クリスマスの夜の悲惨な事故
私が発表会に行って笛を吹いていたちょうどその時間に、JRの大きな事故が起きていました。
庄内町(旧余目町と立川町が今年合併したばかり)は、このブログでも何度か紹介しましたが、我々がコンサートをやったり、今年の夏には『庄内国際ギターフェスティバル』を開催した、優れた音響の中規模ホール「響ホール」のある町です。
旧立川町は別名「風の町」と呼ばれるくらい風の強い町で、海沿いでもないのに風力発電のでっかい風車が8〜10機、最上川沿いに突然にょっきり立っているので、近くを車で通るとその異様な光景についつい見とれる様なところです。事故が起きたのは、その少し西、最上川が酒田から日本海に注ぐ手前の、旧余目町にあたる場所にかかった最上川を渡る陸橋のすぐ南。現場の地図はこれが(↓)わかりやす。
http://www.asahi.com/national/update/1225/TKY200512250225.html
不幸にも亡くなられてしまった方の御冥福を心よりお祈り申し上げます。そして負傷された方の早期の御快癒もお祈りします。個人的に気になるのは、事故現場から近い救急指定病院は3つ。ニュースによるとそれぞれに分散して負傷された方が搬入されている様子。一番近い病院は、脳外科の常勤はいない。次に近いのは私の前任地。事故の時間からすると、緊急搬入は早くても午後8時頃になったと想像する。日曜日の夜。救命センターではない救急外来という名の『時間外外来』。内科系と外科系の宿直医が一名ずつ。
重症度にも寄るけれど、そこに一度に10人の外傷患者が搬入された時の救急外来の様子は想像に難くない。誰か強いリーダーシップが取れる、しっかりした医師か看護師(師長クラス)がいないとウロウロするばかり。トリアージをする医師、看護師、受付をする事務員、カルテを準備する事務員、最重症患者を診る医師、看護師、検査をする放射線技師、検査技師、その他たくさんの「人」が必要である。
日曜日の夜。どこの病院でも人は少ないはずである。人が少なければどうするかというと、一人が複数の役目をしなくてはならない。更に、たまたまでもいいから、何かの用事で院内にいる医師をかき集める必要がある。いなければ、緊急召集をする必要がある。強いリーダーシップを発揮できる、修羅場をくぐり抜けて来た経験のある医師がいないと、みんながオタオタする事になりかねない。きっと誰か相応の人がいて、上手くやってくれただろうと思う(思いたい)。でも、自分がその現場にいたらどうだろうか?リーダーシップを発揮できるだろう?
もちろん、生命にかかわる大緊急の患者、その場ですぐに蘇生術が必要な方がいたりしたら、まず何はさておきその方の救命にあたり、他は後回しになる。しかし、この時に、自分では別に心臓マッサージをしたり点滴をとったりなどしくていいから、現場を指揮する指揮官が必要である。
「Aさん、この人の採血。Bさん、放射線科に至急電話して!大至急CT撮るよ!Cさん、院長に至急連絡。Dさん、ICUとか医師のいそうなところに連絡して緊急召集。Eさん、この患者さんを奥のベッドへ。Fさん、あの患者さんから話しを聞いて。Gさん、あの患者さんをそこのベッドへ。、、、」等々
現場がスムーズに動くように機転を利かせ先先を読みながら指示し命令し、そうしながらトリアージを行って治療にも当たる。こういうのが本当の「救急の医師」であると思う。自分でちゃんとできるのかと自問すると、少々疑問である。こんな経験は、一人の医師の医師人生がたとえば40年あるとして、一回あるかないかだと思う。たとえば、サリン事件、たとえば阪神淡路大震災。一度に数十人という重症患者が搬入される様な病院はパニック、なかばパンク状態になる可能性がある。しかも、その他の入院患者さんや軽症かも知れないが普通に時間外外来に来た「救急」患者さんもいる。事をスムーズに運ぶためには、「できないものはできない」「診れないものは診れない」という事をはっきりさせる事である様な気がする。
風邪症状とか打撲程度で救急外来に来ている「その他大勢」の患者さんは、他院に行くかあきらめて帰って頂くしか無い。事故現場から搬入された最重症の患者を優先するのは当然としても、たくさんいる重症患者の中でどの人を一番に、どの人を二番に優先するのか、真のトリアージが必要になる。最重症でも重症すぎる方の場合、(最初から諦めていいのか、という疑問も残るが)頑張っても助けられない可能性が高い方は、後回しになるのがトリアージである。今、その現場で助けられる可能性の高い、助ける努力をする価値の高い患者を「選択」し、差別するのがトリアージである。博愛主義的にみんなを平等に扱おうとすると助けられるはずの患者を失い、助かるはずの無い患者に時間を浪費してしまい、診療に当たっている「人」が疲弊する。
トリアージ、言葉で言うのは私にでもできる。しかし、経験を積んだ脳外科医ならまだしも、医師になって数年目の眼科医や皮膚科医や精神科医などが宿直しているのが、日本の救急病院のまぎれもない現状。こういう医師が、「数日前から風邪気味で夜になったら熱が出た」と言って来院する人や、「今朝から下痢気味で夕方から腹痛と吐き気がありご飯が食べられない」という人や、「雪道で滑ってころんで腰を打ったと」いう人を診ているなら、まだ対応のしようがあるが、昨晩の様な悲惨な大事故で一度に大勢の外傷患者が搬入されその中に重傷者や瀕死の方もいたとしたらどうであろうか?重症の事故で大切なのは、胸・腹・頭である。手足の骨折などはすぐに生命にかかわらない事が多いが、体幹部特に心臓、肺、そして腹腔内の臓器、特に大きな血管などが損傷すると大量の出血や、出血による心臓の圧迫などであっという間に命が危なくなる。人間の臓器に優劣はないかも知れないが、もしつけるとすれば「脳」が一番大切な臓器であろう。「人が人たる所以の臓器」であるからだ。
しかしながら、脳の重症外傷の場合は、助けられない可能性が高かったり、助けうるとしてもその処置は「脳外科医が」「手術場で」「開頭」するような大掛かりなもので、「すぐに!」と言っても、先日の急性硬膜外血腫の手術の事例でもわかるように手術を決定してから手術開始まで1時間はかかってしまうし、なんだかんだでもっと時間がかかる事がおおいのが現実。胸、腹、などは病変部位へのアプローチは、頭蓋骨を開けなければならない脳外科手術に比べれば、アッという間に到達しうる。
最悪の場合は、救急外来で緊急開胸、開腹して、出血している血管を鉗子で挟んでとにかくそれ以上の出血を食い止め、そのまま手術場で本格的手術治療となるものである。
大緊急の現場では、救いうる重症患者はその損傷の部位からみると「胸・腹・頭」または「腹・胸・頭」の順番になる事が多い。つまり、一番大事だと思われる「脳」は後回しにされるのだ。いや、「後回し」というと語弊がある。意識障害のある患者や頭部/顔面などに傷のある患者は当然脳への損傷を考え緊急に神経学的所見をとるとともにCTなどの緊急検査が必要である。そこで重大な損傷が見つかった場合、当然脳外科医が招集される訳であるが(最初から現場にいれば一番良いけれど)胸、腹の外傷の大緊急の患者(なおかつ脳に損傷のない人)が最優先される。なぜなら、今すぐやれば助けられる可能性があり助かった後に脳などの後遺症がなく、今、まさに今何かしなければ命が危ない人だからである。
脳の損傷の場合は、即死に近い状態でなければ、数時間の猶予は間に合うこともある。脳に到達するためには、手術を決定し頭を剃り手術場に運び麻酔をかけ手術器械を揃え頭部を消毒し皮膚を切開し筋肉を切開し頭蓋骨に穴を幾つか空けそれらの穴をつなぐようにドリルで切り頭蓋骨を外して脳を包む硬膜を切って、これだけの手間をかけてようやく「脳」が見える。どんなにベテランの脳外科医がスムーズにやっても、手術の決定から「脳」が見えるところまで1時間はかかるだろう。
一方、腹部の場合、手術を決定し手術場に運び麻酔をかけ手術器械を揃え腹部を消毒し皮膚を切開し筋肉を切ると、その下はもう内蔵である。ここまでで20分位、救急外来でやれば5〜10分位で出血部位に到達する事も可能であろう。この『時間』というのはとても重要で、翌日手術していたのではまるでダメ、必要な部分が手術野に現れてもそれまでに無用の時間を費やした場合、すでに処置なし!となるか、やっても助けられない可能性が高い。だから、「胸・腹・頭」などという緊急性の順番があるのである。
願わくば緊急に搬入された方々が軽症で生命にかかわらない状態である事を、緊急の現場で必死に努力された医師、看護師その他の職員の努力が報われますように。前任地の病院では、BLSやACLSについて非常に(異常なくらい)積極的に講習会や勉強会をおこなっていたところなので、きっとその成果が現れただろうと信じている。
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コメント
本当に大変な事故です。12月中にこんなに雪が降るのは最近ないことです。昨夜は狩川でもR47号線を走る救急サイレンの音がしてました。新庄方面の内陸からもレスキュウが駆けつけたようです。今さっきも大きな雷の音がしてます。お昼ごろまでは暴風が吹きまくっていました。風車の事故といい、大変な冬になりました。事故にあわれた方はさぞかし大変でしょう。亡くなられた方のご冥福を祈ります。
投稿: タビの親父 | 2005.12.26 21:33
タビの親父さん、現場の皆さんも大変ですね。亡くなられた方は可愛そうですね。
なんでも、まだ見つかっていない人もいるらしい。まだ車内なのでしょうか?
あの場所は、うちの両親も酒田駅から新潟経由で横浜に帰る時、通った場所ですし、人ごとではありませんね。
今年の雪は本当に大変で仕事に行くのも嫌になりますよ。
投稿: balaine | 2005.12.27 17:25
「こんな経験は、一人の医師の医師人生がたとえば40年あるとして、一回あるかないかだと思う」経験は たぶん これからもないだろうというか あって欲しくはないなあ と思っていますが、
重症の急患二人もきたら大変ですから。。。
どんな場合でも 一番重症な患者さんの忙しさに 依存してしまうような気がします。
投稿: suyasuya | 2005.12.28 20:07
suyasuyaさん、
緊急搬入が10人とか来た場合、治療する側としては「いい顔」というか「八方美人」では対応出来ません。救急車で運び込まれたとしても、待てる患者さん(打撲のみとか出血の止まっている怪我だけ)の場合は待ってもらわなければなりません。と同時に、助かりそうもない程超重症の方は、他の方が皆軽症であればいいのですが、助けうる重症患者がいる場合にはこれもまた「後回し」です。この「後回し」の順番を決めるのがトリアージです。春頃にやっていた『救命病棟24時』というドラマでもそういうシーンがありましたね。
(今調べてみたら、2005.1.19『災害医療』という記事でトリアージに触れていました)
投稿: balaine | 2005.12.29 15:15