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2006.01.29

日常の救急

 変なタイトルかもしれませんが、脳神経外科は一般に脳卒中、頭部外傷、脳腫瘍、その他をあつかう診療科で、特化した研究施設ではない一般市中病院では扱う患者さんのほとんどが脳卒中と外傷です。
 ですから「緊急患者」「緊急入院」という『非日常的』なことは、我々一般市中病院勤務の脳神経外科医にとっては『日常』のことです。「日常の事」ということは、いつものこと、毎度、またか、、、という意識をどうしても生みます。人間は怠けやすい動物。一度楽を覚えると、一度手抜きを覚えるとなかなか元に戻るのは難しい。
 生命に危険が及ぶ可能性のある脳卒中などの『非日常』のものを『日常』に扱っていると、それ以外の非日常的疾患や症状、たとえば転んで足をくじいたとかもっといえば風邪をひいて熱が出たなどという、とりあえずは生命に影響などまずなさそうな、軽症またはおとなしくしていれば自然に治るような疾患を軽視する気持ちも生まれかねません。私の心の中にも、どうしてもそういう気持ちが生まれる事があります。そういう自分の心の奥底のぼやきを隠しながら「救命救急センター」で日常に見られる患者さんを「時間外」に診察するのも、我々の役目ではあります。
 この病院にある『救命救急センター』は厚生労働省から認可されて全国に170位設置されているセンターの一つです。ですから、緊急患者は「全て」受け入れます。断る事はありません。何でも診ます。
 ということは、かなり重症の高エネルギー外傷や急性心筋梗塞やクモ膜下出血を始めとする脳卒中はもちろん、急性腹症(強い腹痛)や風邪で熱を出した人、喉が痛い人までなんでも診る事になります。

 いわゆる「たらい回し」を回避するために、救急患者を受け入れる病院、これまでは「救急指定」を受けていた病院などの分類を見直すらしいです(ニュースソース、Asahi.comから)。
 病気やけがの緊急度に応じて「救命救急」「入院できる救急医療機関」「初期救急」の三つに区分し、救急の機能別に基準を明確にすることで効率化を進め、患者を受け入れてもらえない「たらい回し」をなるべく少なくする狙いがあるそうで、08年度からの実施を目指して省令を改正すると報じられています。
 都道府県知事が認定している救急病院は05年4月現在、全国に4712カ所。しかし「救急告示」ができる条件としては、(1)救急経験のある医師が常時診療している(2)X線装置・心電計・輸血などの設備がある(3)救急専用や優先的な病床が確保されている、などしか定めていない。都道府県では、医療法による医療計画のなかで救急医療体制を、患者の病状などから初期、2次、3次の医療機関に分けているが、施設基準は抽象的であった。 総務省消防庁によると、救急車で搬送したものの収容困難として他の医療機関に転送された例が、03年で3万4261回あったとのこと。中にはいわゆる「たらい回し」もあった。救急病院にはなっているものの医師などの不足から、毎日は受け入れられない病院、診療所もあるため、実態に合った制度に見直すことにしたと報じられている。
『厚労省の検討案では、救急病院を、生死にかかわる重い患者を対象とする「救命救急センター」、入院が必要な急患を対象とする「入院機能がある救急医療機関」、軽い患者を診る「初期救急医療担当」に区分。3年の更新制にする。「救命救急センター」と「入院救急医療機関」は、搬送患者をすべて受け入れることとし、「年間365人以上を受け入れる能力と実績」といった数値基準を盛り込むことなどを検討している。
 また救急医療に携わる医師の労働条件も厳しいため、「救命救急センター」は、夜間休日の交代勤務の導入を明記する。
 しかし、機能別に区分することで「基準をクリアできずに、認定からはずれる病院が続出するのではないか」という懸念がある。厚労省は、細かな基準は今後、自治体や医療関係者と詰める必要があるとしており、地域事情などに応じた措置も検討する。』

 現実に救命救急センターにどのような重症患者が運ばれて来るのかを考えると、意識障害・神経障害を伴う脳卒中、心筋梗塞などの心臓発作、交通事故などの重症外傷、急性腹症などの生命に危険が及びうる内臓疾患、重症の小児疾患(高熱、てんかん、その他)である。うちの救急外来で活躍している医師は、当然脳外科医、整形外科医、循環器内科医、消化器内科外科、小児科である。あまり頻繁にコールされたり救急外来で活躍していない科としては(通常活躍していても、救急外来ではそれほどでもない、という意味です)、眼科、皮膚科、産婦人科、精神神経科、泌尿器科、耳鼻咽喉科などがあります。この差は、疾患の頻度とその生命に及ぼす影響によって生まれるだけで、何も皮膚疾患を軽視して良い病気といっている訳ではありません。
 上記の現状から考えると、厚生労働省でいっている「搬送患者をすべて受け入れなければならない病院」は、必ず脳外科医、循環器内科医(+心臓外科医)、などがいなければ問題です。意識障害のある患者を普通のお医者さんは扱えない(というか扱うのを怖がりますし、看護師も恐れます)。脳外科医だけは自信たっぷりに意識障害のある患者を診察し診断し治療します。その患者さんの頭の中で何がおこったのか、今何がおきているのか、これから何が起きるのか、を考えそれに対して策を考え実行するのが『脳神経外科医』です。手術顕微鏡のしたで「神の手」と呼ばれるような繊細な手術手技を実施するだけが脳外科医の仕事ではありません。
 そして、その我々が脳神経外科単科だけで、ここの病院でいえば、平均的に一日1.5〜2人の救急患者を診察し平均1.5人を入院させているのです(軽症の外傷などでは帰宅する事も多い)。それを一つの病院で、脳外科医2人とか3人でやっているのです。
『救急医療に携わる医師の労働条件も厳しいため、「救命救急センター」は、夜間休日の交代勤務の導入を明記する。』とありますが、これは救命センター付きの「救命救急医」のことであって、一般診療科にはいる脳外科医には適応されないと思います。我々の救命救急センターには、常勤の救急医がいて、朝から晩まで忙しく働き回っています。何科の患者でもどんな症状でも診察し、初期治療を行い、担当すべき診療科に回しています。
でも、夕方5時を過ぎる時間外と土日などの休日は、原則的に彼らはお休みです。
 その間の、「救命救急センター」は誰が診ているのか、と言うと、いわゆる「病院」宿直医です。日直医の場合もあります。本来、日直、宿直医というのは、休日や夜間に「院長代理」として「病院」を守る医師のことで、病院内の緊急事態に備えて病院内から一歩も外に出ずに「番」をしているのが役目なんです。「救命救急センター」の仕事をする事が役目ではありません。
 ところが、これが「日常化」してしまっていて誰も疑問に思わず、救急外来の看護師などは「救急患者さんですよ、早く来なさい」見たいな態度で我々宿直医をコールします。本来の「病院を守る」仕事に並列して、時間外に来た患者さんを診察するという「エキストラ」の仕事なのですが、世間一般的にもまた病院内スタッフも「当直医は救急外来を診る医者」というような「誤った」観念が日常化しています。 
 当院では、内科系と外科系の医師を一名ずつ、宿直医、日直医にあて、さらに「管理日直」という名前でそれらを補佐したり緊急時に手伝える体制をとっています。加えてICU日直という名前で休日の日中だけもう一人医師が日直をしているので、休日の日中で4名、平日・休日ともに夜間は3名の医師が泊まっています。しかし、「救命救急医」はこの時間帯にはいません。ですから、救命救急センターに来る、本当に救命を要するような患者さんから、2、3日前から風邪をひいて熱が出たという患者さんまで、幅広い疾患を扱う役目を負わされます。
 そして、宿直日直医は、経験の少ない耳鼻科医であったり皮膚科医であったり精神科医であったりする事もあれば20年以上のベテランの脳外科医であったり整形外科医であったり循環器内科医であったりすることもあるのです。これが救急の日常です。本当は、救命救急センター付きの「救命救急医」が最低でも6,7人いて、一勤務帯あたり最低でも3名くらいで、日勤、準夜勤、深夜勤、休日のローテーションをしながら彼らが全部診て、疾患によって担当診療科にバトンタッチすべきなのです(TVの『ER』のように)。
 しかし「日常の救急」はそうなっていません。
 なぜできないのか?
 医師不足、特に救命救急専門医の不足。財源不足、救命医や救急疾患を扱う担当診療科の医師を雇う人経費などが足らない。しかも今、医療費抑制のために医師の技術料を中心とする「診療報酬」保険点数を下げています。
 政府や厚生労働省が混乱しているように見えるのはわからないでもありません。
 医療は進歩している。技術も進歩し体制も進歩している。患者さんは治療成績という結果だけではなく、病院の新しさ、部屋の美しさ、個室の数、設備の充実度といったアメニティやプラスαの価値を求めている。それなのに、「保険点数」「診療報酬」という制度はあまり変わっておらず、医療費を抑制するために点数を下げ医師や病院の収入を減らす方向へ動いている。財源は不足している。医師不足の対策はやはり金。
 特に専門の医師を配置する人件費がかかる救命救急センターをしっかりさせようという省令の改正を目指しているのに、財源は減らし病院の収益を減らそうとしているこの矛盾はどこから生まれるのだろうか。

 おそらく、厚生労働省の中にたくさんの部門があり、その部門別に与えられた課題を国家公務員として真面目に遂行するにとどまり、大きな森全体を見渡せる人やそういう役目の人がいないか、いても能力が不足しているのではないかと危惧する。
 我々現場の医師の「日常の救急」を、厚生労働省のビルの中にいる人達につぶさに見てもらいたいものである。

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コメント

お疲れさまです。
以前コメントさせて頂いた5年目脳外科医です。
今日は私も日直で、やっと一息つけたところです。外科系はまあそれなりに落ち着いていますが、内科系は発熱、インフルエンザ患者であふれています。ほんとに今日はタイムリーな話題で全く同感でした。
ところで最近PCをMacからWindowsへ乗り換えることになり、それを機に恥ずかしながら日記ブログを書き始めました。
トラックバックさせて頂きます。
と書いていたら骨折疑いの患者さんが救急搬送されるらしく・・・、行ってきます。

投稿: taka_o | 2006.01.29 16:17

taka_oさん、日直お疲れさまでした。
コメント&TBありがとうございます。私もTB返しさせて頂きました!

しかし、なんだな、マックを見限ってよりによって窓族に寝返るとは、脳外科医の風上にもおけねぇな〜。(って絶滅種マック族の遠吠えか、、、)
その昔、脳外科総会の「コンピュータセッション」でオタク(と思われがちな)っぽい鋭い頭を持つ俊秀が揃って白熱した議論を繰り広げ、それが「日本脳神経外科コンピュータ研究会」という学会まで作り出してしまったものでした。。。マック派ばっかりだったな、あの頃は。いまはむかし。

投稿: balaine | 2006.01.30 18:30

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結局昨晩は1時過ぎまでnew PCへのデータ移行をしていたが、Mac側の調子が悪く、重くなかなか進まない・・。(だから買い換えたのだが・・。) しかし無線LANの調子は良く、データ移行も無線でできるようになりました。MacとWinの壁は厚くない?? それはさておき、今日は朝から日直でした。当院では、内科系1名、外科系1名、研修医1名の3名で日直を、休みの日の宿直は研修医なしの2名でまかなっています。いわゆる2次の救急病院に当たるのですが、(入院加療が必要な救急を2次、帰れる軽傷の場合を...... [続きを読む]

受信: 2006.01.29 19:56

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