラマでしたが、まあまじめに考えずに「酒田プロモーションドラマ」と考えればいいでしょう。
プロデューサー、ディレクター、監督などの中に酒田、庄内関係者がいたのでしょうか?(笑)
その昔、石原軍団のドラマ「大都会パートIII」が山形ロケをして、石原裕次郎初め石原軍団が上山の「古窯」に泊まった事がありました。その時の監督は、山響創立名誉指揮者村川千秋氏の実弟の村川透監督(村山市出身)だったのですが、ドラマや映画の制作なんてそんなもんだろうなあ、と思ったものです。

まあ、突っ込もうと思えばいろいろ突っ込めるドラマでしたけど、楽しく観ました。
秋田出身の家内は、秋田も出てくるという予告で期待していたのですが、由利本庄市がちょこっとそれもアリバイ工作のために出て来ただけでがっかりしていました。由利本庄と酒田は車で1時間〜1時間半なので往復3時間ですみますが、最初に死体が発見された多摩湖畔までは一体どのくらいかかるんだろう。
私の実家である横浜の戸塚までは、東北自動車道経由でおよそ6時間半というところなので、ノンストップで頑張って行ったとして、往復12時間はかかるんじゃないかな?
すると、夜の22時にウィスキーのルームサービスをとって、妻が代わりに部屋にいてアリバイ工作をし、酒田で殺害した死体をレンタカーに乗せて頑張って「多摩湖畔」に捨てて、また由利本庄まで戻る(ホテルをチェックアウトしなければならない)とお昼ぐらいになりそう。東京で借りたレンタカーを、屍体搬送に使って由利本庄から多摩湖畔に運び、その後東京で返すとして、かなり早朝に返さなければ、そこから新幹線などを使っても由利本庄に着くのはやはり昼近くになりますから、「レイトチェックアウト」したのでしょうかね。
まあ、こんなところに突っ込んでも仕方ないですね。
一番良かったのは、最後、事件が解決した後に、東京からマッチ、泉谷、安達祐実の3人で酒田まで来て、酒田の街中、「鈴政」、「相馬楼」の前の道を歩くシーンで道の両側に傘福がたくさん飾られていた事ですね。
普段、ああいうものはないはずですが、テレビドラマのために酒田のひな祭り、傘福が随分脚光を浴びることになるでしょう。

さあ、今年もあと4ヶ月。
ようやく建築確認申請が行われました。
順調に行けば、今月末か来月始めに医院の建築着工となる予定です。
もはや年内開業は無理で来年2月か3月開業という状況ですが、地域に貢献しサロンコンサートや講演会も行えるリハ室を擁した素敵なクリニックを計画しております。
年内にやることは、音楽以外に(当たり前ですけど)たくさん、たくさんありますね。

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