大学病院の役割
昨日の夜遅くまでかかった、大手術。
手術場入室から病棟帰室まで16時間。御家族はどんな思いで待っていらしただろう。
顕微鏡下に腫瘍を摘出していた時間は9時間弱。
凄い手術です。
「脳外科の手術って長くて大変だな〜」
と思われますか?
そうですね。確かに総手術時間で13時間は長いです。でも、うちの教授が腫瘍摘出部分を執刀していなかったら(たとえば私が執刀していたら)、もっと、そうだな、顕微鏡下手技の部分だけで12時間位かかったかもしれません。
最大径7cmの巨大脳腫瘍。
そして、手術翌日(というより、帰室してまだ9時間くらいの時点)で、意識はほぼ清明で少し眠たそうにしているだけ。症状も手術前からあった、軽い左半身麻痺と左側の半盲のみ。
この症状も改善するでしょう。大成功です!
巨大な腫瘍でも、右側頭頭頂部にできたから症状も軽く、手術による障害も全くなくすんだのですが、それにしてもこんな大きい腫瘍は2年に一回くらいしかみません。
一般市中病院ではほとんどお目にかかることもありません。あっても、すぐに大学病院に送ります。
大きい腫瘍ということは、それだけで手術が難しいのです。
なぜなら周りの脳を守りつつ腫瘍だけ取り出さなくてはならない訳ですが、大きければ周りの脳が傷つく危険性が高いからです。しかも摘出に時間がかかります。出血量の増えます。出血すれば顕微鏡下の画面は血液で赤くなって、腫瘍と正常(少しは浮腫んでいるから完全に正常ではない)の脳の境界が不明瞭になります。不明瞭になれば、剥離操作で間違いが起こりやすくなります(つまり、正しい境界ではなく脳の方に切り込んでいってしまったり、腫瘍の方に切り込んで腫瘍を取り残したり)。
毎日外来に出て、小物から大物まで救急患者も多い一般市中病院で、外来の終わった午後からこんな手術を始めると、大学の教授に匹敵するくらい腕に自信があったとしても、手術の終了が深夜になり、帰室が明け方近くになり、ICUで患者を管理したらそのまま睡眠0で次の日の通常診療に突入ということになってしまいます。
特に地方の市中病院には、2人から多くて5人くらいの脳外科医が常勤しているだけですので、全員が疲れ果てて日常診療に影響します。
大学は、まず人がいる。そして長時間の困難な手術でも、途中で人が交替しながら全員が疲弊しないようにオペをすすめることができる。そしてなによりも、困難な手術の経験が豊富で腕に絶大な信頼がおかれている教授を始め上級医がいる。
だから、(3月までの私のように)大学病院勤務でない脳外科医は、大学の教授に絶大な信頼をおきながら地方一般市中病院で診療をし、上記のように困難な症例や手術に加え放射線や化学療法を加える治療の必要そうな人、滅多に見ない稀な疾患、診断に苦慮する患者、などなどは大学病院へ紹介するのです。
なぜなら、その方が患者さんのためになるからです。
車で数時間の距離でも、自宅から離れて慣れない土地の病院に入院し治療を受けるのをいやがる方もいます。その気持ちは当然です。でも、その方があなたのためだ、と説得するとたいていの人は理解してくれます。
一般市中病院で自分が十分質の高い治療が行えると判断した症例の場合は、多少難しい腫瘍などでも大学病院の紹介せずにそこで治療することもありますが、特に最近のように、医療過誤であるとか、説明義務であるとかが大きく取りざたされる時代になると、医師も必ずしも保身のためではなく、危険を冒して困難な症例に挑戦するよりは、紹介する余裕があるのなら、より高度の医療が展開出来る大学病院に、大学の教授に治療をお願いすることが多くなっていると思います。
脳外科治療集団としての「医局」は、よく悪の根源みたいな書き方をされることがありますが、教授がquality controlのできる見識と実力を持っている人であるなら、その地域の医療の質を高く保つためにはとても良い精度なのです。
一般市中病院で、己の力を過信したか、難しい症例に挑んでいい結果を出せない場合は、教授から叱責され反省を促され、その後はそういう難しい症例はちゃんと大学に紹介するように指導することもできます。複数いる医師の臨床医としての実力のバランスや相性などのことまで考えて、医師の派遣が行われているのです。
いや、今日書きたいのはそういうことではなくて、大学病院にはどうしたって難しい症例が集まるということ。
小児科や精神科や神経内科などが診察して、十分な治療が行えず、または診断も出来ず、大学病院に送られてきて、「なんで、もっと早く診断出来なかったんだ?!」という事もあります。
そういう、難しい症例を送りつけた医師、きちんと診断出来なかった医師、困難な症例は手を出さず大学に送っている医師と、10数時間という長時間の大手術を交替しながらまた脇でサポートしながら日々の臨床を行っている大学病院の脳外科医では、当然役割も違えば負うリスクも違う訳です。
High risk, high returnの考えならば、市中病院の一般内科医よりも市中病院の脳外科医、そしてそれよりも大学病院の脳外科医、大学の脳外科医の中でも下級医より上級医、上級医より教授という順番で、責任もリスクも重く高くなるはずです。それなら、その順に報酬に差があってしかるべきだと思います。
しかしながら実態は、時間外手当のつかない大学病院医師の給与が最も安く、当直をしていない教授の手取りが下級医より低かったりします。そして、難しい症例は大学に送り、診療可能なレベルの症例を治療している一般市中病院の医師の方が、大学病院の医師よりも高い報酬を貰う、というまったくリスクと逆転しているのです。
大学病院は、研究機関であり教育機関であるだけでなく、普通の病院よりもより高度で先進的な診療を期待されているところであり、より困難な、より高いレベルの結果を期待される患者さんが集められて来るところです。
普通の病院では滅多にお目にかかれない、珍しい疾患や診断・治療困難な疾患を扱うことが出来、勉強することが出来ることも大学病院の役割だと思います。
(とはいえ、医師になって24年目の私でさえ毎日22時、23時に帰るのが当たり前、若い先生の場合、毎日のように午前様か泊まりがけ、という生活はちょっと嫌になりますけどね)
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