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2006.05.24

情けない話

世の中、いろいろ情けなくなるような、悲しいというより呆れる話が続いている。
どこぞの郵便局で、「料金別納郵便」の別納を徴収していなかった、または徴収ミスがあったとかで約27億円の徴収漏れがあったそうだ。それで調べてみたら、全国ぞろぞろと30を超える郵便局で「別納」を徴収していなかったらしい。
郵便物を出すときいちいちではなく、まとめて納めるのに有利な「別納」はダイレクトメールなどに多用されている。つまり、企業などが中心になって当然払うべき郵便料を「未納」または「不足」のまま知らぬ顔をしており、郵便局側は徴収すべきものをきちんとしていない(未納の会社を相手取り裁判を起こしている事例もあるらしいが)。情けない。

そういえば、学校給食は「給食費」と言うものを親が納めて成り立っているはず。これを「未納」のまま、のほほんとしている親がいるらしい。貧困に喘いで、払いたくても給食費が払えないのではなく、パチンコなどの遊興をする暇や金があるのに払わないらしい。「払わないまま放っておいても平気だろう」という考えの親までいるらしい。「催促」や「督促」も無視を決め込んでいるらしい。
以前、ある病院の経営会議に出席したおり、「医療費未納、未徴収」が一病院で何千万という額になっている話も聞いて呆れた。多くは、貧困のために払えないのではなく、もともと払う気がないのである。また、何らかの理由で「払いたくない」と納付を拒否しているらしい。病院側が催促しようにも、引っ越してしまったり音信不通になってしまって未納のままどうしようもないケースもあるらしい。情けない。

どこの世界にもどうしようもない人達はいるんだろうが、真面目にやっている人が「なんだよ、これは!バカバカしくてやってられないね!」となるような事態はなるべく避けて欲しいものだ。
上記郵便局の例もそう。我々一般人は真面目に郵便料金払っているでしょ?
なんで、金儲けの手段でDMを使っている会社の郵便物の料金が未徴収なわけよ!!!

その上、あの社会保険庁の事件まである。未納率をみかけ上さげるための年金保険料の免除や納付猶予の勝手な手続き。これは「犯罪」だと思う。会社組織に置き換えれば「粉飾決済」に等しい。なぜ「ホ○エ○ン」同様に拘置所に送らないのだ!?情けない。

更にこれだ。
http://www.asahi.com/health/news/TKY200605230399.html
『初期臨床研修を終えた若手医師の3人に1人が、研修の前後で志望する診療科を変えていることが23日、厚生労働省の初めての全国調査(中間集計)で分かった。実際に体験してみて「大変そう」「自由時間が少ない」などの理由を挙げ、労働条件の厳しい診療科を敬遠する傾向も出ている。研修後、大学で勤務するという人はほぼ半数しかおらず、大学離れが裏付けられた格好だ。』

記事の内容は大部分事実だろうが、報道の仕方に偏りがある。
労働条件は私が初期研修をした頃に比べると、ずっといい。給与なんか、私がもらっていたものの3倍はもらっている。それでも勤務条件を診療科変更の第一の理由にするのだろうか。
私なりに考える大きな理由は、やはり「悪平等の不公平」と「適正な差別化のない不満」があると思う。

脳外科は楽そうだから暇そうだから自分の専門分野に選ぼう、などという学生や若い医師はいない。
厳しそうだし忙しそうだけど、それにも増してやりがいがあるとか、人間の脳のことが知りたいとか、脳卒中に苦しむ人を救いたいとか、そういう高邁な精神とかプライドというものがあるはずである。
ところが、他の脳外科より楽そうな科をちょっと見て知ってしまうと、人間そうそう楽な方から苦しい方には行けない怠惰な生き物なのだ。
「同じ給料もらってるんだったら、早く一人前になれそうで楽そうな眼科の方がいいな」
「皮○科の2〜3倍くらい働いて、厳しい先輩に怒られて、自由な時間がほとんどなくて、それで給料に差がないんだったら、こんな科嫌だな」
「人の生き死にや、人間としての生活の質にかかわる病気の治療を一生懸命やっているのに、そんなに生き死にの問題ではない診療科の医師と同等の世間的評価ならまだしも、場合によっては患者や家族にののしられたりして、こんなきつい科を続けるのは嫌だな」
初期研修の間にそういう印象を、若い医師が持ってしまったとしてもおかしくない。

何が悪いのか。ひとえに制度が悪い。
臨床研修の技能上も、修行の過程も、そして臨床の実践面でも厳しい科、たとえば脳神経外科のような専門科を専攻した場合、最初は給与も低く苦しくても(トレーニング期間なのだから)、頑張ってあるレベルに達したり十分な臨床能力を会得したら、他の科に比べて報酬が3倍にもなるとか、そういう「適正な差別化」もなく、「悪平等の不公平」をやっているから、「嫌になってくる」のであろう。
脳外科医を志して25年になろうとしている私だって、嫌になってきているのだから。
なんでも米国がいい訳じゃないが、米国の脳外科医の収入は、診療科別にみると2番目に高いらしい。ハーバードやUCLAなどの有名大学をトップクラスで卒業した優秀な若手医師が、「将来がある」からこそ、最初の数年は年収が数百万で、平均睡眠時間が一日4時間で、日に一食しか食べられない程忙しくても、歯を食いしばって頑張っていた。10年後には年収が数千万に、成功すれば億単位になるからである。

先日の「脳外科医志望が減っている」という記事にあった厚生労働省の担当者の弁。
「最近の研修医は専門医志向が強く、多くが臨床経験を望んでいる。本来なら専門技術が学べる大学病院に研修医が集まっていいはずだ。一部に魅力ある研修プログラムを用意するなど工夫している大学病院もあるが、多くは研修医のニーズに応え切れていない。臨床研修制度が医師不足の原因になっているとはいえない」
彼ら(官僚)は、制度ではなく現場が悪い、と言っている。
制度は変えるなら、抜本的に総合的に変えなければいけない。
しかし、現時点で厚生労働省が手を付けたのは「初期研修」の制度だけであり、その研修医を指導する上級医、指導医の立場や制度は変えていないし、医学教育カリキュラムもまだまだ改変中途のところである。
「魅力ある研修プログラムを用意」するための財源の確保は各病院に丸投げで、方法論は現場任せなのに、現場を批判しているのはおかしくないだろうか。情けない。

先日、ある病院の精神科で「うつ病」として約一年間外来治療を続けて来た患者さんが、最近頭痛が強くなって来たということで、CTを撮られ、その結果「脳腫瘍」ということで我々のところに紹介され入院した。
あまりにも大きなその腫瘍をみて、我々は呆れるばかりである。
なんで精神科で一年間の治療中、一回もCTやMRIを撮っていないのか。「心」の病気はどこに原因があるのか?脳ではないのか?
「うつ」という言葉で誤摩化されている、集中力の低下や持続力の低下や計算能力の低下は、すべて脳の中に出来た腫瘍が原因であったと考えられる。なのに漫然と(?)向精神薬を投与し続け、改善があったりなかったりの状態で、つまり正しい診断も正しい治療もしていないのに「診療報酬」を請求し給与をもらっていたのである。
そして、やっと強い頭痛の訴えがあって腫瘍が見つかり紹介して来たが、患者さんは明らかに正常ではなくボンヤリした軽い意識障害があるのである。これを脳の症状と見つけることも出来ずに治療をしている医師が、これから巨大な腫瘍に立ち向かい、術後に出るであろう患者さんの障害に向き合い、手術後も長期にわたってこの患者と付き合っていかなければならない我々と同等の評価を受け、同等の、場合によってはより高額の給与をもらっているのである。
患者は頭痛の訴えもなく仕事をしていたから頭の検査を一回もしていないことを「間違いだ!」とは決めつけられない。「うつ病」と診断し投薬により症状が改善した部分もあるから、完全な誤診でもない。でも「正しい診療」をしたとは言えないだろう。
我々は、この患者さんを良くするために、既に過ぎてしまったことには目をつぶって(本当はつぶりたくないが)「これから」の事を考えることに精一杯である。

「医療過誤」とか「医療ミス」とまで言われないような、でも問題のある症例は世の中にたくさんある。市民は我々医師に100%を求めているだろうし、我々も100%を目指しているが、人間である以上100%完全であることは無理である。医師国家試験だって60%取れば「合格」なのであるから。
なが〜〜い間「登校拒否児」として扱われて来た子供が脳腫瘍だったケース。
運動の得意だった子が、だんだん引っ込み思案になって来たのを「自閉症」としてカウンセリングして来て、ついに意識障害まできたして初めて脳外科に紹介されて来た脳腫瘍の子供。まだまだある。

脳というのは、病気になったら必ず手足の麻痺とか記憶の障害を呈する「一臓器」ではないのだ。
目が見える見えない、耳が聴こえる聞こえない、まっすぐ歩ける歩けない、などの症状はもちろん、精神や心を司っている臓器なのだから、「活気がない」「やる気がない」「ぼんやりしている」「ふさぎこみがち」などと言った「こころの病」と思われる症状だって、脳の異常で発生するのである。そういうことを見て来て知っている医師と、知らないから診断出来ない医師の間に「差」がないというのは、本当はとても悔しく残念なことであるけれど、患者の治療に専念するために、我々は叫びたい声を押し殺し、「情けないね〜」と言って今日も働くのである。

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コメント

はじめまして。くも膜下出血を調べていてたどりつきました。先生のブログはとても参考になりました。ありがとうございます。
最近、本当に情けないニュースが多すぎます。頭に何が詰まってるんでしょう。給食費の問題もがっかりでしたが、子どもをめぐる事件が最近多発して「うつ」になりそうです。忙しかったり落ち込んだりすると、免疫力が下がるというのを今年の春実感しました。いきなり歯茎がはれて化膿したのです。脳も、生活の変化などで「何か妙な事」がおこって刺激され、狂ってしまうのか・・。

投稿: pira | 2006.05.24 23:18

超・長文という記事の形態に<勇気?>と<やる気>を頂き、記事の内容に<知識>と<思慮>と<問題意識>を頂き…

人を好きになる気持ちも、安定・不安定の精神も、時折痛める心も、激する感情も、そして身体機能も、司ってるのは<脳>なのに、そのコンテンツが多量すぎるからという理由だけじゃない記事中の<うつ・登校拒否-脳腫瘍>の事例。気の毒にとしか言葉がないです。いちどきりの人生の大事な時間も、お金も費やして不安だけが溜まっていって。
外科的対処でどのくらい回復できるんだろう…出来るだけたくさん、いや、少しでも多くと願うばかり。

脳神経外科、神経内科、精神科…神経内科って脳神経内科のことかな?神経精神科ってあるのかな。精神神経科はどうだろう。
「精神」と「神経」って字面は似てるのに、イメージ的は別世界。同じ脳の話なのに。

投稿: リスペクト | 2006.05.25 11:01

初めまして(だと思いますが・・・)。私、ヴァイオリンをやっている循環器内科医です。よろしくお願い致します。

いつもお仕事お疲れ様です。

> 平均睡眠時間が一日4時間で、日に一食しか食べられない程忙しくても、歯を食いしばって頑張っていた。

私も経験あるから言わせて頂きますと、こんなことを続けていると本当に大変なことになり、場合によっては命に関わります。まあ、今はそれほどでないのかもしれませんが、お気をつけてください。
研修医が楽なのを選ぶのは仕方のないことだと思います。よく、ベテランの先生は「根性が足りない」だの言いますが、彼らの言い分も正しいのです。本当、制度が悪いですよね。

投稿: やまちゃん | 2006.05.25 12:36

こんにちはm(__)m
うちの長男に、医学部にいる先輩がおりまして、「研修医のあまりに過酷な日々に、毎年自殺者が出るらしい、、、」と。
そんな噂が子供達の間に広がっております。。。
息子は、「俺は絶対に医者にはなれない」と断言しておりました(大体、勉強嫌いなので元々無理ですが)
ひどい話ですね。

投稿: 野あざみ | 2006.05.25 17:14

給食費を払わないのも以ての外だけど、
「給食費をきちんと支払っているのだから、うちの子には・いただきます・と言わせないでほしい。」
こんな話しがあったとか・・・、詳しい背景は分からなかったが、信じられん・(・・;)。
 食にしろ医療にしろ、学ぶこともか、恵まれていると、「あるのが当然、準備されているのが当然、与えられるのが当然。」当然のこととして搾取するだけになってしまうのだろうか?。今、ここにあるのが当たり前ではないのだけれど・・・。
「いただきます」と思うのは、他者を思い遣れるか・諸々の事を感じ取れるか・どうか・なのだろうか?

投稿: ふなゆすり | 2006.05.28 21:47

皆さん、レスが滞ってすみません。
piraさん、はじめまして。本当、なんか、食べ物でもおかしくなって人間がオカシクなって来てるのでは?と疑いたくなるような時代ですね。携帯やパソコンなどの『便利』さの裏にあるストレスから解放されるよう、たまに『不便さ』を堪能するような時間が必要なのだと思います。アナログ音楽がもてはやされて来ているのも理解出来る感じです。

リスペクトさん、『精神』について突き詰めて考えていくと「神」の領域に近づいていくので、有名な脳科学者でさえ、「こころ」というのは脳にあるとは言えない、などと言った人までいます。でも、やはり常識的には、「精神活動ほぼ=こころ」は脳で営まれているのだと思います。強い脳障害を来し精神活動のほぼ停止した状態の患者さんに「こころ」を感じることは難しいです。

やまちゃん、はじめまして。
医師という職業も知識と技術を学び取るための徒弟制度や丁稚奉公的なことが必要な「職人」の一種だと思います。そうでなければ、単にマニュアルを見て手術をするような「マニュアル医者」「ロボット医者」に成り下がってしまいます。ですから、厳しく辛いトレーニングはある意味で避けられない職業です(ここでも以前から寿司職人になぞらえて来ました)。ただし、いい寿司が握れる銘店の人気職人になったら、高い給料をもらうなり高い尊敬を集めるなり、というのが「職人」として成功したものの当然受けるべき「差別化」ですよね。長く辛い修行をして築地や銀座の有名店で華板をはるような人が、(申し訳ないけど)回転寿司やスーパーの寿司を作っている人と同じ収入ということはないでしょう?それなのに、医療の世界ではそういう「差別化」がほとんどないのですよ。そこが問題です。
ま、こんな話ではなくヴァイオリンのお話しでもしたいものです。

野あざみさん、はじめまして。
ここを見て下さい。↓
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/13.html
通常の研修医の年は25〜30歳くらいだと思いますが、この年齢の日本人の死因は圧倒的に『自殺』がトップで、この年代の死因の4割を占めています。「研修医の生活が余りに過酷なために自殺者が出る」というのは、短絡的な考え方かも知れません。まあ、過酷とまでは言わないまでも楽でないことは確かですが、そんなこと、どんな職業だって「駆け出し」の頃に楽が出来る仕事なんてないんじゃないでしょうか?

ふなゆすりさん、それ本当ですか?!
目が点、とはこのことですね!
私は、小学校の時、給食を準備して下さったおばさん達、給食を作ってくれているおじさんおばさん、材料を作ってくれている農家など生産者の皆さん、お魚や野菜、そして地球に感謝して「いただきます!」と言うように教えられました。
金払ってるから「お客様」だとでも思っているんでしょうか?そういう人が病院に来られるとトラブルの元になりがちで、賢く避けて通るか、「あ〜そうですね〜、なるほど〜」と(もみてでもしながら)理解を示す顔をしてあげないと私のように患者「様」とぶつかることになってしまうのでしょう。

投稿: balaine | 2006.05.29 10:23

この地域でおきた、信じられない話を2つ・・・
田んぼの脇にお家を建てて、都会から引っ越してきた、夫婦が・・・
「カエルの声がうるさい!どうにかしろ。」
と、農家に苦情を言いに来たそうだ・・・(゚д゚;)!?
そこに家を建てたのはあなた、それは無いだろうよ・・・。
蛍が出れば喜ぶくせに・・・

小学校脇の住宅地、建売を買って越してきた方が
「運動会の練習の音楽や号令がうるさい、迷惑だ。やめろ。」
と、小学校などに電話。
で、体育館で練習するようになりましたとさ・・・。
言うとおりにしてしまった小学校にもびっくりした。

自らをその状況に置いたのは貴方、なぜ、他者が悪いと思うのだろう・・・。自分の選択ミスを嘆きこそすれ、カエルと運動会に罪は無いよなぁ・・・

投稿: ふなゆすり | 2006.05.31 06:31

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