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2005.09.05

包括医療から先は?

 土曜日の夜に緊急手術をした小脳梗塞の患者さんは、呼吸状態も安定していたので今朝から人工呼吸器によるサポートは全く解除し、午後に抜管した。少し喉がゼロゼロして痰が多いのでナースに十分注意をするよう指示した。「こんにちは」というと「こ・ん・に・ち・わ」と返してくれた。土曜日の術直前よりもず〜っといい状態になっている。あとは、痰と嚥下、すなわち水分摂取や食事の問題が出てくる。そしてリハビリ。少なくとも生命に関わる状況は脱した。高齢者であるし、治療のヤマはまだまだ、これからである。
 病棟でも、退院を控える患者が増えて来た。しかし、まだあの椎骨動脈瘤解離によるくも膜下出血後の水頭症の患者さんは、脳幹の症状である「両側」の顔面神経麻痺と外転神経麻痺と嚥下困難が改善しない。CT上は脳室は小さくなり、ふたたびスリット状を呈しているものの脳幹に明らかな梗塞巣などのダメージはないように見える。ということは機能的には十分に改善が期待できるのだがどういうわけかなかなか改善してくれない。嚥下訓練は始まっていてすこしずつ口からは食べてもらっているがまだまだ十分ではない。リハビリ室でのリハビリも行っており、四肢のパワー回復を目指している。
 さて、現行制度では、同じ病名での入院期間がある日数を超えると「入院基本料」が下がり病院の収入は減少する。包括医療として「出来高払い」の対象ではなくなるため、現場では病院の赤字を減らすためにコストを削減し「無駄を避ける」治療を常に念頭に置く事になる。可能な限り病院側は90日以内、または疾患や患者によっては180日以内の退院を目指す。脳卒中の多くは最低でも一ヶ月の入院を必要とする。重症であったり合併症を併発したり複雑な病態の場合は数ヶ月に及ぶ事は珍しい事ではなく、呼吸不全で人工呼吸器を装着している場合などは半年は優に超える患者さんもいる。但し、180日を超えるような患者さんでもいわゆる「まるめ」と呼ばれている包括化を受けないですむのは、重度の肢体不自由や人工呼吸器装着中の方などである。こういった患者さんは「出来高払い」のままである。患者さん、家族の経済的負担は大きい。 
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古い記事ではあるが、次のようなものを見つけた。
(http://www.coara.or.jp/〜gensin/intyou/zui-11.html#9)
『アメリカでは、経済ビッグバンに次いで医療ビッグバンが進行し、市場原理を活用しながら、猛烈な医療費抑制が進行している。そのため入院期間は平均6日であり、多くの手術が日帰り手術に向かっている。痛みを耐えながら、まだ麻酔もよく覚めないうちに、車椅子で家に帰される患者と不安げな家族を見ると、これが最先端の医療であろうかと疑問に思った。
 医師が手術を決めても、保険支払い機関の了解がなくては、入院手続きもさせられない。高名な人工関節の開発者である教授が決めても、手術適応が無いとか、もっと先に延ばせとかいわれるそうである。
 入院医療費は包括医療と呼ばれるまるめ料金のため、入院期間はますます短くなり、人工関節置換術をされた患者さんも6日で退院させられている。
 国民総所得の14%が医療費に使われているアメリカが必死に医療費抑制をしているのは分からないことではないが、まだ7%にも満たない日本がアメリカの物まねをして、財源が無いという理由で医療ビッグバンを進めているのを国民が納得するであろうか。』
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 納得するか?ではなく、「知っているのだろうか?」であろう。 
 「まるめ」になれば、無駄な事をすればするだけ病院の損失になるので、確かに「無駄」を削減する方向に向かうだろうが、更に「有益な」ことも割愛する傾向や「経済的に人の生命を判断する」という事が行われる、という「負」の方向に進んでいく。手術に踏み切れば命は救えるが長期寝たきりまたは「植物」状態を作る事が予想されるため現場の医師が治療に「二の足」を踏むのである。これは現実問題、すでに現場で起こっている事ではある。医師としては患者の命は救いたい。しかし、手術をしても助かるかどうか、寝たきりを作るだけである事が予想される場合は、患者の家族の希望を聞き入れながら婉曲的に「手術をする事は無駄」であることを伝えるようなことも必要になる。
 くも膜下出血の超重症でない人達に限れば手術・治療が成功すれば高率に社会復帰できる一方で、脳出血や脳梗塞の中等症以上の人は自宅生活が関の山で社会(仕事)復帰出来なくなる方が多い。この人達は、社会全体から見れば、「医療費を使うだけで稼ぎがない=医療保険の支払いをしない=財源を減らすだけの人」である。高齢の中等症以上の脳梗塞の患者さんなどはまさにこれである。医療費を削減したければ、「高齢の中等症以上の脳梗塞」の患者で、「超急性期」治療に反応せず麻痺などの神経学的症状が残ってしまった人は、その後医療を受けられない、という事にしてしまえば、どれだけの医療費が削減できるだろうか。厚生労働省が目指しているのはそんな状態ではないのだが、もし医療費の削減を現行の制度のままで押し進め、「高度な医療を行えば損をする」というような状態が完成してしまったら大変な事である。脳神経外科医は「救急医療」を捨てるかも知れない。術中に覚醒させて言語中枢を調べる覚醒手術やナビゲーションを導入した顕微鏡手術など世界のトップレベルを行っている医療を捨てるかも知れない。そして高齢の障害者を病院から排除するように動くかも知れない。まさに「姥捨て山」である。包括医療から先はどこに向かっていくのだろうか?
(今日の音ブログ演奏は「Summertime」です。)

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コメント

DPCを導入したある病院では、内科的治療がその名の通り”包括”されてしまうので、心筋梗塞の治療の主流がインターベンションになってしまったらしいですね。
治療法が制度によって誘導されてしまうのもいかがなものかとは思いますが・・・。

投稿: ユウ@来年研修医 | 2005.09.05 18:52

 「まるめ」という包括医療のしくみ、合点がいきました。母の入院中、とても疑問に感じていたことだったので、あ、そうだったのかという思いです。
 医療費を使うばかりで稼がない高齢者というくだり、何だか背筋が凍るような気がします。「長生きは罪だ」と高齢者はよく口にします。そういう言葉を聞くたびに胸のつぶれる思いがします。「経済的に人の命を判断する」ことがあってはならないと信じたいです。

投稿: ムンテラ | 2005.09.05 19:53

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