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2005.08.09

病理解剖

 治療の甲斐なく不幸にして亡くなられる方もいらっしゃる。脳外科疾患の場合、病院に搬入されて治療を開始すれば「突然死」ということは少ない。稀に「肺塞栓」といって、下肢の静脈などに出来た血の塊が肺に飛んで肺動脈や末梢の肺胞レベルでの肺への血液循環を閉塞させてしまい突然死に至る事があるが、臥床時間の長い患者さんや手術後の患者さんなどでこういう事が起こらないよう十分な対策を講じているため、昔よりは頻度が減ったように感じている。
 すると脳外科疾患の患者さんでは、ほとんどの場合、「そろそろ危ない」という時期が予測できることになる。その徴候は、いわゆる「臨床的脳死」と表現されるような状態、つまり呼吸が停止し血圧が下がり、人工呼吸器と昇圧剤や強心剤なしには生を保てないような状態である。そこに至るまでには病気の状態によって様々ではあるが、脳腫瘍や脳出血、くも膜下出血そして脳梗塞など、どのような病変でも共通しているのは、病変によって正常の脳が圧迫されて、「脳ヘルニア」が起こるのである。急激な頭蓋内圧亢進の場合には、「中心孔ヘルニア」といって、脳幹から脊髄に繋がっていく「中心孔(大後頭孔)」にむかって脳全体が圧迫されて急に呼吸が停止し血圧が降下し、場合によっては心臓が停止する事もあるが、そうなりそうな場合にはある程度(つまりいつもとは言えない)は予測が可能である。ある原因によって状態が悪くなっていることが医学的に説明可能な場合が多く、死を迎えてその原因に疑問を抱いたり原因が不明という事はそれほど多くない。御家族もなぜ具合が悪くなっているのか、説明の仕方次第ではあるが理解されている事が多い。
 出血原因が不明であったくも膜下出血の患者さんが亡くなられた。2日前の朝、呼吸が弱くなり血圧が低下したため、それまで投与していた降圧剤と軽い鎮静麻酔の薬を止めてすぐにCTを撮ったところ、くも膜下出血の再出血を認めた。今回は、初回のような脳全体のくも膜下出血ではなく、脳底動脈周囲に比較的限局した濃い出血であった。数年前に他院で撮影された脳血管撮影が届いた。我々が行った血管撮影と比較検討したが、やはり脳動脈瘤はなかった。2つの血管撮影、2回目のCTの出血部位、患者さんの状態を総合すると、一番疑わしいのは「脳底動脈の解離」である。人工呼吸器で完全調節呼吸となり、昇圧剤を持続的に投与して血圧は100/〜を保つのが精一杯。昨日の深夜からは、昇圧剤を最高量投与しても血圧が80/〜を下回るようになっていた。昨日の夕方の時点で御家族には、「まだ望みは捨てていないが、今の状態だと『今晩』ということもあり得る」とお話ししておいた。ある程度、そう予測できるからである。そして朝からはまったく血圧が上がらなくなり、8時過ぎには血圧は40以下となりまもなく心電図上心拍が確認されるだけの状態になった。
 脳動脈の解離によるくも膜下出血の事は以前にも述べた。脳底動脈は、左右1対の椎骨動脈が一本に合流して、脳幹の前面で「脳」の「底」の真ん中を走る太い血管である。ここからは脳幹に大事な血管がたくさん分岐している。そういえば、先日亡くなられたプロレスラーの死因は「脳幹出血」であったが、あの例のように、脳幹が障害されるとどんな屈強な人間でもひとたまりもないのである。「脳底動脈解離性動脈瘤破裂によるくも膜下出血」が一番疑われるのであるが、脳血管撮影は造影剤を注入して写し出される血管の内腔を見ているだけなので、血管の壁が本当にどうなっているのかはわからない事も多々ある。それで3d-CTAやMRAなども行っていた訳であるが、その2つの検査でも脳底動脈の解離はわからなかった。
 御臨終の宣言をして少し間を置いてから、私はご家族に病理解剖の必要性を説明した。出血がどこから起こったのか、何故血管撮影やその他の検査ではわからなかったのか、手術治療は本当に出来なかったのか、解剖をすればわかる可能性がある。逆に解剖をしなければそのまま「疑い」病名で終わりである。亡くなられた患者さんやその御家族にとってみれば、診断や治療に強い疑いでもない限り、いまさら病理解剖で原因が分かったところで患者さんが生き返ってくる訳ではなし、病気で苦しんだ患者さんの身体に傷をつけるなんて可愛そうだ、とか、早くお家に連れて帰りたい、とか様々複雑な気持ちがあると思う。それは理解した上で、しかし、荼毘に付してしまえば二度と死因を解明するチャンスはない訳であるし、今後同じような病状の患者さんが搬入されて来た場合やこれからの脳外科診療に資するチャンスがある訳なので、是非解剖をさせて頂きたい、とお願いした。
 御家族と親類の方でしばし協議された後、「解剖せずに連れて帰りたい」というお返事を頂いた。残念ではあるが御遺族の御意向なのでそうするしかない。結局、診断書には「直接死因=くも膜下出血」と書けるが「その原因=不明」としか書けなかった。疑いや推測では「公文書」は記載できないのである。病理解剖に同意を頂けなかったのは、私の医師としての力量不足であろう。もちろん「ムンテラ」というところで説明したごとく、口次第で訳の分からない御家族を丸め込むようなことだって出来ない訳ではないが、誠心誠意患者さんを救いたいという気持ちと態度そしてその結果が問われることにもなる。こちらがいくら一生懸命やったつもりであっても、死亡という最悪の事態はやはり結果が悪かった訳で、御家族としては仕方なく納得はしても受け入れがたい事実であろう。そこに追い打ちをかけるように「解剖」という事になるのだが、その必要性を説明し同意して頂くには、治療に当たった医師の人格が問われることにもなる。私はまだまだ未熟だ。

参考までに「病理解剖」に関するサイトをご紹介する。
http://www.city.sendai.jp/byouin/soumu/hosp/bumon/pth/PathoHP/bouken.html
http://www.uoeh-u.ac.jp/kouza/bbyori/byouri_j.html

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コメント

僕がもし恋人をSAHで失った時、どうするかをシミュレーションしてみました。
医学界に病理解剖が一縷の光を与えることはわかっています。
しかしやはり病理解剖は精神的に受諾できない自分がいます。
医師として働いた時、考え方が変わるかもしれません。
しかし今の時点ではやはり・・・。

投稿: ユウ@来年研修医 | 2005.08.09 18:54

 20数年前、当時大学病院で闘病中だった叔母が亡くなり、病理解剖されることになりました。
 鮮明に覚えているのは、なぜ?!と強烈に思ったことです。
 でも、それから今日までいろいろな人の最期に立会い、当時の叔母と同じくらいの年齢になりました。亡くなってもまだ自分が役立つなら、解剖もOKだと今なら思えます。
 いつの時も周囲の感情が問題ですね。
 

投稿: ムンテラ | 2005.08.09 20:40

私はこれだけははっきりと最後の望み、最後の希望です。病理解剖でもなんでもすれば、なにかの役に立つわけなので、自分をそうして欲しいです。だから、家族にもこれは私の希望なのと言って了解をとってあります。あとはドクターにお願いするだけですね。

投稿: @むーむー | 2005.08.09 21:35

皆さん、それぞれの立場でいろいろ考える事が大事だと思います。
私は、普通に死亡した場合は、やはり病理解剖してもらおうと思っています。
司法解剖なんかされないようにしなくっちゃね。

投稿: balaine | 2005.08.11 15:11

最近先生のプログを知り楽しく拝見させて頂いています.過去の記事に恐縮ですがコメントさせていただきます.
脳底動脈・椎骨動脈にの一部に限って言えば
BPASというMRIの撮影法があります.
MRIによって血管壁そのものを見ることができます.内腔に血流がなくても観察可能です.
参考になれば幸いです.

投稿: ごまごま | 2006.02.08 08:13

ごまごまさん、半年前の記事に今頃なんだろう?と思ってコメント拝見しました。ありがとうございます!
文面からすると、ごまごまさんも医師、脳外科医もしくは神経放射線科医であると考えられます。MRIのメーカーによって撮像法に付いている名前がいろいろ違いますね。GMの場合はSPGRという方法があります。BPASも同じようなものでしょうか?
ご存じないかもしれませんが、うちの(大学の)脳外科は椎骨動脈の動脈壁解離がMRIでわかる、と言い出した言い出しっぺの一つだと認識しています。1993,4年の事です。あの頃徳島であった脳外科総会のシンポジウムでも私の後輩が発表しました。
ただ大出血をした解離性動脈瘤の破裂の場合、周囲の血腫や破裂の状態によっては壁の解離が分かりにくい事があります。いくら進歩してもMRIはあくまで「断層撮影」です。「病理解剖」とは質が異なると考えています。MRIの発達などの画像診断法によって、病因が不明であるという事は少なくなったと思いますが、病理解剖の必要性を否定するものではないと思います。
コメントありがとうございました。

投稿: balaine | 2006.02.08 17:27

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