教養or常識?
「メス!」
4月20日午前9時15分、オペ室にK医師の張りのある声が響き渡った。
〜〜〜〜〜〜
(^^;;;;;
小説の書き出しではありません。
「メス」って、皆さん何語かご存知でしょうか?
ドイツ語?いいえ。
英語?まさか。
これは、オランダ語なんです。
当然、由来は「蘭学」。つまり鎖国政策をとっていた江戸幕府納める日本国の中で、唯一海外に開かれていた出島を通して入って来た学問。それに連なる「鳴滝塾」などを含む西洋の学問に繋がります。
なお、私塾「鳴滝」を作った事で有名なシーボルトは、オランダ人ではなくドイツ人です。
で、「メス」のこと。
知人の脳外科医がオランダの病院に留学していた時、初めて手術場に入ったら医師が「メス!」と言っていたのでびっくりした、と話してくれました。そう、オランダ語なんですから、オランダ人医師が「メス」というのは当たり前。日本では、蘭学以降、手術用ナイフのことをメスと言っていますが、オランダではバターナイフや果物ナイフなどもすべて「メス」です。
今日の手術の時に、医学部の学生さんに(皆、それなりに賢くお勉強のできる子達です)、「メスって何語か知ってるよね?」って聞いたら、5年生と6年生あわせて10人いたんですが、誰も答えられず。
「ドイツ語ですか?」と言う始末。
「君たち、蘭学事始を知らないの?」と聞いたけど、ポカーンとしている。
じゃあ、「コップは?」「ランドセルは?」。
これらもオランダ語なんです。
平賀源内の「エレキテル」もオランダ語。「ガラス」「ガス」「カンテラ」「コルク」「オルゴール」もオランダ語。
ついでに、「ビール」「コーヒー」「シロップ」「ポン酢」もオランダ語なんです。
「あいつは「法螺吹き」とのレッテルを貼られた」の「レッテル」もletterのオランダ語。
我々の日常にもたくさんオランダ語は残っています。
あと、例えば、Europe。これ英語では「ユーロゥプ」、ドイツ語では「オイォローパ」と発音しますが、私たち日本人は、「ヨーロッパ」と言いますね。これもオランダ語なんです。
こういうの知っているのは、「オタク」なんでしょうか?私は「教養」と思うし、医者や医学生が「メス」の由来を知っているのは「常識」だと思うのですが。
外国語に弱い大学生が多くいるのですが(もちろん、得意な人もいますけど)、困ったものです。
今日も、助教授回診のとき、ある患者さんの前でMRIを学生に見せて、「(患者さんの前だから)technical termで話しなさいよ」と言ったら、みんな「????」という顔をしました。
「英語またはドイツ語で語れ、ということ。ラテン語でもいいよ。」と言ったら、「あ〜」という顔をしたのに!
「この所見は?」とMRIを見せて言わせると
「グリオブラストーマまたは転移性脳腫瘍、、、」「または、脳膿瘍」と日本語で答えました!
患者さんの前だから日本語使うな!って言ったのに。
Technical termを使えというのはそういう意味なのに。
とほほです。
そういえば、先日、山形に来たドイツで初の脳外科医の女性の教授(単なる教授ではなく、その科を仕切る本当の主任教授です)が、学生を連れて回診する時はラテン語を使う、英語やドイツ語では患者に解ってしまうので、ところが最近の学生はラテン語のできない子が多い、と何だか似たような嘆きを語っていました。
最後におまけ。
金平糖は何語でしょうか?
スペルはconfeito。
英語ではconfectionと同じ語源だと思いますが。
お菓子、とか、キャンディという意味です。これはポルトガル語です。
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コメント
ビール、シロップ、レッテル、ランドセル、ポン酢もオランダ語!隙間だらけの私の頭にまた詰め込みました。メスはさすがに身近なものではないので、ましてオランダ語だとは・・・とはいってもバターナイフも果物ナイフもメスなのだから知らないというのは教養が。。。勉強になりました。
オタク的に知識のある方は会話していても話が広がり楽しいものです。お酒の席でも、いい意味でのオタク的知識のある方の会話には引き寄せられてしまいます。
私、ネタの為に本日ちと勉強したことがあって、今満開の黄色い花「レンギョウ」って漢字で連翹、ドイツのイースターに欠かせない花木であって、連翹忌は高村光太郎の命日。。。
私のオタク的知識はボリジ系になんのかなぁ。
投稿: ボリジ | 2007.04.21 21:44
いつだったか、医大によく行ってた時、医大生に「ねぇねぇ、これなんて読むの?」って聞いたのに、分りませんでした。その単語は『balaine』です。(爆) 私は今は知ってますよ。ご心配なく。医大生は今もまだ知らないでしょう。あははははは どうでもいいことですね。
投稿: @むーむー | 2007.04.22 01:08
教養or常識?多分だけど 彼らにはどっちでもない、かな?
教養という網にも常識という網にも引っかかって来なかったって感じかなあと思いました。私は医学生ではないけど、歴史としてのオランダとの関わりを知ってることで「オランダ語じゃないですか?」と言えたでしょう、多分。で、誉められた!?あはは。
私の世代には常識の部分だったんですけどね。そこいらへんの歴史。
教養って事で言えば、歴史は日々どんどん増えていくから濃度が薄くなるのかもしれませんね。
昔、お医者さんは遠い遠い・大きい大きい存在でした。最近は様変わりしてきました。うんと近くなりました。患者としては喜ばしいことですが、今のお医者さんは
普通であるな・普通であれ!特別であれ・一般であれ!上に居ろ・横に並べ!…とまあ、見てても大変そう。
私は超好待遇のスペシャルな職業があっても良いと思うんですけどね。研鑽を積まざるを得ないような、人格も問われるSPな職業が。
投稿: リスペクト | 2007.04.22 02:39
balaine先生は、「オタク」ではないですよ。
ただ、人よりも探究心があるのでしょうね。気になったら調べる、理解しようとする意志が自然と働くのでは。先生にとってはそれが自然で当たり前なんだけど・・・。
う~ん、
学ぶ立場のものは当然であってほしいのですが、理解しようとする意志。疑問に思う、興味を持つか、持たないか、の差なのでしょうか???
学生さん、年度によって多少の差はありますが、活きのいい学生さん。「まいた餌(問いかけ)に、食いついてくる(反応、行動する)。」
学生さんが少なくなった気もします。
逆に、教授のほうが意気が良かったりします。
投稿: ふなゆすり | 2007.04.22 09:04
おお!たくさんのコメント、ありがとうございます!
いろんな物には「由来」ってありますよね?
多分、私のように、博多生まれ、倉敷、高松、仙台、横浜、山形と「根無し草」のように移動してくると、その「由来」にこだわりたくなるんです。
知る楽しみとは大きいですよね。
大学を辞職するのも、独りよがりですが、「知楽」のためと考えています。
投稿: balaine | 2007.04.23 12:11
患者さんに伝えちゃマズイ内容なら
techinical termだろうが
ベッドサイドで話しちゃまずいはずだし、
(今時、ネットで詳しい人も少なくないですし)
逆にベッドサイドで話すなら堂々とすべきです。
自分の病気を小ネタに、「隠語」「暗号」の
会話されちゃ〜私が患者なら嫌ですけどね。
ほら、患者や家族はとても不安そうですよ?
先生も言葉の通じない国で入院してみれば
患者の気持ちになれるかも知れません。
業界のジョーシキは一歩外じゃ非常識です。
医者ワールドなんて、特に。
学生は学生。何とパンピーで、医者じゃない。
そこがいいところ(!)です。
こっちも勉強しようと思わなきゃ勿体ないですよ。
投稿: そうかなぁ | 2007.04.27 18:58
そうかなぁさん、こんにちは。
人はそれぞれ立場が違うと「常識」も違うものです。「医者の世界なんて」と差別しているところはおかしいです。
患者さんは一例一例違いますから、それぞれ対応も違います。一般論化しないで、一人一人テーラーメードに対応するのが「常識」です。
その患者さんは、LKのbrain meta.でしたが、内科ではLKのことすら告知していません。Terminalという判断です。しかし、brain meta.による脳の症状と全身状態からオペの適応と判断されて転科していた患者さんですが、軽い意識障害もありtechnical termでしゃべらなくてもよく理解できないと思います。Technical termで、と言ったのは、大部屋なので個人情報が他の患者さんに伝わらないようにMRIの所見を(医学部ですから学生を教育する場です)述べなさいと言ったのです。
それから医学部の学生は、「医学生」であり、パンピーではないと思います。医学部に入った時からそういう覚悟で勉強をしなければなりません。「学生だからパンピーと同じ」という発想は、一般人が書かれたのなら、まあ仕方なしと思いますが、医学生だとすれば「医師になる覚悟が乏しい、不適格な学生」と、私は考えますよ。
白衣を着ていれば、「学生」だって医者の一員と、患者さんや家族の方は考えるものです。
投稿: balaine | 2007.04.27 20:12
ご丁寧なコメントありがとうございます。
私も業界の端くれにおるものとして、学生はtechinical termを学習すべき、というご意見そのものには異論はありません。しかし、その鍛錬の場は適切に設定すべきであり、そうしたことは業界人だけのカンファレンスに場を求めるべきと考えます。
見習いを表に出して客に粗相をしたなら、まず師がその10倍反省すべきなのであって「あの見習いは常識がない、自覚が乏しい」などとのんきに評論している場合ではないと考えます。もちろん見習いの責任はゼロとはいいませんが。
患者本人は意識障害あるが、しかし大部屋で他の患者もいるからそこに聞かせちゃまずい…ならば、techinical termでいくら隠そうとも、やはり大部屋で話すべきではない。それができない教授回診なら、そうしたイベント自体がそろそろやめ頃なのでしょうね。
===ここからは脱線です===
敢えて申せば、医業の中でも、従来の脳外科は優秀な既存の完成品を回してもらえたが故に、教育という点では何かと遅れています。脳外科医になりたい学生がいないのは、仕事がキツイからだとばかりお思いのお偉方がいかに多いことか! わかる楽しみ、覚える楽しみをうまく伝えられる人が少ないから、学ぶ方もツマンナイという側面を、全く気付いていらっしゃらない。
凡夫を優秀な脳外科志望医に引き上げたいのならば「カンファで」ガシガシ鍛え、患者の前で花を持たせてやってください。
投稿: そうかなぁ | 2007.04.28 10:43
「そうかなぁ」さん、ご意見拝聴しました。勉強になりました。
ただ、私は本日で大学を去ります。
この記事の中に書いたような立場での仕事が終わりました。ありがとうございました。
投稿: balaine | 2007.04.28 12:30