« オリンピックに寄せて | トップページ | N先生の事 »

2006.02.17

空床警報

戦争を体験されている方には、言葉の響きが不快に感じられるかも知れない。
電子カルテが導入されている当院では、病院全体の空きベッドが少なくなって来ると(全体で10床を切ると)「空床警報」というのが画面に出て来る。
ここ数日毎日のように出ていた。
ベッド数残り現在6床で、どこどこの病棟に男性ベッドが2床、どこどこに女性ベッドが何床あいていてあとは満室だ、という風に病棟ごとに表示されるものである。

今朝、ついに空床が「0」になった。正確には、病院の一般ベッドの空きが「0」で、救命救急センターのICUに1床、HCUに2床しかない状態にまで来てしまった。

理由はいくつも挙げられる。
たまたま急患が多くて入院が非常に多かったのに比べ、退院が少ない。特に「救命救急センター」を持つ当院は、緊急患者は断る事が出来ない。一次、二次救急の患者でも100%受け入れている。本来は、三次を100%受け入れ、その他は周辺の病院に振り分けても良いのだが、その周辺の病院も満床または満床以上(ベッド稼働率100%超)に陥っている。他で受け入れられないから、ここに来る。周辺病院に転院させられないから退院が進まない。それで空床がなくなるわけである。
空いてるベッドがなくて患者が多いのなら病院は儲かるでしょ?いいじゃない?って一般の人は思うかも知れない。
しかし、本当に緊急で重症で運ばれてきた人を入院させるところがないのである。
今はそれほど重症ではないけれど入院して注意深く観察しなければ急変するおそれのある人を入院させるベッドがないのである。じゃあ、そういう人はどうするのか?一つ地域を越えた、救急車でも30分はかかるような地域の総合病院、救急指定病院に送ってもらうしかない。場所によっては、当院をまたぐように通り越して転送しなければならないので、救急車でも1時間近くかかってしまうところもある。
つまり三次救急を担う救命救急センターとしての役目が果たせないのである。病院というものは、それが国立、公立、私立にかかわらず「公的」な施設である。公的施設として地域住民の健康管理および増進に資するように、税金を大量に使って建てられている訳である。それなのにその役目が果たせないというのは、ある意味で税金の無駄遣いになる。

空床がない理由は、入院が多く退院が少ないからだ、と書いた。当たり前である。
じゃあ、何故入院が多いのか。それは上記のように周辺病院も入院させるベッドがないのだ。つまり周辺病院も退院患者が少ない。
なぜ退院患者が少ないのか。入院が必要だから入院しているのではないの?
それが違うのである。
最近は雪も少なくなり気温も緩んではきたが、この地域は雪が多い。屋根の雪下ろし中転落して、という急患がほぼ毎日運ばれて来るような土地柄である。しかも、老夫婦二人暮らしとか老人一人暮らしが多い。一旦入院すると、病院は暖房がきいて暖かく3食きちんと食べられる。同じような境遇の仲間もいて一人ではない。
患者にとって居心地が悪くはないのだと思う。
子供達は成長して、多くは東京、神奈川、千葉などにいたりする。同じ県内でも離れているところに住んでいたりする。自分たちのところに引き取るのは大変だ。生活が変わる。病院に入院させておいてもらえるなら有り難い。
「もう少し、なるべく長くいさせてもらえると、、、」
我々は「う〜ん」とは言うものの、患者やその家族の希望を無碍に断る事はできない。

病院ではなくて、老人ホームとかそれなりの施設はないのか?あるにはある。あるにはあるが、そこも混んでいるのだ。何を好き好んで雪の多いこの季節に、家に戻ったら雪かきを、屋根の雪下ろしをしなくちゃならない寒い家に、しかも老人二人暮らしの、または一人暮らしの家に帰らなくちゃならないのだ、という感じである。

病院とは、病気の人が外来治療では管理出来ないために入院の上治療を行うところである。
グループホームなどの施設は、障害のため、高齢のため、その他の理由で自宅での生活が困難である人を受け入れているものである。
しかし、実際は、冬で寒い、雪が多い、病院は暖かくて快適である、そんなこんなでなかなか退院したがらない。そういう人が一人二人増えるだけで、地域の病院がパンクしてしまうのである。

おかしいんじゃない?!
そう思うでしょうか?もし、自分が、自分の年老いた親がそういう状態になって病院で治療を受けていて、そろそろ退院可能ではあるが、自宅に帰っても一人暮らし、施設も満杯で受け入れがない、となると、「もう少し置いておいてもらえたら、せめて春まで」という気になりませんか?なっても責められないでしょう。
そして、これを可能にしているのが、やはり日本の国民皆保険制度に基づく診療報酬の点数制度。入院費用が、特別室とかでない限り、一人一日数千円です。食費込みです。冷暖房完備でバストイレ付きで、医師と看護師がいて治療設備があって、それで一日数千円です。
ずっと前にも書きましたが、保険制度の違う米国の医療制度の中では、病院や病室によってかなり値段に差があります。ちょっと質の良い病院だと入院費用だけで一日数万円から10万円です。だから保険会社が長期入院を許可しません。だった入院費用は保険をかけてある保険会社が払うからです。ですから入退院の条件に着いてはとてもシビアです。
もし患者や家族の希望で、既に入院治療の必要のない人が「もう少し」「せめて暖かくなるまで」という本人の希望で入院した場合は、全額自己負担です。その負担額が一日10万円です。10日で100万円、100日で1000万円です(だから、臓器移植のために渡米する日本人家族が3000万〜4000万円を募金して行く訳ですが)。

長期入院している患者さんのすべてがこういう訳ではないけれど、今、脳外科に入院している50人以上の患者さんのうち、もういつ退院してもいいです、という人が5,6人いる。胃瘻を作って流動食を胃に直接流し込んで寝たきり状態の人が4,5人いる。呼吸器をつないで管理しているだけの人が2人いる。
本来、急性期の脳疾患を扱う脳神経外科の病棟には不適合の患者さんがこれだけいる。なぜ置いておくのって?移す場所がないのです。
まず呼吸器をつけている、交通外傷で半年以上昏睡の人と自殺を図って2年昏睡の人。呼吸器をつけている以上病院以外に行くところはありません。きちんと管理出来るところはありません。胃瘻を作っている人達は、施設入所を待っています。3、4ヶ月は空きません。ですから施設の近くの病院に一旦転院した上で、施設が空くのを待っています。でもこの病院も満床です。これらの人は仕方ありません。
いつ退院しても良さそうな人、5、6人。この人達には様々な理由がありますが、多くは80、90才という超高齢者でしかも一人暮らし。自宅に戻って生活も出来そうだけど家族は心配はするけれど引き取りはしない。本人も自宅に帰る気でいるけれどまだ雪が多い、という人達も含まれます。
一日の入院費が数千円だからこんな事が可能なのだと思います。もし10万円もするのなら、家族は無理をしても一旦自宅に引き取り様子を見て一人暮らしをさせるとかいろいろ行動すると思います。金がかからないから放っておくのです。

弱者である病人や高齢者に優しい日本が世界に誇る医療制度ですから、八方丸く納まっているのなら良い事なのですが、そのために空床がなくなって本当に重症の人が入院できない危険性があるのだ、というのをこれを読んだ方全員が「我が事」としてちょっと考えて頂きたいな、と思いました。
ーー
p.s. 私の移動が早まりそうです。もしかするとそれを期にこのブログも書かなくなるかもしれません。立場が変わると、このように感じたままを好き勝手に書く訳に行かなくなる可能性があるのです。

|

« オリンピックに寄せて | トップページ | N先生の事 »

コメント

あーあ、balaineさんもいなくなってしまうのか、、、
ヒドイ・・・||||(・・、)

投稿: @むーむー | 2006.02.17 14:39

@むーむーさん、どうも。。。。
5月に、と言われていたのが、4月1日付けになるようです。
文部教官では国や政府の批判などしにくいですね。
音楽の事だけ書いているんだったら続けられるかもしれませんけどね。

投稿: balaine | 2006.02.17 15:52

えっ!何で、何で?
文部教官のお立場で書くブログってのもありでは?
是非続けていただきたいで~~す。

投稿: mayako | 2006.02.17 17:39

先生が 偉くなるのは ちっとも かまわないけど
(みんなで 先生のお祝いしなくっちゃ^^;)

でも ブログ やめるのは

ショック☆<( ̄◇ ̄;)>☆ショック

そんな 淋しいこと・・・
音楽ブログにしてでも
続けてほしいな~( ┰_┰) シクシク

投稿: 則香 | 2006.02.17 17:43

文部(科学)教官って、国立大学の教授ってことなんですね。初めて知りました。
じゃあ、文部科学省の役人って位置付けですか。
すごい事なんでしょ?おめでとうございます。
制約とか、立場の判断行動とかあるんでしょうね。
でもきっと、たくさんの抱負もおありだと確信しておりますが。
ミーハー的で申し訳ありませんが、ドラマ「踊る大走査線」を思い浮かべました。
ギバちゃん演じる室井にみんなが言うんですよね、「偉くなってくれ、偉くなってこの警察組織を変えてくれ」って。
んまあ、警察組織と医学界の違いはありますが。
スイマセン、軽薄っぽい連想で。

とても居心地のいい、素敵なブログにめぐり合えて(むーむーさん、ありがとう)、
いい時間を過ごさせて頂いてますので、正直とてもがっがりです。
ため息出ました。
淋しくなります。
あとひと月、エスプレッソ並みの超濃い「ひげ鯨の日々」期待してます。

●数年前、少し福祉の勉強をしました。
勉強してる時は、現状に問題意識を持つ立場になり、実際介護保険制度を利用している親を思えば、「なんとか置いて欲しい」立場になります。
めちゃくちゃご都合主義になります。
高齢者は様々な疾患を併せ持っていますから、入れる施設に関しても、症状を基準とした行政の引く境界線をまたいでいます。
実際、家族はビクビクすることもあります。
「えっ、ここには居られないの?」って。

でも国民皆保険の限界も分かります。
スマートな解決法はないのでしょうか…
すわアメリカ型というのもギモンです。
国民の生活格差、大きい国ですから。
彼らにとっては高額な医療保険をかける収入がない人達がゴマンと居ます。
保険掛けてないから、お金無いから病院へは行けないという流れ。
日本は狭い国で、ほぼ単一民族で、文字が読めない書けない人はほとんど居ず、知識レベルも高い国です。
国民の多くの理解を得ることは不可能ではありません。
政府の制度改革への努力と、国民に理解を求める努力を切望します。
…って、文最後は部科学省宛ての書き込みみたいになっちゃった!

投稿: ダブル | 2006.02.17 19:16

皆さんのお気持ちは有り難く、嬉しいです。でもそんなに深刻な事ではありませんよ。それからダブルさん、文部科学教官ってのは単に文部科学省が管轄する国立大学などの組織の「先生」のことであった、「教授」のことではありませんよ。
助教授、講師、助手、全て文部科学教官です。
ちなみに国立病院、大学の正看護師さんは、みな文部科学技官なんですよ。

いや〜、お気楽なブログは書けなくなりますよ。国家公務員ですから。
でも何らかの形で残しては行くんじゃないかな?と思います。

ところで、@むーむーさん、N先生、昨晩お亡くなりになられたそうです。
残念です。実に残念です。同じ年なんです(学年はN先生が上)。

投稿: balaine | 2006.02.17 19:39

ブログの内容が限られたり続けられないのは寂しいけど。気が向いた時に、こそっ・・と、更新してあるのも、楽しいかも。先生なら色んな話題がありそうですよ。

フルートは続けられるのかな・・・せめて、フルートだけでも続けられる環境であって欲しいなぁ・・・フルートと接する時間を捻出するだけでも大変かな?
そういえば、新たなピッコロもお連れになったんですよね。18kも帰ってくるし。
なにげに、待ち人が多いですよ。・・今頃、ひそひそ・ひそひそ話し合っていそうな。今後の傾向と対策を練っていそうな・・・嘆いていそうな・・・
「月は待らん、月をば待つらん 我をば待たじ、虚言や」

投稿: むかご | 2006.02.17 21:51

ブログやめたら、ストレスたまったりして。。
N先生のように、「ひげ鯨の独り言」ってコーナーを書けばいいのに。私ね、最初あそこを読んだら、吹き出してしまって、おもわずHNが「わはは」になってしまいました。

投稿: @むーむー | 2006.02.18 00:19

医療というのは 本当に矛盾しています。
自分が不要になるのが 理想。
病院が 医者がいらなくなるのが理想。

余裕がなければ いざというときに対応できない。
余裕は赤字。

空床が無くなるのは 救急には まずい。
病院経営では 空床がなくなるのが理想?

空床が多すぎて、警報が点滅している赤字病院もあります。

投稿: suyasuya | 2006.02.18 00:32

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74618/8702796

この記事へのトラックバック一覧です: 空床警報:

« オリンピックに寄せて | トップページ | N先生の事 »