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2006.05.23

山響演奏会に寄せて

平成18年5月21日(日)、第 173回山形交響楽団定期演奏会に行った。
今、山響が「定期」の本拠地としているのは、山形市が管理する「山形テルサ」という複合施設の『テルサホール』である。ここは、車いす席4つを含めて806席という、どちらかというと小〜中型の複合型音楽用ホールである。
山形県民会館(竣工なんと昭和39年)「大ホール」が1503席、山形市民会館「大ホール」が1202席に比べて小さい。しかし、この両者はどちらも「音楽用」とはいえない。講演会などをメインに考えられた複合型の大ホールであり、音響は決していいとはいえない。昔聴いた私の経験(古い記憶)からは、県民会館大ホールではクラシック、特にフルオケのコンサートはやらない方がいいのでは?というくらいの音響の悪さである。
私の所属するアマオケの本拠地(?勝手に本拠地とか言うな!と怒られるかな?)、酒田市民会館「希望ホール」は、車いす席4を含めて1287席。平成16年竣工で、最新の音響設備を誇り、残響時間も1.9secとなかなかのホールである。(http://www.kibou-hall.sakata.yamagata.jp/flame_files/f_sisetu.html)
庄内町(旧余目町、昨年暮れにあの突風?JR脱線事故が起きた町)の「響ホール」は座席数504と更に小規模ではあるが、音響の良さには定評があり、それが証拠に福田進一氏を始めとするプロの音楽家のレコーディングに何度も使用されている。あのアフラートゥス木管五重奏団もお気に入りのホール。
鶴岡市には鶴岡市文化会館(席数未調査です)があるが、音響最悪と思う。ここで演奏する演奏家は可愛そうだと思う。あえて聴きに行きたいという気を起こさせないホールである。ソルノク交響楽団が東京公演を行った豊島文化会館に近いものがある。

現在山響が定期演奏会を行うのは、上記テルサをメインに、時に県民会館を使い、『庄内定期』と言う名称のコンサートで上記「希望ホール」と鶴岡文化会館を交互に用いているのが現状である。
すなわち、現在の山響には「専用」ホールはない。専用練習場もない。
地方オケの多くはこのような状況である。
座席数、音響から考えると酒田の「希望ホール」が現時点では県内で一番オケ向きのホールであると言えよう。でもここも、自ら演奏した経験から言うと、舞台が広くない。フルオケではパーカッションはかなり苦しい。後ろの反響板近くに陣取ったティンパニや大太鼓の音は、上に抜けずに「ズドン」と前に来る感じがする上、何となく抜けが悪い。大編成オケともなると全員舞台には載れないのではないかと思う。山形市からは2時間近くかかる。そうすると、わずか800席余りではあるが、現時点では「テルサホール」を本拠地とせざるを得ないという結論に容易に達する。
飯森氏が常任指揮者となってから、最近の山響は目覚ましい進化を見せていると思う。プログラムが意欲的で、演奏者が生き生きしている。指導する飯森氏の手腕が大きいと思われるが、「テルサホール」が演奏者を育ててくれているのではないかと思う。山響は専用の練習場がない代わり、ピアノソロや弦楽四重奏などのリサイタルに使われる、旧山形県庁「文翔館」議場ホールで練習しているらしい。音楽用ホールではないが、残響の豊かな小型ホールであり、ここで練習することもオケの成長に役立っている可能性がある。
音響の素晴らしい専用練習場と専用ホールを持つことが、オケの発展には必須のものであり、飯森氏もそのように強く希望されているようである。そう遠くない将来、そうなってくれることを願うが、地元で全国学会を主催する準備に携わって来た経験からして、講演会や音楽会用に使える公的施設を計画する行政側には、あまりそのような必要性をまじめに考えている人はいないような気がする。バブルが弾けて計画が中途になってしまったことも影響していようが、山形駅西口に立ち並ぶはずだった「新」県民会館などはどこへ行ってしまったのだろう。
前の市長は、「テルサホールはクラシックには最高の音響の素晴らしいホールだ!」と自慢していたが、どういうジャンルの「クラシック」を考えたのであろうか。フルーティスト工藤重典氏は「テルサホール」の事を褒めて下さったそうである。ピアノリサイタルも悪くなかった。
でも(3/24の本ブログで書いたように)、34年も前から山形で頑張って来た「山響」の事は考えなかったのだろうか?なぜ、もうちょっと大きくして大編成「フルオケ」に耐えられるホールにしなかったのだろうか。今の山響のサイズ(常任の団員数、弦のプルト数)からすれば、「テルサ」でモーツァルト、というのが最適な感じではあるが、それではオケの進化はない。
ーー
さて、前置き(?)が長くなってしまったが、日曜の演奏会のことである。
なぜ、上記のようなことを書いたかと言うと、「第173回」という演奏会は、実は5/20(土)と5/21(日)の2日を合わせていうからである。なぜこんな風にするのかと言うと、(おそらく)満席で806人では一回の定期演奏会として少ないからである。2日併せて満席でようやく1600人の聴衆が聴いたということになる。だから、「賛助会員」である私の元に届いた年間チケットは「テルサでのコンサートは、2日間のうちからどちらかご都合の良い方をお選び下さい」となっている。
これは、忙しい私にはかえって好都合であった。
5/20(土)は夕方5時から地元で脳卒中の研究会があり、私は一般演題の座長に指名されていて、決して抜ける訳には行かなかった。コンサートは18:30会場、19:00開演であったので、行くのは不可能だった。この一日だけであったなら、4/22に山形県民会館で行われた「第172回定期」(指揮:山響名誉指揮者黒岩英臣)と同じように、仕事で行けない私は誰か行きたい知人にチケットを譲らざるを得なかった。
しかし、5/21のマチネがあったので、最初から迷わずこちらを選択していた。
日曜とは言え、あの日は朝から仕事であった。しかも、教授の命令で、ある大事な仕事をする事になり、午後2時半からどこぞのセレモニーに出席される教授とともに、日曜の朝9時前から午後1時半まで大学で仕事をしていた。
午後1時半開場、2時開演であったので、私は昼食を取る時間も(別の方法で何とか食べ物を口にしたが)家に帰って着替える暇もなく、大慌てで「テルサホール」に駆けつけざるを得なかった。座席に着く前に、すでにマエストロ飯森氏のいつものプレコンサートトークが始まってしまっていた。
気持ちが落ち着いた頃には、新しく客演コンサートマスターになった高木氏と、新たに入団したホルン奏者の紹介が終わる頃であった。

1曲め。
「山響コンポーザー・イン・レジデンス」千住明氏による、山響委嘱作品。
『Breath and Rosary, for Orchestra』
 交響曲形式ではなく、自由な発想に基づく管弦楽曲と言う感じ。TVなどでも売れっ子作曲家である千住氏が、飯森氏とのコラボによって、意欲的に取り組んだ作品であると聴いていてわかる。 
 千住明というと、どうしてもテレビドラマなどのイメージがあるため、曲の途中部分で「あ!なんだかドラマに使われそう」などと下世話に考えてしまったのだが、交響楽作曲の伝統的手法の上にかなり実験的なものを取り入れているような印象を持った。げんに、コンサート後の「交流会」で飯森氏が「二日続けて聴かれた方はわかったかもしれませんが、冒頭の部分を今日は管を外して弦だけにしてみました。千住さんもそうしてみて、と言ってましたので。」という発言があり、いろいろ意欲的に二人で話し合ってやっているんだな〜、そういう現場を目撃出来て幸せだな〜、と感じた。

2曲目。
ブルッフ作曲バイオリン協奏曲第1番ト短調。
バイオリンソロ:川久保賜紀
これは、第3楽章を聴けば、「あ〜、あの曲!」と、クラシック通でなくても多くの人が思う曲。
ソリスト川久保さんの音は、伸びやかで艶やかで美しかった。先入観がはいるかも知れないが、さすが2002年チャイコフスキー国際コンクールバイオリン部門2位(1位なし!)の方である。
グレーがかった光沢抑えめの水色(で正しいかな?)のロングドレスで登場。山響の新しい客演コンマスである高木和弘氏と時にデュエットをするように演奏したり、指揮者と目を見つめあったりという感じであった。細い体で銘器を操り、時に魔力を感じさせる妖艶な音や痺れるような超高音やパワー溢れる低弦二重和音など、最後はまったく川久保賜紀の世界に引きずり込まれた。
盛んな拍手、拍手、拍手。土曜にはやらなかったらしいアンコールを弾いてくれた。
曲名はわからない(知っている方、いたら教えて下さい)。エスニックな曲想でおもしろい小品だった。Bravo!

3曲目。
R.シュトラウス作曲、交響的幻想曲「イタリアから」ト長調作品16
飯森範典氏の意欲を示す選曲である。国内では滅多に演奏されることのない曲らしい。
R.シュトラウスは、あのワルツ王、ヨハン・シュトラウスとは全く血縁関係もないドイツの人であるが、まだ亡くなって60年経っていない近現代の作曲家である。私も、バイオリンソナタのフルート版を2楽章だけ吹いてみたことがある。パユのディスクにはいっていて、余りにも美しいのですぐに吹きたくなってバイオリン用の楽譜を手にいれたものだ。
この「イタリアから」は生まれて初めて聴いた、と思う。4楽章形式だが、各楽章とも映像的なイメージを思い起こしやすい親しみやすい曲であった。聴衆の方は、「どんな曲なんだ?」とか「おっ、おもしろいな」とかワクワクしながら楽しめる曲であるが、指揮する側、演奏する側の立場に立てばなかなかの難曲のように思った。第4楽章は、あの『フニクリ、フニクラ』をモチーフにされている。何でも、南イタリアを旅行したR. Straussが、ナポリ近くのヴェスヴィオ火山の周辺で歌われていたこの曲を、イタリアの民謡と思い込んで曲の元に使ったらしい。しかし、事実は、ヴェスヴィオ火山の観光登山電車(ケーブルカー)であるフニクラーレの宣伝のために作られ広まった曲らしく、『世界初のコマーシャルソング』とも言われている。
知らない方は、『フニクリ・フニクラ』(balaineの自惚れコンサート)を聴いてみて下さい。
決して「鬼のパンツ」の歌詞で歌わないように!(^^

5/19の鶴岡、5/20、21の山形と3日続けて、この3曲を演奏したのかと思うと、さすがプロだな〜と思うのである。全て「ジャンルが違う」と言う感じであるし、編成も違うし、アナリーゼも苦労するだろうし、出す音色まで違いが必要な3曲の組み合せであったと思う。飯森氏の意欲に引っ張られて「山響」がまた進化していることを感じられて嬉しかった。

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コメント

それぞれのブログには それぞれのカラーがある…当たり前ですがいいもんですね。自分のスイッチの切り替えがちょっとした「癒し」(と、余談)。
記事を読ませて頂き、当地で話題になっている<○○郵便貯金ホール、本年度限りで廃止!?>という話を連想しました。
当ホールは天然木合板を内装に用いて音響に優れ、海外演奏家のクラシックから演劇、演歌まで幅広いジャンルの公演が開かれてきたそうだ。愛着を抱く演奏者や、当ホールでの音を愛する住民は多いらしい。ただ、築後33年余で老朽化し、電気設備など改修で約5億円かかると公社は説明しているもよう。で、本年度は6000万円の赤字見込みらしい。
---「郵政民営化、利益追求が最優先とされる結果として地方文化を支える公的サービスが切られる。まさに象徴的なケースである」という結論で地方紙の社説は括られていた。

「お金がない!」という印籠の前では多くのものが白旗か!?

投稿: リスペクト | 2006.05.24 10:53

リスペクトさん、そこら中にそういう話はあるのでしょうね。そこへもってきて、あの「社会保険庁大阪支社」の不祥事。いや、あれは犯罪ですね。
更に「郵便局」の料金別の未徴収または徴収ミスの27億円+7億円+αですか?!
なにやってんでしょうね。。。。。
直接は人の命に関わらないから、みんな怒りが薄れていくんでしょうか。医者や病院は徹底的に責めるのに。

投稿: balaine | 2006.05.24 16:17

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