十分な説明と同意
Informed consentを邦訳するとこうなるそうだ。わかるようでわかりにくい。
今日は、外来と病棟で説明することが多くてぐったり疲れた。かなり集中してお話ししなければならないからだ。
外来では、婦人科的疾患からの転移性脳腫瘍でstage 4で(肺にも転移があったが化学療法で消えた)、手術で全摘出できなかった硬膜への転移性腫瘍の残存部が少しずつ増大しているため(硬膜ごと腫瘍は摘出したが脳に食込んでいた部分が少し残った)、また手の動きがわるくなっている患者さんに難渋した。もともとあまり理解力の良好ではない方だったが、術前、術後、外来と何回かに分けて紙にも書いて説明しているのだが、要するに不安が強くて視野が狭くなっているのだ。それはある程度仕方の無いこと。その不安をとってあげられない主治医に私に問題があるのかも知れない。友人に勧められて隣の県の高名な脳外科医のところに、勝手にsecond opinionを求めて行ったところ、「何も状況がわからないから、経過を教えて欲しい。これまでの画像診断も貸して欲しい」という手紙がその高名な先生から届いた。
もしその先生に障害を出さずに全摘出できるならしてほしいところである(軟膜を貫いて脳実質に浸潤するような転移性腫瘍なので生物学的に無理だと思う)。診療情報提供書を2枚使って詳しい経過を書き、MRIやCTを10回分貸し出すことにした。どういう返事が返ってくるか楽しみだ。
もう一人、退院後すぐに会議にもでていたくも膜下出血のさる企業の所長さんが隣の県に転勤になった。家族がくも膜下出血でかかったことがあるという、さる有名な脳外科施設に紹介して欲しいという希望であったので、そこあてに詳細な紹介状と術前と最新のCTのコピーをつけた。
病棟では、来週手術予定の聴神経腫瘍の患者とその家族3名にICをとった。約1時間15分にわたる説明であった。顔面神経麻痺の可能性はもちろん、第5から第11脳神経までの出現しうる障害や対策、術後5年、10年という付き合いになるであろうことなども説明した。術前の血管撮影で脳血管の狭窄があることと、無症候性の小さな脳梗塞所見があることも問題である。麻酔の危険性、脳梗塞の拡大するリスクなどを含めてお話しした。
「先生にお任せします」
と患者さんはおっしゃる。どんなに微に入り細に入って説明しても、どんなに完璧にICをとっても、患者さんは結局「お任せします」としか言いようが無いのかも知れない。私は、「同意書は今ここでサインしなくてもいいから、部屋に持って帰ってもう一度読んで冷静になってからサインしてください。明日手術という日になって、『やっぱり手術やめます』という権利だってあるんですからね。」とお話しした。患者は家族と、丸坊主にするかGIカットみたいにするか、と既に術前の床屋のことまで話している。無用に不安をかき立てるような説明もだめだが、「そんなこと聞いてなかった!」と患者や家族に言わしめるのが一番だめな術前説明。
医師側は説明した。患者側は同意した。はたして、その間に本当の理解があるのか?あるべきであるのだが、100%の理解は無いのだと思う。後は、人間対人間の信頼関係、であろうか。でも医師側が強い立場にあることは否定できない。自分が患者になって手術を受けたときには、「なんで俺が?!」というような被害者的な感じは全く持たず、「まな板の上の鯉」となって、信頼する主治医に(不安は拭いきれなかったけれど)すべてを任せるだけだった。皆、同じだと思う。
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コメント
ご苦労の数々 私も多少経験が有るので分かる気がします
このブログを見るたびに先生ほど優秀で熱心な脳外科医が巷にどれほど居るだろうかと思うのですが、その先生でも患者とのコミュニケーションは五里夢中のようでホッとする一面もあります。
患者の説明ってデータベース化してプリントアウトしたものを併用するとかシステム化の方策もあるとおもうんですがいかがでしょう?「聞いてなかった」を避けたいだけのセコイ策かもしれませんが。
投稿: いのげ | 2005.06.23 21:04
そうですよね。十分な説明と”納得”と同意があってこそですよね。
とかく外科系の場合、やはり術後合併症の説明に対する患者さん方の納得というのがネックになってくるのでしょうね。
どれだけベテランになっても、そういった面について考察するという御姿勢は、非常に好ましく思います。(^ー^)
投稿: ユウ@来年研修医 | 2005.06.23 21:13
Informed consentって医師の側も相当なエネルギーが必要なんですね。
同意書の文面、医師の言葉、模型や手描きの図、データを総動員して詳しく説明されても、どこか未消化で確信の持てない感情が残ります。
医師が専門家で、患者が素人という決定的な差がそこにあるからです。
どんなに些細な疑問にも答え、さらに詳細な追加説明をして下さっても、私は「お任せします」とは言えませんでした。
それは自分が手術に同意したことに対する責任を負う意味もあったからです。
手術前「ここまでなんとか持ちこたえたのだから、是非お元気になっていただきましょう」という主治医の言葉に、思わず「はい。あとは先生にベストを尽くして頂くしかありません」と答えていました。
投稿: ムンテラ | 2005.06.23 22:15
はじめまして。私は先日脳ドックを受け、脳動脈瘤の疑いがある、と診断されました。
大変大きな衝撃を受け、不安に苛まれながらネットで情報を集めていたところ、先生のページを発見しました。
それから毎日拝読しております。精神的にも肉体的にも激務にかかわらず、いつも誠意溢れる丁寧で真摯な言葉に励まされ、勇気を頂いています。ありがとうございます。
来る27日に精密検査を受ける予定ですが、担当の医師も先生のような方だと信じ、行ってこようと思います。
投稿: ひまわり | 2005.06.23 22:24
あ~なんだか思い出します。私も1時間ぐらい2,3回説明を受けました。これでもか・・・ってぐらい(笑)私が今の主治医に決めたのも
最後は人間対人間の信頼関係が決め手でした^^
投稿: 則香 | 2005.06.24 06:45
人間対人間の信頼関係に尽きるでしょうね。患者とその家族はいくら説明をされても、にわかに勉強を始めたところですものね。理解力の有りなしにかかわらず、患者の方の人間性もありますし、医師のご苦労もお察しします。
投稿: @むーむー | 2005.06.24 08:44
たくさんのコメントありがとうございます。ひとつひとつにリプライすべきでしょうが、皆さん結局は「人間と人間」の関係、ということで一致されていますよね。
医師と患者さんの間に限らず、どこの世界でもつまるところ、これですよね。
投稿: balaine | 2005.06.29 15:03
インドネシア人の大切な友人から病気を告白されました。言葉が完璧に通じないのでちょっと質問させて下さい。
10年前に、頭痛が続くので病院へ行き脳腫瘍とわかるが恐くて現実逃避してたのかそのまま放置。
今回の3年間の研修で日本に来る前にシンガポールの1番大きな病院で検査し、左脳にStage4とやらの脳腫瘍とわかる。生まれた時からあるとのこと。
検査は、来年の夏にインドネシアに帰るので一年以上前になるかと思われます。
手術しても50%の確率で死ぬ。生きても障害が残る可能性がある。言われ、手術を拒否。先生には、病気のことは考えずに毎日楽しく過ごしてたくさん笑うように。と言われたそうで、本人は毎日イスラムのお祈りをし、頭痛はあるものの、元気にハードに働いています。とても明るくしています。病院からの痛み止めは88歳の父親から送ってもらってるそうです。そのため、お父さんだけには話し、家庭を持っている兄3人、日本でもいつも一緒にいる双子の弟には話すつもりはないそうです。
やはり手術が難しいとなると、患者さんの意見を尊重して、治療はしないで毎日楽しく生きていくという選択もあるのですか?
私に心配させないようにとか、手術をしたくないからとかで、何か嘘をついているのでしょうか?
3年間も病院へ行かないで大丈夫なのでしょうか?
両親や弟に少なからず何かを残そうと、お給料のほとんどをインドネシアに送り、がむしゃらに働いて治療に充てるお金は考えてなさそうです。
頭を開く検査をせずに、シンガポールの先生が納得することってあり得ることなのですか?
全くの無知で先生を少しでも不愉快な気持ちにさせてしまうような質問だったらホントにごめんなさい…。
投稿: 大野美香 | 2012.07.12 15:20
大野美香様、本来、個人的な質問はブログのコメントなどでするべきではありません。左側に「メール送信」というのがありますので、そちらから自分の氏素性を明らかにして自己紹介の上、質問するのが常識的な行動ではないかと思われます。
あとで、大野美香様のアドレスに送信してみます。
投稿: balaine | 2012.07.15 18:00