対脳卒中治療研究会
先週末、表記研究会が行われた。もともと脳卒中登録は県の事業として、県庁内の環境衛生部かどこかでやっていた。それは県内の病院に脳卒中患者が入院したら、ある様式の紙に記入して登録するという事を義務づけていたものである。義務とは言っても強制力はないし、現場の医師にとっては忙しい診療の合間にただでさえ診断書やら紹介状やらいろいろな書類があるのに、患者登録などは「喜び勇んでやります」という仕事ではない。
約10年前に、その登録に漏れがある事、集計も少しいい加減なところがあることを知ったうちの脳外科の教授が県庁と相談の上で、対脳卒中治療研究会というのを立ち上げその事業の一環として脳卒中登録を県の仕事から研究会に移行した。この会に属するのは県内の脳神経外科および神経内科であるので、教授の号令のもと、登録の精度はあがったと思われる。しかし、県内には未だに脳外科医も神経内科医もいないけれど「脳卒中
」の患者さんを診療し入院治療している施設も、多くはないがあるようである。その理由の一番は交通事情。山間部の奥の方に行くとなかなか近郊の大きな公的病院にすらかからなかったりする。そういう人はもっぱら症状が軽い事が多い。ちょっと右の手足がしびれた、とか、口がもつれて言葉が聞き取りにくくなった、とか、ふらふらした、位が多い。さすがに意識障害があれば救急車などで脳外科、神経内科のある施設に運ばれてくるが、意識障害がなく神経障害が軽い場合は、外来で血圧を下げる注射をうってもらった、とか血の巡りを良くする薬をもらった、などというレベルの治療を受けている人もまだいるのである。CTを撮らなければ、その症状が脳梗塞なのか脳出血なのかもわからないのに、ただ血圧をさげてもダメなのである。そんなことはもはや常識だと思われるが、まだまだ???な治療をしている医師はたくさんいる、もとい少ないとは言えない。
脳出血は意識障害があり嘔吐して血圧が高い、というのは教科書的な記述だが、意識が清明で嘔吐もせず血圧も高くなくて運動麻痺も軽いけれど脳出血、という患者さんはたくさんいる。真面目に診察してすぐにCTを撮らなければ絶対にわからない。専門家が専門的機器を用いて診断治療をしなければいけないのに、「家庭の医学」的なことをやってすませている(土地柄、すまさざるを得ない)ところがある。
今回の研究会事務局報告で注目すべきは、発症から専門病院受診までの時間の統計であった。以前のブログに書いたように、これは我々が入力しているのだがExcellのマクロ機能を使って、発症ー受診のタイムラグを3時間以内、6時間以内、12時以内間、24時間以内、それ以上と記入する項目がある。今回の統計は昨年H16年の上半期分であったが、これが5年前に比べて大きく変わっていた。どういうことかというと、すべての脳卒中患者さんの発症6時間以内受診は、5年前は30%程度で昨年は50%を超えていた。3時間以内の受診も30%弱になっていた。つまり、発症してから専門病院を受診するまでの時間が早くなったのである。これは、やはり我々脳外科医などがことあるごとに啓蒙して来た成果ではないかと思う。講演会、健康相談、新聞その他への投稿や脳卒中撲滅のための日本脳卒中協会の地方支部としての活動などが効を奏して来たのだと考えたい。
来年からt-PA (tissue Plasminogen Activator)の急性期脳梗塞に対する使用が認可される予定である。欧米では以前から脳梗塞の治療に認可されていたにもかかわらず、日本では心筋梗塞にしか認められていなかった。これが来年から、発症3時間以内の虚血性脳血管障害(脳梗塞)の患者に限って使用が可能となる。これまでも超急性期にカテーテルの先端からt-PAを血栓に向けて直接流して血栓を溶かす治療は「こっそりと」行われていた。「脳梗塞」という診断名ではt-PAは通らないから現場の医師はいろいろ工夫して、超急性期に詰まった血管を溶かすべくt-PAを使っていたのである。患者さんを良くするためであるから、日本の保険診療上は認可されていなくても欧米で有効と報告されている以上、現場の医師は使用していた。しかし少し前から、だんだん積極的には使用されなくなって来ていた。それは医療訴訟などの問題のせいである。
つまり厚生労働省が認可していない薬を使用して(それが患者さんのためであったとしても)、万が一具合の悪い事になったり副作用が出たりした場合に、患者側が訴えて来たら医師は負ける可能性が高いからである。厚生労働省の認可していない薬の使用、または保険適用を認めていない疾患への使用は、それがたとえ患者さんを助けるために行った行為だとしても「違法」または「違反」なのである。だから法的解釈においては、「誤った治療」と裁断されたとしても仕方のない事になる。そういう事態は避けたい。すると積極的な使用ができない。
医師側はどうしたか。脳外科学会などでは、数年以上にわたって中医協や厚労省に一生懸命働きかけて来た。なかなか認可されない。学会の中では、「一体いつになったら脳卒中に使えるようになるのか?」という声が上がっていた。それがようやく来年からだ。
ポイントは「発症3時間以内」である。今回の研究会での報告のように、3時間以内の受診が30%にちかくなった事は喜ばしい事である。でも冷静に考えてみると、まだ30%なのである。これを50%, 70%, 90%にしていく努力も、我々医師は続けなければならない。発症後急性期の脳梗塞から助かる患者さんが一人でも増えるために。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
tPAの話は方々で伺っていましたが、なるほどといった感じです。
確か、tPAの3時間以内の静脈内投与がイケてるんですよね。
これでブレインアタックが少しでも改善されれば、と思います。
投稿: ユウ@来年研修医 | 2005.07.25 23:48