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2005.12.05

この病院の日常など

 年も押し迫り、気持ちが少しそわそわするのは、1月2日からハンガリー・チェコ・オーストリア旅行を控えているからであろう。世の中は、人間不信に陥る様な情けないニュースばかりやっている。建築士の件しかり、なすりあいの建築業者しかり、女児の殺害も続き、「何なんだろう」と思う。医療問題の話しも、自分で書くのも少し辟易という感じなって来た。私の様な(政治や医療問題などに関して)地位も権威も立場も無い人間がここで騒いでも何も変わらないのではないか?
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 現在入院の患者さんには特に話題の材料もない。相変わらず、この地域では80才台の脳卒中患者をたくさん診ている。現在脳外科に入院している最高齢者は92才の女性、次が89才。こんな高齢の患者さんに脳神経「外科」が何をするの?という感じであるが、92才の方は「慢性硬膜下血腫」なのでオペである。ただ、症状が出始めたのが1週間くらい前で、3日前食事中に左手に持った茶碗を取り落としたというくらい。一昨日、昨日は症状も軽いので自宅で様子をみていたというのだ。様子を見ていた、と説明してくれたお嫁さんが70才だし、特にこの病院から車で小一時間かかる山間部に住んでいらっしゃるのでやむを得ないのだろう。午後、救急外来に来て、話しが理解できる(責任の持てる家族)を呼んだところ、家長である長男が来たがこれがついさっき。症状も軽いので手術は明日する事にした。
 89才の女性は脳梗塞。既に何年か前に軽い脳梗塞で、自宅でベッドとデイサービスの往復の様な生活であったが、新たに軽い右手の麻痺が出た。型通りの脳血栓症の治療をしてリハビリ中であるが、軽い認知症もあるし近々自宅退院の予定である。
 ここに来て2ヶ月があっという間に過ぎた。急患は多いが相変わらず「高齢」の「脳梗塞」が中心で、緊急手術や大きな外傷であるとか「脳外科医としての手腕を発揮した!」という事が前任地より低い感じがしている。脳外科医はメスを持ってなんぼのもの、という考え方は間違いではない。本来はそうである。ただ、日本の医療現場では「脳」というだけで他の医師は敬遠する。頭蓋内の緊急性のある病気の診断をできる医師は脳外科医以外にはいない(一部の神経内科は大丈夫です)。「頭痛」というだけで「脳外科に診てもらいなさい」といって自分で診断しようとすらしない。だから、慢性頭痛、生活習慣病、陳旧性の脳卒中など、まるでファミリードクターのような立場の診療の比重が高くなっている。こうした仕事が大事ではないとは思わない。元々、きちんとした脳外科医は全身管理の達人でなければならない。なぜなら「ここが痛い」とか「ここが苦しい」とか訴える事が出来ない意識障害のある患者さんの治療管理をするのが仕事であるからである。メスを振り回すだけが脳外科じゃない。と上で書いた事と矛盾するがそれも脳外科医。そして、高齢化社会でお年寄りの内科的治療を行っている、これが「日本」の「脳神経外科専門医」の実態である。
 毎日、手術ばかりして一日のほとんどを手術室とICUで過ごし、回復期や慢性期の患者は内科医が診るかすぐに転院し、外来も手術の患者さんだけ、などというのは、都会の一部の選ばれた脳外科医だけである。こういった脳外科医の生活は、米国の脳外科医のそれに少しは近い(米国の場合は、もっと特化して、ICUや病棟で患者を診るのも研修医と一部の指導医で執刀医はちょっと回診するくらい)。そして、日本では、たとえ米国の脳外科医に近い華々しい仕事をしていても、収入は米国の一般の脳外科医のそれの1/5から1/10くらいかも知れない。むしろ、田舎にいて、「家庭医」みたいな仕事をしながら認知症のある脳梗塞のお年寄りを治療している脳外科医の方が収入が多かったりする。この辺が、日本の医療システムのまたおかしなところなのである。ただ、その田舎にいる脳外科医も、もし場所が与えられれば(私の事ではありません)、力さえ持っていれば(当然これが大事ですが)、米国のトップクラスの脳外科医に負けないくらいの腕は持ってるんだ、と自負している人は全国に少なくないはずである。学会での発表の態度とか成績とか実績とかうわさとかを見ていると、日本にも「神の手」とかAngel Handと呼ばれてもおかしくない脳外科医はたくさんいる。
 ただ、日本という国柄、そういう話しは嫌われる。大学や大きなセンターの中にいて、一匹狼ではいられないし、自分の力だけで仕事ができる訳ではない。だから「上から打たれないくらい飛び出て」しまわない限りは「出る杭は打たれる」のである。それよりも、口を閉ざしてじっとしている方が問題は生じない。日本では、どんなに実力があって手術がうまくても、「俺はうまいんだ」「天才だ」とか言っていては仕事がなくなる。というかそういう風に頑張ったところで、日本の脳外科医が稼げる収入は、アメリカのトップクラスの脳外科医の1/10以下なのである。ある有名な米国の脳外科医は、今まで5人以上の女性と離婚経験があり(何も肯定している訳ではありません)、全ての「元妻」に億単位のお金を払い、更に別荘をいくつか持ってクルーザーに自家用飛行機を持っていたりするのである。IT企業の社長さんではなく、「お医者さん」がである。日本のトップクラスの脳外科医はどうだろう?多分、自宅のローンが何十年とあり、少し高級な日本車か安めのドイツ車か何かに乗っているのが関の山だろう。手術の上手い人程、収入にはそれほど頓着しない様な気がする。「サムライ魂」的なのである。
「自分の腕で困っている患者を助ける喜び」「その使命感」を感じて働いているのであって、高収入を得たくて脳外科を選択した訳ではないからである。日本でもっと楽に高収入を得ようと思えば、(腕と評判が良くなければダメであるが)「美容形成外科」か「眼科」「皮膚科」辺りがいいかもしれない。
 日本で働く勤務医の中で、「高い収入を得るが目的」で医者になったとか、ましてそのために勤務をしているなんて人は皆無だと思う。なぜなら、高収入が目的ならもっと他に楽に稼げる道がたくさんあるからである。
 というわけで、収拾のつかない愚痴で終始してしまわないよう、今日はそろそろ引き上げよう。
 日本の勤務医は収入は高くないけれど、仕事にやりがいと使命感を持って生きている、ということは伝えなければ。その勤務医の心を腐らせる様な医療政策は避けて頂きたいな〜。

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