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2005.06.13

嬉しいこともある

 私は感情が表に出るタイプではあるけれど、気分が凸凹するタイプではない。しかし先日来少し凹みモードであるのだが、いつまでも引きずっていられない。本日の外来で、4人の患者さんが気分を少し凸にしてくれて、相殺して「チャラ」になったような感がある。
1)3月末にクリッピングをしたくも膜下出血の男性が、すでに某会社の当地所長としての仕事に復帰して会議なども無難にこなしているという。そんなに厚くはないけれど硬膜下血腫を伴うようなくも膜下出血で出血量は決して少ない方ではなかった。術後CTに硬膜下の水腫のような傾向があったので心配していた。
2、3) 昨年と今年手術した、2名の下垂体腺腫の方が、偶然今日がfollow up MRIの日であった。二人とも視力・視野障害で発症したが術後速やかに視機能は回復している。最長径3cmでお餅を網の上で焼いた時にぷっくり膨らんだようないびつな形をしていた女性患者さんの腫瘍は、海綿静脈洞と血管の部分に5mmくらいのとり残しがあるが、術後2回のMRIで増大なく無症状なのでこのまま外来でMRI followを続けて行く。次回は今年の12月だ。
春に手術した男性は、6, 7年程前に別の医師が当院でハーディ法で手術をしたが、直径3cm以上の楕円形の腫瘍は易出血性で半分近い取り残しがあったもの。今回は内視鏡を用いてかなり徹底的に摘出したので、MRI上は腫瘍残存がないように見える。術前から汎下垂体機能低下症もあったので術後ステロイドホルモンの補充療法が必要になっているが、この方も元気に仕事に復帰している。一昨日、昨日と土日も仕事であったそうだ。
「わたしと同じですね」
お互い仕事が忙しいことは感謝すべきことと笑って次回の予約をした。
4)5月に手術した、傍矢状洞髄膜腫の女性。この方はかなりいわく因縁付きの症例であった。初回手術は平成15年12月。右下肢のみのけいれんと運動麻痺で発症し、CT/MRI上、最長径6cm近い巨大な、しかもダンベル型をした腫瘍が矢状洞部とその下に連続する大脳鎌から発生していた。一回目の手術では、全摘出よりも後遺症を残さないことを最重要視し、矢状洞の中に浸潤した腫瘍は全く手をつけず、右下肢の運動野直上で橋静脈直下の腫瘍は直径5〜10mm程無理をせずに取り残した(矢状洞内に腫瘍が残る時点で、どうせ全摘出は不可能なのだから)。ものすごく硬い部分は、超音波メスやマイクロハサミは太刀打ちできず、電磁波メスを使用し、軟らかい部分は吸引管で吸えた。12時間近い大変な手術だった。
術後軽く一過性に出た右下肢麻痺もリハビリで回復し、一ヶ月半後に独歩自宅退院していた。腫瘍残存部を外来のMRIで綿密に経過観察し大きくなるような傾向があればガンマナイフ治療、と考えて本人・家族にもそう説明していた。ところが退院後第一回目のMRI(術後4ヶ月)で既に残存腫瘍が直径3cmくらいまでに急速に増大していたのだ。すぐにガンマナイフ施設に連絡を取り治療のため翌週に受診してもらった。ところが、腫瘍径が大きいので、再手術でボリュームを減じてからガンマナイフをかけたほうが良いのでは?というガンマナイフ治療医の意見であった。私もその方が良いと判断し、家族と本人に再手術の説明を行った。家族は再手術が必要な理由を少しは理解してくれたようであったが、患者本人はもともと大変神経質で心配性で不安の大きい方であったこともあり、「今はどこも悪くないし、大手術して半年もたたないうちにもう一回手術なんて嫌だ」と手術を拒否され外来で経過を追うことになった。その間にCT/MRI上腫瘍は徐々に増大し、外来で合計8回、手術の必要性を根気よく何度も説明したが、次第に家族だけを外来によこしたり薬の予約だけして顔を見せなくなっていた。顔を見せれば私にまた「手術、手術」と言われるので嫌になっていたのであろう。私は、本人だけでなく家族にも「大学病院でも、東京でも大阪でもNYでもLAでもどこでも、ここがいい、という病院や先生がいるならいつでも紹介しますよ」と言っていたのだが、とにかく手術は恐いし今困っていないし、ということだった。
 今年に入ってから(初回手術から1年2、3ヶ月)少しずつ右下肢が不自由になりだした。まだ独歩していたが次第に引きずっていたようである。CT/MRI検査だけは予約をいれるとすっぽかさず受けに来てくれた。3月のMRIでは、最長径5cm強と元の腫瘍の大きさに近づいていた。4月になって歩行が困難になり、更に右手も力が入りにくくなって来て、涙ながらに「先生、今まですみません。手術してください。」と言ってこられた。今度だって全摘出する自信はない。しかも症状を悪くして後遺症を残す可能性もある。小さいうちならそういう危険性も少なかったのだが。。。
 十分なICをとって4月下旬に手術を行った(そうだ!連続くも膜下出血が救急で来院しそのためこの人の手術を延期したんだった)。超音波メスに電磁波メスも用いて、今回は8時間強の手術だった。腫瘍が増大して、矢状洞が完全に腫瘍によって占拠され塞がっていたので、今回はこの部分も可及的に全摘出を目指した。今回はダンベル型ではなく左側だけに発育していたこともあり、摘出操作は1回目よりは困難ではなかった。肉眼的にはほぼ全摘出し、心配した症状も術後全くなく、すぐに箸を使って食事が出来、一人でトイレに歩いたのは手術した私自身がビックリした。家族も喜んでいたが患者本人が、もうニッコニコ(^^)であった。術後15日で退院し、今日が退院後第一回目の外来受診日だった。前のような投げやりな態度ではなく綺麗にお化粧をして娘さんと一緒に来られた。
「先生の言うこと聞かなくてすみませんでした。こんなに良くしてもらってありがとうございました。」(^^
「もうちょっと早く手術すればね、もっと簡単だったのに、、、お陰で難しかったんだからね。」(^^
お互い笑顔で会話が出来た。
結果よければすべてよし、かな〜。


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コメント

4番目の髄膜腫の女性よかったです。まるで私のことのようです。私は初めどれくらいの大きさか知りませんが、摘出手術後、一回目ガンマの前は3.5CMでした。(再発時は、もっと大きくなってました)それよりも、最初の治療後、思ったとおりの回復ではなくて、仕事のことなどがあるので説明を求めた時に、先生が図に書いて、「ここがこうなってて、ここをを切って出さないと、、、」と言われ、(手術から10ヶ月たってるのに、)「切って出すって?」と聞き返していました。外科医さんが、切って出すと言えば、手術に決っているのに、もうそちらには神経がまわっていかないのです。あとで自分で苦笑いをしてしまいました。4年後に再び大きくなったので、今度は手術ではなく再ガンマナイフをしました。その女性の気持ちわからなくはないです。でもよかったですね。患者ってそうなってみないとわからないこと、あるので、「時間」必要ですから。

投稿: @むーむー | 2005.06.14 01:47

@むーむーさんもいろいろ不安を抱えながら、手術、ガンマナイフと治療に闘って来たんですね。しかし、今は保険点数40000点(たしか)のガンマナイフは平成4年より前は保険も利かず、一回の治療に130万円ぐらいかかった時代もありますし、日本になかった時は開発されたスエーデンまで飛行機で行って治療費300万円くらいを払った人達もいたのですから、今は恵まれています。
 また、「良性」腫瘍であるだけに「全摘出」すれば「治癒」が期待されるため、我々脳外科医側も十分な知識がない頃は、「全摘出」を至上命令みたいにしてとっていた時代があります。結果、患者さんは車いす生活や寝たきりになっても、「脳腫瘍をとって治したんだから仕方ないでしょう」みたいに言われていた時代があったのです。(でも実は、細胞生物学的に言えば腫瘍細胞が一個も残らないような「全摘出」というのはきわめて困難です。正常の部分も含めて摘出しなければあり得ないことですから)
 MRIの普及で、後遺症を出さないように計画的に摘出し残存があれば外来で綿密にフォローアップし、再発・再増大があれば、再手術やガンマナイフを計画できる時代になっています。「手術であらたな障害を出さない」というのが現代脳神経外科の「至上命令」です。

投稿: balaine | 2005.06.14 18:06

balaineさんレスありがとうございます。ええ、そうなんです。いい時にいい場所でいい先生方に恵まれて、病気になってよかったと日々感謝しています。初発の時も「できるだけ取りましょう」でしたし、次の時も「できる限りのことはしましょうね」ですから。ガンマナイフの先生も、「綿密なフォローアップ」をしてくださっているので、私には不安というものがなにもありません(笑)鯨先生にも元気いただいてます。

投稿: @むーむー | 2005.06.14 23:29

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