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2006.03.20

在職証明書

 今度大学に勤務する事になるため、この数年間の市中一般病院勤務にかかわる『在職証明書』を求められた。大学職員は、独立行政法人化したとはいえ、国家公務員になる。市中一般病院もすべて県立、公立(市町村立)であったので、私はず〜っと「公務員」である。
 医師である上において「公務員」という意識はほとんどないが、退職や就職に当たってはそれをあらためて思い知らされる事になる。書類がたくさん必要なのがまず一つ。国家公務員共済組合員に変わるなどの保険証の変更も必要である。大学職員というのは、臨床医(医師)である前に、研究に従事する公務員という扱いであるから、職務内容が研究的でないと行けないらしい。
 頂いた『在職証明書』には、「職務内容及び研究内容:脳神経外科の外来・入院患者の診療に関する事」という簡潔な文言があった。これによって、私は官公立の病院で研究と臨床に従事していた事が証明される。よって、私が現在の病院を辞めるにあたっては「私儀、一身上の都合により、、、、」という『辞職願い』を書かされるのだが、退職金はもらわない。官公立病院で繋がっているためである。

 在職期間の下に「勤務態様」という項目があった。2つの公立病院における、私の勤務の様子である。
「一月平均22日、1週平均5日、1日平均8時間」
と書いてあった。
 労働基準法に定められた、週休二日の公務員の職務体制である。この通りに勤務したら、病院はどうなるのだろう?患者さんはどうなるのだろう?逆言うと、なぜこの「勤務態様」通りに勤務出来ないのだろう?
 少ないヒューマンリソースに無理を言って働いているからである。もし、この病院に脳神経外科医が常勤で5名いれば、上記の事も可能かも知れないが(当直の翌日は休み、夜間や休日に緊急呼び出しで働いたら代休がもらえる、などという、労働者なら当然のこと?)、3名でやりくりしているから「想定された勤務態様」の5/3倍働いている感じになる。
 実際どうだろう?3名で休みをきちんと分けているので、全く病院に顔を出さずにフリーにしてもらう時間が貰えるだけ私はまだ良い方である。今月に限ってみても、31日中26日は勤務、逆に言うと5日休みを貰っている。1週平均6日+αの勤務である。
そして、これが一番問題であるが、時間外の呼び出しや休日の回診、急患診察などを含めると、1日平均約12,3時間の勤務になる。労働基準法を遵守して上記勤務態様通りなら、週に40時間が基本的労働時間である。しかし、そんなに激務ではない、キチンと休みも貰っている私の場合で、週に12x6=72時間+αは最低仕事をしていることになる。週に約80時間、つまり労働基準監督局が指導しているほぼ倍の労働である。

 しかし、ここではっきりさせておかなければならない事がある。さる裁判において「研修医は労働者である」という判決が出て、医師もまた労働者なのだ、ということで研修医の過労死などが認められた。だが、「医師」は通常の「労働者」とは違う。時間単位で労働を「売っている」商売ではない、という意味である。時給いくら、と計算する仕事ではないという事である。このような仕事は他にもたくさんある。芸術家だって、時給いくらでは仕事をしていない。自分の納得のいく仕事に対して、他人の評価や契約などによって対価をもらうという仕組みであろう。
 医師の場合は、本来ならば、急患が多く発生して夜中に何回も呼び出されたり休日に診察したり緊急手術で家族団らんの時間が消えたりしても、本来そういう仕事である事を覚悟の上で奉仕する心を元にやっている事だから、多少の不満や不平は言っても、医師の中で誰も労働争議であるとかデモなど起こすものはない。
 ただし、そういういわゆる「時間外」の労働、「勤務態様」で定められた範囲外の労働が「無料」「無償」というのはあんまりだという事で、「時間外手当」とか「日額特勤手当」というものが支払われている。「お手当」である。決して基本給与ではない。そう出なければ、働いたものと働かなかったものに差がなくなる。何科とはいわないが、ほとんど緊急患者の発生しない診療科もある。たとえ休日に救急外来を受診しても、「来週の外来にまた来て下さい」ですむ診療科もある。一方で、脳神経外科の場合、救急外来を受診した患者は、軽症の外傷(頭皮を切って縫ったとか)、慢性期の脳梗塞患者の脱水とか、そういう事でもない限り、当番の脳外科医は救急外来に出向かずにすむ事はほとんどない。ほとんどの緊急患者が緊急入院になる。中には緊急手術になる。
 そういった患者を扱う診療科の医師と、そうでないあえていうなら「のんびり」している診療科の医師の給与が同じで良いはずがない。良いはずがないのだが、大学病院などでは同じなのだから驚きである。こんなことは一般市民は知らないと思うが、大学病院の医師は「臨床医」でなく、「大学の先生」なのである。「文部科学教官」という肩書きである。学校の先生は、残業しようが土日に部活などの子供の指導をしても、時間外手当などつかない。それと同じである。
 人の生き死ににかかわる、緊急時の診療を夜中や休日に行っても、それは学校の先生の教育活動の一環としての「ボランティア」的行動と同じにとらえられているのが大学病院の医師である。であるから、卒業年次とポスト(助手とか講師ということ)が同じであるなら、脳外科医も整形外科医も眼科医も皮膚科医も精神科医も皆同じ給料なのである。独立法人化となって、おのおのの大学および大学附属病院で自由裁量権が認められて、少額ながら時間外手当が出るようになったらしい。でも「月あたり1万数千円」と聞く。それでも「0」だったものが出るようになった事は大きな前進といえる。
 一般市中病院で、私程度に夜中、休日に緊急で呼び出されたり夜遅くまで手術したりしていると、もちろん月によってかなりばらつきはあるのだが、時間外労働に対する手当は「月あたり30万円から60万円」となる。
一般市民にとっては、一月に手当だけで60万円なんて信じられない!貰い過ぎだ!だから医師はまだ甘やかされている!と憤慨されるかも知れない。しかし、良く考えて頂きたい。これは「手当」だから、基本的給与の中に組み込まれていない金額。つまり「手取り」は結構あっても、賞与とか退職金にはまったく関係ない「手当」なのである。そして、それを貰っている理由は、夜中の2時に呼び出され吹雪の中を病院に出てきて患者を診察し入院させたり、日中から大手術で夜中に終了し患者をICUに入れて安定させて夜中の1時2時に帰宅したり、土曜日曜と言えど入院患者がいる以上、必ず誰かが毎日回診して指示を出したり投薬したり処置をしたり、そういった事をほぼ毎日何年間もしていることに対する手当なのである。
 さらに付け加えるなら、厚生労働省が参考にしている米国の医療システムの中で、脳神経外科医は専門医となって数年目で年収数千万円が当たり前、大学の教授でも年収数千万から多い人は1億、2億円という給与をもらうのである。それは「ハイリスク・ハイリターン」と言って、脳外科手術のように高度で専門的で危険性の高い手術はその報酬も多いのである。脳腫瘍の手術は一つにつき一般的に数百万から1千万円である。ところが日本の保険診療システムでは、脳腫瘍の手術は高くても82000点。保険のない人が全額自己負担しなくてはならないとしても82万円ですむのである。技術や成績に差がないのに(ものによっては日本の方が上だと信じる)、手術料は10分の1で、給与も3分の1から10分の1になっているのが現実である。
ーー
 在職証明書の事から、医師の勤務態様、労働時間、手当の話で、結局また金の話になってしまった。
 金の話になるとどうしても「せこい」イメージがつきまとうのが嫌であるが大事な事だと思う。以前にも書いたが、高校で同期の者が社会人になって同窓会などがあり、二次会、三次会と飲みに行ったとする。大学病院勤務の医師Aが「ここは俺が払うよ。」と二次会分を持った。同期生の銀行員Bと商社マンCが「お〜、さすが、お医者様は不況知らずだね〜」と持ち上げる。そして三次会で給料や賞与の話になった時、その医師Aが三人の中で一番稼ぎが少なかった。少ないどころかBもCも年収1000万円を軽く越えているのである。Aは医師になって20年も経つのに、年収1000万円いかないのである。これが現実である事を世間様にはすこし知って頂きたいという気持ちがある。
(医師一人当たりの年収が多いのは、あくまで個人事業主として働いている、いわゆる開業医の収入が多いからなのです)

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コメント

勤務医ですが 卒後何年たっても 年収は 給与が やはり1千万前後で 変動していますが ほぼ同額です。この額は 大学ではないためか 給与には かなりの額の超過勤務手当が入っているのと、印税や原稿料などの雑所得が僅かにあるので 上記の額になっているのは 確かですが、
それでも 実際に病院の外に要る時間の方が病院の内にいる時間よりも少ないのが現実です。週に何時間働いているのかは数えても仕方がない と思ってしまいます。
かつては 医者の勤務は 労働基準法の枠外とか ハローワークでも失業保険は出ないとか と言われて 久しいのですが。

投稿: suyasuya | 2006.03.20 23:57

要る ではなく 居る ですね。

投稿: suyasuya | 2006.03.20 23:58

勤務医の労働環境も大事ですが,まともな医療をやってても逮捕される今の状況の方がはるかに深刻な気もしますです

投稿: いの | 2006.03.21 02:53

読んだどーっ!(浜口優バージョンで。ご存知ないか!)
毎回、読み応えのあるこの日記が遠ざかるのは正直、かなり淋しいです。私、毎日お邪魔しては縁側での、時にはゆうげの支度時間にもお暇しない、長々おしゃべりが止まらないおばちゃんですから、はてさてどうしたものか。で、自分のブログ立ち上げ、考え始めました。好きなだけ想い表現できますもんね。んまあ、現実化するかはかなり危ういですが、とりあえず今はそう思ってる。開設したらたまには覗いて見て下さい。

さて、労働と評価(対価か)ですが、ある程度の規模の民間企業でしたら、評価制度って言うのがあって、うちのオットは半年後とに点数貰っています。そしてそれが収入の基準になっています。年功序列は形としては無くなってるみたいです。成果主義・出来高主義に近いのかな。その貰った得点?評価レベルについて、良いときは嬉々として自慢げに言います。形として何も対価を産することの無くなった私が少しの嫉妬で、「ふ~ん」とテンション低く答え、ココロ狭い妻になる時間なんですが、ふふ。

公平、平等って何なんですかね。皆が納得できる客観的な、開示された情報・データに沿った「格差」だと、私は思うんですが。
しかし、イメージとして旧態然依然とした大学病院、古巣とは言え、<ストレート>な感性(に思える)のひげ鯨さん、大丈夫なのかしらん…これまたやたら他人様の事で、要らぬおせっかいで心配をしてしまうおばちゃんの独り言。

投稿: ダブル | 2006.03.21 09:32

本当に知らないばかりか、勘違いで思い込んでる人ばかりです。どんなふうにbalaineさんが思われようがかまわないから、事実を書いておいて下さい。今のうちに。人を助けたいという気持ちで医者になったのならば、その報酬は、「患者が救われた」ということで、いいかもしれません。それにしてはたったこれだけ?ってのもありますが(笑)。でもね、収入の勘違いがはびこっていると、それが目的で医者になった人はどうなるの?そんなこと他掲示板に書いた人がいて、(医者は儲かるに決ってるでしょうって)、ガツン!と叱れてました。それも、生徒を教える立場の方ですよ。こんなふうに、一般人(私もです)は、知らないことばかりです。

投稿: @むーむー | 2006.03.21 11:19

皆さん、いろいろなコメント、感想をありがとうございます。
ひとつ忘れていました。
会社員は、仕事の出張には出張費が出ますよね、会社から。
たとえば、私、4月の第一週に京都で全国学会があって行く事になっているんですが、その往復の旅費、ホテル代、その間の食事など、全部自腹です。大学や病院から「出張費」なんて一銭も出ません。約7万円かかりますね!
市中病院などでは、学会出張費として年間予算が組んであれば、1年間上限20万円などの限度内で申請すると「出張費」が貰えます。東京往復+ホテル一泊で最低3万はかかりますから、ちょっと高いホテルに3泊以上泊まったりすれば、年間に3回も学会行けば足が出ます。でもまだ貰えるだけ良い。
大学にはこういった「出張費」すらないので、昔、私、全国学会に年に10カ所以上行って、国際学会に2回くらい行ってた頃があったのですが、学会参加費やお土産(医局や病棟などに買うのが恒例)などを併せると1年に150万円くらい使ってました、全部自腹です、ハイ。

投稿: balaine | 2006.03.21 11:58

も一つ自己弁護。
私が研修医の頃、とある救命センターのある総合病院で、一月の「時間外労働」が100時間を超え、多いと200時間に迫るような働きをしていた時、「時間外手当」は月に14000円の上限があり、それ以上貰っていませんでした。月の手取りは15万円くらいでした。医師になって22年の今、本音を言うと、超過労働をたくさんして「時間外手当」を何十万円と貰うより、手取りが少なくなっても良いから、休日には家でのんびりしたいです。夜は毎日とは言わないけど、週に5日くらいはぐっすりゆっくり寝たいです。

投稿: balaine | 2006.03.21 18:18

うんうん。私、昨日10時間ぶっ続けで寝てました。いつもたくさん寝てます。スミマセン。ベンツも買いました(笑)ゴメンナサイ。それにしても、この日本で脳腫瘍になって良かった。82000点で手術ができて良かった。誰かの犠牲のおかげで、、、なにかお返ししなくては。。

投稿: @むーむー | 2006.03.21 18:41

同じ公務員で、その厚遇の実態が世の批判のシャワー浴びっぱなしの方面もあるのに、どうして大学病院の医師はこう待遇が悪いのでしょうか。当事者たちが忙しすぎて訴えられないってことだけが答えだとは、どうしても納得いきません。何でだろう…
そこは<教育>の場であり、<志>が優先する場であり、<待遇・報酬>などが顔を出す場ではない!ってことかなあ。でもあながち「白い巨塔」は絵空事では無かったりすると、ステイタスはどっち向いているんだろう。

投稿: ダブル | 2006.03.21 19:03

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