コンピュータ断層撮影
いや〜、寒いです!昨日、深夜にアパートに帰って暖房機をオンしたところ表示された室内温が『6℃』でした。6℃ですよ!しばらくコートも脱げずヒーターの前に震えながら立っていました。冬に脳卒中が増えるはずです。
雪が本格的に降りました。今朝、管理日直のため病院に出勤する際、車の窓に積もった雪を今年はじめて「雪カキ棒」で払い落としました。う”〜、すぁぶい”っす。
日中もしんしんと降っており、外は全くの銀世界(といえば聞こえはいいが)。
『刻々と 手術はすすむ 深雪かな』(歌人瑞穂、新潟大学脳外科初代教授中田瑞穂先生詠む、最初に書いたのは間違っていました。御指摘頂いた方ありがとうございました。間違えてすみません。)
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タイトルは、そうCTのことです。ご存知Computed Tomographyの略ですが、一般に脳外科の外来で患者さんが「CTをとって調べてもらいたい」というときは、X線コンピュータ断層撮影のことをさしています。Tomography=断層撮影というのは、実は古くから行われているX線検査の一手法であり、それを応用して1960〜70年代にコンピュータでデータを解析していかにも人体を輪切りにした様な画像を「合成」するようになったものです。開発経緯や発展には興味深い話しがあるのですが、詳細は省きます。X線が人体を通り抜ける時に(通常の胸部レントゲンとか頭蓋骨のレントゲンはこれです)、身体の組織の厚みや構造(密度や構成要素、例えば骨とか筋肉とか空気とか)によって通過するX線の量にムラができるのですが、それを感知する装置で得たX線通過量を身体の回りをぐるりと回りながらコンピュータで解析するのです。まだ世に出た当時(昭和50年代中頃)のCTは、X線管球も貧弱、装置も貧弱、コンピュータは大きいけれどノロマな亀でした。まだパソコンという言葉がなく、「マイコン」なんて言っていた時期です。昭和55年に初めてNECのPC 8001というパソコンでグリーンモニターに円が描けただけで感動していた時代です。断層の一スライス(一断面)を撮影してそれが画面上に現れて来るまでに2分以上もかかっていました。だから準備から撮影そしてフィルムが出て来るまでに一人の患者さんに30分以上かかっていたのです。今や、お手持ちのノートパソコンや携帯電話の機能を考えて頂ければ容易にわかるように、現代のCT装置は素晴らしいものです。1秒程度で一度に数スライスを同時に撮影し、どんどん画面に表示されます。単純な撮影であれば一人5分もあれば終わります。しかも20年前のCTの画像とは雲泥の差です。
CTが世に出たばかり頃の値段は、公称2億円といわれました。その後、医師、企業、その他の努力と開発競争により、廉価なCTは数千万円という値段になっています。しかし、今はただ断層を取るだけではなく、それを3次元処理したり、造影剤を注入して脳の血管だけを画像化したり血流量を計算したりモニターで3次元に見えるようにしたり、血管や腫瘍に色を付けたり、というような「付加的」機能がたくさんついています。救急の現場で「出血があるのかないのか」とか「脳梗塞なのか、脳出血なのか」という判断をするためだけのCTなら1500万円程度で購入できる様な代物でもいいのでしょうが、結局、3次元再構成画像が「綺麗に」「早く」撮れる機種が「欲しい」と病院側(使う医師、主に放射線科医と脳外科医)は当然考えます。そのような最新鋭の機種は、画像ネットワーク機能であるとか含めると総額で2億円くらいになります。
こういう機器に「定価」というものがあるのかどうか私にはわかりません。公的病院では高額機器の購入に際して各社のデモンストレーションの後、「入札」という方法がとられます。私的病院ではその辺は自由なはずです。何年か前ですが、ある私立病院で新たに億単位のMRIを購入する事になった時、数千万円相当のCTが「おまけ」についてきた、という話しを聞いてたまげたことがありました。
MRIは本名をNMR-CT(核磁気共鳴コンピュータ断層撮影)といいます。英語で表記するとNuclear Magnetic Resonance Computed Tomographyとなり、nuclear=核、という言葉にあまりいいイメージがないため、Magnetic Resonance Imaging;MRIという呼び方に変更されました。X線はまったく使っていないのですが、「放射線学的検査」に分類されています。大きな強い磁石によって体内のプロトン(水素原子)のランダムな動きに変化を起こしそこに新たに加えたRF波(ラジオ波)に反応した変化をとらえる事によって、水の密度や物質の密度とその変化をセンサーでとらえて、それをX線CTと同様にぐるりと身体の回りを回ってデータを集めそれをコンピュータで解析して断層像を造り出しています。NMR現象の研究は、実はX線CTが開発されるよりもかなり前から解明され実用化されていたのですが、それをコンピュータによって断層撮影にして人体に応用したのはX線CTの開発の後になります。永久磁石では生じる磁場に限界があるので、高い磁場を作り出すために超伝導現象を応用した超伝導コイルによる磁石が必要になり、そのため液体窒素であるとかそれを注入するタンクの様な装置などかなり大掛かりで高価なものになります。通常の超伝導MRIで一台1億円から3億円はします。
さて、こんな「何億」という金額の器械を使った検査に我々はどれくらいに医療費を払っているのでしょうか?
身体の部位によって値段が違うし、造影剤を使った分は別料金、更に検査が複雑でたくさんの写真を撮れば使ったフィルム(シャーカステンにはる奴です)の値段分高くなるため幅がありますが、一回のCT検査で10割の支払いが15000〜20000円+α。つまり保険本人外来での支払いならば、個人の負担はおよそ5000+α円です。この「料金」の成り立ちですが、たとえばMRIの検査料自体は1140点。それに医師の放射線診断料が450点ですから、あわせて1590点(=15900円)。これに上記のように、造影剤を使ったか、特殊な撮影法を追加してフィルムをたくさん使ったか、などによって+αがあるのです。
ところが、一般市民がおそらく知らないであろう事があります。同じ検査をしたのに値段が違うときがあるはずです。実は、余計な検査(?)を控えるよう診療報酬の制限があって、ひと月に何回も検査ができないような料金の仕組みができています。同一部位(頭なら頭ということ、1回目が頭で2回目が腹部の場合は別の検査と見なされます)のCTまたはMRI検査をひと月に2回以上行った場合は、2回目からの点数が減額されるのです。たとえば、脳卒中が疑われる患者さんに頭のCT検査を行いさらに詳しく調べるためにMRIをすると、その検査がおなじ月(同じ日でも同様)に行われた場合は、MRI検査の料金は1140点→600点に大幅に減額されます。つまり、脳梗塞を疑う患者が運ばれて来てCTを撮ったら所見がなく、MRIを撮って脳梗塞と診断した様な場合、MRIは6000円(保険本人の負担は外来なら1800円、入院なら1200円)ですんでしまうのです。
資本主義経済、消費社会の中では、5400円も値引きされちゃうなら検査をしない、という発想があってもおかしくないと思います。しかし、「正しい診断をつけ速やかに治療を開始するための必要な検査」として、我々はそのような「診療報酬の減額」などは意に介さず検査を行っているのです。なんでこんな同月2回目以降の同一検査の減額が行われるのかというと、必要以上に何度も検査をして病院が金儲けをしようとするのを防ぐ意図もあるのでしょう(どこぞの病院で必要もないのに入院患者に毎週一回脳波をとったり、毎週一回CTを撮ったりというようなことが過去にあった)が、正しい治療を進める上で必要な検査まで料金を削られるというのはどうなんでしょう?
また上記の放射線診断料ですが、医者がフィルムをみて異常かどうかを診断する技術料に当たりますが、これが450点(=4500円)です。しかし、診断料はひと月に1回しか算定できず、月に何回行っても診断料は1回分しか取れないのです。別のいい方をすれば、2回目以降は医者はタダで診断している、つまり医師の技術料は「0円」ということになります。
こういう仕組みになっているのです。そして、どんなにたくさん検査をしたくてもCT検査で一日40人、MRIで同20人位しかできないでしょう。中には複雑で特殊な撮影が必要なため、一人に一時間かかる患者さんもいます。そうやって、制限の中に制限が加えられた検査料で「稼いで」も、人件費、ランニングコスト、フィルム関連費、その他に莫大なお金がかかります。CT装置のレントゲンの管球(カメラの球)は高いものだと一個2000万円くらいするといいます。これを数年に一回取り替えないと行けないのです。おおざっぱな試算をしても、1億5000万円のCTの元をとるのに8年から10年かかってしまいます。しかも毎年の診療報酬改定で、CT/MRI代は年々下げられており、いわゆる「儲け」はますます少なくなって来てます。すると病院側としては、高額な機器であるCT/MRIの更新(新機種導入)はなるべく遅らせようとするのが事の理でしょう。いや、早く導入したくても買う予算がない、組めない、ということになります。
結果、「古い」「診断能力の低い」検査器械を10年以上も大事に使って『脳ドック』なんてやっているところまで出て来る始末なのです。「こんな質のMRIで脳ドックをやってるの?」と首を傾げたくなる様な施設も中にはあるのです。私が脳ドック反対派でも賛成派でもないと言ったのは、脳ドックの理念(脳卒中で倒れる前に発見して元気な身体で元の生活に戻ってもらってみんなが幸せに)にはもちろん大賛成なのですが、これを儲けの手段にする様な病院も世の中にはないわけではなく、自分がやるのなら現時点で最先端、最上級のCTやMRIを使ってやりたい(そうでなければ脳ドックを受けている方に申し訳ない)と思うからです。もちろん、「最先端」「最上級」の機種でなくても十分に脳ドックはできます。それはドックをする側の「心」の問題です。
今回取りざたされている、診療報酬の4%マイナス改定(=医師の技術料の減額)は、こういうところにも必ず影響を及ぼします。新しい優れた器械を購入し装備するのに「足かせ」になります(高い器械を買っても儲からない)。場合によっては「赤字」になるので「買わない」とか最新検査機器装備を諦める(つまり少しランクの低い器械に替える)ということだって起きます。これがじわじわと、進歩した、世界に誇る日本の医療技術を弱体化させ、「世界一」なんて威張れなくなってくることが懸念されます。患者さんは近い将来弱体化した医療を甘んじて受ける事になるというのが、先日から書いてる診療報酬減額による医療レベルの低下の心配についてほんの一部を説明している事になります。
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コメント
今朝 NHKでフラワー長井線出てましたね。
ある病院では、MRI自体が 他の機器導入のおまけでした。それくらいに高額医療機器というのは高額ですね。ところが、その元をとって黒字にするというのは 並大抵のことではありません。赤字続きです。
脳ドックというのは自由診療ですから
自由診療をやればやるほど 元がとりやすいのだろうと思います。だが、何をみるのか、どうするのか、難しい問題がおおいように思います。
投稿: suyasuya | 2005.12.04 10:01
前にbalaine先生も書いていらしたと思うけど、
その高額医療機器の値段自体、また薬価、その他医療機器、
治療に使う器具などの値段を考えると
医療周辺に群がる医療産業が
異常に儲けているのではって気もするのですが…
医療費の削減を考える時、診療報酬や患者負担の話だけでなく
そういったところにもっと目を向けてもいいのでは?
って思っちゃうんですが、どうでしょう?
投稿: mayako | 2005.12.04 23:42
横から失礼します。mayakoさんの言われてるとおりだと思います。それで一般国民はそれを知らないから、政府や「先生」と呼ばれてる方々の話し合いを鵜呑みにするしかなくて、、、(これは医療にかぎらないのですが・・)
投稿: @むーむー | 2005.12.05 08:36
suyasuyaさん、mayakoさん、@むーむーさん、コメントありがとうございます。
フラワー長井線、見ませんでした。
脳ドックは健康診断です。安いところだと3万円以下(MRI撮るだけ)から高いところでは16万円(一泊2食付き特別室で、MRI以外にCT、心電図、脳波、採血、超音波など脳に関係しそうなものは全て調べる贅沢なタイプ)と値段にもばらつきがあります。MRIだけして一人3万円で一日10人とか診たほうが稼げます。16万円の脳ドックは頑張っても一日二人くらいしか診れないし、そんな高い健康診断を受ける人は限られています。結局儲からないと思います。そうやって、
「薄利多売」のような脳ドックが蔓延する事を、数年前から脳ドック学会でコントロールされるようにはなって来ています。
医療機器開発販売とか薬剤開発販売というのは、社会保障にかかわる仕事なのですが、企業にとってはあくまでビジネス、国家にとっては高額納税法人。そこには「公共の福祉のために」という概念が希になる様な気がします。
米国では、再生医療(脳細胞を移植して復活させるなど)は将来性の高い何兆円市場のビジネスと見なされ、大学などの研究室から会社を立ち上げ「金儲け」を目論む人達が大勢いるようです。
頭を使って努力した人がお金持ちになっても非難は出来ません。自由消費経済、資本主義社会では。でも、このままでいいのでしょうか。。。
投稿: balaine | 2005.12.05 11:40