人口約125万の当県において、クモ膜下出血の県内年間発症数は200前後だから、月に県内で16人強発生する計算になる。周辺人口35万人くらいの町だから、このあたりで発生するクモ膜下出血の患者数は、平均月に4,5人という計算になる。
この町には3次救急の病院が4つある。均等に割れば一つの病院に月に一人か二人のクモ膜下出血患者が来ることになる。これくらいなら大した数ではない。
ところが、いくら大学病院に救急医学講座があり救急部があるからとはいえ、4/20から5日間の間に3名のクモ膜下出血患者が緊急入院し、緊急手術を行った。月平均に直せば一月に18名という数になる。もの凄い数である。ほぼ毎日緊急手術という感じである。大学は、前にも書いたように、特に困難な脳腫瘍や重症症例が紹介されて来るので、そういう患者の治療の合間にこのように緊急手術が毎日はいると、皆、ヘトヘトになる。
救急患者が多いのは、季節の変わり目ということもあるかも知れないが、別の要因があるだろう。周辺人口35万人を超えて、もっと広いエリアから患者が紹介され救急車で搬送されているのである。実質的に対象としている人口は60万人くらいになるかも知れない。計算上は月平均8名、一つの3次救急病院あたり月2名の患者となる。しかし実際はその倍以上の数が大学病院に来ている。ということは、大学病院に集中して脳外科救急患者が送られて来ていると解釈できよう。周辺地区から信頼され頼られている、とも言える。
ということで、昨日も破裂脳動脈瘤の緊急手術であった。一昨日の患者さんには3つの脳動脈瘤があり(内2つは未破裂脳動脈瘤)、昨日の患者にはなんと4個の脳動脈瘤がみつかった。昨日の手術は、破裂側と考えられた左側だけであったので、破裂脳動脈瘤1個と未破裂脳動脈瘤1個の計2個の瘤が適切に処置された。夜の6時頃から始まって、終了したのは夜中11時半過ぎ(頚部の確保もおこなった)。
夜間の手術場には、看護師の数が限られてしまうため、手術の器械出しを行うナースがいない。結局、脳外科「医」がナースの代わりに器械出しをする。
手術によって血管の狭窄が起きて血流低下を来たし脳障害が起きたりしないように、電気生理学的にモニタリングを行った(ルーチンにやっている)。手術中に専門に電気生理学検査をする技師はいない。脳外科「医」が検査を行った。手術には執刀医を含め3名の脳外科「医」がはいった。結局、5名の脳外科「医」が夜中まで働いた。
医局や病棟では、手術にはいっている脳外科「医」のサポートの医師が数名いた。当直医もいた。
結局、夜中まで8名の脳外科「医」が働いていた。
脳動脈瘤の開頭による根治術の保険点数上の手術料は、瘤が1個の場合、68万円位、2個以上の場合80万円位である。瘤のある場所や難易度や誰が手術したかによらず、日本全国一律であることは前にも書いた。
昨日の瘤は2個。脳外科「医」8名、麻酔科「医」2名、手術場のサポートナース1名の11名で80万円を割ると、一人当たり72000円程度の働きになる。しかし、実際は「大学病院」での「時間外勤務」は認められていないので、「0円」の働きになる(うちの大学では、危険手当のようにHigh risk-High returnとして働くものに報酬を、と言う具合に変わりつつはある)。
瘤にかけたチタン製のクリップが一個2万円位するので、2個で4万円。閉頭する時に使うチタン製のプレートがネジも含めて全部で6、7万円する。そういう風に、手術に使う一回限りの材料費が軽く15万円はかかる。これらは材料費として請求は出来るが、これによる儲けは一切ない。
手術に使う、特殊な手術器械(ハサミやピンセットの類い)だって使い捨てではないものの耐用年数というのがある。高いものではハサミ一個20万円からする。
もっと言えば、手術用顕微鏡は1500万から高いものだと4000万円くらいする。執刀医が座り、手術顕微鏡と連動している電動の椅子は350万円くらいする。こういった、耐用年数のある器械全て併せると5000万円くらいになり、7年で使用出来なくなると仮定し、年間に150件の手術に使うと仮定すると、一件の手術の減価償却が8万円程度になる。
脳動脈瘤の手術を一件行って、いろんな諸経費をさっぴくと、いったい病院の「取り分」はいくらになるのだろう?ごくわずかなのではないだろうか?
4月から、診療報酬改定(減額)によって病院運営は更に危機的になっていると聞く。
破れたの人のうち、3人か4人に一人は命を落とすクモ膜下出血の手術をして、人の命を救って、それでほとんど「儲け」がないということで良いのだろうか。もちろん、医療は本来ボランティアであるべきで、この仕事をすることで「儲け」ようとか「稼ごう」という発想自体が間違っていると言うのが正論である。
しかし、病院は古くなれば建て替えなければならないし、最先端医療を患者に提供するためには最新鋭の診断治療機器を揃えメンテナンスしなければならないし、専門的技術を持った医師を雇わなければならない。そして、患者を看護するナースを始めたくさんの人員が必要な組織である。国や自治体が湯水の如く資金を提供してくれるなら、医療は全額タダで提供してもいい。しかし、国や自治体が赤字で、医療への予算を毎年大幅に減らしているのが現状。病院、医師は自分たちで「稼ぐ」努力を要求されてまでいる時代である。
果たして、脳動脈瘤の緊急手術一件の手術料が70〜80万円(保険点数はこの10分の一)で適正なのであろうか?(ちなみに米国では、病院や医師によって違いますが、脳動脈瘤の手術一件で600万円から1000万円が相場のようです。)
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昨日手術を終えて帰宅したら、たまたま某国営放送の『試○てガッ○ン』とかいう番組(再放送?)で、「クモ膜下出血」を特集していた。私の良く知っているM先生も出演していた(そういえば、肩書きはあのN先生の後任になっていた)。
米国の医学雑誌に載った、「未」破裂脳動脈瘤の年間破裂確率「0.05%」という衝撃的な数字もとりあげられていた。出演したM先生は時間の関係かはっきりと反論はしていなかったが、あの論文はおかしいのだ。
破れたとしてもクモ膜下出血にはならない海面静脈洞内の瘤も計算に含まれ、追跡調査や統計にも問題がありそうである。そして「0.05%」という数字だけが一人歩きをしている。
「未」破裂脳動脈瘤を持っている人が10000人いて、その中で一年間の間に破裂してクモ膜下出血になる人はわずか5人という確率である。逆にいうと、9995人は大丈夫というのだ。
しかし、M先生を事務局に日本で行われている調査の「中間」報告では、日本に於ける「未」破裂脳動脈瘤の破裂率はおよそ1%、そして直径が大きいものや形のいびつなものなどでは破裂の確率が高い、ということになる。
実は、昨日大学で手術したクモ膜下出血の患者さんも、他院で5年前から「未」破裂脳動脈瘤を指摘されていたのである。年齢、場所、いろんな状況から患者さんが手術治療を望まなかったので半年に一回外来で3d-CTAの検査をして経過を追っていたらしい。しかし、近い親族に2名クモ膜下出血患者(1名死亡、1名寝たきり)がいたようであり、最初に発見された時点でもっと「危険性」を強調して手術をすすめてもよかったと、後になってからは言える。昨日の手術は成功したとは言え、これから血管攣縮や水頭症等の危険な時期を乗り越えなければならないし、その上、まだ2つ「未」破裂脳動脈瘤が残っているのである。
患者を助けること、命を救うこと、苦しみを和らげできれば喜びを与えることと「経済」とはそぐわないものである。
しかし、患者発生数や年間手術数や、手術料や入院費を含めた医療費という「数字」について、現場の我々医師でも意識していなければならない時代になっている。
テレビで視聴者に伝えていた、破裂率や検査と治療の確率等の数字を見ながらボンヤリ考えていた。
「医療で数字(経済、確率)を追求すると、社会主義的にみえるな」と。
だって、破れてクモ膜下出血になってしまえば、「その」患者さんにとっては1%だろうが0.05%だろうがもはや関係ないことなのである。70万円だろうか1000万円だろうが関係ないことなのである。
だって生きるか死ぬかなのだから。
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