健康に関するテレビ番組
流行ですね。視聴率がとれるんでしょう。
日曜の夜、元スパイダースのヴォーカル堺○章氏が司会進行を務める番組で『頭痛』の特集をしていました。昨晩は、世界的映画監督北○た○し氏が司会進行を務める番組で「クモ膜下出血」が取り上げられていました。両方の番組に仕事上で少々親しくして頂いている有名な先生方(N医大のK先生、J医大のS先生、F大のK先生など)が出演されていたので興味深く拝見しました。
番組の内容としては、どっちの番組も「半分○、半分×」でした。素人への啓蒙として、なかなか工夫を凝らしたり鋭く突っ込んだ部分は評価できます。ただちょっとおかしい、あやうい、と思う部分や「おいおい!」という部分も少しあったのが気になりました。視聴者を釘付けにし他の番組へチャンネルを変えたりしないよう、一時間の番組の間「ひっぱら」なくてはならないでしょうし、ありきたりの内容ではすぐに飽きられて、来週の視聴率がとれないのかも知れないのでしょうから、仕方のない面もあるでしょう。
頭痛の多くは、緊張型頭痛か偏頭痛、しかし何らかの症状(たとえば手足の痺れとか吐き気とか)を伴ったり2週間以上続くなど持続性の場合は、脳の病気を疑った方がいい。けして間違いではありません。ただ、そういう症状を伴わなければ「脳の病気はない」と言い切れるかと言うと、決してそんなことはありません。人間は皆それぞれ違うので、「ある特有のパターン」というのがあるとはしても、万人に当てはめる事は危険です。かといって、頭痛を何でもかんでも「脳の病気」に結びつけるのも愚かな事です。番組でとても大事な事を言っていたのは、頭痛の強度によらず、患者本人が「頭痛が起きた瞬間を意識できる」「いつ頭が痛くなったかがわかる」というのは、くも膜下出血を強く疑わせる大事な所見です。
「前触れのない突然の吐き気」がクモ膜下出血を疑わせる大事な所見か?と言うと意見の分かれるところです。頭痛を伴わずに吐き気があったら、これはやはり腹部症状として消化器系の病気を疑うのが素直だと思います。吐き気に頭痛が伴う事が大事です。
『脳幹にある嘔吐中枢が出血によって刺激されて吐き気、嘔吐が生じる』
と図解しながら高度な事まで説明していました。ただ、「出血が同時に脳を刺激して頭痛が起きる」という表現は正しくありません。『脳』という組織自体には、「痛覚」を感じるセンサーがありません。つまり脳単独の異常では基本的に頭痛は起こりません。脳の組織そのものが異常になる病気である、パーキンソン病やアルツハイマー病や小さな脳梗塞には「頭痛」という症状は伴う必然性がありません。
「頭が痛い」と思うのは、脳の回りに走っている太い血管や脳を包んでいる髄膜という組織(それらは中枢神経ではなく、全身の血管や皮膚と同じ仲間です)に『痛覚受容体』というセンサーがついていて、それに何らかの刺激が加わる事で生じる症状です。ですから、クモ膜下出血の場合、脳の外を満たす脳脊髄液腔に出た血液が髄膜を刺激してそのセンサーが「痛覚刺激」を脳に伝えて初めて「痛み」を認識する訳です。脳腫瘍や大きな脳出血や大きな脳梗塞では、脳が浮腫んだり病変に押されて歪んだりすることによって、脳の回りを走っている太い血管が引っ張られたり、髄膜が押されたりしてセンサーが「痛覚刺激」を脳に伝えて「痛み」を認識します。
「痛み」というのは、脳で認識されるものであって、痛みの発生している場所ではセンサーに対する単なる外的または内的な刺激でしかなく、受容体センサーが刺激を受けて電気的に興奮し、それが神経を伝わって脳に運ばれそこで初めて「痛い!」という意識に変容されるのです。ですから、目の回りや奥の筋肉、額や側頭部の筋肉、首筋から後頭部の筋肉が凝りや緊張で硬く痛くなった場合も、同じように痛覚刺激が脳に伝わって「痛い」と感じる事になる訳なので、「痛みの場所」とか「痛みの性状、程度」だけでは、「何が原因で痛くなっているのか」見分ける事は簡単な事では(脳外科以外の一般医師にとっても)ないのです。(だからこそ、頭痛外来が必要なのですが)
ですから、いつ、何をしている時に痛くなったとか、痛みがどういう風に続いているかとか、どういう症状が伴ったかとか、そういう情報が大事になります。もちろん、クモ膜下出血の場合、出血量の少ない軽症から大量に破れてしまう重症まで、専門の我々でも驚く程の差があります。
「あれ?頭痛いな。風邪でも引いたかな?」と思うくらいで車の運転や仕事をしているクモ膜下出血患者さんもいれば、「うぁー!!痛い!!」と言ったかと思うと倒れ込んで昏睡になり間もなく呼吸も怪しくなってしまう患者さんもいます。「クモ膜下出血の半分が死亡する」という表現がありましたが、ちょっと誇張かもしれません。しかし、あまりに重症で病院に運ぶ間もなく亡くなられる方や、救急搬入されても心停止していて解剖もされず死亡原因がくも膜下出血と解明されずに亡くなってしまう方も相当数いると思われ、我々脳神経外科医のところになんとか来て下さってクモ膜下出血という診断を受け、重症で亡くなられてしまう患者さんの率およそ20〜30%よりも実際は高いであろうことは想像できます。ただ、我々が分類するクモ膜下出血の重症度5段階で軽症の方から1、2、3段階までの方で合併症などのない方は、適切な治療、手術を受ければかなりの確率で社会復帰が可能です。中には出血による脳の破壊のためや出血が原因で起こる脳の血管の攣縮(糸のように細くなる事)のために脳梗塞を起こして、重篤な後遺症を残す方も残念ながらいる事は事実です。しかし、私の少ない経験ではありますが、グレード3までの人で自宅に帰れなかった方は一人もいませんし、80才を超えた高齢の方以外皆独歩で自宅に帰り、グレード1、2の方はほとんどの方が復職して社会的にも元に戻っています。
ですから大事な事は、時期を逸しない適切な診断という事になります。テレビでやっていたまるで「絵に描いた餅の様な」(表現が不適格かな?)症例は、1)前触れのない吐き気、2)その後頭痛を意識、3)しばらくしてまた前触れのない吐き気、4)少し強い頭痛、5)どちらか一方の瞼の下垂(下がる事)、6)大破裂による死亡という経過をたどっていました。不幸にもあのようになる症例もあるかもしれません。でもほとんどクモ膜下出血は、もっとはっきりとした頭痛や嘔吐を伴い、とても一人で自宅に歩いて帰ったり、家事をしたり、趣味のフラワーアレンジメント(でしたっけ?)をしたりという様な余裕はないと思います。車で送られてようやく自宅に帰るか、吐き気と頭痛が強いためそのまま病院に連れて行かれるかだと思います。
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ここに、少し似た様な例があります。実は横浜に住む私の母親です。4年前のある日、急に頭が痛くなって吐き気がして一回吐いた、という連絡が本人から私にありました。「病院に行った方がいいか?」と聞きます。意識ははっきりしていて自分で電話をかけてきました。私は、本人及び父親に近くの脳外科のある大きめの病院へ連絡してすぐに受診するように、と伝えました。その日、私は西日本の某都市で開かれる脳外科関連の学会に出席するため新幹線に乗っていました。「電話をしたら午前中の外来受付は終わったから、午後1時半過ぎに来てくれ、と言われた」と父が言います。時間は確か11時過ぎだったと思います。「クモ膜下出血が疑わしいから、1時間も2時間も待っていてはダメだ。私が電話して担当医にお願いするから番号を教えて!」と父から電話番号を聞き脳外科医と直接話しをしました。「わかりました。すぐにCTを撮りますからすぐ来て下さい。」と言われ、それを新幹線の中からまた父に電話連絡する、というもどかしい形ではありました。
新幹線が目的地に着いた丁度直後くらいに、先ほどの脳外科医から私の携帯に直接電話がありました。「クモ膜下出血はないようです。ちょっと疑わしい所見もありますし、今からMRIとMRAやりますので結果が出たらまたお知らせします。」と言われました。もうこれはくも膜下出血だ、と思っていた私はそう聞いてホッとして、「な〜んだ、じゃ、ただの緊張性頭痛か何かか。」と納得し学会に参加していました。MRAの結果、「脳動脈瘤もなさそうだし大丈夫だと思いますが吐き気も続いていますし念のため入院して頂きます。」との連絡を受け、その情報を信じきった私は、「よろしくお願いします。」とお礼を述べました。
入院後の検査の結果、頸椎に軽い変形もあり頚性の頭痛として整形外科にも見てもらい3日で自宅に退院しました。私は、学会参加後は大学病院での忙しい仕事があったので実家によって母を見舞う事もせず(単なる頭痛だと思っていましたから)横浜を素通りしました。それから2,3週たった頃でしょうか、父から「まだ頭痛を訴えているし何だか言う事がおかしい。ボケたのか?」という連絡があり、別の病院の脳外科か神経内科を受診するよう進めました。そこで病歴上、前医のCTとMRIで明らかな異常がなかったということから、別の病院の精神科を紹介され、そこを受診しても検査はなく話しを聞くだけで、「来週また来て下さい」と言われたとの事でした。父がかなりいぶかしく思っていたようですが、息子と同じ職業の脳外科医が「大丈夫」と言った言葉を信じていたようでした。それから間もなく、隣近所の人が来ても頓珍漢な事を言ったりするため、いよいよおかしい、ということになり、再度連絡を受けた私は、実家から車で30分以上かかるけれど昔から親しくしている信頼できる脳外科医のいる別の病院を紹介し、そこで入院精査をしてもらうことにしました。そこでもやはり、一番最初に受診した脳外科専門医が3人いる総合病院での検査で「シロ」だったことが重視され、吐き気が続くため内視鏡検査が予定されたようです。ところが軽い意識症害があるようなのでCTを撮ったところ立派な「水頭症」と診断されました。すなわち、遡る事1ヶ月くらい前に突然の頭痛と嘔吐で軽症のくも膜下出血を発症したものの、神経脱落症状もなく意識もよく、検査で異常が認められなかった(結果的に言えば誤診ですが)ため見過ごされ、出血のために脳脊髄液の循環と吸収が阻害されて水頭症が出現し、精神症状(ボケたと考えられた)まで出現して初めて正しい診断がついたのです。
これは非常に運の良いケースです。1ヶ月、診断がつかずにウロウロしている間に、再破裂して重症の出血を来たし、死亡したり寝たきりになってしまった事も十分に考えられます。ラッキーでした。何故、最初に診断がつかなかったのか。私はCTもMRIも全て取り寄せてみせてもらいました。手術にも立ち会いました。確かに出血量が少なくCT上うっすらとしているだけでわかりにくい所見ではありましたが、「脳外科医」が「突然の頭痛と吐き気と嘔吐」と聞けば、強くくも膜下出血を疑う所見ではありました。更に、MRIではなかなか出血はわかりにくいのですが、MRAでは出血原因の脳動脈の瘤がわかる事が多いのですけど、それもよくわかりませんでした。理由は画像が汚かったからです。検査中、母がじっとしておれずに頭を動かしてしまったからかもしれませんが、一番大きな理由と言っていいのは、CTもMRIも一世代以上前の機種であったということです。携帯電話に例えれば、メガピクセルという画素が当たり前の「今の」機種より一つ、二つ前のボワ〜ンとした写真しか撮れない機種、という感じです。
手術所見は立派なクモ膜下出血。一ヶ月経っていたため、既に赤味はなくややオレンジがかった黄色に変色した出血の名残が血管や脳の回りにへばりつている感じでした。手術は成功し、水頭症に対してのシャント手術も上手く働き、幸いほとんど後遺症なしで回復しましたが本当にラッキーでした。このように、典型的なクモ膜下出血の発症の仕方でクモ膜下出血を強く疑って脳外科専門医のいる病院に直接運び込んですぐにCT、MRIを撮ったにもかかわらず正しく診断されない場合すらあります。
テレビ番組でさかんに「脳梗塞のシグナル」とか「クモ膜下出血のシグナル」という言葉を使っていましたが、予兆という意味のシグナルではないでしょう。あれは「典型的な症状」そのものです。そういう症状があったら、脳梗塞になるかも知れないと疑う、のではなく、「既に脳梗塞になっている」のです。「突然の頭痛」+「胃腸症状を伴わない突然の吐き気」はクモ膜下出血を強く疑い、信頼できる、医師のいる、設備のある脳神経外科の病院に直行すべきです。それでも100%診断されない場合もあるという事がある、という事も知っておく必要はあります。
かなり『言い訳』めきますが、医者は人間なので100%ではありません。我々は100%を目指し日々努力しているつもりではあるし1%のミスも許されない立場ではあるけれど、法的には「許容範囲」というのがあります。同一に論じるのはおかしいかもしれませんが、医師国家試験は基本的には60%できれば合格です。逆に言うと、40%間違ったり知らなくても日本国は法的に「医師」と認定する資格を与えているのです。その辺を考えると、情報は鵜呑みにせず賢く立ち回って全てを医師任せにしない事も大事です。私も、同業の脳外科専門医の言う事を鵜呑みにしました。まさか「脳外科専門医」が正しい診断を下せない、なんて事は考えもしなかったのです。
テレビ番組の情報も、上手に利用して、振り回されないよう、賢く知識を生かして頂きたいと思いました。
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