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2005.05.29

反論の続きv(^^):啓蒙へ

先日来の「脳ドックは失業対策」と書いているアレである。もう他人の批判はいい加減にしようとは思うが、脳神経外科医の一人として誤った情報を公然と流しているのを見逃す訳には行かない。
また、少し書き換えてあった。今度はこうだ。
『まず患者数がどんどん増えているというのは誤りだろう。恐らく年齢調整前の実数のことを云っていると推測する。』
なぜ『〜だろう。」なのだろう?自信がないのか?データを調べていないのだろうか?
せっかく、日本脳卒中協会のサイトで公開しているデータを教えてあげたのにもかかわらず、古い、持論を展開するのに都合のいい数字を選んで表を作っている。私が言っている患者数は当然「実数」のことだ。「おそらく年齢調整前の実数の事を言っていると推測する」などという表現も詭弁的である。人口統計上の年齢調整をした統計値を論じているのではなく、実際に目の前にいる患者さん、救急車で運ばれてくる患者さんの話しをしているのだ。
彼の載せている数字は平成8年と11年。今から9年前と6年前の古い数字。しかも「疾患受療率」であって、「実数」ではない。受療率が下がったということは患者が減ったことだと思っているのだろうか?
平成14年の脳卒中患者数は137万人。毎年新たに50万人の脳卒中患者が発生していると昨日講演した内○教授も言っていた。脳卒中による死亡数は平成14年は約13万人。しかし去年脳卒中だった人は今年も脳卒中の患者である。5年前に脳卒中になった人は、今も脳卒中患者である。
脳卒中という病気は、一度なれば、症状が軽快したとしても「治癒」という事がほとんどない病気なのだ。だから患者の発生数や受療率が減ったとしても、死なない患者(平成14年だけでみても概算で137-13=124万人ということになる)が残っている以上、毎年脳卒中の患者は増えていっているのだ。その証拠に私の外来では、なんとか患者を減らそうと、慢性期の脳卒中の患者は近くの開業医に紹介したり、1ヶ月に1回の外来を二ヶ月に1回にしている。外来患者数を「減らそう」という努力をしないと、患者が増え続けて他の業務(病棟、救急、手術、検査)に支障を来すくらいなのだ。
彼のサイトには、
『脳卒中死亡率が減ることは即ち本当の患者が減っていることに他ならない。』
とまで書いてある。「本当の患者」って何だろう?よくわからない文章だ。
教えてあげましょう。脳卒中患者数というのも、実は推計値であって、実際はもっと多いはずなのである。カラクリはこうだ。国としては一つ一つの医療機関を受診する患者の数など完全には把握できない。都道府県の保健衛生にかかわる部署で、「脳卒中患者登録事業」をやっているところもあるが、たとえば脳外科も神経内科もない病院でも「脳梗塞」の受診や入院はある。しかし、それらの患者は登録事業から外れている可能性がある。報告は義務づけられてはいない。患者が発生したら登録の紙を書いて事務を通して県などに提出するが、脳梗塞の治療などにあまり興味のない熱心でない医師などは、提出を怠る事がある。以前私が勤めたことのある、脳神経外科のある総合病院では。昔からの取り決めでCTをとって出血がなければ「内科」が診る事になっていた。内科の先生は型通りの脳梗塞の治療はするが、最新の治療であるとか脳卒中撲滅とか「脳卒中登録事業」にあまり積極的ではない。他にする仕事がたくさんあるからだ。しかし、脳外科医も2名しかおらず、周辺の脳外科のない病院からは脳卒中の患者がどんどん送られてくるので、内科で診ている患者をすべて脳外科で引き受けるのは(本当はそうした方が患者さんのためなのだが)、脳外科医にとって自殺行為に等しい。過剰な労働を更に過剰にする事になるからだ。よって、年間に数十名以上の単位であらたな脳梗塞の患者の登録が漏れていたといえる。全国的にも、田舎に行けばそういうところはあると思う。だから平成14年に137万人という「実数」も、全国にそれだけ登録された患者がいた、というだけで、本当はもっと多いはずなのである。
 また死亡数といっても、先日「死亡診断書」の書き方について述べたごとく、「脳梗塞」が原因と思われる身体の不調で亡くなられた場合(肺炎や心不全が死因であっても)、死亡原因は「脳梗塞」である。だから発症数日という急性期から1ヶ月の慢性期はもちろん、発症が5年とか10年という「超」慢性期であっても、脳梗塞が死亡原因という診断はくだされる。そういった、超急性期から超慢性期のうち、脳外科の手術が関与するのは超急性期から亜急性期くらいの時期である。脳外科医の治療で命が救われても、手足の麻痺などがあり、そのままその患者さんが元気で年をとると筋力が落ちて、歩いていた人が歩けなくなり寝たきりになり(寝たきりの原因は脳卒中となる)、そして死亡すると脳卒中が原因で死亡した事になる。そういう数も「死亡数」には入っているのだということを認識している発言とは思われない。
 はっきり言おう。「啓蒙活動」はいい。医療現場を批判するのもいい。おかしな医者も確かにいる。しかし、現場を知らない医療の素人で、統計値の見方やデータの正しい解釈を勉強していないのなら、これ以上自己流の判断を公開して一般市民に誤った判断をさせるような文章の書き方はやめた方がいいと思う。「オオカミ少年」みたいに、そのうち誰からも相手にされなくなってしまいますよ。

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