今日はまた宿直である。
院長とかの立場でない限り、医師である以上20才台でも50才台でも、一ヶ月に3、4回は宿直が義務である。
うちでは、一応45才以上の医師は、本当の宿直は月一回くらいで、残りは「管理宿直」「管理日直」という、病院内にいなければならないが、よほど急患が立て込んで2名の宿直医では手に負えないとか超重症の方が運ばれて来るとかでない限り、ゆっくり寝ていられる宿直である。
私は、今週末から来週始めのコンサートの予定が分かっていたので、一学年下の医局長(学生時代から一緒に医学祭の事をやったりして結構親しかった内科医)にこの時期を外してくれるように頼んであった。更に、最後の週はさすがに引っ越しのため避けてくれていたので、先週木曜と今日という風に、珍しく宿直が接近してしまった。
いかに、管理宿直とは言え、老体(笑)には堪える。翌日の午前中はなんだかぼ=っとしている感じ。そもそも宿直室のベッドが酷すぎるのだ。固くて小さくて薄い。マットと掛け布団全部あわせて4000円くらいでかったんじゃないの?と思わせるようなチープなベッドである。大体、医局の狭さ、本棚の少なさ、医師用駐車場が確保されていない点などこの病院は医師に対するアメニティが低すぎる(その代わり、時間外労働は全額支払われるから給料は悪くない)。
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さて、本題。
本日の外来に、2年位前に頭痛で一度当科を受診し、その際に「心配だ」という事でMRIも撮って「年相応で治療の必要なものなし」とカルテに記載されている方が来られた。82才。主訴は「頭痛」である。
一ヶ月くらい前から、頭のてっぺんの方がツツー、とかズキーンと痛くなるそうである。
吐き気もなく、食欲も落ちていない。82才であるし、腰は曲がっていて、膝が悪く、杖をついて来られたがそれ以外は矍鑠として元気なものである。
ちょっと話を聞き、普段の生活を聞き、それに対する受け答えを観察し、診察してどこも脳の病気を疑う所見がないので、「何も心配ない、単なる頭痛だから痛み止めをのめばいいです」というと、
「医者から12種類薬を貰っていて、痛み止めもあるから薬はいらない」という。
82才だし、誰か御家族と一緒に来られたかと思って聞いてみると、自宅からバスに乗って30分かけて一人で来たとの事。
「若い人に迷惑かけたくないし、じいさんに、病院行って来るよ!と言って一人で来た」と言う。
自宅近くの開業医から薬をたくさん貰っている上に、当院の内科外来にも通院中のようである。
2年前にMRIを撮って大きな異常がない事(80才相応の軽度脳萎縮くらい)、それから大きな変化のなかった事、頭痛は一ヶ月前からあるもので、脳の症状などを伴っていない事、今元気である事、からして特にそれ以上の検査や診察や治療を認めない患者ではあった。それを伝えると、不満そうな顔になり
「2年前はMRIを撮ってくれたんだが、今回はしてもらえないのか?」と仰る。
「念のためということで検査をする事は全く無駄とは言えないが、状況からして検査をしても異常が見つかるとは考えにくい」「検査を予約してまた来ますか?」というと
「今日、検査出来ないのか?」と要求された。
日本の医療制度では、医師には患者を拒否する権利も選ぶ権利もない。患者から望まれた検査や治療は、「患者中心の医療」という標語がある意味で曲解された「患者におもねる医療」によって可能な限り望み通りにしてあげないと、患者側がうるさい。投書する患者もいる。患者の望み通りに医師が従うことが「患者中心」と勘違いしている人も残念ながら中にはいらっしゃるようである。
82才の患者さんに、CTやMRIの検査が必要ないと考えられる事、それにかかる費用、自己負担と日本の保健医療の破綻の話などしても詮無き事。無駄の上に反感を買うだけ。ここは笑って
「あ〜そうですか。一人でバスで来たんだよね、おばあちゃん。じゃ、CT撮ってみましょうかね?」ということになった。私は、内心忸怩たる思いであるのだが、こんな人に医療費や保険診療の事を解いてもチンプンカンプンであろう。
無駄な努力をしないのが賢い医師なのか。。。。
結局、40分後、CTは、82才相応の脳の輪切りを写し出し、「特に脳卒中とか脳腫瘍とか、脳の中に病気はないですよ」(脳には痛覚がないんだから、頭が痛くても脳の症状じゃないんですよ、って言っても無駄だよな、、、と思いつつ)。
「頭痛いんだから痛み止め出しておきましょうか?」と私。
「いや、脳軟化とかでなければいいんだ。薬は○○医者からたくさんもらってるから。」と患者さん。
要するに最初から「脳の断層」を撮ってもらおうと思って病院に来ているのだ。
今後は、頭が痛いくらいで他に何も症状がないのだったら、かかりつけのお医者さんに話して必要だったら紹介状を書いてもらってきて下さい、と言ったら、「あそこにはCTはないし、この辺では「脳外科」はここしかないからここに来るんだ」とのこと。
ま、とにかく何も異常がなく、単なる頭痛でよかったね、と言ってお帰り頂いた。
今、病院に初診する初診料は高くなった(正確にいくらか知らない)。かかりつけ医がいるなら、紹介状を書いてもらってそれを持参して受診した方が安くなるし、普段飲んでいる薬もすぐわかるので診察のためにもその方がいいのである。しかし、82才の患者さんはしたたかだった。
要するに、かかりつけ医に行って紹介状を書いてもらってそれを持ってここに来るのは手間がかかり面倒である。自分は「脳外科」は2年ぶりだから「新患」扱いであるが、内科に通院中なので結局病院にとって「再診」扱いの患者さんとなる。だから初診料もかからない。薬は一杯貰っているから、結局頭の検査だけしてもらって何もないことが分かればそれでいい、のである。
まあ、この考えた方が間違っているとは言えない。自分の健康を気にして、病院で診察を受ける。正しい。
で、この方が今日病院に支払った金額は、1180円である。
内訳は、再診料72点(=720円)、CT診断料1106点(=11,060円)で、合計1178点(=11780円)。
老人保健で本人負担額は「1割」なので、ご本人の支払いは1180円(1円単位切り上げ)になるのだ。
収入の過多や考えた方次第ではあろうが、大きな病院の脳外科を受診して「脳神経外科専門医」で「脳卒中専門医」の診察を受けCTを撮って、「異常なし!大丈夫!」のお墨付きを貰えば、1180円は安い、と私なら思う。皆さんは、どう思われるだろうか?
そして、もう一度、上に書いた診療報酬(支払った金額の内訳)を診て欲しい。
どこに「脳外科専門医受診料」とか「脳卒中専門医受診料」とか「脳外科的診察料」とかが含まれているのだろうか?どこにもないのである。
要するに、「再診料」=病院をある一定期間以内に一度以上受診している人が病院に来たことで必要な最低限の料金のこと。カルテの準備だとかクラークの仕事、その他経済効率から言えば、一人の人が病院に来て受付しカルテ、資料が揃えられ外来に運ばれ看護師が問診し、医師が診察し、診察が終了して帰宅するまでが720円では元が取れているのかどうか怪しい。
「CT診断料」=CTの検査を受けた料金。1億とか2億とかするCTで、そのランニングコストや操作する技師の人件費やフィルム代や診断する放射線科医その他諸々の事を考えると、これだって元を取っているのかどうか。
その他は?
何もないのである。
私はどこにいるのだろう。このシステムからすれば、「私」は存在しない。
CTを今日撮る、という判断をし申し込みをするのは、医師でなければできない。看護師や受付のクラークではできない。本来は順番待ちの予約の検査を、「脳卒中の疑いもあるから」という医師の「判断」によって、即日検査をすることになるのであるが、そんなシステムも、患者さんに便宜を図るためにやっている事もわかっている患者さんは少ないと思う。そして、上のシステムからすれば、医師でありさえすればいいので、「今日CTを撮る」というオーダーを出すのは、卒後1年の研修医でもいいし、脳の事なんてわからない産婦人科医(産婦人科の先生ごめんなさい、私は婦人科の事分かりません、、、)でもいいのである。そして、医師が問診し診察し判断したことはなんと「無料」なのである。
もし、診察でお金を穫ろうと思えば(嫌ないい方だが)、「眼底を眼底鏡で検査する」「たたせたり、歩かせたりして平衡機能をみる」などの、何らかの「検査」をしなければならない。その上、そういう事をしたなら、「眼底出血の疑い」とか「頭蓋内圧亢進の疑い」とか「小脳変性症の疑い」とか、何らかの病名をつけなればならない。
いや、CTだって脳の検査をする以上は、「頭蓋内占拠性病変の疑い」(脳腫瘍疑いという事)などの『病名』をつけなければ日本の保険診療制度の中では診療報酬(つまり保険機構から病院への支払い)がなくなるのである。
今日の患者さんは、まさかこんなカラクリはご存じないと思う。意に介していないだろう。
自分は、バスで30分かけて来て1180円病院に払った。何も文句を言われる筋合いはなかろう!82才だ!
私もこの患者さんになんの文句もない。ただ、お金の事ばかりで申し訳ないけれど、厚生労働省の役人の方々、保険診療報酬制度にかかわる方々、おかしいと思いませんか?
医師になって20年以上の経験を持つ、脳外科学会と脳卒中学会の専門医を持つ者が診察しても、その「診察料」自体は『無料』なんですよ。
患者さんが支払って行った1180円の内訳は、病院に来た事に対する支払いとCT検査を受けた事に対する支払いです。私が、10〜20分かけて、問診したり診察したりカルテに書いたり出来上がったCTを読影しそれを患者に説明し安心感を与えたり、そういう作業技能能力は現行制度では『無料』なんですよ!
今日もなかなかしたたかな患者さんから勉強させて頂きました。
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