興味深いコメント
先日の記事に対して、興味深いコメントを頂き現在いろいろ検討中であります。
ココログのブログに限らないでしょうが、ブログの世界には傍若無人で無責任な、または誹謗中傷するようなコメントもあるかもしれません。世の中いろんな方がいらっしゃいます。
しか〜し!コメントすると、それを送信したパソコンのIPアドレスがわかるのです。ですからその気になれば、コメントした「個人」を特定できます。そうでなければ、「言いたい放題、書きたい放題」ですからね。
まだ「日本脳卒中学会」事務局からのお返事を頂いていないので確定的な事は申せないのですが、昨日「脳卒中学会」との名前でコメントされた方のIPアドレスは個人のパソコンでした。まあ、学会事務局が個人のパソコンを使っている事もあり得る訳なので、それだけで「学会」からのコメントではない、とは言い切れませんが調べればすぐにわかる事です。
しかも、「学会」事務局が、日曜日の深夜(時間は月曜の0時過ぎ)に、私のような個人のブログ宛にコメントするのか、はなはだ疑問であります。使われている言葉にも内容にも疑問が多々あります。事の真実が判明しましたら私なりの対処を考えます。本当に「日本脳卒中学会」からの「公的」なコメントであれば、それはそれで大きな問題をはらみます。
なお、ご存知の無い方、あまりなじみの無い方は、
http://www.neurology-jp.org/guideline2003/contents.html
をご覧ください。
今回の件は、「III. 脳出血」の4. 脳出血手術治療法の選択、の部分が問題になっています。
『ガイドライン』というものは、国家ではなく医師会でもなく、学会が自ら率先して、エビデンスの高い論文などを元に独自の組織で作り出した、現代日本における最良と考えられる治療の「指針」です。我々、脳卒中を扱う医師はこの「脳卒中治療ガイドライン」を隅々まで読んでその指針を把握し正しい医療を行うよう最善の努力をすべきですが、法的拘束力も無ければ罰則もありません。
この脳出血の項目には、まず『推奨』と書かれた上で、「1. 一般論として、血腫量、、、、」というような書き方がなされています。その中に、「意識レベルが昏睡の症例は、手術の適応にはならない。」と書かれてあります。
つまり、一般論として、推奨する指針として、です。
我々医師は現場で患者さんと相対しています。家族と向き合っています。そこには、血が流れ涙が流れ感情が溢れています。それでも、医師はサイエンティストとして、科学的根拠に基づいた診断や治療法を選択し実践する訳です。まじないやうらないやまやかしではなく、「西洋医学」だからです。
ここで書かれている「昏睡」という状態には、ある幅があると考えています。意識障害の程度による幅とその持続時間による幅です。意識状態というのは、誰がいつどういう状態で診たかによって違うものです。ですから「昏睡」という少し曖昧な言葉ではなく、日本ではJCSが国際的にはGCSが使われています(以前に書きましたね)。
発症からどのくらいで搬入されたか、診断まで、治療開始までどのくらい時間がかかりそうか、かかったか、家族が来ているのか、まだなのか、これから来るならどのくらいかかるのか、患者の年は?職業は?家族構成は?手術場は空いているのか?麻酔医は空いているのか?合併症は無いのか?血液データは?血液型は?手術がそこそこ上手く行っても寝たきりになって家族は困らないのか?誰が患者の面倒を見る事になるのか?経済的な力はあるのか?手術をしなければ本当に助からないのか?助手に入る同僚の先生の外来は終わりそうなのか?マンニトールに対する反応は?家族への説明に対する家族の反応は(上っ面の言葉だけではなく、内面の心は)?Informed consentが本当に取れたと言えるのか?
これらの事を、救急外来でほんの10〜15分の間に考え判断し指示し行動する必要が、救急の現場ではあるのです。そして、一つでも条件が整わなければ、大緊急の手術というわけにはなかなか行かないのです。
先日の脳出血の患者さんは、発症時まだ喋っていて3回くらい段階的に悪くなっています。家族が救急車を呼んだ時にはまだ喋っていたのです。救急隊到着時には、昏睡状態(JCS100くらい)になっていますが、20分で救命救急センターに搬入され即座にCTが撮られ、すぐに私が呼ばれています。そして上司、同僚とも検討し、我々の方針を決めた上で、家族に説明し、説明しながら上記種々の条件が整っているか、看護師やその他の人に指示して確認させ、手術にGo!サインを出すまで、来院して30分、手術場に搬入されるまで約1時間、手術開始まで約1時間半、血腫が全部取れるまで約3時間半から4時間でした。
脳出血の手術治療は、出血を取り除く事が主たる目的ではないのです。もちろん血腫をとらなければ始まりませんが、きれいに血腫を全部とったところでそこは既に爆発して壊れている部分なので元に戻す事は困難です。血腫をとるのは、血腫による圧迫で息も絶え絶えになりそうな、周囲の壊れていない脳を守るためです。血腫の圧迫によって、また浮腫による歪みによってまだ生きて働いている脳への血液の流れが悪くなり、そのまま時間が過ぎれば不可逆的になって回復しません。ですから、時間がたてばダメなのです。今回の症例も、もし家族の到着が遅かったり、手術に迷って結論が出せなかったり、手術場も麻酔医も空いていなくて待たなければならなかったりで、6時間も8時間もたってから「手術」と言ってももう助けられる見込みはありません。それまでの間に、血腫周囲のまだ壊れていなかった脳が壊れて回復しなくなるからです。
こういった、適切で素早い対応が出来なければ、JCS30くらいのもっと意識状態の良い人でも助けられない事はありえます。この患者さんは、ある意味で運がまだいいのです。夜中に倒れたら、気づかれるまで時間がかかり、救急搬入まで時間がかかり、脳外科医が呼ばれるまで時間がかかり、手術場の準備ができるまで(看護師の配置とか)時間がかかります。夜中の1時に発症したと仮定すると、当院ではどんなに頑張っても来院が2時頃でしょうし、手術適応があっても開始は明け方の5時頃になるかもしれません。発症から血腫が取り除かれるまで、6時間くらいあっという間に経ってしまうのです。
いくら50才台でも、いくら右側の出血でも、JCS100〜200なら絶対手術しない、という脳外科医もいるかもしれません。家族が、術後寝たきりの状態に消極的であるとかそういう問題があります。
「手術しても助かるとは限らないが、患者さんが寝たきりになっても家族が面倒をみれますか?大丈夫ですか?」
こう聞かれて「できません」とはなかなか言えないかもしれませんが、ちょっとの間とか逡巡というのはわかります。今回の患者の家族には見かけ上それはありませんでした。家族の強い気持ちに後押しされるように私は救急外来で自らバリカンで患者さんの頭を手術が出来るように綺麗に数分で丸め、そのまま手術場に直行したのです。
ですから、コメントに書かれた様な「不謹慎」とか、「こんなことをやっているから脳外科医は脳神経内科医にバカにされる」などの文言ははなはだ心外であります。だいたい、脳外科医が神経内科医にバカにされているのですか?それはどこの病院の話しなのでしょう。我々のところでは、(内面までは知りませんが表面上は)神経内科の先生達は我々脳外科医を尊敬しその多忙さを気遣ってくれる様な良い関係だと思います。
興味深いコメントを頂いたので、ちょっと過剰に反応してしまったかしら?
でも、本当に興味深いのです。
IPアドレス、211.129.128.86様。
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