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2007.03.14

「ウィーンの冬」

タイトルは、春江一也という作家の小説の題名です。
今、読んでいるのです。
私は、ものによって遅読(ちどく)なので、やっと3分の1が過ぎたところ(医学文献なんかは速読ですけど)。

この小説の中に、ウィーン市街中心部にあるホテル、『ホテル・カイゼリンエリザベート』という実在の名前で出てきます。モーツァルトがコンスタンツェと結婚式をし、お葬式もされた(はず)の聖シュテファン大聖堂という有名な教会がありますが、そこから歩いてすぐのところにあります。
「カイゼリンエリーザベト」とは、ハプスブルグ家の皇帝、フランツ・ヨーゼフ1世のお妃で、オーストリア・ハンガリー帝国において、なぜかハンガリー国民に愛されて『シシィ』という愛称で親しまれた人です。
この二人の間の長男、ルードルフ皇太子が自殺したため、皇位継承者となった甥っ子のフェルディナントがサラエボで暗殺されたことが第一次世界大戦のきっかけになっている事は有名な史実ですね。

実は、昨年公開された日本映画『バルトの楽園』。
あれは、第一次世界大戦の際に、中国進出に躍起だった日本軍が日英同盟を盾に中国の青島のドイツ軍を攻めて降伏させ、捉えた俘虜を日本の俘虜収容所に送ったことから始まった話です。
徳島の俘虜収容所長であった会津武士出身の松江所長が、明治維新という名の薩長による革命(反乱)で敗戦側に回った誇り高き会津人として、敗者である誇り高いドイツ人を尊敬し友情が生まれ、最後にベートーベンの『第九』日本初演を行ったという逸話を映画化したものでした。
実は、日本とオーストリアは一度だけ戦争をした事があります(オーストリアは現在永世中立国です)。

オーストリアハンガリー帝国海軍の戦艦、その名も『カイゼリンエリーザベト』。
これが日本を表敬訪問し帰路に中国に寄港している最中に第一次世界大戦が勃発してしまい(上記のようにその原因はオーストリアですが)、青島のドイツ軍を攻撃していた日本と戦うことになります。
スイスで暗殺された、ハプスブルグ家最後のオーストリア王妃、エリーザベトとの名を冠した悲劇の軍艦は、青島沖で自爆沈没します。その乗組員の多くはオーストリア人、ハンガリー人で、日本の俘虜収容所に送られることになります。

ウェスト50cmという噂の美人であった、エリーザベトの名を冠した、ウィーン中心部のホテル。
5月の旅行ではここに泊まる予定になっています。
聖シュテファン大聖堂の目と鼻の先で、小沢征爾氏が音楽監督を務める、ウィーンのオペラ座やウィーンフィルのニューイヤーコンサートで有名な、「楽友協会ホール」は歩いて5〜10分の所にあります。
このホテルは、フルーティストKMさんのブログにも出てきますが、彼が薦める本の題名が、「ウィーンの冬」でした。彼のブログに、美しいウィーンの櫻の写真が載っていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kitagawamorio/47093137.html
私が行く頃には残念ながら櫻花は散っているでしょうけど、市立公園は春の匂いに満ちている事でしょう!

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コメント

細かい事を指摘するようで、申し訳ないですが、「カイザリン・エリザベート」は、戦艦では有りません。
大きさがまるで違う「カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世」クラスの防護巡洋艦(今で言う軽巡洋艦)です。
大きさも、乗員の数も大きく違います。
軍艦と書けば良いのですが、戦艦と成ると意味が違ってきます。 何故ドイツ艦隊と共に青島を脱出しなかったか、と云う事にもつながります。
歴史オタ・ミリオタとしてのひと言でした。 御寛恕ください。

投稿: AIRSHIP | 2007.03.19 09:51

AIRSHIPさん、ご指摘ありがとうございます。
いや〜、すみません。「戦艦」も「軍艦」も区別がつかない(定義を知らない)のです。ですから、本文中に、「戦艦」とも書いているし、「軍艦」とも書いていますね。
勉強になりました。m(_)m

投稿: balaine | 2007.03.19 10:35

春のウィーン
太陽の柔らかな日差し、咲き誇る春の花々。
鳥は歌い。蝶は舞い、蜂たちの気ぜわしげな羽音。
活気がある人々や動物たち。市場。
そして、音楽!
きっと、素晴らしい旅になるのでしょうね。

わたしにとってのウィーン、旅の中継地点
乗り継ぎ最終便、真っ暗闇ななか到着、そのまま、バスで移動。そして、バスは迷う・・・。
「寒い、眠い、ひもじい・・・」と、気分は冬。
この時季の旅だったというのに、ウィーンは「冬」の印象。

投稿: ふなゆすり | 2007.03.20 12:21

ふなゆすりさん、3月頃にウィーンに行かれたんですか?
私は昨年1月に行きましたが(ブログでご存知ですね)、寒かっただけでなく日が短かったですね。
今読んでいる「ウィーンの冬」はハードボイルドな小説で暗い感じです。私は「ウィーンの春」「ブタペストの春」「プラハの春」の中欧3都物語です。

投稿: balaine | 2007.03.20 14:52

んだすな。(←秋田弁)
ウィーンの数日後には、道路の反対側は地雷原という場所にいて。そして、誕生日をザルツブルグでむかえ、そして、ケーキを運んできた少年に失笑された。がびーん。

昨日は、空高く雲雀が歌い、鶯も鳴いていました。春ですな~。
春の中欧3都物語!
最高ですね。

投稿: ふなゆすり | 2007.03.25 20:55

春はさよならとこんにちはの交差する季節、いろいろと周りの状況も変わります。病院の先生の交代など等。ウィーンで急に思い出したのが「ザッハトルテ」、いかんいかんチョコ菓子は。。。ホテル・カイザリンエリザベートといえばシシィの肖像画をはじめお部屋には今もシシィの便箋っておいてあるのかしら?balaine先生のブログから@むーむーさんのブログへ流れて・・・つられてMyブログを作ってしまった。。。です。いゃ~少しはネタ探しに外出せねば。

投稿: ボリジ | 2007.03.26 00:29

あいや、ふなゆすりさん、なしてアギダ(秋田)弁なんだす?フグスマ(福島)ではねぇ〜んでしたが?
ウィーン、地雷原、でザルツブルグ。流れがわからないなぁ。深い意味があるんだが?

ボリジさん、ブログ拝見!
いいじゃないですか。ネタなんて探す必要ないんですよ。だって、ブログなんて元々マスターベーション的意味合いの多いもので、「誰かに受けよう」とか狙ったってそう上手く行くものではないんです。
ボリジさんの日常や行動・思考の記録のつもりで書いていると、興味のある人が読んでくれるもんです。
私も、自分の立場とかポストの事を考えて、「余り有名にならないよう、細々と、、、」と思って書いていたら、いつの間にか読んでくださる人は多かったみたいで(最初っからカウンターなどつけていないのでわからないのですが)、たくさんの方からコメントやTBを頂きました。で、少し鳴りを潜めようと思って約1年たった訳です。
立場が変われば、また変化が生まれると思っています。

投稿: balaine | 2007.03.27 14:14

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