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2005.08.18

高齢、痴呆、そして、、、

 今日のオペは、80才で痴呆がありグループホームに入所して2年以上が経っているお年寄りの「慢性硬膜下血腫」だった。慢性硬膜下血腫chronic subdural hematoma=CSHx.については、5/30の記事ほかいくつか触れている。今日の問題は、手術の内容ではなく患者さんの背景である(注意して書かないと個人情報の保護に問題が生じる)。
 日本は世界一の長寿国である。80才以上のお年寄りを見かける事も稀な事ではない。90才以上の方は、全国に101万6000人もいるそうである。日本人の125人に1人は90才以上の超高齢者なのである。昔の日本だったら、または高齢者の少ない外国だったら、80才の人に手術なんて考えないかも知れない。特に、脳卒中なら手術しても後遺症が残る可能性が高い(発症時に既に脳が破壊されているのだから)ので、手術の適応ということを十分に考える必要がある。
 しかし、脳実質に損傷の少ない、または全くない頭部外傷やくも膜下出血の場合は、手術をする事によるbenfitと手術によるriskを考えて、benefitの方が高ければ手術治療だって行うべきである。げんに、本日病棟にあがった2週間前に手術をしたくも膜下出血患者は81才。手術は成功した。患者は、60才の人の回復に比べればやはり遅いのであるが、4、5日前から少しずつご飯も食べ始め、今日は半分以上食べたし、笑顔も見られるようになって来た。このまま経過すれば独歩自宅退院が十分期待できる。本日、手術した慢性硬膜下血腫の患者さんは、80才というだけではなく元々痴呆があり耳が極度に遠い。手術して運動麻痺が回復してもそのまま寝たきりになる危険性もある。しかし、外傷であるし、手術しなければあとはそのまま血腫が脳を圧迫して左片麻痺に続いて意識障害、そして呼吸障害、そして死、に至る可能性が非常に高い(というよりまず間違いなくそうなる)。こういった場合、痴呆が改善する事は期待できないがそれでも手術で血腫を取り除いて命を救うということは無駄な事ではないと思う。黙っていたら助からない、手術をすれば助けられることがわかっていて手術をしないという脳神経外科医はどのくらいいるだろうか?
 これが、手術をしても命が助かるかどうか、助かったとしても寝たきりでほぼ植物状態に近い、というような場合は、80, 90の高齢者でなくてもたとえば60才、または50才という若さでも手術治療を行わない場合もある。家族に十分説明して、手術をして命が助かった場合のその後の事を考えてもらわなければならないのである。
 高齢で痴呆があって日常生活がままならず寝たきりかほぼ介助生活をしているような方が、命に関わるような病気になった場合、手術治療がどのような意味を持つのかは十分考えて行うのは当然である。逆に、高齢だから、痴呆だから、という理由だけで、疾患の特徴や病気の症状と予後を無視して適応を決めるようなやり方は決してやっては行けない。大事なのは、その手術治療をすると患者さんや家族が満足するか、喜ぶか、為になるかということである。医者の自己満足ではない。
 だからたとえ未破裂脳動脈瘤の予防的手術を検討する際、80才の高齢な方でも矍鑠としていて人生を謳歌していて十分な自活能力のある方には積極的に手術治療を進める事もあるし、70才でも見た感じよぼよぼでいくつかの疾患の治療中で日常生活が介助状態になっているような方には手術をすすめる事はない。
 本日の慢性硬膜下血腫は、局所麻酔で一時間以内に極めて低侵襲に終わる手術であり、運動麻痺が手術によって劇的に改善する事が期待されるので、痴呆のある80才でも十分に手術適応があると考えた。ただし、術後回復してもグループホームに戻るのであるが。
 日本の高齢化問題はこれからが大変。街中にそこら中に、80才、90才の人が一杯いて、特別養護老人ホームは空き部屋がなくて入れない。高齢の人が病院や回復期病床、療養型病床に溢れ、急性期病院にお年寄りが沢山入院していて、緊急患者さんの入るスペースが足りなくなってしまうかも知れないのである。さあ、皆さんはどうしますか?

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コメント

映画「皇帝ペンギン」を最近観ました。極寒の地で、長い間過酷な営みで、延々と続いてきた命の連鎖。生命への畏怖の気持ちを抱きました。
で、ひげ鯨先生のこの場合のお訊ねですが、私は、今は、或る程度の年齢になったら(80才ぐらいか?)、どういう状況でも、治療はあまりしたくない、と考えています。

投稿: 侘び助 | 2005.08.18 17:22

やはり病気の中身によりますよね。
80才で癌で余命幾ばくもないのであれば無理な治療は望みません。
外傷で手術すれば治るのであれば、それがたとえ頭であっても90才でも私は手術を希望します。
脳の病気でも、痴呆がなくて割としっかりしていて、(私が心がけているオペのように)手術によって「人間性」が失われる可能性が低いなら手術を希望します。
90才以上まで生きないと、作曲が完成しない予定になっているものですから(妄想ですみません、、、)(^^;;;

投稿: balaine | 2005.08.18 18:25

身につまされる話です。いつか自分もと思いますが、その時に痴呆になっていたらどうすればよいのか。ある程度元気な時に、きちんと決めておくべきなのでしょうか。

投稿: 如月 | 2005.08.18 23:24

身につまされる話です。いつか自分もと思いますが、その時に痴呆になっていたらどうすればよいのか。ある程度元気な時に、きちんと決めておくべきなのでしょうか。

投稿: 如月 | 2005.08.18 23:24

 父が50代で亡くなったので、母とは折に触れて最期について話し合ってきました。
 「人間性」が失われる可能性が高い時は迷うでしょうね。今は母の希望を叶えてあげたいと思っていますが...
 自分のことは早めにエンディングノートでも用意しておこうと思っています(笑)

投稿: ムンテラ | 2005.08.19 19:39

如月さん、はじめ(?)まして。ムンテラさん、こんにちは。
DNR=Do Not Resuscitateという言葉があります。ドラマ「ER」にはしょっちゅう出てきますのでご存知でしょうか?
ドナーカードなどと同様にDNRカードみたいなものは持っておくべきだと思います。病状に応じて最良の医療は受けたいけれど、人間の尊厳を失ってまで生きていたくはない、という意志は、表示しなければわかりません。

投稿: balaine | 2005.08.19 19:58

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