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2007.06.05

♪⑨「中央ヨーロッパの旅」:5月14日、プラハ3日目

5月14日(月)、プラハ3日目(旅行9日目)。

明日帰国するので、実質は今日が最終日である。
昨晩の音楽祭そしてロマン達との会食の興奮が残っている感じ。
ゆっくり起きてゆっくり朝食。
今日の予定は、午後にフィンダ志保子さんが迎えに来てくださって、ご自宅に遊びに行きスタンダとともに会食する予定だけである。午前中、余り活動する気もないので、11時少し前まで部屋にいて、ホテルのちょうど真向かいにある「ミュッシャ美術館」に行く。
ミュッシャとかムハとか呼ばれるが正しい発音は知らない。「アール・ヌーボーの旗手」として活躍したプラハ出身の芸術家の美術品を収蔵した博物館であるが、彼の一生を紹介するビデオ上映が興味深かった。

志保子さんとの約束は、ホテルロビーに12時だったので、少し前に部屋に戻って休む。
まもなく志保子さんから電話。近くで仕事していたので迎えに来てくださるという事。
そして、地下鉄に乗って市街地から少し離れたところの駐車場に停めてある彼女の車で、プラハ市郊外のご自宅へ向かう(市街地の交通状況が悪く渋滞が酷い上、容易に駐車場を見つけられないのがプラハという街の特徴でもある)。
スタンダが友人(同じプラハ響楽団員)から古い家を紹介されて買い取り、少しずつリフォームする予定との事。デュシャンもそうであるが、このように古い家を自分でリフォームして行く人が多く、日本のように「新築」「新築」とならないのが、やはり「石とレンガ」でできた家と「木と紙」でできた家の違いだろうか。

楽しみにしていた二頭の犬達との対面。
昔からいる、雑種の黒い犬、名前はバーバラ。もうだいぶおばあちゃんなのだそうである。
昨年、日本から連れて来た柴犬のアキ(この名前もいいね!理由はないしょですけど、、、)。
Standaflute1日本に帰ってから思いついた事だが、私が持っている二本のフィンダピッコロに、アキとバーバラという愛称をプレゼントしました。パリサンダーは茶色系で、グラナディラは黒なので、ピッコロ達のお父さんであるフィンダが飼っている犬達の名前をもらいました!v(^^)
写真は、スタンダの工房(?)のピアノの上のフルートとピッコロ達。

Shihokomenu出かけていたスタンダもまもなく戻り、皆で志保子さんの手料理を頂いて(本格的なチェコ料理だった!)、犬達とじゃれあってしばらく遊ぶ。外出。

目的地は、更に北にあるドボルジャークの生家。
Standamb行きも帰りも高速道路をスタンダの愛車(去年乗せてもらった「タテ目」のOld Mercedesではなく、写真のように少し新しい190になっていた)で30分くらいぶっ飛ばして着いたから、プラハからそんなに近いわけではなさそう。5,60kmは離れてる小さな町。チェコ語の発音には自信がないが、ネラホゼヴェスと読むのだろうか?
ここは1年半程前に、志保子さんの関係で、『ムジカ・ヨコハマ』というフルートオケ活動をされている日本人グループが指揮者の井崎正浩氏と共に訪れ、近くの教会でコンサートもしたということであった。
井崎さんといえば、昨年1月の酒フィルのソルノク訪問、そしてソルノク交響楽団との合同演奏で指揮をしてくださった方で、現在もハンガリーを中心に国際的活躍をされている方。
そういった繋がりで、今年の8月に酒田で開催される『全国アマチュアオーケストラフェスティバルinやまがた酒田』で、オーケストラAの指揮をしてくださることになっている。
Dvorakbplace1
写真は、生家を外から撮影したもの。
ムジカ・ヨコハマの人たちも、井崎さんもこの前で写真を撮られており、これはムジカ・ヨコハマのHPにも掲載されている。
Dvorakstatue1側には大きなドヴォルザークの銅像が建っていた。ルドルフィヌムの前に建っていたのよりもずっと大きく、みんなで何枚も写真を撮った。興味深かったのは、ドヴォルザークの生家と道路を隔てた目の前に線路があり、今でも使われている事。
ドヴォルザークが鉄道マニアであったのは有名であるが、彼の音楽にはあたかも蒸気機関車の走る姿が表現されているようである。たとえば、「交響曲8番」や「9番『新世界から』」にも、まるで SLが蒸気を吐きながら走り出し、ポッポーと汽笛まで鳴らすような部分が見られる。彼の生家の目の前をSLがたくましく走っていた事が影響している事は間違いないであろう。

Kolkovnaプラハ市内のレストランを予約してあるという事で、この静かで美しい町を後にした。
向かった先は、スタンダお気に入りのレストラン『コルコブナ』。
Threehalfduckここは昨年も連れて来てもらった、一人にハーフ・ダック一皿を食べたところ。
ビールはもちろんピルスナー・ウルクエル。


ここでも私のとってはとても嬉しい出来事があった。
元々スタンダとそこで会う約束をしていたようであるが、昨年までチェコフィルのフルート首席奏者であった、イルジー・ヴァーレクさんが現れた。
Valekfinda_1最近日本から戻って来たばかりのスタンダは、ムラマツの頭部管を何種類かヴァーレク氏に頼まれていたのか、試しに貸したのか、詳しくはわからないけれど、とにかく頭部管を渡していた。
まあ、日本人ならば、待ち合わせ場所で用事がすめば、すぐ立ち去るのかもしれないが、ここはチェコのプラハで、ビールの飲めるレストラン。スタンダが勧めるままにヴァーレクさんもビールをグビグビ。楽しくお話をし、私たちとも色々会話をしてくださった。ヴァーレクさんがなぜ昨年チェコフィルを退団したのかというと、65才の定年だったらしい。今年67才になるのだという。いや〜、50歳代後半くらいにしか見えない。
「若いですね〜」とお世辞ではなく感嘆すると、「知ってる!」と笑いながら答える。
「実は、私の兄は70才を越えていて、プラハでは70才以上はトラムなど公共交通機関が無料になるのだが、チケットなしで乗っていたら疑われたのだ。『私は72才だ』と言っても誰も信じてくれなかったんだよ。」
と言う話。ヴァーレクさんの実のお兄さんとは、プラハ放送交響楽団の指揮者をしていた、ウラディミール・ヴァーレク氏のこと。
「わたしはもう行こうと思っているのに、スタンダが3杯飲んで行けというんだよ、あっはっはは」と愉快に話してくれた。愛妻がなかなか禁煙しない事など話してくれたので、やはり肥満と喫煙は心臓に悪いですよ、とお話ししたら、すぐに奥さんに電話をかけて「日本人の医者がタバコは良くないと言っているよ」と伝えながら私にウィンクしてみせ、茶目っ気たっぷりの楽しい方であった。
今まで、ヴァーレクさんは顔写真でしか知らず、なんとなくちょっと強面でロマンの先生という情報しかなかったので「恐そうな人かな?」位にしか思っていなかったのであるが、人間の先入観というのはいい加減なものだという事がよくわかった。
Kolkovna2結局、ヴァーレクさんは、500mlの寸胴ジョッキでウルクエルを3杯飲んで陽気に帰って行かれた。私は美味しい料理とビール、そして楽しいお話で気分よく酔ってふわふわした感じになった。

明日は、いよいよプラハとさよならである。
「今度はもっと時間を取ってゆっくり遊びにいらしてね」と志保子さん。
有名なチェスキー・クルムロフはじめ見せたいところはたくさんあります、北に走れば2時間程でドイツはドレスデンに行けるとも。是非そうしたいものである(時間はとれるかどうかではなく、作らなくちゃね)。

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