『ハンガリー演奏旅行&プラハ、ウィーンの旅』(2)(ハンガリー3日目、4日目)
(文中の写真をクリックすると少し大きくなります。データ量を減らすため解像度を下げてあります。)
さて、昨日に続いて旅行記を書く。
・第四日目(1月4日):ハンガリー3日目
昨日のリハで練習不足が露呈した事もあり、少しでも練習量を増やすため開始時間が30分繰り上がって9時半となった。よって9時にバスでホテルを出発する。
今日のリハでは、アンコールの練習も行った。
ソルノークのVn.の方が日本の『さくらさくら』をアレンジした曲とブラームスの「ハンガリー舞曲第6番」、更にこちらが用意していた服部公一の「(あ!曲名忘れた!)」です。
モーツァルトの練習はあっさり終わり、ベートーベンを1時間半弱、ショパンを一時間の練習でした。ピアノはほぼ完璧ですが、マエストロが結構テンポを揺らすというか、たっぷりゆったり歌い上げる様なタクトに弦も管もついて行くのに必死。私は今日もボロボロ。それでも通してトップを吹かせてもらいました。
「なんであいつがトップ吹いてるんだ?!」
ってソルノークフィルの人に思われていないかな〜?なんてかなり弱気になってました。バルボーラは「昨日よりずっといい!明日はもっといい!」と流暢ではない英語で励ましてくれます。こうなったら頑張るしかない!と心を決めました。自分で選択したんですから逃げ出しては男がすたります。。。(オケという集団においてそういう問題ではないのだが)
今日からフルートパートのYS氏と私はバルボーラの家にホームステイです。左の写真はバルボーラのアパート(3階に入り口があり中が2階建て構造)を外からみたものと、台所から見たソルノーク中心部方向(高い建物があるところ)です。
お昼は、バルボーラ、ご主人のシャンドール、娘さんのレイカに我々男二人とフルートパートの女性一人(こちらはホームステイが終わって今日からホテル)の6名で、シャンドールさんに連れて行かれたレストランで食事を御馳走になりました。
午後4時から、バルボーラが、「バルトーク音楽学校」でフルートのクラスのレッスンをするというので、授業参観ならぬ飛び入り練習参加となりました。本当はそんな時間があったらショパンをさらいたかったのですがこれも友好のためです。生徒は全員女の子。推定6才から18才くらいまでが一緒に合奏をしていました。フルートパートの我々3名も混ざってアンサンブル。楽しかったです。
夜は、またパーティです。
レッスンが伸びて、ホテル前バスへの集合に遅れたので、我々はシャンドールの車で直接会場まで送ってもらいました。とっても寒い(零下5〜8度くらい)のですが、パーリンカを飲んであったまるという感じです。今日は子牛の丸丸煮込み料理だと聞きました。テントの中でパーリンカをあおって、準備の出来た会場に入って行きます。
ハンガリーの民族衣装を着ているのはソルノークフィルの偉い人(?)。うちの娘たちも(全員は写っていませんが3名)ハンガリーのお酒娘にコスプレしています。ソルノークと遊佐の友好関係に大きな役割を果たしている我が団員の偉い人(?)も写っていますね。
ソルノークの歓迎は本当に素晴らしいものでした。周到に計画され準備され実施された上、何より心がこもっていました。我々を喜ばせよう、楽しませようという熱意が感じられ、我々訪問団からは自然に感謝の言葉が出て来るのでした。
食事が終わると、昨日の子供たちのダンスの大人版、などとは簡単に呼べない「ティサ民族舞踊団」の踊り。凄いです。男性は手で自分の太ももや履いたブーツを叩きながら凄い音を出し、女性は「ハッ、イヤ、イヤ!」ではないけれど、何かマジャール語で叫びながらひたすらくるくる回って踊り続けます。
最後に大拍手の後、会場の我々も踊るよう促され、酒の勢いで多くの人が参加。私も当然参加。しかしこれがキツかった。さっきの彼らの踊りに比べれば赤ん坊用みたいな単純な動きですが、これを2分も続けていると息が切れてきます。何分踊ったでしょうか。「エアロビみたいだね〜。」と日本人は皆ハーハー言っています。情けないものです。
田舎の人間は運動しません。歩きません。人の家に行くのに、ドア・トゥ・ドアで車を使います。地下鉄などに乗ってる都会の人の方がよっぽど歩いています。5分くらい踊っただけでもうふらふらでした。
さあ、明日は本番です。
(4日目の食事)
朝食:ホテルでコンチネンタルブレックファスト的。トマトとフルートを多めに取るよう気をつけた。
昼食:シャンドール、バルボーラ夫妻にレストランに連れて行かれた。「魚が好きか?」と聞かれた。日本人は魚が大好きだと思っているらしい。確かに好きだけど、新鮮な海の魚が好き。しかし海のないハンガリー人はよほどの事がない限り、川の魚を食べるようである。それもフライなどである。やんわりご遠慮申し上げ、我々3人は、豚、鳥、子牛肉を頂いた。スープ、メイン、デザート。これも量が多かった。
夕食(パーティ):上記の歓迎パーティで食べたもの。お酒はトカーイワイン、パーリンカ、ウニクム、ビール、何でもござれ。食事にメインは子牛の丸々煮込み、らしい。これにスープ、アペリティフ、デザートがやはりあった。美味しかった。お酒もたくさん飲んだ。
一つ蘊蓄。ハンガリー人はビールが嫌いではないが、会の始めに乾杯をする時には絶対にビールは使わない。シャンパン、ワイン、パーリンカはOK。昔、ドイツ軍かどこかに攻められてハンガリー人の偉い人達がどこかで集めて処刑されたすぐ後に、ビールで乾杯された事を恨んでいて、決してビールでの乾杯はしないらしい。
ハンガリーに行く方はご注意を。
・第五日目(1月5日):ハンガリー4日目、コンサート本番当日!
最初の計画では、この日の午前中は買物など市内観光をして午後3時から最終リハ(ほぼ=ゲネプロ)の予定であったが、昨日までの練習であまりに心もとないという事になり、全員一致で午前10時から練習となった。
アンコールピース3曲を通し、モーツァルトをしっかり一時間以上やり、ベートーベンを細かく強弱のコントラストを徹底するようにたっぷり1時間半くらいやって、午後1時に練習終了。午後はショパンだけ、というマエストロの考えである。
お昼ご飯はボルバーラの手料理。フルートパートの女性も誘ってアパートへ行き御馳走になった。写真は手料理をサーブするボルバーラと脇で手伝うご主人シャンドールさん。
ちょっと慌ただしいが、午後3時からの練習に再度出かける。YS氏はショパンは降り番なので昼からパーリンカ、ビールをたくさん飲んで酔っぱらったのでバルボーラの家で寝ているという。うらやましい。。。
ショパンは、たくさん問題が残っているが、今更細かい事はマエストロも言わない。ただタクトについて、ピアノを引き立て、「落ちない」ように、という感じか。結構最後は弦に細かい注文を付けていた。私の笛はまだ緊張と責任感(?)のようなプレッシャーにひょろひょろ負けている感じで、音が鳴っていないと自分でもわかる。情けない!
でももう後は本番だ。
16:40。マエストロが英語で「ピアニストはこの練習に大変満足された。時間がまだあるがこれで終わりにしましょう!」と早めに終わる事になった。
一端、バルボーラの家に帰り、18:00過ぎに出かけるまで休む事になる。YS氏は寝ていたらしく、赤い顔をしてまだフラフラしている。約一時間、私は誰とも口をきかずショパンの楽譜を見ながらiPodで持って来た2種類のショパン(一つはアルトゥール・ルビンシュタイン、もう一つはクリスチァン・チンマーマン)を聴いて集中するよう努めた。私はタキシードに着替えた。バルボーラは主婦でもあり着替えが遅れて18:20頃家を出る。
会場18:30、開演19:00である。のんびりしているというか余裕があるというか。
18:30頃着いたが、会場はまだガラガラ。団員もまだ揃っていない。
フルートパートが全員揃ったのは10分前。演奏終了後はごちゃごちゃするので、開演直前の会場で皆で写真(ちょっと手ぶれ)を撮る。日本ではちょっと考えられない。
バックステ−ジというか会場となりの部屋で気になる部分を必死にさらっていたら、私の悲愴な顔を見たのだろう。ファゴットを吹くシャンドール(ボルバーラの旦那とは別の人)が、ニコニコ笑いながらそんなの気にするな、忘れろ、忘れろ、と手を振って気を使ってくれた。
いよいよ本番。
ソルノーク市長は当然としても、在ハンガリー日本国全権大使(通訳の言った通り)まで来賓としていらしている。ピアノのすぐ前にお座りだったがどうだったのだろうか?ピアノは良く聴こえただろうし、美しい藤井亜紀さんは間近でよく見えただろうがオケがあまり聴こえない場所ではなかっただろうか。
え〜、本番中のビデオはありますが、写真はありません。終演直後の笑顔の写真もありますが、あまりにアップなので公開出来ません。(笑)
演奏については、脳の手術をするより緊張したということ。でも、会場広しと言えどこの中に脳の手術の経験がある人間はおそらく俺だけだろうから、とそういう風に考えてのまれないように緊張しすぎないように集中するようにした。
ショパンが終わってすぐにボルバーラが私の右膝を叩いて満面の笑みで祝福してくれた。
ソルノークフィル団員の中心的存在でマエストロも頼りにしているオーボエのイームレ(ショパンでは私の左隣り)が、いつもは結構難しい顔をしていて、更にオーボエにとってtacetの多い(2楽章は丸々tacet)ショパンではじっと目を閉じてちょっと怖い顔をしているのだが、ベートーベンの前のintermissionのバックステージで私の顔を見て笑顔で「あー!マエストロ!」と握手してくれた。嬉しかった。。。
終演は21時過ぎ。アンコールがあってバックステージに戻って正気に戻って時計を見たら21:20だった様な記憶がある。一旦、ボルバーラの家に帰り荷物を置いて普通の服に着替え、再度「打上げパーティ」。これで4日連続毎夜のパーティとなった。
22時頃からビュッフェスタイルの着席の食事だが、もう飲んだり、踊ったり、写真を撮ったり、ビデオを撮ったり、あっちに行ったりこっちに来たりと広い会場をウロウロしていたので、何を食べて何を飲んだか覚えていない。最後の方に参加者の半分ぐらいが繋がってムカデ踊りのように会場を練り歩いたりして(マエストロも藤井亜紀さんも参加していた、ノリのよい素敵な方達だった)結構疲れたので、その後にコカコーラを飲んだ事は覚えている。
ボルバーラの家に帰ってちょっと落ち着いたら(シャンドールにまたパーリンカを飲まされた)深夜の1時だったのを覚えている。
明日は、お別れだ。
(4日目の食事)
朝食:普通にブレッド類数種。甘〜〜いお菓子のパンの化け物みたいに大きい奴。ハム、チーズのスライスを自分でパンを半分に切ってサンドイッチというかハンバーガー様に中に挟んで食べる。ジュース、コーヒー。そしてパーリンカ!!!シャンドールがインスタントコーヒーが嫌いで、いちいち濃いコーヒーを入れてくれる。これは私好みだった。
昼食:ボルバーラが前日から準備していてくれたもの。
スープは、鶏肉と野菜が入った美味しい味付け。好みでパプリカの粉(辛くないのと辛いのと2種類ある)をかけて食べる。メインの一つは、豚ひき肉の入ったロールキャベツ。上にはヨーグルトがかかる。これも味付けが良く美味しい。ボルボーラはフルートだけでなく料理も素晴らしい。メインの2つ目は、前日から煮込んで鍋の半分まで煮詰まったと説明してくれた鹿肉のシチュー。階下の隣人が鉄砲で仕留めて来たと説明された。それにライスとパンを添えて。お皿はヘレンドではなかったが趣味のいいものだった。
デザートは3種類のケーキ。全部ボルバーラ作。2種類のロールケーキはクリスマスによく食べるものらしい。ン?クリスマスからまだ残っているってこと?それとも新たに焼いてくれたのかな、そうに違いない。もう一つはブランデーケーキみたいなものだった。これにシャンドールが入れてくれた濃いコーヒー。昼食でこれだけ食べるのである。まあ、今日の夜は本番が終わるまで食べられないのだし。。。
夕食:上記のように打ち上げパーティでの食事。
(つづく)
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