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2006.02.23

手術中の脳の機能をみる

昨日救急入院したクモ膜下出血の患者さん、手術終わりました。
昨日は検査が終了した時点で夕方で、手術室は予定手術がまだ終わっておらず麻酔医が一人しかいなかったため、安静にして寝かせ本日の午後手術となりました。
今日は麻酔医が3名いるのですが、でも予定手術がすでに組んであるので、少し変更を加えて3時前に手術室にはいり、3時45分頃から手術を始め約3時間で終了しました。
脳動脈瘤は直径10mm位あり、前脈絡ソウ動脈という、太さは1mmもないのですが、これが詰まると半身不随になってしまう血管が動脈瘤の壁に固くくっついていてググっと曲がっていたためちょっと難渋しました。親動脈と、動脈瘤の壁と、この前脈絡ソウ動脈の間を丁寧に剥離してクリップが十分入るスペースを作り、丁寧にクリップをかけました。

予想通り、つぶれた動脈瘤にくっついている前脈絡ソウ動脈が引っ張られて曲がりが強くなりました。血管の壁は赤くちゃんと血が流れているようですが、このままにしておいて大丈夫なのかどうかは不確実です。
MEPという、運動機能を手術中に調べる電気刺激の検査を行いながら手術をすればいいのですが、今日は行っていませんでした。クリップがしっかりかかった瘤はもう破裂しないので、その太さ1mm以下の血管を瘤の壁から剥がしにかかりました。約20分かかりましたが、ていねい前脈絡ソウ動脈を壁から剥がして曲がりをとる事が出来ました。手術終了後、今、まだ1時間くらいで麻酔から完全には覚めていませんが運動麻痺はなく、術後経過は良好だと思います。

MEPの様な検査の事を脳に対する電気生理学的な「術中モニタリング」といいます。どちらかといえば、私の専門分野ではあります。ただ、一般市中病院では、使用する器械の問題、電極の問題、マンパワーの問題、そして一番大きいのは緊急手術などバタバタする中でのモニタリングの煩雑さゆえ、よほど問題が起こると予想される疾患や手術でない限り(たとえば、聴神経腫瘍の手術における顔面神経のモニタリングなど)ルーチンにやろうという気にならない点は問題です。
術中モニタリングというのは、手術操作などによって脳や神経にダメージが起きないように「見張る」作業であり、モニタリングで何か変化が起こって注意信号が出たら、たとえばその時にやっている手術操作を一時休止するとか、脳にかかっている脳ベラという道具を緩めるとか、血管にかかったクリップを外すとか、そういうことを考える根拠になるものです。それによって、手術中に術後に問題が起きないように判断したり対策をとったりするものであり、(ものによりますが)脳の手術にちとって大事なものです。
 通常の術中モニタリングというのは、電気的な刺激と記録を行うコンピュータ(脳波計みたいなもの)を使いますが、これを使うのは「脳外科医」そのものです。電気で脳を刺激し記録するのも「脳外科医」です。その記録を見て判断するのも「脳外科医」です。これらの作業は手間がかかります。手術操作の中断を必要とする事もあります。スムーズにさっさと手術を済ませたい時には、多少迷惑な気持ちにもなります。でも、患者さんのためです。
手術後に「あれ〜、なんでこんな症状が出たんだ?!」という事のないように手術中に行うものです。しかも「タダ」でやっています。正確には、検査費用を請求していないと言った方が正しいです。なぜなら日本の保険診療の点数表に「脳外科の手術中のモニタリング料金」という項目はありません。電気的刺激による「筋電図」とか「聴覚反応」などの項目はありますから、その検査を手術中に「1回」したことにして(実際は30回とか40回やってる訳ですが)料金を請求する事は出来ます。が、その費用はせいぜい保険点数で800点。つまり保険本人の2割負担の場合、患者さんがこの「大事な」「術中モニタリング」に対して支払う料金は、1600円程度です。ちょっとタクシーに乗ったら払ってしまうような金額でしょう?
だから、バカバカしいのでいちいち請求していない脳外科医も少なくないと思います。

米国では保険点数制度ではないので、施設や医師によって手術や検査の料金が違いますが、私が以前留学していた先での「術中モニタリング」(聴神経腫瘍手術などにおける顔面神経や聴神経のモニタリング)の料金は一回の手術中に日本円に換算しておよそ80万円請求していると聞きました。手術料金も、ものによって違いますが、手術一個あたり300万円から1000万円くらい請求していたようでした。モニタリング一つとって見ても、米国では専属の検査技師、電気生理学者や神経内科医がやっていて、脳外科医ではありません。脳外科医は「脳」の「手術」をする人です。
日本では、これを器械を手術室に運び入れて電源を入れて線を接続したり、終わった後に片付けたりするのからすべて「脳外科医」がやってしかも「無料」です。こんな凄いサービスの医療は、おそらく世界中で日本だけだと思います。

お金の事ばかり言ってせこいようですが、日本の医療というのはこういった「医師によるある意味ボランティア」的な仕事によって支えられているのは事実です。そうして、より安全性の高い高度な手術を目指して行っているのに、医師の技術料を値下げする「診療報酬の4%減」が来年度から始まるのでしょう?
なんだか、バカバカしくて、もう医者なんかやってらんない、というような気持ちにもなりますね。
話がだいぶずれたのでこの辺で(まあ、こういった愚痴は4月からは書けないでしょうね〜)(^^;

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コメント

あれ?国立大学って、学校法人になったんでしたっけ?と、なると職員は国家公務員(文部科学教官)じゃないんですか?素朴な疑問でした。

投稿: 内専 | 2006.02.23 23:09

うんうん。。モニタリングしながらの脳手術はERで見ました。ピーターが脳腫瘍で、意識があるのに質問しながら手術をすすめていくやつですよね。それで、何とか野がいけないとか、いいとか。せっかくいい手術法があるのにね、、

で、こんな話を脳外科医さん本人がしていると、金儲けがしたいんだろう。なんて言うヤツが出てくるんですよね。やだやだ、、ばっかみたい。
そんなヤツに限って、何でもやってもらって当たり前、お金も払ってもらって当たり前みたいな事言ってるんですよ(怒)
それでね、こんなこと私が書いてると、誰かに書かせられてるんだろうなんて、言うヤツがいやがんの。アホクサ!!

投稿: @むーむー | 2006.02.23 23:15

訂正。ERで、脳腫瘍になったのはは、ピーターではなくて、マークでしたよね。どうでもいいですね。アハハハ

投稿: @むーむー | 2006.02.24 09:02

内専さん、どうなんでしたっけ?ま、身分なんてどうでもいいんですけどね。独立行政法人になっても、なる前も、「文部科学教官」のようですよ。

@むーむーさん、え〜、どこかでそんな嫌がらせ受けてるんですか?そういえば、一年前くらいに、「脳ドックは脳外科医の失業対策だ!」とデータを曲解して書いてらした方もいましたね。もう、忘れてましたけど。
だって、いくらモニタリングを必死にやろうが、やるまいが、手術の点数は同じで、給料に影響は「全く」なく、日本の保険診療制度だと、術後に合併症を起こして治療に手間取った方が稼ぎが増えるんですよ。術中モニタリングで麻痺などを未然に防ぐと術後経過も速やかで稼ぎは少なくなるんです。誰が助かるかと言うと、それは「患者さん」。そしてその笑顔に癒される我々医療職ですね。

投稿: balaine | 2006.02.24 10:09

その術中モニタリングというのを
私は10時間あまりもやってもらっわけで・・・
最後の最後にガクンと落ちたことが
と主治医に散々聞かされました(笑)
いかに時間と根気で無償でやっていただいたがよ~くわかります、
でもってその治したい!という医師の心に動かされ
リハビリに 精一杯頑張ったわけで・・復活できたのだ!^^;
ほんとに役人に現場みてもらいたいですよね。

投稿: 則香 | 2006.02.24 10:14

ER、最近忙しくてあまり見てないけど、DVDはI~VIシリーズまで持っていますよ。
マークの脳腫瘍が言語中枢の近くにできたので、「覚醒手術」awake surgeryをやる事になって、Chicagoの病院じゃ出来ないのでNYに行って手術を受けたんです。
僕はあのとき、Chicagoの脳外科医が怒るだろうな〜、と思ってみてました。確かに特殊な技術ではありますが、高度な専門の脳外科施設ではかなりルーチンの手技になっています。日本では10を超える施設でやってますし、私もその仕事にも関与していたことがあります。
去年、覚醒手術の事を記事にしています。ご参考まで。
http://flute-piccolo.air-nifty.com/balaine/2005/08/post_bb16.html

投稿: balaine | 2006.02.24 10:28

則香さん、そうでしたね。経験者でしたね。
大学病院のようなマンパワーのあるところでは、執刀は教授、電気刺激によるモニタリングはそれ専属の脳外科医が一人、ず〜っと手術の開始から終了まで傍にいて、教授が顔面神経を電気刺激するたびに働くんです。
これが市中病院だと、電気生理学的モニタリングのきちんとした知識を持っている人は多くないので(決してそんなに難しくはありませんが、マックからWindowsに替えるという事よりは難しいかな?)、執刀医自ら電気刺激の機械のセッティング、電極の設置を行い、器械の操作を技師に頼んで指示しながら、自ら刺激、自らチェック、自ら執刀という一人三役くらいこなさないと行けません。しかも、と〜〜っても機械的な刺激(つまり押すとか引っ張るとか)に弱い顔面神経を何とか守りながら、でもそれにくっついている腫瘍は可及的に切除せねばならず、凄い緊張と高い集中力を6時間とか8時間とか持続しなければなりません。
小さな腫瘍の場合(直径10~15mmくらい)は、簡単に剥がれる事もあるんですが、直径30~40mm以上になって来ると、神経と腫瘍の境目は肉眼ではわからずしかも固くくっついている(ほとんど同化しているんじゃないかというくらい)ので、1mm以下の単位での仕事になってしまい、切除はとても時間がかかる訳です。本当に大変な手術なんですよ!(自己弁護っぽいかな?)(^^

投稿: balaine | 2006.02.24 10:44

「覚醒手術」、テレビで見たことがあります。
鳥肌が立つくらい感動しました。
そのモニタリングもまた診療報酬につながらないなんて驚きです。

投稿: ムンテラ | 2006.02.24 15:21

う~ん、なんかスゴ過ぎ!
頭の中のぐちゃぐちゃ(構造、機能、みーんなひっくるめての意)自体が、もう、超複雑なる宇宙の様相を呈してるのに、そこに立ち向かう日々なんですね。
自分の選んだ道でしょ!じゃあ済まない膨大な勉強と研鑽と仕事がエンドレスな毎日かあ。
学問としての脳外科の面白さって何だろう。
モチベーションの中に、やっぱり、純粋に学問として求めたい何かがあるんだろうなあ。
病気を治したい、命を救いたいとかの使命感・心情と共存しながら。
脳外科医であり続けるための必要エネルギー量はかなりのものの気がするから、高品質の燃料要りそうだものね。

一生の内で入院するような疾病にかかる人、その中で何らかの手術を受ける人、
さらにその中で脳の手術を受ける人---
段々狭められていきます。
そういう限定されていく現実って、情報とか理解とか直面してる問題とかも限定的なものになってしまうんだろうなあ。
いろんな事感じてるんだけど、
まとまりませんワ、ハイ!

投稿: ダブル | 2006.02.25 00:11

今朝の朝日の「私の視点」でも
“マスコミや国民が求める『安くて、安全で、室の高い外科医療』など世界に存在しない”
と書かれているが、それでも、すぐにアメリカを規範にした医療に走らず、
何とか、日本独自の少しでも医療従事者、患者が満足できる道を
探って欲しい気持ちです。

投稿: mayako | 2006.02.25 09:45

↑室じゃなく質の間違いです。

投稿: mayako | 2006.02.25 09:47

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