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2005.07.29

電気刺激療法

 パーキンソン病の人が入院している。この病院には神経内科もあるのでパーキンソン病は内科で診ている事が多いが、従来、日本では神経内科が発達しておらず脳外科医が積極的であったため、パーキンソン病も脳外科医が多く診ていた。もちろん薬物療法が主体なのであるが、昔から定位脳手術といって脳のある部分に電極を刺して治療する事を脳外科医がやっていた。
 「機能的脳神経外科」という分野がある。英語でfunctional neurosurgeryという。私のsubspecialtyはもとともとはfunctional neurosurgeryであった。パーキンソン病を始めとする不随意運動症や顔面痙攣、三叉神経痛に対する血管減圧術とかてんかん外科などが対象疾患で、筋電図をとったり電気刺激をしたり手術中に脳から直接脳波を取ったりしていた。医学博士の学位論文も、中枢性の痛みに対して脳の電気刺激を行う電極から記録された脳深部の脳波の解析というような内容である。
 さて、パーキンソン病に対する定位脳手術の歴史は古い。ガンマナイフを開発したDr. Leksellだって、元はと言えば頭に電極を刺さずに放射線でパーキンソン病の定位脳手術をやろうとして研究していたものである。定位脳手術とは、ある人の脳の中に地図の番地を付けてそこにむかって電極を入れたり何か操作を行うものである。地図の元になるのは、ドイツやフランスやアメリカで作成された死亡した人の脳から作った地図である。パーキンソン病の場合、ある特定のごく小さな部位に電極を挿入してそこを低温でゆっくり凝固すると特有の「震え」(振戦という)がピタッと停まったり、身体の硬さ・動きの遅さ(筋強剛とか無動という)が改善したりするのである。ツボにはまると、「え?!ほんと?」と驚く位に劇的な改善をみる。10年位前までは脳の中に定位的に挿入した電極で「焼く」治療が主流であったが、最近は白金製の細い電極を挿入して心臓のペースメーカーと同じような装置で微弱な電流を流して治療している。これも効果はほぼ同じで、それまで固まったように一歩も動けなかった人が電気を流した瞬間から大股でスタスタあるいたり階段を上り下りしたりできるようになる。マジで?!というような治療法である。「焼く」治療ではなく電気刺激になった理由は安全性の追求が主である。焼いてしまえばもう元には戻せない。そこを破壊した訳である。電気刺激ならば電気を切れば元の状態に戻る。壊してしまう訳ではないので副作用として運動麻痺が新たに出てしまったりする恐れがほとんどない。
 欧米では、てんかん外科も含めてパーキンソン病のような不随意運動症に対して薬の効果が薄れたり何らかの理由で内科的治療が困難になった場合、積極的に脳外科で手術治療が行われる。日本では、なぜかいつまでもダラダラと内科の外来や開業医で患者さんに漫然と薬物投与を行っている場合も少なくなく、脳外科医にてんかん外科の適応の有無やパーキンソン病の手術治療についてconsultしてくるケースが少ない。脳外科医が信用されていないのかも知れない。脳外科医の宣伝が足らないのかも知れない。それにしても欧米に比べると10分の一以下という手術数である。
 当院に長く勤務する医師が外来でず〜っと薬による治療を継続して来たパーキンソン病の患者さんであるが、drug holidayのため今回入院し、副作用を押さえるため少量投与から薬が再開されている。しかし、一日中何をしているかというと、ベッドの上でボーッとしてテレビを見るともなく見ていたり、食事は看護師の介助を得て1時間くらいかかってようやく全量摂取しあとはオムツをあてられて寝ているのである。この方はボケてはいない。痴呆症で寝たきりなのではない。運動マヒもない。強い無動のため動けないのである。だから私は大学病院の脳外科に定位脳手術治療のため紹介すべく家族を呼んで説明をした。家族は、何年か前に定位脳手術の話しを一回ちらっと聞いたという。そういう方法もある、と。しかし「焼く」ため危険も伴う、と言われそのままで今回のように詳しい説明は初めて聴いたという。
 外来で、「先生のようにいろいろ説明してくださったのは初めてです」とか「初めてこんなに詳しく聞きました」と言われる事がある。言われたこちらがビックリする。え?聞いてなかったの?今までの医師は一体何をしていたの?と思う。そう、私はしつこい性格なのだ。いい加減にお茶を濁す事が嫌いである(だから時に患者とぶつかるけど)。
 ムンテラ、とはドイツ語Mundtherapieの省略的使用であるが、本来そんな言葉はドイツでも使われていないと思う。Mund=口、のTherapie=治療、だから「口による治療」という意味になる。患者さんや家族に医師が説明する事をムンテラと呼んでいたのだが、意味が高圧的のようであったり一方的であったり、「口でうまく丸め込む」ような悪いイメージがあり今はあまり使われない。なんだか医者としての知識や技術は不十分なものの「口だけはうまくて」患者を丸め込んで無理矢理納得させる、というようなイメージが強くて、医療業界では「悪い言葉」とすら捉えられている。
 現在では、「lecture(講義)する」とか「ICを取る」とか「面談」とか表現されるが今ひとつしっくり来ない感もある。昨日書いた「しゃべること」というのは、ただ一方的に話しをするのではなく、自分の伝えたい事を相手にわかるように理解を確認しながら教えそして相談に乗り話しを進めて行く事である。これをムンテラと呼んでは行けないのであろうか?医者は口で治療する技術も必要なのではないかと改めて最近強く思うのである。

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コメント

 母のお世話になった病院では、主治医と話したいとNrs.にお願いするたびにカルテに「ムンテラ希望」と書かれました。
 患者の立場からすると「喋る治療」は大切にしていただきたいと思います。
実際に手術の様子など見られないわけですから、納得できるかどうかは説明の丁寧さ、医師の表情や口調などにかかってきます。
 医師に限らず、誠心誠意、人と話すのはエネルギーが要りますけど。

投稿: ムンテラ | 2005.07.29 19:54

ムンテラさん、そうそう、なぜそのHNを使っているのか、お聞きしたいな。
人と話しをするのも楽器を演奏するのも歌を歌うのも何かを作るような仕事をするのも、手を抜かず真面目に一生懸命やればどんな仕事でも疲れますよね。それが当たり前ですね。甘えちゃダメですね〜。

投稿: balaine | 2005.07.30 02:59

 HNに深い意味はありませんよ(笑)。

 しいて挙げるなら、17年前、闘病中の父に真剣に向き合わず、医師の言葉を鵜呑みにした無知な自分に対する猛省でしょうか。
 母のケースでも、患者や家族が学ぶ姿勢を持つことによって医師との会話の濃さが違ってくることを知りましたし。
 初めてブログに投稿しようという気持ちになった時、真っ先に浮かんだ言葉でした。


投稿: ムンテラ | 2005.07.30 17:43

数日前にブログを始めたばかりで勉強中です。これからも参考にさせて頂きます!頑張って下さいね。

投稿: sayaka | 2005.08.10 23:41

sayakaさん、はじめまして。ようこそ!
私のなんか参考になりませんけれど、「音ブログ」の方もよろしく!

投稿: balaine | 2005.08.11 15:09

管理者様へ。新しく書いたブログの内容を告知させて頂くサイトを立ち上げました。宜しければ、ブログ更新の際に是非当サイトをご活用下さい。尚、ご興味無いようであれば、お手数ですがコメント削除の程、宜しくお願い致します。

投稿: BC7管理人 | 2005.08.13 18:38

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