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2005.11.22

充実感と、、、その2

(前日より続きます)
11/19の月山新道の天気がどうだったか。「百聞は一見にしかず」です。
丁度、掟破りにも(?)同じ庄内地区で我々と同じ11/20昼間にコンサートをやった仙台フィル(こちらはれっきとしたプロです)のチューバ奏者のブログをご紹介します。たくさん写真があって面白いブログです。どうぞ、その日私が運転して、まずはラーメン屋「味龍」を目指した月山新道の雪を下記よりご覧ください。
http://tetsuya-tuba.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_1a10.html
ーー
 さて、11/19の19時。空路会場入りした、マエストロが到着。ついに夢のような共演が実現。実は、10年前に我がアマオケは福田さんとアランフェスをやっているので二度目になる。当時のメンバーもまだ相当数残っている。「初めて〜」と言っているのは私以外はまだ20代から30代前半の若いメンバーが多い。しかも8月に『庄内国際ギターフェスティバル』の音楽監督として陣頭指揮を執られたし、そのプレコンサートと称して約一年前から数回に分けていらしたので、ギターフェスタのボランティアをやったオケ団員など顔なじみの者も多く、福田さんにとってもリラックスしてリハが行えたようであった。
(福田進一氏のブログに書かれています)
http://cadenza-f.seesaa.net/article/9555752.html
 ステージに福田さんが愛用する、マイクとスピーカーのセッティングがされた。「エクリプスTD」というもので、福田さんの公式web(http://www.cadenza-fukuda.com/)のNotesからもそのレポートが読める。
http://www.eclipse-td.com/report/special/fukuda/index.html
 アコースティック・ギターは音量が小さく、1300名超の大ホールにフルオーケストラバックでは聴こえづらい。それを補うためにスピーカーがよく使われるのだそうである。マエストロの両脇やや後方で、コンサートミストレスと指揮者の前という位置関係に、客席向けて置かれた小型のスピーカー(直径25cm位)から、後方に座る我々オケにも音が聴こえて来る。
『ジャンジャカジャン、ジャンジャカジャン、、、、』
ああ、、、、
もう最初の「ジャン」から魅了されてしまう。一週間前の松尾さんの音色も素敵だったが、なんというのだろう、福田さんの音には魔力がある。聴いた瞬間に魔法をかけられてしまうのだ。オケも福田さんと初合わせの緊張よりも、その魔法の力を持つ音楽に魅惑されてしまう。楽譜を追いながらも「音」にとらえられて少しウワノソラになったため、一カ所入りを落とした。「やばいやばい!本番では注意しよ〜」って感じである。幸い、その部分は、もう一度練習して頂けた。基本的には、福田さんのテンポなので指揮者の工藤さんはそれに合わせて振る。福田さんがちょっと気になったところを繰り返す。ファゴット、コールアングレ、そしてギターで同じようなフレーズを繰り返す部分のリズム、特に3連符について注文があった。音を受け渡していって最後のギターにつなげるように吹いて欲しい、ということ。とても勉強になる。今回、手に入れられず準備しなかったが、オケはやはりフルスコアを買ってちゃんと勉強しなければだめだ。
 第2楽章のコールアングレのソロをギターが伴奏する部分では、後ろを振り返りながら「誰が吹いてるの?」という顔をされ弾いていた。見知った顔がいると安心されたように笑顔を見せながら良いムードでリハはすすむ。第2楽章で、最初の哀愁漂うAdagioとはテンポも雰囲気もガラッと変わる中間部分の出だしは2nd flute。緊張した。スピード感や流れを私が壊してしまいかねない。焦って滑らないよう、7連続3連符によるスピードの変化を強調できるように、そしてオーボエ、1st fluteその他がその旋律、リズムを引き継いで行ってバ〜ン!と弾け、一瞬の静けさの後ギタ−のCadenzaになる。ちょっと遅かったか?指揮者も福田さんも何も注文つけないのでいいのかな〜?
 第3楽章。一転、早い。福田さんのスピードはこれまで練習した事のない早さ。「1,2,3,1,2,1,2,1,2,1,2,3,,」でどんどん進んで行く。ちょっと音が「プスッ」となったところもあったがトリル的な音の連続する中間部もなんとかこなせた。21時までの練習予定であったが、20時過ぎに終了!今更前日にたくさんやっても仕方がないということかな?福田さんにとって「アランフェス」はもう100回近くオケとやっているそうである。すばやく我々オケの癖のようなものもつかまれたのであろう。いや、ただ早く美味しいお酒がのみたかっただけかな?(^^
 というわけで、練習最終日、最終リハが終了し、福田さんと工藤さんを交えて食事に出かける事になった。ギターフェスタで活躍した、福田さんとはもはや旧知の仲(?)のメンバーやオケスタッフが中心であったが、私もそこに混ぜてもらった。昨日の『充実感と、、、その1』にも書いたように、その夜はオケメンバーの家に泊めてもらう事になっていたのだが、その人は楽団指揮者の一人でもあり福田さんとは永い付き合いがあり、彼の家に私の車で帰る事になっており、私も是非福田さんと一緒にお酒を飲みたかった。次の日があるので弾けられないけれど(車で帰るためウーロン茶で我慢した参加者が半分以上)、とても楽しい時間だった。福田さんはサービス精神の旺盛な方で、何か会話が途切れそうな雰囲気になると、率先して楽しい話題を提供してくださる。音楽家にありがちな、気難しさや近寄りがたさとは無縁の方である。だから、「ふつうのおっちゃん」と勘違いしてしまいがちになるが、単なる言葉面(づら)上のマエストロではなく本当に巨匠的な方であると思う。凡人が「気さく」と感じるその態度は、言葉を変えれば「オープン」なのである。なんにでも興味を持ち、好きな事は追求し、心を開いて誰でも何でも受け入れ、そして自分と音楽を磨いていかれているんだな〜と感じながらお話しを伺っていた。でも酔いが回るにつれ、「単なる酔っぱらいのおっちゃん的」発言もありますます親しみがわき、敬愛する心が芽生えた。ここには書けないような(?)楽しい話しもしてくださった。指揮の工藤さんも、「近寄りがたい」というよりは「親近感」の湧くタイプだけれど、そんなにペラペラおしゃべりをする方ではなく慎重に考えて話しをするタイプのように勝手に思っているのだけれど、この日は福田さんの隣でとてもニコニコして楽しそうであった。いつもよりも饒舌な感じもした(参加者がみんな見知った顔の仲間であるからでもあり、酒田生まれの工藤さんにとって故郷の友でもあるからだろうが)。あっという間に楽しい時間が過ぎて、「まあ、明日がありますから、、、」とその日は23時前に帰った。
 帰りは、私のために酒も飲まずに我慢してくれたオケメンバーが私の車を運転してくれて、風の町、風車の町まで帰った。すぐに床につけばいいのだけれど、明日の本番を控えて少々高ぶる気持ちもあるし、楽しく飲んで来た余韻も残る。少し飲みながら、一年も立ってようやく出来上がって来た去年の定期演奏会のDVDをみたりした。
「シャブリエの出だしってどんなんだっけ?」「?、、、」
という感じで、もう忘れている。曲が始まると、「ああ、そうだそうだ!」って。大丈夫かな?こんなに忘れやすくて。
 このブログは今年の1月に始めたので、昨年の定期については触れていない。昨年のソリストは、バイオリンの漆原啓子さん。この方も、我がオケとは数回の共演をなさっている。オケメンバーの中には携帯の番号を知っている者も複数名いて、ある時、何かの演奏会の打ち上げの流れで溜まり場の喫茶店「山茶花」でビールかコーヒーを飲んでいたら、「ちょっと啓子さんに電話してみよう」とか酔っぱらった勢いで言い出して、面識の乏しい(というか、定期で彼女が演奏されたラロのスペイン交響曲(バイオリン協奏曲)でピッコロを吹いたというだけの関係)わたしも電話に出された事がある。
私:「あ、こんばんは、なんだか夜分にすみません。○○さんに電話にでなさいと言われたもので」(ああ、なさけない会話内容)
漆原さん:「いえいえ、私、○○フィルの皆さん、☆だ〜い好き☆なんですよ!」?
私:「ありがとうございます。それじゃ、益々のご活躍をお祈りしております」(おいおい、なんだよ、この会話、、、)
 私が漆原さんに関して昨年の定期でよく覚えているのは、ラロが終わってアンコール曲をソロで弾かれた時、途中の高音がそのストラディバリから放たれた矢の様にホールの3階席の一番奥の奥に「ピュ〜ン」と飛んで行ったように「見えた」事が一つ。もう一つは、終演後の懇親会の席上、バイオリンを会場に持って来られなかったようなので、「あれ?漆原さん、ストラドは?」と聞くと「あら、ホテルの部屋に置いて来たわよ。」とあっけらかんと仰るのである。なんでも持って来ると邪魔になるし、ベッドの上にポ〜ンと置いて来たというのだ。時価2億円以上すると言われる名器ストラドを、である。
 こういうレベルの人にとって、楽器は、もちろん大事ではあるがあくまで自分を表現する「道具」なのだろう。何億円だとか、そういう金額的な価値はあまり感じていらっしゃらないのかも知れない。もし、数万円の楽器の方がいい音がするなら(そんな事はない訳だが)、そちらを選ばれるのであろう。
 さて、話しが脱線しすぎた。明日(11/20)は10時音出しだから9時半頃に会場に行きましょう、という事になって私は寝床をお借りした。(その団員のブログです、http://tabinooyazi.blog28.fc2.com/)
 一宿一飯の恩義は小さなものではないが、一つの目的が御家族の一人を見舞うというか診察すると言うか顔を見ることであった。翌朝、7時半過ぎに目覚めるともう皆起きていた。私が起きて来るのを待っていてくれたらしい。外来で会って2ヶ月半から3ヶ月ぶりくらいであろうか。なんでも近所の人も、手術した医者がその人の家に泊まりに来るというので、前の日夜に遊びに来ていたそうである。物珍しいのかな?医学的にも行政的にも「高齢者」という範疇に入ってしまうので多少足下がフラフラはしていたが顔つきというか表情と言うか目の光がしっかりしていたので私の方が安心した。家人(=オケメンバー)に「あまり大事にしすぎないように、適当に外に連れ出したりボンヤリさせずに刺激を与えてください」とお願いした。
 9時過ぎ、別れを惜しみつつその家をお暇した。
 さあ、本番前のゲネプロだ。天気はよくないし、仙台フィルは来ているし、前売りチケットは売れていないし、客席が半分埋まるのだろうか?という皆の不安もあったが、この際もうどうしようもない。予定通り10時からゲネプロが始まった。福田さんの「アランフェス」は2曲目。1曲目と2曲目の間にソリストの椅子や譜面台、そしてスピーカーのセッティングがある。ソリスティックな部分やカデンツァでは昨日のリハとはまた違った弾き方やフレーズの組み立てをされる。二度と同じ事はやらない、という感じである。無事に協奏曲が終わり、メインのブラームス。これも最終的な確認と指揮者からの「ここは」という注文位でスムーズに終わり、丁度お昼過ぎ。午後2時の開演まで昼食と休憩となった。
 本番の事とその後の打ち上げの話しはまた明日、ということで続きます。

 そうそう、この日の10時過ぎに、綺麗な花とメッセージカードが楽屋の私宛に届けられた。そのカードを見て
「あ!T君だ!」と小さな叫びを発した私に、届けてくれた人がまだその辺にいるかもしれませんよ、というので玄関に走った。そこには大勢の人が並んでいて、その患者さんの姿を見いだせない。車いすに乗ってお母さんと一緒のはずだ。見渡してもそんな人はいない。ホールを飛び出し探すと、丁度車いすをバンに積み込むお母さんの姿が見えた。駆け寄るとT君が満面の笑顔で出迎えてくれた。T君は、当時中学2年生だった一年と1ヶ月程前、自転車に乗っていて車に10m以上跳ね飛ばされて私の居た病院に緊急搬入されて来た。CTでは脳挫傷はあるがそれほど出血量は多くなく全体的に腫れている。いわゆる『瀰漫性軸索損傷』diffuse axonal injuryという状態で、ほぼ昏睡であった。瞳孔も開いていた。挿管して人工呼吸器で補助し大量の抗浮腫剤を点滴して全身管理をし、呼吸器がすぐに離脱できないようであったので気管切開をして治療をした。両親には「助けられないかも知れない。助かっても大きな後遺症を残して、生きているだけの植物状態かも知れない。」という説明をしたくらいであった。
 時間はかかったが驚異的な回復をして、自分でご飯を食べ、車いすで生活できるくらいにまでなった。しかし、頭部外傷とともに頸椎骨折、気管外傷があったため、気管切開部を耳鼻咽喉科に依頼しても閉鎖する事が出来ずまだチューブがはいったままである。中学生としての学習と治療が両方受けられるところを探して山形市内の病院に今年の夏休み明けから転院/転校したのだった。筆談などで、転院する前に私のフルートを聴かせるという約束をしていたのだが、それを果たせないでいて更に私が転勤になってしまった。でも彼の親が私の出るコンサートの事を覚えていて聴きに来てくれる事になったのであるが、T君の兄弟の都合でその日の午後はどうしてもコンサートに来れないということで、わざわざ午前中にお花とメッセージを届けてくれたのだ。彼を捜しに出た時に私は手にピッコロを持っていてそのまま走ったので、バンの後部座席に座る彼を見つけた時ピッコロを持ったままであった。声を発する事の出来ないT君は無音で大声で笑った。握手をした。そしてピッコロの音を少しだけ聴かせた。来年は本当に聴きに来てね!と約束して別れた。元気そうで良かった。新しい学校で困っていないか心配だったがうまく適合しているようだ。気管損傷部が治って声で話しが出来るようになってもらいたい。脳挫傷の後遺症は皆無ではないが、学校の勉強(小学校程度らしいが)もできるようになっている。カードには小学校低学年か幼稚園生のような文字と内容でメッセージが綴られていたが、一生懸命書いてくれたのだと思うととても嬉しくて勇気づけられた。 
 ちなみに、彼を捜しに出た時にホール入り口にたくさんの人が並んでいたのは、我々の演奏会を聴きに来たのではなく、その日そのホールで発売になった森山直太郎のチケットを求めての長蛇の列だったらしい。
 ということで続きは明日以降。

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コメント

無音で大声で笑ったT君のお話、ありがとうございました。T君をbalaineさんが治して、T君は力があって、balaineさんは音楽やって、T君は聴いて、私はその話を聞いて、書いたりして、それを読んだ方が、、、、あ~きりがないからやめた(笑)

投稿: @むーむー | 2005.11.22 18:30

とってもいいお話ありがとうございます。光景が目に浮かびました。ピッコロ持ってTクンのところへ行くセンセイ、本当にいいドクターですね☆

外傷の男の子といえば。
ICPとCPPのお話。ぴーは苦手。
ICP値だけ、記録していたぴー。そこへ来たドクター。
「CPPは?」
「計算してません」
「あん?なんのためにICP入れてると思ってんだ!CPPってなんだかわかってんのか!」
「脳灌流圧です。平均血圧からICP引いたものです」
「ICPだけ見てるバカがいるか!計算しろッ!」

つまり、脳保護のためにはCPPを保つのが大事で、CPPが下がらないようにするには、血圧が上がるか、ICPが下がるか。なんですよね?
でも、血圧が上がると脳浮腫助長する。だからICPを下げる。
ICPが低くても、血圧が高ければ意味がないってことですか?
でも、ICPが高いと血圧ってあがりますよね。ICPを下げないと、血圧も下がらない。

なんか自分、よくわかってないんですよね、このへん。

直メのほうがよかったですかね。笑

P.S.自由演奏会は来られるんですか?

投稿: ぴー | 2005.11.23 23:10

@むーむーさん、ぴーさん、コメントどうも。
実はこの他にも患者さんから花束、前の病院の職員二人から別々に花とメッセージやお酒が届けられて、嬉しかったです。物がもらえたということではなく、そういう気持ちを届けてくれた、ということです。
贈り物、というのはおろそかにしては行けないんだな、と思います。

投稿: balaine | 2005.11.24 13:31

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