« 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(2)(ハンガリー3日目、4日目) | トップページ | 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(4)(プラハへ) »

2006.01.18

『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(3)(ハンガリー5日目、6日目)

(独語:旅行記にコメントなんてつけにくいだろうけど、何か反応が欲しいナ〜、、、)

・第六日目(2006年1月6日):ハンガリー5日目
 今日でソルノークともお別れである。ホテルに2泊、ボルバーラの家に2泊させてもらった。
SzolnokSouvenir
左の写真の様にお土産をもらった。パーリンカが2本+スキットルの中身もパーリンカ。ウニクムのミニボトル。結局4つが酒である。(^^;;;;
 YS氏は、着物の帯、日本酒、自分の作ったお餅、和風な小銭入れなど「和」で攻めたお土産をたくさん持って来た。私は「かぶらない」ように考えて、日本がこれから世界に発信して行く新しい文化「カワイイ」の代表である、キティちゃんグッズを持って来た。実用的に、キティちゃん色一杯、ラメラメの小さな手帳やスケジュール帳、小さなシステム手帳、ミニホイッスル付き携帯ストラップなどである。受けたのかどうか反応は今一だった。キティちゃんを知らないのだから仕方ない。娘さんのレイカは喜んでいるように見えた。
 朝食を頂き荷物を片付け集合場所のホテル前に送ってもらった。ソルノークフィルは3月に来日する。酒田、遊佐、東京(豊島区文化会館、豊島公会堂?)で公演を行う予定である。ボルバーラもご主人のシャンドールも来日予定なのでまた会える。セカンドフルート&ピッコロのヨルディは来ない。残念だ。
 バスの前でフルートパート5人でまた記念写真。ボルバーラ、シャンドール、ヨルディと抱き合って挨拶。女性とは頬を左右交互にくっつけて挨拶する流儀にも慣れた。

バスは、10時過ぎにホテル前を出てブダペストへ向かった。約一時間半でブダペスト到着。まず今日から2泊するペスト地区にあるラマダホテルにチェックイン。昼食をとって、午後は主にバスで市内観光である。
dunacastle
dunamattiusバスから撮った、ドナウ川と川向こう(ブダ地区)の王宮およびマーチャーシュ教会。ブダペストの写真をふんだんに納めた観光レポートは下記URLに素晴らしいサイトがあります。
ブダペスト旅行記へ。

これらの建造物の説明を受けながら、有名な鎖橋やエリザベート(シシー)橋、自由橋、国会議事堂など観光スポットをササッと見る。このドナウ河畔の美しい光景はユネスコの世界遺産に登録されている。次に、ペスト地区の中心部で少し町の中を歩く。ガイドとつるんでいるのであろうが、日本語を喋るスタッフのいるお土産屋さんなどを紹介されるが、私は隣りのタバコ屋さんによって絵はがきを数枚求めた。ただ、こういう「普通の」お店ではユーロが使えず、ハンガリー通貨フォリンとしか受け付けてくれなかった。
 お土産屋さんでは「カロチャ刺繍」の小物やテーブル掛けなどを数点購入。
 間違っても酒、特にパーリンカは買わない。
BudapestMarket
 通りを歩いて行くと「中央市場」があった。ここは広い建物の中にたくさんの店が入っていて、主に生鮮食料品(肉、野菜、チーズ)や酒を扱っている店が多い。地下にはスーパーもあった。魚屋もあったし中華アジア料理材料店もあった。興味があったので覗いてみたが、お箸と箸置きのセットが竹の蓋付きの箱に収められて売られていた。インスタント麺もあったが、たいていはシンガポール、タイ辺りで売られている安い辛い麺類のようだった。醤油は世界の定番「キッコーマン」がおいてあった。ここでフォアグラペースト缶詰を自分用の土産にした。
 夜は、国立オペラハウスでオペラ鑑賞。OperaCeiling左の写真はオペラハウス入ってすぐ上の天井。
 本日の出し物は、ワーグナー作『ラインの黄金』。
はっきりいいまして私はオペラ初心者です。というより、生まれて初めてモノホンのオペラをブダペストで見る事になってしまいました。あらすじは遠い記憶くらいにありましたが、ドイツ語がわからないし、舞台上のスクリーンに電光掲示されるマジャール語はもっとわからない。予習しておけば良かったかな〜?まったく予備知識なしに「芸術」として楽しもうと思っていたのですが、わからないからつまらない、つまらないから眠くなる、、、で途中3回程意識を失ったと思います。劇が始まる前に隣りの女性に「もしいびきかきそうだったら起こしてね」と耳打ちしてあったのですが、一回だけ膝を軽く叩かれJCS100から3くらいまでに意識が回復しました。またすぐにJCS10くらいにレベル落ちましたが。(笑)
ButapestOpera折角の「オペラデビュー」なのでタキシードを着てみました。オペラハウスを入ってすぐのクローク前でパチり(フラッシュを焚かなければ写真は撮っていいようですが、ダメだ!と言っている係員みたいな人もいました)。
 まあ、伝説の話しを劇に仕立てている訳で、伝説を知らないから全くわからないのです。日本の歌舞伎の様なものだろうと思っていたのですが、演出家によって一部あらすじまで変わってしまうくらい、同じ『ラインゴールド』と言ってもいろいろあるようです。今回の演出には、緑色のレーザー光線が使われたり、工事現場(?)ではオケ以外の録音音源で「カッコン、ガッタン、バッタン」というような奇妙な音がスピーカーを通して流されていました。
 歌舞伎だって「過去」の芸術ではなく時代ともに変わるものでしょうし、ただ「伝統」を受け継ぐだけのものではないと思います。ただ、衣服、所作、流儀、などなどかなり伝統を守り抜く芸術だと思うのです。ところがオペラというのは、要するに生オケ付き映画風演劇という感じで、時代考証はあるかもしれないけれど、現代の世相や問題を取り込んだりしているようです。
こんな事をいうと異論反論ありそうですが、忙しい脳外科医にオペラは似合いません。短くても2時間半から3時間。長いものになると5時間も6時間も劇を見続ける(途中で休みがあるとしても)なんて耐えられません。当日の『ラインゴールド』も「あるんじゃないか?」と期待していたintermissionがなく、カーテンコールまで含めると2時間45分、そう約3時間も立てないのです。ヨーロッパでも屈指のオペラハウスと言っても作りは古く一階フロア席は木の椅子。バルコニー席ならフカフカのクッション付きの椅子がおいてありました。木の小さな椅子では体格の小さい日本人だって苦しかった。身体の大きなヨーロッパ人が耐えられるのが不思議だった。
オペラを見ている間に「エコノミークラス症候群」になりそうでした。こういう難行苦行の様なものに耐えられるヨーロッパの芸術愛好家を私は単純に「偉い!」と思ってしまいました。まだまだ修行が足りません。。。

 その夜、やはりオペラに疲れたVa奏者が私とYS氏の部屋に来て鬱憤をはらすかのように遅くまで飲んでしまいました。気がついたら部屋の時計が午前2時50分を回っていて、おお〜、そろそろ寝ますか?って感じで寝ました。

(5日目の食事)
朝食:ボルボーラの自宅で、パン、ハム、チーズ、コーヒー+パーリンカ(笑)の食事。
昼食:ラマダホテル1階テラスレストランにて、スープ、メイン(鳥だった)、パン、デザート、コーヒー、ドリンクの食事。写真なし。
夕食:ラマダホテルテラスレストランにて、軽食(サンドイッチの様なもの)。オペラに出かける時間がタイトであったため。写真なし。


・七日目(2006年1月7日):ハンガリー6日目(=ハンガリー最終日)
 夜更かしをしたせいで、目覚めは非常にさわやかの正反対。どんよりしたまま、朝食。
 今日は一日ブダペスト観光。バスによる30名位の団体おのぼりさんツアーである。
ButapestChurchAll
 まず聖イシュトバーン教会(英語だとStephenになる)へ。素晴らしい建物。イシュトバーンは建国の祖とされていて、それが祀られて教会になっている訳である。西暦896年ハンガリー民族が定住し1000年に建国。時代が近いのは平安末期。この教会は建国1000年を狙って19世紀から建て始められたとのこと。キリスト教を保護し国に広めた初代国王として、キリスト教布教に功績のあった聖人とされたわけであるが、本当に「聖人」だったんだろうか?と天の邪鬼の私には疑問がわいたが、疲れているので余計な事は考えない事にした。
RtHandStephen
RtHandStephen2
驚いたのは、イシュトバーンの死後50年くらいたってから墓が掘り起こされ、その右手が保存された。『聖なる右手』というミイラの一部を祀った訳である。その後、ハンガリーが蒙古、トルコ軍、オーストリア、ドイツなど諸外国に侵入支配されるたびにどこかに隠されて守られて来た歴史があるらしい。ハンガリーには山がほとんどなく、一番高い山で1000mちょっと。可愛らしいものである。後はほとんどが平原なので、外から攻め入るのはよういであったようだ。しかし、ミイラを守り、ミイラを祀っているのか。。。日本の寺と変わりないんだな、と思う。写真は、右手のミイラが入っている祭壇とその説明の写真。

GundelDoor
Gundel
 その後、ペスト地区でまた日本語が話せるスタッフのいる店でお買い物。試しに小さなトカーイワインのスィートの小瓶を買ってみる(持って帰って飲むんだろうか)。また絵はがきを購入。
 ついで、バスで「英雄広場」へ。大使館などが建ち並ぶ市の中心的道路の先にハンガリーの英雄14人の像が立ち並ぶ広場がある。そこで説明、記念写真などをとり近くに昔万博をやった時に作った古いハンガリーの建物のレプリカがあるところをチラっとみて昼食へ。昼食は、ハンガリー国内はもとより世界的に名声のあるレストラン『グンデル』へ。(ちなみに昨年10月の学会の際に、横浜の某ホテルに宿泊したらそこで『グンデル』で使用するお皿などを販売するフェアをやっていてちょっとびっくりしました)。
ここの昼食は、ソルノークフィルのオゴリだったようです(ソルノークフィルから数名が案内のためについて来てました。あの強面?で優しいオーボエのイームレも。)(^^

昼食後は、バスでペスト地区から橋を渡ってブダ地区へ。先ほどの通りには、リスト音楽院などもあるらしく、時間的余裕のない今回の旅では訪れる事が出来ませんでした。ちなみに、ガイドが言うには、「リスト」というハンガリー語は「小麦粉」という意味もあるらしく、デパートに行って「リストのCDは?」って聞いたりすると小麦粉が出て来るかもしれません、なんてギャグを言っていました。
 ブダ地区は、ブダペスト観光のハイライトというか、丘陵地に王宮がそびえ立つ(昨日のバスからドナウ川越しの写真参照)歴史的建造物が見られる場所。王宮の真ん中の青銅のドームは第二次世界大戦の爆撃で吹き飛ばされたとの説明。そこここに、先の大戦、特にナチスドイツへの反発の言葉が聞かれるのは当然であろう。
 王宮の周りのぐるりと歩いて回り、マーチャーシュ教会へ。ここも立派な教会である。St. Matthiusがマジャール語ではマーチャーシュになるらしい。中を見て外に出ると4時半近くになり、もう空は薄暗い。この辺りはビデオは撮ったがあまり写真がない(近影しか写らないので)。で、下記のサイトにとても素敵な写真が豊富にあります。興味のある人は是非どうぞ!
ブダペストの観光名所写真へ。

 一旦ホテルで休憩。買物の時間が少なかったので明日帰国する事になる本隊のメンバーの多くはお土産を買いに出かけたようだ。私は部屋で小一時間休んだ。
 夜は、天皇皇后両陛下がブダペストにいらしたおりに料理を担当したシェフのいるブダ地区のレルトランで公式Fairwell Party。(店の名前は思い出したら書きます)
 マエストロ井崎もピアニスト藤井も参加され楽しい会になった。一昨日のコンサートの録音がすでにCDにされていて我々に記念の品としてソルノークフィルからプレゼントされた。しかも演奏会風景の写真がジャケット表紙に、中身は演奏曲目、CDにまで英語と日本語で記載されていた。マエストロ井崎と藤井亜紀さんからサインを頂いたのは言うまでもない。
 会が終わって立ち去る我々のバスにマエストロが乗り込んで来て「いがった、いがった」(庄内弁でよかった、よかった)と言っていたのは印象に残った。この席では判明した事であったが、マエストロはなんと私と同郷の福岡市生まれであった。しかも風格漂うその外見からは私より1、2才年上と思っていたのになんと3つも年下だった。まあ、音楽に年はあまり関係ないが。またいつか共演させて頂きたいと思う。

 その夜も、VaのH氏が我々の部屋に来た。ファゴットのT氏とその夫人も来られ、皆で酒を飲んだ。我々は明日朝は早く、列車でプラハに向かう別行動となる。起床してすぐに出かけられるように荷造りし、今日は睡眠導入剤を服用して寝た。

(6日目の食事)
朝食:ラマダホテルにて。フルーツとサラダ、トマトジュースとオレンジジュースとコーヒー。身体が生もの、特に生の野菜を欲している。ここ5日間程、生の野菜をほとんど摂っていない。
昼食:上記のように銘店「グンデル」。
GundelSoup
GundelMain
GundelCakeスープは、レンズ豆のシチューっぽいやつ。名前がわからないけど抜群に旨かった。この旨さにやられて、当日「レンズ豆」を購入した団員がいた。豆の問題ではないと思うのだが。。。メインは魚。白身の魚のムニエルがバルサミコソースのサラダの上にのっているもの。最後にデザートとコーヒー。グンデルのパンケーキではなくパリッとしたカラメルをまとった淡い味のチーズケーキのようだった。
 ン?いつもに比べて量が少ない。日本人の昼食に丁度いい量。日本人が大挙来るので好みがわかっているのだろうか。とにかく「量」で勝負ではなく「味」で勝負で良かった。
夕食:Fairwell Partyにて。
FPartySoup
FPartyMain
スープは「これぞハンガリー料理!」というグヤーシュ。これがなければ始まらない。(辛くない)パプリカがふんだんに使用されている。野菜もたっぷり。ハンガリーの人はこういった煮た野菜を摂るから生の野菜を摂る機会が少ないのかな?メインは鶏肉とコーンのシチューっぽいの。これも名前がわからない。飲み物はふんだんにはなかった。ハンガリーの人にはもの足らなかったのではないか。うちの主催だったからか。。。

|

« 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(2)(ハンガリー3日目、4日目) | トップページ | 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(4)(プラハへ) »

コメント

あははは、、、ちゃんとしっかり読ませて頂いています。他の方もそうですよ、きっと。ハンガリー料理って食べたことないので、想像がつきませんが、ここで見せていただいてます。ホイリゲに行かれたと書いてありましたが、そういう地名があるのですね。ヌーボーの意味ですけど、、(あ、これはbalaineさんのほうがよくご存知ですよね 笑)
どうぞ、もっと続けて書いてください。楽しんでます。

投稿: @むーむー | 2006.01.19 14:19

@むーむーさん、コメントありがとうございます。
いえ、読んで下さっているとは思っていましたよ。でも「独りよがりでつまんないのかも?」なんて考えていたんです。
観光だけではなく、その日の食事をわけて「○日目の食事」と書くようにしたのは、多分知らない国の食事には皆さん興味があるだろうな?と思ったからです。本当に食生活は大事です。私は病院での昼食のお弁当に毎日納豆を持って来て食べていますから。。。(笑)

投稿: balaine | 2006.01.19 15:27

ちゃんと毎日楽しみにして読ませてもらってます。 それにしても文章が上手で羨ましい。 文筆業でも食っていけるかも?

投稿: オスカー | 2006.01.19 19:12

楽しいご旅行の様子、黙って拝見していました(笑)。
海外に行くと、その食事量の多さには驚かされますね。日本人は健康的かも...
これまでハンガリーに興味を持ったことがなかったので、とても新鮮です。
楽しみにしてますよ。

投稿: ムンテラ | 2006.01.19 20:44

オスカーさん、ミニはとれたんですね。確か、こちらでは初めまして、です。
文章上手いですか?ほとんど校正なしの書きなぐりなんで、無駄が多いと思うし、結構誤字脱字があります。あとからゆっくり直して参ります。

ムンテラさん、ハンガリーいいですよ。いろいろな民族が混ざっているでしょうが、ヨーロッパの中ではもっともアジアに近い国。アジアにルーツを追える民族ですし、名前も欧米のように、John Smithという順番ではなく、Smith Johnと日本と同じ並びです。動詞が文の最後に来たり否定形が最後に来たりする事もあるようです。顔かたちは違いますが、心根が東北や九州の都市に住んでいない素朴ないい人が多くてなんかホッとしますよ。お勧めの国です。

投稿: balaine | 2006.01.19 22:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74618/8217444

この記事へのトラックバック一覧です: 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(3)(ハンガリー5日目、6日目):

« 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(2)(ハンガリー3日目、4日目) | トップページ | 『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(4)(プラハへ) »