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2006年6月

2006.06.27

ゲネプロ

「ゲネプロ」というのは、ドイツ語らしい。でも和製ドイツ語だという説もある。
コンサートや演劇などの、「初日」の直前に行う、通し稽古のようなものであるが、「リハ」と呼ばれるリハーサルのとの違いは、原則的にある公演の初日の直前に、本番の舞台で「開演5分前」のベルや舞台上への登場、休憩の時の袖への下がり、などなど本番を強く意識して本番通りの曲順などで演奏をする。
指揮者が気になるところがあれば、途中で停めて繰り返し練習をする場合もあるが、問題が少なければ最初から最後まで「本番通り」に通すことが原則のようである。本番と違うのは、オーケストラメンバ−も指揮者も普段着の私服で、中にはジーンズにTシャツなどという格好の人もいることである。
Generalprobe、ドイツ語発音でゲネラールプローベの省略でゲネプロなのである。

今日は、ゲネプロなのである。
ん?本番は?
明日は「院内コンサート」。初夏とクリスマス頃の年2回、医学部の学生で構成している「室内楽合奏団」が、ボランティア的に入院中の患者さんやその御家族を対象に行っている。
私も過去に演奏に加わったことがあったがしばらく大学病院を離れていたので久しぶりである。おそらく4年ぶりくらい。
明日が本番なのだが、医学部の学生さんのくれた計画表には今日が「ゲネプロ」と書いてあった。
明日、本番直前の練習がないからだろう。でも、本番の会場は病院の外来受付あたりなので、今日そこを使う訳には行かない。よって「ほぼ本番通り」の通し稽古ではないので、「最終リハ」と呼ぶのが正しかろう。

明日の演奏曲目は(順不同)、「威風堂々」「さざえさん」「時代劇シリーズ(暴れん坊将軍とか)」「川の流れのように」「宝島」そして(やはり定番)「花笠音頭」である。
室内楽合奏団といっても弦楽器が少なく、オケと呼ぶにはバランスが悪い。弦楽器が全部で10数名足らず、それにひきかえ管が多く、半分ブラスバンドの様である。でも学生はみんないい子達。
医学部に入ってから楽器を始めた子も少なくないが、ちゃんと先生について習っていたりして向上心がある。
こういう若い、前向きの、生き生きした中に入っていくのは好きである。
自分も前向きになれそうな気がするから。
今日の「ゲネプロ」が、でも実はみんなと合わせる2回目なのであるが、まあ、明日は何とかなるだろう。
アマオケのプログラムに比べれば易しいものばかりである。
患者さんや家族が喜んで下されば何でもいい。楽しい会になるだろう!
ーー
こういうブログをやっていると、医療相談のようなことを受けることがある。
極力、「主治医と十分お話し下さい」と言っている。
みな、誰かにすがりたい必死の思いなのだろうから無碍にも断れないのだが、なるべく深入りしないように注意している。責任のある発言はできないから。

それと同時に、インターネットの世界では有名な、書き込み自由の無法地帯のことを書かねばならない。
テレビドラマや映画にまでなった「電車男」を生んだサイトのことと言えば皆わかるだろう。
私は、ここを覗いたことはあるが、書き込みしたことはない。
覗くのも汚らわしいという感じがあるので、極力避けて来た。なんだか、他人の自宅のプライベートを隠れてみて楽しんでいるような、嫌らしいサイトのような印象で、そこに入ったら自分まで汚らわしくなってしまうような嫌悪感すら感じる。
以前勤務した病院に関するスレッドで私がネタにされたことがあった。
現在のところでも、ごくわずかだが私のことをネタにしていると思われる発言があるようである。
ある人から指摘されて、ちょっとだけ覗いた。
あることないこと書くところだということは知っているし、書く人は無記名に勝手な発言が出来るので本当に無法地帯である。
「自由」と「勝手」の違いがわかっていない輩が多数徘徊しているようなところである。
そこに書かれていることにいちいち目くじらを立てても詮無きこと。
多少は書かれる自分に非があるのだ、と思うようにしている。または目立つ人間が槍玉に挙がる。
本人の前では堂々と議論の出来ない人達が、陰でこそこそと悪口を言いあっているような、陰湿な場所である。
しかし、最近、公的な立場での発言は特に気をつけなくては行けない時代だし、立場だし、自由気まま(勝手ではない)にブログを書くことも辛くなって来た。
その上、このブログのことまでネタにする者もいるようである。
書き込む者は、医療関係部内のもの、医学部の学生、患者、その家族、などなど、本当に不特定多数である。
「○大って、XX大学のことじゃないんだ?!」
というような、まったく門外漢というか別の土地の人も、日本語が扱えるパソコンをもっていれば、世界中どこでも読めるし書き込める。
そして、書き込んだ内容に責任を取る必要がない(ある方法を使えば、どこのコンピュータを使って書き込まれたかは調べることが出来るので、警察を動かすようなことになれば簡単に「犯人」はあげられる)。

ここに書き込まれた、私のこと以外のことでも、何の根拠もないことや想像や妄想でいい加減なことが書き込まれていたりする。結局は、そういう根拠のない物は「うわさ話」であるので、古来言われるように「人のうわさも75日」で消えていく。
よって、まともに取り上げたり相手することなく、無視を決め込むしか自分の身を守る防御策はなさそうである。
一度も書き込んだことがないのに、私が書きこんだかのように書かれていたこともあった。そういうことへの反論すら無駄な場所である。
しかし、これまでのこのブログの、まあ、私なりに考えて書いて来たことをただ一方的に非難されたり揶揄されたりすれば面白くないのは事実。
だから、そろそろこのブログも辞めてしまおうかと思っている。
また、気が変わるかもしれないが。

その代わり、音ブログの方は復活致しました。

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2006.06.22

夏至+1

一年前にも似たようなタイトルで書いた記憶がある。
今日は大学院の講義だった。講義をするほうである。
人に教えるということは大変勉強になる。教えるということ自体、その作業だけでなく精神も勉強になるのだが、人に教える以上、知識は曖昧では困るから勉強し直すことになり、それがまた勉強になる。

「脳腫瘍の病態と治療」という1時間40分の講義であった。
いろいろ工夫を凝らして、我々脳外科が実際にやっている手術や検査の実例を出した。
火曜日におこなった、医学部4年生講義は90名近い相手がいるが、多いがゆえに手応えが少ない。
わかっているのか、わかっていないのか、興味があるのか、ないのか、、、
まあ、自分が学生の時も似たようなものだったかも。あの頃は、授業がつまらなくて、それは教える医師(教官)が知恵がないからつまらないのだと思っていた。今でもそう思っている。
つまらない講義というのは、教官そのものがつまらないか、または自己の体験を元にしたことが少なく教科書的でつまらないのだと思う。人の話の受け売りでは迫力がない。だから、なるだけ自己の体験を語るようにしている。
自分の経験した患者さん、自分のした手術の話を語る時には、作る必要もなく迫力が生まれる。
大学院生は、受講生は少ないが、今日受講出来ない他学部の大学院生のためなどに授業がヴィデオに納められるので、授業をおこなうこちらも更に気が抜けない。真面目に1時間40分やったら喉が枯れた。
ーー
ああ、もう今日から夏至に向かって、日一日と昼間が短く夜が長くなるのである。
今年の定期演奏会、12月だけど、まだまだ先だけど、練習に行けないしノレない可能性が高い。(;;)
ブラームスの「悲劇的序曲」、モーツァルトのファゴット協奏曲(ソリストはチェコフィル・ファゴット奏者、オンジェ・ロスコビッチ)、そしてメインは通称「ドボ8」と呼ばれる、ドボルザークの「交響曲第8番」!
「ドボ8」はフルートが大活躍。特にトップはソロ吹きまくり。でも練習してみると、セカンドもなかなか楽しい。
ああ、一曲でよいから乗りたいな〜。
ーー
そういえば、今日は、あれですね、日付が変わるけど、対ブラジル戦。
神様ジーコに敬意を表して、2線級だけで勝負して来るとは思えないので、1-3、よくて1-2かな。1が日本ですよ、当然。
日本のサッカー、昔に比べればレベルは上がったけど、でもまだまだ。
図抜けたファンタジスタがいないのなら(中田、中村級は、日本じゃピカ一かもしれないけど世界レベルじゃ、普通の選手だし)、全体的に整った組織プレーが必要なのに、代表選手の中でも凸凹、実力(能力)に差がある。
彼らは彼らで一生懸命やっているし応援はしたいけど、ブラジルに勝てるなんて誰が考えているの?
オーストラリアに体力・気力負けした時点で日本の予選敗退は決まったようなものだったでしょ。
次、4年後はどこだっけ、ワールドカップ。「次いってみよ〜!」ですよ。
でも、4年後に残っている選手って誰がいるんだろう。中田?中村?川口?皆、お年でしょ。誰か活きのいい若い優秀なのいないのかな?

ということで、季節はもうすぐ夏なのに、天文学的には冬に向かっていくと言う、なんか不安定な感じの季節ですね。

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2006.06.14

語ること少なし

いろいろな話題がある。
まずは、指揮者の岩城宏之さんが亡くなられた。
クラシックやオーケストラに詳しくない方でも、某インスタントコーヒーメーカーのTVCFで「違いのわかる男」の初代を務めた人と言えばわかるかも。
「ダバダ〜〜バ〜ダダバダ〜ダバダバダ〜、、、」
という音楽が懐かしい。
多くの病と戦い、何度も手術を受けて、ステージに、指揮台に上がって来られていた。
これは本当の話だと思うのだが、山響の創設者の一人で現在「創立名誉指揮者」を冠されている村川千秋氏と、既にお亡くなりになられた山本直純氏と併せて海外留学から帰国後まもなく「芸大卒若手指揮者三羽烏」と言われたことがあったらしい。個人的なイメージとしては、N響を振って大活躍の頃が思いだされる。
その他にも、地方のオケの中でも群を抜く質の高さという評判の「オーケストラアンサンブル金沢」、通称OEKの創立に関わり、同音楽監督を務めておられた。
世界的に認められた日本人指揮者としては小澤征爾氏と並び「新世代」と呼ばれるらしい。

今丁度、『近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男』という本を読んでいた。
この近衛氏辺りが世界に認知された日本人指揮者の第一世代なのであろう。近衛秀麿の本にも登場する、斎藤秀雄の門下が、この岩城宏之さんであり、故山本直純氏であり、小澤征爾氏である。
音楽などというものは、芸術の一分野なのだから、その本人の才能と運と努力で世界に進出し認められるものと思われがちだが、「近衛秀麿」を読んでみると、今と時代が違うとは言え、実に興味深いのである。
もちろん、マエストロ岩城も才能と運と努力で世界に認められたのであるが、音楽の世界は特に人と人と人の関係で成り立つような世界なので、人柄とか性格とかが大きく物を言ったはずであろう。
レコードから楽譜をおこすアルバイトのような事をしたり、オケで太鼓を叩くなど(芸大打楽器科卒)して食べていく時代もあったと聞く。とにかく音楽が好きだったのだろう。武満徹などの世界初演なども多く、武満が世界的に有名になった一因は、岩城さんが積極的に演目に取り上げたことも関係あると思う。

音楽を、クラシック音楽を愛する者の一人として深甚なる哀悼の意を表する。
ーー
武満といえば、没後10年を迎え、今週一杯、東京は初台のオペラシティで「武満徹展」をやっている。
実は、この前の日曜日、私はこの「武満展」に行って来た。
クラシック音楽関係者には非常に有名な人ではあるが、一般にそれほど名前が通っているとは思えない。都心の日曜の午後なのにもの凄い人出と言う程ではなかった。
数日前のブログに書いたように、6/11は銀座の山○楽器にピッコロのフィンダ氏が来た。
ピッコロの展示、紹介、そして予約制の調整会である。私は、グラナディラとパリサンダーの2種類の材質のファインダピッコロを持っている。一台は山○で、もう一台はプラハで買い求めた物である。「生みの親」のスタニスラフ・フィンダ(愛称スタンダ)に見てもらえる二台は幸せ者である。
楽器の調整で、そうそう「生みの親」に見てもらえる楽器などはないものである。
忙しい時間をぬって、スタンダ、奥様とともに銀座の近場で食事も出来、1月以来の旧交(というにはおこがましいが、、、)を暖めることも出来たし、山形らしいちょっとしたお土産も渡せて良かった。なにせ、1月にプラハを訪ねた際には、いくらロマン・ノボトニーの知り合いだからと言っても、それまで見ず知らずの日本人に本当に親切にして下さったのだった。そのお礼をするのが今回の銀座訪問の主目的であったのでそれが果たせて良かった。

話が前後したが、そのピッコロ調整会の後、初台に行った訳である。
武満の楽譜の実物を目にするのは初めてだった。
「鳥は星形の庭に降りる」の楽譜は強烈だった。
「楽譜」であるが、「五線譜」ではない。ハトくらいの大きさの鳥の軍団が飛んで来て、星形(実際はペンタゴンと呼んでいるし五角形だった)の庭におりていこうとしている絵が書かれていた。
「Nculear」(おそらくNuclearの誤り)と文字が書いてあり、そこからエネルギーが発して音楽が始まる様な、まさに『絵』である。
さらに、有名な「ピアニストのためのコロナ」などは、一個の大きな丸(円)の周りに、まるで太陽のコロナのように音楽をあらわす図形が描かれているのだ。
映像、自分の目に触れたものと音楽、映像的ストーリーの展開に伴う音楽の変化発展を創っていた人のように感じた。「音楽」って何なのだろう、と考えさせられた。
確かに、楽譜というのはほとんど数学の世界である。
音符、拍子、強弱、テンポ、すべて数学的に表現出来る。だからシンセサイザーというコンピュータを楽器にすることが可能だった訳である。この数学の世界を、ファジーな部分なしに、そのまま直裁的に数学として表現してしまったら、それこそ「シンセサイザー音楽」の世界なのだが、バイオリンにしろフルートにしろ、また誰が叩いても同じ音がする(はず)のピアノでも、どう弾くか、どう吹くか、どう叩くかによって同じ楽譜を元に演奏しても皆違う表情を出すのであり、同じ人が演奏しても二度と全く同じものが出来ないというのが、楽譜を元にした「瞬間芸術」である音楽のいいところである。
だからCDよりも、実際の生の演奏の方が断然いいのである。
私自身は、武満の楽譜、絵、なによりもその生き様に今回非常に刺激を受けた。
いつかは私も作曲を、、、と思っている。
ーー
あまり誰も触れたがらない、サッカーの話題。
オーストラリアに負けた時点で、予選突破はかなり厳しい、というかはっきり言ってもう無理だろうと思っている人が多いのだと思う。
日本のサッカー選手も昔に比べりゃ上手くなったし強くなったと思う。昔、というのは、私が強くサッカーに憧れていたおよそ30年前である。
毎月「サッカーマガジン」なんか買っていた。時代はペレとベッケンバウアーの時代である。メキシコオリンピックで杉山のアシストで釜元がゴールを決め、どうどう銅メダルに輝いたその少し後くらいの時代である。ヨーロッパのサッカーなんて、ただ憧れるだけだった。映像で見れる時代ではなかった。
その憧れの舞台で活躍する、わずかな俊英を擁したジーコジャパンの出だしは、非常に悲しいものだった。
勘違いをしちゃいけない。
ジーコジャパンは強くなった。うまくなった。
でも、それ以上に、相手国も上手くなり強くなっているのである。
そして、「勝つ!」という気持ちの強さと基本的なフィジカルの差が今回のオーストラリア戦には出たように思う。
日本選手だって「勝つ!」という気持ちを持っていたと思う。もしかすると、それが強過ぎて慎重になりすぎたり固くなったり思い切りが足りなかったりしたのかもしれない。でも、要するに「死ぬ気で頑張る」「負けたら国に帰れないという位の気持ちで闘う」という気持ちと、90分間倒れるまで走り回るというフィジカルの面の両方ともオーストラリア選手に劣っていたような気がする。
いくら暑い気候とはいえ、前半で足がつって(筋肉痙攣)退場とは。
ゴールに近づけば近づく程アグレッシブになるべきなのに、技に溺れアタックする気持ちの低いフォワードを見ていて、「ははは、、、」と苦笑せざるを得なかった。
「こんなことでは、今日勝っても、クロアチアにもブラジルにも惨敗だな、、、」
と後半35分くらいまで観ていたら、残り10分で(最後の一点は仕方ないとしても)ボロボロになってしまっていた。
日本人だから、日本チームには勝って欲しい。
応援している。頑張れ!ニッポン!
しかし、君たちの実力は、この試合通りだと思うよ。
予選敗退は仕方ないけど、できれば「3戦全敗」だけはしないで欲しいな。
希望するのは、残り2試合ともに引き分けの勝ち点2をとること。これでもF組最下位は決定的だけど。
ブラジルに負けて失う物のないクロアチアが本気でかかって来たら、この間のような、気力と体力、特に90分持たない体力じゃ、残り10分まで0−0か1−1でも、またそこから2点ぐらい取られちゃうんじゃないかと心配。
心配しても仕方ないけど。
ジーコがどういう風に選手を交替させるかにかかっている。
日本人選手はメンタルが弱く体力的に劣っている、とジーコがきちんと認識していないと勝ち目はない。

ーーー
今日のお昼、正午が締切りだった。
10月に京都で開催される、「(社)日本脳神経外科学会総会」の発表演題募集。
数年前からインターネットを用いたオンライン演題応募が当たり前になっている。だから、パソコンから打ち込んで、締切り時間前なら何度でも修正も出来る。
うちの医局員も先週末から今日の昼までは、通常業務や手術をこなしながら、この「総会」の演題応募の準備に大わらわであった。私も一演題応募した。
「総会」は、8000名を超える日本の脳神経外科医のほぼ全員が参加している、日本最大の脳外科の学会であり、この学会が行う厳しい試験(ペーパーと面接)を通った者だけが「認定専門医」と称される、文字通り日本の脳神経外科の総本山、本家本元の学会である。
昔は、ワープロやタイプで原稿をつくって、それを規定の大きさの紙に切り張りしたりして、それを郵送して演題を応募していた物であるが、IT化のおかげでずいぶんと便利で楽になった物である。

しかし、「仕事は忙しい人に頼め」という言葉があるくらい、人間という生き物は、暇があるとすぐずるしようとか休もうとする怠惰に生き物である。IT化で便利になった分、早く仕事を進めればいいのに、6/14の正午までだから、まあ大体の形が6/14の朝までにできてればいいや、という考えを持ってしまいがち。
昔だったら、6/14消印有効とか必着ということであれば、ワープロやタイプで前日までにつくって推敲に推敲を重ねてギリギリまで打ち直ししなんとか間に合うように郵便局に持っていくという感じであったのだが、まだ余裕があると思うと、余裕のあるうちに始めたりせず、切羽詰まって「もう今やらないと間に合わない」という時間くらいになってから始めたりするものである。
仕事のできる、本当に忙しい人は、分刻みで仕事をしているから、誰かから頼まれ物をして期限を切られた時に、その期限近くなってから始めても他の仕事もあって間に合わないことがわかっているから、すぐに開いた時間を見つけたり重要度を考えてやる順番を変更して、頼まれ物を先にやってしまい、切られた期限よりもずっと早く仕事を終えることが多い。もともと仕事が速いから、ソツがないから、たくさん仕事をしている訳だ。
時間の使い方に無駄が少ないからたくさんの仕事をこなせる訳だ。
だから、「仕事は忙しい人に頼め」と言われるのである。
ーー
私はと言うと、怠惰な生き物の最たる物。
できるだけ楽をしたい。人からなるべく仕事を頼まれたくない。
でも昨日のうちには仮登録は終わっていた。まだ600番目くらいの演題登録順であった。
今日の昼近くには、その数字が1200近くになっていた。約18時間くらいのあいだに600近い新たな演題の応募が全国からあった訳である。
日本全国の脳外科医、みんな忙しい中頑張っているんだな〜と「総会」の演題登録をしていても思うのである。

結局、なんだかんだ語ってしまった。
少し自己嫌悪である。

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2006.06.07

脳死判定のこと、その他

久しぶりにブログを書いてみたら、書き終わった時点で誤って消してしまった。
どうも勘が鈍っている。書き直すのは面倒だが、乗りかけた船、と言う感じ。
最近、不幸な、悲しい事件ばかり目につく。日本はどうしたというのだろう。
ーー
数日前のニュースソースから。
『厚生労働省研究班の小児脳死判定基準で脳死と診断された5カ月の男児が、診断6日後に自発呼吸が一時的に戻り、その後4年3カ月間生存していたことがわかった。』
『回復力の強い乳児では、正確な脳死判定が難しく、「現在の基準では不十分」との声も出ていた。この基準見直しの動きや、子どもの脳死移植を実現しようと国会に提案された臓器移植法改正案にも影響を与えそうだ。』

このニュースが、移植改正案に影響を与えそうというのはその通りであろう。
なにゆえ、「改正」が望まれていたのかと言うと、臓器移植しか助かる道のない疾患を持つ患者およびその家族と移植外科医側の「望み」であり、国民のコンセンサスではない。
しかし、「コンセンサス」などと横文字でカッコの良いことを言っても、国民の多くはこの問題に無関心かほとんど感心を示さないと思われる。あくまで対岸の火事、自分の身に降りかかった火の粉ではないからだ。
改正が望まれるもっともな理由もある。
日本は医療技術としては世界トップレベルにある。しかし、移植医療は法的規制に阻まれ進んでいない。結果、移植を受けられない患者、特に臓器移植を前提とした法的脳死判定が認められていない小児の患者は、臓器移植を求めて米国や豪州などの海外に渡る。
その海外では、「(金持ちの)日本人が臓器を買いに来た」とか「移植待機リストの上位にいたのに、日本人の患者が来て『医学的に優先度が高い』ということで、自分の子供が後回しにされた。」などと評判が良くない。
日本で、小児の「臓器移植を前提とした脳死判定」が法的に認められ行われるようになれば、このような問題も解決するはずである。
しかし、それでいいのだろうか。地球規模で見れば、本来なら健康で長生き出来るのに、飢饉や戦争などのために餓死する子供が数百万人もいるではないか。医学的に、地球規模でものを考えたとき、開発途上国に生まれた子供なのだから死んでもしかたがない、などということは言えないはずである。

今回の判定、98年当時のことだそうだから、正しくは「臨床的な脳死の判断」をするための検査として小児の脳死判定の仮基準に則って行ったものであろう。あくまで「仮」であり、「臓器移植を前提とした法的脳死判定」とは厳然と違うものであることを、まず認識しなければならない。
「臨床的脳死の判断」をする際には、「法的脳死判定」の必須検査項目の中の『自発呼吸の消失』を確認する必要がない。これを真面目に「確認」するためには、既に人工呼吸器で十分に酸素化された血液が体内を回っているため、(血液中の酸素や炭酸ガスの濃度を調べながら)下手をすると数分以上、人工呼吸器を外していなければならない。治療中の患者さんに検査のため、判定のため、人工呼吸器をはずすという危険なことをしなければならないのである。「臨床的脳死の判断」では、これは必要がない(危険だからしない事になっている)。

だから、今回報道されているケースも、「臓器移植を前提として法的脳死判定基準」に従った訳ではなく、患者の現在の状態や治療による今後の見込みなどを判断する材料として、「臨床的脳死」を判断しようとしたはずなので、人工呼吸器をはずすことはしていないはずである(あくまで推測)。
『しかし、脳死患者では調節能力が失われる血圧や尿量、体温などが安定した状態が続き、30日目ごろからは、一時的に弱い自発呼吸が戻ることもあった。』

だから、この「脳死判定」と言う言葉は誤りである可能性がある。「脳死と判定」したのではなく、「臨床的に脳死状態であることを判断する条件が揃っていた」と表現すべきではないのだろうか。

『担当医師は、「乳児では、現在の基準で脳死とされても脳幹の一部機能が維持され、脳死と言いきれない例があるのではないか。脳の血流検査など、新たな判定項目の追加検討が必要」と指摘している。』
「自発呼吸の消失」の確認を行った上でこのように言っているのだろうか?疑問が残る。
更に、判定をより正確に慎重にするために、検査項目を追加したり補助検査を加えるのは悪いことではないと思うが、脳血流検査と簡単に言うけれど、時間、金、手間のかかる検査なのである。脳死判定をする医師(多くは脳外科医、加えて神経内科医や救急医など)に更に負担を強いるようなことを進めていけば、脳死判定による臓器提供の道は更に狭くなると予想される。
臓器移植、という医療行為が、本来正しい道だとは思えない。ある臓器が完全にダメになって、薬や手術では治らないのであれば、人工臓器で機能を賄うというのが正しい医療技術発展の方向ではないのだろうか。
ーー

中国で最近起きた恐ろしい事件。
交通事故の父親が死んだのは病院側の怠慢であると、病院側と患者家族側がもめて刃物も絡むような喧嘩になり、長男が病院側の関係者に殴り殺される、という事件があったらしい。
日本ではこんなことは起こらないで欲しい。

ーー
何か、暗いニュースを吹き飛ばすような好材料はないものだろうか、と思ったら、一つありました。
6/11(日)、銀座の山○楽器で「フィンダフェア」というのが催される。
1/22の本ブログにも書いたように、ハンガリー演奏旅行に併せて立ち寄ったプラハで大変お世話になった、プラハ交響楽団ピッコロ奏者でありピッコロ製作者でもある、スタニスラフ・フィンダ氏(愛称、スタンダ)が、銀座の楽器屋さんで、自らのピッコロの宣伝、販売、調整をするイベントがある。
前日、地元で大事な研究会もあるので、どうしようか悩んでいたのだが、素敵な奥様志保子さんも見えるということで、遠路日帰りのとんぼ返りだがピッコロ2本(グラナディラとパリサンダー)を抱えて銀座に行くことにした。
とても楽しみである。

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